逢魔ヶ時の七ツ辻

    作者:西東西


     近隣の市や町から、車で数時間という場所にて。
     緑深く、山に囲まれた村のあぜ道を、黒衣に身を包んだ少年と、しわしわの軽装に身を包んだ少年がひた走っていた。
    「おい、啓太! まだ着かないのかよ!」
    「なんね優人、もうひんだれたと? はよせんと、うっちょくど」
     夕暮れにしずむ景色。
     鈴虫の鳴きかわす声。
     風に揺れる葉擦れの音。
     宵の方角からやってきたカラスが頭上を横ぎるのを、黒衣に身を包んだ少年――優人(ゆうと)が不安げに見送り。
     やがて軽装に身を包んだ少年――啓太(けいた)が足を止めたのは、山すそにある、獣道が交わる場所だった。
    「こん場所は『七ツ辻』。七つの道の先に地蔵さんがおって、『土地神様』が村の外に出ないよう、封じちょる」
     四方へ向け、放射線状に伸びる獣道が大小七つ。
     その中心には、しめ縄を巻いた古木が1本、生えていた。
    「……神様なんだろ? 封印しちゃっていいのかよ」
    「こん神様は、おじーい神様でな。イケニエをやらんと、祟ったじゃげな」
    「そ、そんなの、迷信だろ!」
    「まあ、そげん風習はもう伝わっちょらんし。本当か嘘かは、おいも知らん」
     そこで啓太は肩をすくめ、「……おまえ、あんましおじがらんから、つまらん」とつぶやき。
    「日も暮れるし、もう帰るぞ!」
     古木に背を向けた、その時。

     2人の少年の首が、ごろんと、地に落ちた。
     

    「みなさん揃ってますね? では、説明をはじめます」
     教室に集まった灼滅者たちの顔を見渡し、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)が事件の説明を開始する。
    「今回事件が発生するのは、宮崎県のある山村です」
     親戚の葬儀に参列するため都会からやってきた少年・優人(ゆうと)と、山村に住む少年・啓太(けいた)が、2人、連れだって遊びにでる。
     向かうのは、『土地神』を封印したと言い伝えが残る『七ツ辻』。
     ――逢魔ヶ時の七ツ辻に行ってはいけない。生贄を求めた神様に、招かれてしまうから。
     伝承の真偽のほどは、わからない。
    「しかし言い伝えは『都市伝説』として顕現し、このままでは少年たちの命をうばってしまいます。悲劇を起こさないためにも、みなさんの力を、貸してください」

    「彼らを救うため、考えられる方法は2つです」
     ひとつめは、2人が『七ツ辻』から去ろうとしたタイミングで接触する方法。
     ただしこの場合、少年たちは都市伝説の攻撃対象となるため、救出のためには攻撃を阻止しなければならない。
     最悪、2人が犠牲になる可能性もあるが、うまくいけば、作戦開始から解決まで時間をかけず、スムーズに終えることができるだろう。

     ふたつめは、2人が『七ツ辻』へたどりつく前に村へ帰す方法。
     いろいろな手段が考えられるものの、相手は好奇心旺盛な少年たちだ。
     彼らが納得するか、諦めざるを得ない方法でなければ、そのまま『七ツ辻』へ向かおうとする。
     まんがいち村へ帰すのに手間どり、都市伝説の出現条件である『夕暮れ時』を逃せば、都市伝説と遭遇できず任務を達成できなくなる可能性も忘れてはならない。
     
     ――『夕暮れ時』『七ツ辻』『生贄』。
     この3つの要素がそろった時、都市伝説『祟り神』は、古木の前に不定形の影のような姿で出現。
     「影業」や「ウロボロスブレイド」に似たサイキックを使い、攻撃を仕掛けてくる。
     特に、敵群を斬りきざむ列攻撃は殺傷ダメージが大きく、予測の少年たちもこのサイキックの犠牲となっているため、注意が必要だ。
     なお『七ツ辻』は少年たち以外に訪れる者はいないため、人払いについて考える必要はない。
     
    「お伝えした方法以外にも考えられる作戦があれば、そちらを選んでいただいて構いません。最終的にどうするかは、参加する皆さんにお任せします」
     姫子はそう告げ、説明を終えようとして。
     ひと呼吸おいてから、再び、口をひらいた。
    「……私の気のせいかもしれないんですが。この事件、なんだか、いやな予感がするんです。事件解決後は、どうか速やかに学園に帰ってくるように、お願いしますね」
     灼滅者たちが不思議そうに顔を見あわせるなか、姫子は深く頭をさげ、今度こそ、事件の説明を終えた。


    参加者
    龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745)
    藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    式守・太郎(ブラウニー・d04726)
    文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)
    風宮・優華(氷の魔女・d07290)
    柾・菊乃(鬼薊姫命・d12039)
    神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)

    ■リプレイ

    ●夕暮れ時
     緋色にしずむ景色のなかを、2人の少年が駆けていく。
     黒衣に身を包んだ少年・優人(ゆうと)は、走りながら宵の方角からやってきたカラスを仰ぎ見ていた。
     覆い迫る、夕暮れと宵闇。
     じき、夜がやってくる。
     ――もう、帰ろう。
     意を決し、声をあげようとした、その時。
     前を走っていた軽装の少年・啓太(けいた)が、急に足を止めた。
    「おい啓太! なんなんだよ!」
     ぶつかりそうになった非難とともに、遊び友達の腕をつかんで。
     啓太が足を止めた理由に、気づいた。
     ――グルルルルルル。
     眼前に、白い毛並みの犬が二匹たたずんでいる。
     体高は少年たちの腰の高さほどもあるだろうか。
     微動だにせず見据える真紅と蒼空の瞳に、ひとに向ける親愛の色は見えない。
    「……なしけ、こげんなところに野犬が!」
     啓太はひるむことなく先へ進もうとしたが、二匹の犬は身をかがめるなり、牙をむいて吠えかかった。
    「くそッ!」
     拳大の石をひろい投げつけようとした啓太の腕を、優人が掴む。
    「啓太! あそこにも、もう一匹……!」
     ――ガルルルル!
     優人が言い終えるまえに、黒毛黒眼の大型犬が木立の影から飛びだした。
     唸り声をあげ啓太の服に喰らいつき、地面へと引きずり倒す。
    「離せ、このッ!!」
     優人はとっさに砂を掴み、黒犬めがけ投げつけて。
     ひるんだ犬の牙が離れた瞬間、優人は啓太の腕をつかみ、一目散に走りだした。
     白い野犬たちが吠え駆けながら2人のあとを追い、すぐに黒犬も続いた。

     三匹の犬に追いたてられ、少年たちの姿が遠ざかっていく。
    「……行ったようね」
     草むらに身を隠し、様子を見守っていた風宮・優華(氷の魔女・d07290)が即座にESP『殺界形成』を展開。
     少年たちが戻ってくることのないよう、一帯に殺気をはなつ。
    「これで、『都市伝説』との戦闘に専念できます」
     万一の場合は少年たちを眠らせるつもりで控えていた柾・菊乃(鬼薊姫命・d12039)も草むらから姿を現し、やがて駆け戻った三匹の野犬――犬変身を解いた藤谷・徹也(高校生殺人機械・d01892)、文月・直哉(着ぐるみ探偵・d06712)、堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)を出迎える。
    「2人が村に戻るのを確認した。あの様子では、ここまで戻ってくることはないだろう」
    「案外いい度胸してたんで、加減が難しかったぜ。しっかし、まさか砂を投げつけられるとはな……」
    「見ててハラハラしたケド、うまく帰せたし、良かったヨ!」
    「そう時間もかかっていませんし、この場は、大成功だと思います」
     優華、菊乃とともに草むらに控えていた神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)も、赤々と輝く夕景を確認し、告げる。
     ――もしもこの場で少年たちを説得する作戦をとっていたなら、どうあっても今以上の時間を消費していただろう。
     最善の形で任務を進めた6人は、都市伝説と対峙すべく、急ぎ『七ツ辻』へと向かった。

    ●大禍時
     少年2人の対応に失敗、もしくは手間取った時のことを想定し、龍餓崎・沙耶(告死無葬・d01745)と式守・太郎(ブラウニー・d04726)の2人は、先行して『七ツ辻』近くに身をひそめていた。
     沙耶が展開した『殺界形成』のおかげで、周囲に一般人が迷いこむ心配はない。
     仲間たちが『夕暮れ時』に間にあわない事態となれば、2人だけで都市伝説を出現させる手はずであったのだが――。
    「龍餓崎先輩。どうやら、2人で挑まずに済みそうです」
     そろって駆けくる仲間たちの姿を認め、太郎が夕景を振りかえる。
    「エクスブレインの示唆していた『嫌な予感』のこともありますし。万全の状態で臨めるのなら、それに越したことはありません」
     スレイヤーカードの封印を解除し、沙耶が日本刀を手に、立ちあがる。
     陽は、まだ暮れきっていない。
     灼滅者たちは8人全員がそろったことを確認し、七つの獣道が交わる場所に並び立った。
     ふいに周囲の草むらから、一切の音が消えうせ。
     陽をうつし、真紅にそまる古木の前に蠢き現れたのは、見るたびに形を変える影のような『祟り神』だった。
     ――オオオオオオォォォォォ。
     天と地と。大気のすべてを震わせ響く咆哮に風が唸るも、刃のごとき風を回避し、いち早く『祟り神』に迫ったのは柚羽と菊乃だ。
    (「『何か』になっているのが都市伝説だと思っていたのですが。こういう事も、あるのですね」)
     柚羽は手にした聖剣を非物質化させ、夜闇より深い『影』を斬り裂いた。
     剣に伝う手ごたえはない。
     しかし、動きを止めている暇はない。
    「すみやかに、退場していただきましょう」
     柚羽と相対位置に立った菊乃が己の片腕を異形巨大化させ、渾身の力で殴りかかった。
    「まずは迷惑な『祟り神』を、なんとかしないとな!」
     クロネコの着ぐるみを着用した直哉がすかさずWOKシールドを掲げ、仲間たちの護りを強化する。
    「みんなの背中は、あたしが預かるネ!」
     敵の先制攻撃を警戒していた朱那も、すぐに巨大な法陣を展開。
     仲間たちを鼓舞し、受けた傷を癒していった。
    「『都市伝説』の排除を、開始する」
     機械的に告げた徹也が地を蹴ると同時に、沙耶は攻撃を援護すべく別方向から魔法の矢を撃ちこんだ。
     『祟り神』がひるんだすきをつき、間合いに迫った徹也の拳が『影』を貫き、穿つ。
    「『都市伝説』というよりも、『空想の産物』ね」
     判然としない様態をもつ『祟り神』めがけ、優華はエアシューズを走らせる。
     敵を翻弄するように周囲を駆けめぐると、炎を纏った脚で、一蹴。
     直前に優華への攻撃をかばい受けていた太郎は、すぐに体勢をたてなおし、白いマフラーをひるがえした。
     ひとを守り、救うという強い想いがあればこそ、その動きに迷いはない。
    「ひとの命を奪うお前を。ここで、排除します」
     『影』たる神は、是とも、非とも応えはしない。
     灼滅者を捕えるべく影を伸ばしたところへ太郎が拳を叩きこみ、ほとばしる雷とともに、地面に叩きつける。
     仲間と連携して攻撃を続ける灼滅者たちを前に、『祟り神』はなすすべもなく打ちのめされていった。
     不定形の影とあって、残りの体力を見定めるのは困難に思われたが、
    「どうやら攻撃を受けるたびに小さく、そして薄くなっているようですね」
     敵の観察を続けていた菊乃が、気づいた情報を仲間たちへ共有する。
     表情の見えない相手だからこそ、目に見える変化は戦いを進めるうえでの目安となる。
    「そうとわかれば、やる気も出るってもんだぜ!」
     直哉が、ウロボロスブレイドを振りあげ『都市伝説』を斬り裂くと同時に、捕縛。
     そこへバベルブレイカーを構えた徹也が高速回転させた杭を撃ちこみ、影をねじ切った。
     連撃から逃れようと『祟り神』は蠢くものの、そのすきを見逃す灼滅者たちではない。
    「ただの『伝承』に、もどりなさい」
     突きはなすように告げた優華の魔法が、一瞬にして『都市伝説』を凍りつかせ。
    「逃しは、しません」
     続く柚羽が、マテリアルロッドを叩きつける。
     渾身の一撃は膨大な魔力の奔流となり、『影』の内側からふくれあがり、爆破。
     霧散し、薄れゆく『都市伝説』を前に、回復手にまわっていた朱那も、追い撃ちをかけるべく攻勢に転じる。
    「このまま、押しきるヨ!」
     体内から噴出させた炎を七色の橋架かる靴『Air Rider』に宿し、蹴りつけた炎は影をも焼きつくす。
     ふいに、戦場に陽光のごとき光が満ちた。
     燦然と輝く光の剣――『サンライトブレイド』。
     『都市伝説』へ向け、その刃を撃ちだしたのは太郎だ。
     視界の端で、沙耶が走りはじめているのを確認する。
    「これで、終わりだ……!」
     光が影を斬り裂くと同時に、駆けこんだ沙耶の日本刀が、『都市伝説』を一刀両断する。
     ――オオオオオオオオォォォォォォ。
     出現した時と同じように咆哮をあげると、やがて『祟り神』は霧散し、完全に消滅した。
    「……あっけないものですね」
     納刀した沙耶は、すぐにきびすをかえし。
     『七ツ辻』に残る戦闘の痕跡を可能なかぎり消すべく、動きはじめた。

    ●逢魔ヶ時
     戦闘後。
     山の端には、まだわずかに茜色が残っていた。
     しかし、冬の日没は早い。
     もう数分もすれば、あたりはすっかり夜闇に包まれるだろう。
     菊乃はすぐにエクスブレインの姫子へ電話をかけ、ことのしだいを伝えたが、この事件に関する新たな予知は特に得られていないという。
    「……では、当初の予定通り、私はひと足さきに撤退します」
     姫子の告げた『嫌な予感』については、まだ不明な点が多い。
     現地で調査をおこなう灼滅者と連絡をとる者――菊乃が先に撤退することで、最悪の事態となっても情報だけは持ち帰るというのが、8人の決めた方針だ。
     菊乃が去る合間にも、沙耶は現場に一切の痕跡を残さぬよう、撤退した処理を行っていた。
     ここは、宮崎県。
     九州といえば、敵である『HKT六六六』の勢力下。つまりは、敵地なのだ。
     警戒するに越したことはない。
    (「その場所で、なんの得にもならない事をしようとしてるわけですし。……私も、焼きが回った、といったところでしょうか」)
     なにが起こったとしても、いつも通り行動するまで。
     もしもの時は、学園や同行者に不利益が発生する事態だけは避けるべく動くつもりだ。

     現場に残ることを決めた7人の灼滅者たちは、すぐに散開し、現場に身をひそめた。
    (「地元九州でなにが起きているのか。ご当地ヒーローとしちゃ、気になるところだからな」)
     なにが起こるのか。
     どの敵勢力が関与しているのか。
     可能な範囲で確認したいと、直哉は周辺を警戒しつつ、仲間と離れ身を隠す。
     木陰に潜伏した太郎もまた、様々な可能性を思案していた。
     エクスブレインが口をそろえて告げる、『嫌な予感』という、驚異。
    (「可能性があるとすれば、HKT六六六。あるいは、うずめ様による作戦行動。ミスター宍戸の支援によるウァプラのスキュラ結界実験……。別方向からの見解でいくなら、ブレイズゲートとは別物の異次元空間の出現。ラグナロクの特殊能力による影響――」)
     考え、疑いはじめればきりがない。
     しかし、闇雲に対峙するだけでは、路を切りひらくことはできないだろう。
     今はただ推測を交えて正体を見極め、可能な限りの情報収集を行うしかない。
    (「心配してくれた姫子には悪いケド……。ココには、気になるモンが多過ぎるンよ」)
     木の上に潜伏した朱那もまた、いくつもの可能性を考える。
     HKT六六六に、ハルファス軍。うずめや、ウァプラの結界の件も無関係ではないかもしれない。
     アフリカンパンサーとクロキバの因縁もまた、どこかで通じているとも限らない。
    (「……あたし脳筋だから、考え過ぎで脳みそ筋肉痛になっちゃうヨ」)
     煮詰まった頭に、ひやりとした風が心地良くそよぐ。
     連絡用の携帯電話を手に『七ツ辻』の見える茂みに身を隠していた徹也もまた、風の冷たさに冬の訪れを感じていた。
     警戒を続けながら、徹也は、かつてまみえたダークネスを想う。
    (「もしも想定する組織が『嫌な予感』に関わっているのなら。『彼女』もまた、この場に現れる可能性があるのだろうか」)
     しかし、潜伏をはじめて、すでに十数分。
     まだ、異変が起こる様子はない。
     すすきの茂みに身を潜め、柚羽は葉擦れの音や周囲の様子に注意をはらう。
     未知の事象。
     新たに観測できることがあるかもしれないと思うと、興味は尽きない。
    (「虎穴に入らずんば虎子を得ず。こうすることで、なにか得られるものがあれば――」)
     願いにもにた気持ちで耳を澄ますも、聞こえくるのは、鈴虫の涼やかな音色ばかりだった。

     一方、空飛ぶ箒を使いひとり高高度に位置どっていた優華は、仲間たちの位置を確認しながら周囲の警戒を続けていた。
     地上に潜伏する6人になにかあった時は、優華が撤退した菊乃へ連絡。あるいは優華自身が撤退を試み、情報を持ち帰る手はずだ。
    「鬼がでるか蛇がでるか……。好奇心は、猫を殺すかしら?」
     そうつぶやき、『七ツ辻』から少し離れたところへ視線を向けた、その時。
    「!?」
     ――一肌があわだつほどの、殺気。
     優華はあわてて上空から目を凝らすも、豊かな自然は灼滅者たちの隠れ蓑であると同時に、未知の存在をも等しく隠した。
     夜闇はすでに色濃く、地上の様子は判然としない。
     かといって、明かりを灯せば己や仲間の位置を知らせることになりかねない。
     優華は歯がゆく思いつつも地上の仲間たちへ連絡をとり、撤収が決まるまで警戒を続けるしかなかった。

    ●誰そ彼時
     灼滅者たちが事件現場への残留を決めてから、数刻の後。
     ようやく近隣の町へたどりついた菊乃は、空港へ向かおうとしていた。
     そこで、徹也から届いたメールに気づき、開封する。
    『現場に残留し潜伏を続けたが、敵の襲撃、およびそれに類する異変は発生しなかった。よって現時刻をもって任務完了とし、7人全員で帰還する』
    「……なにも、起こらなかった?」
     最悪の事態を想定していたなか、結果的に全員が無事に帰還できたのは幸いだったといえよう。
     そして『なにも起こらなかった』という結果を持ち帰ることもまた、ひとつの情報となるはずだ。
     ――しかし、なぜ。
     灼滅者たちの作戦は、うまくいっていた。
     迅速に『都市伝説』を灼滅し、周囲を警戒したうえで、潜伏していた。
     現場を訪れた第三者がいれば、『誰もいない』とさえ思ったはずだ。
     そこまで考えて、ふと、思い至る。
    「……あまりにもうまく隠れていたために。『すれいやー』たちを見つけることが、できなかった……?」
     口にして、違和感を覚えて。
     それだけではないはずと別の要因について考えるも、考えはまとまらない。
     ――もしも『嫌な予感』と確実に対峙しようと思うなら、『灼滅者がそこにいる』とわかるよう、事件現場に残留するのが確実なのだろう。
     だが未知の事象を相手に、それではリスクが大きすぎる。
    (「『嫌な予感』の任務は、ほかにも、いくつかあったはずです」)
     情報を集め、推理し、エクスブレインに調査を依頼すれば、なにか、見えてくることがあるかもしれない。
     そうとなれば、時間は無駄にできない。
     菊乃はこのまま先に戻ると返信し、呼びとめたタクシーに飛び乗った。
     車窓越しに見える山あいの夜景は明かりが乏しく、多くの闇をはらんでいる。
     この闇のなかに。
     つかみ損ねた脅威が、今なおひそんでいる可能性もあるのだ。
    (「事件の起こりはじめた、今であれば。早い段階で、対策を行うことができるかもしれません」)
     学園に到着するまで、時間はある。
     菊乃は眼を閉じ、さっそく、『嫌な予感』についての推理にとりかかった。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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