●
ある日の、夕刻。
駅近くのイベントホールで、とある企業の就職セミナーがひらかれていた。
参加しているのは、『中卒見込み』『高卒見込み』『高校中退者』などの若者ばかりが、100人ほど。
見るからに素行の悪そうな不良や、ひと癖ありそうなヤンキー。
親に無理やり連れてこられたであろうヒキコモリ。
爪を噛み、独り言をつぶやき続ける少女などなど。
一見しただけでも、なにかしら問題のありそうな者たちばかりが揃っている。
黒スーツ姿の男女4名が険しい目つきで会場内を見守るなか、やがて壇上に現れたのは、ひとりの壮齢の男だった。
「この場においても、しょせん就職など他人事といった顔のお前たちに、教えてやろう」
マイクを前に武田と名乗った男は、若者たちを一瞥するなり、声をあげる。
「おまえたちはクズだ! 最低のクズだ! 『社会』によって押されたクズの烙印に甘んじ、泥沼に浸かりきったクズの行く先は、地獄しかない。この先おまえたちがたどるのは、絶望と苦しみばかりの、最悪の人生だ!」
とつじょ罵倒された若者たちは、反発し声をあげる者、身を縮める者、圧倒される者と、反応はさまざまだ。
武田は若者たちの様子には構わず、演説を続ける。
「だが、クズがクズのままでいなければならない理由はない。……おまえたち、烙印を押されたままでいいのか? 嘲笑ったやつらを見返してやりたくはないのか? おまえたちをクズたらしめたのは、他でもないおまえたち自身だったろう。だが、本当にそれだけか? おまえたちの居場所を奪い、自信を奪い、クズに貶めた『社会』もまた、クズなのではないのか!!」
しだいに熱を帯びる男の言葉に、いつしか、会場に集まった若者たち全員が聞き入っていた。
物心ついたころから、胸に抱いていたわだかまり。
それを跳ねのけるだけの底知れぬ『力』を、男の言葉から、感じとったのだ。
「屈辱さえも捨てたのか、違うだろう? おまえたちの胸には、まだ残っているはずだ。誇り高き、崇高な『自我』が! なればクズから生まれ変わるため、就職せよ! 就職さえすれば、おまえたちは生まれ変われる! 『社会』という名のクズたちを、見返してやるのだ!!」
最初は反発や、身を縮めていた若者たちも。
最後には熱い感動の涙を流し、立ちあがっていた――。
●
「先日から多発している『就職活動中の一般人が六六六人衆に闇堕ちする事件』ですが、調査をお願いした結果、闇堕ちした方たちの共通点がわかりました」
教室に集まった灼滅者たちを前にそう告げたのは、詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)。
調査にあたったエクスブレイン、一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が沙月の後を引き継ぎ、事件の説明を開始する。
「判明してみれば、ずいぶんとわかりやすい話だ。……闇堕ちをした就活者たちは、全員、『とある企業』との関わりを持っていた」
つまり、その企業の就職セミナーや面接、企業研修などを受けた者たちが、そろいもそろって、闇堕ちをしているというのだ。
いかにも怪しい企業だが、不審な点は、それだけではない。
「ニュース等では一切とりあげられていないが、『武神大戦天覧儀』が行われていた期間。この企業の多くの社員が、謎の死を遂げている」
死者多数の大事件にも関わらず、一般人の間には、まるで情報が伝播していない。
――ということは。
その企業にダークネスが関与しているとみて、間違いないだろう。
「ちょうど、中卒者以上を対象としたセミナーがひらかれる」
一夜が掲げ見せたのは、一枚のチラシ。
そこには大きな文字で、『一発内定! 就職セミナー2015』と書かれている。
「君たちにはこのセミナーに潜入してもらい、参加した一般人たちの闇堕ちの阻止を、頼みたい」
就職セミナーが開催されるのは、夕刻。
会場は、駅に近いイベントホールだ。
当日の一般人参加者は100名ほどで、受付を済ませた後、ホール内に並べられた椅子へ座るよう、指示される。
やがて社員による演説がはじまり、何もしなければ、エクスブレインの示した予測通りの事態が待っている。
「ホールに現れるのは、六六六人衆1体。強化一般人4体の、計5体だ」
六六六人衆は『殺人鬼』『解体ナイフ』に似たサイキックと、シャウト。
強化一般人4体は、『殺人鬼』『戦輪(断罪輪)』に似たサイキックを使ってくる。
演説を行うのは、社員であり、六六六人衆である、武田(たけだ)という名の壮齢の男だ。
演説の間は強化一般人たちが武田の近くに立ち、セミナー参加者の様子を注意深くうかがっている。
「この事件においてひとつ幸いだったのは、『敵が一般人を攻撃しない』という点だろう」
六六六人衆たちの目的は、闇堕ち者を増やすこと。
ゆえに灼滅者たちと戦闘になったとしても、邪魔者を排除した後には、そのままセミナーを再開するつもりなのだ。
「君たちがセミナーに踏みこめるのは、武田の演説が始まった後となる」
それ以前に行動を起こせば六六六人衆や強化一般人たちに察知され、予測と違った事態をひき起こしかねない。
「また、演説に感動した一般人たちは闇堕ちし、ダークネスとなる可能性が高い」
それを防ぐには、一般人の目を覚まさせるような説得や、演説に対する反論を行う必要が出てくるだろう。
――もし、説得に失敗したなら。
「……その時は、六六六人衆や強化一般人に加え、闇堕ちした者たちが敵となり、君たちの前にたちはだかる」
場合によっては、大変な危険をともなう任務。
それでも。
若者たちを闇堕ちさせようとする六六六人衆の悪行を、このまま見過ごすわけには、いかない。
「彼らを救いたい。どうか、君たちの力を貸してくれ」
一夜は厳かに、そう告げ。
灼滅者たちへ向け、深く頭をさげた。
参加者 | |
---|---|
阿々・嗚呼(剣鬼・d00521) |
聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936) |
詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124) |
アイン・コルチェット(絆の守護者・d15607) |
アンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143) |
鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382) |
アレックス・ダークチェリー(ヒットマン紳士・d19526) |
龍宮・白姫(白雪の龍葬姫・d26134) |
●
夕刻。
とある企業の就職セミナーには、すでに100人ほどの参加者が集まっていた。
壇上に現れた六六六人衆の武田(たけだ)が、若者たちを一瞥するなり声をあげる。
「おまえたちはクズだ! 最低のクズだ! この先おまえたちがたどるのは、絶望と苦しみばかりの、最悪の人生だ!」
とつぜん罵倒を浴びせられ、参加者たちが騒然とするなか。
「申し訳ありません、交通機関の遅れで――」
8人の灼滅者たちはセミナーの参加者を装いながら、タイミングをずらし、各々がホール内へ踏みこんでいた。
複数名の遅刻者をいぶかり黒スーツ姿の強化一般人1体がホール内を警戒するよう歩きはじめるも、いかにもスーツを着なれていない女子学生といった風体の聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)のそばを、灼滅者と気づかず通り過ぎていく。
(「……ひとまずは潜入成功、ですのね」)
周囲を確認すれば、ほかの仲間たちもそれぞれ別の席につき、参加者を装うことに成功したようだ。
「――だが、烙印を押されたままでいいのか? 嘲笑ったやつらを見返してやりたくはないのか?」
「そうだ! 俺のことを嗤ったあいつらを、見返してやりたい!」
「あたしも、変わりたい……!」
灼滅者たちが潜伏している間にも武田の演説は続き、なかには同調する参加者が出始めていた。
ぐずぐずしていては、このまま闇堕ち者が出かねない。
気弱なアメリカ人学生に扮していたアレックス・ダークチェリー(ヒットマン紳士・d19526)は、ずり落ちてくる眼鏡を神経質そうに触りながら、立ちあがった。
「お、御社で働くにあたって、必要な資格や、ぎ、技能を教えて欲しいんですが」
どもりながら告げた言葉は、『割り込みヴォイス』のおかげでホール内にはっきりと届いた。
「そこ! 質問は演説の後にしろ!」
すぐに黒スーツ数名が止めに向かおうとしたものの、武田はアレックスを見やり余裕の笑みを浮かべると、強化一般人たちを手で制する。
「付け焼刃の知識や技能など並べたところで、なんになる。就職活動に必要なのは、おまえたち自身がクズから生まれ変わろうとするか、しないか! その奮起の意思だけだ!」
「では、就職したとして。この実力社会で成果が出せず、結局クズ扱いされたらどうすればいい」
演説を続けさせまいと、ブレザーの制服に伊達眼鏡をかけたアイン・コルチェット(絆の守護者・d15607)が反論を投げかける。
武田は口の端をあげ、嘲笑った。
「そんな考え方だからおまえたちは負け犬なのだ。周りにクズだと言われたから、己はクズなのだと成り下がる。それでは、どこへ行っても変われるわけがない! ……おまえたちをクズたらしめるのは、周囲の人間などではない。負け犬気質が染みついた、他でもないおまえたち自身だ!」
卑屈になっている者たちに、六六六人衆の言葉はよく響いた。
武田が語れば語るほど、ざわついていたホールが、段々と熱気を帯びていく。
その空気を撃ち破ったのは、
「初めまして、こんにちは。阿々嗚呼です」
拡声器を手にした、阿々・嗚呼(剣鬼・d00521)の大音声だった。
就職活動はいずれは自分も体験するものと、任務がてら参加者の様子をうかがっていたのだが。
(「なんだか大変そうだし、無職でもいいかな」)
などと考えつつ、淡々と、それでいて丁寧に言葉を続ける。
「武田様のお話ですと、気合いがあればクズでも生まれ変われるというように聞こえます。それも一理あるのかもしれませんが、精神論だけでは、具体性がないと思います」
「では逆に聞こう。おまえの言う、『具体性』とはなんだ!」
武田に問われ、嗚呼は迷わず、拡声器を通して即答した。
「大事なのは、元気よくあいさつです。大きな目標よりも小さな一歩です。皆さん、こんにちは」
呼びかけ、一般人参加者たちを見やるも、返ってきた声は数えるほどしかなかった。
●
この時点で、武田と灼滅者たちのやり取りを聞き、セミナーの進行に疑問をいだいた一般人たちが数名、会場を後にしていた。
六六六人衆や強化一般人たちにしても、そういった人間が出ることは想定済みなのだろう。
特に引き留めることなく、演説は続く。
「就職さえすれば、おまえたちは生まれ変われる! 『社会』という名のクズたちを、見返してやるのだ!!」
ホール内にはいまだ多くの参加者たちが残り、武田の声に耳を傾けている。
会場へ潜入してから、すでにある程度の時間が経過していた。
それでもヤマメは決してこちらからは仕掛けるまいと立ちあがり、声をはりあげる。
「あなた様も、学校の先生と、『社会』と、同じことを言うのですね」
周囲の一般人たちの目線が、一斉に集まるのがわかる。
手にしていたチラシに、じわりと汗がにじむ。
「結局は、あなた様のおっしゃる『クズの社会』の一員になれと、言い方を変えただけではないですの!」
これ以上演説を長引かせてはならないと、私服姿で潜伏していた詩夜・沙月(紅華の守護者・d03124)も、高らかに不審の声をあげた。
「私の知人は、こちらの企業セミナーを受けた後、内定をもらうのに人間の首が必要だと言いだしました。常識的に考えて、おかしいですよね?」
沙月に続き立ちあがったのは、学生服姿の龍宮・白姫(白雪の龍葬姫・d26134)と、ここぞとばかりに『割り込みヴォイス』を展開した鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)だ。
「以前、貴社にお勤めの方たちが多数、同時期に亡くなられる事件があったようですが、この件についての説明は?」
「ヒラ社員にヤバい仕事させといて、危なくなったら会社のために死ねとか言うんだろ? ったく、美味い話にゃ裏がある……ブラック企業にも程があるぜ!」
『ブラック企業』という単語に会場が騒然となるも、六六六人衆は大口をあけて笑い飛ばした。
「クズもクズの集まりとはわかっていたが、ここまでとは! 誰の創作かは知らんが、そんな事件があったかどうかは過去の新聞でも漁ればわかることだ。なんなら、会場にいるやつらに聞いてみるがいい!」
ニュースにも、新聞にも載っていない、ありもしない事件を声高に叫ぶ灼滅者たち。
一方で、いち企業の社員としてセミナーを主催する武田。
――この世界には『バベルの鎖』が存在し、鎖をまとった者の存在や、その者が引き起こした怪奇現象等の情報は、過剰に伝播しない。
それゆえに、真実を知らない一般人たちがどちらの言葉を信じたかは、ホール内の雰囲気で、すぐにわかった。
「あいつら、なに言ってんだ」
「社員の大量死とか、そんなニュースあったっけ?」
「デマに決まってんだろ。事件を起こした会社が、セミナーとか開けるわけねーじゃん!」
「でも、『ブラック企業』って言ってたぞ」
「もしかして、過労死とか?」
「一発内定なんて話、おかしいと思ったんだ。この講座はハズレだよ……!」
ざわめきに紛れアレックスが疑念の声を振りまけば、セミナーに違和感を覚えた一般人参加者が、ひとり、またひとりと席を立つ。
当初に比べれば空席が目立つようになったホールの様子に安堵したのもつかの間、一部の参加者たちは、ついに灼滅者たちにくってかかった。
「あんたたち、いい加減なことばっかり言わないでよ!」
「セミナーの邪魔すんなら出ていけ!」
「てめえら、一体なんの恨みがあって俺の就活の邪魔すんだよ!」
7人の灼滅者たちに向かい、会場の参加者たちが掴みかからんとした、その時。
――リンィィィィィィン。
会場内に、星の瞬くような鈴の音が響いた。
灼滅者たちも。
灼滅者に殴りかかろうとしていた者たちも。
ホールを出て家路につこうとしていた者たちまでもが、動きをとめ、その音色に耳を澄ましていた。
「『男子たる者、表へ出れば七人の敵が居ると心得よ。』と申します」
三角形の楽器――トライアングルを手に凛と背筋を伸ばし声をあげたのは、それまで沈黙を守っていたアンジェリカ・トライアングル(天使の楽器・d17143)だった。
「『就職』して社会人となる皆様ならば、いつ、いかなる時に敵に襲い掛かかられても構わないという覚悟がおありなのでしょう。……同期の方との競争や、上司からのノルマを果たしつつ、それらを返り討ちにするという難事をこなすのは、さぞや、大変かと思われます」
武田の演説とは反対に、アンジェリカの声は穏やかに語りかけるようだ。
厳しい現実について諭すように伝える言葉に、声を荒げていた者たちも次々にあげた拳をおろしていく。
しかし。
話は、そこで終わらない。
「……だが。そんなのは御免だ。覚悟などありはしないというのなら、おとなしく自分の居場所へと帰るがいい! おまえたちは、まだ戻れるのだからな!」
覇気とともに『王者の風』を叩きつければ、一般人たちは我さきにとアンジェリカの周囲から退きはじめた。
「なるほど。『覚悟のないクズは、就職を諦めてとっとと帰れ』ということか」
アインが感心したようにつぶやき、ホールの出口へと向かう一般人たちの間をすり抜ける。
「この、負け犬どもが! 戻れ! 戻らんか!」
声を荒げた武田は、ここへきてようやく、騒ぎを起こした参加者たちが灼滅者と気づいた。
事態を察した強化一般人を従え、命じる。
「このままではノルマを達成できん! 灼滅者だ! やつらを殺せ!!」
●
六六六人衆の命令を受けた強化一般人4体は、すぐに灼滅者たちへ攻撃を仕掛けた。
すでに避難した一般人参加者も多かったが、事態を把握できず、ホールの各所でうずくまる者も少なからず残っている。
真っ先に動いたのは、ヤマメだ。
強化一般人1体の斬撃を異形巨大化させた腕で受け止め、無闇に暴力で応じてはならぬことを態度で示すべく、はね返す。
「『力』を持っても、就職できて某かに変わっても。己を誇れぬ生き様ならば、意味がございませんのね……!」
「やはり、こっちの格好のほうが楽だな……!」
一方スレイヤーカードを解放し、着なれたジャケット姿に戻ったアインは、別の1体の攻撃を受け止め、すぐに仲間たちに破魔の力を与えた。
白姫は大型の和弓をかかげ、強化一般人たちへ死の魔法を撃ちはなつ。
なおも灼滅者たちへ襲い掛かろうとする様を見せつけ、
「こんな、暴力で押さえつけてくるような……企業に入りたいのですか? 一生を、棒に振って……。光におびえて、闇に飲まれて生きていたいのですか!?」
今なおホールに残っている一般人たちへ、説得を続けた。
「おまえたちは鬼か! あのクズどもがせっかくやる気を出そうとしていたのに、邪魔をするとはな!」
ナイフを手にした武田は、毒の風を巻き起こしながら灼滅者たちを嘲笑った。
「あいつらは一生、社会の敗者――負け犬であり続けることだろう!」
「うるせえ! ダークネスになるよりマシだ、この社畜野郎!」
日本刀を手にした脇差が吠え、死角からの斬りこみで足取りを鈍らせる。
嗚呼は巨大な法陣を展開して仲間たちの傷を癒しながら、手にしていた拡声器で、続けて呼びかけた。
「この企業の胡散臭さと危なさを、周囲にも喧伝してください。それから、帰り道はどうぞ、お気をつけて。さようなら」
『バベルの鎖』がある以上、ダークネスと灼滅者たちの関わった事件が大きく広まることはない。
けれどせめて。
この場に居合わせた者たちに疑念を持たせることだけでも、できればと思うのだ。
「……奏でよ、天使のしらべ」
トライアングルを響かせ、殲術道具をまとったアンジェリカが傷を負った強化一般人めがけ鬼の巨腕を振りあげた。
壁に叩きつけられた1体が、そこでこときれ。
死角から迫ったもう1体を、
「――おっと」
スーツの内ポケットから目にもとまらぬ速さで銃を抜き、アレックスが発砲。
さらに、2体目を仕留める。
「チッ! 役立たずどもが!」
不利を悟った武田が逃走のそぶりを見せるも、警戒していた沙月が動き、行く手を阻んだ。
「行かせは、しません……!」
渦巻く風の刃は武田を追い、その身体を容赦なく切り刻む。
白姫がふたたび強化一般人たちの体温を奪ったところへ、アインが赤黒の杭撃機を撃ちこみ、3体目の死亡を確認する。
ダークネスから強化を受けたとはいえ、各個撃破されてしまえば、その戦闘力は怖れるほどのものではない。
「俺たちにも『自我』があるって言ったよな。『力』任せで、屈服できるなんて思うなよ」
言い捨てた脇差の日本刀が閃めけば、4体目の強化一般人も倒れ伏し、動かなくなった。
もはや灼滅者に勝ちえたとしても、参加者のいなくなったホールに留まる理由はない。
武田はなおも逃走を企てたが、8人の灼滅者を前に、背中を向ければ集中砲火はまぬがれない。
アレックスの鋼糸が武田を絡めとり、アンジェリカがフォースブレイクを叩きこめば、隙を与えるまいとヤマメが念押しで鞭剣を巻き付け、攻め手に回った嗚呼が居合斬りで切り捨てた。
脚を斬られ、腕を失い、血まみれになった武田を前に。
沙月は、ぽつりと想いをこぼす。
「私は。たとえアルバイトでも、ちゃんと稼いでいる人を尊敬します。それを馬鹿にする人の方が、おかしいのです」
ひとの生き方が千差万別であるように、ひとの進む道もまた、ひとつとして同じではない。
他者をうらやもうとも、怖れをいだこうとも。
己の足をたよりに一歩一歩あゆんでいけば、いつか、見たことのない場所へたどり着くことだって、できるはずなのだから。
巨大化させた利き腕を掲げ、沙月が見おろす。
「社長、申し訳ありません! ノルマを、果たせませんでし――」
六六六人衆が叫び終える前に、拳は振るわれ。
「結局。武田さんから挨拶がかえってくることは、ありませんでしたね」
嗚呼が、誰にともなく、つぶやいた。
●
戦闘後。
主催者も、参加者の姿も消え、もぬけのカラとなったホール内に、8人はたたずんでいた。
落ちているチラシはエクスブレインが持っていたものと同様の内容ばかりで、これといって目新しい情報は得られそうにない。
「六六六人衆の関わっている企業。……やっかいですのね」
ヤマメが眉根を寄せ、
「武田も、どうせ会社の歯車のひとつ。替えはいくらでもいるんだろうな」
「次は、『人事部長』あたりが出てくるかもしれんな」
脇差の言葉に、アインが思いついたように告げる。
『とある企業』からしてみれば、内定者――闇堕ち者を多数獲得できる機会を失ったのだ。
新たな事件が発生したとしても、不思議ではない。
「ひとまずは、学園へもどり、エクスブレインの情報を待ちましょう」
白姫の言葉に仲間たちが頷き、次々とイベントホールを後にする。
身の縮むような、冷たい風の吹く夜。
若者たちの行く先を照らすように、明るい月が、煌々と輝いていた。
作者:西東西 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
公開:2014年11月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 19/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|