さくやこのはな

    作者:西東西


     とある場所にある、とある地方都市にて。
     早朝。
    「おっちゃん! 朝刊、配り終わったぞー!」
     新聞配達店の引き戸を勢いよく開けたのは、くたびれたジャージの上下に半袖Tシャツを着た、少年のような見目の少女だ。
     天気予報で「今年一番の冷えこみ」が叫ばれる朝にもかかわらず、寒さなどみじんも感じていない様子で、ジャージの袖をまくっている。
    「おつかれさん。徒歩だってのに、いつも早いねえ」
    「バイクとか自転車じゃ、修行になんねーからな」
    「元気いっぱいで羨ましいよ。それじゃ、これ。今回のバイト代」
    「あざっす!!!」
     さしだされた茶封筒を受けとり店主に頭をさげると、「じゃーな!」と手を挙げるなり、少女はさわやかに去っていく。

     同日、正午。
     町の神社へ通じる1000段の石階段を前に、腰のまがった老婆がため息をついていた。
    「おい、ばーさん。この上の神社に行くのか?」
     ぶっきらぼうに声をかけたのは、先ほどのジャージ姿の少女だ。
    「ああ、そうだよ。あんた、行くなら先に――」
    「わかった」
     一方的に告げるなり、老婆を背負い猛スピードで石階段を駆けあがる。
     石を蹴るたびに、カンカンと甲高いゲタの音が鳴り響き――。
     数分後。
     少女は老婆とともに、神社の前に立っていた。
     あきれて声も出ない老婆に背を向けると、
    「ばーさん、帰りに転ぶんじゃねーぞ!」
     そばにあった石灯篭をかつぎ、うさぎ跳びをしながら、あっという間に階段をおりていった。

     さらに同日、夕刻。
     ある格闘技道場にて。
    「どっせい!!!」
     威勢の良い掛け声に続き道場の床が揺れ、ジャージ少女の前に道着姿の男が叩きつけられた。
    「くそっ。なんて身のこなしだ……!」
    「手合わせ、あざっした!」
     膝をつく男に深々と頭をさげ、背を向ける。
     道場の入口まで戻ってみれば、脱ぎそろえておいたゲタの周りに、幼い門下生が集まっていた。
    「すげーっ。なんだこれ!」
    「も、持ちあがらねぇ!」
    「てめーら、ひとの履き物をおもちゃにすんじゃねーよ」
     目の前でひょいとゲタをとりあげ、つま先で軽々持ちあげれば歓声があがる。
    「そんなに足を鍛えて、どーすんの?」
     問われ、少女はすこし間をおいて、答えた。
    「華刀自としづ子――おれの師匠と姉弟子が、すっげー足技の使い手でさ。おれも、同じ技で強くなりてーんだ」
     へえーっと感心する子どもたちを適当にあしらい、少女は道場を後にする。
     体力づくりや出稽古では、なかなか思うように修行の成果を確かめることができない。
    「あーあ。どっかに強いヤツいねーかなあ」
     夕陽を見やれば、腹も鳴る。
    「よし! 今日は栗買って、栗ご飯でもすっか!」
     少女は大きく伸びをすると、八百屋めざして駆けだした。
     がっしょがっしょと、超重量の鉄ゲタを響かせながら。
     

    「料理から聞こえてきた情報を、皆さんにお伝えします」
     教室に集まった灼滅者たちに炊きたての栗ご飯をふるまいながら、西園寺・アベル(高校生エクスブレイン・dn0191)が事件の概要を語りはじめる。
    「獄魔大将シン・ライリーによって集められたアンブレイカブルたちが集う、『武人の町』が見つかったことは、もうご存知でしょうか」
     その町に潜入した灼滅者がケツァールマスクと接触し、自由に稽古に参加して良いというお墨つきを得、戻った。
     つまり稽古を名目とすれば、その町に自由に出入りできるようになったのだ。
    「ただし。稽古の相手を殺したり、灼滅するといった行為は許されません。認められているのは、『模擬戦』のみです」
     稽古に来たことを伝え模擬戦を行った後であれば、アンブレイカブルと交流をしたり、町中で情報収集を行うことができるようになる。
     うまく『獄魔覇獄』に関する情報を得ることができれば、後々、有利にはたらくかもしれない。
     また、灼滅者たちがアンブレイカブル側にどんな印象をあたえるかも、重要となるだろう。
    「友好的な関係を築くことができれば、獄魔覇獄の場で、ある程度の共闘も可能になるかもしれません」
     なおシン・ライリーは町にはいないため、今回の任務で接触することは叶わないと言い添え、アベルは一呼吸おいた。
     
     アンブレイカブルたちは悪人というわけではないようだが、『ダークネス』には違いない。
    「なにがきっかけで関係がこじれるか、わかりません。町の中ではくれぐれも慎重に行動し、情報収集は『24時間以内』をめどにし、学園へ帰還してください」
     ――『模擬戦』と『調査』。
     この2つを、どのように遂行するか。
     どういった結果を持ち帰ることができるかは、灼滅者たちの選択にかかっていた。


    参加者
    鏡・剣(喧嘩上等・d00006)
    朝山・千巻(スイソウ・d00396)
    ミレーヌ・ルリエーブル(リフレインデイズ・d00464)
    紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)
    聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)
    華槻・灯倭(月夜見・d06983)
    神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)
    化野・十四行(徒人・d21790)

    ■リプレイ


     正午。
     神社へ続く石階段の途上で、紫乃崎・謡(紫鬼・d02208)と化野・十四行(徒人・d21790)は頭上を仰いでいた。
     風が吹きすぎるたびに、階段脇の並木から赤や黄の紅葉がはらはらと舞い落ちる。
     やがて葉擦れの音にまぎれ聞こえてきたのは、カンカンと甲高い鉄ゲタの足音だ。
    「来たな」
     十四行がにやりと口の端をもたげ、謡が石段の先を見やる。
     カン、と軽やかに石段を蹴った細い身体が、しなやかに弧を描いて宙を舞い――。
     ガゴッと鈍い音が響き2人の眼前に着地したのは、黒髪ショートカットにTシャツ、ジャージ姿の少女アンブレイカブルだ。
     担いでいた石灯篭を階段脇に置くなり、
    「わりー! 勢いにのってカッ飛ばしてたから、急に止まれなくってさ」
     危うく蹴り飛ばすところだったぜと物騒なことを言いながら、2人に笑いかける。
    「体力づくりかい? 精が出るね」
    「近々試合があるんで、体なまらせるわけにいかねーんだ」
     謡の問いに少女が答え、「ほら、行けよ」と道を譲るべく階段の端に身を寄せる。
     薄い笑みをはりつけた十四行が、先に階段を上り。
     謡はいったん少女の前を行き過ぎ、階段脇に置かれた石灯篭に手を置いて、少女を見据えた。
    「ボクらも、仲間と稽古相手を探している。……縁があれば」
     ESP『怪力無双』を展開し、石灯篭を軽々と担ぎあげ。
     「これは上に戻しておくよ」と告げ、振りかえることなく階段を駆け上がる。
     2人の背中が見えなくなるまで見送ると、少女はヒューと楽しげに口笛を吹き。
    「あいつ、やるじゃねーか」
     ふたたび強く石段を蹴り、中空へ身を躍らせた。

     謡、十四行と、少女の姿が見えなくなったころ。
     階段脇の並木に身を隠していた神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)と聖・ヤマメ(とおせんぼ・d02936)が、木陰から姿を現した。
    「『怪力無双』を使ってのアピールは、うまくいったようですね」
     柚羽の言葉にヤマメが頷き、手元の時計に目を走らせる。
    「お次は、夕方に模擬戦の申しこみ、ですのね」
     2人はほかの仲間たちと合流するべく、急ぎ、紅葉の降る階段を上がっていった。


     夕刻。
    「あーあ。どっかに強いヤツいねーかなあ」
     少女がぼやきながら格闘技道場から出てきたところへ、
    「また会ったな」
     十四行が声をかけ、7人の仲間たちがそれぞれに会釈する。
    「てめーは! さっき、石階段で会った」
    「ボクは紫乃崎謡。一緒にいるのが、昼間言ってた『仲間』だよ」
     キミの名前は、と問えば、
    「おれはサクヤ。『六つの実、咲くなり』と書いて、六実咲也(むつみ・さくや)だ」
    「『強いヤツ』を探してんなら、俺たちと手合わせするってのはどうだ?」
     鏡・剣(喧嘩上等・d00006)が単刀直入に持ちかければ、望むところだと二つ返事で引き受けて。
     すぐに格闘技道場に話をつけ、トントン拍子で模擬戦を行えることになった。
    「六実、負けたらガキども全員にメシおごりだからな!」
    「やったー! おごりだー!」
    「負けちまえー!」
    「うるっせー! 外野はすっこんでろ!」
     興味津々の道場主や幼いアンブレイカブルたちの賑やかしを前に、灼滅者と咲也が対峙する。
    「もちろん、お互い手加減はなしだよね」
     霊犬『一惺』をともなった華槻・灯倭(月夜見・d06983)が確認すれば、
    「8人と1匹、まとめてかかってきな」
     鉄ゲタを脱ぎ、身軽になった咲也が不敵な笑みを浮かべ、身構える。
    「それでは、遠慮なく――」
    「仕掛けさせてもらうわよ!」
     柚羽が真紅の逆十字を顕現させると同時に、ミレーヌ・ルリエーブル(リフレインデイズ・d00464)が牙のごときナイフを閃かせ、死角へ飛びこんだ。
     咲也は赤いオーラに引き裂かれながらも、刃が迫る前に身をよじり、柚羽の脇腹へ強烈な蹴りを叩きこむ。
     攻撃が入る直前、間合いに飛びこんだ霊犬が攻撃をかばい受け、柚羽もろとも蹴り飛ばされた。
    「一惺くん、柚羽ちゃん!」
     断罪輪を掲げた朝山・千巻(スイソウ・d00396)が、すぐに巨大な法陣を展開。
     前・中衛に立つ者たちに天魔を宿らせる。
    「全力でいくよ!」
     続いて灯倭が渾身の力で白銀の杭を繰りだすも、『水月穿』は咲也を捉えることなく、道場の床を抉った。
    「おれは、こっちだぜ!」
     死角に回りこんだ咲也が力強く床を踏みしめ、跳躍。
     灯倭に飛び蹴りが迫るより早く、『その時』を狙っていた十四行が、床に杭を撃ちこむ。
    「!」
     中空で反転しようにも間に合わず、着地したところを振動波が襲う。
     体勢を崩した隙を逃さず、十四行は咲也の両脚に組みついた。
    「てんめー! 小細工してねーで、真っ向からおれと戦いやがれ!」
    「チーム戦にはチーム戦の戦い方がある。勝つために、手段は選ばんよ」
    「まとめてかかってこいとおっしゃったのは、あなた様ですのね」
    「足技の妙技、見せて貰おう!」
     片腕を異形巨大化させたヤマメと謡がたて続けに攻撃をしかけ、下半身を拘束されたままの咲也は連撃をかわしきれず、床に転がった。
     十四行はまだ、足に組みついている。
    「これで終わりか? ずいぶん、あっけないもんだ」
     剣が指を鳴らし、オーラを拳に集束させ。
    「俺の拳で、とどめにしてや――」
    「しゃらくせえっ!!」
     百の拳がさく裂する瞬間をねらい、咲也が叫び。
     渾身の力で身をよじると、十四行が組みついたままの脚を剣へ叩きつけた。
     十四行も剣も、まさか仲間ごと攻撃を仕掛けられるとは思わない。
    「ちょっ」
    「うおお!?」
     互いに回避できないまま、もみくちゃになって床に転がった。
     興味深い戦いに、観戦者たちも大賑わいだ。
    「いけー、咲也! そのまま押しきれ!」
    「メシがかかってんだ、負けんなよ灼滅者!」
     ようやく解放された咲也はトントンとつま先を床に打ちつけ、
    「てめー1人の重さなんざ、鉄ゲタに比べりゃへでもねえ。――今度はこっちから、行くぜ!」
     ダンッと床を踏みこむなり灼滅者たちの真中に躍りでて、するどい回し蹴りで暴風を巻き起こす。
     柚羽と謡の2人のみ回避に成功するも、反応の遅れた灯倭、十四行、ヤマメ、剣、そして霊犬『一惺』の4人と1匹が、避けきれずに四方へ弾き飛ばされた。
    「回復はまかせてっ!」
     千巻が声をあげ、ふたたび法陣を展開。
     回復に後押しされ、灼滅者たちも動きを加速していき。
    「これが今の私の全力……。アナタの速さ、捕えさせてもらうわよ!」
     ミレーヌの刃が稲妻の如き軌跡を描き、急所を狙う。
     咲也は首筋への攻撃をあえて避けず、続いて向けられたマテリアルロッドを回避した。
     攻撃を繰りだしたのは、謡だ。
     間合いから逃れる前にロッドを足場に飛びあがり、一瞬で炎をまとわせた脚を叩きつける。
     謡が見物客たちの方へ吹っ飛ぶ合間にも、十四行はふたたび組みつくべく鋼糸を放った。
    「今度こそ、動きを縫いとめる!」
     しかし、咲也も同じ手を二度くらうつもりはない。
     跳躍をくり返し鋼糸結界をやり過ごすと、
    「てめーはそこで、ゆっくり寝てな!」
     十四行の脚を掴み中空に放り投げると、とどめとばかりに床板へ叩きつけた。
     灼滅者たちと戦うことで、対集団戦での立ち回りが見えてきたらしい。
     咲也は個々の動きを読み、一手一手、確実にダメージを積んでいった。
     そして、空が夜闇に包まれるころには。
    「手合わせ、あざっした!」
     床に伏す灼滅者たちに深々と頭をさげ、満面の笑顔で告げる咲也の姿があった。


     模擬戦後。
     傷を癒した灼滅者と咲也は、改めて自己紹介をした後、お互いを称えあった。
     おごりメシを逃したと悔やし涙に暮れる道場のアンブレイカブルたちに見送られ、夜道を歩く。
    「咲也ちゃん、すごく強いね!」
     灯倭が告げれば、咲也が「へへへー」と嬉しそうに笑う。
    「咲也様も、獄魔覇獄に参加されますの? 決勝で、またお会いできますと良いのですが」
     ヤマメがそう告げるも、
    「獄魔覇獄なあ。どういう試合になるかわかんねーけど。また、戦えたら良いよな」
     ここで別れるという柚羽とヤマメと握手を交わし、2人の姿を見送ったところで、咲也のお腹がグゥと鳴った。
    「良かったら、私たちと一緒に夕ご飯を食べない?」
    「ボクたちも夕飯づくりを手伝うよ」
    「けんちん汁とか、必要ないっ? 作ります! 作らせて!」
     ミレーヌと謡に続き、千巻も積極的に手伝いを申しでる。
    「おー、いいぜ。そうと決まれば、買い出しだ!」
     連れだって商店街へくりだせば、咲也は今朝稼いだバイト代をつぎこみ、大量に食糧を買いこんでいく。
    「あんたたち、咲也ちゃんのお友達?」
     荷物持ちを手伝っていた灯倭とミレーヌに、八百屋のおばちゃんが声をかける。
    「道場で意気投合して。これから、一緒に夕飯なんです」
    「あら、いいわねえ」
     目を細めて笑うおばちゃんに、灯倭はそれとなく、問いかけた。
    「咲也ちゃんとか、武人の皆さんて、普段どんな風に過ごしているんですか?」
    「飽きもせず修行してるよ。良く買ってくれるし、皆いいお客さんさ」
     続いてミレーヌが獄魔覇獄についても聞いてみたが、こちらは良く知らないという。
     「オマケだよ」と、さしだされた袋いっぱいのみかんを受け取って。
    「……ずっと。この日々が続けば、素敵なのにね」
     ぽつり、ミレーヌが呟いた。

     食糧を買いこみ後をついていけば、やがて見覚えのある場所にたどりつく。
    「ここは、昼間の石階段じゃないか」
    「メシの前に修行でもすんのか?」
     女性陣よりも重い買い物袋を持たされた十四行と剣の言葉を、咲也は一笑し、告げる。
    「おれ、神社でテント暮らしさせてもらってんだ」
     境内にひっそりと張られたテントにたどり着けば、栗ご飯の火の番を男性2人と霊犬にまかせ、女性陣はおかずの仕込みへ。
     ミレーヌと咲也の華麗な包丁さばきに拍手を送りながら、謡が問いかける。
    「咲也さん、ケツァールマスクの常駐先って知ってるか? 強いアンブレイカブルだと聞いている。一緒に、稽古を申し出ないか」
    「ケツァールマスクなら、自分の道場みたいのを持ってるぜ。でもあいつ、いつも出払ってるから滅多につかまんねーよ」
     いっぺん戦ってみてーけどさと、咲也は答えて。
    「おーい、炊けたぞ!」
    「で、できたぁー!」
     剣と千巻の声に、栗ご飯とけんちん汁がふるまわれる。
     できたての食事を前にすれば空腹も寒さも和らぎ、会話も弾むというもの。
    「この町には、他にもっと強ぇやつとかいないのか?」
    「おれは会ったことねーけど。ケツァールマスク配下の『マッスルマグマ』と『チャリオットレディ』ってやつらは、なかなかの使い手みてーだな」
    「この町、アンブレイカブルは何人くらいいるの?」
    「さーて。数百人はいるんじゃねーか」
    「俺らとの闘いは、楽しかったか?」
    「ああ、楽しかったぜ! 特におめーみたいな戦い方をするやつがいるってわかったのは、勉強になった」
     剣、千巻、そして十四行の問いにそう答えるも、告げる表情は晴れ晴れとしている。
     デザート代わりにそろってみかんを頬張れば、腹ごなしにと、剣と咲也が1対1でのタイマン勝負をはじめた。
    「後悔すんなよ!」
    「楽しく喧嘩しようぜ!」
     互いに不敵な笑みを浮かべ、拳を突き交わし――。
     数十分後。
     何度か戦いを挑んだ結果、ファイティングポーズをとったまま剣が倒れ。
    「良ければ、稽古相手に呼んでね」
     連絡先を記したメモを手渡し、謡と十四行が剣を担ぎ、神社を後にした。

     後に残ったのは、千巻とミレーヌ、灯倭の3人だ。
    「なかなか綺麗だろ? おれのお気に入りの場所なんだ」
     咲也が離脱組の見送りがてら町の夜景を見渡せる場所に案内していると、
    「もう少しだけ、此処に居たくなっちゃったなぁ……。明日の朝まで居ても、いい?」
     灯倭が、ぽつりと呟く。
    「かまわねーけど。テント、寒いぞ?」
     「人間はカゼひくんだろ?」と言いながら、しまい込んでいた寝袋を三つ貸してくれるという。
     4人と1匹でテントに横になれば、お互いの体温が感じられてそこそこに暖かい。
     ランプの炎を前に話題になるのは、やはり獄魔覇獄に関することだ。
    「咲也ちゃんは、どうしてシン・ライリーの勧誘に応じたの?」
    「強いヤツと戦えるって、聞いたからだ」
    「ねえ、シン・ライリーって、どんな人?」
    「ほそっこいくせに、存在感のあるヤツ。まあ、おれらの『大将』って感じだな」
    「獄魔覇獄で注目してる対戦相手とか、いる?」
    「相手が誰であれ、勝負するからには勝つ。それだけだ」
    「仲のいい武人は、いるの?」
     灯倭の問いに、ふいに、咲也が沈黙し。
    「いない」
     ぽつりとこぼした言葉に、一惺がくうんと鳴き声をあげる。
    「咲也ちゃん――」
    「あーもう寝ろ! 寝ちまえ! おまえらに付きあってたら夜が明けちまうぜ!」
     テントの端を見るように寝返りをうち、3人と1匹に後頭部を向けるや、咲也は寝息をたてはじめた。
    (「この子に、灼滅者の素質があれば良かったのに……」)
     しかしそれは、叶わぬこと
     ミレーヌはランプの火を消し、すぐに訪れたまどろみに身を委ねた。

     一方、柚羽とヤマメは深夜から早朝にかけて町の調査を行っていた。
     時間帯に関わらず、アンブレイカブルの姿はよく見かけた。
     しかしそれは2人が推測していた『集団的な行動』や『組織的な動き』ではなく、単に修行の時間が深夜や早朝というだけのようだ。
     何名か尾行し、様子をうかがってみたものの、怪しいところはなにひとつ見つからない。
     同様に、ヤマメから届いた収穫なしの携帯メールを見やり、柚羽が嘆息する。
    「これ以上は、調査をしても無意味のようですね」
     夜が明けしだい帰還する旨を仲間たちにメールし、もう一巡すべく、煌々と照る月を仰いだ。


     翌朝。
     3人娘が目覚めた時には、咲也はすでに朝刊配達のバイトを終え、戻ってきた後だった。
     自動販売機で買ってきたコーンポタージュ缶を手渡し、駅へ向かう3人を見送るため、石階段を先だって降りていく。
    「おれの師匠が、良く言ってたんだ。『どんな場所、どんな相手、どんな闘い方であろうと、勝負は勝負。もてる技と力で勝利を引き寄せられるかどうか。それが全てだ』って」
     先を歩いていた咲也がカンと鉄ゲタを鳴らし、灼滅者たちを振りかえる。
     その眼がまっすぐに、3人を見据えて。
    「おれの師匠と姉弟子は、『武神大戦天覧儀』の途中で灼滅者に負けて、灼滅された。だから、灼滅者と戦ってみたかったんだ」
     シン・ライリーの誘いに乗った本当の理由は、それだと告げ。
    「おまえら。絶対、強くなれよ」
     謡と十四行、剣。柚羽によろしく。
     それからヤマメには「お大事に」と伝えてくれと、手をさしだして。
    「また、会えたなら。その時はお互い、良い『死合い』をしよう」

     朝陽に紅葉の降るなか。
     千巻とミレーヌ、灯倭の3人は、咲也と固く手を握りあい。
     互いの姿が見えなくなるまで手を振り、町を後にした。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年11月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ