獄魔覇獄前哨戦～横須賀戦記

■リプレイ

●トンネル
　彼らが目指した横須賀市中央部には、ターゲットとするカンナビス勢力のアンデッドは見あたらなかった。しかし、じきに事前に連絡を交わしていた他班から連絡が入り始め、病院灼滅者アンデッドは横須賀市南部で暴れだしたと知れた。
　情報を受けた灼滅者たちは、南に向けて急ぐ。
「こっち」
　朔良・草次郎（蒼黒のリベンジャー・d24070）が地図を広げ、スーパーGPSで仲間を裏道に誘導する。
「狭い道だけど、徒歩なら通れるよ」
　厳しい眼差しが、あまり使われていそうもない古びた道をひたと見つめる。人造灼滅者である草次郎は、カンナビスのやり口に激しい敵意を抱いている。
「（仲間の死を踏みにじりやがって……楽に幕引きできると思うなよ）」
　同じく人造灼滅者の水貝・雁之助（おにぎり大将・d24507）も、
「（病院の皆の尊厳を！　死を侮辱して……絶対に許さないんだな！）」
　激しい憤りを覚えている。
　古く曲がりくねった道を進んでいくと……唐突に。
「あれ、何だろー？」
　海藤・俊輔（べひもす・d07111）が立ち止まり耳に手を当てた。
「犬とか猫の鳴き声が聞こえないー？」
　仲間たちも耳をすます。言われてみれば前方からかすかに、複数の犬猫の激しい鳴き声が聞こえてくる。
「この先には、トンネルがあるよ」
　地図を辿りながら草次郎が言った。山に囲まれた軍事都市である横須賀には、戦前に作られていた古いトンネルが多く残されている。
　なるほど犬猫の鳴き声がくぐもり、反響して聞こえてくる。鳴き声はトンネルの中からか。
「もしかして、イフリートの犬猫眷属かしら？」
　鈴鳴・梓（修羅の花嫁・d00515）がハッと目を見開き、仲間たちもその可能性に気づき、鳴き声に向かって足を速める。声は近づくにつれてますます激しくなってきた。この激しさはもしや……。
「（……戦闘中？　誰と？）」
　クロキバは獄魔覇獄での灼滅者との共闘を望んでいる。この前哨戦においては、ラグナロク奪取の意志も、灼滅者と敵対する気もなさそうだ。灼滅者たちも彼らに手出しするつもりはない……しかし。
「（まさか、灼滅者と戦ってるなんてことはないよな？　それとも……）」
　様々な可能性を巡らせながら、灼滅者たちは駆け続け、そしてトンネルが見えてきた。
　いかにも古びた狭いトンネル。乗用車が２台すれ違うのは難しい幅だ。人気もない。近隣の人々が抜け道に使っているだけなのだろう。
　しかし中からは、いっそう激しく、獣の怒りの声が。
　灼滅者たちは手早く持参の光源を装着した。まずはトンネル内にいるのが何者なのか、何が起こっているのか見極めなければ。
　灯りの用意ができると、彼らは躊躇無くトンネル内に駆け込んだ。数十メートルほどの短いトンネルのため、天井のライトはない。暗がりの中、ライトに照らし出されたのは――。
　――こちらを向いている、4人の学生風の人型のモノ。そしてそれらに対峙する10匹ほどの犬猫。
　制服姿に一瞬、まさか他班の仲間か、と、ぎょっとしたが、個々の姿が見えてくるにつれ、灼滅者たちは恐れおののきつつも事態を理解した。
　人型のモノは、アンデッドだった。土気色の皮膚、黄色く濁った目、唇からは腐液がだらだらと零れ落ちている。見紛うはずもない死者の顔。そして彼らは異形であった。
　最前列にいる女子学生は、古木のように筋肉を発達させた腕に重そうなシールドを携え、その隣の男子学生の腕は青い寄生体に包まれた巨大な刃。後列のひとりは炎のオーラを纏った悪魔のような尖った長い耳を持ち、ひとりは水晶の腕で長弓を構えている。
　彼らが探していた、灼滅者のふりをした病院灼滅者アンデッドの１隊であった。
　ぐるるるる……。
　立ちすくむ足下でうなり声が聞こえた。灼滅者たちの出現と灯りにたじろいでいた犬猫眷属たちが、すわ新手の出現か、という様子で灼滅者たちに毛を逆立て、牙を剥いている。
　おそらく犬猫眷属たちは、武蔵坂の灼滅者と思ってアンデッドに無防備に近づいていき、いきなり攻撃されたのだろう。多くがひどく傷ついている。
　アンデッドたちが、灼滅者たちを見て黄色い乱杭歯を剥き、ニイっと笑ったような気がした。
「見てください、偽装ではこれはできません。僕らは本物の武蔵坂の灼滅者です！」
　多々良・鞴（じっと手を見る・d05061）がサッとスレイヤーカードを掲げて装備を解除すると、清めの風を犬猫たちに施した。
「炎鎖天戟・焔ノ迦具土！」
　神羽・悠（炎鎖天誠・d00756）もスレイヤーカ－ドを解除すると、
「お前ら鼻イイんだから臭いで判んじゃね？　屍体と俺らとの違い……」
　ぶるっと身震いして。
「虫酸が走るぜ」
　トンネルという環境のせいもあるだろう、濃い腐臭が漂っている。
　犬猫眷属たちのリーダー格らしい大型犬が、ふんふん鼻を鳴らして灼滅者たちを嗅いだ。それに倣うように他の犬猫たちも……そして次々と灼滅者たちと並ぶようにアンデッドたちの方に向き直った。今度こそ組むべき相手であると確認できたのだろう。
「あなたたちはトンネルの両側を見張っていてくれますか？」
　天祢・皐（大学生ダンピール・d00808）が丁寧に犬猫たちに話しかけ、リーダー犬の首をぽんぽんと叩いた。すでにかなりの傷を負っている獣たちには、戦闘ではなく逃走防止と警備を担ってもらった方が良いだろう。
「全くややこしいことしてくれますよねえ。これが前哨戦なのですから、この先も思いやられますね？」
　回復を受けてもなお足を引きずっているリーダー犬は、わかった、というように一声鳴くと、手下を二分して退いた。
「弥栄」
　低い声で解除コードを唱えた西洞院・レオン（翠蒼菊・d08240）は、アンデッドたちを見つめ。
「（カンナビス……やり口が気に食わん。死体を弄び、故人を貶めるような真似をするなど、許し難い）」
　命を落としたのが戦いの最中だったのか、もしくは変化の最中だったのか。異様であると同時に、哀しみを覚えざるを得ない姿である。
　しかし憐憫の気持ちはあれど、戦わないわけにはいかないのだ。彼らのためにも。
　灼滅者たちは次々とスレイヤーカードを解除し、戦闘態勢を整え、犬猫眷属たちがトンネルの出入り口まで退いたのを確認すると。
「偽装していても、敵を見紛うことなどありません。退いてもらいます！」
　鞴の叫びを号砲代わりに、悲しいターゲットへと一斉に襲いかかる。

●戦闘開始
「此処から先には行かせねぇ！」
　思いを込めて捻り込まれた悠の槍は、ガキリと女子学生のシールドに阻まれた。しかしその横をすり抜けたレオンの鬼の腕が、
「こやつがディフェンダーじゃな！」
　女子学生を脇から殴りつける。よろめいて揺らいだ盾を俊輔が槍でこじあけ、そこに皐と梓が飛び込んで、雷を宿した拳で連続アッパーカット。
「うふふ、死者が私の心を燃やせるかしら？」
　初撃のコンビネーションが決まり、テンションが上がってきた梓が笑みを漏らす。
　……と。
　シュンッ。
　風切音を立てて敵の最後方から矢が撃ち込まれ、連続攻撃を受けていた女子学生に吸い込まれた。みるみる傷が癒えていく。
「メディックがいたか！」
　回復役の存在に気づいた草次郎は６本の腕を大きく伸ばし、凍った炎を後衛に向かって迸らせた。
　ビシィッ。
　メディックらしき弓の使い手は氷に包まれたが、
「うっ」
　草次郎の目の前にひらめく青い巨大な刃！　刃は容赦なく草次郎の異形の体を斬り伏せる。
「草次郎！」
　白い虎……雁之助が慌てて駆け寄り癒やしの符を貼る。傷ついた草次郎のカバーに入った梓に、鞴が光輪を放って防御を高めた。
「なかなか強いねー！　でもオレらだって強いぜ！」
　俊輔が盾の下をするりとくぐり、懐に潜り込んでジャンピングアッパーを見舞った。ディフェンダーは体勢を崩したが、俊輔の後ろに炎耳のアンデッドが巨大な注射器を構えて忍び寄っている……。
「俊輔さん、後ろ！」
　皐が小さな体に覆い被さり、代わりに針を受けた。毒が流し込まれ、皐は苦痛に顔を歪める。
「離れんかい！」
　レオンが伏せた皐と俊輔を跳び越えて、ロッドを炎耳に叩きつけて退かせた。暗いトンネルの中、魔力がバチバチと火花を立てる。
「回復します！　大丈夫ですか？」
　轍が皐に癒やしの光輪を飛ばす。
　体勢を崩したディフェンダーには悠がマジックミサイルを撃ち込み、梓が鋼鉄の拳を思いっきりみぞおちにぶちこんだ……が、
「あッ」
　同時に梓は苦し紛れに振り回した盾に殴り返された。
「回復するんだな！」
　急いで符を投げようとした雁之助を、梓が笑顔で押しとどめ、
「まだ大丈夫よ、大した威力じゃなかったわ」
　クリーンヒットではなかったらしい。弱ってきているということか。灼滅者たちはディフェンダーを取り囲んだ。まずはこいつを集中攻撃で……。
　と、そこに、青い刃が斬り込んできた！
「危ない！」
　回復なった皐がその刃を斬艦刀で受け止め、草次郎が縛霊撃で抑えつける。
「コイツらは俺たちが抑える。早いとこソイツをやっちまえ！」
　攻撃役が抑えこまれているうちに、クラッシャー陣が盾役に殺到していく。レオンが鬼神変で殴り飛ばし、俊輔はその身を断罪輪と化して竜巻のように斬り込み、悠は氷弾を撃ち込んだ。途中、再び癒やしの矢が撃ち込まれたが、か細い１本の矢では回復しきれるものではない。
　炎耳が注射器を振り上げて飛び込んできたが、ディフェンダーが押し戻し、メディックの雁之助もここは勝負処とみて、オーラキャノンを撃ち込んだ。
　ぐうぅぅぅ……。
　女子学生は苦しげなうめき声を上げるとアスファルトに倒れ、動かなくなった。しゅうしゅうと嫌な匂いを立てて消滅しようとしている敵に憐憫の気持ちが沸き上がってくるが、
「（……いや、そういう気持ちはとりあえず後だ。まずは……）」
　草次郎はぶるりと頭を振り、仲間たちと共に３体となったアンデッドと改めて対峙する。
　次のターゲットは攻撃役の青刃と、回復役の弓使い。
「行きますよ！」
　皐の残影刃……影の犬『闇狩ノ影』が飛びだして、回復役に牙を剥いた。レオンがロッドを振り上げて雷を呼び、悠はトンネルの壁を蹴って勢いを増して槍を捻り込んだ。草次郎も氷の炎を再び放ち、雁之助の影が縛り上げる。
　一方攻撃役の青刃には、俊輔が、
「とうっ！」
　伸びてきた大刀を踏み切り台にして、トンネルの天井に頭をぶつけそうなほど高く跳ぶと、降り注ぐように炎の蹴りを見舞った。続いて梓はオーラを纏った拳で連打を放つ。しかしその拳は青刃の重たい一振りで振り払われ、梓の腕もザックリと切り裂かれる。
「梓先輩、今度は回復しないと！」
　すぐに鞴の癒やしの光が降り注ぎ、梓は見る間に傷がふさがっていく腕を見やってから、
「ありがとう……ふふ、こういった戦場も悪くないわね」
　凄みのある笑みを浮かべ、また果敢にターゲットへと向かっていく。
　
●救済
「――でえいっ！　絶対に守る！！」
　悠の『焉剣・神堕ノ咎』が、目映い光と化して攻撃役を貫いた。アンデッドは声も無く倒れ伏し、しゅうしゅうと煙を出して融け始める。
　ちゃっ、と悠が剣を構え直し、
「さあ、ひとりぼっちになっちまったな」
　最後に残ったスナイパーとおぼしき、注射器を武器とする炎耳に向き直った。
　たったひとりで、すでにかなりのダメージを受けているアンデッドだが、その無表情は変わらない。仲間を失ったことすら理解していないかもしれない。命令に従う以外の意思はないのだろう。
「何も、ここまで苦しませる必要ねぇだろうにな……」
　草次郎が呟く。
　胸の痛みさえ覚えさせる敵に、それでも灼滅者たちはラストバトルを挑んでいく。それが救済でもあるから。
「さあ、もっとこの身に戦いを刻ませて！」
　梓が鋼鉄の拳でストレートを見舞い、
「俺に力を貸せよ、イフリート！」
　悠は内なるイフリートから力を汲み上げて氷弾を放つ。草次郎は、
「解放してやる。これ以上お前らの死を足蹴にはさせねえ！」
　唇を噛んでナイフを振るい、白虎姿の雁之助も燃える眼差しでオーラを撃ち込んだ。
　よろめくアンデッドがぐぎぃ、ときしむような声を上げた。それでも断罪輪を掲げ迫る俊輔に、注射針が向けられて……。
　ガキン！
　その注射針を皐の斬艦刀が横から弾いた。そして、
「ありがと皐さん！」
　俊輔は刀と注射針の下をすりぬけて、自らを猛烈なつむじ風と化して体当たりしていく。斬撃の勢いに弾かれ、アンデッドは強くトンネルの壁に叩きつけられた。
　カシャン、と注射器が落ちたが、炎耳はだらりと倒れたままそれを拾おうともしない……しかし。
「まだ、終わりじゃないですよね」
　鞴が念のために、動かない敵に近づいていくレオンに、防御を高める光輪を施した。
　レオンは仲間達を見回してから、優しい声で敵に囁きかけた。
「……もう苦しむ必要はないんじゃ」
　そして渾身の魔力と気持ちを込めて、ロッドを叩き込んだ――。

●前哨戦の行方
　戦闘が終わると、灼滅者たちは他班の動向を一斉に調べ、それぞれの携帯端末などに届いていた情報をすりあわせた。
「六六六人衆の人事部長が発見されたようですね」
「あ、ラグナロクも保護できたみたい！」
「やった！　それじゃあすぐに護衛に行こうぜ」
　しかしラグナロクが発見されたのは横須賀の東部地区。
「うわ、遠いな」
　草次郎がスーパーGPSを使いながら位置関係を調べる。中央部に近い南部にいるとはいえ、ここからの移動ではかなりの時間がかかってしまう。
「まずはきちんと回復をした方がいいですよ。せっかく犬猫眷属が警備してくれているんですし」
　鞴が心霊治療を勧めた。アンデッド４体が相手だったのだから、ディフェンダーをはじめ、灼滅者のダメージも小さくない。
「そうじゃな、命は大切にした方がよい」
　レオンが感慨深げに頷いた。アンデッドとの戦いを経て、生の大切さを改めて感じたようだ。悠も頷いて。
「移動の最中にも、また敵に遭うかもしれねーしな。索敵もするだろ？」
　ラグナロクも重要だが、できるだけ多くのアンデッドを尊厳ある死に導きたい気持ちもある。敵対勢力を削ることも重要な役割であるし。
　雁之助はまだ、消えていこうとしているアンデッドを見つめている。できれば遺品を持ち帰りたいと、何かが残るのを待ち、囁きかける。
「絶対に……絶対にこの報いは受けさせるから……それまで待っていて欲しいんだな」
　心霊治療を行いながら、クラブメンバーとのラインを見ていた梓が首を傾げた。
「保護報告以降、ラグナロク関連の情報が途切れてるらしいわ……」
　ラグナロクが武蔵坂の灼滅者によって発見・保護されたことは確からしい。あとは無事に学園に連れ帰ればいいわけだが……。
「（情報の突然の断絶……どうして？）」
　灼滅者たちの胸を、冷たい不安が過る。

作者：小鳥遊ちどり	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2014年12月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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