pluvia 灰色の雨

    作者:西東西


     凍えるような、夜。
     とつじょ降りだした雨のなか。
     鯨幕のなびく通夜の葬儀場前に、蝙蝠傘をさし、黒いセーラー服に白いカーディガンを羽織った少女が佇んでいた。
     姿勢よく前を見据える顔立ちは美しく、人形を思わせる。
     泣きむせび、あるいは沈痛な表情で行き過ぎる人々が厚手のコートを羽織っているにもかかわらず、少女は軽装のまま、顔色一つ変えず式場へと入っていった。
     花に埋もれ飾られているのは、自殺したらしい女子高校生の写真だ。
     ほかの一般人にならって焼香の列にならび、柩に横たわる少女と対面する。
     眠っているかのような静かな横顔を見やると、声をひそめようともせず、語りかけた。
    「闇堕ちることなく、何者にもなれず死んでいった、可哀想な貴女。……せめてそこで、貴女のために泣くひとたちが死ぬのを。『なりそこない』が堕ちるのを、見ていらっしゃい」
     少女はおもむろにひらいた蝙蝠傘を、くるくると回して。
    「雨も、死も。ひとしくひとしく、降らせましょう」
     振り向いた、次の瞬間。
     肉を裂く灰色の雨に降られ、式場にいた一般人たちは次々と倒れ、息絶えていった――。
     

    「ダークネス、六六六人衆による事件を察知した。ついては、きみたちに対処願いたい」
     教室に集まった灼滅者たちを見渡し、一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が説明をはじめる。
    「相手は六六六人衆、序列第四五五位、敷島・瑠以子(しきしま・るいこ)。外見十六歳ほどの少女だ」
     肩までの黒髪に、黒いセーラー服、黒いタイツ、黒いローファー、黒い蝙蝠傘。
     白のカーディガンに白スカーフと、全身を白か黒のモノトーンで包んでいる。
     冷静沈着、感情の色を見せない人形のような女で、冷めた灰色の瞳を持つ。
     雨を好み、雨を愛し、雨とともに数多の死を振りまくため、通称『雨女』『通り雨』とも呼ばれているという。
    「敷島瑠以子は通夜の式場に侵入し、一般人にまぎれて焼香を行った後、灼滅者をおびき寄せるために会葬者たちの殺戮を行う」
     灼滅者が現れれば闇堕ちを狙い、だれもこなければ、そのまま皆殺しが済むまで殺人を続ける。
     序列の通り一筋縄ではいかない相手となるため、今回は一般人の虐殺阻止と、敵の撤退を狙って動いてほしいと一夜は告げた。
     
     敷島・瑠以子が現れるのは、雨の夜。
     葬儀場で行われている、通夜の会場となる。
     式場は広さのあるホールで、戦闘となった場合でも立ち回りに不安はない。
     最奥に柩と焼香台、中央に会葬者用の椅子がならび、出入り口は後方に1つ。
     当日は50人ほどの会葬者が居合わせる。
     式場への事前潜入は可能だが、事件発生前に目立つESPを使用したり、一般人避難を行った場合、異変を察知したダークネスに気づかれる可能性が高く、予測外の展開となりかねない。
    「予測に基づき導きだした接触推奨タイミングは、『敷島瑠以子が柩の前で傘をひらき、振り向いた瞬間』だ」
     瑠以子は武器である傘を手に、『殺人鬼』『ガトリングガン』に似たサイキックと、シャウトを使用する。
     初手では一般人複数を狙い『雨』を降らせるため、一撃をしのいだ後に一般人避難を行うのが得策だ。
     なお、瑠以子は灼滅者が姿をあらわした後も、執拗に一般人を狙い続ける。
     なかでも遠列攻撃である『雨』は相手を圧倒し、殺傷ダメージも特に高いため、一般人のみならず灼滅者も注意が必要だ。
     ――『足止め』と『一般人避難』を、どう行うか。
     対策しだいで一般人への被害や戦況が変わるだろうと、一夜は厳しい表情で説明を終えた。
     
    「最優先事項は、『一般人の殺戮を止めること』だ。そのうえで、敷島瑠以子を撤退に追いこむよう、戦ってほしい」
     そうして、最後に念を押すよう、続ける。
    「ダークネスは、きみたち灼滅者から『闇堕ち』が出た時点で撤退する。また、戦闘開始から十数分が経過した時点で闇堕ちの気配が感じられなかった場合も、見切りをつけて撤退を行う」
     『通り雨』と呼ばれる故か、同じ場所に長居したがらないのも瑠以子の特徴だ。
     逆に言えば、闇堕ちの気配があればその場に止まり続け、灼滅者たちを徹底的に追い詰める。
    「相手は上位の六六六人衆。どうか油断なく。そして、皆でそろって戻るように」
     唇を引き結び、エクスブレインは静かに、頭をさげた。


    参加者
    朝山・千巻(スイソウ・d00396)
    彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)
    上條・和麻(闇を刈る殺人鬼・d03212)
    高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)
    サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)
    リアナ・ディミニ(アリアスレイヤー・d18549)
    チェーロ・リベルタ(唄を忘れた金糸雀・d18812)
    戦城・橘花(記憶を追う・d24111)

    ■リプレイ


     ――さあさあと、雨が降る。

     ぱらぱら、葉を叩く音。
     トトトと、トタンを打つリズム。
     ぽたぽた、軒から落ちた雨だれが石を穿ち。
     耳元ではボボ、ボと、傘に落ちた水滴が不規則に流れていく。
     あちこちで鳴り響く音色。
     普段より、いっそう色濃く映る世界。
     その様子に灰の眼を細め、蝙蝠傘を手にした黒いセーラー服の少女――六六六人衆序列第四五五位、敷島・瑠以子(しきしま・るいこ)は、通夜の葬儀場へと足を向ける。


     六六六人衆が現れるよりも、早く。
     ほとんどの灼滅者はESPを使わず葬儀場へ入ったが、自殺した少女と同年代の少年少女とあり、咎める一般人はいなかった。
     チェーロ・リベルタ(唄を忘れた金糸雀・d18812)が会場や避難経路を確認すべく、さりげなく席を立てば、『プラチナチケット』を使用した上條・和麻(闇を刈る殺人鬼・d03212)と高野・妃那(兎の小夜曲・d09435)がスタッフに声をかけ、気をひいた。
     もっとも3人とも、一般人たちにとっては葬儀の場に不慣れな子どもとしか映っていないようだった。
     唯一の例外は、黒のスーツに身を包んでいた戦城・橘花(記憶を追う・d24111)だ。
     その服装から、一般人はそろって橘花を会場スタッフと認識した。
     おかげで会葬者の列には加わらず、会場の出入り口に立つことができたのだが、
    「!?」
     ふいに感じた怖気に、肌があわだつ。
     見れば橘花の真横を、血の気の無い、人形のような女が通りすぎていく。
    (「あれが、敷島瑠以子!」)
     おぞましい気配は、すぐに会場に散っていた仲間たちの元へも届いた。
     会場の中央に身を隠していたのは、彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)、リアナ・ディミニ(アリアスレイヤー・d18549)と、サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)の3人だ。
     さくらえは着物の裾を握りしめ、焼香へ向かう女の背を見送り。
    (「『通り雨』なんて軽い名で、殺人なんて許せるわけがありません……絶対に!」)
     リアナも気取られぬよう殺気を抑え、いつでも行動に移せるよう身構える。
    (「力では負けても、覚悟では負けないです」)
     サフィも己を鼓舞する言葉を胸に、焼香台の前に立った瑠以子を見据え。
     柩のそばの席で待機していた朝山・千巻(スイソウ・d00396)とチェーロは、眼に映る女の静けさとは反対に、肌を刺すような殺気に身をこわばらせた。
    「……せめてそこで、『なりそこない』が堕ちるのを見ていらっしゃい」
     一般人にとっては、とりとめのない言葉。
     しかし、事前に一夜から予測を聞いていた千巻には、届いた。
    (「最後の時間を荒らすなんて、許せない……!」)
     懐に忍ばせていたスレイヤーカードに、手を伸ばし。
     そして、その時はやってくる――。


     六六六人衆の言葉を契機に、潜伏していた灼滅者たちが一斉にスレイヤーカードの封印を解放。
     千巻が柩のそばで『殺界形成』を展開すると、焼香の列や、席についていた一般人たちが殺気に気づき騒然としはじめる。
    「葬儀は死者を弔う場所だ、新たな死者を生み出すような場所じゃない……!」
     動揺する一般人を突き飛ばし、和麻は会葬者と瑠以子の間に立ちふさがり。
     叫びとともに、黒刀『無月』を一閃。
     振りかえりざまに蝙蝠傘で刃を受け流されたものの、予測されていた初撃を止めることに成功する。
    「なんとしても、止めてみせます!」
     リアナが影をはなち黒いセーラー服ごと絡めとるも、ダークネスは意に介した様子を見せることなく、己を縛る影を引き裂く。
    「誘導にしたがって、避難してください!」
     一方、避難誘導にあたっていたチェーロは一般人に声をかけながら、『ラブフェロモン』を展開。
     一般人たちを魅了したうえで避難を行おうとしたのだが、
    「一体なんなの、あの子たちは!?」
     『殺界形成』の殺気が満ちる、会場内。
     そのうえ、武器を手にした少年少女が刃を交え、乱闘をはじめたのだ。
     いかに魅了のESPを使ったとて、チェーロの声に耳を傾けることのできる精神状態の一般人は、ほとんど居ない。
    「お願いです、私たちの指示を聞いてください!!」
     『ラブフェロモン』を使おうとしていたのは、妃那も同じだ。
     しかし一向に避難の進まない事態を前に、ESP『テレパス』を展開。
     一般人たちの思考を探れば、彼らの内にあるのはこの場から去りがたいという深い悲しみや、得体のしれない少年少女への疑惑。そして、殺気に怯える強い混乱の感情だった。
     また別の戦場であれば、魅了を使用しての誘導は効果を発揮したかもしれない。
     だが今回の相手は、一般人を狙う六六六人衆。
     強引にでも避難を進めなければ、危険が迫ってしまう。
     チェーロと妃那はすぐにESPの使用を諦め声をかけてまわったが、初動によって生まれた状況は、その後の命運をもわけた。
     一方、橘花は会場の出入り口前で斎場スタッフとして誘導を行いながら、仲間たちが初撃を防いだのを確認。
     続けて、足止め役の仲間たちが幾度も斬り結んでいるのも目にした。
     別の場所からは、誘導を行う仲間の声も聞こえる。
     橘花は、これなら出入り口付近の壁を破壊する必要はないと、判断し。
     避難誘導は順調に進んでいるものとして、逃げ惑う一般人をかきわけ、足止めをすべくダークネスの元へ駆けた。
     避難誘導の状況に、真っ先に違和感を覚えたのは足止めに回っていたさくらえだ。
    (「人が、減っていかない?」)
     異形巨大化させた片腕で六六六人衆の攻撃をやり過ごしていたものの、灰の眼の向いた先――出入り口前に気づき、とっさに攻撃を取りやめ、ESP『割り込みヴォイス』を展開。
     言葉を選ぶ暇は、なかった。
    「逃げて……!」
    「エル!」
     同じ時、異変を察したサフィの声に応え、出入り口へ向け霊犬が駆ける。
     当のサフィも『怪力無双』を使い、できうる限りの一般人を部屋の後方から遠ざけようと放り投げた。
     しかし、すべてには届かず。
     傘が踊る。
     肉を裂く、灰色の『雨』が降る。
     ぱらぱら、ひとの倒れる音。
     トトトと、血飛沫が壁を打つリズム。
     ぽたぽた、指先から落ちた体液が床に染みをつくり。
     耳元ではボボ、ボと、傘に落ちた返り血が不規則に流れていく。
     あちこちで鳴り響く音色。
     普段より、いっそう色鮮やかに染まる世界。
     蝙蝠傘を手にした瑠以子は、「ああ、きれい」と吐息を零した。


     白と黒のモノトーンに包まれていた会場は、瞬時に赤く染まり。
     息絶えた一般人が、何人いるのか。
     傷を負い、命を留めた者がどれだけ残っているのか。
     その確認をする暇もなく、避難誘導にあたる3人の灼滅者と霊犬たちは、己の足で立っている一般人を優先して誘導を続けた。
    「死者を弔い、別れを告げる場でなんてことを!」
     しかし、怒りや悲しみに囚われてばかりもいられない。
     妃那はすぐに、動けずにいる一般人の元へ走り。
     恐怖に泣く同じ年頃の少女数名の手を引き、チェーロもまた唇を引き結ぶ。
    (「誰かの、涙はみたくない。もう、これ以上、は」)
     ふいに悲鳴が響きわたり、サフィが足止めに立つ仲間を振り返った。
     血を流す和麻の姿。
     回復をしようとつま先を向けるも、
    「来るな!」
     制する言葉に、踏みとどまる。
     今以上に一般人対応が手薄になれば、瑠以子は今度こそ、一般人を狩り尽くすだろう。
     避難させる一般人は、まだ何人も残っている。
     狙われるとわかっていて、彼らまで危険にさらすわけには、いかない。
    「エル。お願い、です」
     主の声に応え風のように駆けていく霊犬に、サフィは、仲間たちを託した。

     すこし、時は巻き戻り。
     『雨』の後。
     なおも一般人を狙おうとするダークネスに対し、足止め役の5人が立て続けに攻撃を仕掛けることで、なんとか食いとめていた。
    「やっぱり私は六六六人衆が大嫌いだ! 一体どれだけ悲しみを連鎖させれば気が済む!」
    「アンタの相手は、アタシたちだ!」
     沸きあがる怒りを胸に、橘花は手にした日本刀で急所を斬り裂き。
     続く千巻も契約の指輪を掲げ、魔法弾を撃ちはなつ。
     入れ替わるように間合いに飛びこんださくらえは『想鏡』を掲げ、唇を噛みしめて。
     ――過去も、今も。罪も、闇も。すべて受けとめ向きあうと、この玻璃に誓った。
    「死は誰に対しても等しく降る。けれど、こんな風に奪われるものじゃない!」
     叫び、己の深淵を映す玻璃を、振りかぶる。
     瑠以子は3人の攻撃を受けてなお、涼しい顔で灼滅者たちを見やった。
    「貴方たちですね? 三日月さんたちが追いまわしているという、『なりそこない』は」
     尋ねる様子に、感情の色はかけらも見えない。
    「私の仲間を、闇に堕とさせたりなんて、させませんから……!」
     隙を見せればすぐに一般人へ攻撃を向けようとする瑠以子へ、リアナは歌声を響かせて。
     ダークネスは一瞬、気をとられるものの、
    「ただの人ばかり狙っても、俺たちはいつまでも闇堕ちしないぜ?」
     斬りこむ和麻の刃を、相殺。
     すいと傘の先を向ければ、中空に出現した水滴が四方八方から少年の身を穿った。
    「ぐあああッ!!」
     さらに追撃を受けた和麻が、たまらず膝をつき。
     避難誘導をしていた灼滅者たちが事態に気づくも、和麻は血を吐きながらも「来るな!」と叫び、それを制した。
    「どうしてこんなことをする……とは、どうせ聞いても無駄だろうな!」
     怒りに任せ橘花が斬撃を振りおろすも、ダークネスは紙一重で交わし、問いには答えない。
    「これ以上死んだ子や、彼女を悼む人を貶めるのは、許さない!!」
     叫ぶ千巻とさくらえが、足並みをそろえて立て続けに攻撃を繰りだし。
     触手のごとき影と、死角からの一撃。
     そのどちらもが六六六人衆に至るかに見えたが、
    「急な『雨』には、どうぞ、お気をつけて」
     瑠以子は2人の攻撃が届く前に、手にした傘で空を薙いだ。
     降りだした『雨』が、前・中衛に立つ4人の身を引き裂く直前、
    「エルくんっ!!」
     駆けつけた霊犬が、千巻の身体を強く弾き飛ばした。
     間一髪、難を逃れた千巻だったが、足止めのために攻撃を受け続けてきたさくらえ、和麻は特に傷が深く、すぐにでも治療が必要だ。
     和麻は満身創痍の身にオーラを押し当て、迷わず己の傷を癒した。
     殺傷力の高い瑠以子の攻撃は着実に和麻の体力を蝕み、なおも疲労は消えない。
    (「だが、相手がどれだけ強かろうと、ダークネスのやる事を阻止するだけだ」)
     できうる限り立ち続けるのが己の役目だと、さくらえも自ら傷を癒し、立ちあがる。
     ――ひとは、二度死ぬと聞いたことがある。
     一度目は、肉体の。
     二度目は、だれかに残る存在の記憶の死。
    「だからここに居る人たちも、彼女が生きた記憶も。絶対に殺させはしない!」
     想いとともに玻璃を振りおろすも、瑠以子は軽やかに地を蹴り、回避する。
    「易く帰れるなんて、思わないことです!」
     薙刀『斬穿』を手にしたリアナが、一閃。
     瑠以子はセーラー服の脇をかすめたリアナの一撃を見ようともせず、
    「お言葉。そのまま、お返しいたしましょう」
     手にした蝙蝠傘の柄を撫で、静かに目を細めた。


    「そっちは、どうでしょ、か?」
    「大丈夫です、もうだれも居ませ――」
     一般人を運びだしたサフィの問いに、会場内を確認していた妃那が答えようとした、その時。
    「っ!?」
     身を斬るような殺気に、チェーロはとっさにWOKシールドを構え。
     考えるよりも前に仲間へ向けられた水滴の弾幕を受け止め、そのまま弾き飛ばされた。
     驚いたサフィと妃那が柩のそばを見やれば、血だまりに沈む和麻、さくらえ、橘花の3人。
     そして深手を負い、倒れたまま身動きの取れないリアナと千巻の姿が見えた。
     仲間たちをかばい続けた霊犬エルの姿も、すでに消えている。
     足止め役には、前衛が多かった。
     反面、攻撃は幾度もかわされ。
     その上、敵の攻撃は殺傷力が高かった。
     致命的だったのは、回復手段が完全に不足していたことだ。
     途中まで踏み耐えはしても、瓦解がはじまれば、あっという間だった。
    (「撤退を、しなければ」)
     痛みを押し立ちあがったチェーロの脳裏に、『敗北』の文字が浮かぶ。
     だが、相手は灼滅者の闇堕ちを狙う六六六人衆。
     ――戦闘不能者3人に、深手を負った2人を連れて、どうやって?
    「ディミニさん、朝山さん!」
     せめて回復をと妃那が駆けるも、死角から迫った瑠以子に斬り裂かれ、壁に叩きつけられる。
    「貴方が雨、なら、私はそれを防ぐ傘になる……!」
     立ちあがったチェーロがダークネスの注意を引きつけようと、高純度に詠唱圧縮した魔法の矢をはなつ。
     しかしダークネスは蝙蝠傘を広げ、やはり、攻撃を受け流し。
     返り血を浴び、その身を赤く染めた瑠以子は、残るサフィを前に口を開いた。
    「すっかり、片づけてしまったんですね」
     遺体以外の一般人が、姿を消したことを言っているようだ。
     サフィの視界の端で妃那が身を起こし、再度、走りだす。
     ダークネスは気づいているようだったが、もはや己の勝利を確信したのだろう。
     そのまま、止めようともしない。
    「何故、雨が好き……?」
     せめてこちらに注意を引ければと問うサフィに、
    「雨の日は、色んな音がするでしょう? それに」
     黒いセーラー服の少女は、外見相応の微笑を浮かべ、微笑む。
    「色濃く映る世界は、うつくしいから」
     ――その言葉の、その想いの。
     ――どこに、『境界』があるというのだろう。
    「だめです! 朝山さん!」
     ふいに、悲鳴のような妃那の声があがり。
    「ああ。ようやく、ですね」
     瑠以子の視線の先には、倒れていたはずの千巻が立っていた。
     同じく深手を負ったリアナも、仲間の闇堕ちを忌避していたチェーロも。
     この作戦に参加した灼滅者の多くが、同じ覚悟だった。
     誰かがそうしなければいけないことを、理解していた。
     そうして、いくつもの想いを抱えて。
     ためらいなく己の深淵を覗いたのが、千巻だった。
    「貴女の雨は、私が晴らす」
     先ほどまでとは比べものにならない殺気をはなつ千巻に、瑠以子は灰の眼を向け。
    「貴女はいったい、『何者』になるのでしょうね?」
     言い捨て、瞬時に跳躍。
     撃ちこまれた弾丸をかわすと、そのまま雨の町へ消えていく。
     後を追おうと仲間たちに背を向ける千巻へ、妃那とチェーロは叫んだ。
    「止まない雨はない。雨は必ず、上がるんです!」
    「きっと、見つけ出します、だから……!」
     掛けられた言葉に、一瞬、足を止め。
     けれど千巻は振り返らず、ひとり、冷たい夜闇へと姿を消した。

     あとに残されたのは十数名の一般人の遺体と、深手を負った仲間たち。
     自らの足で立つことのできる3人は、すぐに倒れた仲間を癒しに向かった。
     小さな惑いから生まれた、大きな悲劇に。
     ただ強く、悔しさを胸に刻んで。

     ――雨音が。いつまでもいつまでも、耳に響いていた。
     
     

    作者:西東西 重傷:彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131) 上條・和麻(闇を刈る殺人鬼・d03212) 戦城・橘花(なにもかも・d24111) 
    死亡:なし
    闇堕ち:朝山・千巻(火灯・d00396) 
    種類:
    公開:2014年12月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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