散華ロヲタス

    作者:西東西


     ある夜。
     廃墟となった水族館の、割れた巨大水槽の前にて。
     水気をうしない、砂とほこりにまみれた暗闇に、その『花』――ダークネスの少女は浮かんでいた。
     しろく生気のない肌に、繊細な輪郭をふちどる髪。
     トーク帽に添えられたフェイスベールからは、水中色の瞳が透かし見え。
     たえず大粒の涙を零しながらも、少女は微笑みを浮かべたまま、歌うように嘆く。
    「『はいいろのあめ』ちゃんには、にげられちゃった。さびしいな、さびしいな」
     レースとフリルをあしらった深海色の喪服は、まるでドレスのよう。
     すそからのぞく足は水晶でできた魚の尾と化しており、体中に絡みついた鎖が、動くたびにシャン、シャランと無機質な音を響かせる。
    「でも、だいじょうぶ。アイね、しってるの。もうすぐ、ちぃちゃんの学校の『おともだち』が、あそびにくるんだよ」
     手にしたランタンを掲げれば、暗闇のなか、少女を取り巻く多くの一般人の姿が浮かびあがった。
     みな一様にぼんやりとした表情で、少女を囲んではいても、だれひとり少女自身を見てはいない。
    「『おともだち』を眷属にしてあげたら、みんな、アイとあそんでくれるよね? そうすれば、もう哀しくないかな?」
     涙を流し微笑みながら彷徨い泳げば、唯一の友人である骨の身をもった魚たちが、戯れるように少女を追って泳ぐ。
     足跡代わりに、花びらを零して。
     少女はいずれやってくるであろう『おともだち』を心待ちに、ふたたび歌をうたいはじめた。
     

    「六六六人衆との戦いで闇堕ちした、朝山――朝山・千巻(溺哀ウンディーネ・d00396)の居場所がわかった」
     教室に集まった灼滅者たちを見渡し、一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が鋭いまなざしで、説明を開始する。
    「君たちが対峙することになるのは、ノーライフキング。『アイネ』という名の、幼く、無邪気で残酷な、ダークネスだ」

     出現するのは、廃墟となった水族館。
     建物のなかは水族館としては機能しておらず、水も魚も、いっさい残っていない。
     『アイネ』は割れた巨大水槽のある広場で歌をうたい、歌に惹かれて集まった一般人たちを催眠状態にし、廃墟に幽閉し続けている。
    「アイネの性質は、『病的なまでの甘えん坊』だ。ゆえに『人から必要とされること』を渇望しており、そのための手段は選ばない。必要としてくれるのなら相手は誰でも構わず、その言葉の真偽さえ問わないほどだ」
     一般人を集めているのも、灼滅者たちが自分のもとを訪れるよう考えてのこと。
     現地に向かえば、ダークネスは喜んで灼滅者たちを迎える。
     アイネは灼滅者との対話を望んでいるので、作戦に応じて『交渉』や『一般人対応』、『説得』などを行うのが良いだろう。
     なお、ダークネスは『灼滅者に気に入られたい』と思っているため、一般人にはいっさい危害を加えていない。
     また、望まれれば素直に一般人に施した催眠を解き、解放するつもりもあるようだ。
    「現場には60人近くの一般人が集められている。一般人がいつ解放されるかは交渉しだいだが、場合によっては戦闘に巻きこまれる可能性も否めない」
     一般人のなかには長時間の幽閉によって衰弱し、体調に変調をきたしはじめている者もいるという。
    「……動けないひと。いたら、連れていく、ね」
     同行を名乗りでていた七湖都・さかな(終の境界・dn0116)が、静かに声をあげ。
     ほかにも手伝いの可能な者がいれば一般人対応を頼むと、一夜も言葉を重ねた。
     
     対面直後はアイネに攻撃の意思がないため、うまくいけば穏やかに事をはこべる。
    「――ただし。自身の存在を拒否されたと判断した場合、アイネは状況にかかわらず、灼滅者を眷属化するために攻撃を開始する」
     扱うサイキックは、『除霊結界』『ディーヴァズメロディ』『戦艦斬り』『セイクリッドクロス』『シャウト』に似たもので、ポジションはジャマー。
     『説得』が届けば、ダークネスの弱体化を狙うことができる。
     しかしそれが叶わなければ、アイネの灼滅を決断する必要が出てくる。
     ――今回を逃せば千巻は完全に闇落ちし、二度と救出の機会は訪れない。
    「朝山を救出できれば、それが最善だ。……だが、相手はダークネス。救出が難しいと判断した時は、灼滅を視野にいれて行動してほしい」
     一呼吸おいた一夜を見やり、さかなが告げる。
    「……水も魚もいない水族館は、さみしいって。一夜の分まで、つたえる」
     「だから、まっていて」と、まっすぐに見あげて。
     一夜は黙って頷いた後、灼滅者たちを見やり、
    「朝山は、寂しがり屋だからな。……どうか、皆で迎えに行ってやってほしい」
     「私はここで、帰りを待っている」と告げ。
     深く息を吸い、祈るように瞳を閉ざした。


    参加者
    不動・祐一(無我務中・d00978)
    宮廻・絢矢(群像英雄譚・d01017)
    橘・蒼朱(アンバランス・d02079)
    城・漣香(焔心リプルス・d03598)
    藤平・晴汰(灯陽・d04373)
    小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)
    神宮路・馨麗(クリソプレーズ・d09921)
    百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)

    ■リプレイ


     闇に沈む廃墟に、もの哀しげな歌声が響く。
     明かりを灯し進めば、割れた水槽の前に、微笑みながら泣き続ける少女の姿。
     掲げるランタンに照らされ、数多の一般人たちが浮かびあがる。
     手中の鍵を握りしめ、宮廻・絢矢(群像英雄譚・d01017)は一歩、踏みだす。
    「初めましてだね! 僕たちのことは、知っているのかな?」
    「知ってるよ! アイね、ずーっと、みんなと遊びたかったの!」
     予測通り、攻撃の意思はないらしい。
    「遊ぶにしても、死にかけの奴らがいたら気になっちまうよ」
     一般人を見やり不動・祐一(無我務中・d00978)が告げれば、
    「じゃあ、今すぐみーんなころしちゃうね!」
    「だ、だめだよ! この人たちは、アイネちゃんの歌をきいて集まってくれたんでしょ?」
     藤平・晴汰(灯陽・d04373)が慌てて声を張り、小鳥遊・葵(アイスクロイツ・d05978)も、諭すように続ける。
    「僕らは、君とゆっくり話がしたいんだ」
    「少しだけ待ってくれませんかねぃ、アイネさん」
    「オレたちで、パパッと連れだしちゃうからさ!」
     神宮路・馨麗(クリソプレーズ・d09921)と城・漣香(焔心リプルス・d03598)が言葉を重ね、
    「みんなが言うなら、いいよー!」
     アイネはあっさりと、一般人たちの解放を了承した。
     動こうとした仲間たちを制し、七湖都・さかな(終の境界・dn0116)がひとり、アイネの前から離れた。
     同行者は五十二名おり、人手は十分。
     わざわざ複数名がアイネの前を辞して、不興をかうこともあるまい。
     橘・蒼朱(アンバランス・d02079)は金の眼を細め、告げる。
    「アイネの話を聞きたいな」
    「僕たちは君のことよく知らないから、いろいろ教えてほしいんだ」
     絢矢も微笑みを浮かべ、話を繋いだ。
     百合ヶ丘・リィザ(水面の月に手を伸ばし・d27789)は小さな体をぴんと伸ばし、仲間たちのやりとりと、一般人避難の進捗を見守る。
    (「ひっぱたいてでも連れて帰りますよ、ちろる様」)
     胸中で呟き、決意を固めた。


     避難開始の指示を聞き、同行者たちは一斉に行動開始。
     純也は避難経路や、一時的な運搬先を指示。
     朔夜と陽和は連携して応急処置を施して回り、薫、明人らが肩を貸し、出口へと導く。
     茉咲は水と毛布を手に一般人に声をかけ、特に衰弱している者は『ドリンクバー』を持つ者たちに託した。
     言葉を話せない者は朱音が『テレパス』で意図を汲み、必要があれば大量の医療器材を持ちこんでいたリカの元へ。
     葵は身動きのとれない一般人を、仲間とともに『怪力無双』で運びだしていく。
     気力を失った者や不審を募らせる者たちには、『ラブフェロモン』が役だった。
     優雨は廃墟の外に運び出した一般人を見やり、ようやく半分ほどと目算する。
     また学園のどこかで会えればそれでいい。
     一般人の避難が完了しだい、帰投するつもりだ。
     エリスは人払いのために廃墟の入口に立ち、今なお内部に残る灼滅者たちに、想いを託した。

     大勢の協力者が集まったおかげで、一般人避難は想定以上に早く進んだ。
     灼滅者たちに気に入られたいという想いがあるからだろう。
     問えば、アイネは喜んで答えた。
     好きな歌、好きな場所、好きな遊び。
     そして、自分のこと。
    「アイね、ちぃちゃんのマネも上手だよー! 『アタシのことはもう忘れて、アイネちゃんと遊んであげて! ほら、こんなにいいコなんだよぉ?』」
     ――ここへ来た、誰もが求めてやまない姿。
     そっくりでしょ?と、得意げに胸をはり、
    「ちぃちゃんに会いたくなったら、アイがマネしてあげる。だからこれからは、アイとあそぼ?」
    「ってことは、千巻のマネをしたまま、友達になっていーんだな?」
     祐一が問い、蒼朱、漣香、絢矢も、続ける。
    「ちろるの真似では、結局キミのことをしっかり見られないよ」
    「君があの人の真似しても、『ちろるさんの真似してるアイネちゃん』で。……結局、君が悲しいと思う」
    「だれかの真似事をして生きていくなんて、そんな悲しいことさせたくないよ」
     てっきり喜んでもらえると思っていたアイネは、灼滅者たちの言葉に勢いを落した。
    「ちぃちゃんの好きな歌もうたえるし、ちぃちゃんの声で、みんなの名前も呼んであげるよ?」
     馨麗は静かに首を振る。
    「アイネさんは今、千巻さんの真似をしている。自分が千巻さんではないと、わかっているのですよぃ」
    「アイネがアイネでいてくれるから、『ちぃちゃん』がいる。あの子の真似はしなくても、大丈夫なんだ」
     しかしいくら説いても、アイネは納得しない。
     リィザは、アイネをまっすぐに見つめ、告げる。
    「貴女を悪く思ってるわけじゃありません、アイネ様。貴女のようなダークネスとなら、友人になれたかもとすら思います」
    「……アイとは、ともだちにはなれないの?」
     その声音は先ほどまでに比べ、冷たい。
    「他のだれかじゃない、ちろる様と作った想い出があるんです」
     今にも溢れそうになる想いを押しこめ、仲間たちも口々に告げる。
    「想い出はちろるとのもので、大事なものだってこと分かって欲しいな」
    「必要じゃないんじゃない、要らないわけでもない。ただ、アイネより先に千巻と同じクラスにいたんだ、俺は」
    「ちぃちゃんと過ごした時間の方が長いってだけ。だから、これは俺の我儘」
     蒼朱、祐一に続き、晴汰はアイネの傍に立つ。
     取りだしたハンカチでその涙を拭い、ただひとつの願いを、告げた。
    「もう一度。ちぃちゃんに会わせてくれないかな……?」
     アイネはゆっくりと、瞬きをして。
     冷たい手指で晴汰の腕を掴み、微笑んだ。
    「アイが、『ここ』にいるのに?」


     次の瞬間、憤りを嘆くようにアイネは吠えた。
     至近距離で衝撃波を受けた晴汰の身体が、遠方にはね飛ばされ。
     警戒していたキィン、朔之助、ガーゼ、オメガが、最後の避難中だった一般人たちを攻撃線上から突き飛ばした。
     すぐに『怪力無双』を使った凪流、亮が一般人を担ぎあげ、退避完了。
     残る灼滅者たちが晴汰を癒し、次々とアイネを取り囲む。
    「ちぃちゃんばっかり、ずるい、ずるい、ずるい! 顔も声も一緒なのに、どぉしてアイじゃいけないの!?」
     水晶の尾が水槽や床ごと灼滅者を薙ぎ、骨魚たちが大群となって襲いかかる。
     有無はさかなとともに魚群を撃ち払いながら、呵々と笑った。
    「痛い程解るその気持ち! だうして二番煎じでは成らぬのか、一生涯を経て問い詰めたい!」
     けれど誰もが知っているのだ。
     誰かが誰かになるなんて、おこがましくて、難しいこと。
    「真面目で頑張り屋なあいつが好きで助けに来てんだッ!」
    「わらわ、悔しくってって泣いた千巻先輩が。あの一瞬が忘れられないのじゃ」
    「ごめんな、アイネ。お前がいくらちぃと同じ体で、真似をしても。想い出は、共有できないんだ」
     ゴンザレス、心桜、優奈にも、色あせない想い出がある。
    「アイちゃんはアイちゃん! ちぃちゃんはちぃちゃん!」
    「みんな判っているよ、アイネちゃんは朝山さんじゃないって」
    「どっちか片方だけになってしまったら……あたしも悲しいよ」
    「アイネがダメなわけじゃないよ。俺は、二人と一緒にいたい」
     壱、杏理、嵐、大輔はアイネの存在を肯定しつつ、投げかける。
    「ちぃちゃん、ちぃちゃん! みんな、ちぃちゃんの事ばっかり!」
     再び吠えたアイネの衝撃波が、包囲していた仲間たちを次々と吹き飛ばしていく。
    「あんさんはあんさんで、俺は別に嫌いやないで。クカカカ!」
     傷を負いながらも笑う右九兵衛に、
    「欲しがったって絢矢先輩はあげませんよ、アイネさん」
     絢矢をかばい傷を負ったイヴも、一歩も退かない。
    「君がちろるさんの中に居ることは皆が知ってる。それじゃ駄目かな」
    「千巻を助けて欲しいんだ、これはアイネにしかできないこと」
    「ほかの誰でもない。アイネちゃんに力を貸して欲しいんだ……!」
     微笑みをたたえ、涙を流し続ける少女へ向け、漣香、真人(d21550)、晴汰も言葉を重ねた。
     しかし、もはやアイネは聞く耳をもたなかった。
     対話にはいくつかの道があった。
     やりようによっては、アイネを欺き、油断させ、隙をつくこともできた。
     けれど灼滅者たちが選んだのは、誠実に相対し、嘘偽りのない素直な想いを伝える道。
     だからこそ。
     重ねれば重ねるほど、灼滅者たちの言葉はアイネに孤独を突きつけた。
     『アイネだけ』を望んでくれる存在はどこにもいないのだと、思い知らせた。
    「アイをみて。アイと話して。アイのことだけ考えて。そうして、アイと一緒に、ずーっとあそぼう!」
     哀しみは怒りに変わり、攻撃は『おともだち』を求めいっそう激しさを増す。
     同じ身へと誘うように、骨の魚群が灼滅者たちを斬り裂いて。
     仲間たちの傷を癒しながら、徹は胸を締めつけられるような想いでいた。
    (「この子、ひとに愛される方法が解らないんだ」)
     千巻の奥底で孤独を味い続けてきたからこそ、今退けば、次に自分の機会が訪れる確率がどれほどのものか知っている。
     ――それでも千巻に会いたいと告げる言葉の、残酷さ。
     しかし灼滅者たちとて、諦めるわけにはいかない。
    「君だって、僕らには必要な存在だよ」
    「貴方がいなければ彼女も存在しません。どちらも、換えの利かない大事な役割ですん!」
    「ずっとひとりでいることが、アイの役割だって言うの!?」
     葵、馨麗へ向けられた攻撃を、霊犬『迦楼羅』とビハインド『ノウン』、ライドキャリバー『ブラス』がかばい受け。
     リィザは覚悟を決め、艶めくローファーで地を踏みしめた。
    「ごめんなさい。とても、残酷なことを言います」
     アイネを傷つけても、それでも。
     想いを、偽ることなどできない。
    「お願い。ちろる様を返してください」
     返事の代わりに向けられたのは。
     容赦のない、尾の一撃だった。


     地に叩きつけられたリィザの壁となるべく展開し、灼滅者たちは即座に攻撃に転じた。
     ――このまま、だれにも、なにも届かなければ。すべてを喪うことになる。
     それがわかっているからこそ、灼滅者たちは必死に呼びかけた。
     眷属に誘うべく歌う声に負けじと声を張り、
    「俺の許可もなしに居なくなりやがって! さっさと帰ってこい! 傍にいねーと守れねーだろーが! ばーか!」
    「桐ヶ谷は、もっと、たくさん。先輩と一緒に、遊びたいです」
    「帰るぞ、朝山。帰って、皆で城をいじり倒そう」
     銀、十重、貫が、催眠にかかった仲間を次々に癒す。
    「ちろる様は、まだ人も少なく、部長として右も左もわからないような部で一緒に過ごしてくれて。とてもありがたくて、楽しかった!」
    「クラブを離れても、また一緒に遊ぼうって。私は、そんな朝山先輩が大好きなんです」
     支える泉の手を離し、リィザは再び立ちあがるり、拳を叩きこむ。
    「ボクは朝山君とまた、ライブハウスに行きたい。一緒に強くなりたいんだ」
    「貴方は最大の恩人です。貴方と一緒なら、また勝てる気がするのです。ですから戻って、ともに戦いましょう」
     三ヅ星と竜鬼は、一緒に強く在ろうと、再会を願う。
    「朝山さんとは話したことないけど、話してみたいって思うの」
    「あたしもちょっとの縁だけど、朝山ちゃんとは、もっと仲良くなりたい」
    「知り合って間もないからこそ、これから仲良くなっていこうと思ってたのよ」
    「これから一緒に、楽しく過ごせればいいって思ってた所だからね」
    「部室で、きちんとお会いしたいんです。それで、初めまして、って言わせてくださいです!」
     叶、民子、七、要、朋恵は、そう遠くないはずの未来を想い。
     枷払いを仲間に託し、葵は蒼氷ノ刃で、アイネの身を貫いた。
    「うちに来てくれたからには、もっと楽しんでもらわないと。そういう約束で、僕は入部届を受け取ったんだからね」
     揃って尾の一撃を受け止めたのは、レイシーとキングだ。
    「【矢野屋】で一緒だったの、だいぶ前だよな。もう千巻は覚えてないかもしれない。でも、俺は忘れてない」
    「声を届けに来たのも、迎えに来たのも。あの時に渡せなかったプレゼントを渡したいのも、千巻ちゃんなの」
     アイネの死角に回りこんだ馨麗は、結界符を展開。
    「卒業写真のご予定を前に何してるんですん、千巻さん! 早く打ち合わせの続きをしませんと、間に合いませんですよぃ!」
    「言い出しっぺがいなくなったら、格好つかないから帰ってきなさい! あんたたち、二人一緒に!」
     巫女や、クラスメイト達も待っている。
     炎を叩きつけ、祐一も叫んだ。
    「ユキちゃんめっちゃ怒ってんぞ! 今課題プリントバリバリ作ってる! それ終わらせたら卒業式出て、一緒に卒業しよう。
     その約束を守るために、祐一はここにきた。
     さくらえがあの日から募らせていた想いは、とても一言では足りない。
     けれどこの場で伝えるべきは、ひとつだ。
    「あの雨の夜。助けてくれて、ありがとう……!」
    「俺からも礼を言うで。二人を助けてくれておおきに!」
     さくらえが救われたおかげで、想希も救われたと悟は言う。
     想希は悟の手を握り、想いの丈を叫んだ。
    「独りは淋しい。皆そうです。だから、帰って来てください千巻さん。アイネさんを、連れて!」
     灼滅者に戻れたとして。
     友達や仲間を傷つけたことを知れば、千巻は哀しみ、苦しむだろう。
     だから真人(d24242)は仲間たちを癒しながら、千巻に言い聞かせるよう、叫んだ。
    「大丈夫、大丈夫だ。よくある事だッ!」
     晴汰も傷だらけになりながら、仲間たちへの攻撃をその身に受け続ける。
    「ちぃちゃん、ここにいる皆、ちぃちゃんのために来てくれたんだよ! すごいね、いっぱい、愛されてるね……!」
     アイネの想い。
     みんなの想い。
     交錯する感情のなかで、視界がにじむ。
     ――まだ、届かないのか。
     沸きあがる不安を押しのけ、漣香も涙をこらえる。
    「オレの眼鏡に指紋つけていいのちろるさんだけだし、もっと構えよ! 頼むから帰ってきてよ!」
     泣くのは一緒に帰ってからだと、仲間たちの守りを固め。
    「僕が闇堕ちしたとき、一緒にもっと遊ぼうって言ってくれたこと。おかえりっていってくれたこと。すっごく嬉しかったんだ!」
    「俺にもお返しさせてよ。お祝いするだけしていなくなっちゃうなんて、ズルいよ」
     絢矢の花柄のストールと、蒼朱の聖剣が、アイネの身体を斬り裂いて。
     深海色の喪服は、すでにぼろぼろ。
     殴られ、撃たれ、炎に焼かれ。
     傷を負ったアイネの動きは、しだいに鈍くなっていった。
     それでも屍王は笑みと涙を消すことなく、灼滅者たちを見据える。
    「ちぃちゃんはもう、どこにもいないもん! みんな、アイと遊ぶんだもん……!」
     殊亜はなおも骨魚たちへ命じようとするアイネの手を掴み、言った。
    「絶対に離さない。アイネが表に出てようが、連れて帰る」
    「あいつに伝えてくれよ、寂しかったり辛かったら誰かを頼りゃいいって。俺ら、すぐ駆けつけるからよ」
    「朝山さん。貴女の目前にたつ仲間たちに、貴女の答えを聞かせて欲しいんだ」
     允、ジュリアンが交互に呼びかけ。
     想司はアイネに念押しの足止めを施し、絢矢へ向け、叫んだ。
    「行って来い、親友!」
     黒革に赤紐を通した靴で、地を蹴って。
     炎を纏った激しい蹴りに、絢矢は想いを託す。
    「一緒に帰ろうよ。君を、一人ぼっちにさせたくないんだ」
     蹴り飛ばされたアイネの身体へ、灼滅者たちが、幾重にも手を伸べて。
    「先輩、迎えに、来ました。一緒に、帰りましょ?」
     チェーロの言葉は、千巻だけではなく、アイネへも向けたもの。
    「アイネは消えるんじゃないよ、眠るだけ」
     呟く蒼朱に頷き、アイネを抱きしめて。
     祐一は、伸べられたアイネの手で指切りをするようにして、言った。
    「今度会うことがあれば、その時も迎えに行くよ」
     絡めた指の先から、炎がアイネを包みこみ。
     馨麗と絢矢はまどろみに沈む『花』を抱きしめ、囁いた。
    「おやすみなさい」
    「もしも奇跡が起きて、一緒に生きられる時が来たなら」
     その時は、友達になろう――。


     堕ちている間は、まるで泥の底に沈んでいるような心地で。
     けれど皆の言葉は浮かびあがる水泡が弾けるたびに、耳に届いていた。
     想いは七色に煌めいて、どんなにふかい闇の底にいても、降りそそいでいた。
     己の成したこと。
     アイネの成したこと。
     そのすべてを背負うには、恐れも、不安もあって。
     けれど、すがれば抱き留めてくれる、いくつもの手のぬくもりがあるとわかったから。
     もう一度、一緒に歩きたいと、思ったのだ。
     そう願った時、千巻の意識は虹の光に導かれ、一瞬で『日常』に戻った。
     半身を起こして茫然とした後、顔を覆い、ひたすらに謝罪の言葉を繰りかえす。
    「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
     居合わせた者たちは、そんな言葉にはお構いなしに、次々と彼女を抱きしめ、告げた。
    「おかえり」
    「おかえり、ちぃちゃん」
    「お帰りなさい」
    「おかえりなさい!!」
    「おかえりなさいませ、ちろる様!」
    「うぇええんちろるさんのばかぁ!!」
     必至にしがみついてきた、人としての生。
     そこで出会ったかけがえのない者たちが、千巻をあたたかく出迎えた。

     あの、ふかいふかい闇の底。
     孤独を抱え、アイネは眠る。
     泥から生まれて穢れなく。
     水にたゆたう、水花のように。
     ――せめて水底では。やさしい、夢を。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年2月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 6/素敵だった 20/キャラが大事にされていた 0
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