雪の果て、カミに祈ひ祷む 梅見月

    作者:西東西


     ある過疎の村にて。
     神社の周囲にひろがる鎮守の森を、壮齢の神主が歩いていた。
     周囲には紅白、桃色の花を咲かせた梅の木が広がり、甘い香りを漂わせている。
     とはいえ、花の命は短い。
    「花の咲いているうちに、ひとりでも多くの方に見てもらえれば良いのですが……」
     いつも村興しのために奔走している男女は、今はわけあって活動縮小中。
     それゆえ大したもてなしはできないが、村のブログに梅の花が咲いていることを書いておけば、誰かが見にやってくるかもしれない。
    「そうと決まれば、写真を撮らねばなりませんね」
     神主はカメラを取りに戻るべく、駆け足で神社へ向かった。
     

    「ある村で、『梅の鑑賞会』が行われているそうだ」
     一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が集まった学生たちに声をかけ、印刷してきたブログの記事と、風景写真をいくつか掲げ見せる。
     過疎地であるその村では、村の公式ブログで定期的にイベントを告知している。
     今回の『梅の鑑賞会』は、昼から夜にかけて、梅の花を鑑賞するだけの簡素なイベントのようだ。

     場所は、村はずれにある神社の、鎮守の森。
     全国の名所に比べれば本数はそれほど多いわけではないが、多様な梅の木が植えられ、それぞれに咲き誇っている。
     神社の森であるため車通りはなく、好きに散策することができる。
     ほかの参加者の邪魔にならない場所でなら、木の下に敷物を敷くなどしての鑑賞もOKだ。
     夜は道標を兼ねて篝火が焚かれるが、あくまでも道を照らすためのもの。
     梅を鑑賞するなら昼をお勧めすると、ブログには書かれていた。

    「なお、訪問予定日の天気は、晴れのち雪。日中は過ごしやすい青空が続くが、夜は寒さが戻り、雪がちらつくようだ」
     春も間近とはいえ、しっかり防寒の用意をしていった方が良いだろうと告げ。
     一夜は思いついたように、傍らに立っていた七湖都・さかな(終の境界・dn0116)に言った。
    「せっかくだ。去年買った着物を着ていってはどうだ?」
    「……?」
     こくりと首をかしげるさかなを見やり、一夜は「やっぱり覚えていないのか」とぼやく。
    「手帳には? なにも書いていないのか」
     その言葉を聞いて、さかなが鞄から手帳を取りだし、開く。
     三月五日。
     白紙だ。
    「……。……さんごの、日?」
    「そうそう、珊瑚の――ではなく。七湖都の誕生日だろう」
     ズバリ言われ、「あー」と間の抜けた声をだす。
     ついでに問い詰めれば案の定、着物は購入したまま袖を通していないという。
    「……着方、わからない」
    「私が教える。覚えるまで特訓だな」
    「……当日。さむく、ない?」
    「寒くない。防寒具を揃えていけば、大丈夫だ」
     普段、着飾ることのない少女だ。
     誕生日くらいめかしこんでやらねばという使命感が、一夜にはあるようだった。
    「もののついでだ。私もたまには着物を着ていこう。一緒に行く者たちもどうだ? 着付けの仕方なら、当日まで私が特訓するよ」
     着物姿で梅林を歩けば、それはそれは風情のあることだろう。
     村は過疎地だけあって、宿泊施設が存在しない。
     よって一日でトンボ帰りすることになるが、それでも十分に、楽しめるはずだ。
     興味があるのなら君たちもぜひにと、一夜は学生たちへ、案内を配って回った。


    ■リプレイ


     村を訪れた学生たちの前には、雲ひとつない空と、満開の梅林がひろがる。
     慣れぬ着物の違和感に、眉間に深く皺を刻むのはキィン。
    「いつもと違う筋肉を使う気がするな……」
    「ぬかせ」
     ぱんと背を叩き、着付けを手伝った一夜が笑う。
    「一夜崎は、こういう仕事でも似合いそうだな」
     一夜は、「ああ」と声をあげ。
    「考えたこともなかった。が、それも良いな」
     「ほら行くぞ」と、続けて歩き方の指南にかかる。

     藍の着物に、下駄の音。
    「風情がありますねぇ」
     呟き、チリリと風鈴の音を響かせ歩くのは、鈴音。
    「着物も、たまには新鮮でいいよな」
     涼やかな音に耳を傾け、墨色の着物をまとった御伽もゆっくりと歩を進める。
    「折角ですから、木の下でゆっくり梅見をしませんか?」
     敷物は持ってきたと告げる鈴音に賛同し、御伽も陽だまりに腰をおろす。
     持参した風呂敷包みには、数個のおにぎりと水筒。
     そろって頬張りながら頭上を仰げば、梅の背に澄んだ青空が広がっている。
    「記念に一枚、撮りたくなりますねぇ」
     青が梅を引きたて美しいと鈴音がこぼせば、
    「スマホしかねぇけど、一枚撮るか」
     天に手をかざし、カシャリと、想い出を刻む。
    「御伽殿。その写真、後でくださいねぇ」
     告げる声に、御伽はああと頷いて。
    「梅ってさ。桜とは、また違った良さがあるよな」
     決して華やかではないが、その慎ましさには可愛げがあって。
     俺は好きだと呟く声に、
    「今度は、来れなかった皆とも来たいですねぇ」
     陽光に目を細め、二人、鳥鳴く声に耳を傾ける。
     その傍を、跳ねるように駆けていくのは潤子だ。
    「あ! 枝垂れ梅かなっ。小さくて白い花がかわいいっ」
     見あげれば、梅の枝にぷっくり身体をふくらませた小鳥の姿。
    「梅にはね、メジロさんも遊びに来るんだよ」
     追うようにやってきたリアンと那月に、「ねっ、なっちゃん」と呼びかける。
     さえずりに耳を傾ければ、聞き覚えがある。
    「早朝に良く聞こえてきた声は、こいつか。なっちゃん、何でメジロが来るんだ」
     問えば、那月は淀みなく答えた。
    「たしか、花の蜜や果実を好んで食べる。特に梅の花が大好きで、花から花へ移動するそうだ」
    「鳥でも、蜜を好むやつがいるんだ」
     感心したように告げ、また別の木の下へ。
    「花澤は、梅と桃の区別がつかないと言っていたな」
     那月が梅の木を前に違いを解説すれば、
    「梅・桃・桜って言葉があるんだけどね、春が近くなって咲く順番なんだって」
     「桃と桜は似てるから、たまに間違えちゃうけどね」と、潤子が笑う。
    「白とかピンクとか、赤もある」
     小さいくせに力強いと、咲く花に次々と挨拶するリアンの姿に、
    (「リアンくん、メジロさんみたいだな」)
     くすり笑みを零し、別の木へと走った。
    「二人ともーっ、こっちの梅さんもとっても綺麗だよー!」
    「潤子が呼んでる」
     少女を追い、駆けだすリアンを見送って。
    「……あいつは。少し目を離した途端に、どこかへ行ってしまうな」
     つぶやき、嘆息ひとつ。
    「走るな、二人とも」
     手招く二人を追うように、那月も地を蹴った。
     その那月がすれ違ったのは、着物に身を包んだ二人の少女。
     鈴は、薄紅の牡丹飛び柄に、臙脂の羽織り。
     マキナは、灰白と藤紫の市松柄に、桑の実色の帯と長羽織り姿。
    「私たち、今すごく大人っぽいよ!」
    「アレだね、婆ちゃんたちの時代に迷いこんだ気分」
     昔は着物が普段着だったもんねと、梅の木を仰いで。
     改めて愛でる花の美しさに、吐息を零す。
     一方、梅林を歩く想々の心は落ち着かない。
     去年買った生成りの着物と、並び歩くシルキーの存在。
     薔薇咲く蒼の小紋をまとった令嬢は美しく、つい、見とれてしまう。
    「ふふ、緊張なさらないで」
     シルキーに誘われ森を進めば、可憐に咲く梅の姿に、足取りはすぐに軽くなった。
    「想々さんは、梅のお花お好き?」
    「梅は……懐かしくて、寂しくて。でも前より、すきになれたような気がします」
     告げる少女の着物には、梅と春先の花が咲く。
     そこにも、想いが表れているようで。
    「梅の下に居る想々さんは、梅花のお姫様みたいで素敵だわ」
    「うぇっ!? シ、シルキーさんの方がお姫様やし!」
    「私も? まあ、嬉しい」
     さぁと吹く風に、白と銀の髪が揺れ。
     きらめく陽光に、眼を細める。
    「春が来たら。もっと、色んな花を見れるでしょうか」
     意を決した想々が、茶の瞳を、ひたとシルキーに向ける。
    「そしたらまた……。えと、ご一緒できたら」
    「ええ、また是非。次は、春の彩が増した頃に」
     令嬢は二つ返事で応え、匂いたつ梅の花に、春を待ち望んだ。
    「美しいね。よう似合うてはります」
     告げる保の言葉は、春色の着物をまとう悠へ向けたもの。
     すぐに照れたように景色を見やり、
    「空気も澄んで、ええ日和やねぇ。見事な枝ぶりに……花も、蕾もええなぁ」
    「梅の香りと色彩が風雅じゃの。どれ、もう少し近くで――」
     頷いた悠が、慣れない草履でさらに踏みだした、その時。
    「ふぬぉ!?」
    「わぁ!?」
     つまづいた悠を、保がすかさず抱き留める。
    「だいじょうぶ?」
     情けない姿を見られまいと、悠は威厳を示すべく立ちあがろうとするも、
    「だ、大丈夫、一人で歩けるの――ふぬぉ!?」
     再び足首をひねり、ぽすんと、保の腕の中に収まってしまう。
    「……良かったら、その。手、繋ぎましょうか」
     笑顔を浮かべ、保が、そっと手を伸べて。
    「こ、今回だけは手を借りるのじゃ。今回だけじゃからの!?」
     渋々手をとり、立ちあがる。
     そっと重ねた指先に、互いの温もりが伝わる。
     ――こうして同じ時間を過ごせることが、嬉しい。
     また転ばぬよう、しっかりと指を絡めて。
     二人、ゆっくりと並び歩いた。

     菜の花咲く黄の着物をまとい、サーニャは級友の手を引き歩く。
     萌黄に桜散る着物をまとったルティカが周囲を見渡せば、探し人はすぐに見つかった。
    「15歳のお誕生日おめでとうでござるよ、さかな殿!」
    「かような日に誕生日とは、幸先良いの。良い一年を重ねられそうじゃて」
     無表情のままだが、級友に会えたことが嬉しいらしい。
    「サーニャも、ルティカも。着物、きれい」
     サーニャの桃の帯留めや、髪飾り。
     ルティカの和柄のシュシュを、きれいと言って見つめる。
     二人で梅見に誘えば、さかなは頷き、喜んで。
    「今日の想い出、いっぱい作るでござるよ!」
     一面の青空に、桃の花。
     甘い香りを胸いっぱいに吸いこみ、三人はゆっくり歩いていく。
    「あれは紅梅と白梅。なれば、これは桃梅(とうばい)かえ?」
     ルティカの疑問に、そろって首を傾げ。
     おしゃべりが弾めば、着物の裾を踏んだり、袂を引っかけたり。
    「梅の木は傷つけておらぬ故、大丈夫じゃ」
     きりっと告げるルティカに、サーニャも笑う。
     そこへ、アリスが通りがかった。
    「さかなさん、お誕生日おめでとう。先の任務いらいになるわね」
    「……ん。ひさしぶり、アリス」
     告げるアリスの立ち姿は美しく、薄紅に花弁散らした着物が良く似合う。
    「昔は花見といえば、桜じゃなく梅だったんですってね? こうして見て歩いてると、なるほどと思うわ」
     風が吹き、はらはらと花弁が舞う。
     その足で神社へ向かえば、遠目に見る梅林もなかなかのもの。
    「さかなさん。お誕生日おめでとうございます、です」
     声に振り返れば、普段通り和装に身を包んだ柚羽の姿。
    「柚羽も。いっしょに、梅見しよう」
     手を引き、数名の学生と合流する。
     抹茶色の着物をまとった晴汰は懐からカイロ取り出し、
    「温もりをお裾分け。誕生日おめでとうねー」
    「ん。ぬくぬく」
     冷えた指先に、温もりが染み渡る。
     三月三日が誕生日だったと告げたのは、桜楓の着物をまとった瞳。
     春を呼びこむような色と味わいの金平糖を手渡し、
    「ささやかなお祝いの品って事で、受け取ってね?」
    「大事に、たべる」
     甘いものに目がないさかなは、大喜び。
     通りすがった一夜を手招き梅林に向かえば、梅の鮮やかな色彩が出迎える。
    「んっと、あっちが紅くて、こっちが白い?」
    「梅の花にも、いろんな種類があるんだねー」
     花色の違いを観察するのは、桜色の着物を着た陽桜と、水色の着物を着た千代。
     傍では柚羽が、まるい花弁が舞うのへ手を伸ばす。
    「花言葉は『高潔』『気品』『澄んだ心』なんですって」
     瞳が、秋の村とはまた違った趣を楽しみながら告げ。
    「お着物大変よくお似合いですよ、お嬢さん」
    「みんな、とってもよく似合ってるの♪」
     着飾った少女たちへ、晴汰と陽桜が朗らかに声をかける。
    「晴汰も、おにあい」
     褒め返せば、「何かこそばゆいや」と照れくさそうに笑って。
    「さかなちゃんも、皆も、着物もっと着るべき!」
     幼いころから着なれている千代が、力説。
     やがて人通りの少ない木の下で、レジャーシートを広げた。
    「ひお、梅の香りの紅茶とね、梅のシフォンケーキ持ってきたの」
     バスケットを見せた陽桜が、一同にお茶菓子をふるまって。
    「今日は良い天気だし、何か眠くなっちゃうなぁ……」
    「同意だ。こんな日は昼寝に限る」
     一服すれば、晴汰と一夜は早くもお昼寝モードに。
     柚羽はシートの隅にさかなと並んで座り、静かに梅を眺める。
    「梅の花、とても甘い香りがするので好きです。その匂いに誘われて、鳥さんが蜜を吸いにくるのを見るのも好きです」
     鳥は近くで花を見ることができて羨ましいと、微笑んで。
    「梅の花は、いち早く春の訪れを告げてくれるのね」
     瞳も頷いて、ケーキを頬張る。
    「せっかく綺麗な梅の花があるし、みんなで記念撮影しよ?」
     千代が告げれば、皆喜んで寄り集まって。
     通りすがった流希が、シャッターをきると申しでる。
    「さかなちゃん、ほらほらカメラのほう向いてー」
     ――はい、チーズ!
     かけがえのない『日常』の記憶が、またひとつ。

     一方、神社に戻った鈴とマキナは甘酒を口に含み、優しい甘さと温もりにほっと一息。
    「もう大学生なんて、実感湧かないなー」
     遊びも、勉強も、戦いも。
     これから益々忙しくなりそうと告げる声に、
    「現実離れした毎日だけど。こういう、非日常な『日常』。大事にしていきたいと思うんです! 抱負!」
     熱の籠もった鈴の言葉に、思わず頬が綻んで。
    「その抱負、便乗させてもーらお!」
     はしゃぎ腕を組んだマキナが、番傘を開く。
     夜闇深まる空に、白の花弁がはらはらと舞う。
     一つ傘のなかから覗く景色は、また違った世界を見るかのよう。
    「ね、またやろうね、タイムスリップ!」
    「それじゃ、次はどの時代に行こーか!」
     無邪気な声が、藍空に響いた。


     完全に陽が落ちきった頃には、鎮守の森にはいくつもの篝火が並べられている。
     遠く鳴きかわす鴉の声を聞きながら、直人は貴明と森を歩く。
     身にまとうのは、紺雲の意匠が施された白地の着物。
    「……似合うかな?」
     照れくさそうに羽織で隠せば、
    「ちょっと派手かな。でも似合うと思うぞ」
     瑠璃紺の着物に、花紺青の羽織をまとった貴明が微笑む。
     吹きつける夜風に身を寄せれば、どちらともなく、自然と手が重なって。
     絡めた指の温度差に、思わず顔を見合わせる。
    「もっと早くに、手を繋げば良かった」
    「俺も、そう思ってたとこ」
     篝火の路。
     花の姿が見えぬからこそ、夜気に混じる梅の香を近く感じる。
     ふいに、白いものが視界をよぎり。
    「花弁かと思ったら……雪か」
     名残雪かと思いつつ、雪片に手を伸べる。
    「知ってるか? 雪は、『天花』とも言うらしいな」
    「天の花、か。梅の香りが強いから、ほんとに花が降ってるみたいだ」
     触れれば一瞬にして消える、白い花。
     貴明を見やり、直人は強く、指先を絡めて。
     ――離したくない。
     しんしんと降る雪に、吸いこまれるように。
     零した呟きは、夜闇に融けた。

     冷えこみとともに降りはじめた雪が、詩音のキャスケット帽に降り、融ける。
     白のダッフルコートに、ミニスカート。
     足首までの清楚なソックスは少女の脚を美しく魅せるものの、防寒具としては、いまひとつ。
     ――けれど、そういう気分だったのだ。
     赤いコートに身を包み、しっかりと着こんで来た既濁に強く腕を絡める。
    「……何でくっついてんだ」
    「いえ、くっつく方が暖かいかと思いまして」
    「歩きにくくねーのか」
    「独占です」
     言葉交わしながら歩き、やがて梅木の下に腰掛ける。
    「温かい焙じ茶です。どうぞ」
     短いスカートの裾を気にしながら手渡せば、
    「饅頭持ってきたが、いるか?」
    「頂きます」
     互いに品を交換し、寒空に白い吐息を零す。
    「やー、にしてもいい梅だ。もうすぐ春だな、冬も終わりが近い」
    「来月は卒業に、進級に。きっと、桜が大人気ですね」
     ふいに吹きすぎた風の冷たさに、詩音が再び、身体を押しつけて。
    「……既濁さん。と、呼んでも良いでしょうか?」
    「んあー? 別に構わんぞ」
     「好きに呼べばいいさ」と、既濁は茶を飲み干した。

     夜の闇に隠れたとしても、花は薫る。
    「香りを頼りにすれば、花にも出逢えるかしら」
     そう梅花の下で語り交わすのは、九里と華月。
    「華月さんは、何色の梅が御好きですか?」
    「色なら、赤が好きなのだけれど。花、となると迷うわね」
     決めきれずに同じ問いを返せば、
    「僕ですか? 清き白、血の赤……何方も選び難い」
     そうして華月に視線を送り、
    「貴女も、両方の色彩を御持ちで御座いますね。……だからこそ、其の桃色の御着物を選ばせて頂いたのですが」
     「佳く御似合いに御座います」と、眼を細めて。
    「こんな可愛らしいの。あたしには不釣り合い、よ」
    「偶には可憐な装束も佳いではないですか。……処で。梅と言えば梅干し、梅干しと言えば御握り、に御座いますね」
     急な話題転換に呆れつつも、華月はすぐにお握りをさしだす。
    「二つあるから、好きに食べなさい」
    「七湖都さんにも、祝い代わりに御裾分けしてはどうでしょうね」
     ――たく、人の気も知らないで。
    「……何か申されましたか?」
     問う声には応えず。
     華月は梅の香を頼りに、先を歩いた。

     固く腕を組み篝火の道を歩けば、梅木の下に見知った姿。
    「七湖都」
     呼べば少女は振りかえり、
    「キィン。着物、にあう」
     ぱたぱたと駆け寄り、じっと見あげる。
    「手帳に書くことは、増えたか?」
    「ん」
     ポシェット代わりのがま口バッグから、白い手帳を取りだし。
     いくらかめくれば、出会ったひとの名や、足を運んだ場所、贈り物の品書きが、ぽつぽつと記載されている。
     聞けば、こと細かに、その日のことを覚えているようだ。
     「へえ」と相槌をうち、思いつく。
    「摘んだ花を、紙に挟んで栞とか作るやついるだろ。雪でも挟んでおけば?」
    「……雪?」
    「足跡代わりってことで」
     言われ、さかなは開いた手帳を空に掲げた。
     触れた淡雪が、ほわり、紙にとけ。
     舞いおりた梅の花弁を、そっと、手帳に挟みこむ。
     そうして、視界に入ったのは――。

     夜と炎の境界線に、一夜は佇む。
     詰襟学生服に、インバネスコート。
     連れを迎えにきた途中で、その『闇』に気づいたのだ。
    「行かないのか」
     憮然とした調子で問えば、
    「一夜崎。彼女、白くて、儚くて。本当に……――綺麗だな」
     その物言いが、あまりに純粋無防備に聞こえて。
     問わずには、いられなかった。
    「……強い光ほど、色濃い闇を落とす。おまえのそれは、『闇』ゆえの憧憬か?」
     闇が口を開くより早く、一夜が手を挙げ、遮って。
     やってきたキィンに声をかけると、そのまま、連れだって神社の方へ戻っていく。
     まるで透き通った人形のようだと。
     勝手な想いばかりが募るのを、知っている。
     だからこそ、こうして影に居座る。
     けれど、
    「有無」
     光はやはり、闇に気づいた。
     駆け寄る髪と手首には、雪華の結晶が揺れて。
     ――己が闇なら、少女は光。
     いつかのように宙を仰げば、冷たく雪が降りつもる。
    (「噫、何も思わぬ想えぬ。何か想ふべきでは無いのか――」)

     寒いと告げる由乃に、エルメンガルトは用意していたマフラーを取りだして。
     首周りが暖まれば、魔女は機嫌よく歩きだす。
    「夜の梅とは趣味が良い。とても良いです。貴方こんな趣味持ってたんですね」
     緑の着物をひるがえし、満足げに頷く。
     エルは由乃に歩幅を合わせ、ゆっくりと歩く。
     いつもと違う装いに、眼は、梅よりも由乃を追いかけて。
     視線に気づいた由乃が、叱責。
    「梅は長いですがこの瞬間は今だけですよ。貴方と一緒に夜梅なんて、そう見にこれるものじゃないです」
     告げる声音は、楽しげに弾んで。
     きらきらと輝く黒の瞳に夜梅を映し、両腕を広げる。
    「隣にいる人間によって景色が変わるのですから、世界とは面白い。私が見た中でそこそこ綺麗な方に入りますので、よく見ておきなさい」
     その瞬間、エルの周囲から音が消えて。
     なにもかもすべてが、うつくしく。
     ――ただ、こうやって見ていたいと、思った。
    「あのさ、今年の夏もどっか遊びに行こうね」
     これは雪の果て。
     終わりの雪。
     春はもう、そこまで来ているのだから。
    「夏と言わず春にでも。ええ、春にでも」
     篝火の灯踊る情景に、緑の着物が融けていく。
     ――キレイなものを一緒に見るのは、ユノちゃんがイイし。
     ――ユノちゃんが居てくれるとイイ。
    「また、遊びに行きましょうね――」

     いくつもの約束を隠すように、雪はしんしんと降る。
     ひとの消えた梅林には。
     ただ、茫洋たる闇が広がっていた。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月6日
    難度:簡単
    参加:30人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 8
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