ラクエン green sanctuary

    作者:西東西


     まどろみのなかで、女は暖かい陽の光を感じた。
    (「――ああ、春がきたのですね」)
     そう思い眼をひらけば、通りすぎる風はまだつめたく、思わず周囲の草花に身を埋める。
     女の妖艶な肢体は樹と同化し、足元は根となって、大地に深く根ざしている。
     全身に絡みつく長い黒髪は、淡い肌色によく映えた。
     ――神とも、悪魔とも見まごう、半樹半人の女。
     周囲には広大な森が広がり、極彩色の花が咲き乱れ、甘く香る果実がたわわに実っている。
     森からは絶えまなく『葉』や『花びら』の眷属が生まれ、目覚めたダークネスの周囲を楽しげに舞い踊った。
     女はそこで、この森にひとの姿がないことに気づいた。
     これでは、本調子は出ない。
    「暖かくなるまで、眠りましょうか――」
     そうして、女はふたたびまぶたを閉ざす。

     この情景を見ることのできる者がいたなら、皆、そろってこう口にしただろう。
     まるで、緑の聖域――『楽園』のようだ、と。
     

    「……好奇心は『魔女』をも堕とす、か」
     そう、神妙な顔でひとりごち。
     一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)は黄緑色の瞳を向け、集まった灼滅者たちへ事件の説明を開始する。
    「『軍艦島攻略戦』で闇堕ちした、樹・由乃(森色自若・d12219)の消息がつかめた」
     つい先日、灼滅者たちが数多の闇と対峙し、由乃が闇堕ちした『軍艦島』。
     闇堕ちした由乃は島を植物で覆い、森を生みだし、その中心で眠りについているという。
    「ダークネスは活動しやすくなる春まで眠るつもりだったようだが、数日後。暖かくなった日を春と勘違いし、一時的に目を覚ます」
     敵ながら愛嬌のある話だが、覚醒するタイミングを察知できたのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。
     眠っている敵は説得できないため、灼滅するよりほかにない。
     しかし覚醒しているのなら、会話や説得を行うことで、由乃を救出できるかもしれないのだから。

     闇堕ちした由乃――ソロモンの悪魔は、地面にしっかりと根を張った、半樹半人の色香漂う樹の悪魔だ。
     草のように個体の名前を持たないため、ダークネス自身に名前はない。
     また人間の区別がつかないため、対峙した者については名前ではなく『色』や『形』で呼ぶ。
    「性質は、いたって友好的だ。丁寧な口調に、穏やかなふるまい。『平和』と『自然』を愛するがゆえに、元人格である樹のような『戦意』や『探究心』を持ちあわせていない」
     灼滅者たちが森を訪れれば優しく無力感を煽り、神に祈りなさいと呼びかけてくる。
     対話しだいでは、穏やかに事を運べるかもしれない。

     しかし由乃の救出を目指すのであれば、必ず戦闘を仕掛け、ダークネスをKOしなければならない。
     戦闘となった場合の敵のポジションは、ディフェンダー。
     地面に根を降ろしているため回避行動をとることができず、攻撃力も低めだ。
     その代わり、驚異的な体力と、強固な防御力を誇るため、長期戦を強いられるのは必至となるだろう。
     扱うサイキックは遠列攻撃が3種で、それぞれ『眠い』『慈悲』『捕縛』の効果を。
     遠・近の単体攻撃2種には、それぞれ『催眠』『ドレイン』の効果が付随する。
    「それともう1点、気をつけてほしいことがある」
     そう告げ、一夜が灼滅者たちを見渡す。
    「森のなかで『炎』を使用した場合、特に強力な遠列攻撃をしかけてくる。『捕縛』つきで殺傷ダメージもかさむため、可能な限り、『炎』を使う攻撃は控えた方が良いだろう」
     とはいえ、作戦や戦術によっての判断もあるだろう。
     最終的には現地へ赴く者たちの判断に任せたいと、一夜は一呼吸おいた。
     
    「それと、今回だが。ダークネスと対峙する者たちとは別に、森の眷属の相手をする者たちも募りたい」
     灼滅者たちが緑の聖域に踏みこんだなら、森から『葉』や『花びら』の眷属が現れ、灼滅者たちに襲いかかる。
    「個々の戦闘力は低く、強度ももろい。しかし『毒』や『麻痺』を付与する攻撃や、回復を行うことがある。数も多く沸きつづけるため、放置することはできない」
     サポートする者たちで眷属を抑えることができれば、説得や戦闘もやりやすくなる。
    「七湖都には、メインで動く者たちの回復や支援を手伝うよう頼んでいる。その他にもさせたいことがあれば、遠慮なく指示をだしてくれ」
    「……ん。おてつだい。がんばる」
     教室の隅に立っていた七湖都・さかな(終の境界・dn0116)が、深々と頭をさげ。
     一夜は最後に、軍艦島に由乃の手記が残されていたと告げた。
    「闇堕ちしてから、意識を手放すまでのことを、克明につづっていたようだ。そのなかに、こう書かれていた」
     ――ここなら、一般の方への迷惑が最低限で済むと思いまして。
     戦争のためではなく、闇堕ちへの好奇心に負けて踏み外した。
     当人はそう考えているようだが、一夜は、こうも考える。
    「闇を覗いたのが己の意思と、なぜ言いきることができる。相手が『悪魔』ならなおのこと。『探究心』の強い者の心の隙につけこみ、かどわかすのは簡単だったろう」
     由乃がどのような想い、どのような意思をもって闇をのぞいたのか、一夜にはわからない。
     しかし経緯はどうあれ、由乃は深淵へと堕ちた。
     今回を逃せば完全なダークネスと化し、二度と救出の機会は訪れない。
    「きみたちの『説得』が樹に届けば、ダークネスの弱体化を狙うことができる。しかしそれが叶わない時には……。灼滅を視野に入れ、最善を尽くしてほしい」
     「武運を」と告げ、一夜は静かに、頭をさげた。


    参加者
    神坂・鈴音(魔弾の射手は追い風を受ける・d01042)
    エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)
    呉羽・律希(凱歌継承者・d03629)
    安土・香艶(メルカバ・d06302)
    樹宮・鈴(奏哭・d06617)
    撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)
    廣羽・杏理(フィリアカルヴァリエ・d16834)
    北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)

    ■リプレイ

    ●In Paradisum
     早朝。
     一般人が島へ渡れぬよう対策を施した後、灼滅者たちは軍艦島へ船を駆った。
    「こんな短期間に、何度も軍艦島に来ることになるとは思わなかったわ」
     ゴキバキと首を鳴らす安土・香艶(メルカバ・d06302)に続き、樹宮・鈴(奏哭・d06617)は桟橋から軽やかに島へ飛びうつり、
    「ゆーのセーンパーイ! お迎えに来まし――」
     顔をあげ、一声。
    「も、森だァー!!」
     ソロモンの悪魔『名もなき使徒』の影響で、軍艦島の地表という地表はすべて緑で覆いつくされ、眼前には森が広がっている。
     しかし、悠長に探索をしている時間はない。
    「位置と経路を見てきますです……!」
     すぐに北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)と神坂・鈴音(魔弾の射手は追い風を受ける・d01042)が偵察を名乗り出て、空へ。
     数分後。
     戻った2人の情報を頼りに、呉羽・律希(凱歌継承者・d03629)がESP『隠された森の小路』を展開し、先導を開始する。
    「急ぎましょう!」
    「はい、道をあけてくださーい!!」
     同じくESPを展開したひなこ、他数名と協力し、総勢50名の灼滅者がダークネスの元へと突き進む。
     やがてたどり着いたのは、極彩色の花が咲き乱れ、甘く香る果実がたわわに実る広場。
     灼滅者たちが足を踏みいれれば、『葉』や『花びら』が群れとなって襲いくる。
     眠兎がすかさず仲間たちへの攻撃をかばい受け、橘花がWOKシールドを展開。
    「鈴音、背中はわたしたちに任せてください」
    「ここは任せて先にいけ!」
     緋頼が結界を構築し、怯んだ敵をシグマの影が正確に射ち落とす。
     眷属は次々朽ちていったが、振りまかれる『毒』や『麻痺』は灼滅者たちを足止めするに十分。
     先制すべく兎、荒蓮、御調が次々と斬りかかり、威司が眷属たちをまとめて凍りつかせる。
    「一般人の迷惑を気にかけるとは、あのネーサンらしいな」
    「手のかかる魔女だね。でも、貸しを作るには良い機会かな?」
    「妹さんたちには世話になっているんだ。帰ってもらわないと困る」
     静の結界にかかった眷属をキィンが薙ぎ払い、撃ち漏らした敵を兼弘が灼滅。
     霊犬クロが六文銭を放ったのに続き、実は鞭剣を唸らせ、敵群を斬り刻んだ。
    「あんな手記残されても、安心できるわけない」
    「はい。行って戻ってくるからこその、『好奇心』です」
     昭子も頷き、仲間たちと足並みをそろえ敵軍を散らして。
    「炎を封じられるのが、こんなにキツイとは」
     治胡は己がいかに力に頼っていたかを思い知るも、杏理や七湖都・さかな(終の境界・dn0116)の援護ができればと、仲間たちを守り癒しを重ねた。
     WOKシールドで敵に殴りかかり、時生も叫ぶ。
    「今のうちに行って!」
    「陽光とともに、皆の想いが由乃さんに届きますように……!」
    「リツキ、シャバゾー、成功を祈っていマース!」
     説得に向かう灼滅者たちを送りだすべく、紫姫は風に歌を乗せ、ウルスラは花を刻んだ杖で敵を撃ち払う。
    「行きましょう」
    「各々方の助力に感謝致しやす!」
     鼓舞を受け、廣羽・杏理(フィリアカルヴァリエ・d16834)、撫桐・娑婆蔵(鷹の目・d10859)が仲間たちの合間を駆けぬけ。
     後に続いたエルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)は、広場中央に佇む樹を見据え、無言のまま、仲間たちの背を追った。

    ●サンクチュアリ
     陽光を受けまどろんでいた『名もなき神の使徒』は、喧騒に気づき、目を覚ました。
     葉や花弁のささやきに紛れ聞こえるのは、人間の声。
     周囲をみやれば、チェリーピンク、紫黒、白磁、常盤、薄紫、灰に灰白、黒、土色、黒鉄、生成、白、緋に辰砂、珊瑚と、植物や眷属とは違う色彩に溢れている。
    「軍艦島の奥に不可思議な庭園を見た! 実況は私、神坂・鈴音でお送りしますっ!」
     響いた声は、眼前に近づいた銀色の人間――鈴音のもの。
    「草神様の聖域へようこそ。私は、名もなき神の使徒で御座います」
     使徒が穏やかに声をかければ、杏理と香艶が進みでた。
    「御機嫌よう、お嬢さん。大事なお姉さんを返してもらいに来ました」
    「樹。お前、草神様を探すんじゃなかったのかよ」
     言葉を受け、使徒は彼らが何者であるかを理解し、応えた。
    「銀に曇碧、橙の人間。貴方がたの探す存在は、己の無力を悟り、神の御許で眠りにつきました」
     しかし律希は、端から聞く耳をもたない。
    「いつまで寝ぼけてるんですか、由乃姉さん。これから色んな所で花が咲くんですよ。こんな所で、根を張ってる場合じゃないです」
    「仲よくしてくれるんなら、それがいいんでしょうけど……。今は、そういうわけにはいきません」
     朋恵も頷き、ダークネスと対峙する。
    「濡羽と紫の人間。貴方がたも、数多の命のうちのひとつ。いてもいなくても構わないもの。だれかが欠け失われたとしても、季節は巡り、命は巡る。世界は滞りなく回るのです」
     使徒はなおも命の儚さ、哀れさを語り、神への信仰を説こうとしたが、
    「ダークネスとの平和なんてクソ喰らえ!」
    「禊の時間だ。始めやしょうぜ、ユノの姉御」
     鈴と娑婆蔵が啖呵をきり、周囲に布陣した灼滅者たちが一斉に武器を構えた。
    「薄氷と赤の人間。貴方がたも己の無力を受け入れ、すべてを神に委ね祈りを捧げるのです。神は貴方を見ておられます。存在を覚えていてくださいます」
    「人は、楽園には住めないものです」
     杏理がかぶりを振り、瞳に明らかな怒りを浮かべて。
     それまで無言を貫いていたエルメンガルト――エルも拳を固め、一歩踏みだした。
     『早緑』の色は、使徒の好む色。
     使徒が靴に眼をとめた瞬間を逃さず、エルは枝の如き柄に蔦花の絡む槍を繰りだし、容赦なく貫く。
    「そんなところで寝てないで、いっぱい射ちあいましょうよっ!」
     「『駐車禁止』!」と叫び、鈴音も交通標識を振りかぶり。
    「きっちり由乃さんに戻して、帰ってきてもらいますです……!」
     流星の煌めきと重力を宿した朋恵の飛び蹴りが、幹を抉る。
    「さぁ帰りますよ、由乃姉さん」
     律希が仲間たちの守りを固める影から、死角を縫い、杏理の影が疾く駆ける。
    「ほらほら、楽しい喧嘩ですよ」
    「地球に厳しく緑を屠る! 問答無用じゃ、喧嘩しようぜ喧嘩ァ!」
    「カチコミじゃオラァ! やられっぱなしかいい的でさァ!」
     挑発を重ねるよう鈴が歌声を響かせ、娑婆蔵は足先に全体重を乗せ、ドンと幹を蹴りつけた。
     攻撃を受けるたびに、葉が落ち、花弁が舞う。
     しかしダークネスはものともせず、慈愛溢れる笑顔と祈りを向け、告げる。
    「哀れな人間たち。信仰をもたない貴方がたの代わりに、私は祈りましょう。すべては、草神様の仰せのままに」
     ふいに心臓を掴まれたような激痛が走り、前衛に立っていた灼滅者たちが次々と膝をつく。
    「おねがい、アニマ」
     聖剣を掲げたさかなが仲間たちに癒しの風を向け、朋恵のナノナノ『クリスロッテ』もふわふわハートを飛ばす。
     香艶は痛みをこらえ立ちあがると、六文銭を射出する霊犬『諭吉』と入れ替わるように間合いに飛びこみ、雷を宿した拳で殴りかかった。
    「お前が堕ちてる間に、世界は面白可笑しく慌ただしく動いてんだ。こんなところで根張って引きこもるとか、お前らしくねぇよ」
     しかし、この世ならぬ樹木は香艶の拳よりなお固く、幹がわずかに弾けるのみ。
     使徒は続けて草神への信仰と、誘惑の言葉を囁いて。
     危うく聞き入ろうとした香艶へ、律希が即座に癒しの風を送った。
     エルは使徒の「人の形を成している部分」めがけ、何度も攻撃を重ねる。
     渦巻く感情の合間に、想いがよぎる。
    (「ひとりで突貫して、何でオレを呼ばなかったんだって怒ってるし、オレが居たら防げたかもしれないって怒ってる。手紙一通で後は任せたなんて無責任なことにも怒ってる」)
     だから、叫んだ。
    「神様なんか信じるもんか! 神様よりもお前を見てるのはこのオレだって、思い知らせてやる! オレの隣に戻ってこいよ!」
     肉薄し、梅の枝に似た影を繰る早緑を見やり、使徒は艶然と微笑む。
     甘い香りが漂う。
     強烈な眠気が灼滅者たちを襲う。
     癒しを放ったさかなが駆けつけ、崩れかけたエルの身体を使徒から引き離す。
     眷属の邪魔が入らない分、説得の声は良く通った。
     敵が回避しない分、攻撃もすべて届いた。
     と同時に、使徒より向けられる声、微笑、花や果実の香りが、常に灼滅者たちの意識を蝕み続けた。
    「貴方がたの呼びかけは嘆きにも等しい。しかしそれも無理からぬこと。私も人間も、小さく無力で憐れな存在です。であればこそ、想いは必ず神に届くでしょう。祈りなさい。神に祈りを捧げるのです」
     穏やかに語る使徒は、身体の痛みや幹の裂傷など、微塵も感じていないように見える。
     もとより、長期戦は覚悟のうえ。
     鋸じみた刀の動力系を引けば、娑婆蔵の手の内から亡霊の泣き声の如き唸りがあがる。
    「『諦めて縋れ』なんて文句がお前さんの説法だってんなら――」
     二尺四寸。
     震える刀身を、渾身の力で振りかぶって。
    「そんな信仰、いっぺん撫で斬りにしてやりまさァ!」
     勇ましく響く声に鼓舞され、灼滅者たちはふたたび、使徒の間合いへ踏みこんだ。

    ●Somnia Memorias
    「木々に力を与えるものたち、命の礎たる守り手たち! 届けてください私の声をっ!」
    「草神様と一緒にならなくても、由乃先輩には早緑のニンジャがいるでしょ!」
     鈴音の魔力が使徒を爆破し、鈴がその身を、死角から斬り裂いて。
     説得を試みる者たちが使徒と肉薄する一方、眷属と対峙する灼滅者たちには疲労が広がっていた。
     ラピスティリアは紫水晶化した巨腕を振りおろし、千波耶はロッドを、宗嗣は『無銘蒼・禍月』を閃かせ立ち回るも、眷属は後から後から湧いてくる。
     菜々乃や桃、ジャックや雪が懸命に癒しを重ねるも、雪のビハインド『雫』が仲間たちの攻撃を受け続け、消滅。
     少しでも力になれるようにと、紫苑も交通標識を手に眷属を打ち続ける。
     ――由乃が戻るまで、倒れるわけにはいかない。
     想いはさざ波のように周囲へと広がり、説得の言葉となって使徒へと向かった。
    「俺、樹にすげー助けられてたし、尊敬してる。だからさ――」
    「樹せんぱい、早く帰ってきて……!」
     瞬とめぐみは共に立ち回る【キルセ】の面々へ届くよう、結界を構築。
    「俺のこと『つくし』って呼ぶのは由乃さんだけなんです。また呼んでください!」
     錠も涙と鼻水を乱暴に拭い、鞭剣を振りかざし。
    「興味本位だろうが気紛れだろうが、どっちだって構わねぇ」
     迷子になったら何度だって迎えに行くと、葉も槍を繰りだして。
    「行け!」
     背中合わせに立つ啓はエルへと想いを繋げるべく、果敢に敵を凪ぎ払い続けた。
     ――白、琥珀、赤茶、雪影色、椿の葉色、黒蒼、アンバー、瑠璃、若芽色、雨上がりの青、ピンク、白緑。
     色も形も様々な人間たちの呼び声を受け、使徒は己の内から、ふつふつと何かが沸きあがる感覚を覚えていた。
     人間の言葉で、『戦意』。
     そして『探究心』と呼ぶもの。
     己の持たぬそれらが、灼滅者たちの声に呼応するように脈打っている。
     異変を映すように、森はしだいに色づきはじめ。
     悲鳴をあげる眷属たちの攻撃を、霊犬『きしめん』がかばい受けた。
    「魔女である前に、姉だろうがよ」
     小次郎が足止めを仕掛けると同時に、理央はドライバーを叩きつけ、叫ぶ。
    「そうだ。帰りを待ってる家族がいる、『お姉ちゃん』なんだろうがッ!!」
     情は使徒と対峙する者たちを癒しながら、言葉を重ねる。
     まとう青緑の服は、由乃からの贈り物。
    「帰りましょう。先輩がおいてった世界は、まだ、綺麗なはずです」
     続く允が、渦巻く風の刃で眷属を吹き散らして。
    「神様は居るし、助けてくれると思ってる。けど、祈るだけじゃ、相応の恵みしかもたらしてくれねーよ」
     ――杜若、深紅、青緑、天色。
     諦めることなく続く攻撃に枝は折れ、幹は抉れ、草花は散り、女の肢体にも数多の傷がにじむ。
     使徒は灼滅者たちがいずれ疲労の前に倒れ、己の無力を悟るだろうと考えていた。
     信仰さえあれば、力を得ることができる。
     灼滅者を取りこむことができる。
     しかし少年少女は誰ひとり神に祈らなかった。
     それどころか、気力を失い深淵に堕ちた『魔女』の心に火をつけた。
    「こんなことが……!」
     怯む使徒を前に、リカは力強く由乃の『探究心』を肯定する。
    「樹さんは、勇気をもって踏みだした。知識を手にした帰還こそが、樹さんにふさわしい勝利だよ」
    「由乃! 貴様はこれより先に何が見えて居るか識りたくは無いのか! 私が全て識り、死人梔子の君を嗤うて好いのか!」
     名もなき草花はすべて繋がっている。
     名の有る人間も、また。
     なればこそ、有無は百の拳を叩きつけると同時に由乃の名を呼び。
     灼滅者たちもまた、呼び続けた。
    「もうすぐ春だよぉ。ぽかぽかのお日様に、いっぱいのお花が咲くの」
    「庭師先輩。今帰って来ないと、一番大事な芽吹きどきを逃しますよ」
     黄の標識を掲げた夜音と、山吹色の虚傘をかざした樹が仲間たちを癒し。
     樹の肩掛けのバッグから顔を覗かせた霊犬『篝枝』も、わんと一声。
     バスタンドの分も声を届けにきた蓮菜や、正流も、仲間たちへ癒しを重ねる。
    「由乃ちゃんが守らなきゃいけない森は、ここだけじゃない。皆で一緒に、春を待とうよ!」
    「貴女を迎えに来たひとたちの暖かな心。その想いこそが、貴女の望んだ本当の『春』です!」
     ――蒼、暗紅、橙、薄桃、蒲公英色、黒鉄。
     『探究心』を煽る言葉に、春を呼ぶ声が幾重にも重なって。
    「あれから新しい魔法もおもいついたんですから、また良かろうでしょうって、きかせてくださいよっ!」
     鈴音が幾度目かのフォースブレイクを叩きつけ、
    「早く帰って、まだ見ぬ物やらガンガン探しだして考察しやしょうぜ!」
     足並みをそろえた娑婆蔵が光の剣を爆発させ、追い撃ちをかける。
    「由乃さん、晩餐会館でいっぱい写真とかとってくれましたよね」
     豚丼やパンケーキ作りも、朋恵にとっては忘れがたい想い出で。
    「せっかくこれからお花見の時期なのに。いっしょに、帰りましょうです……!」
     想いと願いをこめ、手にした杖で使徒を横合いから殴りつける。
     氷の刃をはなつ律希にも、交わした約束がある。
    「私の結婚式でブーケを用意してくれるって、言ったじゃないですか。楽しみにしてるんですからね!」
    「僕もね、怒ってるんですよ由乃先輩」
     ゆらり進みでた杏理にも、忘れ得ぬ約束がある。
    「夏に海へ行きましょうねって言ったでしょう。それだって反故にする気なんですか」
     曇碧の瞳に涙がにじむ。
     それでも握り締めた槍は、寸分の狙い違わず、使徒を貫いて。
     由乃の庭に由乃の手が必要であるように、杏理の世界には由乃が必要なのだと、続ける。
     灼滅者たちの、そして由乃の想いを映すかのように、紅く色づいた葉が周囲を埋めつくしていく。
     緑の聖域が喪われていく。
     眷属を灼滅し終えたと告げる仲間たちの歓声を遠く聞きながら、香艶は枯れ果てた樹木に埋まる使徒めがけ、白光を放つ強烈な斬撃を繰りだした。
    「俺は諦めが悪いんでね、何度だってこの手を伸ばすさ。さぁ、帰るぞ! 家族も待ってんだろ」
     しかし、地に伏した使徒は眼前に立つエルへ手を伸べ、なおも囁く。
    「貴方の心に、信仰を」
     しゃがみこんだエルが、痩せ細った手指をそっと握り締め。
     抱擁を交わそうとする使徒の腕を、ぼんやりと見つめる。
    (「ユノちゃんが堕ちるなら、オレも堕ちたい」)
     けれど眼前に佇むのは、由乃ではない。
     堕ちたとて、一緒にはなれない。
     ――皆がいるから怒らずに済むなんて、そんなの嘘だ。
     どんなに笑みを浮かべても、怒りは消えない。
     消えるはずがない。
     エルは使徒に抱かれながら、その胸に杭を突きつけ、吠えた。
    「春になったら一緒に出かけるんだろ――この、馬鹿女!!!」
     至近距離から放たれた一撃は、使徒の胸に風穴を開け、弾き飛ばした。
     色を失い、急速に朽ちていく森と己の身を見やりながら、女は眼前に映る数多の『色』を見つめる。
     ――人間の持つ色は最後まで鮮やかさを喪わず、在り続ける。
     その、なんとうつくしいことか。
     草花とも、四季とも違うその色々を見やりながら、使徒はゆっくりと瞼を閉ざした。
     冷たく吹く潮風の合間に、軽快な足音が響く。
     それは使徒が待ちのぞんでいた刻。
     草木の芽吹く季節。
    (「ああ、今度こそ。春がくるのですね――」)

    ●目覚めよと呼ぶ声が聞こえ
     軍艦島を覆い尽くしていた草木は、使徒の灼滅とともに一斉に砂と化した。
     残されたのは、小柄な少女の身体ひとつ。
     救出の喜びをよそに、集まった女子たちは壁を作り、由乃に服を着せつけた。
     やがて、
    「寒い」
     憮然と告げる声に、灼滅者たちから歓声があがり。
     そうして一同がBGM代わりに歌うのは、あの映画の主題歌だ。
    「ワンピースだけじゃ寒いだろ」
     エルが用意していたマフラーを取りだし、
    「用意がいいですね」
     首周りが暖まれば、機嫌よく微笑んで。
     魔女は深淵で視た夢のなか、唯一色あせることのなかった早緑を思い返していた。
     萌えいづる、春の色。

     ――この感情を、なんと呼ぼう。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年3月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 7/素敵だった 32/キャラが大事にされていた 0
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