わくらばの苑

    作者:西東西


     その家には、一本の大きな桜があった。
     花咲く季節が訪れれば、あたりいちめんが薄紅に染まって。
     家の前を通りすぎる人々が、花をみあげ幸せそうに微笑む。
     そんな『日常』の一幕を静かに見守るのが、家主である老夫婦のささやかな楽しみだった――。

     一年前の、春。
     満開の桜のしたで、老女ははじめて少女を見た。
     花の枝を見あげ、しきりに一眼レフのシャッターをきる、痩身の少女。
     しなやかな指で構える、大きなカメラ。
     空をあおぐ、ほそい首筋。
     少年のように短く刈られた髪と鋭い眼光は、どこか野生の動物じみていて。
    「きれいな桜でしょ」
     気がつけば老女は庭にでて、声をかけていた。
     少女は老女を一瞥し、ぶっきらぼうに答える。
    「……べつに。どこの桜も、一緒ですよ」
    「よかったら、玄関からまわっていらっしゃい」
     声をかけるも少女は首を振り、傍らに置いていたマウンテンバイクにまたがった。
     そこで、気づく。
     覗き見た部屋の仏壇
     ほのかに漂う線香の匂い。
     そして、老女の黒い服。
    「ちょうどお昼にしようと思っていたのよ。ね、おあがりなさいな」
     重ねて手招かれれば、断ることはできなかった。
     桜を前に言葉を交わせば、少女はぽつりぽつりと語りだす。
     学校に居場所を見出せず、いつもはアルバイトに明け暮れていること。
     桜咲くこの時期は祖父譲りの古い一眼レフカメラを手に、マウンテンバイクを駆り各地を巡ること。
    「毎年来てたんだ、この家。じーさんとばーさんがノホホンと並んでるのを見るの、嫌いじゃなかった」
     それから、夫を喪った老女と居場所のない少女の交流はゆるやかに続き――。

     今年の、春。
     梅花の写真を印刷したハガキが、郵便受けに届いた。
     差出人は、あの時の少女――彩芽(あやめ)だ。
    『桜が咲いたら、また行く』
     乱雑な字で、ひとこと。
     けれど老女には、それが嬉しくて。
     昨年の邂逅いらい、少女は自身の撮った写真をハガキにして送ってくる。
     家の中にはこれまでに届いたハガキが飾られ、四季折々の自然の風景が老女の心を慰めていた。
     四月は間近で、桜の開花はもう、すぐ。
     再会の日を楽しみに、その日はすぐに眠りに落ちた。
     そして、深夜。
     寝入る老女の枕元に、重厚な宇宙服を身に着けた少年が立つ。
    「――君の絆を、僕にちょうだいね」

     翌朝。
     老女はテーブルの上にあるハガキを、どこか冷めた目で見つめていた。
    「……あの子、また来るのね」
     昨日までは、たしかに再会を待ち望んでいた気がするのだけれど。
     どうしてだろう。
     今はどこか、わずらわしささえ感じて。
     老女は今日までに届いた少女のハガキをまとめ、すべて、引き出しの奥にしまいこんだ。
     

    「ある一般人の老女に、『絆のベヘリタス』の卵が産みつけられることがわかった」
     教室に集まった灼滅者たちを見やり、一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が説明を開始する。
     一般人には見えず、灼滅者やダークネスのみが目視できる紫黒の卵。
     目視できたとしても、卵には触れることも、危害を加えることもできない。
     ゆえに卵は宿主の『絆』を栄養とし、短時間で成長する。
    「孵化するまで手出しができないというのは、もどかしい限りだが……。反面、この卵は『宿主が絆を結んだ相手』に対しては弱体化するという性質がある」
     つまり灼滅者たちが老女と絆を結ぶことができれば、有利に戦いを進めることができるのだ。
    「ただでさえ強力なダークネスが数を増すなど、まさに、悪夢のような話だ。よって君たちに、新たに生まれる『絆のベヘリタス』の灼滅を願いたい」
     
     卵の宿主となった老女の名は、志葉・藤枝(しば・ふじえ)。
     桜の木のある一軒家で、ひとり暮らしをしている。
     一年前に夫を亡くしてからは出歩くことが少なくなり、夕方に一度、買い物に出かける以外は、ほとんどの時間を家のなかで過ごしている。
     しかし、春間近のこの時期は花の開花を楽しみに、日中、庭に面した部屋から桜の木を眺めるのが日課だ。
     もともとひと当たりの良い女性で、夫を亡くしてからは人恋しさもあるようだ。
     そのあたりを踏まえて接触を図れば、うまく事をはこべるかもしれない。
    「植えつけられた卵は48時間後の夜に孵化し、新たな『絆のベヘリタス』と成る」
     孵化したベヘリタスはカミキリムシに酷似した姿をしており、顔とみられる部分に『仮面』を付けている。
     『シャドウハンター』『無敵斬艦刀』に似たサイキックを扱い、強靭な顎から繰りだされる遠列+フィニッシュ攻撃は殺傷能力がひときわ高い。
     絆を結ぶこと無く正面から戦えば、まず間違いなく灼滅者たちが敗北するだけの強さを有している。
    「なお、10分以上戦闘が続いた場合、絆のベヘリタスはソウルボードを通じて逃走する。ソウルボードに逃げこまれれば追いかけることはできないため、注意してくれ」
     そう言い添え、一夜は一呼吸置いた。
     
    「老女と結ぶ絆は、『愛』でも『憎しみ』でも『感謝』でも『侮蔑』でも、なんでも構わない」
     どんな形であれ交流によって絆を結ぶことができれば、戦闘を有利に運べるようになる。
     ただし、奪われた老女の絆は、孵化したベヘリタスを倒さなければ二度と戻らない。
    「もしもこのまま絆が戻らなければ、老女は桜を見に訪れる少女と会うことなく、縁を切ってしまうだろう」
     そうなれば老女の孤独も、少女の孤独も、きっと、行き場を無くしてしまう。
    「『日常』でうまれた、ささやかな絆だが……。できることなら、守りたい」
     良き春の日を迎えられるようにと、一夜はそっと、頭を下げた。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)
    弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630)
    水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)
    サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)
    烏丸・鈴音(カゼノネ・d14635)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    志乃原・ちゆ(トロイメンガイゲ・d16072)
    架橋・維(宙想・d22281)

    ■リプレイ

    ●1日目
     三寒四温を経て、ようやく春の陽差しが落ち着いたころ。
     志葉・藤枝(しば・ふじえ)は、その日もいつもと変わらぬ『日常』を過ごしていた。
     朝食後、家事を終えて一息。
     桜を見に庭へ出れば、低い塀の向こうに見知らぬ少年――彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)の姿がある。
    「立派な桜ですね」
     柔らかな物腰に、穏やかな笑顔。
     藤枝は警戒心を解き、
    「いい樹でしょ。あたしよりもずっと長生き。だけど毎年、綺麗に咲くの」
    「昔住んでた家にも桜があって、色々懐かしくなっちゃいました」
    「わかるわ。毎年桜が咲くと、色んなことを想い出すの。古い記憶に、新しい記憶。楽しかったこと、辛かったことも。ぜんぶ」
     長く生きてきた老女の言葉には、どこか重みがあって。
     同時に、それらすべてを受け入れ生きる、人の強さ、暖かさを感じた。
    「不思議ですよね」
     さくらえが照れたように笑み、藤枝も皺を深めて笑った。
     そこへ、
    「あ……。彩瑠さん」
     肩掛けのバイオリンケースを携えた志乃原・ちゆ(トロイメンガイゲ・d16072)が通りかかり、会釈する。
     さくらえが友達だと説明すれば、3人はすぐにうちとけて。
    「友人たちと、お花見を企画しているんですが……。明日、少しの間だけ、この場所をお借りできないでしょうか。そして、是非。志葉さんも、ご一緒しませんか?」
     「こんな綺麗な桜を、友人や、大切な人と見に来たいなと。そう、思って」とちゆが提案すれば、
    「いいわよ。狭い庭だけど、うちで良ければいらっしゃいな」
     藤枝は二つ返事で快諾。
     さくらえが花見の開始時間を確認し、さっそく友人たちに声をかけてくると、先に場を後にする。
     ちゆは改めて桜を見あげ、心から感嘆の言葉を漏らした。
    「こんな素敵な場所があったなんて……」
     街中にあるような、細く、まっすぐに立つ桜とは違う。
     しっかと大地に根をおろし、堂々と佇むがっしりと無骨な幹に、青空に広がるしなやかな枝々。
    「おばあちゃんのことを、想い出しました。あの人との想い出は、あまりないですが……。凄く、大切な。家族の、想い出なのです」
     記憶をたどる少女の横顔を見やり、藤枝は優しく眼を細める。
    「明日も、忘れられないくらい楽しい日にしましょうね」

     正午前。
     縁側で針仕事に勤しんでいた藤枝は、季節を先取りした風鈴の音と、カラリコロリと響く下駄の音に気づいた。
     次いで、よく通る少年の声。
    「おぉ、デカイなー!」
     庭先を見やれば、番傘をさした少年――烏丸・鈴音(カゼノネ・d14635)と、縹色の瞳を輝かせた少年――架橋・維(宙想・d22281)が、桜を仰ぎ見ている。
     笑う老女に手招かれ庭へ立ち入れば、塀の向こうからは見えなかった庭を一望することができた。
     白く可憐な花を幾重にも咲かせるユキヤナギや、コデマリ。
     足元を青く彩るサイネリアに、青紫の大輪が美しいクレマチス。
     春彩あふれた庭にあって、ひときわ眼をひくのは、やはり桜の大樹だ。
     鈴音と維は春休みを利用してこの地へ遊びに来ている学生だと自己紹介し、改めて庭を眺める。
    「綺麗な桜ですねぇ」
    「この桜、立派ですけどいつからここにあるんですか?」
    「ずっとずっと、昔からよ」
     桜は何代も前の家主が、この家に嫁いだ花嫁を慰めるために植えたのだと伝わっている。
    「昔は、みんなお見合いだったでしょう」
    「旦那様とも、お見合い結婚なのですかー?」
     鈴音が問えば、「そうなの!」と声をあげ。
    「始終怖い顔のひとでね。口数も少ないものだから、余計に怖くって」
     でも結局、五十年以上も一緒に暮らしちゃったと、いたずらっぽく笑う。
    「……旦那さんは」
     維の呟きに、藤枝は縁側から見える仏壇を示し、続ける。
    「一年前の春に、病気で。あっという間だったわ」
     維は、一呼吸置き励ますように告げた。
    「俺の祖母が、言ってました。『日常のふとした瞬間に祖父に会えるから、寂しくない』って。大丈夫。桜の花が咲くたびに、旦那さんと会えますよ」
     藤枝は頷き、「ええ、そうね」と静かに微笑んだ。

     午後過ぎ。
    「見事な桜だな」
    「本当に……、綺麗な桜」
     またも庭先の声に誘われ外をみやれば、足の長い金髪碧眼の少年――エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)と、波打つ赤毛の愛らしい少女――水瀬・ゆま(箱庭の空の果て・d09774)の姿が。
    「あらあら。今日は千客万来だこと」
     笑いながら家の前までやってきた藤枝に、エアンとゆまが揃って頭をさげる。
    「この樹は、どのくらい前からここに?」
    「もう、何十年も前からよ」
     続けて家と庭の歴史と、夫との想い出を語れば、エアンは神妙な面持ちで頷いた。
    「俺にも大切な人が居て、一足先に、彼女へ桜を届けたい。花びらを……頂いてもいいだろうか?」
    「ええ、いくらでも」
     藤枝が快諾すれば、ゆまもぽつりと、零す。
    「わたしも、昔良く、家族でお花見に行ったんです。お父さんと、お母さんと、わたし。手作りのお弁当を持って――」
     揺れる金の瞳を見やり、おもむろに藤枝が手を打ち、明るい声で告げた。
    「明日、庭でお花見をするの。良かったら、あなたたちもいらっしゃい。ね」

     そして、夕刻。
     最寄りのスーパーへ行くため道を歩いていると、灰髪に青い瞳のおさない少女――サフィ・パール(ホーリーテラー・d10067)が道の端を行ったり来たりしている。
     藤枝が声をかければ、
    「お使いを頼まれたのですが……、道が分からない、です」
    「お使い? 行き先は、スーパーとかかしら?」
     問いかける声に、こくこくと頷く。
    「一緒、行っても良いでしょか」
    「もちろん」
     伸べられた手に、サフィがおずおずと、小さな手を重ねて。
    「……私、今は離れてる大好きなグランマいて、想い出しちゃって。お話できると、嬉しい、です」
     そうして、他愛ない会話を交わしながら、空き地のそばを通りかかった時だ。
    「あぶないッ!!」
     とっさに掛けられた声に足を止めれば、藤枝の前を、勢いのついたボールが横切っていった。
     慌てて駆け寄ってきたのは、こげ茶のくせ毛に、大きな眼鏡をかけた少年――弥堂・誘薙(万緑の芽・d04630)だ。
    「ごめんなさい、大丈夫ですか?! って、サフィさんじゃないですか」
     誘薙が傍らに佇む少女に気づき、声をあげる。
    「知りあいなの?」
    「お友達なお兄さん、なのです」
     事のしだいを聞いた誘薙が、びっくりさせたお詫びにと、荷物持ちを申し出て。
     買い物を済ませてスーパーを出るころには、あたりはすっかり、薄暗くなっていた。
     伸びる影法師とならび歩けば、あっという間に老女の家にたどりつく。
     黄昏の色を映した桜は、昼よりもなお艶やかに揺れていた。
    「わあ……!」
    「すごい、きれいな桜ですね!」
     また明るいうちに見に来たいと二人が告げれば、藤枝はちょうど明日花見をするのだと告げ、2人を誘って。
     遠ざかっていく二人の背を見送り、老女は桜を見やった。
    「なんだか、賑やかな一日だったわね――」

    ●2日目
     その日は朝から雲ひとつない晴天で、のどかに降りそそぐ陽差しのもと、満開の桜が咲き誇っていた。
    「こんにちはー!」
    「おじゃまします!」
     訪れた子どもたちを縁側へ招けば、お茶とお菓子をおともに、のんびりと花見会を開始する。
    「お花見に混ぜてもらえて、嬉しいですー」
    「桜のもとには、人が集まるのですね」
     風鈴の言葉に誘薙も頷き、庭に桜があれば毎日お花見ができると、羨ましがりながら和菓子を頬張った。
    「誰かと見る桜は、特別になるんだな」
     集まった少年少女たちを見やり、エアンも微笑んで。
    「貴女とも、この桜を通じて縁ができた。……えーと、日本語では『一期一会(いちごいちえ)』って言うんだっけ?」
     ――今この時は、二度と巡ってはこない、一度きりの時間。
     ――だから、大事にしなくてはならない。
     桜の枝で戯れていた鳥たちが飛びたち、はらはらと花弁が舞う。
     そのうつくしさに、サフィがそっと、吐息をこぼす。
    「ニホンの桜、綺麗で好き……です」
     子どもはいるのかと藤枝に問えば、とうに独り立ちして、ずっと二人暮らしよと笑う。
    「なら、私、今日は代わりにお婆さんの子ども、です」
     はにかむサフィに続き、ちゆも藤枝に声をかける。
    「志葉さん、ちょっとだけ祖母に雰囲気が、似てて……。だから、もう少しこうしてお話したくなっちゃったのです」
     素敵な景色をありがとうございますと改めて礼を述べれば、藤枝は2人の手を取り、「ありがとう」と涙ぐむ。
    「わたしは、桜の時期に両親を送りました。桜は……わたしにとって、優しくて悲しい想い出の花です。でも、大切な人と見た桜は、忘れられません」
     ゆまの言葉に、さくらえもまた、かつての記憶をたどる。
    (「当時は嫌なこともあったのに、こうして振りかえると、なんだかすべて懐かしくて」)
     ゆまは老女がこれまで築いてきた『日常』を思いながら、問うた。
    「貴方は、この桜を、誰とご覧になっていたのですか?」
    「だれと……? そうね。死んだ夫と――」
     ――野生動物のような眼をした、痩身の少女と。
     その瞬間、先日、ハガキを受け取った時に覚えた違和感が、再び胸をよぎった。
     途方もない、喪失感。
     けれどそれが何なのか、なぜなのかは、いくら考えても、わからない。
    「きっと、とても大切な人なのでしょうね。昔も……、そして、今も」
     ゆまの言葉に、胸が締めつけられる。
     エアンはそんな空気を振り払うように、
    「何度も見たくなる桜だから、記念に皆で写真を撮ろう」
     デジカメを手に提案し、桜を背に、皆で身を寄せあった。

     夕暮れが迫り、ひとり、またひとりと少年少女たちが帰途へつき。
     最後に残った維は「ありがとうございました」と礼を告げ、今日中に地元に帰るのだと告げる。
    「昨日と今日は、寂しくなかった?」
     問えば、老女は子どものように笑った。
    「ええ。とっても、楽しかったわ」
     「また、いらっしゃいね」と維の手を握り。
     藤枝は少年の背が道の向こうに見えなくなるまで、ずっとずっと、手を振り続けた。

    ●病葉(わくらば)の園
     『ベヘリタスの卵』が藤枝に宿ってから、2日目の深夜。
     ――カラリ、コロリ。
     ふいに聞き覚えのある下駄の音を聞いた気がして、藤枝は寝室から出て、縁側へ向かった。
     雨戸を開ければ、月明かりを受け怪しく咲き誇る桜に、赤い番傘。
    「あなた」
     「また来てくれたの」と声を掛けようとした瞬間、爽やかな風がそよぎ、藤枝の意識は途切れた。
     次の瞬間、卵から『仮面』をつけたカミキリムシが這い出て、灼滅者たちへ襲い掛かる。
     さくらえが即座に戦闘音を遮断し、エアンが誰もこの園へ踏み込まぬようにと、周囲に殺気を放出。
     サフィは藤枝を仏壇のそばへ運び、仲間たちへ光輪の守りを施す。
    「ささやかでも、暖かい絆を、失わせるわけにはいきません……!」
    「お婆さんから奪った絆、返してください!」
     ゆまと誘薙の繰りだした槍が、両サイドからシャドウを貫く。
     シャドウは強靭な顎を振りかざし、灼滅者たちを切り刻もうとしたが、
    「させるか!!」
     叫び、縛霊手で攻撃を受け流した維とサフィの霊犬『エル』、誘薙の霊犬『五樹』が、仲間たちへの攻撃を肩代わりする。
     ちゆは昼間触れた藤枝の手の温もりを思い返しながら、黒髪をなびかせ、シャドウの死角に回りこんだ。
     金の瞳でカミキリムシを一瞥し、蠢く帯を一斉に射出。
     灼滅者との絆を糧に成長したシャドウは、いわば親ともいえる少年少女たちの攻撃を受け、キイキイと悲鳴をあげる。
     あの、うつくしい情景のなか。
     灼滅者たちには、藤枝の頭に宿った卵が怪しく脈動する『非日常』が見えていた。
     交流を重ねれば重ねるほど、大きく成長していった、忌まわしき卵。
     藤枝が8人を信じ、心通わせた。
     その想いを、絆を喰らい糧として生まれたと知っているからこそ、許せなかった。
     ――想い出も、絆も。
     ――『ひと』を作りだす、大切な一部だから。
    「その姿は、この庭には似合わないですー」
    「桜が紡いだ志葉さんと彩芽さんの絆は、ワタシたちがつないで、守ってみせるよ!」
     足並みをそえろえた鈴音とさくらえが、巨大化させた腕でシャドウを殴りつけ。
     ――これからも、大切なひとと桜を見てもらうために。
    「取られた絆は、取り戻す!!」
     叫び、杭打ち機を渾身の力で叩きつけ、敵の身体をねじ切った。
     戦闘を開始してから、数分。
     生まれたばかりのシャドウの肉体は、早くもぼろぼろに成り果てていた。
     8人が藤枝と強い絆を結び得たからこそ、攻撃は何倍にもなって、シャドウを苦しめる。
     7分目を待つまでもない。
     灼滅者たちは手早く悪夢を終わらせるべく、さらに踏みこんだ。
     サフィの矢がシャドウの顎を撃ちぬき、霊犬たちの援護射撃と斬撃がひるませる。
     『日常』に生まれた絆。
     ――ひとが生きていくうえで、大切なもの。
     ――ささやかだからこそ、大切なもの。
    (「それを守ることで。わたしもまた、生きることを赦される気がするから――」)
     決意を胸に、ゆまは力強く地を蹴った。
     炎をまとった蹴りがシャドウの体勢を崩し、維の彗星の如き矢が、追い撃ちをかけるようにシャドウの『仮面』を穿つ。
    「終わりにしましょう」
     巨大化させた腕を振りかざしたちゆが、シャドウを地面に叩きつけ、
    「春色に、悪夢は似合いません」
     間合いに飛びこんだ誘薙が、光の刃を撃ちはなつ。
     まばゆい閃光はシャドウを灼き、その身を滅ぼしていき、そして。

    ●邂逅(わくらば)の苑
     翌日。
     志葉・藤枝は、その日もいつもと変わらぬ『日常』を過ごしていた。
     家の中にはいくつものハガキが飾られ、四季折々の自然の風景が見る者を楽しませる。
    「返事こないから、心配したし」
     憮然とした表情で告げる彩芽にお茶を出しながら、笑う。
    「あたしにも、色々あるのよ。それより、これ見て」
     さし出したのは、一通の大きな封筒。
     そこには数名の寄せ書きと、写真、『ありがとう』の手紙が添えられている。
    「なにこれ。楽しそう。ずるい」
     食い入るように写真を見つめ告げれば、彩芽が対抗するように一本の筒を取りだして。
    「こっちも、見て」
     広げ見せたのは、一枚の卒業証書だ。
     彩芽はこの一年、不登校を脱するべく学校へ通い、進学を決めていた。
    「私、写真の勉強する。それでこの桜を、もっと綺麗に撮ってみせる」
     満開の桜に、誓う。
    「この樹は、じーさんとばーさん。それから、ばーさんと私の、『絆』だから」

     さくら、さくら。
     胸にのこる淡い記憶。
     はかなく散るさまを、幾度見送ったとしても。
     さようなら、さようなら。
     またこの樹の下で、会いましょう。
    「ええ。もう、だいじょうぶよ」
     ぽつり零した藤枝を、綾芽が不思議そうに見やる。

     花霞の塀の向こうで。
     あの子たちが手を振り、笑ったような気がした――。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 1
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