春の宵、カミおぼろ成る 夢見月

    作者:西東西


     ある過疎の村にて。
     山裾から村を貫くように流れる川の周囲に、何人もの村人たちが集まっていた。
     彼らが満足げに眺めるのは、川沿いの桜並木に据えられた、いくつもの『川床(納涼床)』だ。
    「本場では五月ごろから楽しむもののようですが、この時期でも、人は集まるでしょうか?」
    「花見時に楽しむ地域もあるようですよ。もっとも、夜はまだ冷えるかもしれませんが……。なんといっても、風情のあることですから」
     不安げに告げる神主を励ますように、青年が笑う。
    「人手が足りないので料理とかは出せませんが、場所はいくらでも提供できます。明日にでも、ブログに告知を出しますよ」
     四ケタ紙幣一枚ていどの料金であれば、興味のある人間はそこそこやってくるだろうと、ブログ掲載用の写真をとるべく青年が駆けていく。
     神主はその背を頼もしげに見送ると、五分咲きの桜を見あげ、歩きだした。
     

    「ある村で、『桜の花見会』が行われるそうだ」
     一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が集まった学生たちに声をかけ、印刷してきたブログの記事と、風景写真をいくつか掲げ見せる。
     過疎地であるその村では、村の公式ブログで定期的にイベントを告知している。
     今回の『桜の花見会』は、昼から夜にかけてお花見を楽しむというイベントのようだ。

     場所は、村を流れる川の上。
     『川床(納涼床)』と呼ばれる座敷の上で、周囲には満開の桜が咲き誇っている。
     紅い敷物に大きな番傘。
     小さな卓と座布団が並べられ、座敷のすぐ下には川が流れている。
     昼は陽光と木陰のコントラストが美しく、夜は天井に提灯を並べ、ほのかな明かりが周囲を照らす。
     料理は出ないものの、飲食物の持ち込みはOK。
     もちろん、ゴミの後始末など、後片付けは責任をもって行うこと。
     舞い落ちる桜の花びらに、川のせせらぎ。
     自然のなかで過ごすひと時は、訪れる学生たちを大いに癒すことだろう。

    「なお、訪問予定日の天気は晴れ。日中は小春日和の陽気となるが、夜は川の上とあって、少々肌寒いかもしれん」
     夜に参加する者は寒さ対策を忘れずにと告げ、一夜は説明を終えた。
     村は過疎地だけあって、宿泊施設が存在しない。
     よって一日でトンボ帰りすることになるが、それでも十分に、楽しめるはずだ。
     興味があるのなら君たちもぜひにと、一夜は学生たちへ、案内を配って回った。


    ■リプレイ


     二十四節季、清明のころ。
     あたたかい陽光に、清々しい青空。
     川沿いの桜は、どの樹も鮮やかに咲きほこる。
     小卓に菓子を並べ、茶会を楽しむのは巳桜と想々。
    「想々も落っこちないように気をつけるのよ」
     流れる花弁を、冗談交じりに見送って。
     ふいに想々がさし出したのは、苺のショートケーキ。
    「お、お誕生日! おめでとう……ござい……ます……」
    「誕生日? わたしの?」
     いつものお返しですと告げれば、
    「有難う、覚えてなさいよ」
     たまにはサプライズを仕掛けられるのも悪くないと、巳桜が頬をほころばせる。
     その隣で憩うのは、狩衣姿のガーゼと着物姿のキング。
    「花見は日本の国技と聞いていましたが、のんびり過ごせる良いものですー」
    「平安のノーブルたちも、こうして楽しんでいたのかしら」
     舞い降る花弁を眺め、二人、古に想いを馳せる。
    「ガーゼちゃんと過ごす時間も、大切にしたいハッピータイムよ」
     たくさん作ったからずんどこ食べてね!とぼた餅をさし出せば、
    「三色団子もあるよー」
     ガーゼは遠慮なく、茶菓子を頬張った。
     せせらぎにまぎれ聞こえてきたのは、【武蔵坂ウィンドアンサンブル】の吹奏楽演奏。
     さやかと麻央のトランペットの掛けあいに、キコル、エマ、奥斗が優美な旋律を添え、周囲から盛大な拍手が響く。
     演奏を終えたら、川床で一息。
     持ち寄った品を広げていく。
    「あたしはこれっ。コッペパンのサンドイッチ♪」
    「私は、ちらし寿司と果物を持参してみました」
    「あたしはメイソンジャーサラダ。人数分あるよ」
     さやかとキコルに、ケーキもあると告げるのはエマ。
    「僕は、トマトのゼリーを」
    「うちは、三種のおむすびとお好み焼き」
     奥斗のデザートに続き、麻央が次々と料理を並べて。
    「みんなのも、すっごくおいしそう♪」
     さやかが早速、おにぎりをぱくり。
     麻央は川傍を歩く少女に気づき、慌てて呼びとめる。
    「良ければ、さかなちゃんも一緒にどうかな?」
    「わたし。なにも、持ってない」
     赤面する麻央を不思議そうに見つめ告げるも、
    「プリンも作ってきたさかい」
     皆でごはんを食べるのも美味しいからと、席へ手招いた。
     その隣では、日生が【趣味屋】の面々へ紅茶をふるまう。
    「青空の下で食べるお弁当は格別なのです!」
    「天気は良いし、桜は綺麗で、ご飯が美味しい。最高だな」
     卵焼きとタコさんウィンナーを頬張り、大刀も感慨深げに頷いて。
    「一生懸命作ったから、いっぱい食べてほしいのです」
     妖は黒猫の妃へウィンナーを。
     自分は、日生お手製のサンドイッチを口にして。
    「ひ、ひなせはお団子より花を愛でる派です、よ?」
     告げる日生は、妖のおにぎりをぺろり。
    「わたしはー、どっちもおいしいとこ取り――って、すごー凝ってる!」
     猫と桜を描いた飾り巻き寿司に、ジェーンが感嘆の声をあげる。
    「どちらかと言われれば花寄りだが、今は昼寝をしたい気分かもしれん」
    「わたしもー!」
    「桜を堪能しながら、読書もしてみたいな♪」
    「食後は夕方まで、みんなでまったりするのです」
     4人は桜に料理にと、眼前の彩りを楽しんだ。
     チリリ、風鈴鳴る川床では、【露草庵】の6人が料理を前に談笑中。
     いただきますと手を合わせ、才葉は早速おにぎりをぱくり。
    「御伽って、やっぱり料理上手だ!」
    「こうなったら、ぜんぶ食べていくしかないね!」
     眼を輝かせ、壱琉も唐揚げや卵焼きを次々頬張っていく。
    「お稲荷さん、頑張ってみたんです」
     告げる音雪の弁当は、くま顔のデコ稲荷。
    「かわいスギて食えない……」
     でも食う。と、嵐ががぶり。
    「喉詰まらせんなよ?」
     食べっぷりに苦笑しつつ、御伽もデコ稲荷を頬張って。
    「桜餅を持ってきましたので、どうぞですよー」
    「桜餅! いただきますっ」
     唐揚げを食んでいた音雪が、鈴音の勧めに喜んで手を伸ばす。
     嵐が桜餅を両手に乗せれば、ひらり、白い花弁が舞いおりて。
    「去年も、露草の皆と桜を見に行ったんだよな」
    「また皆々様とご一緒できた事、とても嬉しく思います」
     去年は叶わなかったが、今回は同席できたと鈴音も微笑む。
     音雪が皆で写真を撮ろうと提案すれば、
    「へへ、来年も、再来年も、また一緒に見ような!」
    「来年も、皆と一緒であれますように!」
     才葉、壱琉の声に、御伽、嵐が穏やかな笑顔を向ける。
     レンズ越しに並ぶのは、大切な場所の、大切な友人たち。
     ともに見るからこそ、桜もいっそう美しく映るのだ。
     ――来年も、一緒に桜を見られますように。
     ぱしゃり、大切な想い出が、またひとつ。
     一方、さかなと一夜が通りかかったのは、ひときわ賑やかな【キルセ】の川床。
    「あらさかなさん。その節はどうも」
    「ん。由乃いるから、今日の桜も、綺麗」
    「皆が揃っている姿を見られて、私も嬉しいよ」
     由乃と一同の声にさかなが頷き、一夜も微笑む。
     席に招かれ好きな飲み物を手にすれば、
    「進学進級おめでとー、ユノちゃんはオカエリ!」
     エルの声に、「乾杯!」と一同が杯を掲げるや、並んだ料理が凄い勢いで消えていく。
    「安土先輩桜クッキーたべたい、あけてあけて!」
    「花がメインなんですから、そっち楽しみなさいよ貴方達」
     叱る由乃も、「からあげ美味しいですけど」と肉を頬張る。
     はしゃぐ皆を見やる錠の視界が、じわり、滲んで。
    「由乃さんのたまごやきうまいっすやべぇっす」
     火照る目頭を隠すように、料理を次々と飲みこんでいく。
    「ねえねえ由乃先輩、こないだの色々覚えてる?」
     ふいに鈴が問うも、
    「申し訳ありませんが、さっぱり」
    「えっ、ユノちゃんあの時のこと忘れてる? マジで忘れてるの?」
    「んなもん、寝てたんですから覚えてるわけないでしょう」
     衝撃を受けた様子のエルをよそに、鈴は「由乃先輩だいすきでーす!」とじゃれついた。
    「どいつもこいつも、よくできたお節介共だわ」
     自分が堕ちた時も花見をしたっけと葉が零すのへ、
    「俺は皆が笑顔なのが、何より嬉しいよ」
    「由乃さんと一緒にお花見、ちゃんと叶ってよかったのです」
     香艶と朋恵が、揃って微笑む。
    「ようやく、春が来たって感じだな」
    「遅咲きでも、春はちゃんと訪れるんだな」
     葉と錠の言葉に、皆も笑って。
    「来年もまた、皆で来ような」
     告げるエル、そして見守る一同を見やり。
     由乃は眼に映る美しい世界を、あらためて、胸に刻んだ。
     賑やかな席を離れれば、別の川床では、陽桜が供助に抹茶をふるまっている。
    「一夜おにーちゃんとさかなおねーちゃんも、どうですか?」
    「食うもの欲しけりゃ、どうぞ」
     供助も握り飯に卵焼き、漬物をさしだして。
     四人で桜を眺めれば、風にさらわれ、白い花弁が次々と川を流れていく。
    「桜の顔、場所変わるといろいろ違うからすごく楽しいの」
    「こう言うのも、風流でいい」
     落ちた花びらを踏むのが忍びないと思うこともあったからと、供助も呟いて。
    「良い春だな」
    「ああ」
     良い昼寝日和だと、一夜が笑う。
     ふとさかなが下流を見やれば、独り川床に座す少女を見つけて。
    「柚羽」
     呼びかけると、柚羽は周囲の音に耳を澄まし、微笑んだ。
     ――桜咲く時期は、年に一回。
     二人、陽光に煌めく川面を眺めながら。
     小さな花弁が遠ざかるのを、いつまでも見送った。


     やがて空が宵色に染まれば、川床の天井に並んだ提灯が、仄かに周囲を照らす。
    「いやはや、夜の桜というものは妖艶な美しさがありますよ……。まるで、陽の光の下では魅せたくないかの様な――」
     なんとも不思議なものだと、独り、流希は桜を仰ぎ見る。
     月に桜。
     揺らめく提灯。
     極めつけに、川のせせらぎ。
     何枚も写メを撮り、もちろん目にもしっかり焼きつけて。
    「ほらほら二人も撮ってあげる――はい、チーズ!」
     七の声に冬崖と櫂が肩寄せあい、笑顔を向ける。
    「川床で夜桜を見る、そんな経験、初めてかもしれないわ」
    「俺も縁のねぇ場所だと思ってたんで、新鮮だわ」
     桜茶を手に言葉交わせば、話題になるのは近い将来のこと。
    「再来年には、あたしたち成人よね」
    「私達、どんな大人になるんだろう?」
    「そん時まで、楽しく過ごせりゃいいな」
     櫂も一枚と、風に舞った桜吹雪を背に二人をパシャリ。
     自然体で良い感じと、微笑んで。
    「終わって欲しくない時間だわ」
     七もぽつり呟き、再びシャッターをきる。
     桜眺める詞水の横顔は、去年より大人になったよう。
     焙じ茶を手渡せば、桜餅のお返しに靱はほくほく顔で。
     水面に映る明かりと、妖しく閃き、降る桜。
    「綺麗だね」
    「幽玄の美って、こういう情景を言うんでしょうか」
    「ね、詞水の七不思議には、桜の出てくる話ってあるの?」
    「聞きたいです?」
     そうして話し始めれば、少し気温が下がったような気がして。
     ――今晩眠れなかったら、どうしよう。
     靱は威厳を保ちつつ、胸中で呟いた。
     【Cafe Haruka】の面々は、一番広い川床に料理を広げ、夜桜を楽しむ。
    「皆さん、どうぞ召しあがれ♪ 腕によりをかけて作りましたわ♪」
     夜桜も絶景だが、可愛い男の子たちの魅力には敵わないと彩が手料理をふるまえば、
    「ボクは温かいお紅茶と、お茶菓子を御用意致しました」
     みくるが水筒を手に、礼儀正しく紅茶を注いでいく。
     一方、ヴァースは持参した甘い缶コーヒーに口をつけ、
    「えっと、なんだっけこれ。三色団子? 定番らしいから買ってきたよ」
    「ぼくは、美味しいって噂の、お店で、桜もちを、買ったんだ……♪」
    「デザートにぴったりですわね。うん、美味しい♪」
     彩がすぐに頬張り、
    「とても美味しいです。ありがとうございます」
    「とっても、美味しそうだよ……♪」
     みくる、春香も揃って口に運ぶ。
     一方、水花、歩の手作り弁当を頬張るのは、冥。
     水花は歩にあーんと料理をさしだして、
    「わ♪ ありがとねっ、水花お姉ちゃん」
     ぱくり、口に含んだ歩が、嬉しそうに頬張る。
    「なに、歩ちゃんとおにぎりの食べあいっこ?」
     最初は照れていた冥だったが、
    「腕によりをかけて作ったんですよ。歩ちゃんはおにぎり担当でっ」
     水花の言葉に、どうしてもというのであればと、口を開いて。
    「はい、冥お姉ちゃんっ。あーん♪」
     ぱくり、料理を口に含めば、まんざらでもない様子。
     続けて、歩は水花へも、食べさせあいっこを楽しんで。
    (「こうやって皆でわいわいするのも好きだけど。程々な静けさも好きだって言うのは、我儘なんだろうなぁ」)
     見あげれば桜の華。
     その上を覆うは、夜空の黒。
     はしゃぐ一同を見守りながら、ヴァースは一人、甘いコーヒーを飲みほした。
     別の川床に眼を向ければ、持ち寄った料理を前に、桜と星空を満喫する【星空水族館】5人の姿。
     闇に燈る提灯に、ぼんやり浮かぶ桜の花。
     はらり舞う花弁は、より一層浮き彫ったかのよう。
    「わ、わ、夜の桜は大きくて綺麗ですね!」
    「お星様とあわさって、桜がきらきらしてるみたいですの!」
    「川床で夜桜を見られるなんて、とても贅沢な気がする」
     海月、夕蘭の声に、奏哉も頷く。
     とはいえ、さすがに風は冷たくて。
    「奏哉のお料理が温まりますの」
     夕蘭が豚汁入りの器で、暖をとる。
    「お握りもありますよ! 俵型ですー」
    「一つ頂いても良いかな」
     奏哉がさっそく、ことひの混ぜ込みご飯お握りをぱくり。
    「私は、桜あんまんを持ってきたのよっ」
     儚がどうぞとさし出せば、初めて見ると、みんな興味津々。
     一方、海月が手にするのは、定番のお団子だ。
    「みたらしさん、丁度いい甘さで美味しいわ」
     頬張る儚の傍で、桜を見あげた海月がぽつり。
    「気をつけねば、『花より団子』になってしまいますね……」
     それぞれ夕蘭の健康茶で喉を潤おせば、お腹も心も満腹満足。
     おいしいも、きれいも堪能しながら。
     一同は星と桜の饗宴を、心ゆくまで楽しんだ。

     キィンと一夜は賑やかな声を背に、川近くを並び歩く。
    「成績、互いに伸びしろ有望株だな」
    「あいにく、私が目指すのは最底辺だ」
     どちらも淡々。
     どちらも真顔のままで。
    「一夜崎のピアスって、何かこだわりがあるのか」
     肌身離さず身に着けている、耳飾り。
     気になり問えば、黄緑の眼が怪しく微笑む。
    「これは、『楔』だ」
     静かな声音。
     そこに一瞬、修羅が混ざって。
     ふいに闇舞う白へ手を伸べれば、キィンが感慨深げに呟く。
    「落ちる花びらを捕まえる衝動って――なるほど」
     一呼吸おき、言い改める。
    「いや、『惜しい』からか」
     手にした花弁を、固く、握りしめ。
     一夜は応えず、闇向こうの光を見据えた。

     夜桜が初めてというレーネと川床を楽しむのは、既濁。
    「綺麗です。でもでも、すぐに散ってしまうと思うと寂しそうに見えるです」
    「散って、また咲く。繰り返し続いていくもんだ」
     注がれたお茶を一口、月明かりに照らされたレーネの横顔を見やる。
    「桜に負けないように、レーネたちもいっぱい咲かないといけないです」
    「あぁ、思いっきり咲くといいさ」
     胸中で続けた言葉は、互いに秘めたまま。
     饅頭を頬張り、散りゆく花弁を見送る。
     暗がりの下。
     見つめる視線を受けつつ渡されたものを口に含めば、
    「……なるほど、塩か」
     聡士の苦笑に、時兎は満面の笑み。
    「聡士、俺の悪戯初めて引っかかってくれた」
     嬉しそうに、本物の落雁と交換すれば、
     ――おめでと。
     聡士だけに聞こえる声で、囁く。
     桜茶を手に夜桜を眺めれば、
    「また来たいなぁ」
     と、聡士がぽつり。
     時兎は闇に紛れ、微笑んで。
    「……俺も、来たい」
     来年も一緒にと、密かに約束を交わした。
    「流石に夜はまだ冷えるな。寒くないか?」
    「あ、ありがとうございますです」
     照れながらも、栞は抱き寄せる翼の手に身を任せる。
    「夜桜は初めて見たが、風情があって良いもんだな」
    「はい、昼とは違った風情を感じられます」
     見あげる横顔に、翼は栞と一緒だから嬉しいのだと胸中で付け加え、
    「これから、こういう想い出を作っていこう」
    「たくさん作っていきましょうです」
     これから重ねゆく時間を想い、二人、微笑み交わす。
     並び歩く二人に声を掛けたのは、千巻。
    「その節は、大変お世話になりまして」
     深々と頭をさげれば、
    「元気なら、それで良い」
     確かめるように一夜が笑い、
    「千巻、こっち」
     さかなが手を引き、手近の川床へ導く。
     三人、川床の端に腰掛け、浮世離れした光景に微睡んで。
     流れに従う花。
     沈む花。
     水音に、散る花に、心がざわめく。
    「あれは朝山でもなければ、人魚でもないよ」
     ふいに、一夜が呟き。
     手のひらに花弁を集めていたさかなが、ぱっと、宙へ向け両手を広げる。
    「アイネ。これ。桜、だよ」
     ひとつ、ふたつ、舞う花びら。
     月も霞むこの夜に。
     彼女も、桜を夢視るだろうか――。

     ひと気のない川床を選び、无凱はルナと並び座る。
     闇の中で朧げに咲く桜が美しく、紫の瞳は夜桜を映すばかりで。
    「寒くありませんか?」
     被衣を被せて抱き寄せれば、ルナは素直に身を委ねた。
    「夜桜、初めてでしたよね?」
    「桜ももちろん好きですが……。私は、貴方の方が好きです」
     呟きに笑み、无凱はそっと微笑んで。
    「有難う、こんな僕に想いを寄せてくれて」
     仄明かりの下、桜散るなかで、そっと口づけを重ねる。

     いつ弁当を食べようかと上の空でいれば、
    「おいで」
     貴明に手招かれ、直人は喜び膝の上に寝転んで。
     戯れるように口付けを交わし、優しく髪を梳き撫でる手に、指を絡める。
     舞い落ちる花弁。
     せせらぎの音。
     互いの吐息。
     ――こうして過ごす時間が、ずっと続けばいいのに。
     繋いだ手を、伝わる温もりを、逃さぬようにと握りしめ。
    「愛してるよ、貴明さん」
     切なく響く声に、貴明はそっと、月明かりを仰いだ。

     藍と紡。
     ともに過ごすのが三巡目の春なら、纏う衣も三度目。
     覚えのある飾りが誇らしいと表情緩める藍へ、
    「藍先輩、ありがとう」
     見立てた品も姿も愛おしいのはお互い様と、紡も微笑んで。
    「先輩ってなァ、一体いつまでなんだろうな」
     ――また来年と願った約束。
     ――月日増す毎、欲張りになる想い。
     けれどもう一歩、進む為に。
    「ずっと、この先も、一緒に居てね、藍」
    「いま一歩、共に進めりゃァ」
     応え、二人微笑んだ。

     闇は人を避け、川床の隅に座していた。
     喧騒は遠く、人の姿は見えない。
     ――話そか喰らおか。
     待てば、光はやはり闇を見つけた。
     しかし血紅の瞳を向けたまま、遠く佇んで。
    「おいで」
     呼んで、ようやく闇の前に座す。
    「何か食べるかい」
     好い和菓子を見つけたんだと、さしだして。
    「綺麗だね。水の音がする」
     せせらぎの音に、耳を澄ます。
     光は始終一言も零さず、紫の瞳を見つめていた。
     ふいに吹きすぎた風に、身を縮め。
    「寒い? 羽織ものなら有るよ。使う――」
    「有無」
     さえぎり、告げるのは違和。
    「魂は、おなじ。でも、ちがう」
     うまく言葉にできない。
     けれど、続ける。
    「あなた、だれ」
     ――あなたも、『境界』にいるの?

     夕霧は藍錆色の猫姿。
     納涼床の端に身体を横たえ、夜桜を見あげる。
     『さくら』とは、神の座る樹なのだと、幼いころに教わった。
     ゆうるり尾を伸ばせば、春宵の風が、満開の桜を散らして。
     ――桜雨も、カミの涙やろか。
     せせらぎに沈み、流れゆく花弁たち。
     ――泣きたい顔をしとるんは、私の方なんかもしれんなぁ。
     水面に映る、金の瞳を覗きこみ。
     遠く、遠く、花の旅路を見送った。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月14日
    難度:簡単
    参加:63人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 1
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