LOVE IS POWER

    作者:西東西


     奇妙なまでに寝苦しい、夜。
     悪夢にさいなまれる蝶胡蘭(ちょこら)に、呼びかける声がある。
    『汝、ダークネスとして生まれながら、灼滅者という罪により意識の深層に閉じこめられ、同胞たるダークネスを灼滅する者よ』
     ――いや、呼びかけられているのは、己ではない。
     心の底にある闇。
     ダークネスという『闇』に対して、呼びかけているのだ。
    『加藤・蝶胡蘭という殻に閉じこめられ、孵ることなき、雛鳥よ。我、オルフェウス・ザ・スペードの名において、汝の罪に贖罪を与えよう』
     蝶胡蘭は己の魂の奥底で、『闇』の意識がうごめくのを感じる。
    『我が声を聞き、我が手にすがるならば、灼滅者という罪は贖罪され、汝は殻を破り、生まれ出づるであろう』
     ――この闇の蠢動に飲みこまれれば、人間の意識を保つことはできない。
     本能的に悟った蝶胡蘭は、必死に抵抗する。
     しかし、『贖罪のオルフェウス』の力によって妨害され、内なる闇を押しこめるには、至らなかった。
    「感謝します、オルフェウス。この罪深き身をも、貴方は贖罪すると言うのですね。ならば私も、恩義に報います」
     己ではない。
     けれど己と同じ、声が答える。
    「私の『愛』が、どこまで役にたてるかわかりませんが。この『愛』が続く限り、貴方の力になることを誓います」
     その瞬間、蝶胡蘭の脳裏に、いくつもの光景が怒涛のごとく蘇った。
     それは、かつて堕ちた時の記憶。
     喪った想い。

     ――固めた右拳で、己はいったい何をした?

     すべての『罪』を、想い出した時。
     慟哭する蝶胡蘭は己の『闇』に取りこまれ、底知れぬ深淵へと、沈んでいった。
     

     清々しい青空に恵まれた、その日。
     ひとりの少女が、ある空手道場の前に立っていた。
     艶やかな赤茶色の髪に、右目の下の泣黒子。
     道場を見あげる瞳の奥は、ときおり拍動するかのように、赤く、怪しく光る。
     年頃の少女らしいしなやかな体躯に、空手の道着。
     ラフに羽織ったままの上着の裾をなびかせ土足で道場内へあがりこむと、少女――アンブレイカブル『ハートブレイカー』は声を張りあげた。
    「この道場で、もっとも強い者と死合いたい」
     休日の、その日。
     道場内には、30人ほどの生徒が居合わせていた。
     だが誰もが顔を見合わせ、とつぜん訪れた道場破りを物珍しげに見守るばかり。
    「こらこら、きみ! 道場内では靴をぬいで! 入会希望なら、まずは受付で説明を聞いてから――」
     ――ヒュ。
     目にもとまらぬ速さで繰りだされた正拳突きが、間合いに入った青年の胸を穿った。
     一瞬ののち、道場の床に倒れた青年の道着が、みるまに赤く染まっていく。
     そこへいたってようやく、周囲から悲鳴があがりはじめる。
    「『愛』こそ強さです。『愛』を知る者は限界を超え、どこまでも強くなれます。さあ、我こそはという者は、私と死合いなさい!」
     

    「行方不明になっていた加藤の居場所を特定できた。……どうやら、闇堕ちしていたらしい」
     眉間に深いしわを刻んだ一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)がそう告げ、教室に集まった灼滅者たちへ、説明を開始する。
     加藤・蝶胡蘭(心臓破り・d00151)はある日の就寝前まで普通に生活をしていたが、朝になって行方をくらまし、そのまま、行方不明となっていた。
     情報収集を行った結果、闇堕ちした蝶胡蘭――『ハートブレイカー』と名乗るアンブレイカブルが、数日後に道場破りを行うことが発覚。
    「アンブレイカブル相手なら、ただ打ちのめせば良いかとも思ったが……。今回はどうも、そう簡単にいきそうにない」
     注意しなければならない点がいくつかあると告げ、一夜はさらに、詳細を語る。

     アンブレイカブル『ハートブレイカー』が現れるのは、日中。
     場所は、一般人が運営する空手道場だ。
     居合わせた人間たちに自分と戦うよう呼びかけ、止めに入った青年一人を、殴殺。
     加減のできないダークネスは、そのまま、手あたりしだいに周囲の一般人を殺していく。
    「まず、ひとつ。ハートブレイカーに人殺しをさせてはならない。なぜなら、ひとりでもひとを殺めた時点で、加藤が完全に闇に堕ちる」
     しんと静まりかえった教室に、一夜の声だけが響く。
    「ふたつ。アンブレイカブルは、強い者と戦うことを望んでいる」
     特に、友を想い、ひとを愛する武蔵坂の灼滅者たちには、好印象を抱いているようだ。
     灼滅者たちが姿を現せば、ハートブレイカーの方から戦闘をしかけてくる。
     うまく声をかければ、説得へもちこむこともできるはずだ。
     ただし。
    「加藤の精神はすでに希薄で、周囲からの言葉が届きにくくなっている」
     なんらかの理由で、相当に追い詰められているらしい。
     なぜ蝶胡蘭がそこまで衰弱しているのかについては、一夜にはわからない。
    「みっつめ。ハートブレイカーは戦闘が始まると徐々に鼓動が高鳴り、強さが増していく」
     つまり戦えば戦うほど、ハートブレイカーの意識が強まっていく。
     うかつに敵を相手取れば、蝶胡蘭の消滅を促してしまいかねない。
     
     注意点を要約すると、下記の通りとなる。
     【1】現場には一般人30人が居合わせており、対応が必要。
     【2】ハートブレイカーは灼滅者が現れしだい、すぐに攻撃をしかけてくる。
     【3】ハートブレイカーは戦えば戦うほど、強さを増していく。
     【4】蝶胡蘭の精神は消滅寸前であり、声が届きにくいため説得が容易ではない。
     また、接触推奨タイミングは『ハートブレイカー』が道場に入った後となる。
     もしもそれ以前に気配に気づかれてしまえば、逃亡されかねない。
    「できる限り救出をめざしてもらいたいが、それが難しい場合は、灼滅もやむをえない」
     闇堕ちから救出するためには、KOが必須。
     どう説得し、どう戦うか。
     その判断が、『救出』と『灼滅』を分ける要となるだろうと、一夜は告げて。
    「一般人対応が必要となるため、七湖都にも同行を頼んでいる。もしほかにやって欲しいことがあれば、遠慮なく指示を出してやってくれ」
    「できること……。がんばってお手伝いする、ね」
     紹介された七湖都・さかな(終の境界・dn0116)が、深々と頭をさげ。
    「『愛』こそ強さと言うのなら、灼滅者だって、どこまでも強くなれるはずだ」
     「そうだろう、加藤」と、一夜も静かに、頭をさげた。


    参加者
    烏丸・織絵(黒曜の識者・d03318)
    幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)
    志那都・達人(風祈騎士・d10457)
    央・灰音(超弩級聖人・d14075)
    津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)
    竹野・片奈(七纏抜刀・d29701)
    月影・黒(影纏う吸血鬼・d33567)
    楯無・聖羅(百人殺しの魔女・d33961)

    ■リプレイ


     梅雨の合間の、快晴。
     強く、爽やかな風吹くなか、赤茶色の髪をなびかせた少女――アンブレイカブル『ハートブレイカー』が、ある空手道場へと入っていく。
    「この道場で、もっとも強い者と死合いたい」
     声を張りあげた少女に、道場内の視線が一斉に集まった、次の瞬間。
     前に出ようとした青年めがけ、詠子が容赦なく当身をくらわせて。
     呆然とする周囲をよそに、気絶した身を抱え、外へ駆ける。
     気づいたダークネスが問いただそうとするも、
    「君の相手は、俺たちだ……!」
     志那都・達人(風祈騎士・d10457)が声をあげ、複数名の少年少女が包囲。
     居並ぶ彼らを見やり、ダークネスはすぐに気づいた。
    「やはり現れましたね、灼滅者!」
     喜色をあらわにしたダークネスの身を、瞬時に桃色の闘気が覆い。
     ひときわ凄まじいオーラをはなつ右拳を固め、ハートを描く奔流もろとも、床板へ叩きつける。
    「させないっすよ!」
     攻撃範囲にいた一般人を、天摩、セイナ、天音をはじめとする、複数の灼滅者たちが突き飛ばす。
     衝撃は、一瞬。
     打撃点を中心に、陥没と亀裂が四方へと広がっていき。
     亀裂が足元まで及ぶにいたって、一般人たちはようやく、眼前の少女が人ならざる者であることを悟った。
     悲鳴があがると同時に、道場内に身をひそめていた楯無・聖羅(百人殺しの魔女・d33961)と七湖都・さかな(終の境界・dn0116)が、そろって『パニックテレパス』を展開。
    「みなさん、逃げてください!」
    「出口はこっちや、助かりたい奴は来いや!」
     『プラチナチケット』を使用した津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)に続き、球児も大声をはりあげ、避難を促す。
     経路の障害物はキィンが取りのぞき、動こうとしない者は治胡(d02486)が『王者の風』で退去を命じた。
     完全にパニックを起こしている者は梗花が『魂鎮めの風』で眠らせ、順に外へ連れだして行く。
     一方、ダークネスを取り囲んだ灼滅者たちは、攻撃をいなしながら対峙を続けていた。
     紅のコートをひるがえした烏丸・織絵(黒曜の識者・d03318)が、不機嫌そうにシャボン玉を吹かし、問いかける。
    「お前がいう、『愛』ってのは何だ」
     ハートブレイカーは一向に手を出そうとしない灼滅者たちを見渡し、
    「『愛』こそ強さです。『愛』を知る者は限界を超え、どこまでも強くなれます。私はオルフェウスに与えられた『愛(贖罪)』に報いるため、力を尽くすと誓ったのです」
    「力が『愛』、ねぇ? 愛の押し売りは、ちょっとどうかと思うなー」
     竹野・片奈(七纏抜刀・d29701)が笑顔を浮かべながら、手にした竹刀で肩を叩く。
     視線を走らせたのは、その右拳。
    (「『右手』を使って仕掛けてきた。……ということは、加藤さんの意識は厳しいとみて間違いないようだね」)
     加藤・蝶胡蘭(かとう・ちょこら)は、これまでどんな戦いにあっても、かたくなに右手を封じてきた。
     その右手をためらいもせず使ってくるということは、蝶胡蘭の意識が限りなく弱まっている証明にほかならない。
     だからといって、諦めるわけにもいかない。
    「お姉ちゃんは堕ちかけた人をいっぱい助けて学園の仲間に迎えたって。いっぱい依頼を成功させて、困っている人を助けたって聞いたよ!」
    「大丈夫! 蝶胡蘭先輩は一人じゃないよ! だから逃げないで! 僕たちがいるよ!!」
    「もどかしいですよね、辛いですよね。でも、戻ってきてください。こんなにも愛されているのですから!」
     幸・桃琴(桃色退魔拳士・d09437)、月影・黒(影纏う吸血鬼・d33567)、津島・陽太(ダイヤの原石・d20788)も、懸命に声を重ねる。
     しかし、ハートブレイカーは怪しく光る眼を細め、息をつくばかり。
    (「やはり、そう簡単に説得は通用しないか」)
     一般人避難を見守りながら状況をうかがっていた聖羅が、大口径のスナイパーライフルに手をかけ。
     沈黙を貫いていた央・灰音(超弩級聖人・d14075)が灰の瞳を向け、厳かに口を開く。
    「あなたは間違っています。『愛』『平和』『正義』。この三つがこの世界でもっとも尊いものでありますが、その結果を出すことは限りなく困難です」
     避難誘導にあたっていた灼滅者たちが最後の一般人を連れ出したのを確認し、黒が『殺界形成』を展開。
     灼滅者の面差しをのこしたダークネスを見据え、灰音はなおも、続ける。
    「なぜなら、それらを貫く過程において志をくじこうとする障害があり、乗り越えるために意志の力――『強さ』が必要となるからです」
     灰音の言葉を受け、達人がぽつり、言葉を重ねた。
    「ねえ、チョコラさん。君の心が闇の奥深くに沈んでいるのは、君が『罪』に苛まれてるから……?」
    「そう。それゆえに」
     ハートブレイカーはその名に嫌悪を浮かべ、笑った。
    「『愛』から目を背けた蝶胡蘭は、『弱者』なのです」
     殺気がふくれあがるのき気づき、さかながとっさに、周囲にエネルギー障壁を展開。
     会話を断ち切り、アンブレイカブルはふたたび右手を固め、床を蹴った。
    「交わす拳は、より多くを語ることでしょう。さあ、灼滅者たち。命を賭して、私と死合いなさい!!」


     ――説得が、届かない。
     その事実を前に、灼滅者たちは戦闘を開始するよりほかになく。
     詠子は回復を。
     梗花、キィンは『癒しの矢』をはなち、仲間たちへ支援を開始する。
    「これ以上は一文の得にもならんぞ。それでも暴れるというのなら、私は全力で貴様を倒す!」
     身構えていた聖羅が真っ先に行動を開始し、『SSR-30A “アルバトロス”』から魔法光線を撃ちはなち。
    「贖うのか、悔い続けるのか。それは、君自身が決めることだ!!」
     ライドキャリバー『空我』に騎乗した達人が、突撃とともに小太刀を一閃。
     しかしダークネスは、微笑みながらそれを回避する。
     弧を描き叩きつけた拳を受け止めたのは、天摩のライドキャリバー『ミドガルド』だ。
     打ち据えられ、床板にめりこんだサーヴァントの死角から、灰音は非物質化した騎士剣を手に、迫る。
    「殺ァァァァァァァ!!」
     殺気をあらわに振りかぶった剣が、霊魂と霊的防護を斬り裂いて。
    「君が愛した奴ってのは、君が殺めた奴だけなのか? 今まで心を許しあえる友は、一人もいなかったってのか?」
     鞭剣を手にした織絵は紅のコートをはためかせ、踏みこむなり叫んだ。
    「結局、後悔したままなのか、君は!!」
     うねる剣先がかろうじてダークネスの腱を薙ぎ、続いて繰りだされた陽太の槍が、ダークネスの脇腹をかすめる。
    「黒!」
     呼び声に応え、黒が漆黒の大鎌を掲げて。
    「蝶湖蘭先輩がやってきたことは決して『罪』じゃない! だから自分を見失わないで!」
     足元から伸びた影が、その身を幾重にも絡めとる。
     しかしダークネスは影を乱暴に引きはがすと、
    「そう、求めていたのは、この胸の高鳴りです……!」
     恍惚とした表情を浮かべ、ふたたび右拳で床板を打ち据える。
     達人と『空我』、詠子のライドキャリバー『ヴァンキッシュ』とともに衝撃波をかばい受けた片奈が、無残に砕けた道場の床を一瞥。
     口の端をもたげる。
    「もう、使い物にならないかもね」
     ――言葉を向けた相手に、この皮肉が届いたかどうか。
     桃琴は仲間たちの傷を確認し、浄化の風を招きよせる。
     その合間にも、説得の言葉は欠かさない。
    「本当に愛することって、きっとお姉ちゃん自身が分かっているはず。自分を強く持って!」
     重ねてシールドを広げるさかなを横目に見やり、同じく灼滅者たちをかばいに入っていた治胡も、蝶胡蘭へ向け言葉を向ける。
    「オイ。加藤の言う『愛』ってモンは、だれかれ構わず拳を振るう、浮気モンなヤツに負けるほど弱いのかよ!」
    「早く現実に戻ってこい、加藤蝶胡蘭!」
     艶やかな黒髪を乱し、聖羅もダイダロスベルトを射出。
     しかし、帯はダークネスの赤茶の髪を斬り裂くに留まり。
     踏みしめたピンクのスニーカーが、ギュッと悲鳴をあげた。
    「遅いッ!」
    「チョコラ!」
     声をあげ、超硬度の拳をかばい受けたのは天摩だ。
     転がるように殴り飛ばされたところへ、さかなと詠子が駆けつける。
    「オレも……罪を犯した。向きあうのは本当に苦しい。抱えきれるものじゃない」
     周囲へ向ける表情とは裏腹に、過ちは己の心深く巣食い、いまなお影を落とし続ける。
    「『贖罪』、甘い言葉っす。でもそれは、誰かから与えられるものじゃ、ないっすよ」
     間断なく向けられる攻撃をさばき、回避し、反撃を重ねながら、ハートブレイカーは嗤った。
    「ああ、やはり! 灼滅者の言葉はひとを想い、『愛』する心に満ちています。それにひきかえ蝶胡蘭は!」
     右手を封じた少女の名を語るたび、ダークネスの表情は嫌悪に染まった。
     傷を負った身を戦場から遠ざけながら、詠子も唇を噛みしめる。
    「過去は変えられない。けれど貴方の大切な人、私の大切なもの。私はもう、失いたくはない。貴方にも、もう何も失わせません!」
     せめてもの力にと癒しの矢をはなてば、キィンもさらに仲間たちの狙いを研ぎ澄ますべく、矢をはなって。
    (「加藤は、壊したいのか、壊したくないのか――」)
     思考は、一瞬。
     矛盾も葛藤も、ハートブレイカーと蝶胡蘭のものだろうと、意識を支援に集中させる。

     灼滅者と拳を交わすたび、ダークネスの動きは精彩をはなち、その表情は喜びに満ちていった。
     対する灼滅者は力を増していくアンブレイカブルに押され、壁として立ち回っていたサーヴァントが相次いで消滅。
     果敢に仲間たちへの攻撃をかばい受けていた支援者たちも、すでに余力を失っている。
     ハートブレイカーは灼滅者たちに対して好意的ではあったが、彼らを殺すことにためらいなどないようだ。
     幾度目かの衝撃波が灼滅者たちを襲い、達人のライドキャリバー『空我』も、限界を迎え消滅。
     投げだされた達人は受け身をとるなり、縛霊手を掲げ、叫んだ。
    「そのまま闇に身を委ねていたって、君はまた罪を犯すだけだ。そんなもの、贖罪にも何にもなりはしないんだ……!」
    「一度失った右手で、また失って。それであと、何をなくせば君は気が済むんだ!!」
     霊力の網にかかったハートブレイカーめがけ、織絵のバベルブレイカーが唸りをあげる。
     高速回転させた杭がその身を貫通するも、ダークネスの動きを止めるには至らない。
    「絶対、帰ってきてもらうよ!」
     桃琴は分裂させた光輪を味方の盾とし、気合を絶やすことなく、懸命に癒しを重ね続ける。
    「説得が叶わないのなら、ここで終わらせるまで!」
     対する灰音は灼滅を覚悟で果敢に斬りこんでいた。
     攻撃は、いくらかの傷を負わせはした。
     けれど。
    「充分、楽しませていただきました」
     跳躍したハートブレイカーの拳が弧を描き、灰音の胸に渾身の一撃を叩きこむ。
     騎士剣を取り落とした手は床板にめりこんだまま、二度と動くことはなく。
     続く黒が断罪の刃を振るうも、赤茶の髪をいくらか斬り裂くに留まって。
    「良い悪夢を」
     超硬度に固めた右拳が、黒の守りごと撃ち抜き、殴り飛ばした。
     壁に叩きつけられた細身の身体もまた、起きあがることはない。
     倒れた者たちのもとへ駆けつけながら、梗花とセイナが、叫ぶ。
    「『愛』こそが強さだ、って、言えることがとっても強いなって、僕は思うんだ。そんなに強い心なんだ……闇なんて吹き払って、よ!」
    「蝶胡蘭ちゃん、帰っていらっしゃい。貴方はそんな闇なんかに負けないはずよ!」
     立ち向かう仲間たちを前に、球児も声をあげる。
    「お前は何悩んでるんや。『愛』がわからへんのんか? それとも誰かを愛するんが怖いんか?」
     少女がなにを憂い闇に沈んだのか、球児にはわからない。
     それでも、言葉にせずにはいられなかった。
    「せやったら俺がお前の事愛したるわ。お前のこと、結構好きやってんで。俺は死なへん。ずっと一緒に居たる!」
     影ながら灼滅者たちを支えていた有無も、ここへきて声をあげた。
     行き場なく泣き叫ぶ感情。
     それらは、痛いほどに理解できる。
    「『愛』に向けた想いだけが真実だ。貴様の持ちうる『愛』は消えぬ! 拒絶されようとも消えはせぬ! 彼らの『愛』を、声を聞き給え!」
     罪は人ではなく己が赦すもの。
     それを言い聞かせんと、語り続け。
     光の刃を撃ちだし、牽制しながら、片奈はなおも笑みを浮かべた。
    「執念を見せたら、もう少し構ってくれるのかな」
     声が届かなければ、ここで終わらせるしかない。
     灼滅も叶わなければ、ハートブレイカーの拳は今度こそ血に染まり、二度と再び、蝶胡蘭が戻ることはないだろう。
     ダークネスとて、それは理解している。
     なればこそ、灼滅者たちに譲る気はなかった。
    「立ちあがる気力が、あるのなら」
     笑むと同時に、闘気を雷へと変換。
     急所めがけ斬りかかった片奈の身体へ、拳をねじ込み、殴りあげる。
     中空へ舞った手から、二本の竹刀が離れ。
     その身が床に落ちるより早く、
    「ハートブレイカー!!」
    「僕らは、蝶胡蘭と話をしてるんだ!」
     叫んだ聖羅の魔法光線がダークネスの左肩を焼き、追い討ちをかけるように、陽太が炎をまとわせた蹴りを、叩きつける。
     傷を負い、疲労を深める仲間たちを前に、達人は昔の事を想い出していた。
     かつて達人が闇に堕ち、戻った時。
     蝶胡蘭が、クラブの雰囲気和らげようしたことがあった。
     なんでもない日常の記憶。
     それでも達人にとっては、嬉しく、かけがえのない記憶で。
    「無他心通之事……。今は一偏の心を以って、君の心へ届かせる!」
     光をはなつ小太刀を手に、臆せず間合いへ踏みこんだ。
     道着をまとっただけの身に、深々と刃が沈みこんで。
     はなたれた幾度目かの衝撃波が、仲間たちを襲う。
    「織絵!」
     それまで回復と支援に徹していたさかなが、意を決し、織絵の前に身を投げた。
     幾度も傷を負った身で。
     どれほど無謀かは、己が一番、よくわかっていたけれど。
     仲間が立ち続けることこそが、蝶胡蘭への想いを繋ぐと、信じたのだ。
     案の定、攻撃を受けた身体ははね飛ばされ、そのまま気を失った。
     キィン、有無、治胡が駆け寄るなか、球児や桃琴の癒しのサイキックが場を満たしていく。
     だれもが、己にできる限りの力と覚悟をもって、ハートブレイカーに挑んでいた。
     勝算は見えない。
     この場から、無事に帰還できるのかどうかさえも。
     陽太に向けられた拳を、達人がかばい受けて。
     無残に転がり、動かなくなった達人を見やり、織絵は覚悟を決めた。
    「織絵お姉ちゃん……!」
     癒しを向ける桃琴に応える代わりに、ダークネスの前に進み出る。
    「まさか殺しが、『愛』だとでも?」
    「それもまた、ひとつの『愛』の在り方といえるでしょう」
     今なお、蝶胡蘭の気配は感じられない。
     けれど、この身の奥。
     闇の底に、蝶胡蘭が沈んでいるはずなのだ。
     陽太と聖羅が意を察し、立て続けに攻撃をはなつ。
    「胡蝶蘭が帰ってこられるなら、なんだってしますよ!」
    「これで、ケリをつけろ!」
     2人の射出した帯が、幾重にもハートブレイカーを斬り裂いて。
     織絵はその身にまとったオーラを拳に集束させ、駆けた。
     撤退条件など決めていない。
     退く理由もない。
     ――ここへは、連れ戻しに来たのだから。
    「殺すってのは背負うことだ。奪うだけで、相手に何も与えていやしない」
     同じく駆けだしたアンブレイカブルが、右手の拳を固め。
     同時に繰りだされた拳が、交差する。
     両の拳が互いの身を穿つ寸前、織絵は叫んだ。
    「チョコラ! 私に、友を、君を殺させるなッ!!」
     瞬間、ハートブレイカーの身を包んでいたオーラが、弾けるように消失。
     アンブレイカブルでさえも、理解できないといった表情を浮かべ。
    「帰ってこい!!!」
     織絵は万感の想いをこめ、百の拳を撃ちはなった。


     道場内は、散々なありさまだった。
     ぼろぼろに破壊された道場に、灰音、黒、片奈、さかな、達人。
     そして、織絵と蝶胡蘭が倒れている。
     球児や梗花をはじめとする仲間たちが、まだ意識のある織絵と、蝶胡蘭から、順に癒しを重ねて。
     そして――、
    「蝶胡蘭ちゃん、おかえり」
    「おかえり」
    「お帰りなさい、蝶胡蘭」
    「おかえりなさい、蝶胡蘭お姉ちゃん!」
     眼を見開いた蝶胡蘭は覗きこむいくつもの顔を認めるなり、「ごめんなさい」を繰りかえし、大粒の涙を流して泣き続けた。
     過去の己の成した『罪』。
     ――好きだった想い人を、強かったあの人を、振り向いて欲しいからという理由で殺めた。
     そして仲間たちにも、危うく『罪』を負わせるところだった。
     己の愚かしさを嘆く少女を、それでも灼滅者たちは、暖かく迎えた。
     なぜなら。
     今ここにいるということは、彼らの向けた想いが、蝶胡蘭を繋ぎとめたということだからだ。

     しばし体を休めた後、少年少女は互いを支えあい、道場を出た。
     燃えるような夕焼け色が、蝶胡蘭の髪も瞳も、赤く染めて。
     夕空にシャボン玉を吹かしながら、織絵は問うた。
    「君がいう『愛』ってのは、何だ」
     ――『罪』の意識は、決して消えない。
     ――己のしたことが、許されることはない。
     それでも。
    「大切なものを愛する想いが、私に、力をくれる」
     確かめるように、ゆっくりと口にして。
     蝶胡蘭は開いていた右手を、固く、握りしめた。
     
     

    作者:西東西 重傷:志那都・達人(風祈騎士・d10457) 央・灰音(大学生人狼・d14075) 竹野・片奈(七纏抜刀・d29701) 月影・黒(高校生七不思議使い・d33567) 七湖都・さかな(終の境界・dn0116) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年6月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ