瓦礫の先

    作者:長谷部兼光

    ●見えぬ希望
     瓦礫。
     瓦礫。
     瓦礫の山だ。
     堂々と聳え立っていた建造物の数々は跡形も無く崩れ去り、乗用車などは天地逆さに寝そべって、絶望が広がっている。
     周囲一帯、見渡す限りが瓦礫の荒野。
     粉雪が僅かに舞いふぶく曇天の下、一人の男が必死で瓦礫を掘り返す。
     居る筈だ。
     きっと。まだ。
     そう念じながら一心不乱に塵を除け芥を放り、荒れ野をほじくる男の目に飛び込んできたのは、瓦礫から生えた人の腕。
     仏頂面だった男がようやく笑んで腕の周囲の土砂と瓦礫を慎重に取り除いて見れば、それは千切れた腕だった。
     それ以外はいくら辺りを探しても見つからず、肩を落とした男は再び瓦礫の街を掘り返す。
     場所を移し、次に見つけたのは片脚。だが、やはりそれ以外の部分は見つからず、再び移動し、そして見つけた人の頭の、首から先は見つからなかった。
     それをずっと繰り返し、ようやく見つけた人の形。
     生きていてくれと胸に耳を当てれば、心音一つしなかった。
     亡骸だ。
     ……ああ。どうして。
     どうして誰も生きていてはくれないんだ!
     男は瓦礫を掘り返す。
     必ず、未だ何処かに助けを待っている生存者がいると信じて。
     ……だが、本当に居るのだろうか?
     何故だかもう、絶対に見つからない気がした。

    ●希望はいずこに
    「人を助けたい。人の助けになりたい、そういう職業につきたい。そう思うのは人として至極真っ当な感情だろう。だが、この悪夢を見せているシャドウはその手の話が気に入らない。だから徹底的に潰そうとする。無駄だ、無意味だ、偽善だと」
     とあるシャドウの行動を察知した、と神崎・ヤマト(高校生エクスブレイン・dn0002)は教室に集った灼滅者達に告げた。
     ダークネスは通常、バベルの鎖の力による予知があるが、エクスブレインが予測した未来に従えば、その予知をかいくぐり、ダークネスに迫る事が出来るだろう。
     ソウルボードと呼ばれる、人間の精神世界。
     そこに巣食うシャドウと相対するためには、シャドウハンターのESP・ソウルアクセスが必要だ。
    「見渡す限り、瓦礫の荒れ野。灼滅者と言えども気が滅入る光景かもしれないが、そんな景色を悪夢としてずっと見せられ続けている男は深刻だ。じき衰弱し、死に至る」
     放置する訳には行かないと、ヤマトは続ける。
    「この男をどうやってシャドウの見せる悪夢から助け出すか。それは簡単だ。生存者を見つける手助けをしてやれば良い」
     言葉で励ますか、自身も体を使って助けるか、方法は問わない。
     男に『絶対に生存者は見つかる』と、絶えず希望を持たせてやる事だ。
    「男が生存者を発見する事が出来たなら、男は自分が今置かれている状況が夢だと認識し、そして異変を感じたシャドウが現れる」
    『生きている人間は居ないのかもしれない。でもあきらめるわけにはいかない』。漫画ならここから生存者が見つかって、ハッピーエンドだ。
     だが、これはシャドウが見せる悪夢。
     灼滅者が関わらない限り、状況は変わりえない。
    「誰も助ける事の出来なかった男は、歩を止め、折れ、悪夢に沈んで死に行くのみだ」
     男が見つける生存者は、結局夢の産物だ。
     だが、心の奥底で男が一番欲している希望であり、悪夢を打破するための鍵。
     故に、悪夢を見せているシャドウとして、それは異物であり異変だ。
     だからこそ、姿を現す。
     シャドウは配下二人を伴って現れる。
     配下二人はクラッシャー。クロスグレイブと同性質のサイキック。
     シャドウ本人はスナイパー。クロスグレイブ、シャドウハンターと同性質のサイキックを使用する。
     二人の配下を撃破するか、シャドウにある程度のダメージを与えればソウルボードから撤退していく。
    「人の心はその人の物だ。まして善良な人間の心の内をシャドウが荒らして良い謂れは無い。そうだろう? 彼と彼の心を、守ってくれ」
     目を覚ませば、暑い夏が待っている。
     死につながるシャドウの悪夢を、ただの一夜の夢としてやってくれ。
     と、ヤマトは教室から外の景色を見やり、そう言った。


    参加者
    エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)
    レイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    槌屋・透流(トールハンマー・d06177)
    牧野・春(万里を震わす者・d22965)
    シフォン・アッシュ(影踏み兎・d29278)
    若桜・和弥(山桜花・d31076)
    水代・氷柱(小学生シャドウハンター・d34827)

    ■リプレイ

    ●ひとりじゃない
     いくら歩を進めても、瓦礫の荒れ野は終わらない。
     いくら瓦礫を掘り返しても、沸きいずるのは屍か、千切れた人の一部分。
     男の手指は真っ赤にかじかんで、慟哭だけが顔にはあった。
     ……もう、きっと生きている人は何処にもいない。いないに違いないと、諦めかけ、動きを止めた。
    「いないかもしれない、いない筈だ、いないに違いない。言い訳を探す事がお上手のようで」
     若桜・和弥(山桜花・d31076)が男に辛辣な言葉を投げ掛けたのは、そんなタイミングだった。
    「心が折れたので救助を打ち切りました、諦めて死ね、と。今生きて助けを待っている者に、そう言うおつもりで?」
     ややもすれば、厳しい言葉だった。
     だが、男は一瞬驚くと、その後僅かに笑った。
     安堵の笑みだ。
     誰も居なかった無人の荒野で、くずおれかけたその時に、強い言葉で背を押してくれた事が嬉しかったのだろう。
     男は真っ赤な手先を自らの息で暖めると、再び、瓦礫を掘り始める。
     貴方は何も間違っていない。
     そう言いきると、和弥も男の行動を肯定するように、瓦礫に手をつけた。
    「お手伝い、いらない?」
     和弥だけでは無い。シフォン・アッシュ(影踏み兎・d29278)の声に反応し、男が其方に振り向けば、瓦礫をめくり生存者を捜索する、複数の人の姿。
     灼滅者だ。
    「話せば少し複雑で、長くなります。だけど、どうか信じてください。私たちは、貴方のお手伝いに来た者です」
     牧野・春(万里を震わす者・d22965)は自分達の身の上を軽く説明しながら、生存者捜索を手伝う。
    「誰かを助けるって、誰かが困ってるってことダカラなー。複雑だよね」
     それに単純作業を一人でずっと繰り返してたら気も滅入るよね、と、 エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)が瓦礫を引っ繰り返しながら訛りを持ってそう言った。
    「でも皆で探せば、あなたの探してるヒトもきっと見つかるよ!」
    「エルの言う通り。大丈夫、きっと見つかる」
     エルメンガルトに続き、槌屋・透流(トールハンマー・d06177)が男を励まし、瓦礫を除ける。
     その途中、透流はふと、手にした瓦礫をじっと見つめた。
     ソウルボードに来たのは初めてだが、手にある瓦礫の触感も、舞い散る雪が頬に触れ融けゆく感覚も、現実のそれと相違ない。
     だが、現状、この悪夢を構成する全てのものがシャドウの悪意で出来ていると考えると、興味深くはあるが、良い感情は抱けない。
     まるでシャドウの腹の中に居る様だ。
    「……焦るな。落ち着け」
     帽子に触れ、小さく首を横に振った。
     飲まれてはいけない。
     透流は自分に言い聞かせるように呟き、作業を続ける。
    「しかし……」
     瓦礫を除けたレイン・シタイヤマ(深紅祓いのフリードリヒ・d02763)の目に飛び込んできたのは、人の一部分。その形をした悪夢。
    「シャドウ……本当に趣味の悪い光景を見せてくれる……!」
     見渡す限りの荒れ野には、きっと無尽蔵の悪夢が埋まっている。
     生存者の存在を信じて瓦礫を掘れば掘っただけ……徒労と絶望を味わう。
     希望をへし折るためだけに作られた、反吐が出るような仕掛けだ。
    「生存者はいます! ……私、諦めませんよ! どんなに失敗しても、1人見つかれば1人助かるんじゃないですか……何もしなきゃずっと0人じゃないですか!」
     真に迫った祈りを瞳に燃やし、リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)は小さな手で必死に瓦礫をどかす。探してるのは彼独りではない、と。
    「みんなで探せば必ず生きてる人は見つかります……!」
     水代・氷柱(小学生シャドウハンター・d34827)は、鼓舞するようにそう言った。
     初めての依頼。
     自分一人では力不足かも知れないが、自分と、彼と、仲間の灼滅者と、そして氷柱の側に居るビハインド『ねぇさま』の力を合わせれば、きっと。
     氷柱は男を励まし、ねえさまと一緒に瓦礫をどかす。
     生存者を見つけるまで、決して諦めない。
     途中で諦めたら後で絶対後悔してしまうだろうから。

    ●終わる悪夢、続く悪夢
    「よろしければこれを。飲まず食わずでは、生存者を見つける前に、貴方が倒れてしまいます」
     テレパスを使わずとも、男の顔を一目見れば、重度の疲労は見て取れた。
     灼滅者が来るまでずっと、一人で生存者を探していたのだろう。
     春はドリンクバーで生成した栄養ドリンクを男に渡す。
    「スナックもアルよ! 腹に物を入れるとゲンキが出る! かもしれない」
     エルメンガルトも春に合わせ、手持ちのスナックを男に差し出した。
     ここは夢の中。実際に腹が膨れたりはしないが、飲み食いすればそう言う『気』にはなる。
     夢の中ならばなおさら、気の持ちようは重要だ。
    「クモり空だから見通しが悪くてハッキリ見えないけど、きっと居るよ。アナタの助けを待ってるはず!」
     エルメンガルトが空を見上げれば、先ほどよりも雪が強くなっている気がした。
     生存者を求める男と灼滅者を強く否定するような、そんな空模様だ。
    「先が見えないと不安になりますよね。助ける側ですらこうなのですから、待つ側は尚更でしょう」
     夢の外は真夏だというのに、夢の中で和弥の吐く息は真白だ。
     ……この雪。
     生存者を覆い隠すためのものだろうか。
     だとすれば、荒れ始めた天候とは裏腹に、男は生存者を見つけるに足りうるだけの希望を見出しているのかもしれない。
     ならばこそ、悪意が雪となって捜索の邪魔をしているのか。
     ここは一つ、仕掛けてみる価値はあるかもしれない。
    「皆さん、一寸静かに……」
     リュシールが他の灼滅者に目配せすると、辺りはしん、と静まり返った。
    「向こうの方から声が聞こえない?」
     と、シフォンが男からそう遠くない地点を指差し、エルメンガルトも確かに物音が聞こえたとそれに同意する。
     言ってしまえば、これは灼滅者達が事前に口裏あわせをした芝居だ。
     そんな声は聞こえなかったし、シフォンが示した場所はアドリブに過ぎない。
     はずだった。
     だから本当に……その場所から、男でも灼滅者でも無い『声』が聞こえた時、指差したシフォンも、一芝居打ったエルメンガルトも俄かに驚いた。
    「……あっちの方から何か聞こえたぞ」
     透流は男を声が聞こえた地点へと誘導する。
     シャドウではないはずだ。
     出現するには、まだ早すぎる。
     だが念のためと、氷柱はねぇさまと共に男の護衛につく。
    「このような所に、いないだろうか」
     レインがとある瓦礫の隙間に耳を近づけると、確かに声が聞こえた。
     助けを求める、小さな声だ。
     男はそこに手を伸ばし、ゆっくり慎重に、一枚一枚瓦礫をめくる。
     途中、崩れ、男に襲い掛かりそうになった瓦礫をレインはその身で押し留め、
    「抑えておく。早くそちらを」
     男は頷くと、男はそっと、瓦礫から、小さな女の子……『生存者』を救い出した。
     呼吸をしている。
     ……生きている。
     ああ。ようやく。
    「ああ……ああ!」
     男は泣きながら、女の子を抱きしめる。
     生きていてくれた。
     これだけをただひたすら、今まで求めていた。

     最初に異変に気付いたのは、誰よりも周囲を警戒していた春だった。
    「あら、それは良かった。悪夢の打破おめでとう」
     聞き覚えの無い女性の声と同時に瓦礫が不気味に蠢き、直後視界が白い闇に包まれる。
     猛吹雪があけた後、灼滅者の眼前、瓦礫で出来た小高い丘の上に在ったのは、長い黒髪、黒衣の女性……シャドウだ。
     シャドウは男に、悪意を投げる。
    「でもそれは所詮夢の産物よ。目を覚せば消えてしまう、架空の産物」
    「判っている……」
    「貴方は現実で何も為していない……そんな妄想にすがり付いて、ああ、恥ずかしい!」
    「判っているんだ! だが……今だけは……!」
    「災害救助? くだらない! 無駄で、無意味で、偽善の道行きよ」
     やはりまずはこっちからへし折ってやらなきゃ駄目かしら、と、シャドウは灼滅者達に視線を移す。
    「……下がっていろ。ここからはこっちの仕事だ。任せろ」
     透流が男にそう促し、エルメンガルトが彼を庇うように立つ。
    「……無駄? 無意味? 偽善? こんな思い通りの箱庭で騙さなきゃそう主張も出来ない様な弱虫が偉そうに……!」
     感情を露にしたリュシールの言葉に、影は怒るでもなく、まぁ、そうよねとつまらなさそうに同意した。
    「サイキックアブソーバーが起動してからこっち、私たちは身を小さくして、こんなせせこましい世界で砂場遊びに興じるしかないんだもの。人の支配者たるダークネスが、よ。挙句それすら、人か闇か良くわからない連中に邪魔される始末」
     正しく悪夢だわと吐き捨てると、影周囲の瓦礫が律動し、寄せ集まり、人の形と、十字の武器を形成する。
    「この瓦礫の海に、埋もれて逝きなさいよ灼滅者。私の悪夢を少しでも和らげて頂戴」
     ……誰がそうしてやるものか。
     和弥は戒めるように己の眼前で両拳を撃ち合わせ、
     レインは白色の手袋をぐいと填め、スレイヤーカードを携えて、背中越しに男へ語りかける。
    「その手を伸ばすことを、諦めないでほしい。それが……辛い道かもしれなくとも」
     男が歩むために、今為すべき事は。
    「その闇を、祓ってやろう……!」
     影を見据え、ビハインド『モトイ』と殲術道具の封印を解除する。
    「貴女がどうにかしようとした人は、貴女よりずっと強い人なんだから! 残念だったね! ここから先はお仕置きの時間だよっ!」
     シフォンの周囲。
     降り注ぐ雪の結晶を斬るように、大量の剣影が舞った。

    ●荒野の十字架
     呪詛の如き凍てつく吹雪を弾くように、祝福の言葉が風となり灼滅者達を癒す。
     防御と回復を重視した灼滅者の陣形に隙は無く、影は面白くなさそうに舌打ちした。
    「ヒトに悪夢を見せて支配して、一体何がタノしいんだ?」
     エルメンガルトは影に訊きながら、同時に春を、冴え冴えとした白色のダイダロスベルト『風花』で覆う。
    「人なんて虐げる位しか使い道が無いでしょう? ただ……いえ。言葉を交わしても無駄ね。ダークネスだから、灼滅者だからって訳じゃない」
     きっと貴方はこの中の誰よりも、主義も主張も、何より見てきた風景が私と対極なのよ。死体や瓦礫の話ではなくてね、とシャドウは語った。
    「そして、『貴方』とは気が合いそうな気がするわ」
     影は会話の矛先を春に向ける。
    「見込み違いでしょう。弱者を支配するなんて、そんな事……」
    「あら、別に私は『あなた』に訊いたのでは無いのだけれどもね」
     だとしたら、影は『誰』に話しかけたのか。
     いや……他愛の無いブラフなのだろう。
     その手には乗らないと、春は人形の放った砲撃を右手に握った片刃の長剣で切り払い、左腕に装備したバベルブレイカー……その先端の銀(しろがね)に輝く杭を瓦礫の人形にめり込ませた。
     影の放った漆黒の弾丸が、レインに迫り、接触直前にモトイが守った。
     思わずモトイの名が口まで出掛かったのは、忌まわしい過去の記憶が今の光景に一瞬、重なったからだ。
     それでもその名を呼ばなかったのは、モトイが健在だったからだろう。
     その僅かな機微を見た影は、嘲笑う。
     理解しているのだ。
     灼滅者がビハインドを持つ、その理由を。
     だからこそレインは努めて冷静に……黙示録砲で瓦礫を撃ち抜いた。
     氷柱を襲う瓦礫の攻撃を、エルメンガルトが引き受けた。
     氷柱は的確に前衛を癒し、ねぇさまは霊撃を瓦礫人形に見舞う。
     今はただ、味方の回復に全力を尽くすのみ。
     その全力は確実に、味方を勝利へ近づけるだろう。
     今回も。そして、その先も。
    「……貴様らは、気に食わん。ぶっ壊してやる。覚悟しろ……!」
     そんな氷柱の様子を一目見、透流は縛霊撃で思い切り瓦礫を殴りつけた。
    「……悪趣味な物、見せやがって」
     同時に放射された網状の霊力は瓦礫の一体を縛り、動きを鈍らせる。
     和弥はその隙を逃がさず瓦礫の人形を思い切り投げ飛ばす。
     合気の面影を僅かに残すそれは、しかし対ダークネス用に研鑽され、人形を地面に叩きつけると、瓦礫の人型はもう、周囲の地形と見分けがつかなくなっていた。
    「こんな光景見せられて、絶望を乗り切ったこの人は、きっとすっごい優しい人なんだと思うな」
     シフォンの周囲の影の剣が舞い、集まる。
    「それはそうよ。そうじゃないと、折り甲斐だって無いじゃない」
     この、女は。
    「……そんな優しい人に手を出すシャドウ、貴女は絶対に許さないんだから!」
    「影の剣……スペード、ねぇ。『罪を贖う』のは灼滅者の専売特許でしょう? 残念だけど、貴女達に下げる頭は……あら、あった」
     はいはい。御免なさい。
     瓦礫から拾った頭を、笑いながら玩ぶ。
     シフォンはそんなシャドウの挑発を意に介さず、集った剣は大きな影を形成し、人形を飲み込んだ。
     そして大きな影が分裂し、再び大量の剣影が雪景に舞った時、人形の姿は何処にも見当たらなかった。
     一人になったシャドウは瓦礫を蹴飛ばす。
    「ああ、やはり、人の内ではこの程度……我ながら、涙が出てくるわ」
     自由自在に外の世界を闊歩できれば、と影は嘆いたが、それは負け惜しみに過ぎない。
     余りにも傲慢で、悪辣なシャドウ。
    「……よくも、彼の気持ちを下らない夢で弄んだわね。痛い位解るのよ……一番最初の、最低の気持を思い出しちゃったじゃない!」
     ただ撤退するのを見送る訳には行かないと、リュシールが帯雷した拳を握る。
    「……ママ達がどうなったか気になって戻った時の気持ち……逃した弟達が無事でいる様に祈りながら必死に走った時の気持ち……全っ部、覚えてる!」
     それで殴れば、全く感じなかった手応えとは裏腹に、影の体はあっけなく、崩れ去った。
     恐らくこれはもう、触れれば崩れてしまうような、繰(く)り糸の切れ掛かった人形なのだろう。
     人形の頭だけが転がり、その『最低』がこの世界の標準よと嘯いた。
    「今までも、そしてこれからもね。現に外では多くのダークネスが闊歩し、今この瞬間にも人を殺」
    「……消え失せろ、外道」
     レインが残った頭目掛けて殲術道具を振り下ろし、影が霧散する。
     そして荒野には、十字の墓標が立った。

    ●ありがとう
    「見つかって良かったヨな! これで現実デモますます頑張れる……よな!」
     エルメンガルトがそう言うと、男は短くありがとう、と返した。
     感謝の気持ちは言葉の長さと比例しない。
     そこにはきっと、万感の想いが込められていた。
    「私もね、助けて貰ったんです。貴方みたいに探し続けた人に。頑張ってなんて気軽には言えませんけど……」
     貴方の願いは尊いって知ってます。
     リュシールはこちらこそ『ありがとう』と、笑顔で答えた。
    「悪い夢はここまでだ……あとは、希望だけ、持って帰れ」
     透流の言葉に男は強く、強く頷いた。
     そうして、灼滅者達はソウルボードを後にし、歩を進める。
     ――瓦礫の、先へ。

    作者:長谷部兼光 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年7月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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