征火燎原

    作者:西東西


     深夜。
     琵琶湖ちかくの旅館にて。
     夜闇にしずむ畳敷きの一室に、紋付袴姿の老羅刹がひとり、座していた。
     気温の高い夜ではあったが、戸窓はぴたりと閉めきって。
     眼前に据えたろうそくの炎を、ただ、まんじりと見つめる。
    「『この世界に「救い」をもたらさん』。その言葉に惹かれ、感興の赴くままついてはきてみたが。……大僧正の勢いも、もはやこれまでか」
     このまま天海大僧正側につくことも考えたが、最近の情勢をみるに、先の勝機は見こみ難い。
    「なれば安土城怪人のもとへ下るも一興。さて、繋ぎを如何したものか――」
     思案を巡らせようとした、刹那。
    「――天誅!」
     咆哮とともに障子戸が斬り裂かれ、飛び退いた老羅刹が顕現させた槍を手に構える。
     灯の消えた部屋に、月明かりが降りそそぎ。
     ぬるい夜風とともに現れたのは、獣人型スサノオ――ダンダラ羽織をまとった1体の狼だった。
    「壬生狼の追っ手か……!」
     逃走を試みるべく槍を繰りだすも、斬りこむスサノオに隙は無い。
     壬生狼は煌々と光る紅眼を向け、刀を構えた。
    「脱走者、阿賀谷・源内(あがや・げんない)。士道不覚悟により、一刀をもって誅伐を下す」
     老羅刹は槍の柄で刃を受けるも、突撃を仕掛けた狼は勢いのままに老羅刹を斬り伏せた。
     スサノオからはなたれた『畏れ』が、すぐに骸を覆いつくし。
    「立て」
     牙をむき、唸るように告げたスサノオの声に、老羅刹はふたたび立ちあがり、厳かに頭を垂れた。
     

    「天海大僧正側の末端のダークネスたちが、安土城怪人側に寝返ろうとする事件が続いている」
     教室に集まった灼滅者たちを前に、一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が事件の説明を開始する。
     造反したダークネスたちは秘密裏に琵琶湖に向かっているが、このまま逃亡を許せば陣営が瓦解しかねない。
     そこで天海は、造反ダークネスたちの捕縛命令を発令。
     派遣されたのは、新選組のような衣装をまとい、刀を手にした剣士のスサノオたちだ。
    「隊名は、『スサノオ壬生狼組』という。脱走者を粛清し、スサノオの配下として作り替えているようだ」
     安土城怪人側に寝返ろうとするダークネスを助ける必要はない。
     しかし壬生狼はダークネスだけでなく、周囲の一般人をも斬り殺す血に飢えた狼のようなもの。
     捨て置けば、旅館に宿泊している多くの一般客や、従業員たちが斬り殺されてしまう。
    「相手は強力なダークネス。とはいえ、一般人が手にかけられるのを黙って見過ごすわけにもいくまい。よってきみたちに、スサノオの撃退を願いたい」
     
     壬生狼のスサノオが扱うのは、『人狼』『日本刀』に似たサイキック。
     戦闘力の高い強力なダークネスであり、任務を確実に遂行するための、場に応じた判断力も持ちあわせている。
     隊を組み行動することもあるダークネスとあって、敵の連携も警戒してくる。
     戦闘時には、特に注意が必要となる相手だ。
    「なお、壬生狼が一般人に目を向けるのは、粛清が済んだ後だ」
     任務が終わるまでは、一般人には手出しをしない。
     つまり戦闘が終了するまでは、一般人避難についてはあまり考えずとも良いと告げ、一夜はさらに説明を続ける。
    「戦闘を仕掛けるのは、『壬生狼が踏みこんだ直後』か、『老羅刹を殺害した直後』としてくれ」
     スサノオが踏みこんだ直後に戦闘を仕掛けた場合、老羅刹はこれ幸いと逃亡を図る。
     一方、スサノオが老羅刹を殺した直後の場合は、スサノオと、スサノオの配下となった老羅刹の計2体を相手取ることになる。
     
    「――今回の襲撃だが。まだ、続きがある」
     一夜は予測を書きとめたノートに目を走らせ、さらに続ける。
    「壬生狼襲撃の5~10分後。老羅刹を救出するため、『札幌迷宮戦』にも出現した武者アンデッド、左内・紋十郎(さない・もんじゅうろう)が増援として姿を現す」
     武者アンデッドは造反したダークネスの保護を最優先として行動するため、老羅刹が逃走していた場合は出現しない。
     老羅刹が生存していた場合は増援として出現し、老羅刹とともに戦場から撤退しようとする。
     老羅刹がすでに殺されていた場合は、その場にいる壬生狼か灼滅者のどちらか一方へ戦闘を仕掛ける。
     この場合、武者アンデッドは『現れた時に有利である側を優先して攻撃』するという。
     
     考えられる方針は、いくつかある。
     しかしおそらく、どの方針をとったとしても一長一短。
     皆で良く検討して決めて欲しいと告げ、一夜は最後に、言葉を添える。
    「方針の内容に関わらず、実際の戦況がどう動くかは、皆の行動にかかっている」
     各陣営の思惑が複雑に絡みあう戦場。
     力を尽くし、状況を打開してほしいと告げ。
    「どうか皆、無事で帰るように」
     抱く感情を涼しげな表情の下に秘め。
     エクスブレインは深く頭をさげ、一同に想いを託した。


    参加者
    遠藤・彩花(純情可憐な元風紀委員・d00221)
    住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)
    七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)
    栗元・良顕(浮かばない・d21094)
    佐見島・允(フライター・d22179)
    加賀・琴(凶薙・d25034)
    炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)
    セティエ・ミラルヴァ(ブローディア・d33668)

    ■リプレイ


     壬生狼は煌々と光る紅眼を向け、刀を構えた。
    「脱走者、阿賀谷・源内。士道不覚悟により、一刀をもって誅伐を下す」
     老羅刹は即座に槍をかえし、刃を受ける。
     だが、狼の勢いを止めるには至らず。
     羅刹を斬りふせた壬生狼は、間をおかず『畏れ』をはなった。
     その時だ。
     ――ジリリリリリリリリリリリリ。
     とつじょ鳴り響いた非常ベルにまぎれ、方々から一般人の怒声や悲鳴があがる。
     続いて、人間がはなつには強すぎる殺気があたりを支配する。
     ふいに周囲が明るくなったかと思えば、視界にはいったのは光源をそなえ、武器を手にした少年少女――灼滅者たちの姿だ。
     たて続けにはなたれた氷刃は、立ちあがり、傀儡となったばかりの老羅刹がかばい受け。
     包囲する不届き者たちを見やり、壬生狼は牙をむいた。
    「なんのつもりだ、灼滅者」
    「あら。説明してあげる必要、あるかしら?」
     「厄介なのはお互いさまでしょ」と、初撃を撃ちこんだ七峠・ホナミ(撥る少女・d12041)が冷たく告げて。
     続く炎帝・軛(アポカリプスの宴・d28512)は戦闘音が一般人避難の後押しになればと、ESPの使用を控え、半獣化させた腕を振りかぶった。
    「ヒトに危険及ぶならば、討つ迄」
     銀の爪がひらめき、老羅刹の身をふかく引き裂く。
     しかし紋付袴が血紅に染まろうと、壬生狼は一向に意に介さなかった。
     もとより、捨て駒にひとしい扱いなのだろう。
    「切り崩せ」
     主の声を受け、老羅刹は回転する槍をごうと唸らせ、灼滅者めがけ踏みこんだ。
     傀儡とはいえ、熟練の槍さばきに衰えはみえない。
    「させません……!」
    「ぶんぶん!!」
     一対のシールドを構えた遠藤・彩花(純情可憐な元風紀委員・d00221)と、住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)の声に応えたライドキャリバー、セティエの霊犬が、仲間たちをその背にかばう。
     回復手として戦況を注視していた佐見島・允(フライター・d22179)がすぐに癒しを飛ばそうとするも、
    「――天誅!」
     『畏れ』をまとった壬生狼は灼滅者たちの包囲と連携を崩すべく、軛へ向け鬼気迫る斬撃を見舞った。
     間一髪。WOKシールドを手に一撃を受け止めたのはセティエ・ミラルヴァ(ブローディア・d33668)だ。
    「っ!」
     シールド越しに伝わる衝撃に手指が痺れ、畳を圧しつぶし沈んだつま先が、一撃の重さを物語る。
     なおも壬生狼が仲間の切り崩しにかかろうとするのを見てとり、加賀・琴(凶薙・d25034)の足元で影が蠢く。
    「スサノオを抑えます」
     小鬼の姿をした無数の影が駆けだしたかと思えば、やがてひとつの大きなあぎととなり、狼をむさぼり喰らう。
    「援護を!」
     叫んだセティエが集めたオーラで己の身を癒し、後退。
     状況をみて仲間たちに合わせようと考えていた栗元・良顕(浮かばない・d21094)は、声を受け、巨大なモノリスを構えた。
    「これなら、当たると思う……」
     『日陰』と名付けたそれは、月明かりを受け良顕に影を落とし。
     かすかに聖歌を歌ったかと思えば、まばゆい光の砲弾が老羅刹の身の真中を貫いた。
    「や、やるじゃねーか……!」
     羅刹が吹きとんだ隙に允が清めの風を招き、仲間たちの傷を癒す。
    (「俺も、ビビってる場合じゃねーや!」)
     胸元のタリスマンを握り締めそうになる気持ちを押さえ、いまだ人影やひとの声がする方向へ、逃げろと声を張りあげる。
    「新撰組の羽織りを着た狼って、見た目はカッコいいけどな」
     入れ替わるように踏みこんだのは、住矢・慧樹(クロスファイア・d04132)だ。
     利き腕に据えたバベルブレイカーを構え、
    「ちょっと、足踏みしといてもらおうか!」
     声とともに、畳敷きの床に渾身の一撃を見舞う。
     振動波は一瞬のうちに室内の床を飲みこみ、壬生狼と羅刹の足取りを鈍らせた。
     攻撃を受け、主をかばい続けた羅刹の動きはすでに鈍く、ホナミのはなった帯が、羅刹の脚をさらに切り刻んでいく。
    「我らに仇なすは、大僧正に刃を向けると同義。それを知っての狼藉か」
     凄む狼を前に、「なにをいまさら」と、ホナミが強気に睨みかえす。
    「邪魔だと思うなら、よそ見しないでしっかり狙っていらっしゃい!」
     威勢よく言いはなつと、薄暗くせまい廊下へ、駆けだした。


     戦場を移すのは、増援として出現する武者アンデッドの到着を少しでも遅らせるのが狙いだった。
     もっとも、極力旅館を荒らさぬようにと配慮していた灼滅者たちとは反対に、ダークネスの攻撃は容赦なく周囲を破壊しつくしていく。
     足跡代わりの破壊痕をたどれば、武者アンデッドはまっすぐに戦場へ駆けつけることができるだろう。
     幸いだったのは、非常ベルを利用した対策が功を奏し、一般人の気配が周辺から完全に消え去ったことだ。
     建物への被害は出こそすれ、ここでダークネスたちを灼滅できれば、一般人への被害を完全に抑えることができる。

     ――ジリリリリリリリリリリリリリリリリ。
     非常ベルはなおも鳴り続けている。
     繰りだされた壬生狼の刀をいなし、周囲に目線を走らせ軛が告げる。
    「近くに、宴会場があるはずだ」
     おなじく事前に旅館の間取りを調べていた允も気付き、記憶を探った。
    「ミラルヴァ! その先を左だ!」
     すぐさま先頭を走っていたセティエが駆け、示された扉を押しひらく。
     団体客向けに用意された部屋なのだろう。
     客室よりもはるかに広い畳敷きの空間は闇に沈んではいたものの、きれいに片づけられ、障害物なども見当たらない。
    「七峠さん、こちらへ!」
     声を受けたホナミはダークネスたちの注意をひくべく、ふたたび氷刃を撃ちはなつ。
     傀儡となった老羅刹は、ただただ、眼前の敵を追い続け。
     豪快に槍を操りだし、セティエ、ホナミを狙い討つべく、迷うことなく宴会場へ飛びこんだ。
     一方、壬生狼は灼滅者たちの立ちまわりが気に喰わない。
     取り囲む灼滅者たちの足並みを崩すべく、足を止め、傷を負った灼滅者をしつように狙い続ける。
    「破ッ!!」
     慧樹めがけ重い斬撃が振り下ろされるも、横合いから飛びこんだ霊犬がそれを許さない。
     ギャンと悲鳴をあげ、廊下の壁に叩きつけられたサーヴァントが消滅した、その時。
     ――ピピピピピピピピ。
     スサノオの襲撃から5分後に鳴るようセットしていた允のアラームが、非常ベルに紛れ時をしらせる。
     先に宴会場へ入った攻撃手たちは、老羅刹を相手に果敢に立ちまわっている。
     老羅刹は満身創痍。
     だが、このままスサノオとの戦闘に手間取れば、武者アンデッドは遠からずここに現れるだろう。
    「ヤベェよコレ……マジやべーって!」
     足を止めた壬生狼の猛攻はとどまるところを知らない。
     スサノオの周囲に立つのは、中衛、後衛の灼滅者が多かった。
     ゆえに彩花は彼らの壁となるべく果敢に攻撃を受け、允がその傍から癒を重ねる。
     だがそれも、長くはもたない。
    「きゃあっ!」
     爪撃を受け廊下の壁に叩きつけられた彩花を見やり、慧樹は状況を打開すべく、叫んだ。
    「押しのけろ、ぶんぶん!!」
     主の声に応え、ライドキャリバーはタイヤを鳴らし、急加速。
     スサノオめがけ突撃を仕掛けると、その勢いのまま宴会場への押しこみを狙う。
     良顕は『静かになる』と題された本を開くと、「否定」を意味する一節を読みあげ、魔力の光線をはなった。
     光は、狼の肩を深く抉るように焼ききっている。
    「……こんな感じで、良いのかな」
    「上出来です」
     即答した琴が一足飛びに間合いをつめ、己の片腕を異形巨大化させて。
     拳を固く握りしめるや、壬生狼の頬骨を粉砕すべく剛腕を叩きつける。
     それまで強靭な精神力で立ちはだかっていたスサノオだったが、灼滅者たちの連携を止めること叶わず、たまらず宴会場内へ殴り飛ばされた。
     身を起こそうとするも、慧樹がそれを許さない。
    「燃え尽きろッ!」
     噴出させた炎を槍の一撃もろとも叩きつければ、狼の身とともに、色鮮やかなダンダラ羽織が灰塵と化していく。
     一方、羅刹との戦いにはライドキャリバー『ぶんぶん丸』が駆けつけ、対峙していたホナミとセティエを援護。
     積極攻勢を仕掛けていたホナミのダイダロスベルトが、血にまみれた着物ごと片腕を斬りおとした。
    「セティエ!」
     呼び声に応えるように、赤い髪をなびかせたセティエは深く沈みこみ、地を蹴った。
     跳躍する足元で、まばゆい煌めきがいくつも弾け、
    「あなたの命運は、ここまでよ」
     腕をなくし、体勢を崩したままの老羅刹へ、重力を宿した飛び蹴りを炸裂させる。
     傀儡の身が塵と化し、怨嗟の声をあげ四散するのを見送って。
     残るはスサノオのみと、灼滅者たちが壬生狼の元へ駆けつけようとした、刹那。
     ――オオォォオオオオン!
     咆哮とともに白炎を放出し、壬生狼がふたたび立ちあがる。
    「灼滅者ごときが、不届き至極なり!!」
     とっさに『ぶんぶん丸』が飛びこむも、居合い斬りにより両断されたライドキャリバーは消滅。
     腕を焼かれ、延焼する炎に身を焼かれてなお、スサノオの向ける敵意は揺るがなかった。
     むしろより凄惨に、荒々しくくりだされる攻撃を前に、壁役のセティエと彩花の体力が、じりじりと削られていく。
     やがて月のごとき衝撃波が、灼滅者たちを一斉に薙ぎはらい。
    「正直どっちが優勢でもいーけど、いや良くねーけど。ヒトに迷惑かかんねー所でやって欲しいぜ……!」
     允が幾度めかの清めの風を招き、ままならない戦況に唇を噛みしめる。
     軛もまた傷を負ってはいたものの、狼の耳をぴんとたて、宿敵であるスサノオの前に立った。
    「わたしは炎帝軛。斃(たお)すべき同胞よ。お前の名を聞こう」
     しかし、壬生狼が答えるより先に、戦場に居合わせた者たちは奇妙な振動に気づいた。
     建物全体を震わせるほどの揺れを感じたかと思うと、扉付近の壁が崩落。
     押し広げられた入り口から姿を現したのは、見あげるほどの体躯に甲冑をまとった武者アンデッド、左内・紋十郎。
    『脱走者は潰えたか……。いたしかたあるまい』
     暗い眼窩が、青白くひかり。
     凍りつくような殺気が、ひやり、肌を撫でた。


     宴会場内を一瞥した骨の武者は、大剣を振りあげ、渾身の力で獣の身を薙いだ。
    「前衛、守りを固めます!」
     彩花はすぐに体勢をたて直すと、周囲の仲間を含めシールドを展開。
    「攻撃を、スサノオに集中させてください!」
     武者アンデッドがいかなる判断をくだそうとも、できる限りダークネス2体の灼滅を目指すというのが、事前に決めた指針だ。
     壬生狼の間合いへ飛びこんだ琴の影鬼が、その身をきつく戒めて。
    (「左内紋十郎……。灼滅されてなかったのが判っただけでも、良かったぜ」)
     かつて一騎打ちを申し入れ惨敗した慧樹は、『札幌迷宮戦』でも戦場にその姿を探していた。
     ――だが今は、雪辱を晴らす時ではない。
    「頭切り替えて、集中っ!」
     足元から伸びた影をはしらせ、炎にまかれた獣を斬る。
     続いて、ふたたびモノリスを構えた良顕が、光の砲弾を見舞って。
     容易には崩れない包囲網に、連携攻撃。
     かと思えば、見ず知らずの武者アンデッドが乱入し、己を攻撃する始末。
    「死にぞこないが何用だ!」
    『主命により、恩義に報いらんと参上したまで』
     超弩級の一撃を受けたスサノオの身体がひしゃげ、畳に埋まる。
     允が仲間たちを後押しすべく癒しを重ねれば、縛霊手を掲げたセティエが壬生狼を殴り、豪快に引き倒した。
     ローラーダッシュで迫った彩花が、炎をまとった激しい蹴りをはなって。
     より激しい炎が獣の身を包み、燃えていく。
    「同じ得物の使い手。心躍らぬと言えば嘘。その火まで絶やすのは惜しいが――」
     手にした刃の切っ先を狼へ向け、軛が構える。
     大地に眠る『畏れ』をまとい、一閃。
    「お前に守らねばならぬものが在るように、わたしたちにもまた、守るべきものが在るのだ」
     告げた同胞の言葉は、壬生狼の耳に届いたかどうか。
     身を焼かれ、斬り裂かれた狼は、結局、名乗ることなく灰塵へと帰した。


     左内はともに壬生狼を討ったとはいえ、先の戦争で戦った敵同士。
     スサノオの灼滅を見届けた灼滅者たちは、間をおかず撤退に移った。
     仲間たちが駆け行くなか、慧樹は振りかえり、ひとつだけ教えてほしいと、問いかける。
    「左内。あんたは、阿賀谷の寝返りって行動、どう思う」
     それを問うたのがかつて己に挑んだ少年であることを、武者アンデッドは覚えていた。
     そうと知ったうえで、返した。
    『住矢慧樹。おまえは、なにをもって裏切りとする。なにをもって信の証とする』
    「なにって――」
    『相互の信頼なくして、「裏切り」は存在しえない』
    「住矢君!」
     しんがりを務めていた彩花が、足を止めた慧樹へ呼びかける。
    「行きましょう」
     警戒したセティエも駆け寄り、強引に腕を引いた。
     左内は去りゆく少年少女たちを追うことなく、灼滅者たちとは別方向へ去っていく。
     あのまま、武者アンデッドが一般人を殺さずに帰投するという保証は、どこにもない。
     それでも。
     すでに満身創痍の灼滅者たちには、見送ることしかできなかった。

     裏口から夜闇に身を隠し歩けば、旅館の正面に大勢の人影が見えた。
     非常ベルの音を聞き館外へ避難していた一般人たちが、不安げに旅館を仰いでいたのだ。
     ――ひとつ過てば、喪われていたかもしれない、多くのいのち。
     不安にさらすことになったとはいえ、灼滅者たちの胸には安堵が広がっていた。
     このうえ、ダークネス2体を灼滅することができたのだ。
    「1体でも多く討つことができたのだ。贅沢は言うまい」
     軛に続き、それにしてもと、琴が息をつく。
    「天海大僧正と安土城怪人の争い、ですか」
     かつて西教寺を調査した際、琴は天海大僧正と直接対峙している。
    「あの時、あれほど脅威を感じた天海が、部下に離反されるほどに追い詰められているなんて……複雑ですね」
     このまま二勢力の戦力差が開きすぎるのは、どうにも嫌な予感がしてならない。
    「つーか、天海の言う『救い』てのは何なんだ?」
     允の問いに答えられる者は、どこにも居ない。
     可能であれば老羅刹に尋ねてみたかったが、傀儡となり果てた身にいくら問うたところで、返る声はなかっただろう。
    「今は退くけれど、今夜の事はきっと、次の機会に繋がるはずよ」
     ホナミの言葉に、一同がそろって頷く。

     言葉交わす仲間たちをよそに、良顕は長いマフラーに首を埋め、胸中でひとりごちた。
    (「さむい」)
     ――各勢力のダークネスたちが、いったい何を考え、行動しているのか。
     気にならないでもなかったが、いま考えたところで、忘れてしまいそうな気がする。
     仲間たちの会話は、いつまでも尽きる様子がない。
    (「……どうでもいいや」)
     いまは一刻も早く学園へ戻りまどろみに身を委ねたいと、良顕は眼鏡を押しあげ、眠い眼をこすった。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年8月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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