●蠢くモノ
草木も眠る丑三ツ時。
完全な暗夜の下。
民家から漏れ零れる明かりも無く。
『それ』の姿を辛うじて曝し出す事が出来たのは、不規則に明滅する壊れかけた街灯の、弱々しい光だけだった。
赤と黒が入り混じった禍々しい体色を持つ芋虫が、毒蛾の如き紋様の大きな羽をはためかせ、しんと静まり返った住宅街を彷徨する。
その体躯の……腹部に当たるであろう部分は大きく膨れ上がり、芋虫の意思とは関係なく脈打ち、蠢く。
ナニカが腹の中に入っているのか。
その数は4つか。8つか。いや……。
不吉不快を凝縮した風体の芋虫は暫く、当ても無く飛び回っている様子だったが、やがて何かしらの目星をつけたのか、一軒の民家を民家を目指し羽ばたく。
民家の2階。
不用意にも窓が開いている。
芋虫が部屋の中を覗き込むと、そこには静かに眠る少女の姿。
芋虫は部屋に進入し、そして少女のソウルボードに侵入する。
仮面をつけた頭部から入り、大きな羽を押し込んで、膨れた腹を捻って詰める。
そうしてシャドウの姿が現実世界から完全に消え、一人残った少女は暫くうなされた後……再び、何事も無かったように静かな寝息を立て始めた。
●絆の完奪
「『君の絆を僕にちょうだいね』……この台詞、覚えていますか?」
見嘉神・鏡司朗(高校生エクスブレイン・dn0239)が教室に集った灼滅者に訊く。
忘れもしない。それは宇宙服の少年『タカト』が、人々に『ベヘリタスの卵』を植えつける際に良く口にしていた台詞だ。
だが、最近はその言葉も耳にしなくなって久しい気がする。
「それは事実です。ここ2ヶ月以上、私を含むエクスブレインの全員が、ベヘリタスの卵に関する事件を予知できていませんでした」
事態が何一つ解決していなかったのに、ある時期を境にベヘリタスの卵に関する予知がぷつりと途絶えたのだ。
「これは彩瑠・さくらえ(望月桜・d02131)さんが齎してくれた情報です。簡潔に、結論だけを述べましょう。かの宇宙服の少年はベヘリタスの卵の完全羽化に成功し、最早卵を一般人に植え付ける『必要自体が無くなった』。故にこちらが予知出来なかった。元凶である彼自身が行動を起こしていなかったのですからね。そう言う理屈です」
ベヘリタスの卵の完全羽化。
それは、『ベヘリタスの卵事件』が、次の段階へと移行しようとしている事実を示していた。
「今回の依頼の目的は、卵から羽化し成長したシャドウの灼滅です」
ここからが本題ですと前置きし、鏡司朗は説明を続ける。
「蛾型のシャドウが入り込んだソウルボード。その主である少女が目を覚ます前に、あなた方もそれを追いかけてソウルボードへ進入し、シャドウを撃破してください」
午前2時15分。
その時間きっかりにシャドウはソウルボードへの侵入を完了する。
灼滅者が行動を起こせるのは、その後だ。
「シャドウがソウルボードに入り込む『前』に何かしらの接触をしようとした場合、相手のバベルの鎖に察知されます。そうすれば少女のソウルボードへの侵入を諦め、別の人間の夢の中に入ってしまい、対処不可能となり、この時点で依頼失敗です」
逸ってはいけない、と言う事だ。
「ソウルボード内の風景は、桜舞う大学のキャンパス。彼女は高校3年の受験生ですから、『希望溢れる未来の景色』なのでしょうね」
そしてこれは、悪夢に変じる前の風景。
シャドウはソウルボードに入った直後である為、悪夢を利用した配下などはおらず、シャドウ単体のみとの戦闘になる。
少女の姿もない。
「ソウルボード内『での』シャドウの戦闘能力は高くありません。撃破自体はそう難しくないでしょう」
問題は、このシャドウがソウルボードを通じて他のソウルボードに撤退する能力を持たない事だ。
「つまり、シャドウをソウルボード内で撃破すると、そのまま現実世界に出現します。即座に此方もソウルボード内から脱出し、追撃を仕掛け灼滅に追い込んでください」
ソウルボード内で休んでいる暇はない。
何せ、時間を与えた場合、シャドウが現実世界に帰還すれば、その眼前には眠ったままの少女と、無防備状態の灼滅者が転がっているのだ。
それ以上は説明する迄もないだろう。
「飛び起きた勢いそのままシャドウを2階の窓から放り出して、街路での決着を」
現実世界に現れたシャドウの戦闘能力は、ソウルボード内のそれとは比較にならない。
今の灼滅者の実力であれば、決して倒せない敵では無いが、全力で掛からなければそれも叶わない相手だ。
蛾型のシャドウはソウルボード内、現実世界共通でポジションはクラッシャー。
ヴォルテックス、サイキックフラッシュ、シャウト、ブラックフォームを除いたシャドウハンターと同性質のサイキックを使用する。
「シャドウの形状をより詳しく語るなら……そうですね。絆のベヘリタスを芋虫状にして蛾の羽をつけた感じ、と形容するべきでしょうか」
ベヘリタスと良く似た、しかしベヘリタスとは違う姿のシャドウ。
一体何が目的なのかと問い質したい所だが、意思の疎通が可能な相手ではないだろう。
また、このシャドウの大きく膨れ上がった腹部には複数のシャドウが潜んでいる可能性があると鏡司朗は警告する。
「腹部で蠢くシャドウの戦闘力は非常に低いと思われますが……済みません。どの位の数が潜んでいるのか迄はわかりません。ただ、油断だけはしないでください」
申し訳なさそうに鏡司朗が項垂れる。
「総じて、このシャドウからは何か得体の知れない嫌な予感しかしません。腹部のシャドウを含めて確実なる灼滅と、そしてこれが一番重要です。どうか……」
全員無事の帰還を。
鏡司朗は静かにそう締め括った。
参加者 | |
---|---|
華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389) |
天雲・戒(紅の守護者・d04253) |
霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884) |
鏡・エール(カラミティダンス・d10774) |
諸葛・明(三国志アイドル・d12722) |
狩家・利戈(無領無民の王・d15666) |
桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357) |
ルナ・リード(夜に咲く花・d30075) |
●午前2時15分30秒
「『海よりもなお深き夢幻の底へ』」
シャドウのソウルボード侵入を確認した灼滅者達は、華宮・紅緋(クリムゾンハートビート・d01389)の導きでそれを追跡する。
目を瞑り、一瞬後に目蓋を開く。
「ソウルボードって夢アルヨね? 始めて入るケド、感覚は現実と変わらないアルね」
諸葛・明(三国志アイドル・d12722)の眼前に広がるのは、桜並木と新緑に彩られた大学のキャンパスだ。
空は青く、やわらかに降り注ぐ陽光は心地が良い。
間違いなく、春の景色。
そして穏やかなるその夢の中を、我が物顔で飛び回る赤黒の蛾。
全長、成人男性程度の体躯が、大型の翅をはばたかせ、膨れ上がった腹の内。
別種のモノ達が蠢めいている。
異形にして、異物だ。
一目見ただけでエクスブレインの言う『嫌な予感』が理解出来た気がした。
この侵略者は絶対に、碌な結果を齎しはしない。
身勝手に夢の中を彷徨していた芋虫が、ふと後追いでやってきた灼滅者の存在を認め、顔に貼り付いた仮面を向ける。
「女性の夢の中に侵入して、汚す……悪趣味なんだよ……芋虫!」
一片たりとも許せぬと、戦端の火蓋を切ったのは、天雲・戒(紅の守護者・d04253)だ。
ライドキャリバー 『竜神丸』の機銃を背に、最速で地を駆ける。
しかと握る聖剣は、赤黒蛾へ迫るにつれ、白色の輝きを増してゆく。
「殲滅してやるよ!」
眩い白光が影蛾の胸部を貫く。
戒が力任せにそこから聖剣を振り抜くと、影蛾はその反動で中空に放り出された。
蛾が翅で体勢を整えようとするその直前。
(「フム。予知が万能ではない以上、いずれこうなるとは踏んでいましたが……」)
『こう』なった……ベヘリタスの卵より、完全羽化と成長を果した影蛾の背後から、赤水晶のみで造られた妖の槍が陽光を透過させ、澄んだ緋色の一撃は影蛾を穿つ。
槍の銘は『Grief of Tepes』。
その主、霧渡・ラルフ(愛染奇劇・d09884)による強襲だ。
大きく膨れ上がり、不規則に脈打つ影蛾の腹はラルフが今居る位置……蛾の背後越しからでも良く見て取れた。
「いずれにせよ、ベヘリタスの力になるのは間違いありますまい」
影蛾の腹の他にもう一つ、ラルフの視界に映ったのは、冷気を帯び、氷塊を形成しつつある鏡・エール(カラミティダンス・d10774)の妖の槍。
「……確かに、なんだか良くない気配がしないことも無いケド、とりあえず今やれることを全力でやらないと、ね」
無論気を付けて掛かる準備は万全なのだが、それでもエールは『腹部のシャドウの正体』に対する嫌な予感が拭えない。
だが……情報の乏しい現状では腹を括って挑むより他に無いだろう。
メディックのポジションに着いたエールの霊犬『芝丸』は何時でも傷ついた灼滅者達を癒せるようにと、つぶさに戦況を観察する。
ラルフが影蛾の背後から飛び退いたと同時、エールは氷塊を射出する。
氷塊が強か命中し逆さになった影蛾はたまらず翅をばたつかせるも、地に堕ちるのは免れず、その最中、足掻きとばかりに黒弾を紅緋目掛けて発射した。
しかし紅緋はWOKシールド『コート・ドール』に影を宿し、展開したエネルギー障壁で黒弾を殴りつけ相殺した。
「久しぶりですね、『絆の』ベヘリタス。その仮面を忘れたことはありません……どういう理屈かは知りませんが、今度こそきちんと片を付けます」
この影蛾は、以前紅緋が遭遇したモノとは恐らく別のモノだろう。
だがそうだとしても、その仮面には借りがある。
「希望に満ちた、いいソウルボードです。だからこそ、シャドウに汚させるわけにはいきません……華宮・紅緋、これより灼滅を開始します」
影業『モンラッシェ』……血の池を想起させるそれが獲物に伸び、影蛾が墜落するより先に縛り、強く絡め取った。
●桜花
「アルアルアルアルアルアルアルアル!!」
両の拳にオーラを宿し、明が影蛾の翅、腹部、全身全体をくまなく乱打する。
最後の一発が仮面を殴り抜くと、影蛾は吹き飛んだが、未だ健在だ。
影蛾は滞空し、不吉模様で飾られた翅を大きく、強く、速く扇ぐ。
視認すら困難な領域で翅(は)ばたくに至ったそれが巻き起こしたのは強風だ。
強風はやがて大竜巻へと変じ、後衛に襲い掛かる。
大竜巻に身を引き裂かれかけたルナ・リード(夜に咲く花・d30075)を明は寸前で庇い、その身で暴風を受止める。
「弱い私じゃ……これくらいしかできないアル。だから全力を尽くすアル」
ルナはそんな明に短く礼を述べると、影蛾を見据えた。
「Vortex、ですか。野郎……!」
言の葉の内に見え隠れする、荒い単語。
ルナは『野郎』と呼び捨てにする程虫が大嫌いだった。
彼女が槍を翳し生成するのは恐怖でもなく、嫌悪感から来る怒気でもなく、冷たく凍てついた純粋な殺意そのもの。
形作られた鋭利な氷柱が蛾を貫き、体躯を芯から凍てつかせた。
その身に受けた氷の影響か、影蛾の翅が、複数ある脚が、細かく小さく痙攣を繰り返す。
「しっかしあれだな。こうして見てみると……けっこうキモい外観してるよな、こいつ」
狩家・利戈(無領無民の王・d15666)の言葉に灼滅者達は満場一致で頷いた。
利戈の護符が、心中の暗い想念を吸い上げ、黒く染まる。
(「なんだかよく分かんねえけど、きな臭え……」)
利戈とルナは当初、この蛾を撃破する直前のタイミングでソウルボードを離脱し、一足先に現実世界で待ち構えるつもりだった。
しかし。
人の心中・ソウルボード。
目的不明の影蛾。
その腹部で蠢く正体不明のシャドウ。
『蛾の体力』を見極める術は無い。
相対する影蛾は手負いのように見えるが、そう謀って油断を誘っているだけなのかもしれない。
不確定要素が多すぎる。
離脱を行う意味は薄い。
故に。
「ここはきっちりかっきり、潰しといた方が良さそうだぜ!」
戦場で信じられるのは、共に戦う仲間と、己のサイキックだけだ。
利戈が黒符の弾丸を放ち、刹那、それが命中した箇所を寸分の違いも無く、桜乃宮・萌愛(閑花素琴・d22357)のバベルブレイカーが抉った。
戦闘中の萌愛はそれこそクールビューティを絵に描いた所作そのものだったが、その胸中は……。
(「ぶよぶよ……うにょうにょ……か、感触が……!」)
穏やかではなかった。
萌愛も虫が得意な方ではない。
背筋に走る怖気をぐっと堪え、パイルを高速回転させる。
キィ、と、影蛾が蟲とも動物ともつかない悲鳴をあげる。
萌愛は若干、顔を顰めると、バベルブレイカーの駆動音を最大まで引き上げた。
影蛾がもがく。
萌愛は意図して蛾を視界から外し、咲き誇る桜並木に目を向ける。
美しく、咲き乱れ、影蛾はやはりこの夢に相応しい存在ではない。
夢の中の桜はいくら花びらが舞い散ろうとも緑の葉を覗かせることなく……。
……否。
この量は尋常ではない。
風に掬われた幾多の花吹雪が、陽光を、キャンパスを、灼滅者の視界全てを桜色に染め上げる。
萌愛の持つバベルブレイカーの杭先からは『嫌な感触』が失せ、同時に夢の中にあった影蛾の気配が消えた。
この異変は影蛾が撃破される直前、目くらましのつもりで引き起こしたのかもしれない。
……影蛾が夢の中より撤退したとて、これはまだ序盤戦。
乱舞する桜花の中、灼滅者達は即座に現実へと帰還する。
●夢の続き
粘つくような半端の涼しさは、夏の残滓が色濃い9月上旬特有の物。
夢の中とは対照的な、丑三つ時の夜闇。
部屋の主である少女は、眠ったままだ。
よほど眠りが深いと見え、一寸やそっと程度の物音では起きないだろう。
「……ん?」
目覚めた明は、自身の体に違和感を覚えた。
何処かが悪い訳ではない。
逆だ。
夢の中で負ったダメージと全てのエンチャント、バッドステータスが消えている。
いや、消えているという表現は正しくないのかもしれない。
『肉体は最初から戦ってすらいない』のだから。
全ては夢の中の出来事、と片付けられれば楽な話だが、現実世界に出現した影蛾が、誰よりもそれを許さないだろう。
条件は共に同じだ。
「完全な死斬り直し、か。行くよ、メイキョウシスイ!」
エールは手にしたスレイヤーカードから殲術道具と芝丸を開放する。
芝丸は渋い声でわふぅ! とエールに返したが、直後に強い警戒を含む唸り声を上げる。
エールが首に下げるLEDライト。
手間を省くため、ソウルアクセス以前に点灯させたその光をきらきらと細かく反射する『何か』が室内に漂っている。
……その正体は、影蛾の鱗粉だった。
灼滅者全員が殲術道具を身に纏ったほぼ刹那、室内に充満した鱗粉が爆発を引き起こし、前衛全員が爆ぜた。
――速すぎる。だが奇襲ではない。恐らくこれこそがシャドウ本来の速度だ。
前衛の人数はサーヴァントを含め7名。
列サイキックの威力は減衰されているはずだ。
しかし、この威力はとてもそう思えない。
これが現実世界に出現したシャドウの実力だと言うのなら、気を抜けば全滅もありうる。
全員が間断なく全力を出し切らなければ、打倒は不可能だ。
「今回はもう回りくどいことは無し。正面から撃破してみせましょう」
紅緋が再び、モンラッシェで影蛾を縛り、萌愛が炎の蹴撃を見舞う。
そのまま窓の外へ追い出そうとするが、クラッシャー二人の力をもってしても影蛾はびくともしない。
頑強、過ぎる。
芝丸が浄霊眼で萌愛を癒し、間髪入れず、ラルフが螺穿槍を影蛾に突き立てると、シャドウは一瞬怯み、
「……利戈様!」
その隙を突いたルナのダイダロスベルトが影蛾を貫き、ようやくそのまま外に押し出す事が出来た。
影蛾が宙を舞う。
「ナイッシュー、ルナ! 後は任せな!」
窓の桟を蹴り、利戈を初めディフェンダー陣が暗夜に飛び出しそのまま反撃に転じる。
利戈の纏うバトルオーラ『王気・紅』。
灼熱の劫火の如きオーラを両手に収束し、影蛾目掛け放つ。
猛々しきオーラキャノンの光が夜闇に紛れた影蛾の姿をくっきりと炙り出し、
エールが光の終点目掛け槍を振るい氷柱を落とすと、氷塊が砕け散り、轟音が木霊した。
とは言え、目覚めた直後にサウンドシャッターは展開済みだ。
周辺の住人が気付く事は無いだろう。
……氷の次は鋼の拳。
明の超硬度の拳が天から影蛾の頭上を直撃する。
「行くぞ! 竜神丸!」
竜神丸は主である戒を乗せ、自由落下よろしく影蛾目掛けて突撃する。
竜神丸の突撃と同時、戒のクルセイドスラッシュが夢の中同様に影蛾を貫く。
だが手応えは感じられない。
戒の携えたハンズフリーライトが蛾の仮面を照らしたが、その無機質な相貌からは、喜怒哀楽、何も読み取れない。
ただ、不気味だ。
全員が街路に着地する。
集中砲火を受けた蛾はそれでも地に堕ちる気配すらなく……。
影蛾の翅が視認出来ない。
竜巻が来る。いや。
現実の影蛾が巻き起こしたそれの威力は、大嵐とさえ言えた。
●明滅
一言で評するなら、ふざけた強さだ。
竜神丸を含む5名のディフェンダー、7名の前衛。
サーヴァントも含め全員が何かしらの回復手段を持っている事。
全てが絶妙に噛み合い、現状は誰も倒れていないが、このまま戦闘を続けてこの状態を維持できるかどうかは難しい。
減衰しても強い列サイキック。それの比にならない威力の単体攻撃。そしてシャウト。
強敵だ。
しかし、格上と戦うなど、日常茶飯。
今はただ、灼滅を目指し刃を向けるのみ。
「旦那様も……シャドウ討伐に別所で戦っていらっしゃるのです。私も負ける訳にはいきませんわ……!」
ルナは覚悟を決める。
回復するという選択肢を捨てた。
自身の体に蓄積した殺傷ダメージは、最早ごまかしきれる物ではない。
「罪のない方を陥れる邪魔者は、お亡くなりになって頂きます!」
捨て身の螺穿槍は影蛾の仮面を貫き、そのまま頭部を捻じ切る。
それでも蛾は動きを止めない。不定の利点だ。
頭部が本当に頭脳の働きをしていたのかも怪しい。
欠けた頭のまま、影蛾が萌愛に体ごとぶつかろうとする。
それまで何とか冷静に振舞っていた萌愛だが、流石にこれは堪えられうる限度を越えていた。
「いやぁ! こっちこないで~っです!」
思わず、反射的に繰り出した閃光百裂拳が突撃を相殺し、そのまま拳の流星群が影蛾を圧倒する。
拳雨の終わりを狙い澄まし、紅緋の鬼神変が影蛾の胸を突く。
全ての膂力を乗せた攻撃、その衝撃が蛾の全身を伝播したのか、両の翅は抜け落ち、後に残るのは節らしき部分と膨れ上がった腹だけだ。
「クハハッ!」
ラルフのダイダロスベルト『Totentanz』が、蛾だったモノの腹部を貫く。
この時点で、ようやく影は息絶えた。
そして。
破れた腹から顔を覗かせたそれ『ら』は影蛾と同じ外見の。
不快と不吉を詰め込んだ小さな。
その数は4を越え8を越え16を越え……。
ざわざわと。
「複数居ると想定してはいたが……!」
戒が思わずそう口にした。
目算でざっと30は居る芋虫達はTotentanzを伝い、しかし途中でそれが殲術道具だと気付いたのだろう。
繋がれた色とりどりのシルクハンカチの半ばまで赤黒に覆った後、地に零れ、八方に散る。
「『仔』……デスか?」
ラルフはそう呟いたが、どうにもしっくり来ない。
ダークネスは生殖能力を持たない。
ベヘリタスの卵を『植えつけて』回っていたのはタカト。
だとすると、タカトは成長を果した蛾の腹に……?
ラルフはTotentanzの端先で、もたつく幼虫を払い落とし、灼滅者達はその場から一目散に逃げ出そうとする幼虫の群れを包囲する。
「光の少年……いったい何者なんだ! って言っとけばなんか映えるような気がする。いや、マジに何者なんだって感じなんだけども」
利戈が除霊結界を展開し、
「……というか! こいつら気持ち悪いアル! さっさと殲滅するアルヨ!」
明がパッショネイトダンスを繰り出せば、幼虫達は即座に霧散する。
数は居るが弱い。どのサイキックでも一撃だ。
灼滅者達は30余匹の芋虫を手分けして灼滅し、
「ベヘリタス・ザ・クラブ……!」
絆の完奪。
血を浴びたぬいぐるみ。
紅緋がその仮面にまつわる嫌な記憶を振り払い、赫色の霧を纏う拳の乱撃で最後の一匹を跡形も無く消し飛ばす。
そうして静寂を取り戻した街路で、萌愛は不得意な蟲から開放され弛緩したのか、足を縺れさせそのまま転び、エールが転んだ萌愛に手を差し出した。
「……これで、何事も無ければいいのだけれど」
エールはそっと、そう祈った。
しかし、タカトの存在がある以上、恐らくは……。
明滅を繰り返す不確かな街灯が、灼滅者達の道行を照らした。
作者:長谷部兼光 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2015年9月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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