集え、紅き竜のもとへ

    ●夜更けの高層ビル
     都会の夜空を背景に、高層ビルの屋上から、目映い夜景……人の営みを睥睨する者がいる。
    「人間など、我らダークネスの家畜にしか過ぎぬ」
     宣言文を読み上げるように朗々と語るのは、紅い竜人。その巨体は3mほどもあろうか。
    「下等な人間共は我等闇が支配せねばならん。弱きを従えるは、力を持つ者の義務」
     月明かりに光る紅い外骨格は、鋭い刃のような凶暴な突起物に覆われている。
    「我等は遍く王であり、絶対的な略奪者なのだ!」
     高々と挙げた手には、巨大な刀。
    「闇の同胞たちよ、半端者共や人間共に、我等が世界の支配者である事を今一度思い知らせよう。その名に、闇の誇りに凱歌を上げるのだ。我が千年帝国に、気高き牙よ集え!」
     夜景に向かって檄を飛ばした竜人は、屋上の内側へと振り向いた。そこには腐臭を放つ屍たちが、3体ひれ伏していた。
    「――クラウディウスが斯様に申していたと伝えよ。我が同胞たちに……行け」
     屍たちはのろのろと立ち上がり、屋上の出口へと消えていった。
     ひとり残った竜人はまた街へと視線を戻し。
    「これで半端者共も知るであろうな……我の動きを」
     呟く。
    「矜持無き者、言葉を二転三転させる者や、臆病者、卑怯者は歯牙にもかけぬが、もし、誇りある者が参ったならば、半端者といえど配下としてやらぬこともない――また」
     竜人は、呵呵、と短く笑い。
    「正々堂々と相対するならば、刃を交えてやらぬこともない」
     巨刀は、月光を映し邪悪に夜光する。
    「――黎嚇が欲しくば、力尽くで奪い返すがよい」
     
    ●武蔵坂学園
    「闇堕ちし、行方が判らなくなっていた伐龍院・黎嚇(レッドドラゴン・d01695)さんの動きが予知されました」
     春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)が緊張の表情で話しはじめた。
    「黎嚇さんは竜人型のノーライフキングとなり、都心の高層ビルの屋上を根城としています。そこから眷属のアンデッドを放ち、街のダークネスたちに呼びかけ、結束しようとしています」
     うわ、と小さく悲鳴を上げたのは黒鳥・湖太郎(黒鳥の魔法使い・dn0097)。
    「ご近所のダークネス同士で結束なんて、超ヤバいじゃないの」
    「そうなんです。しかもこのビル本体を自分の基地にしようとしてる節もあります。そうなったら大変困った事態ですし、救出も不可能になるでしょうね」
     机の上に都心の地図が広げられた。
    「現場はこの高層ビルです。この日の夜更けにアンデッドを放とうとしますので、そこに介入してください」
    「アンデッドは放っといていいの?」
    「良くないので、屋上の出口あたりで倒してしまってください。伝令用のアンデッドで大変弱いので、おそらく湖太郎さんだけでも何とか3体始末できるでしょう」
    「わかったわ。アタシがんばるから、黎嚇ちゃんのお友達は、速攻本人と接触してちょうだい」
     集った灼滅者たちは頷いた……が、典は難しい顔で、お友達か、と呟いて。
    「黎嚇さん……今はクラウディウスと名乗っているようですが、彼との接触には注意しなければなりません。予知にもありましたが、彼は正々堂々と相対することを望んでいます。奇襲などの小細工をした時点で即、侮蔑され、まともに相手にされない可能性があるのです」
    「矜持とか誇りとか言ってたわね」
    「ええ。灼滅者のプライドを示しつつ、真っ向から戦い、彼を倒したときのみ、黎嚇さんが戻ってくると考えてください。おそらく説得も非常に届きにくいでしょう」 
     灼滅者たちに動揺が走る。戦闘中に、黎嚇の灼滅者としての自我を呼び覚ますことができないというのか。
    「困難な事態です。しかし今回助けられなければ、もう機会は訪れないと思われます。ですから、もし救出が無理だと判断したら、その時は」
     典は灼滅者たちに深々と頭を下げて。
    「どんな手を使っても……灼滅を」


    参加者
    因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)
    斎賀・なを(オブセッション・d00890)
    高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)
    鷹森・珠音(黒髪縛りの首塚守・d01531)
    四津辺・捨六(伏魔・d05578)
    ユージーン・スミス(暁の騎士・d27018)
    真波・悠(強くなりたいと頑張るココロ・d30523)
    蔵座・国臣(病院育ち・d31009)

    ■リプレイ


    「ありがとうございました。後はオ……私たちだけで」
     斎賀・なを(オブセッション・d00890)が、屋上への電子錠を解除してくれた中年の警備員に、丁寧に頭を下げた。学園上層部のコネが効いているのだろう、警備員は無表情に黙礼すると足早に最上階の階段室を去っていった。
    「さて、いよいよクロードとの再会だな」
     四津辺・捨六(伏魔・d05578)が感情の読めない口調で呟き、サポートの仲間たちの方を見て、
    「アンデッドは、頼んだ」
    「ええ、任せてちょうだい」
     黒鳥・湖太郎(黒鳥の魔法使い・dn0097)がグッと拳を握って答えた。
     アンデッド対応に残るのは湖太郎と上里・桃(生涯学習・d30693)、化野・十四行(徒人・d21790)。実は十四行は『竜殺し』隠れファンであるため、今回の救出劇に馳せ参じたのだ。
     蔵座・国臣(病院育ち・d31009)が重たい鉄扉を細く開けると、
    『下等な人間共は……絶対的な略奪者……我等が世界の支配者……闇の誇りに凱歌を……』
     地上100m超の強風と共に、切れ切れではあるが、ノーライフキング・クラウディウスの演説が吹き込んできた。
    「正々堂々じゃないと相手しないとか、闇堕ちしてもくそ真面目なやつだね」
     鷹森・珠音(黒髪縛りの首塚守・d01531)が苦笑交じりに言った。
    「救い出したら、散々からかってやるんだから」
     口調は乱暴だが、黎嚇と彼女は長いつきあいである。本当は心配で落ち着かないのだ。
     高宮・琥太郎(ロジカライズ・d01463)は黎嚇……クラウディウスが求める戦いに思いを馳せる。
    「(灼滅者としての誇り、か。どうなんだろう、オレにそんな大層なモノがあるのかな。でも少なくとも仲間を……友達をこんな形で失くすもんかっていうプライドはある。絶対に連れ戻すから覚悟しとけ! クロちゃん!)」
     その琥太郎の心の声が聞こえたかのように、因幡・亜理栖(おぼろげな御伽噺・d00497)が、
    「僕の大事なお友達……絶対に助け出さないと」
     と小さく呟いた……その時。
    『我が同胞たちに……行け』
     クラウディウスがアンデッドに命を下した。
     灼滅者たちはそっとドアを閉めた。よたよたとやってきた3体のアンデッドは、灼滅者たちに気づきもせず、ドアのロックが解除されていることも意に介せず、屋上から塔屋へと入ってきた。吐き気を催す濃い腐臭がむうっと灼滅者たちを襲ったが、アンデット担当のサポート員たちが迅速に生ける屍を捕らえる。
     標識灯の緑色の光の下、灼滅者たちは熱い視線を交わしあい――。
    「古の英雄よ、我に邪悪を滅ぼす力を!」
     ユージーン・スミス(暁の騎士・d27018)の解除コードに続き、次々と武器を手にして戦場へと躍り出た。


     コンクリート製のフェンスの上で背中を向けていた紅い竜人は、ゆっくりと振り向いた。
    「はい、こんばんは-!」
     真波・悠(強くなりたいと頑張るココロ・d30523)が臆することなく声をかける。掲げた手には『ジョージくん』ストラップ。
    「ボク達は灼滅者だよ! 今日は、クロードさんをかけて、ボク達と勝負してね!」
     続けて琥太郎が、
    「良い月夜だね、クロちゃん。最近あんまり喋れなかったけど、元気してた……?」
     そこまで呼びかけてから、きっと唇を噛んで、月夜を背景に佇立している巨大な竜人を睨み付けて。
    「クロちゃんを返せ、クラウディウス。返事なくても力づくで返してもらうけどね!」
     捨六も愛車を傍らに、
    「俺たちには言いたいことが山程有るんだが、それはお前相手にじゃないからな。早いとこ消えて眠れ、悪竜」
     と、吐き捨てた。今回は説得の効果が薄いとみられるので、敢えて多くは語りはしない。下手な説得は逆効果になる恐れがあるからだ。
     なをは、竜人の内部に友人を透かし見ようとするように、メガネの奥の目を細めて。
    「よりによってノーフライキングと成り果てるとはな。エクソシストとして死神になり果てたお前を断罪する。神の名のもとに」
     続いてユージーンが、
    「力とは弱きを助け守る為にあるもの」
     竜人の檄に反論しつつ、月に照り映える聖剣を掲げる。
    「『ASCALON』は邪悪を滅ぼし世に安寧を齎す剣。邪悪なる竜よ、我らが竜殺しを返してもらうぞ」
    「そうですわ!」
     サポートの阿剛・桜花(年中無休でブッ飛ばす系お嬢様・d07132)がたまらず叫ぶ。
    「今まで伐龍院さんはクラブの皆さんや、沢山の仲間、そしてお友達のために戦っていましたわ。私も皆さんもそんな頼もしい伐龍院さんが戻ってくる事を望んでいるのですわ! 早く戻ってきて下さいまし!」
     呵……呵呵呵……。
     低い笑い声が聞こえた。竜人が笑っている。
    「早かったな、半端者共。とりあえず、我に堂々と相対したことは褒めておこう。最初に言っておくが、説得は無意味だ。黎嚇は永く深い眠りについておる。永遠に覚めぬ眠りにな」
     永遠に覚めぬ眠り、という言葉に、灼滅者たちは色めき立ったが、国臣がそれを抑えながら踏み出して。
    「ASCALON所属、蔵座国臣だ。伐龍院黎嚇を迎えに来た。武器はこの剣。この戦いではヒーラーを勤める」
     淡々と名乗りを上げた。
    「レッドドラゴン、クラウディウス……彼、伐龍院黎嚇が……クロードが任務を達成し、且つ命と仲間を失わないために、お前の力を使わせてもらったことには、礼を言う」
     鋭い視線がダークネスを見据える。
    「この戦いにクロードと釣り合う物を賭けられるわけではないが、私が負けて死んだならば、この体をやろう。先程見たアンデッドよりは丈夫だろう」
     呵呵呵呵……!
     クラウディウスがまた笑い、灼滅者たちは国臣の壮絶な覚悟に息を呑む。
    「見事な覚悟だ!」
     竜人は愉快そうに。
    「貴様、死体とならぬでも、我の配下としてやってもよいのだぞ」
    「断わ……」
    「なるわけなかろう!」
     国臣本人の拒絶の言葉を奪うように飛びだしたのは、大御神・緋女(紅月鬼・d14039)。
    「わらわの名は緋女! 紅月鬼の緋女なのじゃ! 紅蓮の如く、いざ参る! くろーどは返してもらうぞっ!」
     亜理栖も前に出ると『vorpal sword』を中段に構え、
    「真剣に戦う意志をもち、何も変な細工など持っていないということを示すために、僕は常に前衛にたち、自分の姿が常に君の視界に入るようにするよ」
     と宣言した。剣道をやっていた彼には、武士道精神に近いクラウディウスのスタンスは理解はできなくもない。
     珠音も得意の奇襲と、心配と不安をぐっと堪えて封印し、
    「くろたんはともかく……貴方は知らないよね。私の得物は帯と歌声だよ。こっちだけ手の内を知ってるのは、フェアじゃないからね」
     堂々と武器である帯に仕込んだダイダロスベルトを晒す。鷹嶺・征(炎の盾・d22564)も『ASCALON』を掲げ、
    「僕は『必ず連れ戻しに行きますので、お覚悟を』……黎嚇さんにそう申し上げたことがあります。きっと彼は憶えていてくれるはず……」
    「そうだとも!」
     珠音が辛抱たまらんというようにぐっと前に進み出た。
    「さあ、きっちり挨拶したし、もういいだろ、いくよ!」
     着物の帯に仕込んだベルトを、蜘蛛足のように八方から放った。


     竜人は屋上の縁から軽く跳び……軽くと言ってもその高さは2mほどもあったが……勢いよく放たれた珠音の鋼の帯は、その堅い外骨格をわずかに削るに止まった。
    「ちくしょう!」
     歯噛みして悔しがる珠音に、
    「はいはい、焦らないで!」
     悠が明るく声をかけながら、狙いを高める矢を撃ち込んだ。
    「今日の僕はエンチャント祭開催中だからね! これからだよこれから!」
     今夜の悠は、格上の能力を持つ敵に正面から対するため、仲間の命中能力を高めることを主目標にしている。
     とりあえず焦りは禁物である。まずは琥太郎が、彼らと同じ高さに降り立った竜人の足下を狙って踏み込んでいく。
    「また大胆なイメチェンしちゃってさ! そんなカッコじゃ、見かけてもクロちゃんだってわかんないじゃん!」
     それを見て、捨六はキャリバーのラムドレッドにも機銃掃射を命じた。着地した途端の足止め2連発に竜人の動きが一瞬止まり、捨六と国臣、ユージーンが聖剣を輝かせて斬りこんだ。
    「俺の誇りは俺が俺で在ること。そして信念を同じくする同志と共に在ること。それは、クロードが欠けては成り立たぬものだ!」
     3振の剣が竜人に決定的な傷を負わせられたわけではなかったが、相乗された眩ゆい光で、灼滅者としてのプライドを示すことはできたろう。
     なおは早速果敢に攻めこむ前衛に、防御を高める帯を投げかけた。竜人はすぐに反撃してくるに違いない。
    「まずは話ができる段階に……言葉が届かぬのなら、拳ならぬサイキックでの殴り合いで語り合える段階にもっていくとしよう」
     亜理栖は届かないと分かっていても、呼びかけずにはいられない。
    「一緒に戦ったことは何度かあるけど、戦いあうのは初めてだよね? ちょっと緊張というか、恥ずかしいというか……反面、期待してたし、楽しみでもあったかもしれない」
    『vorpal sword』に緋のオーラを載せて、正面から力一杯斬りかかっていった。
    「でも、やっぱりこんなのって、いやな夢だよ! 早く覚めないと……わっ!?」
     しかし竜人はその刃を無造作に堅牢な掌で受けて、押し戻し。
    「甘い甘い、やはり半端者共は、何もかも甘いわ!」
     反対の手には、いつの間にか長刃の短剣が握られていて。
     ズアアアッ……。
     そこから黒い竜巻が巻き起こった。
    「我らダークネスは悪の象徴、斯様なぬるさで倒せると思ってか!」
     竜巻はバリバリと音を立てながら後衛に迫っていく……。
    「鉄征!」
    「ラムドレッド!」
     国臣と捨六がキャリバーをメディックの盾になるよう呼んだが、間に合わず。
    「く……」
     毒に侵されつつ、なをと国臣が互いに、そして琥太郎に回復を施し始めたのを、ユージーンが広い背中でカバーする。
     珠音は竜人を睨みつけ、
    「貴方の言う通り、人間は甘いし、弱いよ。でも、劣ってるわけじゃない……いくよ、捨六ちゃん!」
     馴染みの捨六に合図を送ると、高らかに歌い出す。少女、少年、大人と、幾つもの声が重なったような不思議な歌声が、都心の夜空に広がっていく。竜人は歌の圧力にわずかに揺らぎ、捨六がその隙を狙って炎を宿したエアシューズで勢いよく滑り込んだ瞬間。
    「ボクたち、チームで一つだからね! でこぼこだけど補い合って、あなたに勝つようがんばるよ!!」
     悠の声が誇らしげに響いた。捨六は背中に彼の矢を感じ。
    「言葉でなく剣戟と銃声で語ろう。掛け替えのない友人だからこそ容赦はしない……絶対に外さない!」
     ガッ!
     腕の鋭い突起をかいくぐった蹴りは竜人の足首に決まり、バランスを崩したところに、亜理栖がすかさず指輪から制約の弾丸を撃ち込む。
    「おのれ……」
     転倒までは至らなかった竜人の短剣が、紅い輝きの長剣に一瞬で持ち替えられる。その切っ先は、先ほどから仲間のために献身的に矢を撃ち続けている悠に向けられた……が。
     ガツッ!
     剣が貫いたのは、ユージーンの白銀の甲冑であった。ユージーンは貫かれた脇腹から血を流しながらも、
    「俺の心も剣も決して折れぬ! どれほど堅硬な鱗であろうと打ち砕いてくれる!」
     鋼の帯を放った。よろめきつつ放った帯は命中こそしなかったが、竜人を一歩退がらせ、そこに回復成った琥太郎が槍から氷弾を撃ち込んだ。すかさず珠音が、今度こそとばかりに鋼の帯をザクザクと突き刺す。続いて捨六がこれ見よがしに塔屋からジャンプし、落差のある跳び蹴りを放った。そのキックはかわされたが、避けたところにラムドレッドがエンジン音も高らかに突撃し、なをが裁きの光を叩き込む。
     その間に、国臣はキャリバーにガードさせながら、ユージーンに癒しの光輪を授け、悠は亜理栖に矢を射込む。
     攻撃が当たるようになってきた実感は、灼滅者たちを勇気づける。珠音は張り切って高らかに歌声を響かせた……が、しかし。
    「……ウグッ」
     その歌声は唐突に断ち切られた。非物質化した竜人の剣が、華奢な胴に深々と突き刺さっている。
     ディフェンダーが庇う暇もない速さであった。灼滅者たちの連携攻撃に、深紅の外骨格は傷つき始めているのだが、それでも気合いの乗った一撃の、速さと鋭さよ。
     なにより……。
     ちょうど戦線に加わった桃が悲痛な表情で呻いた。
    「【ASCALON】は、黎嚇さんがダークネスの支配や暴力から人々を守るために作ったクラブですのに……」
     彼女が戦線に加わったということは、アンデッドを順調に始末できたということで喜ばしいはずなのだが、今の灼滅者たちには、この期に及んでも竜人の中に黎嚇の気配が微塵も感じられないことがショックだ。
    「僕は伐龍院君とまた一緒に戦いたいと思ってるんだよ……」
     亜理栖は黎嚇にもらった誕生日プレゼントをぎゅっと握りしめた。
     呵呵呵……。
     クラウディウスがまた笑った。明らかな嘲笑だ。
    「無駄だと言っている。説得など無意味だとな!」
     届かない言葉。友の心はまだ遠く。
    「……あはは、そうだったね!」
     苦しげに笑い返したのは、脇腹を押さえつつ、なをの裁きの光を浴びている珠音。
    「説得は無駄だって、最初っから言ってたもんね」
    「……そうだよな」
     琥太郎がキッと顔を上げ、振り切るように『Schwarz=Durchstechen』を構えた。
    「クロちゃんに言いたいことは、帰ったら全部言ってやる」
     渾身の力と想いを込めて紅竜に突っ込んでいく。
    「覚悟しとけ!」


     説得が届かぬことを改めて悟った灼滅者たちは、それまで以上に攻撃に集中した。もちろんクラウディウスも手を緩めることはなかったが、ディフェンダーはキャリバーを中心に献身的に攻撃陣を庇い、メディックは効率よく回復を行い、悠は竜人に幾度解除されても、根気よく狙いを高める矢を撃ち込み続けたので、彼らの攻撃力は増すことはあっても、減退することはなかった。
     言葉が届かないのなら、剣で、拳で、彼を救い出すしかないのだから――。
     竜人の紅い鎧は、灼滅者たちの想いが高まるにつれ、光を失っていく。
    「……なかなかやるな」
     さしものダークネスもとうとう屋上の隅に追いつめられた。彼を囲んでいるのは、傷だらけで息を荒げ、思い詰めた表情で武器を構えた若者たち。その後ろには、4名のサポート員が控え、さらに屋上出口付近では2名が不測の事態に備えている。
    「だが我は負けぬ! 退きもせぬ!!」
     竜人が手を挙げた。
    「(来るか!)」
     灼滅者たちは攻撃に備えて身構えた。が、予想外に、虚空から降ってきた紅い光は、クラウディウス本人に浴びせかけられて……。
    「ジャッジメントレイか!」
     怒りの叫びとともに、もう一筋の金色の光が紅い光を遮った。
    「正義がお前のどこにあるというのだ! 仲間や正義は伐龍院にとって、とても大事なものだった筈なのに!!」
     日頃クールななをが、珍しく熱くなっている。エクソシストとして共に成長してきた黎嚇を失いかけていることが哀しくて寂しくて、激高せずにいられない。
    「エクソシストとしてお前を止める!」
     なをがあらんかぎりの霊力を込めて放った光は、竜人の回復を中途で止めた。
    「よし、一気に行こう!」
     珠音が鋼の帯をタイミング良く放ち、
    「私たちは弱いよ。でも、弱い糸もつながれば、決して切れない絆になるんだよ!」
     仲間を、そしてまだ目覚めぬ友を鼓舞する言葉を叫び、
    「うん、絶対に取り戻そう!」
     琥太郎はロッドで魔力を叩き込んで熱い火花を散らす。
    「カバーや回復は俺らに任せて、お前さんらは攻撃に専念しな!」
     サポート隊の言葉に後押しされ、捨六はキャリバーと共に聖剣を振り上げて突っ込んでいき、悠もやっと弓を手放して流星のような跳び蹴りを決めた。ユージーンも、
    「黎嚇はまだ竜を屠り足りないはずだ……邪悪なるものに製なる一撃を!」
     裁きの光を命中させ、亜理栖は、
    「こんな変な夢、早く覚めちゃおうよ! ヤーーッ!」
     満を持してというように巨大な刀を高々と上段に振り上げた。しかしその刃が届くより早く、ターゲットの手にも紅い長剣が現れて。
    「鉄征ッ!」
     国臣は咄嗟に、自己回復させようとしていた傷だらけの愛車を、亜理栖と竜人の間に割り込ませた。
     バスッ。
     強烈な一刀を受け、鉄征は消えた。しかし国臣の表情は揺るがず、大きく一歩踏み込むと、光と化した『ASCALON』を深々と紅く堅い胸に突き刺した。同時に守られた亜理栖も、重たい刃を竜頭に真っ直ぐ振りおろす。
     ピシッ……ピシ……。
     凍り付いたように仁王立ちしたまま動かない竜人の、頭と胸を起点に、外骨格にヒビが広がっていく。
     ヒビは見る間に全身に広がっていき、固唾をのんで見守っている灼滅者たちの耳に……もしくは胸に。
    『いつも見ているぞ……』
     クラウディウスの最期の言葉が嗤い含みで響いて。
     ……カシャン。
     竜人はとうとう倒れ、紅い鎧は完全に砕けた。
     サラサラと風に吹き散らされ消えていく紅い骨片の中から現れたのは、白く清らかな光を放つ一振りの剣と――懐かしい友の姿。

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年9月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ