むつのはなちる

    作者:西東西


     夕刻。
     曇天の空に、二度三度、雷鳴が轟いた。
     ぬるい風が雨のにおいを運びくるなか、朱色に染まる路地裏を、ひとりの少女が転げるように駆けていく。
    「おれは、師匠や姉ちゃんみたいに闘って死ぬんだ! 闘って死ぬんだ……!!」
     少年を思わせる面差しは恐怖に引きつり、にじむ涙をぬぐおうともしない。
     ヒィヒィと、呼吸とも悲鳴ともつかぬ声をあげながら喘ぎ、走る。
     細くしなやかな身体にはいくつもの傷。
     身に着けたTシャツやジャージは泥や血にまみれ、ほそい脚先は裸足のままだ。
     震え、座りこみそうになる身体に鞭打ち、ただただ、無心に足を前にだし続ける。
     しかしふいに襲った激痛に、少女の身体は足元から崩れおちた。
    「カ……ハ! ァアア……ア!」
     身の内を這いまわる怖気と痛み。
     これまでに感じたことのない不快感に肌をあわだたせ、胸元をかきむしる。
     ふくれあがる気配。
     もう、足が動かない。
     顔を覆う手の、腕の皮膚が次々と裂けていく。
    「ああああぁあいやだあぁあああ死にたくない! 死にたくない、華! しづ子! だれか! だれか――」
     ――たすけて。
     言葉を紡ぎ終えるよりはやく、伸べた手はぼとりと地に落ちて。
     爪跡ののこる胸元を。
     引き締まった腹を。
     しなやかな脚の皮膚を。
     内より食い破り、生まれ出でたのは。
     芋虫の身体に蛾に似た羽を有した、おぞましい害蟲の姿だった。
     

     教卓の前に佇んでいた一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が、集まった灼滅者たちへ顔を向ける。
     いつものすずし気な表情は、そこになく。
     深いしわを眉間に刻み、事件の説明を開始する。
    「最近多発していた『ベヘリタスの卵』が羽化する事件。この件にシン・ライリーが関わっているのではないかという、伏木(d28213)の懸念が的中したようだ」
     いまにも雨の降りそうな、曇天の黄昏時。
     青森県八戸市の港町に、シン・ライリー配下のアンブレイカブルの少女――六実・咲也(むつみ・さくや)が現れる。
     アンブレイカブルはやがて身の内から食い殺され、多数の羽虫型ベヘリタスが出現するという。
    「おそらく、六実咲也のソウルボードには『ベヘリタスの卵』が植えつけられている。急ぎアンブレイカブルのもとへ向かい、ベヘリタスの駆逐を願いたい」
     
     出現する羽虫型ベヘリタスは、計30体。
     1体の戦闘力は灼滅者よりもすこし弱い程度のため、全滅させることはおそらく不可能。
     うまく相手取らなければ数におされ、灼滅者たちが窮地に立たされる危険性も高い。
    「ベヘリタスは戦闘を仕掛ける限り、反撃してくる。反対にきみたちが逃走すれば、追撃することなく撤退していく」
     つまり退く直前まで、ベヘリタスを相手取ることができる。

     なお、ベヘリタスが羽化する前に六実咲也と接触することも可能だが、咲也は錯乱状態にあるため、会話や説得はほぼ不可能。
     それでもなんらかの策を講じ咲也のソウルボードに入ることができたなら、救出することができるかもしれない。
     ただし。
     その場合は『ソウルボード』と『現実世界』でベヘリタスとの2連戦が発生。
     ダメージが蓄積する灼滅者とは反対に、ベヘリタスたちのダメージはリセットされるため、普通に戦うよりも苦戦を強いられることになるだろう。
     そのうえ、灼滅者とベヘリタスが戦闘をはじめれば、咲也は身の安全のため、目を覚ましてすぐに逃走してしまう。
    「実際にどうするかは皆にまかせるが、六実咲也はダークネス・アンブレイカブルだ。戦闘難度をあげてまで救出することに、意味があるのかどうか。その点をよく考え、覚悟のうえで臨んでほしい」
     
     今回の敵は絆のベヘリタスの卵から生まれた、本来のベヘリタスとは違う姿をしたシャドウだ。
     アンブレイカブルのソウルボードを利用し、ベヘリタスの卵を孵化させている者がいるとして。
     それがシン・ライリーなのか、そうでないのかは判然としない。
    「私たちエクスブレインの予知でも、どれだけのベヘリタスの卵が孵化しているかまでは、予測できない状態だ」
     とにかく、いまは可能な限り現れるベヘリタスを倒しておく必要があると告げ、一夜は一同へ向け、深く頭をさげた。


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    ミレーヌ・ルリエーブル(リフレインデイズ・d00464)
    アリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)
    神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)
    八乙女・小袖(鈴の音・d13633)
    化野・十四行(徒人・d21790)
    フリル・インレアン(小学生人狼・d32564)
    アルルーナ・テンタクル(小学生七不思議使い・d33299)

    ■リプレイ


     一年ほど前。
     朝陽に紅葉の降るなか、六実・咲也(むつみ・さくや)は灼滅者たちへむけ、言ったのだ。
    「おまえら。絶対、強くなれよ」
     ひとの子のように、無邪気に笑顔をむけるアンブレイカブルを前に。
     ミレーヌ・ルリエーブル(リフレインデイズ・d00464)は、何度も願った。
     ――ずっと。この日々が続けば、素敵なのに。
     ――この子に、灼滅者の素質があれば良かったのに。
     叶うはずがないと、わかっていたけれど。
     それでも。


     夕刻。
     曇天の空に、雷鳴が轟いた。
     ぬるい風が雨のにおいを運ぶなか、朱色に染まる路地裏を、錯乱したアンブレイカブル――裸足の咲也がかけてくる。
     現場に到着した時から、加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)が『殺界形成』を展開させている。
     あたりに一般人の気配はない。
     第三者への被害を気にする必要は、一切ない。
    「黄昏が過ぎる前には終わらせましょう。 ――Slayer Card,Awaken!」
     武器を顕現させたアリス・バークリー(ホワイトウィッシュ・d00814)の言葉に、仲間たちも次々とスレイヤーカードの封印を解除。
     灼滅者たちが立ちはだかるも、咲也は目もくれず、避けて進もうと動いた。
     しかし、化野・十四行(徒人・d21790)は即座に咲也に迫ると、
    「お前さん、言っただろう。あの時の言葉、そのまま返すぜ」
     手にしたWOKシールドを振りかぶり、言いはなつ。
    「『真っ向から、俺たちと戦いやがれ』」
     ガッと鈍い音が響き、少女の身体が吹っ飛んだ。
     いつか手合わせした時よりも、ずいぶんと軽くなってしまった、身体。
     けれど身を起こし、灼滅者たちへ向けた眼光は以前のように鋭いままで。
     涙にぬれた瞳に闘志が宿ったことを認め、十四行は口の端をもたげた。
    「闘って死ぬことは……闘者としては最高の最期だと、私は思う。貴殿もそれを望むか」
     八乙女・小袖(鈴の音・d13633)の問いかけに答える代わりに、咲也は間髪をいれず、脚を閃かせる。
     ――小袖と同じく、カポエイラの流れをくむ足技。
     見切れず蹴り飛ばされた小袖と入れ替わるように、神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)とアルルーナ・テンタクル(小学生七不思議使い・d33299)が帯を射出。
     肩を貫かれたアンブレイカブルの身体が、傾く。
    (「これは慈悲とか情けとか、そんなためではなく。厄介とか、面倒を減らすため」)
     己の行動の『境界』を維持するために、柚羽は思考を続ける。
     いっそ、呪いや恨み言をぶつけてくれればいい。
     なにも届けられないのなら、ただ受け皿として――。
    「また、会ったわね。覚えてるかしら?」
     そう告げミレーヌが眼前に立つも、傷を負った咲也は睨みつけるばかり。
     アンブレイカブルにはもう、わからないのだろう。
     けれどあの日交わした言葉は、いまも鮮明に覚えている。
     ――また、会えたなら。その時はお互い、良い『死合い』をしよう。
    「あの時の約束。今ここで、果たしましょう」
     答えは、聞くまでもなく。
     死角に回りこんだ咲也が力強く大地を踏みしめ、跳躍。
    「おおおおおおおおお!!!!」
     繰りだされた飛び蹴りを受け止めたのは、蝶胡蘭だ。
    「くッ!」
     つま先がアスファルトに沈むほどの重い一撃を、踏み耐える。
    「望みどおりの戦いの中で、その生を全うしてください」
     ――せめて、ベヘリタスによる苦しみを和らげることができれば。
     そう願いながら、フリル・インレアン(小学生人狼・d32564)も己の片腕を半獣化させ、鋭い銀爪で少女の身を引き裂いていく。

     アンブレイカブルは害蟲に蝕まれてなお、目覚ましい動きを見せた。
     咲也も相応の手傷を負ったが、戦いを仕掛けた灼滅者たちも無傷ではすまなかった。
     羽虫型ベヘリタスを倒すだけなら、アンブレイカブルに接触せず、羽化を待って消耗を抑えるのが正解だったろう。
     けれどこの場に立った灼滅者のだれひとり、それを是としなかった。
     アンブレイカブルを、闘いのなかで終わらせることを望んだ。
     かつて咲也は、こうも言っていた。
     ――どんな場所、どんな相手、どんな闘い方であろうと、勝負は勝負。もてる技と力で勝利を引き寄せられるかどうか。それが全てだ。
     その言葉を想い出し、七湖都・さかな(終の境界・dn0116)とともに癒し手として立ち回っていた朝山・千巻も、胸中で祈った。
    (「咲也ちゃんの最期が、せめて少しでも、望む形に近づきますように」)
     灼滅者からの攻撃も、内から喰らうベヘリタスの痛みも、もはや判然としないまま。
     アンブレイカブルの意識は、ただ『死合い』のみに向けられていた。
     十四行へ向かう攻撃を、小袖が同じ足技でさばいて。
     しかし時がたつごとに、咲也の動きは鈍っていった。
     膝をつき、足元から崩れおちた身体を、アリスの影が捉える。
     路面に叩きつけられた身体は、ついにぴくりとも動かなくなり。
     それまで距離をおき、行く末を見守っていた紫乃崎・謡が、駆けた。
    「咲也さん……!」
     ぼろぼろになった身体に、縛霊手を掲げる。
     集めた霊力を何度も、何度も撃ちだし、浄化して。
     けれど傷ついたダークネスの身体には、なんの効果も成さなかった。
    「咲也ちゃん!!」
     ミレーヌと千巻が駆け寄り、しろく、冷たくなっていく手を、固く握り締める。
     それはあの日の、別れの時の温もりにも似て。
     咲也はそこでようやく、眼をひらいた。
     眼前にあるミレーヌ、千巻、謡の顔。
     そして遠く十四行と柚羽の姿を認め、嬉しそうに顔をほころばせる。
    「ああ」
     吐息とともに、涙がいく筋もこぼれおち。
     そして。


     ――ありがとう。
     咲也の口がそう形づくるのを、灼滅者たちは見た。
     けれど繋いだ手の先は、もうどこにもなくて。
     少女の身体は一瞬のうちに破裂し、蛾のような羽を有した芋虫の害蟲が、次から次へと沸き現れ、場を覆いつくしていく。
     うちひしがれている時間はない。
     15名+2体の灼滅者側に対し、羽虫型ベヘリタスは30体。
     咲也の間近にいた灼滅者たちは、すぐに蟲たちの標的となった。
    「支援する」
     短く告げた壱之瀬・黒兎と霊犬『栗花落』、そしてビハインド『エイダ・ブラウン』が、前衛たちへの攻撃を受け止めて。
     エイダ・ラブレスは天星弓を構え、仲間たちの超感覚を呼び起こすべく、次々に癒しの矢をはなつ。
     悔しい想いを抱いていたのは、蝶胡蘭も同じだ。
     ――相手がダークネスであろうと、目の前で嘆く者に手をさし伸べなくて、なにが正義だ。
    「弔い合戦だ! 死ぬ気で殲滅させてもらうぞ、ベヘリタス!」
     ――咲也の命を繋ぐことが、できなかった。
     せめて悔いの残らないよう全力で戦おうと、アルルーナも声を張りあげる。
    「存分に戦おうやないか! 七不思議其の二、切り裂くハーピィ!」
     両腕を翼に、両脚を鳥の鉤爪へと変え、『都市伝説』の姿で蟲への攻撃を開始する。
     次々と仕掛ければ、かばいに入った個体がいくつか見られた。
    「あのベヘリタスさんを狙ってください!」
     標的を見定めたフリルが声をあげ、銀爪に緋色のオーラを宿し、害蟲の生命力を奪いにかかる。
    「敵の回復が厄介ね。かけた枷を取り払うだけの知能があれば、だけど」
     オーラを放ったアリスの声に仲間たちも続き、早々に1体を灼滅。
     しかし、その機を逃す蟲たちではなかった。
     攻撃後の隙を狙い、連続して繰りだされる突進や圧し潰しは、狙った灼滅者の体力をあっという間に削いでいく。
     壁として立つ者の数はサポートを含めても少なく、率先して仲間たちを守り続けた霊犬とビハインドが、早々に消滅。
     黒兎も攻撃を仕掛けながら立ち回ったが、敵の数があまりにも多く、やむなく後方へと退避する。
     やがて雷鳴が二度三度と轟き、ひやりとした風が吹き抜けて。
     空が暗くなったと思った次の瞬間には、雨が、滝のように降りはじめた。
     仮夢乃・蛍姫は雨に濡れながら、魔力を宿した霧を展開。
    「まだまだいけるよ! 諦めないで!」
     仲間たちの傷を癒すと同時に、敵を打ち砕くための力を贈り続ける。
     次々とかけられる枷は、茶倉・紫月が防護符をはなち、解除。
     傷を受け、血を流しながら、ミレーヌは己の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じていた。
    「次は、この敵に攻撃を集めて!!」
     声を受けた小袖がとんと地を蹴り、向けられた攻撃を回避する。
     そのまま敵の間合いへ飛びこむと、
    「数の暴挙、だな」
     呟き、高密度に圧縮した魔力を蹴り、叩きこむ。
     どっと鈍い音が響き。
     攻撃を喰らった蟲が、ほかの蟲を巻きこみ吹き飛んだ。
     すぐに柚羽がマテリアルロッドで打ち据え、2体目の蟲を灼滅。
    「右後方、袋小路です。気をつけてください」
     続けて呼びかける声に仲間たちが頷き、周囲へと視線を走らせる。
     敵の数はまだ多く、灼滅者たちは敵に囲まれながらも、移動し続けることでなんとか立ち回っていた。
     狭い路地裏での戦いは、立ち位置によっては孤立し、集中攻撃を受けるおそれがある。
     かといってこの敵の数では、複数で立ったところで、一網打尽にされかねない。
     壁役が少ないなか、特に回復手は難しい立ち回りを迫られた。
     この戦いで回復を絶やせば、勝機は完全に潰えてしまう。
     その点、十四行はうまく動いた。
    「善哉、善哉」
     鮮やかな染めの着物に身を包み、長柄の鎌を掲げて回復を施したかと思えば、敵の動きを読み、ひらりと路地に身を隠す。
     敵の動きや数に圧倒されていた者たちも、3体、4体と倒すうちに、ようやく連携を組めるようになり。
     さかなやほかの癒し手も十四行にならい、攻撃を受けぬよう、回復を切らさぬようにと注力し続けた。

     回復が安定するようになれば、攻撃手は安心して背中を預けることができた。
     倒れた後のことは、手伝いの者たちに任せてある。
     このうえ、なにを怯むことがあるだろう。
     数と力で潰しにかかる害蟲を前に、灼滅者たちはそれ以上の怒りと覚悟をもって、場に立ち続けた。
    「お前の力はそんなもんか!」
     アルルーナの鍵爪が閃き、正確な斬撃で1体を切断し。
    「加藤蝶胡蘭、推して参るぞ!」
     小袖と手分けをして攻撃をかばい受けながら、破邪の聖剣を繰り出した蝶胡蘭が、さらに1体を灼滅。
    「倒してもなんの感情も湧かぬ敵は、戦いに集中できる。――いや。どんな相手でも、戦いの最中に感情は不要、か」
     呟いた小袖の蹴りが敵を守りごと撃ち抜き、別の1体が吹き飛んでいく。
     しかし仲間を守り続けた蝶胡蘭と小袖は、敵の数が18をきるころには、ついに力尽きた。
    「あとのことは、任せろ」
     『怪力無双』を使った紫月が2人を担ぎあげ、すぐに戦線から遠ざかる。
    「こちらの防御、担当します……!」
     エイダが懸命に声をあげ、近くの仲間たちへシールドを展開。
    「だれか、柚羽ちゃんの回復お願い!」
    「ボクが行く」
     フリルとアルルーナを癒す千巻の声には、すぐさま謡が応えて。
     残る仲間たちの疲労も色濃いが、回復手たちは逐一声をだし、攻撃手たちが深手を負わぬようにと、意識を集中させる。
     そのうちにも、さらに1体が灼滅され。
     ――残り16。
     ディフェンダーと思しき敵はすでになく、灼滅者たちは次にクラッシャーを狙い、攻撃を集中させていた。
     こちらが攻撃手を多く据えたように、敵の攻撃手もまた、多い。
     それでも、枷を払おうと回復をはじめた瞬間は、一時的に敵の攻撃が少なくなることがわかっていた。
    「集中攻撃をお願い!」
     機を見てアリスが叫び、鋭い裁きの光条がさらに1体を灼きつくし。
     奮闘を続けていたアルルーナが、羽根を散らし、はね飛ばされたのが見えた。
    「よく頑張ったね……!」
     すかさず蛍姫が駆けつけ、傷ついた身体を抱え、戦場を離れていく。
     四方に帯を射出し敵を捕縛したフリルはその隙に攻撃を受け、動かなくなった。
     仲間たちが蟲たちへ攻撃をしかける合間に、さかなは小さな身体を引きずるようにして、戦場から連れ出していく。
     見れば敵の数も、仲間の数も、ずいぶんと減ってしまった。
     路地裏は蟲たちの攻撃によって無残に破壊され、灼滅者たちの血や蟲の体液が入り混じり、咲也が倒れた場所も、もはや見当がつかない。
     アンブレイカブルとの戦闘からの疲労もあり、少年少女たちの身体は悲鳴をあげ続けている。
     激痛と血の味。
     傷つき、倒れていく仲間たち。
     裂かれ、焼き尽くされ、次々に散っていく蟲の翅。
     けれど。
    「勝てないと言われようとも、負ける気はないわ」
     ――力を振り絞り、限界まで戦う。
     敵の死角に回りこんだミレーヌの刃が閃き、眼前の1体を殺害。
     柚羽とて同じ気持ちだ。
     漆黒の髪を振り乱し、非物質化させた聖剣を振りおろす。
     霊魂と霊的防護を破壊され、さらに1体が消滅。
     倒れるまで戦うという強い意思が、ただ、少女たちを突き動かしている。
     アリスも、最初から覚悟のうえだ。
    「一匹でも多く羽虫を灼滅しないと、この先どうなるか。それを考えたら、少しぐらいの無茶はしなくちゃ」
     ――残り13。
     倒れたミレーヌを、千巻が助け起こしながら離脱する。
     残されたアリスと柚羽は、ただただ、無言で蟲たちへと攻撃を重ね続けた。
     ――残り11。
     血まみれのアリスを、黒兎とエイダが急ぎ、運びだす。
     敵の攻撃は、回復手たちをも標的にしはじめている。
     それでも退かず、挑み続ける柚羽の背中を、十四行は傷を受けながら最後まで支え続けた。
     ――残り10。
     10の仮面がなおもこちらを見ている。
     それをどこか他人事のように見やりながら、柚羽の意識は途切れた。
     最後の攻撃手が倒れたとなれば、十四行の行動は早かった。
    「ここまでだな」
     倒れた仲間を確保し、さかなや謡の援護を受けながら羽ばたいた敵の下をスライディング。
     そのまま退路へと駆けこむと、振りかえることなく、その場を後にした。
     

     撤退後。
     安全と思われる港近くまで逃れた灼滅者たちは、互いに心霊手術を施した後、戦場のあった方角を見やっていた。
     雨はすでにやんでいたが、重い灰雲が、今も夜天を覆いつくしている。
    「シン・ライリーはどういうつもりかしらね。配下を『ザ・クラブ』の苗床にするなんて。彼も、配下たちとの絆を奪われたのかしら?」
     アリスの考察は、現時点では推測の域を出ない。
     しかし事態が急進している以上、どんな可能性であれ調査を依頼する価値はありそうだ。
     携帯電話で任務終了の報告をすれば、ダークネスたちの思惑はわからないがと前置きし、一夜はこう、告げた。
    『六実咲也は、おそらく「竜飛崎」を目指していたんだろう』
     青森県最北端。
     師と、姉弟子を喪った場所。
     死期を悟ったがゆえに、己もその場所でと、望んだのかもしれない。
    「ダークネスとはいえ、同情します……」
    「救ってさしあげることができなくて、ごめんなさい」
     アンブレイカブルの無念を想い、アルルーナとフリルが呟き。
     万全の咲也と再会したいと願っていた謡と千巻も、
    「すまない。良い『死合い』、叶わなかった」
    「ごめんね。私、咲也ちゃんのこと、助けてあげられなくて。本当に、ごめんね」
     そろって、詫びの言葉をこぼす。
     しかしうつむく仲間たちを前に、それまで状況を見守り続けていていたさかなが、口をひらいた。
    「どうして、あやまるの」
     悲しみも、喜びの色さえも浮かぶことのない血紅の瞳を向け、告げる。
    「咲也、わらってた」
     それは、灼滅者たちが願った結末で。
     彼らの見た事実で、すべてなのだから。
    「そうだ。六実咲也は、武人として、最後まで闘って死んだんだ」
     確かめるように告げ、蝶胡蘭が拳を固めて。
    「ルリエーブル」
     見つめ、呼びかける十四行の声も、ただただ、静かだ。
     ミレーヌは「わかってるわ」と頷き、最期に見た笑顔と言葉を、想い出す。
     ――あの町での日々が終わってしまった悲しみ。
     ――理不尽な結末への怒り。
     ――十全に約束を果たせなかった後悔。
     それらが重くのしかかり、戦闘を終えた今も心をきしませる。
     望んだ結果ではなかった。
     けれど咲也の心は、おそらく救うことができたのだ。
     ――咲也は自分と似ている。
     そう感じていたからこそ、小袖もアンブレイカブルを救いたかった。
     けれど少女は、逝ってしまった。
    「せめてもの手向けだ、受け取れ」
     懐からとりだした小さな白い花を、海へと投げこむ。
     雪舞う季節には、すこし早いかもしれないが。
     いつか彼女の望んだ海にも、たどりつくだろうか。
     ふいに、柚羽が一句、そらんじる。
     古今和歌集にある、紀貫之の秋萩の歌。
    「雨が、あがってしまいましたから。もう、お別れしなくては」
     空を見あげれば、曇り空に、うっすらと月虹(げっこう)がかかっている。
     事件は一応の結末をむかえた。
     けれど、考えることはあまりに多く。
     灼滅者たちは疲れた身体を引きずり、夜の港町を後にする。

     ――ずっと。この日々が続けば、素敵なのに。
     ――この子に、灼滅者の素質があれば良かったのに。
     それが、なにをもってしても叶わぬというのなら。
     灼滅者とダークネスを隔てる『境界』とは、いったい、なんだというのだろう。

     灼滅者たちはふいに呼ばれた気がして、足を止めた。
     月をあおげば、さやかな風が吹きぬけて。
    『おまえら。もっともっと、強くなれよ』
     あの、弾けるような笑い声が。
     きこえた気がした。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 5/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 10
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