VS Slayer

    作者:長谷部兼光

    ●怪我人専用
    「くぁ~っ! 体が軽い! まるで若返った気分だ!」
     滋賀県、琵琶湖周辺。某市内のとあるマンション。
     その最上階の角部屋から出てきた壮年姿の羅刹は、徐々に沈みゆく夕日を眺めながら大きく背伸びをする。
    「あらいやだぁ。ご冗談。私達ダークネスは、年なんかとらないでしょう?」
     開け放しの玄関。
     その少し奥に立つ淫魔……いけないナースは、小さな子供をたしなめるような口調で羅刹にそう言った。
    「解ってるよォ。だからあくまで気分だって!」
     壮年姿の羅刹は大笑する。上機嫌だ。
     さて、今日はこのまま小競り合いの事なんか忘れて朝まで遊び倒すかな、と、煙草に火を点け、紫煙をくゆらせる。
    「ゲンキになって何より。それじゃあまたのご利用を~。24時間いつでもお待ちしてま~す」
     オウと羅刹は豪放に返し、マンションを後にする。
    「……と、慣れない笑顔をつくって見せたものの……」
     羅刹の内心は複雑だ。
    「別嬪でマッサージもすげぇ上手いのは良いんだが、思い切り怪我してねぇと顔すら合わせてくれねぇってのはなぁ……痛ぇ目には、そうそう遭いたくないもんだが……」
     ぼそりと愚痴を零し、羅刹は雑踏に紛れた。

    ●苦肉の策
    「DOG六六六のいけないナース達が、琵琶湖周辺で活動を再開したようです」
     見嘉神・鏡司朗(高校生エクスブレイン・dn0239)は地図を広げた。
     琵琶湖周辺では安土城怪人と天海大僧正の勢力争いが絶えない。
     勢力争いと言っても、現状では起こって一般人の生活に影響が出ない程度の小競り合いだが、大きな怪我を負うダークネスは恒常的に出続けている。
     そんな地域にいけないナース達が目を付けるのは、極々自然の成り行きと言えるだろう。
    「……で、あるならば、彼女等のリーダーであるもっともいけないナースも琵琶湖周辺に来ている可能性も十分にあると言う事です」
     いけないナースを灼滅していけば、もっともいけないナースと接触するチャンスもあるかもしれない。
     ただし、いけないナースは警戒心がとても強く、こちらが万全の状態で接触しようとしても、即座に逃げてしまう。
     壮年の羅刹が口にしていたように、大きな傷を負ってないと遭う事すらままならないのだ。
     しかし怪我人ならば敵味方関わらず癒す。
     現在は無差別に回復をしているナース達だが、どこかの組織に所属してしまうと、大きな脅威になってしまうかもしれない。
    「なので、彼女達の習性を逆手に取りましょう。こちらも怪我人を出すのです。今ここに集まったメンバーを半々に分け、ヤラセ無しのガチンコ模擬戦をやってもらいます。半数は戦闘不能になってください」
     灼滅者の行動に不可欠なエクスブレインが、柔和な顔で『お前らちょっと大怪我しろよ』と言い放つ。
    「悪意はありません。つまり今回、彼女のバベルの鎖を掻い潜るためにはそうせざるを得ないと言う事です」
     怪我人……模擬戦で戦闘不能になった人間ならば、容易くいけないナースに接触出来る。
     後は敗北した人間がマッサージを受けている最中に、勝利した人間が乗り込めば、ほぼ確実にいけないナースを灼滅する事が出来るだろう。
     いけないナースのポジションはメディック。
     WOKシールド、サウンドソルジャーと同性質のサイキックを使用する。
    「彼女はさほど強くありません。通常の依頼で相対するダークネスの半分以下の戦闘能力です」
     いけないナースは、治療中の灼滅者を守って戦おうとするので、その習性を利用すれば、逃走させること無く単純な力押しで勝ててしまう。
     また、彼女は口が固い。
     問い質しても有用な情報は得られないと鏡司朗は強く断言した。
    「この依頼の一番の肝は接触の下準備である模擬戦ですね。繰り返しますが、本当の本気で戦い、戦闘不能者を出さないと彼女の眼は欺けないでしょう」
     模擬戦のロケーションは市郊外の山林。
     時刻は夜。斜面緩く、障害物多く、光源無し。恨みっこも無しだ。
     そして戦う相手は灼滅者。
     ……さて、どのような戦術を取ったものか。
    「文字通り、語源通りの『苦肉の策』、ですね。今回ばかりは怪我無く……とは行かないでしょうが、それでもどうか、お気を付けて」


    参加者
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    米田・空子(ご当地メイド・d02362)
    病葉・眠兎(紙月夢奏・d03104)
    満月野・きつね(シュガーホリック・d03608)
    マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)
    戦城・橘花(今ここに・d24111)
    文月・綾乃(蒼い月・d31827)
    日野原・スミ花(墨染桜・d33245)

    ■リプレイ

    ●発端
     市郊外。何時もは無人の山林に、複数の灯りが燈る。
     一際明るく輝くその中心に集うは、8名の男女。
     そして更なる眩い光に照らされるのは、マリナ・ガーラント(兵器少女・d11401)が持参した白色の紙袋。
     保冷剤に抱かれて、ひんやりとまどろむ中身はそう。
     琵琶湖周辺でその名も轟く有名店のプリンだ。
     ごくり、と誰かの生唾を飲み込む音が……もしかすると自分の喉が鳴ったのかもしれない……未だ静寂を保つ山林に響く。
     なんと言う事だろう。
     こんなの絶対美味しいに決まっている。
     早速その味を堪能したいところだが、その前に、重大な問題点が一つ。
     即ち……。
    「8個買うはずが、4つしか無かったんだお……つまり、食べれるのは4人だけなんだおおおお!」
     マリナが咆哮する。
     なんたる運命の悪戯か、それでは灼滅者同士刃を交わし拳を合わせ、誰が食べるか食べざるか、白黒つけなくてはならない。
     4個のプリンを2等分して8人で食べれば良いと言う平和的解決方法は却下だ。
     故に。
     矜人・眠兎・マリナ・綾乃のチームと、
     空子・きつね・橘花・スミ花のチーム。
     灼滅者達はプリンではなくメンバーを2つに分ける。
    「……蒼き月の下に」
     0か100か。
     文月・綾乃(蒼い月・d31827)の発した殲術道具解除コードと同時、全員がスレイヤーカードから殲術道具を開放し……プリンを巡る模擬戦は始まった。

     いけないナース灼滅の為とは言え、灼滅者同士の実力をぶつけ合う今回の模擬戦。
     特殊な状況だが、灼滅者達の心は少々踊っていた。
     ライブハウスでもなければ滅多にこんなこと出来ないし、ともすれば、模擬戦とは言えお互い力を出し切らなければ相手に失礼というものだ。
    (「本気で灼滅者同士殴りあう――これでも、戦うのに理由はいらないタイプですので、殺さない程度に、全力で死合いましょう……!」)
     理由付けのプリンも、実のところ有名店のものよりコンビニで普通に売っているもののほうが好きだ。
     強いて言うなら、興が乗ったと言うところか。
     病葉・眠兎(紙月夢奏・d03104)は皮肉げに笑うと、息を潜め気配を殺し、暗闇と、伸びるまま放置された草木を味方に、敵チームへ迫る。
     眠兎が標的に定めたのは、満月野・きつね(シュガーホリック・d03608)。
     『影』を宿したクルセイドソード。その刀身は光を全て吸収するが如く黒に染まり、闇夜に良く溶ける。
     機を測り、奇襲を仕掛けた眠兎の攻撃は、しかしきつね回避されてしまう。
     きつねはにやりと笑った。
     奇襲を仕掛ける側が灼滅者なら、受ける側も灼滅者。状況は常に五分五分だ。
     きつねはやる気に満ち満ちていた。
     模擬戦で戦う理由としてでっち上げだと思っていたプリンが、架空の物ではなく本当に賞品としてあるなら、病的な甘党のきつねとしては超の上に更に超がつく位の本気になるのも必然と言えるだろう。
     クラッシャーであるきつねのダイダロスベルトが動く。
     無数のキャンディが連なるそれは光を受け、きらきらと七色に反射した。
    「プリンは4つしかないけど、キャンディならたくさんあるから遠慮すんなよ! こっちも全力でいくぜ! 」
     晴天の夜空に流星の如く駆けるキャンディの帯が目を付けたのは、きつね同様クラッシャーの天方・矜人(疾走する魂・d01499)だ。
    「――OK、やろうぜ。プリンでムキになるヒーローも、たまには良いもんだ」
     矜人は迫る攻撃を、左に携える両刃のクルセイドソード『聖鎧剣ゴルドクルセイダー』で切り払う。
     同時、矜人の全身から右腕、掌を経由し伝う魔力は、背骨の形を模したマテリアルロッド『タクティカル・スパイン』に込められ、充填が完了したそれは淡い光を纏う。
     棍術の要領で放たれたタクティカル・スパインの鋭い突きは、しかしきつねに接触する直前、開けた小路の外、鬱蒼と生い茂る天然の遮蔽物より現れた日野原・スミ花(墨染桜・d33245)によって阻まれた。
    「プリンをめぐる仁義なき戦い……」
     模擬戦とは言え、やるからにはスミ花自身もノリノリの全力だ。
     何せ実物もある。
    「譲らんぞ。スミ花だって甘くて美味しいものが好きなんだ。女子だし」
     スミ花のWOKシールドより展開したエネルギー障壁が大きく広がると、やがてチームの前列全員を守護し、癒す。
    「……いや、そうは行かない」
     障壁が展開しきった刹那。
     草木を縫い斜面を跳ね、夜の隙間からスミ花を狙うのは文月・綾乃(蒼い月・d31827)のダイダロスベルトだ。
    「このプリンは……僕のものだ!」
     綾乃の帯が空を切り、スミ花の胴を掠め、辛うじて回避したスミ花は闇と草木の暗幕に紛れる。
     綾乃が惜しくも空振ったダイダロスベルトを収縮させている最中、帯が何か、別種の帯と交差する。
     小型爆薬を連接してベルト状にしたそれは……。
    「『殲術爆導索』。全力で行く。負ける気はない」
     まずは足をいただくと、戦城・橘花(今ここに・d24111)が呟く。
     中空を一直線に進んでいた殲術爆導索は突如屈折し、綾乃の脚部に狙いを定め速度を増す。
     最高速度に達した帯を、綾乃はそれを上回る日本刀の一閃をもって叩き落す。
     負ける気が無いのは綾乃も同様だ。
     スナイパー同士の帯と刀が接触した刹那、大きな爆発が起こり、巻き上がった土煙は灼滅者達が用意した光源を覆い隠した。
     作り出された数瞬ばかりの闇の中。
     綾乃のビハインド『澪央』の霊障波が土煙を掻き分け橘花を捉える。
     スミ花同様ディフェンダーの米田・空子(ご当地メイド・d02362)がそれを防ぎ、
    「このプリンは空子のです!絶対に渡しませんっ!!」
     空子は今にもぐぅと鳴き出しそうなお腹を気持ち押さえ、フリルが沢山の、可愛く大胆にアレンジされた縛霊手『ハンドメイド』、その指先をスミ花に向け、霊弾を放ち癒す。
     空子のナノナノ『白玉ちゃん』を含めディフェンダーが3名。彼女達のチームは磐石の守りと言えた。
    「おっおー、サーバントを入れて守りを固めたなら、列攻撃でまとめてばーん、なんだおっ!」
     しかし、その陣形はジャマーであるマリナから見れば格好の獲物だ。
    「限定プリンは渡せねーんだおっ!」
     マリナの手から離れた符達が陣を形作ると、一斉に発光し、符と符の光が結びつき、空子達前衛は五芒星の結界に捕らわれる。
     それでも果敢に白玉ちゃんはしゃぼん玉で眠兎を攻撃するが、眠兎がこれを冷静に回避すると、標的を見失ったシャボン玉はぱちんと弾けた。
     これで一巡。実力は拮抗。
     勝敗の鍵を握るものは……。

    ●プリンの行方
     実力が拮抗しているが故の長期戦。
     長期戦が故に、序盤では見えなかった片方のチームの綻びが徐々に大きくなってくる。
    「こっちが少し……不利かな?」
     綾乃が一人、呟く。
     傍らに防衛役だった澪央の姿は無い。
     サーヴァントを欠いているのは敵方の白玉ちゃん……空子も同様だが、此方のチームの方がより分が悪い。
    「……戦うために作った理由とはいえ、プリンがかかってんなら負けられねえな!」
     きつねが風の刃を綾乃目掛けて発射し、
    「僕だってそうだ。けど、悔しいな……これ以上は……!」
     殺傷ダメージの蓄積から自己回復は無意味と判断した綾乃は、ダイダロスベルトで矜人を覆い、癒し、後を託す。
     きつねの神薙刃が綾乃の意識を奪ったのは、その直後だ。
     草木がざわめき、光が揺れる。
     天然の障害物を利用し戦う。
     同様の戦術を取っていた眠兎とスミ花がかち合うのは必然だった。
     スミ花の脚が炎を纏う。
     サイキックで作られたそれは、周囲の草木を延焼する事無く、眠兎に炎を見舞う。
     炎に包まれた眠兎は倒れるが、すぐにむくりと立ち上がる。
     幾度倒れても不屈の意思で体を支える、ディフェンダーの防御力があって初めて成し得る肉壁戦法。
     しかし、味方を守り、敵方に怒りを付与し攻撃を受け止め続けてきた彼女だが、流石に持って後一撃が限界だ。
     眠兎は最後の力を振り絞り、WOKシールドを展開し、きつねの腹部を殴る。
     そして、闇を切り裂き走った一条の光。
     その正体は、お腹の虫を力に変えた、情け無用・空子の全力メイドビーム!
    「奪い合うのがヒトの定め、というヤツでしょうか……」
     メイドビームに射貫かれた眠兎が静かに倒れる。
     全力を出しつつ、それとはまた別に、女性が多いからと最後まで顔を狙わなかったのは、眠兎の優しさが為せる業だった。
     マリナの設置したランタンが、闇に溶け込むような漆黒のスーツを纏う橘花の姿を露にする。
     マリナ達の劣勢の原因は、敵チームの後列に対する意識が薄かった事だ。
     また、遠距離攻撃サイキックを活性化していた人数に乏しく、結果として、敵スナイパーであり回復手段を持つ橘花を攻めきる事が出来なかった。
     事実として、橘花の負ったダメージは灼滅者の中で一番軽い。
     もし早期に彼女を倒す事が出来ていたならば、結果は大きく変わっていたかもしれない。
     現状においても撃破が難しい橘花に攻撃を加えるメリットはなく、マリナは敵前列を、目一杯に放出した帯で絡めとる。
     橘花はマリナに接近し掌底を放つ。
     マリナはそれを防御するが、しかし何か、感触がおかしい。
     橘花の袖口に何か仕込まれていると悟ったのは、仕込みマテリアルロッド『黒栞』を通じてマリナの体に魔力を流された直後であり……。
    「爆ぜろッ!」
     そしてマリナが倒れ、4対1。
     残った矜人は何処かと深い草木の狭間を探す4人の灼滅者。
     不意に、周囲が開ける。
     否。
     植物達がひとりでに曲がって路を、進路を作っているのだ。
    『隠された森の小路』
     これを活性化していたのはただ一人。
    「全ては――!」
     傷だらけの骸骨の仮面を被った、矜人だ。
     道は開けている。
     あとは雷纏うこの拳を全力でぶつけるだけだ。
     綾乃が矜人に施したラビリンスアーマーが受ける攻撃を軽減し、キュアし切れなかったマリナのBSが前列の足取りを鈍らせる。
    「プリンの為に!!」
     矜人の拳がきつねに炸裂する。
     直前に受けていた眠兎の攻撃、そのダメージも重なり、きつねは地に伏す。
    「ぐっ……甘い物の恨みは恐ろしいかんな……!」
     4人が倒れ、4人が健在。
     勝敗は決した。
     勝者には蕩けるような美味なるプリンと心霊手術を。
     そして敗者には……。

    ●接触
    (「矜人お兄ちゃん傷ついたマスクの下に新しいマスク被ってたお……ん? あれ? プリン美味しかったって言ってたけど、食べる時マスクは……? あれ?」)
     マスクマンの素顔はマリナならずとも気になるところだが、今はいけないナースだ。
     立っているのもやっとな怪我まで負ったのだ。
     倒すチャンスを逃さない手は無い。
    「すみませーん、ここで怪我の治療をやってくれるって聞いたんですけど……いいですか?」
     きつねの肩を借り、インターホンを押した綾乃はそのまま備え付けのカメラを覗き込む。
     若干の沈黙の後、怪我人と認めたのだろう、はいはいと鼻歌交じりにドアは開かれ、警戒心無くナースは怪我人達を招きいれる。
     張り切った様子のナースは完全な善意の塊だ。
     眠兎は恐縮し、きつねは多少、気が引けた。
     ともあれ、そうも言ってられない。
     ナース達がいずれかの勢力と手を結ぶ結末は、好ましいとは言い難い。
    「はぁい。それで今日は、どうしてこんなに怪我しちゃったのかしらぁ?」
    「むぐぐ、限定プリン争奪戦に負けたんだお……この恨み、晴らさでおくべきか、なんだお……」
     横になりながら、マリナがナースに愚痴る。
     肝心の大目的を伏せているが、概ね事実である。
    「あら? プリン? 奇遇ね。それなら……」
    「これは……!?」
     甘党のきつねが思わず声を上げる。ナースが大きな冷蔵庫を開けると、そこには琵琶湖周辺でその名も轟く有名店のプリンが4つ、鎮座していた。
     ……くつろぎの空間の名は伊達ではないのか。
     プリンを堪能し、心地よいマッサージに身を委ね、ナースに感謝しながらも眠兎はある恐ろしい事実に気付く。
     いけない。
     これは闇堕ちとはまた別の理由で、人間を堕落させうる安らかさだ。
     しかし、快に自力で抗うは不快に抗うよりも至難であり、要は外部からの刺激が不可欠。
     待機していた4人が、窓を、扉を蹴破り、合流を果したのは怪我人達の傷が快癒間近……そんな瞬間だった。

    ●プロフェッショナル
    「ここは逃げ……って、あらまぁ、騙されちゃったのね。私」
     溜息混じりにナースが室内をぐるりと見渡せば、そこには武装した8人の灼滅者。
    「騙して悪いが、こっから先はヒーロータイムだ!」
    「献身性を逆手に取るのも、若干申し訳無くはあるけれどね」
     矜人がタクティカル・スパインでナースを打ち据え、間髪入れずスミ花がシールドバッシュで容赦なくナースを打ち上げる。直後、ナースに流し込まれた魔力が迸り、爆ぜた。
    「どれだけ音を立てようと外には漏れません。退路も……ありませんよ?」
    「怪我人であるならば敵味方関わらず治療を施す。そんな素敵な方を倒さなければならないのは心苦しい限りですが……」
     音を断ち退路を断ち、そして今度は命を絶ち切ろうと、眠兎は神霊剣でナースの魂を直接裂き、空子の白玉ちゃんはしゃぼん玉で援護する。
    「これもまた運命です。どうか成仏してくださいっ!」
     空子は天井すれすれまで飛び上がり、そのまま急降下して渾身のメイドキックをナースに見舞う。
     ナースが応戦してくる気配は無い。
     彼女は自らを癒したが、現状では焼け石に水の行動に過ぎない。
    「騙してごめんね……でも、これが僕たちの本来の目的だから……!」
     綾乃の言葉と共に四方から帯が伸びる。
     綾乃、橘花、マリナ、きつね……4人4種のダイダロスベルトは唯一のターゲットを包囲し、徐々に徐々に距離を縮め、そして交差した。
     4つの帯が重なり合ったその中心……。
    「あーあ。貴方達の作戦勝ちよね。きっと顔を合わせてしまったその時点で、こうなる事は……決まって……いたんでしょ?」
     そう考えるとね、途中で馬鹿らしくなってしまったの……と。
    「他人を癒すのが私の本分。逃れられない運命なら、最期に誰かを傷つけて、それで終わっちゃうのは嫌かな……って」
     勝者たちが心霊手術を施していなければ、包囲を無理やり突破し、彼女が逃げ出せる目も有った。
    「……すまんな」
     橘花が謝るも、ナースは幽かながら首を横に振り、恨みっこ無しよ、と返した。
    「私の命……そのものが……あなた達の『癒し』になるなら……いけないナース冥利につきる最期……かしらね?」
     にこりと笑い、ナースは灼滅した。

     灼滅者がふと、テラスに目を向けると、琵琶湖を囲む夜景が一望出来た。
     無数に瞬くネオンの何処(いずこ)に、もっともいけないナースが潜んでいるのか、今はまだわからないが……。
     いずれ、必ず。 

    作者:長谷部兼光 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 2
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