毒虫に追われる女

    ●逃げる武人
     ハァッ……ハアッ……。
     道着姿の女が、森を駆け下りてくる。その身を覆う見事な筋肉は、彼女が優れた格闘家であることを示しているが、やつれ弱っていることは隠しようがなく、息は荒く、足取りは重い。
    「あんな化け物の卵を産み付けられてたまるか……」
     女は木で身体を支えながら急斜面を下りていく……と。
    「しまった!」
     太い根に足がかかり、斜面を転がり落ちてしまった。
    「……いってえ」
     深い茂みを使って受け身をとり、女は何とか止まることができた。すぐ下は清流の流れる沢だ。
     女は転んだことで更に痛んだ身体を、流れのそばまで引きずっていく。
    「なんてこった、一刻も早くあの方の元に行かなければならないのに……」
     あの方、と女は言うが、その具体的な姿も名も思い浮かべることができない。ただ心から敬慕する人物であると憶えているだけで。
     女は清らかな水で傷口を洗う。人ならぬ屈強な身体は、それだけでじわじわと回復していく。
     その時、突然。
    「むッ」
     女は突然大きな影に覆われた。ハッと見上げれば、沢の幅だけ開けた空に、赤と黒と金の羽虫が巨大な羽を広げて飛んでいた。
    「しまった!」
     咄嗟に森へ逃げ込もうとしたが、弱った身体は思い通りに動かない。
     バサリ、バサリ……。
     羽音が近づく。
    「ぐあっ、離せ!」
     急降下した羽虫は、女に容赦なく襲いかった。
     
    ●武蔵坂学園
    「ベヘリタスの苗床にされようとしていた格闘家アンブレイカブルたちが、日本海の北側に向けて山中を逃げている。そこまでは調査でわかってる」
     四津辺・捨六(伏魔・d05578)は、春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)と、一連の事件の調査結果を整理しつつ。
    「そのアンブレイカブルたちを、羽虫型のベヘリタスが追ってるって?」
     典は頷いて。
    「3m程に成長したおぞましいヤツが追っています。アンブレイカブルたちは弱っていますので、放っておけば簡単にKOされて連れ去られ、再び苗床とされてしまうでしょう」
     むう、と捨六は唸って。
    「ダークネス同士の争いとはいえ、ベヘリタスの動きを静観するってのはないよなあ」
    「それに、アンブレイカブルが軍艦島のダークネスに合流するつもりなら、こちらも灼滅した方がいいのかもしれません」
    「もしくは助けてやって、元業大老一派に恩を売る、とか?」
    「ああ、それもアリでしょう。軍艦島のダークネス達が、業大老をサルベージしようとしているという情報もありますからね、無関係ではないかも」
    「ほう」
    「対処の方針は現場にお任せしますので、捨六先輩たちは、ここに行って欲しいのですよ」
     典はがさがさと地図を開いた。指し示したのは新潟と山形の県境にある朝日連峰の山中である。
    「この沢が予知の現場です。この柔道家の女アンブレイカブル……蝶弧っていうらしいですけどね。彼女は、ベヘリタスの実験に使われそうになり、卵を産み付けられる前に逃走した模様です」
    「ふむ、場所がピンポイントで分かってるなら、待ち伏せできそうだな」
    「ええ、急いで準備をしていただけば、蝶弧がここに現れる少し前に到着することができます」
     ただし、バリケードや罠をしかけたり、また派手に騒いだりすれば、蝶弧は用心して遠ざかってしまうだろう。彼女が、または羽虫がやってくるまで、静かに隠れ潜んでいなければならない。
    「しかし3mの羽虫って……」
     捨六はぶるっと身震いをした。
    「キモいし、えらく強くなってそうだよな」
    「はい。かなり強力になっているようです」
    「んーそうすると、対処方針もよっく考えないと」
    「今のところ考えられる方針をまとめときますね」
     典はメモ帳にさらさらと箇条書きにした。

    (1)羽虫型ベヘリタスが来る前に、アンブレイカブルを灼滅する
     事前に灼滅してしまえば、羽虫型ベヘリタスは戦場に現れない。
     アンブレイカブルを灼滅し、かつ、卵を植え付けられるのも阻止できる。

    (2)羽虫型ベヘリタスがアンブレイカブルと戦闘を開始してから、羽虫のみを灼滅する。
     この場合、アンブレイカブルは、戦闘を離脱して逃走すると思われる。
     共闘は不可だが、伝言を伝えたり、声をかけたりする事は可能だろう。

    (3)羽虫型ベヘリタスがアンブレイカブルを撃破した後に、羽虫を灼滅する。
     敵同士を戦闘させることで、最大効率で目的を達する事ができる。

    (4)羽虫型ベヘリタスが現れてから、アンブレイカブルを灼滅する。
     羽虫型ベヘリタスが現れたら、すぐにアンブレイカブルを灼滅し、その後羽虫と連戦する。
     但し下手を打つと、同時に2体のダークネスを相手にする羽目になるかもしれない。
     
    「ざっとこんなモンでしょうか。他にも考えられるかもしれませんけどね」
    「こりゃ悩み処だなあ」
    「皆さんでじっくり話し合って決めてください。ところで、成長した羽虫を見る限り、ベヘリタス勢力の戦力は相当強大になってるんじゃないかと」
    「うん、俺もそう思う」
    「もう嫌な予感しかしません……どうか重々用心して臨んでくださいね……」


    参加者
    天峰・結城(全方位戦術師・d02939)
    歌枕・めろ(迦陵頻伽・d03254)
    神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    四津辺・捨六(伏魔・d05578)
    メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)
    雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)
    押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)

    ■リプレイ

    ●秋深き沢にて 
     秋山に相応しい服装を用意したことと、神宮時・蒼(大地に咲く旋律・d03337)のESP隠された森の小路のおかげで、灼滅者たちはスムーズに目的地に到着することができた。
     木の陰や茂み、また動物変身などを使って隠れ、救助対象が落ちてくるとおぼしき急斜面を見守る。
     少し標高が高い場所ということもあり、森は既に秋深く、彼らの頭に肩に、そしてさらさらと流れる沢の水に、はらはらと秋色の葉が積もっていく。
     ……と、唐突に、秋の森の静寂が破られた。
     ザザザザザッ!
     斜面を滑り落ちてくる音と、女性の叫びに灼滅者たちは身構えた。
     落ちてきたのは、柔道着姿の女性だった。茂みにひっかかって何とか止まり、辛そうに起きあがった彼女は小柄だったが、全身が人間離れした分厚い筋肉でしっかりと覆われている。
     しかしその鍛え上げられた体は傷だらけで、小作りな顔や、精悍なショートヘアも泥や落ち葉でひどく汚れてしまっている。
     間違いない、アンブレイカブルの女柔道家、蝶弧だ。
    「(あんなに強そうなアンブレイカブルが、随分ひどくやられてる……!)」
     押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)は防寒のためにくっついていた霊犬の円を抱える手に、ぎゅむっと力を入れた。
    「(羽虫もどんどん凶悪になって来てるけど、ベヘリタスの本体どの位強くなってるんだろう。増えるって特性自体……ロードローラーみたいな分裂に近い、のかな?いやでも成長してる方が奇妙な……難しい)」
    『いってえ……』
     蝶弧は辛そうに体を引きずって水辺へと降りてきた。冷たい水で喉をうるおし、傷口を洗う。
     その時。
     バサアッ。
     重たい羽音と共に蝶弧は巨大な影に覆われ、岩陰に身を潜めた、歌枕・めろ(迦陵頻伽・d03254)が変身している兎が、ぴくりと耳を立てた。
    『しまった!』
     蝶弧は、咄嗟に森へ逃げ込もうとしたが、弱った身体は思い通りに動かない。
     バサリ、バサリ……。
     木漏れ日を遮り現れたのは、赤と黒と金の、3mもあろうかという巨大な羽虫。
    『ぐあっ、離せ!』
     急降下した羽虫は、容赦なく襲いかった。 やっと立ち上がったところにのしかかられた蝶弧は、おぞましい羽の根本を果敢につかみ、
    『捕まってたまるか!』
     羽をぐっと巻き込み巴投げのような投げ技をかけようとしたが、弱った身体ではままならず、重量にも差がありすぎる。むしろ羽虫は彼女をより強く束縛してしまった。
     雨霧・直人(はらぺこダンピール・d11574)がその光景を見て、眉をしかめた。
    「ダークネスとはいえ、女性が異形に襲われるところを見るのはいい気分じゃないな」
     灼滅者たちは素早く視線を交わし、一斉に隠れ場所から飛び出した。
    「……随分と、大きく、なりました、ね……大きくなった分、攻撃は、当たりやすそう、ですね」
     小さな体を生かして素早く近づいた蒼は、槍を低く構え、
    「穿ち……貫け……」
     羽虫の背に突き刺した。メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)はESP隠された森の小路を使って、最短距離で突っ込むと不意打ちをかける。思いっきり振り下ろした十字架は羽の根本に当たり、痺れたように羽が震えた。四津辺・捨六(伏魔・d05578)はライドキャリバーのラムドレッドに援護射撃させながら、自らは盾を展開して防御を固める。天峰・結城(全方位戦術師・d02939)は蝶弧の退路を確保すべく、ナイフから夜霧を発し、堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)は
    「ちょいとお邪魔するヨ!」
     仲間の攻撃で羽虫の力が緩んだとみて、脇から杭を撃ち込んで蝶弧から引きはがそうとする。更にハリマが、
    「考えるのは後、毒を喰らわば何とかって言うし、この人も助ける……そりゃ!」
     迷路のような思考を振り払い、雷を宿した掌の喉輪で畳みかけると、
     ギィアアァァ!
     羽虫は耳障りに鳴き、蝶弧を前足から離した。
     その隙間に人型に戻り、交通標識を赤く光らせためろが割り込んで、
    「ここは任せてね! ひとつ貸しだよ?」
     蝶弧を押しやった。よろめくように下がる蝶弧を、直人が支え。
    「助太刀……とは少し違うが、ここは俺たちに任せてもらおうか」
     直人は蝶弧を最後方に下げると『鮮血のアイギス』を構えて虫に体当たりした。
     斜面にへたりこんだ蝶弧には、めろの愛猫・式部が護衛につく。

    ●女アンブレイカブル・蝶弧
    「誰だい、あんたたち……なんであたしを?」
     蝶弧は尻をついて後退りしながら、掌に精一杯のオーラを集め、自ら羽虫によるケガを癒やそうとしている。歩けるだけの回復を施したら、すぐに去ってしまうだろう。それを見越して灼滅者たちは急いで言葉をかける。まずは朱那が、
    「あたしたちは武蔵坂の灼滅者……今は、アンタと戦う気ないんよ。大体アンタ、何処を目指すのか、ナンで行くのか、憶えとるん? アンタが忘れてる事、あたし達は知ってる」
     失われた絆を少しでも思い出させて、恩を上乗せできれば儲けものである。
    「そうだ……奪われた絆を思い出せ!」
     捨六はベヘリタスの方をしっかりと向いたまま語りかける。
    「お前が求めているのは、業大老だろう!」
     蝶弧はハッと息を呑み、額に掌を当てた。
    「ムサシザカ……ゴウ……タイロ……?」
     蒼も羽虫に刃先を向けながら、
    「……きっと、貴方が思い出す事が……思い出せない人の、助けに、なるはず、です。時間が、かかってもいいから、思い出して、欲しい、です」
     回復を終えた蝶弧は、首を振りながらよろりと立ち上がった。
    「お前たちの言うことには、憶えがある気がする……だけど、思い出せない」
     業大老との絆を奪われた上に、卵を植え付けられかけたり、襲われたショックや疲労で混乱もしているのだろう。連続性を失った断片的な記憶と、今与えられた情報をすぐに結びつけるのは難しい。
    「懐かしいような……いや、腹立たしさも……」
     考え込む蝶弧……そこに。
    「……あっ!」
     ビシュルッ!
     蝶弧が立ち上がるのを待っていたかのように、羽虫が蚕の糸のような影を彼女に向けて伸ばした。
    「式部!」
     アンブレイカブルを護っていた式部が、代わりに影の糸に絡みつかれた。円が素早く駆け寄り、眼を光らせ救出する。
     メルフェスが、
    「さっさと逃げなさいな!」
     一声叫んでエアシューズに炎を宿して羽虫に滑り込んでいき、朱那も反対側から炎のキックを畳みかける。結城は蝶弧を斜面へと押しやると、拳に黒々とトラウマを宿して殴りかかり、捨六はお返しとばかりに『是空』を放つ。
    「……すまん。あたしは行く」
     蝶弧は後ろ髪を引かれる様子で、斜面をよじ登っていく。その後ろ姿に、ハリマが、
    「こんだけ追っかけられてるってことは、目印とかつけられてるかもしれないっすよ! 気をつけて!!」
     声をかけ、蒼も、
    「……何か、助力が、欲しい時は、武蔵坂を、訪ねてきてください……!」
     最後の言葉を投げたが、必死に斜面を登っていった彼女にどれだけ届いたかは分からない。
     蝶弧の姿は、森に消えた。
    「さて……」
     直人が灼滅者の包囲を苛立たしそうに見回すシャドウに、槍の狙いを定めて。
    「虫も、これ程までに巨大だと、まるで怪獣だな」
     灼滅者たちは改めて、見上げる大きさのぶよぶよとした不気味な虫と対峙した。

    ●巨虫
    「舞い狂え……」
     蒼は背からダイダロスベルトを発射しながら、去った女アンブレイカブルに思いを馳せる。
    「(……北……軍艦島……業大老の、サルベージは、どうなったの、でしょうね……)」
     結城は、毒々しい色の体液が跳ねかかるのも構わずにナイフで傷口を広げ、朱那は大胆にジェット噴射で敵の懐に間近に飛び込んで、杭をぶちこむ。ハリマは、
    「どすこーい!」
     縛霊手を頭部に力一杯張り、直人の槍は氷弾を撃ち込んだ。メルフェスは身軽に傍らの木に上ると、流星のような跳び蹴りを放ち、
    「大きすぎる、というのも困りものね」
     バリ、と大きな羽に穴を空けた。
     ギシャアアアア、と羽虫は怒りの声を上げて身体をくねらせた。ベキバキと巨体に押され、周囲の木々の枝がへし折れる音がする。それと同時に、前足がメルフェス目がけて伸びて……。
    「……メル様!」
     身体を張って、主人――メルフェスを庇ったのは捨六。虫の鉤爪に殴られ倒れた彼は、痛みとトラウマにもがき、ラムドレッドが急旋回しカバーに入る。
    「大変! 今回復するよ!」
     めろが素早く癒やしの矢を撃ち込むと、
    「ありがとう」
     癒やされた本人より早く、めろと、そして捨六に礼を言ったのはメルフェス。自称魔王らしからぬ素直さである。
     捨六は、一瞬虚を突かれたようにメルフェスを見つめてから、深々と頭を下げた。
    「メル様はいつもの様にお気になさらず、後ろに下がっていてください」
     だが、メルフェスはすぐに通常の高飛車さを取り戻し、
    「シャーロック(捨六)、あなたベヘリタスをやたら敵視してるようじゃないの。配下の敵は私の敵ってことでいいわね」
     堂々と最前列で十字架を構え、
    「いくわよ!」
     照れ隠しのように勇敢に突っ込んでいく。
    「……全てを、切り裂く、風の、刃……」
     それを蒼の神薙刃が追いかけていき、音も無くに羽虫の後方に回り込んだ結城は、死角から深々と不気味に堅い皮膚を切り裂いた。捨六は愛車に足止めを命じると、自らは再度盾を振り上げて防御を高め、朱那は、
    「いっくでーっ!」
     しなやかな木をバネに使い、加速つきで跳び蹴りを見舞う。ハリマは柔らかな足腰を生かし、振り上げられた前足をかいくぐって炎を後ろ足に蹴り込み、直人は影の蝙蝠に喰らい付かせる。
     ぐらりと巨体が揺れた。敵バランスを崩しているのを見て、メディックのめろも、
    「ここは攻めどころね!」
     炎を宿したエアシューズで蹴り倒そうとしたが、
    「わっ、マズイ!」
     図体の割に素早く振り向いた羽虫の口から、漆黒の弾丸が放たれようとしており、
    「円っ!」
     ハリマの声に、黒のニューファンドランド犬が身軽に飛び込んで盾となる。
    「あ……ありがとう……式部、円ちゃんを!」
     大事なメディックは無傷で済み、毒弾に倒れた黒い犬には、白い猫が寄り添い尾のリングを光らせる。
     一方、めろとサーヴァントたちが敵の視線を引きつけている隙に、
    「やっぱりコイツは、森で戦うには大きすぎるわ」
     巨大な羽の下へと潜り込んでいた蒼とメルフェスは、それぞれ鬼の拳を叩きつけ、羽をへし折ろうかという勢いで十字架で殴りつけた。結城はトラウマを拳に載せて眉間に叩きつけると、ギシャア、とまた怪物はきしるように鳴いた。
     その鳴き声が治まるのを待たず、捨六は、
    「(ブレイズゲートじゃいい加減見飽きたが、大きさの分、向こうの方がまだ愛嬌があったかな、なんにせよ育ちきる前にここで灼滅だ。一匹だろうと逃しはしない)」
     鋼の帯を勢い良く放ち、朱那はひょいとジャンプし敵の背に飛び乗って、杭を捻り込んだ。
     深々と突き刺さった杭に、虫が悲鳴を上げてのけぞったのを逃さず、
    「今だ、喉輪をくらえ!」
     ハリマは雷を宿した掌を、思いっきり顎の下に叩きつけた。
    「いいぞ!」
     更にのけぞった虫に、直人が緋色のオーラを宿した槍で迫る……と。
    「ぐッ……!」
     虫が苦し紛れに放った影が繭のような形になり、直人をすっぽりとくるみこんだ。
    「……あっ、大変……直人さんを、離し、なさいっ……粛正の……炎……!」
     蒼が影を操る前足に炎の蹴りを入れて、仲間を黒々とした繭から逃がすことができた。
    「回復するよ!」
     めろが駆け寄って、すかさず癒やしの矢を弓につがえる……が。
    「いや、大丈夫」
     それを直人は苦しげながら、手を上げて押しとどめた。
    「俺にはこれがある。この怪獣からいただくさ」
     槍に輝く赤いオーラ。ダンピールの彼は敵から生命力を吸い取ることができる。
    「それより今は、めろも攻撃に参加した方がいい……んっ!」
    「あっ!?」
     バサァ、という羽音と共に風圧が。
     虫が羽ばたいたのだ。
    「逃げようとしている――?」
     あるいは、蝶弧を追おうとしているのか。
     だが。
     ベキベキベキ……!
     浮き上がりかけた巨体は傾いて墜落し、傍らの若木をへし折った。
    「もう飛べないんだ!」
     穴の空いた羽と、傷だらけの身体では、もう巨体を持ち上げることはできない。
    「逃がさないわよ、シャーロック!」
    「はい、メル様!」
     捨六に十字架で殴りかかって引きつけさせると、メルフェスはダメ押しのように、跳び蹴りでもう一発、羽に穴を空けた。結城は冷静にその穴をナイフで更にザクザクと広げ、ハリマは、
    「ヤアーーーッ!」
     渾身の張り手でバランスを失っている巨体を横倒しにした。直人は緋に光る槍を、露わになった脇腹に深々と突き刺し、思う存分エナジーを吸い取る。めろも赤く光る標識を叩きつけて不気味に濡れた眼を潰し、主にフォローに回っていたサーヴァントたちも、ここぞとばかりに攻撃を加える。
    「いただきだよ!」
     朱那が炎の軌跡を描いてクラブのマーク目がけて蹴りを入れ、
    「……奈落へ……堕ちろ……!」
     蒼が鬼の拳を叩き込むと。
     グギイィィィィ……!
     羽虫は一際耳に障るきしり声で鳴くと、動かなくなり……。
     そして、溶け崩れていった。

    ●再び秋深き沢にて
     沢に再び秋の静寂が戻り、灼滅者たちは疲れた身体を少しの間、山にゆだねた。落ち葉の上に座り込んだり寝転んだり。さらさらと沢の音が、戦いに疲れた身体と心を癒やす。
     紅い葉を拾いつつ、蒼がぽつりと言った。
    「……あんなに、大きな、虫に、なるなんて……」
     だよね、と捨六が頷いて。
    「アレがあと何十匹も居ると思うと正直うんざりするな……」
    「本当に怪獣みたいだったな」
     直人も顔をしかめて。
    「群れていなくて、本当に良かった。この山中にはまだいるかもしれないが……敵にこう言うのもなんだが、あのアンブレイカブルには、恩を売った以上無事に目的地へ辿りついて欲しいものだ」
     蒼は不安げに。
    「宿主を、一般人から、ダークネスへと、鞍替え……ですか。やはり、宿主が、強いと、虫も、強くなったり、するのでしょうか……何が、狙い、なのでしょう……」
     目標の敵は倒し、蝶弧を逃がすこともできたが、ベヘリタス一味の企みの全貌はまだ見えてこない。
     暮れてきた空に、灼滅者たちは疲れた身体で立ち上がり、学園への帰途へとついたのだった。

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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