闇を食む闇

    作者:長谷部兼光

    ●壊せないモノ
     冷気を帯びる槍から放たれた氷弾が、樹を抉り、地を穿つ。
     抉りたかったものはそれじゃない。穿つべきものはそこじゃない。
     体が重い。息が切れる。傷、だらけだ。
     羽音。
     羽音。
     羽音。
     いくら逃げてもその耳障りなさざめきが始終付いて回り、 
     ……振り切れない。
     日本海を目の前にして、蜘蛛の糸の如くか細い絆の縁(よすが)は切れたのだ。
     もうすぐ、全ては終わるだろう。
     なら、逃げるのはやめだ。
     僅かばかり息を整え、愛用の槍を杖の代わりに、来流(くりゅう)シアンは意を決し、追跡者と相対する。
     まだ陽が昇りきらない山奥。
     薄暗い空の下。
     そこに居るのは羽虫。
     大きく成長した、影の仮面蟲。
     ふと、シアンの脳裏に在りし日の記憶が過ぎる。
     共に武を競い合った朋輩達。
     自分は運よく『卵』を産み付けられる前に逃走する事が出来たが、恐らく彼らは、もう。
     頭を掠めては消える記憶。
     これは走馬灯だ。
     自分の番が来たのだと、全細胞が告げている。
    「……一つ、問おう。物言わぬ仮面蟲よ」
     蟲は何も応えない。そんな事は百も承知だ。
    「鍛えた肉体。磨いた精神。育んだ絆。頂を目指す志……全ては、我々は……」
     それでもシアンは、言葉を零さずにはいられなかった。
    「……お前達の、苗床になる為だけの存在でしかなかったのか?」
     逃げられず。
     抗えず。
     仇も討てず。
     苗床になる末路は、最早彼女一人では覆せない。
     シアンは槍を構える。
     無意味な行動だ。末期は既に定まっている。
     たとえ一矢報いたとして、それが何になろう。
     だが。
     それでも。
    「私の『心は変わらない』。無駄な抵抗だとしても、私の意志が自らの五体を動かす限り、徹底的に足掻いて見せよう。私は――」

    「――アンブレイカブルなのだから!」

    ●拡大する勢力
    「たとえ覚悟一つを乗せたとて、結果は何も変わりません。彼女は羽虫型ベヘリタスに連れ去られ、苗床にされてしまうでしょう」
     アンブレイカブルにベヘリタスの卵が植え付けられて羽化する事件が発生していたが、四津辺・捨六(伏魔・d05578)らの追跡により、逃げ延びたアンブレイカブルの消息を掴む事ができた、と見嘉神・鏡司朗(高校生エクスブレイン・dn0239)は続ける。
    「場所は飛騨山脈。日本海北側に向けて移動していたようで」
     軍艦島の勢力が業大老のサルベージを試みると言う予兆を見た灼滅者も居る。
     彼女の行動は、それと何か関係が有るのかもしれない。
    「その事に関して問い質してみた所で、口を噤むでしょうけどね。彼女から見れば、我々は獄魔覇獄をご破算にした前科者、ですから」
     ダークネス一体に対して孵化するベヘリタスが20から30。
     放置は出来ない。
     また、軍艦島勢力への来流シアンの合流と言う結末を嫌うなら、彼女の灼滅も視野に入るだろう。
     鏡司朗は地図を広げ、ある地点をマーカーで囲った。
    「この地点に彼女が来るまで、息を潜めて隠れていてください」
     派手に騒ぐ、罠を仕掛ける、バリケードを張る等の行為はご法度ですよと鏡司朗が釘を刺してきた。
     要するにそれらは彼女のバベルの鎖に引っかかるのだ。
     感知されれば、彼女はこの場に来ない。戦場が意図した場所とは大幅にずれる可能性がある。 
    「現れた彼女に対してどういうリアクションを取るのかは、皆さん方に一任します」
     ある程度の方針を示すなら、
     第一に、場に現れた彼女を即座に灼滅する。この場合、苗床候補を失ったベヘリタスは現れない。
     ベヘリタスの灼滅は叶わないが、虫達の増殖を阻止する事は出来る。
     第二に、シアンとベヘリタスの戦闘を見守り、彼女が倒れた直後、ベヘリタスの消耗を突き奇襲する。いわば漁夫の利だ。
     第三に、シアンとベヘリタスの戦闘を『見守らず』、乱入し両方を灼滅する。一番難度の高い方法といえるだろう。
     第四に、来流シアンを助ける。つまり、彼女の逃走を援護し、ベヘリタスのみを灼滅する。
    「言い方は悪いですが恩を売る、という事です。消耗激しいですし、彼女との共闘は望めませんが、彼女に何か声を掛ける機会はあるでしょう。また、彼女は理知的で、義理堅い性格ですから、彼女が合流しようとしている勢力への『伝言』を頼んでみるのも一つの手、と言えます」
     もしかするとその伝言が、今後の状況を何かしらの形で動かす一手になるかもしれない。
    「ベヘリタスが迫り来る最中に、ですけれどもね」
     ベヘリタスのポジションはクラッシャー。
     天星弓、シャドウハンター、シャウトと同性質のサイキックを使用する。
    「全長3メートルにまで成長したこの虫は、今まで戦ってきたどの羽虫型ベヘリタスよりも強い個体と言えるでしょう」
     シアンと戦闘する場合、彼女のポジションはディフェンダー。
     妖の槍、ストリートファイターと同性質のサイキックを使用する。
    「恐らく現状、ベヘリタス達は『ちょうどお手ごろだから』元シン・ライリー配下のアンブレイカブルを優先して狙っているだけに過ぎません。本来、苗床がダークネスならば、何だって良いはずです」
     あまりにも急速に勢力が拡大し続けている。
     虫達は最早、他勢力のダークネスにとっても脅威となるほど強大な群体を築き上げてしまったのかもしれない。
    「ベヘリタスとアンブレイカブル……取れる選択肢は多いですが、どうか悔いは残さぬよう……お気をつけて」


    参加者
    氷霄・あすか(高校生シャドウハンター・d02917)
    アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)
    月見里・无凱(深遠揺蕩う銀翼の泡沫・d03837)
    槌屋・透流(トールハンマー・d06177)
    熊谷・翔也(星に寄り添う炎片翼・d16435)
    黒鐵・徹(オールライト・d19056)
    オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)
    牧野・春(万里を震わす者・d22965)

    ■リプレイ

    ●二度と戻らぬもの
     さざめく仮面蟲と相対し、槍を向けるシアンだが、その槍先は震え定まらず、膝が笑い、呼吸荒く、恐らく視界が霞んでいるのだろう。眼は半分も開いていない。
     痛々しいほどに、満身創痍だ。
    「私は――」
     それでも、戦意だけは衰えていない。
    「アンブレイカブルなのだから!」
     これがアンブレイカブルと言う種族の在り方だと、誇るように宣言した。
     しかし、仮面蟲がシアンの矜持を理解する由も無く。
     彼女の肉体も精神も徹底的に損壊せしめるための、最後の一手を放つ……。

     正しくその刹那。
     槍が蟲を螺旋に穿つ。
    「なっ……!?」
     だがそれはシアンの物ではない。
     本来はこの場に存在する筈の無い者達。
    「『総てを肯定し抗い続ける……Endless Waltz』」
     空が白む。
     灼滅者。
    「さぁ……べへリタス。我らが相手だ!! シャドウハンターとして貴様を滅する!! 同じスートに誓ってなぁ!」
     その先陣を切った月見里・无凱(深遠揺蕩う銀翼の泡沫・d03837)の一撃だ。
     ベヘリタスが獲物に襲い掛かろうとするその瞬間。
     全神経をシアンのみに注ぐその一時。
     灼滅者達は只管息を潜め待っていたのだ。
     絶好の、『奇襲』のタイミングを。
     無理無謀だった筈のシアンの行動は、灼滅者の介入によって意味を帯びる。
    「……貴女達とは色々有りますし、いずれ敵になるかもしれませんが、これだけは言えます」
     突然の奇襲に怯む羽蟲のその真下。
     地が割れ、そのまま蟲の胴に喰らい付くのは『一対の黄金蛇』。
    「貴女達は決してべヘタリスの道具として散る存在では有りません! だから今宵は貴方を、響かせて護り抜いて魅せますよ!」
     牧野・春(万里を震わす者・d22965)のダイダロスベルトだ。
     黄金蛇の強襲で二撃目を警戒したか、蟲は羽ばたき地から距離を取ろうとするが、跳躍したアリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)は、既に蟲の直上を取っている。
     蟲の行動は全てに於いて一手遅れていた。
    「シアンさん、大丈夫ですか……?助けにきました……!」
     クロスグレイブ『アームドクロックワークス:ヴォーパルソードアーク』から放たれた漆黒の弾丸が蟲の背部、翅の付け根を捉え、蟲の挙動を阻む。
     そこから間髪入れずに熊谷・翔也(星に寄り添う炎片翼・d16435)が、赤の色に染まる、刃の潰された刺突剣……交通標識『噺喰武装:妖精の君主-Fairylord-』で蟲の黄金面を思い切り突き刺した。
    「安心しろ、と言っていいのか知らんが、今はアンタと戦う気は無い。あっちの蟲を、狩りに来た」
     翔也の刺突と入れ替わり、槌屋・透流(トールハンマー・d06177)は大型のガトリングガンを軽々持ちまわし、照準をふらつく蟲に定める。
    「ぶち抜く!」
     放たれた爆炎弾は流星群の如き圧倒的な物量で蟲の右側面に降り注ぎ、炎を浴びせ、
    「来流さんに近づくな、汚い奴っ!」
     オリヴィエ・オーギュスト(従騎士・d20011)が右側面に気を払う蟲の死角……左側面に回り込む。
     蟲の体を挟んで極至近で炎が爆ぜる。
     だが、何も恐れる必要は無い。
     ただ、戦友を信じるだけで良い。
    「絆も、誇りも、悲しみもある相手なら……お互い譲れなくて敵対する時でも、せめて敬意は払いたいんだ!」
     爆炎轟く中、オリヴィエは蟲の横腹を冷静緻密に斬り裂く。
     黒鐵・徹(オールライト・d19056)がWOKシールド『エマイユの宮』、その玉虫色の障壁で蟲を殴りつけたのは、透流の銃撃が終わり、オリヴィエが離脱した直後だった。
    「君を倒す気はありません、今は」
     短く、徹はシアンに対し交戦意思が無い事を告げる。
     奇襲を受けてもなお、蟲はシアンを獲物と、彗星弾を射出するが、氷霄・あすか(高校生シャドウハンター・d02917)がシアンを庇い、ダメージを引き受ける。
    「逃げて、じゃなくて、譲ってくれないかな?」
     あすかが交通標識を青に変え、光線をばら撒いた。
     アンブレイカブルが戦うと決めた意思を覆させるのだから、ストレートに逃げろと言うよりも、こう言った方がすんなり行くだろうと、そう考えながらあすかがシアンの顔を伺い……息を呑む。
     そこにあったものは、涙だ。
     シアンの表情から察するに、
     それは安堵の涙ではなく。
     恐怖の涙ではなく。
     きっと懐古の涙なのだろう。
     連携して戦う灼滅者達に、シアンは二度と戻らぬ、在りし日の朋輩達の姿を見出したのかもしれない。

    ●繋がる縁
    「女。此処で貴様を倒したいところだが……流石に成長した四大シャドウ・べへリタスを同時に相手取るには分が悪すぎる。故に貴様をあえて見逃してやる。武を志す者なら解るはずだ……例え灼滅者と言えど、武人であることを」
     クルセイドソード『ソウル・アゾット』の刀身を非物質化させ、无凱は蟲の魂を裂く。
    「随分と優しい武だ。貴様達が最大の利益を目指すなら、私と奴を争わせ、その消耗を突けば良い。それだけの話だ。全く、お人好し共め……」
     私にだって意地がある。ただで助かってやるわけには行かないと、満身創痍のシアンは言ってのけた。
    「皆から伝言があるそうだ。貴様が向かうところに居るであろう奴らに、逃げ延びたのならしっかり伝えるんだ。易いモノだろ? それで貴様はこの仮面蟲の餌になる事を回避できるのだからな」
     无凱の言に、易過ぎる。それでは子供のお使いだとシアンは抗議した。
     しかし現状、その程度しか出来ない事は彼女も承知しているだろう。
     そんなシアンに、春はドリンクバーで生成した栄養剤を投げ渡した。
     ダークネスが飲食をする必要は無い。
     だが、他者を慮るその善意が、心を癒す事もある。
    「貴女の目的地の人たちに、半端者のバベルの鎖から通達を。最低でも9つのタロットを持つ光の少年、無差別籠絡術の淫魔に手をかけん」
     そう伝え終えた春は、高速回転するバベルブレイカーの杭先を蟲に突き刺し、
    「今、べヘリタスさん達、どんどん勢力を広げていってるみたいで……ラブリンスターさんと、そのお仲間さん達まで、べヘリタスさんの勢力に襲われてるみたいなんです……」
     胸元にハートのスートを具現化したアリスが、ラブリンスター勢力そのものの窮状を語る。
    「まさか……こいつらは……そこまで……!」
     シアンの驚愕は最もだろう。
     ラブリンスターは強力なダークネスの一角だったはずだ。
     事態は、ベヘリタスに徹底的に追い立てられていた彼女自身の想像すら遥かに超えた規模になりつつある。
    「後は……これを」
     『噺喰武装:名も無き罪人の銃--』、その黙示録砲で蟲を凍てつかせた翔也が、蟲の反撃を最大限警戒しつつ、信頼できそうな相手に伝言を頼むと、シアンにメモを渡す。
     メモの内容は、先ほど春とアリスが語ったラブリンスター勢力の現状に加え、
     武蔵坂……少なくともこの場に参じた灼滅者はベヘリタス関連の情報の取引に応じる用意があることと、
     そしてこれは予測だが、シン・ライリーも襲われた、と言う情報の3点。
     メモに目を通したシアンの顔が、憎悪に歪んだ。
    「シン・ライリー……今となっては忌むべき名だ」
     灼滅者達の連携が、一瞬、僅かに乱れた。
     ……シアンはシン・ライリーの配下だった筈だ。
     その彼女がシン・ライリーを憎む?
     灼滅者の知る彼は、配下に憎悪の念を抱かれる存在だっただろうか?
     何かが……おかしい。
    「我々を使い捨てた不義理な男を、何時までも頭と慕う愚者などいない」
     疑念は確信へと変わる。
     理知的で義理堅いと評された彼女が今この場で灼滅者を欺くとは到底思えず。
     シアンの語る言葉が真実だとするならば。
     シン・ライリーは……。
    「だが……判った。これが貴様達の言伝ならば、一時憎悪を捨て去って、一言一句違わずに伝えよう」
     シアンは肩を大きく上下させながら、しかし力強く断言した。
    「来流さん、僕は悪い奴と違う方に行きたいから戦ってる。僕達は敵同士かも知れないけど……さっきの言葉を聞いちゃったら、こんな卑怯で残酷な連中の餌なんかにはさせられない!」
     オリヴィエは蟲の視界を阻むように、導眠符を不気味な仮面の眼前いっぱいに展開した。
    「『灼滅者なのだから』、か。その誇り高さ……今はただ、羨ましいよ」
     シアンは蟲と、そして灼滅者に背を向ける。
     最早振り返らない。
     きっと彼女は確信している。
    『彼らならばあの蟲を倒せる』と。
     だからこそ、灼滅者に背を預けたのだ。
     徹がシアンの退路を拓く。
     植物が曲がり、シアンの眼前に小路を作り出した。
    「至れり尽くせりだな。本当に、底抜けのお人好し共め……」
     苦笑し、シアンは一歩、踏み出した。
    「この借りは必ず返そう……叶うならば、何時か貴様らと轡を並べてみたいものだ……」
     弱々しい足取りで、シアンはその場を後にする。
     この瞬間、彼女のか細い縁は、灼滅者の手によって再び、繋がったのだ。
     ……絆を貪る仮面は何も語らない。だが。
     ――面白くない。
     そんな表情をしていた。
     ぶくぶくと蟲の体表全体で泡が立ち、その泡が蟲から千切れると、漆黒の星が無数に形成される。
     闇の星達は東雲の空を穢し、豪雨となって前列を襲う。
     あすかと徹がクラッシャーに降り注ぐ黒雨を全て受け止め、地を蹴り、跳ぶ。
     二条の流星となった二人の蹴撃は闇星の主を地に墜とし、透流はその間隙にマテリアルロッドへ、ありったけの魔力充填を完了させる。
     シアンは逃れた。
     山奥だ。周囲に気を払うべき一般人も存在しない。
    「……さてと、害虫駆除といくか」
     透流はエアシューズで地を滑り一気に距離を詰めると、羽蟲の仮面目掛けて思い切りロッドを叩き付けた。
     ロッドを伝って流し込んだ魔力は蟲の体に浸透し、そして大きく爆ぜ、その衝撃で吹き飛ばぬようにと透流は帽子を強く抑えた。
     後はただ、羽虫一匹を灼滅すればそれで終わりだ。

    ●人と闇
     今まで遭遇した羽虫の中で一番強い個体だと、エクスブレインはそう言った。
     確かにそうなのだろう。
     戦闘開始から十分にも満たない僅かな時間だが、こちらのダメージは既に大きい。
     長引かせるのは、まずい。
     しかし奇襲の一手分、こちらに利がある。
     ……そして恐らく、それが羽蟲の判断を狂わせた。
     体力を削られ、オリヴィエの夜霧隠れの支援も相まって状態異常を蓄積した羽蟲が、回復を図る為『キィ』と鳴いた。
     奇怪で、奇妙で、冒涜的な音階だ。
     だが……待っていた。
    「今だ!」
     仕切りなおす為のその叫喚を、灼滅者達は待っていた。
     翔也がFairylordに炎を纏わせ、羽蟲の胴へ突き刺す。
     直後、羽蟲は絡みつくような炎に覆われ、炎上する。
     ……意図的に回復を誘い、攻撃の手を緩めさせる。
     その策が奏功し、二手分の優位を得た。
     ――単純な話だ。
     力で劣るなら、その差は戦術で埋めれば良い。
    「シアンさんも、誰も……! 貴方がたの苗床にはさせません……!」
    『Vopal sword Ark』と電子音が鳴り響くと同時、アリスはアームドクロックワークスにマウントされたクルセイドソード『ヴォーパルソード』を引き抜く。
     ダークネスを襲うダークネス。
     その勢いを、灼滅者は何処まで阻む事が出来るだろう。
    「何とか阻止しなきゃ……!」
     ヴォーパルソード、その鋭い刀身が空色の光焔に輝き、闇を食む闇を切り裂くと、その直後、あすかの脚部が光焔を引き継ぐように炎を帯びる。
    「確かに、今は増えさせないために、数を減らすために頑張るしかないね……!」
     あすかは炎燃える脚で仮面蟲の顎部目掛けて思い切り蹴り上げた。
     延焼し続ける炎に包まれ、身の毛がよだつ悲鳴を上げながら、羽蟲はオリヴィエ目掛け毒弾を打ち出す。
     その毒弾を寸前の所で徹が受け止めると、一瞬、踏ん張りが効かなくなったが、それでも徹は持ちこたえ、自らの頑丈さを誇るように顔を上げた。
     傷つき、巨大な敵を前にしても不思議と怖くは無かった。
     そう思えるのは、背にオリヴィエの支えを確かに感じる事と無関係では無いだろう。
     そしてその想いはオリヴィエも同様だ。
     徹と言う守護役を、友人を、絆を、ベヘリタス如きに破らせはしない。
    「ベヘリタス……ここで僕らの糧になってもらいます」
     餌の予感に歓び猛るように、徹の寄生体は殲術道具を一気に飲み込む。
     徹はそんな寄生体を宥めるように一撫ですると、その砲口を蟲に向ける。
    「……負けません。だって僕らには、騎士さまがついてるんだから!」
     徹の肩越しに、オリヴィエも闘気を両拳に集中させる。
     脳裏を掠めるのは、宇宙服の少年。
    「軽く絆を扱えるような奴こそ、僕の大切なもの全部の、一番の敵だっ!」
     同時に放たれた死の光線とオーラが羽蟲を貫き、そこへ更に2つの火線が重なる。
    「このまま押し切りましょう!」
     春の爆炎弾と、
    「ぶっ壊す! 仕上げろ! 无凱!」
     透流のガトリングガンだ。
     集中砲火を一身に受ける羽虫。
     その物言わぬ仮面が最期に捉えた物は。
     真紅のバンダナを額に巻き、
     右に槍、左に剣、全身を覆う闘気、足元には大切な人から貰った影業が白く淡い光を放ち……。
     『影』を宿した无凱の姿だ。
     銀の瞳が閃く。
     无凱は全ての武器を、全ての技巧を、全身全霊を、ただ一撃のトラウナックルとして羽蟲にぶつけ……圧倒した。

    ●残る謎
     羽蟲は致命傷のまま、消えない。
     しかし、もう何も出来ないだろう。文字通りの虫の息だ。
     シアンを助け蟲を討つ。事前に掲げていた目標は、一つの犠牲を出すことなく達成したと言える。
     灼滅者の完勝だ。
     だが、ベヘリタスの卵を巡る顛末には多くの謎が残る。
    「アンブレイカブルさん達だけでなく、ラブリンさん達まで……タカトさん、誰彼構わず『絆』を奪い始めてるんでしょうか……?」
     アリスがぽつりと呟き、无凱が頷いた。
     タカトの目的が未だ見えない。
    (「べへリタスは所詮はタカトの駒にすぎない……増殖するべへリタス……」)
     シャドウハンターとしても見過ごす事は出来ないと、无凱が言った。
    「ほんと、シャドウのやる事は訳が分からない事ばっかり……それが宿敵って言うのも何だかあれよね……」
     もう一人のシャドウハンター・あすかが嘆息する。
     羽蟲をいくら追いかけてみた所で、この事件の全貌を知るのはタカト本人しか居ないのだろう。
    「『心変わり』、か」
     以前翔也が助けたアンブレイカブルも、そんな言葉を口にしていたか。
    (「何時までこんなことが続くのか……。早く終わらせたいな」)
     終わりが見えない。
     全ての謎が氷解するには、今しばらくの時間がかかりそうだ。
     
     太陽が昇る。朝が来た。
     眩い光が大地を照らし、羽蟲を曝す。
     小刻みに痙攣を繰り返していた影は、何も教えてはやらぬと口を噤んだまま陽に灼かれるように息絶え……。
     跡形もなく、消滅した。

    作者:長谷部兼光 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年10月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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