子爵襲来~荒庭の蝙蝠

    ●三重県津市、とある洋館
     その館、元は立派な洋館であったようだが、今はゴミ屋敷としか呼びようのない荒れ果てぶりだ。しかも大量のゴミに紛れ、外見もわからないくらいに破損した死体が3体、屍臭を放っている。
     奥まった部屋で、ひとりの太った男が不気味な笑いを浮かべている。ミイラ姿のメイドを従えたその男は車いすに乗っており、どうやら四肢を失っているようだ。
     男は涎を垂らし、呪文のように妄言を吐き続けている。
    「る……瑠架ちゃん僕の瑠架ちゃん。君のために、僕はここまで来たよ。さぁ、瑠架ちゃんの為に、この街の人間を全て、血祭りにあげるんだ。そうすれば、瑠架ちゃんは、僕に会いに来てくれる。あぁ、瑠架ちゃん……。しばらく見ないうちに、きっと成長しているよね。あぁ、その成長を今すぐ目に焼き付けたい、撫でて触って確かめたい、あぁ、瑠架ちゃん……!」
     感極まった男は大口を開け、
    「ウゲロロォォォォォ!」
     大量の粘液を口から吐き出した。
     汚らしい液体は床に落ちると同時に、グニグニと動きだし次々と大きな蝙蝠へと変身していく。
     すぐに部屋は大量の蝙蝠で埋め尽くされた。
    「さぁ、僕のタトゥーバットよ、この街の人間を全て殺しつくせ! 邪魔する奴がいるなら、誰でも構わない、すぐに殺してしまうんだ!」
     男の命に、多くのタトゥーバットは街へと飛び去っていったが、約百匹は洋館と男を守るために、屋敷内とその周辺にとどまったのだった。

    ●武蔵坂学園
    「皆さんの調査のおかげで、タトゥーバット事件の大きな動きをつかむことができました」
     緊張した様子で春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)が話し始めた。
     三重県津市の洋館の一つが、タトゥーバットの主人であるヴァンパイアの拠点となり、そこから、津市全域にタトゥーバットが放たれるのだ。
     早速、タトゥーバットにより大殺戮を阻止するため、多くのチームが津市に向かう準備を始めている。
    「このチームは市街地ではなく、洋館を警護するタトゥーバットを担当してもらいます」
     黒幕ヴァンパイアの拠点の洋館には、護衛のタトゥーバットが100匹ほど残されている。そのタトゥーバットをできるだけ減らして、黒幕と対決するチームを援護するのが、このチームの役割だ。
    「館に残ったタトゥーバットは、侵入者の迎撃を任務としているので、大きな音や戦闘に反射的に集まってきます。この習性を利用し、黒幕に迫るチームが無事に館奥までたどり着けるように、タトゥーバットを引きつけてください」
     典はバッと館の見取り図を開いた。

    「正面玄関は、駆けつけた朱雀門の瑠架の護衛である、ラゴウが守っています。ラゴウ担当チームが、彼に喧嘩をふっかけたタイミングで、皆さんは裏口から、黒幕対決チームと共に突入してください」
     館のタトゥーバット担当チームは3つ。それぞれ担当場所が決められており、
    「このチームはすぐには屋内に突入せず、庭など、館外周を警護しているタトゥーバットを、何らかの騒ぎを起こすなどして、誘き寄せてください。屋外には33体のタトゥーバットがいます。それを踏まえ、チームとして認識しておいて欲しいのですが……」
     典は一旦言葉を切って、灼滅者たちを見回した。
    「このチームがどのくらいのタトゥーバットをおびき寄せ、効率よく倒せたかによって、館内で活動するチームの戦況が変わってきます」
     どういうこと? と、灼滅者たちがどよめいた。
    「外で引きつけきれなかったタトゥーバットは、館内の増援に行ってしまうと考えられるからです」
     しかも『呪術紋様』により魔力を強化されたタトゥーバットは、眷属とはいえ侮れない。
    「1チームが一度に相手にできるのは、せいぜい8匹程度かと……ですから」
     典は渋い表情で。
    「とりあえず、倒せる分だけ誘き寄せて倒した後、館内に入って苦戦しているチームを援護しつつ戦う、という作戦が無難だと思うのです」
     どんな騒ぎを起こし、どのくらいの数をおびき寄せるかは、チームで作戦をたてて加減してほしい。

    「本当なら、もっと多くのチームを館に振り向けたいところなのですが、これ以上の人数を近づけると、バベルの鎖に障る恐れがありまして」 
     少ない人員で多くの敵を相手にしなければならないので、作戦には工夫が必要だろう。
     典は暗い表情で。
    「ところで、このチームの主戦場となるであろう洋館の裏庭は、かつてはローズガーデンだったようです」
     バラを丹精して育てていた館の正統な主人一家は、おそらくヴァンパイアに排除……殺されてしまっていると思われる。
    「今では庭も館同様荒れ果て、ゴミがまき散らされ、見る影もありません。津の街を、この庭のようにしないために……」
     エクスブレインは灼滅者たちに深々と頭を下げた。
    「難しい作戦になりますが、どうかよろしくお願いします」


    参加者
    十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)
    小鳥遊・麗(エーヴィヒカイト・d02436)
    結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)
    木通・心葉(パープルトリガー・d05961)
    ワルゼー・マシュヴァンテ(松芝悪子は夢を見ている・d11167)
    ウェア・スクリーン(神景・d12666)
    ペーニャ・パールヴァティー(羽猫男爵と従者のぺーにゃん・d22587)
    黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)

    ■リプレイ

    ●荒庭で
     屋敷外周担当チーム8名は、屋敷に押し入るチームと共に裏門から突入したが、屋内には入らず、すぐさま別行動をとった。手近にいたタトゥーバット数体に攻撃を仕掛けてひきつけると、小走りで屋敷から遠ざかり、庭の隅へと退がっていく。
     彼らは庭の隅、バラ園を見下ろす小さな丘の上にある、小さな四阿――屋敷と同じように夥しく汚染されている――を目指している。適当な数の敵とのみ戦えるよう、屋敷周りから隔絶できる空間に戦場を持ち込みたい。
    「この屋敷と庭、美しい景観だったのでしょうね……許し難いです」
     追いすがってくる敵に槍を振りかざして防御しながらウェア・スクリーン(神景・d12666)が哀しげに言った。
     全くっす、と『星葬』を空に向かって掲げる十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)が怒りの表情で頷いて。
    「思う存分蹂躙してやりましょ?」
     ヴァンパイアへの怒りは募るばかり。
     ワルゼー・マシュヴァンテ(松芝悪子は夢を見ている・d11167)も槍をプロペラのように振り回しつつ、
    「それにしてもおびただしい数の蝙蝠よな……」
     屋敷を囲むように飛び回る蝙蝠の群を見やり。
    「断じて、あれを敵主力と対する仲間にぶつけるわけにはいかぬ」
    「あれって、唾液をまき散らす子爵が作り出しているのですよね……」
     結島・静菜(清濁のそよぎ・d02781)は交通標識を黄色に光らせ、前衛の魔力への耐性を高めているが、子爵のことを想像しただけで気分が悪そうだ。
    「ヴァンパイアは誇り高い種族だったはずだが、そうでない輩は醜いことこの上ないよな」
     小鳥遊・麗(エーヴィヒカイト・d02436)も盛大に溜息を吐き、シールドを展開して仲間の盾となるべく自らの護りを固め、黒揚羽・柘榴(魔導の蝶は闇を滅する・d25134)は、
    「とにかくボクたちがどれだけ倒せるかで、屋敷内で戦うチームへの負担か変わるわけだから、頑張らないとね。もう何匹か引きつけてもいいんじゃないの?」
     そう言ってギターを示した。
     現時点で灼滅者たちを追ってきているタトゥーバットは4体。8体くらいまではスムーズに倒せるであろうと予想されている。
    「そうだね、もう何匹か引きつけよう」
     木通・心葉(パープルトリガー・d05961)は、近づいてきた目的地の四阿との距離を目測し、ホイッスルを取り出した。
     ギュイーン!
     ピィー! 
     石榴のギターと、心葉のホイッスルが鋭く鳴り響いた。
    「来ました、4匹です」
     屋敷を周回する蝙蝠のうち、こちらへ方向を変えた数を素早く知らせたのは、ペーニャ・パールヴァティー(羽猫男爵と従者のぺーにゃん・d22587)。
    「いい数だね、はじめよう!」
     柘榴がギターを弾く手を止め、8名は四阿のある丘の陰に一気に飛び込んだ。それを合計8体になったタトゥーバットが追ってきたのを確認し、静菜がサウンドシャッターをかけて屋敷周囲と遮断した。
     戦闘開始だ。
    「長期戦は不利……迅速に行きましょう!」
     ウェアが飛びかかってきた蝙蝠に槍から氷弾を撃ち込み、狭霧は同じターゲットを影で喰らい込む。バランスを崩して落ちてきたそれに、すかさずワルゼーがオーラを宿した拳を叩き込もうとしたが、
    「うあっ!」
     その拳に蝙蝠が、人の耳には聞こえない音域の呪文を発しながら噛みついた。しかも後方からも別の個体が迫っている。
     しかし、噛みついた個体は、
    「このっ!」
     即座に柘榴が槍でぐっさりと貫き、静菜は結界を張って蝙蝠の、特にやっかいな中衛の動きを阻害した。
     ペーニャが素早く『白色のアプサラス』の札を飛ばすと、
    「あっ、危ない!」
     回復を受けるワルゼーが声を上げた。ペーニャにも他の蝙蝠が近づこうとしている。
     警告を受け、
    「させるか……っ」
     ぐいと割り込み、大切なメディックを護ったのは『ヴェルメリオ』で更に防御力を高めた麗。すぐに、
    「天月にゃん葉、行くぞ」
     麗に噛みついた蝙蝠は、心葉が愛猫と息を合わせて叩きのめし、ペーニャは愛猫……というか主猫のバーナーズ卿に丁重に麗の回復を頼んだ。
     敵の数が多いので息つく暇もないが、灼滅者は他者回復の手段を持ち、攻撃にも防御にも連携が取れる分、要領良く戦いを進められるだろう。
     狭霧は、
    「うん、このくらいの数なら何とかイケそうっすね。早いとこやっちゃいましょ!」
     崩れかけた四阿の柱を使ってひらりと跳躍し、牽制するように旋回する蝙蝠の羽を『The Hatter』でジャキンと切り落とした。

     堅実な攻撃の積み重ねで、数分後には蝙蝠は3体までに減っていた。灼滅者たちのダメージもゼロではないが、まだ全員十分戦えるし、意気軒昂である。
    「そろそろ何体か誘き出しましょう!」
     静菜がサウンドシャッターを解除すると、
    「任せて!」
     柘榴が激しいリフを残る3体に浴びせかけ、心葉はホイッスルを吹きながら墜落しかけの蝙蝠をぐしゃりと縛霊手で地べたに叩きつけ、更に1体にトドメをさした。
    「きました!」
     ウェアの声に振り向くと、小高い丘と四阿を超えて、6体の蝙蝠が屋敷の方から飛んできていた。蝙蝠は灼滅者の姿を認めると、一斉に翼の邪眼文様を光らせた。
    「……うっ!?」
     6体分の邪悪な光は前衛から後衛までまんべんなく浴びせかけられたが、
    「負けません……っ」
     静菜が必死に縛霊手を掲げてペーニャに癒やしの光を送り、その光に救われたペーニャは、癒やしのメロディを鳴らした。
     ギターに癒やされ、催眠魔法から解放された前衛は、再び8体となった敵へと積極的に攻撃をしかけていき、中後衛は、サーヴァントも含め互いに癒やし合って体勢を立て直す。
    「2回戦開始ってとこですね」
     ペーニャが呟き、静菜は頷いて、再度サウンドシャッターで戦場を隔絶した。

    ●消えた蝙蝠
     タトゥーバットの戦い方にも徐々に慣れ、2回戦も順調にその数を減らすことができた。灼滅者たちにもダメージが蓄積して、大分キツい状態ではあるが、まがりなりにもまだ全員戦うことはできる。
    「そろそろ3回戦に入ってもいいんじゃない!?」
     魔力の羽を背に広げ、柘榴がギターをジャーンと鳴らした。
    「そうですね、一旦解除します。注意してください!」
     静菜がサウンドシャッターを解除し、仲間たちは残る3体に派手な攻撃を仕掛けていく。
    「凍て付く零下の領域を……」
     ウェアとワルゼーが氷魔法で3体まとめて凍らせたところを、狭霧が影で捕まえる。柘榴は威勢良くギターをかき鳴らし、心葉はそれに合わせてホイッスルを吹き鳴らしながら、ひらひらと落ちてきた魔獣に炎の蹴りを見舞った。
     麗とペーニャは、先ほどのような援軍の先制を喰らわぬよう、館の方を油断なく見張っている……が。
    「……来ないですね」
     サウンドシャッターを解除し、華々しく戦闘を繰り広げているにも関わらず、新手はやってこない。
    「もう少し屋敷に近づいてみるか」
     8人と2匹は四阿の建つ小高い丘へと駆け上った……すると。
    「……いない?」
     丘から見下ろした館の外周には、あれほど飛び回っていたタトゥーバットがまるでいなくなっていた。外周にいたヤツだけでも、まだ10数匹は残っているはずなのに。
    「何故!?」
     慌てて丘を駆け下りて屋敷の至近までやってきたが、やはり蝙蝠どもの姿は見えない――但し、館内の複数箇所から、激しい戦闘音が聞こえてくる。
     ヒッ、と静菜が息を呑んだ。
    「わ、私たちが音を遮断していたから……?」
     同時に仲間たちも事態を悟った。
     自分達が『サウンドシャッターで戦闘音を消し、隔絶した戦いをしていた』ことで、タトゥーバットは屋敷の外の敵はいなくなったと判断し、『わざと大きな音を出して、敵をひきつける戦い』を行っていた屋敷内チームの方に、増援として向かってしまったのだ!
     ペーニャが慌てて無線機を取り出した。冷や汗で滑る指でスイッチを入れ、叫ぶ。
    「こちら外周チーム、応答願いますっ!」
     どちらのタトゥーバット担当チームからも反応がない。何度か通信を試みたが、聞こえてくるのは雑音ばかり。
     無線に出る余裕すらない……?
     8人は青ざめた顔を見合わせて頷き交わすと、残っていたよれよれの蝙蝠を手早く始末し、館の裏口へと駆けだした。

    ●戦友たち
    「参ろう、一匹でも多くの蝙蝠を墜とし、仲間の戦闘行動を円滑にする、それが我々の役目よ!」
     ワルゼーが檄を飛ばし、8人は激しい戦闘音を追い、荒れ果てた廊下を走る。
     じきに見えてきたのは、階段の降り口で蝙蝠の群と激戦中の地下室担当のチームであった。
     そのチームの中にクラブ仲間を見つけたウェアは、
    「あっ、嫉美さん……皆様、援護致します!」
     槍を腰だめに構えて足を速めた。
     気づいた地下室チームの一羽が、
    「そちらは無事だったようだな。援護の申し出、感謝する」
     攻撃の手を休めることなく答える。しかし、嫉美や亜理栖は笑顔を作り、先を促した。
    「私達は大丈夫だから、先に向かったチームをお願い。ふふっ、安心して、まだまだ私の嫉妬の力は有り余っているわ!」
    「なんというか子爵の人、不気味すぎだから、うっかり表に出てきたら、ちょっとイヤだしね」
     戦友たちの強気な言葉に、ウェアも辛そうに笑顔を返して頷いた。
    「わかりました。私たちは更に先へ向かいましょう」
     この戦場も決して楽勝というわけではなさそうだが、奥に向かった足止めチームの方がより援護が必要なようだ。
     果敢に戦う地下室チームに友人知人の顔を見いだした灼滅者たちは、後ろ髪を引かれる思いで仲間に背を向けた。

     8人と2匹は更に屋敷の奥へと長い廊下を駆けて行く……と、
    「待て、これを見ろ」
     麗が皆に示したのは、乱暴に破壊された窓。
    「ガラスの破片が、殆ど内側に落ちている。外側から割られたということだ」
     廊下に散らばるガラスの破片を観察しつつ、心葉が。
    「外にいた蝙蝠共が、ここから窓を破って入ってきたということか?」
     麗は頷く。
    「その可能性は高い……つまり、奥にいるチームはタトゥーバットに挟撃されていると考えられる」
    「大変だ、急いで助けなきゃっすよ!」
     狭霧がとび上がって叫び、更にスピードを上げて廊下を突っ走り――ついに彼らはたどり着いた。
     激しい戦闘音が響いている、屋敷の最奥の廊下。
     そこで目にしたのは――。
     踊るように翻る黒いドレス。
     鈍い輝きを放つ、大ぶりのガンナイフ。
     その重たい武器を操り、群がる蝙蝠を凄まじい命中率とパワーで撃ち抜いていく小柄な少女……いや、少女だったもの。
    「リ……リーリャちゃん……すか?」
     呆然とする仲間を代表するように、先頭の狭霧が質した。
     堕ちた少女は、血の色の瞳を8人の方に向けて、やっと来たな、というように薄く笑い。
    『後は任せた』
     囁くように言った。
     ガシャン!
     廊下の窓がまた1つ破壊された。リーリャが窓から飛びだしたのだ。
     8人は慌てて外を見たが、もう華奢な少女の姿は見えなかった。最後の理性を振り絞って、戦場から離れたのだろう。
     荒れ果てた庭を見回す8人の胸を、悔しさ悲しさ切なさの入り交じった、苦くて痛い感情がギリギリと締め付ける……が。
    「来たぞ!」
     心葉が叫んで、護符を五芒星の形に投げた。
     リーリャが倒し残したとおぼしき6体のタトゥーバットが襲ってきたのだ。
     感傷に浸っている暇はない!
    「逃がしません!」
     静菜が、瞳に強い決意を漲らせ、縛霊手を掲げて結界を張り、
    「仲間の闇堕ち、絶対無駄にしないよ!」
     柘榴は槍で、二重の結界に動きを鈍らせた1体を貫く。次の瞬間、青いマントが大きくひらめいた。壁を伝って大きくジャンプした狭霧が、魔法を唱えようとしていた天井近くの蝙蝠を、聖剣で叩き落としたのだ。落ちてきた蝙蝠にはワルゼーが、オーラに満ちた拳を叩き込んでトドメを指した。
    「敵はどれも弱っておるぞ! リーリャ殿の置き土産だな!」
    「ええ、迅速にやってしまいましょう……地殻ごと砕く震撃を!」
     ウェアは杭を床に撃ち込み、振動波で蝙蝠の動きを更に妨げる……と。
    「あっ、ウェアセンパイ、上!」
     跳躍から体勢を立て直していた狭霧が目敏く、振動波から逃れた蝙蝠が急降下していくのを見つけて叫んだ。
    「むっ……!」
     庇うには間に合わないと判断した麗は、素早くシールドを展開し、ウェアの防御を高めた。咄嗟の判断でウェアは浅手で済んだが、ペーニャは包帯と化した帯を投げた。全員多かれ少なかれダメージが蓄積している状態であるから、手厚い回復が欠かせない……でも。
    「一気に参りましょう!」
     静菜が熱の籠もった叫びと共に、ダイダロスベルトを四方に放った。
     残る敵は4体。ここは総攻撃を仕掛けるべきところ!
     猫たちの捕縛の魔法が蝙蝠を更に縛り、メディックのペーニャも『硝子のサロード』で、
    「安らかに眠れ、子爵様!」
     柘榴と息を合わせ、ここぞとばかりに叫び、強烈なリズムを叩きこむ。ワルゼーの杭が獣の胴体を貫けば、狭霧の鋏は情け容赦なく頭部を斬り落とし。
    「砕け散りなさい!」
     ウェアの氷弾は、呪文を発しようとしていた1体を凍り付かせ、それを黒々と畏れを纏った麗が斬り捨てて。
    「これで……ラスト」
     心葉が蹴り込んだ炎は、荒みきった廊下を赤々と照らし――その光が治まると。
     もはや蝙蝠の姿はない。しかし、その向こうに。
    「ああっ!」
     血塗れで倒れ伏す、戦友たちの姿が。
    「足止めチームの方たちですね!?」
     ペーニャが回復の準備をしながら駆け寄り、仲間たちも続く。
     足止めチームのメンバーたちは布陣の跡なのか、ほぼ半円の形に倒れており、壁によりかかったまま気絶している者もいる。
    「ひとり、ふたり……7人。てことは、リーリャちゃん以外、全員!?」
     狭霧が悲鳴を上げ、柘榴は思わず立ちすくんで。
    「なんて、酷い……まさか、死んで?」
    「いや、皆生きている。急いで運び出そう」
     麗に促され、皆で素早く全員の容態を確かめる。同時に手助けしあって、迅速に撤退の準備を整えた。
     全体の戦況はわからないが、ここでタトゥーバットを殲滅できたということは、子爵への増援は食い止められたと判断していいだろう。
     準備は整い、外周チーム8名は7名の重傷者を背負ったり抱えたりしながら、今来たばかりの廊下を駆け戻る。
     ひた走るワルゼーの背中で、小さな体がわずかに動き、ううん、と苦しげなうめき声が上がった。
    「……緋色殿」
     意識が戻ったわけではなさそうだが、ワルゼーは小さな声で戦友に語りかけた。
    「貴殿達と、そしてリーリャ殿のおかげで、子爵への増援は阻止できたようだ。さすがであるな、本当によくやってくれた……」

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月6日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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