黒き牙と光の少年と

    作者:長谷部兼光

    ●激突
     近江八幡市安土山・山中。
     しんと静まり返った夜の底。
     宇宙服をその身に纏った少年――タカトが一人、夜空を眺める。
     月の光は柔らかく地を照らし、
     数多の星達は煌き、瞬く。
     雲一つ無い、満天の星空。
     そう。
     後はただ、ぼうっと、美しい夜天に思いを馳せているだけで良い。
     最早。全ては。
     (「――いや」)
     音が聞こえた。
     夜の静謐を破る音だ。
     タカトが天から地へと視線を戻す。
     ……異音の正体は水晶だ。
     いつの間にか水晶に変じた草花の一本。
     それを中心に、ぱき、ぱき、と割れるような音を立てながら、水晶の波はあっという間に大地を、木々を、逃げ惑う野生の生物達すら侵食し、その形を保たせたまま無色透明の玻璃に変え……広がる。
    「……これは」
     場を形成し終わったのか、間も無く水晶の拡大は止まる。
     水晶と緑の境界線。そこを跨いで出ようとしても、それは叶わない。
     何か大きな斥力が働いて、タカトを水晶世界の内側へと押し留めようとする。
    「白の王の……結界?」
     並みのダークネスならば、囚われたが最後脱出する事は叶わないだろう。
     だが、タカトにとってこの程度の結界など破壊するに造作も無い。
     歩を阻むに値しない。
     ……結界だけならば。
    「随分、好キ勝手ヲシテクレタヨウダナ」
     水晶の結界を破壊しようとしたタカトの背後より、獣の唸りの如き荒々しい声が夜陰に響く。
     ――クロキバだ。
    「君は……セイメイの配下か」
    『Standby……』
     問いかけと同時、宇宙服が電子音を発する。
    「ソウ認識シテクレテ構ワン」
     逡巡一つ無く、クロキバは肯定した。
    「……白の王が動く、か。だが、もう間に合わない。僕の速度にはもう誰も追いつけないのだから」
     宇宙服に身を包んだタカトの表情は、何一つ窺い知る事が出来ない。
    『F・F・F・Final Form! Standby Tarots!』
     問答無用とばかりに、タカトはクロキバへ次々と衝撃波を、或いは変形した腕を、具現化した剣を放つ。
    「……フン」
     クロキバは動じない。
     衝撃波をいなし、変形腕を叩き潰し、具現化した剣の群れを難なく掻い潜り、一気に距離を詰める。
     そんなクロキバの眼前に現れたのは、無数の巨大砲口。
     即座、全ての砲に火が燈り、上下左右四方八方、刹那のズレも無く一斉に発射された暴力的な光の奔流は、クロキバの姿形を覆い隠し、焼き尽くす。
    「玩具ダナ。豆鉄砲ダ」
     平然と光の中から現れたクロキバは、その右腕に黒い炎を宿しタカトにぶつける。
     が、拳がタカトに接触する寸前、それは皮膜のように薄いバリアウィンドウに阻まれる。
     タカトが天を指差す。
     直後。水晶結界全域が、陰る。
     何かが月の光を遮ったのか。
     クロキバが地から天へと視線を移す。
     ……影の正体は、大きな、巨きな隕石だ。
     大質量の隕石が落ちる。
     水晶を砕き、結界を破壊し、しかし周辺環境を一切傷つけはしない。
     破砕された水晶が、霧雨のように舞い散る。
     しかし。
     破壊されつくした結界の中心で。
    「……手ヌルイ」
     黒い豹が咆哮する。
     地から離され、地に還れず。
     黒い炎を外皮とした、豹の骸骨(アンデッドダークネス)が。
     骸は駆ける。
     乱反射するプリズムを黒い炎で塗りつぶし、神速の勢いでタカトの右腕に喰らいつく。
    「手緩いね。まるで子猫の甘噛みだ」
     黒炎豹に食まれながらタカトは平然とそう言ってのけた。
     パチン、とタカトが左指を鳴らすと、突如として中空に現れたのはおよそ三十余りの、ベヘリタスの卵。
    「君の絆を、僕にちょうだいね」
    「……クダラン」
     夜闇よりも暗い炎が燃える。
     燃え盛った炎は、クロキバに迫るベヘリタスの卵全てを焼き払い、炭化させ……そして跡形も残さず消滅させた。
    「!!!」
    「キサマの邪術ナド、『黒牙』ニハ通用セン」
     これにはさしものタカトも驚いたのか、腕に喰らいついたクロキバを力任せに振り払い、距離を開ける。
    「まさか……白の王が『黒牙』を得ていたとはね」
     クロキバを見据えた少年が、淡い光を放つ。
     その光は徐々に、徐々に眩さを増していき……。
    「ならば、ここは退かせてもらうよ。準備は既に整っている。いまさら僕が動くまでもないのだからね」
     そして光が爆ぜた。

     光が引いた後、タカトの姿は既に無く、その場に在ったのは水晶の残骸と、人の形に戻ったクロキバのみ。
    「光ノ少年タカトカ……。フン、逃ゲ足ハマサニ光ノ如シダナ」
     ぼそりとそう言い残し……何事も無かったかのようにクロキバもその場を後にした。

    ●介入・灼滅者
     神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)の予測を元に調査した所、ベヘリタス事件で暗躍し、ラブリンスターを町中で襲撃した宇宙服の少年――タカトと、クロキバが、琵琶湖付近で激突することが判明した、と、見嘉神・鏡司朗(高校生エクスブレイン・dn0239)は教室に集まった八名の灼滅者に告げた。
     事件は、琵琶湖の近く滋賀県近江八幡市の山中で発生。山中に現れた宇宙服の少年をクロキバが襲撃するというものだ。
     クロキバの襲撃を受けた宇宙服の少年は、光を目眩ましにして撤退するのだが……。
    「この襲撃を放っておけば、宇宙服の少年が撤退する事で何事も無く終わります。但し……」
     ごく少数の人数ならば、予め襲撃が行われる山中に潜み、この襲撃に介入することが可能だと言う。
     その数は最大で8名。
     それ以上の人数は望めない。
     少人数ゆえに、この戦力だけでクロキバや宇宙服の少年を灼滅に追い込むには戦力が足りないだろう。
     ……が、うまく立ち回れば、どちらか、或いは双方の灼滅を狙ったり、重要な情報を得る事ができるかもしれない。
     最速で接触出来るタイミングはタカトが結界に囚われる前であり、最遅で接触出来るタイミングはクロキバがタカトを退けその場を去ろうとする直前だ。
     この間の何処で行動を起こしても良いし、起こさなくても良い。
    「最悪、その場に潜伏し続け、実際に彼らの様子をその目で見てくるだけでも、最低限の成果は挙げられるでしょう」
     此方からは以上です、と鏡司朗は言った。
     後は全て現地に赴く皆さん達の判断にお任せします、と。

    「最低限、潜伏して情報を得てくるだけならば危険は少ないでしょうが……」
     行動によっては、生きて帰ってくることすら難しい状況になるかもしれない。
     だからこそ、何を行うべきかは慎重に決めて欲しいと、鏡司朗は集った灼滅者一人一人の顔を確かめるように見渡した。
    「慎重かつ大胆な行動をとれば、より良い結果を持ち帰る事ができると思われます。ですが十分にお気をつけて……」


    参加者
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    東雲・悠(龍魂天志・d10024)
    御影・ユキト(幻想語り・d15528)
    緑風・玲那(ラストフェザー・d17507)
    葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)
    牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)

    ■リプレイ

    ●選択
     舞い散る水晶が、月の光を受け煌く。
     一種、幻想的とも取れる景色の中心で闘争を繰り広げるのは、宇宙服の少年と、黒炎纏う豹の骸。
     少年――タカトがぱちりと指を鳴らし、現れたのは三十余りの卵達。
     恐るべき速度で射出されたそれらが黒炎に接触する、その、直前。
     卵よりも先にクロキバの側面を叩いたのは、漆黒の弾丸だった。
    「ナ二……!?」
     クロキバが瞳の無い真黒の眼窩で、不意を突かれた方角を睨めつけると、そこに居たのは御影・ユキト(幻想語り・d15528)。
    「さて、どう転がるか……見極めなくては」
     ハーフフィンガーグローブを着用した白い指先を拳銃の形から解くと、縛霊手が彼女の腕全体を包んだ。
     直後、光が乱舞する。
     水晶片が充満する結界跡に侵入を果した七つの光が向かう先は……クロキバだ。
     牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)の繰る妖の槍がクォーツの海を掻き分けクロキバを貫くと同時、東雲・悠(龍魂天志・d10024)の足元より伸びた影が、隕石の衝突によって出来上がったクレーターの表面を伝い、骸を絡め取った。
    「灼滅者! 何ノ因縁ガアッテ邪魔ヲスル!」
     クロキバが咆哮し、黒炎を滾らせ、飛散する水晶を全て焼き払った。
     ……因縁ならば、灼滅者と彼の間には一夜で語り尽くせぬほど有ったはずだ。
     それらは全て余分な物と、彼の血肉と共にこそぎ落されてしまったのか?
     黒炎は水晶を蒸発させるだけでは飽き足らないと燃え盛り、スナイパー達を炭化させるべく大火となって襲い掛かる。
    「させません!『深淵の先を逝く者達を払う聖光の加護を!』」
    「玲那ちゃん! 統弥先輩!」
    「判っています! 防御を!」
     だが、間一髪のタイミングで緑風・玲那(ラストフェザー・d17507)と嶌森・イコ(セイリオスの眸・d05432)、そして葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)のディフェンダー三人が一丸となって後列から黒の大火を遮った。
     熱い。劫火だ。
     だが何処か……軋むような冷たさも感じた。
     禍炎が消えると、統弥はWOKシールド・ブラックライトの黒く輝くエネルギー障壁を前列に展開する。
     玲那は地を蹴り飛び上がり、イコは闇色の茨を地に這わせる。
     スターゲイザーと斬影刃。
     天地同時の挟撃はしかし、黒炎豹にするりと回避されてしまう。
     ……灼滅者は選択した。
     今夜。この満天の星空の下で、クロキバを灼滅すると。
     敵の戦力も知れない。情報も圧倒的に不足している。
     だから上手く行かない事など、折り込み済みだ。
     二人の攻撃を回避し、夜天を跳ぶクロキバに、淳・周(赤き暴風・d05550)がバイオレンスギターをかき鳴らし音撃を叩きつけると、骸の外皮となった黒い炎がなびき、音に乗じて接近した神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)が黒死の一撃を骸に見舞う。
     悲鳴を上げるように黒炎が更に大きく揺れた。
     骸の四肢で地を強く踏みしめたクロキバは一旦距離を開けながら、殺意を含んだ唸り声を上げ、灼滅者と……タカトを見据える。
    「灼滅者か。珍しい客、と言いたい所だけど、どうやら君達の興味は僕よりもあの獣にあるようだ」
     今、この場に於いては灼滅者に敵意を向けられていないと察したのか、タカトは無防備に背を向け、興味深そうにクロキバを観察する。
     いつの間にか、卵達は影も形もなくなっていた。
     好機、とは思わない。
     恐らく、今その背に攻撃を加えた所でタカトを敵に回すだけだろうし、タカトが灼滅者とクロキバの間に立つように位置しているから、クロキバが警戒して攻めて来ないのだろう。
     この状況は、タカトが灼滅者と多少の会話をしたいが為に作り出した物と言って相違ない。
    「私達は安土山周辺を調査していました。その途中、あの『死獣』……セイメイの配下を見つけた為襲撃した……それだけです」
     玲那は意図的に、タカトに対して『黒牙』の名を伏せた。
    『黒牙』が光の少年にとってどのような作用を齎すものなのかは知らないが、鏡司朗が語った予知では、タカトは『黒牙』の名を聞いた直後に撤退した。
     タカトをこの場に長く留まらせるためには『黒牙』の名は伏せたほうが賢明……それが灼滅者全員の結論だった。
    「出来るなら『アイツ』を灼滅したい」
     悠は短くそう発した。
     セイメイの呪縛からクロキバの解放・黒牙継承を狙うために、とは、現状、口が裂けても言えない。
    「自分達の狙いはアイツだけ。ここで会ったのも何かの縁。タカトさんにも協力して欲しい。そう考えてるのが、自分達の本音っす」
     麻耶の言葉に嘘偽りは無い。
     ただし、この少年を無条件で信頼できる相手ではないと思っているのもまた本心だ。
     タカトの応答を得ないまま、十数秒にも満たない極々僅かな凪の時間は終わる。
     クロキバが猛り空を鳴動させ。
     灼滅者達は陣形を整える。だが、そこにわずかな隙があった。
     ポジションを変更しようと動いたユキト目掛け、死獣は一条の闇を放つ。
     鋭利な闇がユキトを貫く刹那、白い影が彼女の眼前に立ちはだかる。
     闇が白の影に命中するが、その一撃が宇宙服を破壊する事は無かった。
     灼滅者達は目を見開く。
     ユキトを庇ったのは、タカトだった。
    「随分と驚いた顔をするんだね。僕に協力を求めたのは、君達だろうに」
     タカトが右掌を広げると、光の球が形成される。
     光球はまるで超新星の如く大きく膨れ上がると、その直後には高速度の圧縮を始め、そして細く鋭い光の投槍に変じた。
    「君達は、あの獣の素性について何か……僕に隠しているね」
     それは別に構わない。僕も君達に手の内を明かさないだけだとタカトは続ける。
    「……そうだな。僕としても、あれほど強大なダークネスを白の王が有していると言う事実は気に入らない。その一点で僕達は一時、共に闘える」
     光の少年にどのような思惑があるのか……宇宙服越しでは何も判らない。
     共闘できる。少年はそう口にしたが、何処まで信頼できるものだろう。
     灼滅者達はタカトに対する警戒を緩めない。
    「どうあれ、好きにすると良い。僕も好きに動く」
     超高密度の投槍が夜天を裂いて骸を貫くと即座に砕け散り、クロキバの足取りを鈍らせた。
     タカトとクロキバに訊いてみたい事柄はいくつもある。
     だが……玲那は口の先まで出掛かった問い掛けを無理やり飲み込んだ。
     ここから先……問答の対価は間違いなく、死だ。
     クロキバの灼滅と言う大目標を果すには、他の目的全てを諦めなければ……為し得ない。
     
    ●虚無
     黒炎が月夜を覆い隠し、咲き乱れ続ける血の華が大地を黒く染める。
     視界が霞む。指先が震え、思考が一瞬、覚束なかった。
     始終聞こえる荒い呼吸は仲間のものだろうか。それとも……。
     灼滅者達は深手を負いながらも、未だ誰一人として倒れていない。
     体を支えているのは、気力と、意地と、そして。
     もし……もし誰か一人でも欠けてしまえば、クロキバの灼滅はままならない。そんな気がした。
     クロキバとは一度真っ向からやりあいたい。周はそう思っていた。
     その願いは叶った、と言えるのだろうか。
     幾度周が連打連撃を重ねても、クロキバからは何の『熱』も感じ取れない。
     目の前の『これ』は、本当にもう、ただの残骸に過ぎないのか。
    (「屈辱だろうな。死んで尚、怨敵に狗として使われて……」)
     万に一つだとしても、勝てる可能性があるならそれに全てを賭ける。
     自分達が彼にしてやれるのは、それ位しかない。
     周は拳を伝う凍りつく様な感触ごと死獣を全力で殴り抜き、摩耶に繋いだ。
    「……アンデッドとは哀しいものだな」
     摩耶はヒイロカミと縁があり、そしてクロキバの炎獣らしからぬ知的な面に興味があった。
     しかし、今のクロキバは意思を待たぬ傀儡の、殺人機械だ。
    『自由意思の尊厳』を傷付けるセイメイの行為は、摩耶の価値観に相反する。
     クロキバとの間に紡いだ『モノ』が哀れだと疼き、加減して攻撃しようとする衝動を押さえつけ……骸を斬った。
    「叶うなら、あなたの解放を。灼滅でなら不死も超えられるのでしょうか?」
     クロキバの最至近で、黒色ならぬ火が揺らめく。イコが纏う炎だ。
     アンデッドダークネスがどのような物なのかは判らない。
     心も体も腐り果て、骨だけになった彼にはもう何も残されていないのかもしれない。
    「どうか誇りまでは喪わないで。復讐者が継がれることを援けるわ……わたしの――白銀の血統の誇りにかけて、誓います」
     それでも……イコはタカトには聴こえぬ小さな声でそう誓った。
     イコの炎が骸を焼き、刹那の間クロキバの外皮たる黒炎を吹き飛ばした。
     悠と麻耶が顕わになった骸全体をつぶさに観察してみても、憑竜碑の存在は確認できない。
     碑を壊せばクロキバも元に戻り大団円。
     そんな結末だったらどれほど良かっただろう。
     やはり、彼の魂を開放するためには灼滅するしかないのか。
     タカトが喚び出した無数の砲火から身をかわしながら、クロキバは再び黒炎を得る。
     同時に、玲那が周囲の気配を探った。
     少なくとも今この場所には灼滅者と、クロキバと、タカトしか居ない。
     仮にセイメイが居るとするなら、加勢に現れてもおかしくは無いはずだ。
     そう結論付けた玲那はクロキバを真正面に見据えると、柔らかな風を呼び起こし、後列を癒す。
    「状況には同情するぜ。だからここで素直に倒されてくれよ! ……聞き入れてくれるとは思わないがな……!」
     悠は妖の槍を携え、麻耶が縛霊手を握り、清めの風に乗るように、二人同時に跳躍し、骸の直上をとる。
    「合わせるっすよ、悠さん!」
     悠の作り出した氷の刃と共に、麻耶の縛霊撃が骸を砕き、捕縛する。
     しかしクロキバは物ともせず、黒炎を噴き上げ、麻耶を背に乗せたまま一息に疾駆すると、大きな口を開き、挟み込むように統弥の胴を食んだ。
     ぎりぎりと、体を両断する勢いで喰らい付かれる統弥。
     統弥の全身から流れ出た血液は、白色の骸骨を真紅に濡らした。
     意識が遠退く。じわりと体から力が抜けていく感覚があった。
     ……それでも、闇には堕ちない。
     自分を待ってくれている人のためにも、絶対に生きて帰ると決めた。
     統弥の手に納まる月の光は、まだ翳っていない。
     故に――統弥の魂は肉体を凌駕し、クルセイドソード・ムーングロウは光り輝く。
     統弥の斬撃は示す。
     これが人としての誇りなのだと。
     誇り高かった、かつてのクロキバに見せ付けるように。

    ●『絆』
    「何故ダ! 何故倒レヌ! 何故倒セヌ!」
     骸が叫ぶ。黒炎が爆ぜる。
     力では圧倒的に勝っているはずだ。
     本来なら歯牙にもかけず蹴散らせるはずだ。
     なのに何故――と。
    「その理由が判らなくても、君には何の瑕疵も無い。これは、白の王の失策だろう」
    「オ前カァ! オ前ガ居ルカラカァ!」
     激昂した骸は灼滅者には目もくれず光の少年に全火力をぶつけ、そしてタカトはそれを全て受け止めた。
    「勿論それもある。けど、それはほんの小さな一因に過ぎない」
     タカトは語る。
    「灼滅者が倒れなかったのは、君と彼らを強く結び付けている『それ』のせいだ。『それ』が強くあったからこそ彼らは君の灼滅を決意し、そして遂に誰一人欠けず此処までたどり着いたんだろう。この結果は奇跡でもなんでもない。必然だ。」
     君と灼滅者の間にどんな経緯があったのかまでは知らないけどね、とタカトは言った。
    「君の『絆』は、僕には奪えない。今まで散々僕の歩みを阻んで来た灼滅者が、文字通り全身全霊を賭して君を開放しようとしているのだからね……そうだ。一つだけ、教えてくれないか。『黒牙』」
     タカトも長時間『黒牙』と戦っていた。
     それだけ骸が『クロキバ』だと気付く機会も有ったのだろう。
    「最後の最期に僕を攻撃したのは、あくまで白の王の命故か? ……それとも……これ以上彼らを傷つけたくなかったからかい?」
    「うううおおおおおおおおおぉぉぉぉオオオオオオオオオオオォォォ!!!!!!!!!」
     その答えはきっと、問いかけたタカトにも、クロキバ自身にも、そして呪を掛けたセイメイにも永遠に解りはしない。
     ただ唯一。
     この瞬間。
     確かな事は。

     ――此度語るは、願いを込めた暖かい言葉の話。
     ユキトの言霊が灼滅者を癒し、そして……。
     灼滅者達のサイキックが一斉に骸を包む。
     皆で選び取った道だ。
     だから。
     決着は、皆の手で――。

    ●『縁』
     炎が燃える。
     イフリートを象徴する、血潮のように真っ赤な炎だ。
     人の形に戻ったクロキバの眼には確かな光があった。
     正気を、取り戻したのか。
     ……また、一緒に歩む事は出来ないか。
     誰とも無くそう訊いたが、クロキバは困ったように笑いながら首を横に振った。
     ぼろぼろと。
     クロキバの体の崩壊は、止まらない。
     ……わかっている。
     これは存在が燃え尽きる間際の、一瞬の輝きだ。
     頭ではそう、理解出来ているのに。
    「ソレハ次代の『黒牙』の役目ダ。俺ニハモウ、祈ル事シカ出来ナイ。願ワクバ、ソウ在ルヨウニト」
     炎の中でクロキバは自身の胸に手を置く。
     しかし彼の腕は、その瞬間に崩れ去ってしまった。
     だが……腐り果て、こそげ落ち、屍となり、崩壊しようとも、『それ』だけは強く、確かに息づいていたのだ。
    「セイメイデモ簒奪出来ヌ『縁』ガアッタ。光ノ少年デモ奪エヌ『絆』ガアッタ。『黒牙』ノ名ハ次代に引キ継ガレル。ダガ、『コレ』ダケハ絶対ニ、誰ニモ渡サン。故ニ――」
     燃え尽き逝くクロキバの表情は、とても穏やかだった。
     炎が燃える。
     クロキバの体を全て焼き尽くす。
     その直前。
     クロキバは満面の笑みを湛え――。

    「――ありがとう。灼滅者」

    ●道
     クロキバを開放し、未来へと繋がる道を斬り開く事が出来たのだと、今はただそう信じたい。
    「今夜、一番の利を得られたのは僕でも無く、君達でも無く、黒牙だろうね。白の王の狼狽が、目に浮かぶようだ」
     何か企んでいたらしいけど、策士策に溺れるとは正にこの事だねと、タカトは再び静かに星空を見上げた。
    「僕の道を阻むものが一つ、無くなった……君達とは、また、すぐに会うことになるよ。今、僕の邪魔をすることができるのは君達くらいのものなのだから」
     そう言い残すと、タカトは眩い光に包まれ、そして消えた。
     ……卵。絆の奪取。目的。結局、光の少年については解らないままだ。
     摩耶がタカトの戦闘中の挙動を振り返るに、宇宙服の中身はおそらく人型であろうと言う、その程度しか知れない。
     静寂を取り戻した周囲を調べてみても、目ぼしい物は何も無い。
     だが失敗では無い。
     今宵、灼滅者達が全てをなげうって得られた成果は……イコの一言に集約される。

    「クロキバさんは……漸く、地に還る事が出来たのですね」

     炎のように明るい月が、灼滅者達の道行きを何時までも、何時までも……優しく照らしていた。

    作者:長谷部兼光 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年11月6日
    難度:やや易
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 13/感動した 143/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 4
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