オジサマ、厚岸牡蠣で滋養強壮よ！

■リプレイ

●厚岸駅前
　冷たい風の吹きわたる、北国のローカル駅前。
　灼滅者たちはロータリーの中央にある、小さな駐車場に止まっている車の陰に隠れていた。寒いし狭いが、
「牡蠣ー牡蠣ー♪」
　蒼羽・シアン（ハニートラッパー・d23346）はご機嫌である。すでに任務後のお楽しみに思いを馳せているらしい。東郷・時生（天稟不動・d10592））も嬉しそうに、
「北海道の牡蠣ですもんねえ。響きだけでもう美味しそうね。姫七を救出したら、一緒に厚岸の牡蠣を食べたいわ」
　僕も牡蠣はまあ苦手やない方やけど、とカルム・オリオル（ヒッツェシュライアー・d32368）が、
「食中毒とかも気になるし、さすがに好みが分かれる食材やよな」
　そう囁いた時。
　ガタンゴトン……と列車の走行音が聞こえてきた。件のサラリーマンが乗っている花咲線の列車が近づいてきたのだ。
　ということは、姫七も到着に合わせて現れるに違いない。灼滅者たちは一層身を縮こまらせて車の陰に隠れた。被害者より先に、自分らがカキ姫に見つかってはたまらない。
「あ、タクシーが」
　タクシーが１台ロータリーに入ってきたのを見つけ、叢雲・宗嗣（贖罪の殺人鬼・d01779）と時生がそっと隠れ場所を離れた。サラリーマンを逃がすために予約しておいた車が、タイミング良くやってきたのだ。２人は運転手に少し待っていて欲しいと頼むと、素早く戻ってきた。
　速度を落とした３両編成の列車が、駅舎に滑り込む。そしてそれに合わせたように、セーラー服姿の少女が、駅前に駆け込んできた。
「（あれか！？）」
　少女は待ち人を迎えるように、改札の前に立った。
　改札から10数人ほどの降車客が出てきた。少女は早速、カモになりそうな余所者を物色している。
「あれが姫七さんか……」
　ターゲットを観察しながら若林・ひなこ（夢見るピンキーヒロイン・d21761）が。
「厚岸牡蠣愛自体はステキだと思うんですけど、でも無理強いはダメ！　どさんこヒーローの同士として、絶対目を覚ましてもらいますよ！」
「ご当地怪人って、押しつけすぎてしまうんですよね」
　守部・在方（日陰で瞳を借りる者・d34871）も頷いて。
「本物はそんなことしなくても売れていくものでしょうに。その行動がむしろ商品価値を落として……あっ、声をかけたわ」
　姫七が、最後に改札を出てきた中年サラリーマンに、待ち受けていたように駆け寄った。
『ステキなオジサマ、厚岸へようこそ！　厚岸にはお仕事ですかぁ？』
　オミズの客引きのような姫七の振る舞いを見て、シアンがため息をもらし、
「牡蠣をいただく前に、ちゃんと姫七ちゃん、助けないとね」
「うん、きっちり助けたろ」
　カルムが仲間たちを見回して。
「ほな、はじめよか」
　灼滅者たちは一斉に車の陰を飛び出した。

●まずは説教
「厚岸に来て牡蠣を食べないだ～と～～！」
「わ、ホントごめん……謝る、謝るから……」
　髪の毛を逆立てカキ殻甲を構えようとしている姫七と、怯えるサラリーマンの間に割り込んだのは、赤い番傘を盾のように広げた在方とひなこ。
「最高の素材に余計なサービスはいりません！　女子高生にお色気作戦は10年早い！　強引な押し付けなんてもってのほか！『素材は一流サービス三流』じゃあ、お客さん逃げちゃいますよ！」
　いきなりの妨害に姫七が面食らっている隙に、時生がサラリーマンを庇うようにしながら、その場から遠ざけ、
「災難だったわね、おじさん。後は私たちに任せて！」
「え、えと……？」
「タクシー呼んでおいたわよ」
　強引に引きずっていく。
　一方、姫七の方には、轟轟と非難の嵐が浴びせかけられている。
「アレルギーの人に食べさせると死ぬ事もある、無理強いしては、逆にその良さを落とすことになるぞ」
　と、サウンドシャッターをかけた宗嗣が切り出せば、カルムは殺界形成を発動し、
「火を通さないと食えんて人もおる。あんま押し付けんのがええと思うんよ。相手の事情も顧みず押し付けたら、トラウマになって二度と食わんてなるやろ」
　反論の隙も与えず、奏川・狛（獅子狛楽士シサリウム・d23567）が畳みかける。
「世の中には、体質上食べれない人もいるんです。場合によっては命に関わる……先程断った人もそうでしょう。無理矢理力尽くじゃあ『体質上の理由』から『本気で嫌い』に昇格する可能性ありますよ？　自分のご当地でトラウマ植え付けて如何するんですかっ！」
　自分も牡蠣産地出身の崇田・悠里（旧日本海軍系ご当地ヒーロー・d18094）は、初っ端から燃えたぎっており、
「そもそも牡蠣、特に生牡蠣は、広島だと厳密に指定された海域以外では生食として販売不可で、扱った包丁やまな板も要洗浄、とても神経を使う食材なんですよ！　其れをこんな衛生的に不安がある場所で供するのがまず間違ってます！」
　ビシッと姫七を指さして。
「しかもよりによって、好き嫌いで食べられない訳じゃない、食べたら命に関わるアレルギーの人に絡むなど、食に携わる者として恥を知るべきです！」
「……やっ……やかましい～～！」
　どぱぱぱぱぱん！
「うわあ！」
　灼滅者たちの立て板に水の説教に癇癪を起こしたらしい姫七が、爆薬を仕込んだカキ殻をいきなりばらまいた。
「一体、あんたたち何なのよ、いきなり割り込んできたと思ったら、いきなり説教しまくってー！」
　ヒステリックに叫ぶと、また牡蠣殻甲を構えた。
「やむを得まい」
　宗嗣がスレイヤーカードを解除した。
　この興奮状態では、本格的な説得に入ることができないし、やられっぱなしでは、こちらの身が持たない。
「一凶、披露仕る……」
　銀色の爪をひらめかせた宗嗣が、ガッと踏みこんだのを皮切りに、灼滅者たちは一斉に姫七に飛びかかっていく。
「あっぶない娘やなあ……お返しや」
　カルムは高速回転させた杭を撃ち込み、
「みらくるピンキー☆　めいくあっぷ！」
　裾ドレープが牡蠣っぽいドレスにひらりとお着替えしたひなこは、サラリーマンをタクシーに押し込んで戻ってきた時生と共に、前中衛に交通標識を黄色に光らせ、防御を高めた。白い旧日本海軍服姿の悠里は怒りの跳び蹴りを放ち、
「転身っ！　シーサーダイナミックゥ！！」
　狛はシーサーのご当地怪人『シサリウム』に変身すると姫七に掴みかかり、シアンは後衛に向けて弟から借りた『七曜区間』を掲げながら、
「エレル、猫魔法！」
　愛猫には攻撃を命じ――と、そこに。
「あらあら大変、姫七さんも、皆さんも、ちょっと落ち着きましょうよ」

●オイシイ提案
　赤い傘をぐっと差し入れて皆を宥めたのは在方だった。
「勘違いして欲しくないんですけど、私は牡蠣が大好きです。ですから、大好きな牡蠣を押し売りなんてして欲しくないんです……それに、嫌いな人やアレルギーの人に食べさせるくらいなら、私が食べたいですし」
「おっ、押し売り……っ？」
　傘と在方の冷静な語り口に虚を突かれたらしい姫七は、イタイ処を突かれてよろりと一歩退がった。
　ええ、あれじゃ押し売りよ、とシアンが前に出て。
「第一、女子高生武器にしても釣れるの3割弱って所でしょ。オジサンだけ相手にしたいならともかく、お色気系は同性の反感買う分、効率悪いわよ？　やっぱブームは女性からだし、F1層狙いで行かないと」
　そういう彼女も学園にくる前にはそれ系で生計を立てていたので、色事の難しさはよく知っているのだ。
「正しくアピールすれば、厚岸の牡蠣は広まっていくはずです」
　悠里も、一通り叱りつけて落ち着きを取り戻したようだ。
「殻付きの網焼に醤油を垂らして振る舞うというのはどうですか。匂いで誘っておき、肌に良い事や、血中コレステロールを抑え脂肪の消化吸収を促進すること、肝臓にも良いとか、厚岸の牡蠣は年中食べられるとか、長所を語って地道にアピールしていくべきです！」
　そやな、とカルムも。
「火を通せば食えるゆう人もけっこうおるで、牡蠣フライの実演販売、えええんやないいかな」
　宗嗣も頷いて。
「牡蠣は栄養価が高いしな。フライとか鍋にして食べるのは、冬の楽しみよな」
　カキフライ……と、うっとりした在方が。
「焼き物も生も、タルタルソースを添えたフライもいいですが、そろそろ牡蠣鍋が美味しい季節です。味噌、塩、キムチ、醤油、どのスープにも負けない強力な個性。〆には旨味をたっぷり吸った雑炊。卵をポトリと落としてトローと……あぁ、食べたいものですね」
　よだれを拭こう。
　冬だけじゃないわよ、と時生が引き取って。
「厚岸牡蠣って、育て方を工夫してるから、年中食べられるんですものね。一年中楽しめるなんて、すごいわ！」
　狛は生真面目な表情で。
「牡蠣に自慢できる成分や効能があるのは貴女もご存じでしょうし、それを口答なり、ネットに牡蠣関連のHP作って広めるというのはいかかでしょうか。情報でワンクッション置いて興味を引いてから、実物を勧めては如何ですか？　好感触な情報は人づてに広がる物ですし……」
「そうですよ、情報大事！」
　続いてひなこが取り出したのは。
「この分厚い資料見てください☆」
　ドサっと電話帳のような分厚さの手作り冊子が姫七に手渡された。
「簡単に殻から取り出す方法、オススメ牡蠣レシピ、試食コーナー設置での集客ノウハウ、ノロウィルス対策などまとめてみました！」
　姫七、驚愕。
　ひなこ、ニコニコ♪
「どさんこ仲間のためにガチで考えた力作ですっ☆　清く正しく！　厚岸牡蠣を盛り上げましょう！」
「……あんたたち余所者なのに……」
　姫七は、ひなこの冊子をぎゅうっと抱きしめて、灼滅者たちを見回した。
「そんなに一生懸命、厚岸牡蠣のこと考えてきてくれたの……？」
　この時とばかり、一生懸命真顔で頷く灼滅者たち。
「わ、私だって……っ」
　姫七は、よろりらとロータリーに崩れ落ちた。
「最初は堅実な方法でアピールしてたのよ。でも、牡蠣って食わず嫌いの人も多いし、いちど中っちゃったことで、食べられなくなっちゃった人もいるし……」
　プラス見かけや食感、香りなどもアレだから、食べつけない人には、ハードルの高い食材ではあることは確かだ。おいしいんだけどねー。
「そのハードルを克服するには、身体を張るしかないって思ったのよッ！」
　その覚悟は潔いが、やはり方向性としては……。
「私、間違ってたのね……」
　うなだれる姫七の肩を、シアンが馴れ馴れしく抱いて。
「うちの学校、そこら辺のプロ多いから相談に乗れるわよ？　厚岸牡蠣にも姫七ちゃんにもいいアピール方法、一緒に探しましょ？」
「……学校？」
　灼滅者たちは武蔵坂学園について説明した。
「そんな学校があるのね」
　姫七は関心を持ったようだ。
「東京で厚岸牡蠣のアピールもできるかしら？」
「もちろんよ！」
　姫七の瞳に光が宿った。
「私でも……入学させてもらえる？」
「ああ。だが、その前に」
　宗嗣が冷静な眼差しで、跪く姫七に『大神殺し』の輝く刃を突きつけた。
「アンタの中の闇を祓わなければならない」
　姫七は、ハッと豊満な胸を抑えた。自らの内部に、養殖中の牡蠣のように潜む闇が確かに在る。
「……わかったわ」
　そして頷き、立ち上がって宗嗣の目をしっかりと見返した。
　闇は戦って晴らさねばならぬものだと、直感的に悟ったのだろう。
「祓ってもらおうじゃないの」
　ジャキリ、とカキ殻甲を構えて。
「さあ、遠慮無く来てちょうだい！」

●牡蠣ラブよ永遠に
「ええ覚悟や！」
　宗嗣が鋼の帯を伸ばし、カルムは鋭い刃で急所目がけて斬りかかる。時生は炎の翼で更に前衛の防御を高め、ひなこは鋏をジャキンと鳴らして迫る。悠里は槍を捻り込み、
「千里の道も一歩から！　ご当地を色々な人に伝えていく道に近道なんてありません！　有ったとしても其れはご当地を貶める間違った道です！」
　まだまだ熱く叫んでいる。狛は『シークヮレンジブレード』に炎を載せて蹴りを入れ、
「もう少しだけ辛抱してくださいねー！」
　在方は番傘を振り回しながら鬼の拳を握って飛び込んでいく……が。
　ガシッ。
「あらっ」
　黒髪を逆立てた姫七に、胸ぐらを掴まれてしまい。
「が……我慢しようと思ってたけど……やっぱり痛いよーっ！　タウリンダイナミック－っ！！」
　豪快な背負い投げを決められてしまった。
　しかし、その威力はさほどでもなく、在方は受け身を取ると、痛がりつつもすぐに身を起こした。
　姫七の人間としての自我が勝利を収めつつあると見た宗嗣は、スッと死角に入り、銀の爪でザックリと抉り、カルムが炎の蹴りを見舞って傷を負った在方から遠ざける。時生は鬼の拳で殴りつけながら、
「何事も強引なのはダメよ！　清く正しくアピールしなきゃ、ブランドを汚すことになっちゃうわ！」
　姫七の良心に語りかけ、在方はシアンがダイダロスベルトを包帯と化して手当している。悠里も、
「牡蠣を県魚とし牡蠣を愛する広島のご当地ヒーローとして、同じ牡蠣を愛する人が道を誤ったなら全力で止めてみせます！　切磋琢磨し合い高め合える人を闇堕ちさせたりはしません！」
　高らかに叫びながら駅舎の屋根から流星のような跳び蹴りを放ち、狛の『シークヮーサー型ダイダロスベルト内蔵・アームドシークヮーサー』が柑橘の芳香と共に突き刺さる。
「ぐ……い、いたいじゃないのッ」　
　集中攻撃を受けて倒れ込んだ姫七は、それでもカキ殻甲を灼滅者たちに向ける……と。
「姫七ちゃん、辛抱して！」
　シアンが在方を手当しながら声を上げ、
「そや。ご当地のために頑張りや」
　カルムもドライな口調ながら、真摯に呼びかけた。
　姫七は、血塗れの顔を上げて灼滅者たちを見回し……そして武器を下ろした。
「どさんこヒーロー仲間として、ケリをつけてあげますっ！」
　ひなこが思いっきり助走をつけて、見舞ったのは。
「厚岸牡蠣ラブキッーーーク！」
　強烈なキックでふっとんだ姫七は、もう、動かない。
　灼滅者たちは慌てて姫七の元に駆け寄り、息を確かめる。
「気絶しているだけ、大丈夫よ」
　ホッと安堵の息を吐き、そっと姫七をベンチに運んで寝かせた。
「ねえ、姫七ちゃんが目を覚ましたら、厚岸牡蠣食べにいきましょ！」
　シアンが安らかな表情で眠る姫七の、泥や血を拭ってやりながら言った。
「彼女、きっとオススメのお店とかいっぱい知ってるわよ」
「そうですね」
　狛も嬉しそうに微笑んで。
「せっかくですから、生牡蠣をご相伴にあずかりたいです！」

作者：小鳥遊ちどり	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2015年12月3日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 3
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