カキモノコモノ 果ての月

    作者:西東西


     ある老舗文房具店にて。

     ――あたらしい年は、こだわりの『カキモノコモノ』とともに。

     そんなキャッチコピーで、『万年筆と手帳の展示会』が開かれる。
     日本や世界から集められた万年筆やインク、手帳が販売され、愛好家はもちろん、文具に馴染みのない層にも興味をもってもらおうというイベントだ。
     万年筆はすべて試し書きできるコーナーが設けられており、自分の手にあった品を思うぞんぶん探すことができる。
     また、店頭には各メーカーのインク瓶がところせましと並び、色あいやカラー名を眺めてまわるだけでも楽しい。
     調子の悪い万年筆を持っているなら、メンテナンスを依頼してみるのも良いだろう。

     お気に入りの万年筆が手に入ったなら、筆記具にあった手帳が欲しくなるもの。
     毎年のロングセラーから新作まで、商品はすべて見本が置かれている。
     数えきれない数の手帳から、自分だけの手帳を見つけだせたなら。
     帰るころにはきっと、来年のスケジュールをたてるのが楽しみになっているはずだ。


    「――というわけで、『万年筆と手帳の展示会』に行ってみないか」
     一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が学生たちに声をかけ、イベントのチラシを掲げ見せる。
     そばに立つ七湖都・さかな(終の境界・dn0116)は、去年、同じイベントに参加していた。
     迷いに迷って購入を決めたのは、日付も罫線もない、全ページ白紙の手帳だ。
    「いっぱい、埋まった」
     ぱらぱらとめくり見せれば、季節の花見に行ったことや、その花びら。
     雨や雪の足跡や、万年筆のインクのにじみが、一日一日の情景をより深く物語る。
     その日、だれに会ったか。
     その日、だれと、どこへ行ったか。
     その日、だれに、どんなプレゼントをもらったか。
     箇条書きにちかい簡素なことばの羅列。
     けれどさかなはひとつも漏らさず、一年間きちんと記録し続けていたらしい。
    「まだ、ページあるから。来年もこれ使う」
    「ゆっくり、埋めていけばいいだろう。それにしても。七湖都は、もらった手紙も全部手帳に挟んで置いているんだな」
     手帳を覗きこんでいた一夜が気づき、感心したように頷く。
    「今年は手帳や万年筆と一緒に、レターセットやメッセージカードも置いているらしい。どんなものがあるか、見てみたらどうだ?」
     私も万年筆のメンテナンスと手帳探しにでも行く予定だと零し、老舗文房具店のチラシを配りにかかった。


    ■リプレイ


    「すごい、なんでこんなにわくわくするんだろう、なあ」
     真珠(d19620)ははやる気持ちのまま会場を巡り、目当ての万年筆売り場に腰を据えた。
     目についたものから書き味を試せば、とりとめのない想いがいくつも弾けていく。
     今年もいろいろあったな。
     大学生なんて、まだ実感がわかない。
     ここに来て、もう3年。
     ――早かったな。
     見れば同じように試し書きを続ける、千巻(d00396)の姿が。
    「アタシの今年って、何色って感じだったかなぁ」
     見守っていると、ついには沈黙し、微動だにしなくなる。
     真珠が声を掛けようか迷った瞬間、
    「うむ! 決めた!! 今年はめっちゃ頑張って目標達成したし、花マルの赤色っ!!」
     顔をあげた千巻と目があい、思わず吹きだしてしまう。
     悩み、楽しい時間を経て、真珠が決めたのは青藍の万年筆。
     これからを彩る相棒へ、「よろしくね」とご挨拶。
    「手帳もいいのあったら買いたいなぁ」
     インクを手に幸せそうな真珠と千巻を見やり、居合わせた一夜(dn0023)が悪戯っぽく笑う。
    「予言しよう。来年の今ごろ、二人は『インク沼』の住人になっている、とな」
     なにそれぇと投げかけられる千巻の声をそのままに、
    「一夜先輩、展示会の誘い、感謝」
     軽く頭をさげる紫月(d35017)へ、「ああ。匂袋を売っていた」と、見知った顔に笑顔を向ける。
    「どの手帳にするか、決めたのか?」
    「これ…」
     見せたのは、予定以外にも自由記載欄のある手帳。
     先の予定も書けて、軽く日記も書ける。
    「一石二鳥」
     なるほどと、一夜が同じ品を手に眺めて。
     紫月が選んだのは、ミントグリーンのカバー。
     迷いなくレジへ向かう背を見送れば、
    「展示会って、こんなに色んな種類があるのね」
     一夜も手帳探しかと、振りかえった先で時生(d10592)が会釈する。
    「目的に合わせて手帳を買うか。手帳に合わせて使い方を考えるか」
     東郷はどちらだと問えば、
    「選ぶ楽しみと使う楽しみ、どちらもあるって素敵だわ」
     自分の字で綴る一日一日の想い出を大切にしたいからと、記入欄の多いものを手に取り、見比べる。
    「俺…まだ、友達いないから…。テレビで、初めましては交換日記がいいって」
     ボソリ聞こえた声は、シャオ(d36107)のもの。
    「それなら、日付のついていない手帳を使うのはどうだ?」
     一夜が棚まで連れ行けば、ほんのり瞳を輝かせ、一冊の日記を手にレジへ。
     戻るなり、
    「俺、次でいいから…先に書いて」
    「ああ。え?」
     「私はそう何度も会えないだろうからな。次は、もっと身近な者に頼んだらどうだ」と、ぼやきつつ。
     一夜は調整したばかりの万年筆を手に、新品の日記帳にペンを走らせ、こう記した。
     ――シャオ・フィルナートの日々に、良き出会いがあるように願って。

     万年筆売り場を通りかかれば、陽桜(d01490)が手を振り、手招いて。
    「一夜おにーちゃんは万年筆、たくさん持ってるんですか?」
    「ああ。私は万年筆に目がなくてね」
     廉価なものから自分で調整したものまで、気付けば20本近く所持しているという。
    「書き味って、違ったりするんですか?」
    「一番大きいのは、ペン先の違いだな。一本目なら、この辺りはどうだ」
     比較的手の届きやすい価格の棚を示し、個々の特徴を伝えていく。
    「わたしのは、もらいもの」
     真紅と白が軸を成す万年筆を手に、さかな(dn0116)が告げて。
     一年ほど使って手に馴染んだと、試し書きを勧める。
     やがて陽桜が手にしたのは、薄紅の軸に花弁舞う万年筆。
    「お手紙書くの、もっと楽しくなるかな?」
     レターセットを見に行こうかと囁く少女たちを見送り。
     売り場を見れば、インク棚の前で試し書きに勤しむ供助(d03292)の姿。
     手元を覗けば、青いインクの書き比べをしているらしい。
     おもむろに、自分の万年筆をさし出して。
    「フロリダブルー」
     告げる一夜を一瞥し、手渡されたペンで一筆。
    「やっぱ、メーカーによって色合い違うな」
     最後は、乾いた時の色の変化が好きだと、紺に近いウォッシャブルブルーに決めた。
    「この間の写真は?」
    「見た」
     問われた一夜は満足げに笑み、皆にも礼をと言い添えて。
     陽桜と売り場に立つさかなは、いつもの制服姿だ。
    「いいもの、見つかったか?」
     供助が声をかければ、首を振って。
    「まだ」
     どこか憮然とした様子に見えるのは、選びきれないからだろうか。
     一足お先にと、その場を後にした。

     次にさかなに声を掛けたのは、アリス(d00814)だ。
    「さかなさんは、誰かに出す予定があるの?」
    「予定は、ない。けど」
     出してみたいと、思った。
     だから、売り場に立ち続けていた。
     曖昧な答えに、アリスは不思議そうに見やって。
    「今なら、クリスマスや新年用のメッセージカードがいいかしらね」
     棚を示せば、同じくカードを探す千代(d05646)が悩んでいる様子。
    「千代は。だれに、送るの?」
    「私はお世話になった人へ、お礼を送りたいなぁって思ってるんだ」
    「私も同じね。パーティーを開くわけじゃないから、親しい人だけで十分」
     千代とアリスの言葉に、さかなが瞬きをして。
    「さかなちゃんは、どんなの気になってる?」
    「雪の。結晶、の」
     あれこれ見ても、結局、この柄が目に留まる。
    「送りたい人のイメージで選んでみても、楽しいかもね」
    「私は、柊の葉が飾ってあるクリスマスカードにしましょう」
     自分用に星柄のカードを探すという千代と、レジへ向かうアリスを見送る。
     またひとり売り場に佇んでいると、見知った背中を見つけ、駆け寄った。
    「さかな殿!」
     手を振るサーニャ(d14915)の笑顔に、ほっと息をつく。
    「サーニャも、カード探し?」
    「ロシアの家族に贈る、クリスマスカードを探しに来たでござるよ」
     連絡は電話でもしているけれど、たまには手紙を送ってみるのも良いと思ったのだ。
    「ツリー型もいいし、サンタ姿の雪だるまも可愛いでござる」
     サーニャが手に取ればどれも魅力的に見えて、さかなはまた小一時間、売り場をぐるぐると回り続けた。
     そうして、サーニャはレターセットとフレークシールを買い求めて。
    「サンタさんが、さかな殿のところにも来るように。おまじないのお裾分けでござるよ」
     手渡されたのは、サンタクロースのシールだ。
    「それじゃ、今年の残りも良い日々を!」
     出会った時と同じように、笑顔で去っていく級友を。
     さかなは微動だにせず、見送った。

     それから。
     少女は手にしていたカードをひとしきり眺めた後、なにひとつ買わずに売り場を後にした。
     遠く眺める闇は声をかけるでなく、ただ、紫の瞳を向けるままで。
    (「一年か。まだ一年だったのか。噫、もう二十年も過ぎたような」)
     ――人が育つのは早い。
     人間はいつまでも空ではなく、魂の中まで連れゆけない。
     ――悦ばしきかな。哀しきかな。
     新しい手帳と筆を買おう。
     わたしはきっと、使わないけど。
     わたしにあげよう。
     一瞬、少女に連れ添っていた緑眼の少年がこちらを見やった。
     いつかの梅見の日。
     あの時、彼はなんと言っていたろうか。

     少女が手ぶらで帰る理由を、少年は理解していて。
     だから問うでなく、ただ伝えた。
    「ひとと同じでなくていい」
     答えず視線を落とす頭を乱暴に撫でつけ、寄り添い歩く。
     ――縛られているのは、私も同じか。


     みをき(d00125)と壱(d00909)は万年筆の調整を待つ間、店内を並び歩いていた。
    「…壱先輩。俺、また先輩に手紙を書きたいです」
     最近は逢う事の方が多いからと、照れ隠しの言い訳を添えるみをきに、
    「じゃあ、俺もどれか買おうかな。みをきに書きたいから」
     壱はわざとらしいくらい素直に告げ、笑う。
    「交換こ、しましょう」
    「いいよ」
     なに選ぶかはナイショだよと、数ある棚を丁寧に眺めていく。
     棚の前で屈んだり、手を伸べたり、戻したりを繰り返して。
     みをきは奥の棚の、最後の一枚を。
     壱は香り付きのカードから、選び取った一枚に決めた。
    「クリスマスの贈物と一緒に渡しますね」
    「あとケーキもね。楽しみにしててイイ?」
     互いにカードが見えないよう精算を済ませ、笑い交わす。
    (「お揃いの次に嬉しい、あなたとのやりとり」)
    (「素直じゃない君が、一番素直になってくれる手紙に」)
     ――さぁ、一体なんと綴ろうか。
     ずらり並ぶレター小物に眼を輝かせるイコ(d05432)の傍には、成海(d25970)の姿。
     本日探すのは、真新しい藍の手帳の相棒だ。
    「選び方の基準などなど、御指導お願い致します」
     深々と頭をさげれば、さっそく宝物探しへ出発!
     しばし彷徨った後、ふと目に留まったのは色鮮やかなロイヤルブルー。
     ――夏空のような、それを映す海原のような。
    「先輩の御手のために生まれた子なんだわ…!」
     勧められるまま紙に走らせれば、滲むのは夜の色。
     問えば、書き方のコツは相棒を信用することだという。
     「波に乗るのと同じにね」と、調整から戻ったばかりの紫檀軸の万年筆を手に、イコがさらりと手本を描いて。
    「お次はインクを見ましょ」
    「色の種類も、沢山あるものね」
     数多の硝子瓶が並ぶ棚は宝石箱のようで、とても1日でまわりきれそうにない。
     万年筆選びは難航確実。
     ふたりの楽しい宝物探しは、まだまだ果てなく続く――。
    「祖母から譲り受けた万年筆なんですが、ペン先が割れてしまって…」
     愛用品を修理に出すという飛鳥(d30408)とともに、万年筆を眺めるのは聖也(d27159)と樹軌(d31362)。
    「私も、気に入ったのがあれば買おうと思うです!」
    「試し書きができますから、手に馴染むものを選ぶといいですよ」
     意気込む聖也に、まずは書き味をみてみてはと飛鳥が勧める。
     手近の棚を次々と巡れば、しだいに高級感のある品が目立つようになり。
    「凄く綺麗な万年筆が売られているです! キラキラ光る物が好きな私にとっては――」
     ふいに絶句した聖也に気づき、覗きこんだ樹軌が値札を読みあげる。
    「1万5千円」
    「今、全お小遣いを使えば買えない額ではない…です…」
    「でも、とても綺麗ですてきですね」
     その言葉を受け、聖也は悩みに悩んだ。
     飛鳥のように大事に使えば、きっと、ずっと手元に置けるものだから。
    「一生の宝物にするです!」
     よく考えた末に買うのならと、樹軌も頷いて。
    「赤峰さんは手帳がお目当てでしたよね。目についたのはありましたか?」
    「装丁は赤で。硬くて、手に少し余るぐらいの大きさが良いな」
     条件に合う手帳を集め、3人で見比べながら吟味していく。
     ようやく品が決まれば、万年筆用の交換インクと共にお買い上げ。
    「メッセージカードも見ていきませんか?」
     聖也と樹軌は二つ返事で賛同し、華やかなカードの棚へと移っていった。

     アルベルト(d16780)のため、長く使える万年筆を。
     そう思い万年筆コーナーを眺めていた蓮杖(d32124)は、長い時間をかけて品定めをした後、黒塗りの軸に椿の蒔絵があしらわれた一本を手に取った。
    「アル、これとか――あれ?」
     周囲を見やるも、傍らに居たはずの姿は見えない。
     その傍では、
    「万年筆って、可愛いのがいっぱいなんだな」
     ペン先ににっこりマークが描かれた万年筆を手に、嵐(d15801)がぽつり呟く。
    「嵐さん、見てくれ」
     宝物を見つけたような声に振り向けば、作楽(d21566)が手の内に秘めた万年筆を見せてくれる。
    「繊細な輝きが、とても美しい」
     螺鈿細工を施した軸は傾けるごとに淡い輝きを放ち、見る者を惹きつける。
    「お揃いの物は、コレで決まりかな」
     作楽の分は、嵐からの贈り物にすると決めている。
     次はインクを見ようと棚を眺めれば、想い浮かぶのは互いの印象。
    「優しい碧だろう?」
    「私もほら、綺麗な紅色が見つかったんだ」
     これと決めたインク瓶を掲げ見せあえば、自然と微笑みが零れて。
     お気に入りの物が見つかれば、手帳を探しに行こうと嵐が提案する。
    「来年、作楽と遊ぶ予定を、今からいっぱい書きこんでおくんだ」
    「私も。この紅色で想い出をたくさん綴れるような、素敵な手帳を探しに行こうか」
     とっておきの小物で綴る未来は。
     きっと、輝かしいものになるから。
     同じく談笑しながら手帳売り場を歩くのは、シグマ(d18226)と梛(d18259)。
    「なにか好きなのある? プレゼントするぞ」
     梛は去年、シグマへインクを贈った。
     今日はそのお返しにと、シグマが梛を誘ったのだ。
    「あ、これどうよ。モノクロ写真が表紙の」
     クレマチスの絵のは、色もお前っぽいと告げれば、
    「あぁ、確かにいいな――って、さっきから俺の趣味ばっか」
     六枚花が好きなんじゃなかったっけと問う梛に、シグマは感心しつつも、呆れたように吐息を零した。
    「梛の手帳だぞ」
    「おー、わかってる」
     へらりと笑い、並ぶ手帳を改めて見やる。
    「三日坊主にならないように、シグマが選んでくれよ」
     そしたらちゃんと使える気がすると告げられ、責任重大。
    「じゃあ、これ」
     示したのは、鍵盤柄の手帳。
     手にした梛が、嬉し気に口の端をもたげて。
    「春になったら、押し花もやるよ」
     季節の色彩とともに。
     綴る言葉が、ただひとつの楽譜となるように――。

     贈り物の手帳を使いきったという拓馬(d10401)に、樹(d02313)は驚きと笑顔を向け、喜んだ。
     新しく探す手帳は、仕事用にするという。
    「樹は、どんなのがいいと思う?」
    「色はやっぱり黒かしら。毎年、中身だけ入れ替えるのはどう?」
     本革のカバーは値段こそ高いが、そのぶん丈夫で、何年も愛用できる。
     「使いこんだ革は手になじんで、いい相棒になると思うんだけど」と、システム手帳とリフィル用品が並ぶ棚の前へ。
    「このタイプは考えてなかったよ。これで探してみよう」
     自由度が高いだけあって、中身を選ぶのには時間がかかりそうだ。
     樹はどうすると問えば、レターセットを見に行くという。
    「季節のものとか、その時の気分に合わせたものとか。いくつあってもいいの」
    「冬にあう、オシャレで可愛いものが見つかるといいね」
     これだけの数があるのだ。
     迷う時間も楽しいと、ふたりは早速、品探しにかかる。
     向かいの棚で同じく手帳を眺めるのは、千波耶(d07563)と葉(d02409)。
    「お前、手帳なんか使ってたっけ?」
     葉の手にした、日付や時間ごとに区切られた手帳を横から覗きこめば、
    「小学校の夏休みに書かされたスケジュール表みたいね、それ」
    「…こんなに予定で埋められんの? マジで?」
     もしや自分が暇人なだけなのかと気づき、それ以上は考えない事にする。
    「わたしは、マンスリーとウィークリーが入ってるやつにしよっと」
     バイトと大学の予定を書き留めるのだと、千波耶がいくつか手に取って。
     悩む合間に周辺を見やれば、あれこれと気になる品が目についた。
    「買うもん決まった? んじゃ、手帳にクリスマスの予定入れといて」
     足早に立ち去ろうとする葉へ、
    「せっかくなんだし、葉くんも手帳デビューしちゃわない?」
     クリスマスを予約できるなら手帳に可愛いシール貼ったげるからと、千波耶はシールの棚を指さし、悪戯っぽく微笑んだ。
    「千架も手帳はいかが? 原稿の取りたてに便利かもしれないわよ」
     楽し気に売り場を巡る千架(d14098)に、ひより(d32221)は始終そっけない態度。
     それでも、千架はいつもの笑顔であははと笑う。
    「わたし3日坊主だから、どんな手帳がいいかな」
     書き込みたくなるよう万年筆も、と品を見るものの、馴染みのない文具だけに決め手がわからない。
     悩み悩んでいると、
    「これはいかが?」
     合いそうなものを見立てたと、ひよりが手帳と万年筆をさし出して。
    「別に千架のためじゃなくて、原稿のためで、日頃の感謝で、アシスタント仲間としてのお礼で――」
     心とは裏腹に、つい飛びだしてしまう言葉たち。
     けれど。
    「ありがとう!」
     大喜びでレジへ向かう背中に、ほっと安堵の吐息を零す。
     戻った千架は、笑顔で星柄のメッセージカードをさしだした。
    「はい。これは、ひよりちゃんに」
     開き見れば、今日の日付とありがとうの言葉が綴られている。
     レジへ向かう合間に密かにカードを選び、戻る前に急ぎ書いたのだろうか。
    (「もっと素直になりたい」)
     唇を噛みしめる。
     手のひらに汗がにじむ。
     ――頑張れアタシ!
     ひよりは今度こそ想いを伝えるべく、顔をあげ、微かに口を開いた。

     その頃、アルベルトは手帳売り場を彷徨い、多種多様な品に魅入られていた。
     目に留まったのは、黒革のシステム手帳。
     羽モチーフの表紙で、シンプルなデザインだ。
    (「これなら、長く使えるか」)
     これと決まれば、迷うべくもない。
     会計を済ませ売り場を眺めれば、己の姿を見つけた蓮杖が駆け寄ってくる。
    「いいのあった?」
    「あぁ、良いのあったぜ」
     買い求めた品を見せたら、どんな反応をみせてくれるだろう。
     今日も、明日も、明後日も。
     ――ずっと、近くに在ることができるよう願って。
     ふたりは手にした包みを大事に抱え、夕暮れの中、帰途についた。

     一年が終わる。
     あたらしい刻(とき)がはじまる。
     白紙のページをめくりめくって、一年後の自分が、どうなっているかなど。
     だれにも、わからない。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月14日
    難度:簡単
    参加:30人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 2
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