善意と善意

    作者:長谷部兼光

    ●無駄な足掻き
     このトンネルには、妙な曰くがある。
     柊・愁(ひいらぎ・しゅう)がその噂を初めて耳にしたのは、恐らく高校に入ってすぐの頃だったろうから、もう一年半以上も前の話になる。
     噂を聞いた当初、愁は何をそんな下らないオカルト話を、と思ったし、実際、通学の際ショートカットとして幾度もこの道を使っていたが、おかしな事象に遭遇した試しは一度として無かった。
     だからそんな与太話など、愁は完全に忘却していた。
    (「それがどうして、今になって……」)
     愁が記憶の隅に除けていた与太話を鮮明に思い出したのは、今、正に、彼の眼前でその『曰く』が何の前触れも無く現れたからだ。
     暗色のコートを羽織り、恫喝するようにチェーンソーのけたたましい駆動音をトンネル中に響かせる……全身を包帯の包(くる)んだ狂人。
    『これ』……都市伝説が何なのかは愁には解らない、だが、異様な殺意を向けている事は何も知らない素人目に見ても明白だった。
     出会ってしまった以上、もう如何仕様もない気がした。
     だがせめて、同行していた柏木・初実(かしわぎ・はつみ)の身位は守らなければと……愁はそう、思った。
    「愁くん……」
    「逃げろ。回れ右して全力疾走だ」
     無謀で、無策だった。
     それでも愁は無我夢中で都市伝説に立ち向かい……。

     闇堕ちし、捕食吸収で狂人の姿と目的を引き継いだ愁の機械鋸が初実に向けられる。
     初実はそれでも、変わり果ててしまった愁を正気に戻せないかと必死に声を掛ける。
     その行動自体は間違いではない。
     だが。何の力も持たない初実では……成せ得ない。
     ……血飛沫が舞った。
     全ては徒労に終わったのだ。
     
    ●予期せぬ結末
    「柊・愁……彼はこの一年の間、父、母、親戚、親友を立て続けに亡くしています」
     これらの死に因果関係は無く、ただ、極々短期間、偶発的に不幸が重なっただけなのですが、と見嘉神・鏡司朗(高校生エクスブレイン・dn0239)は語る。
    「偶然も、連続して起これば周りの人間は空恐ろしく感じるものです。そうして、ある一つの噂が立ちました。一連の不幸は、彼が呼び込んでいるのではないか、と」
     無論、根の葉もない噂話だ。
     だが、愁はその風評を知りながら、あえて放置した。
    「孤独を良しとしたのです。これ以上、自分の周りで親しくなった人間が亡くなるのは、耐えられないと」
     しかし、幼馴染の柏木・初美はそんな彼を慮って色々と世話を焼く。
     愁は表面上初実のそんなお節介を鬱陶しいと、そう振舞うが、内心、満更でもなかった。
     事件当日彼らはひょんな事から放課後長時間話し込み、そして日が暮れかかってきたが故、女の一人夜道は危なかろうと、愁は初実と一緒に件のトンネルを通って帰宅しようとした。
    「『ある時刻に男女一組がそのトンネル内を通過しようとする』……それが都市伝説出現の条件でした」
     だとするならば、愁が一人きりで日常的にその道を使っていたとしても、一切怪異に遭わなかったのは当然だ。
     そしてそんな……『出もしない』怪談話を忘れてしまう事も、また当然だろう。
    「偶然、都市伝説の出現条件を満たしてしまった彼らは窮地に陥ります。そう……絶体絶命の危機に」
     本来ならば二人とも、現れた都市伝説に惨殺されてしまうはずだ。
     だが……愁には資質が有ったのだ。
    「彼は闇堕ちし、無我夢中に、必死に、彼女を何とか逃がそうとしました。ですが……」
     鏡司朗は首を横に振る。
    「この日二人の取った行動は、全て相手を慮る、混じり気の無い善意に基くもののはずなのです。しかし、善意と善意を積み重ねた先にあったのは、誰も報われない、予期せぬ結末でした」
     可能ならば、それを覆して欲しいと、鏡司朗は言った。
     最速で接触が可能なのは、彼が都市伝説を捕食し、その姿に変じた後。
     愁のポジションはディフェンダー。
     チェーンソー剣、ダイダロスベルト、そして七不思議使いと同性質のサイキックを使用する。
     彼を救出する為には、兎に角、人としての意識を保たせる事、そして、初実を殺害させない事が重要になり、そして力が制御出来ないのなら、一度倒す必要もある。
    「世の中というものはどうにも、意地悪に出来ているようで……しかし、あなた方ならばそれに抗えると、私はそう信じています。どうか、お気をつけて……」


    参加者
    倫道・有無(振り向かずの門番・d03721)
    高峰・紫姫(辰砂の瞳・d09272)
    花澤・リアン(フィオレンツァ・d15736)
    牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)
    壱岐・将和(中学生殺人鬼・d26445)
    ガーゼ・ハーコート(自由気ままな気分屋・d26990)
    天枷・雪(あの懐かしき日々は・d28053)
    秦・明彦(白き雷・d33618)

    ■リプレイ

    ●深淵
     暮れなずむ空。朱に染まる街。伸びる影。
     薄暗いトンネル内を所狭しと木霊するチェーンソー音が、そんなありふれた光景を遠ざける。
     初実の説得も耳をつんざくその轟音に引き裂かれ、善意は儚く消え失せた。
     最早この場は日常から隔絶された深淵だ。
     ここに届く物があるとするならば、思慮を嘲け笑う悪意と、心身を一編に蹂躙しようとする殺意と、そして。
     血飛沫が舞った。
     だが。
    「……!」
    「え……?」
     流れ出た血液は、初実のものではない。
     飛散し、初実の頬を涙のように伝い零れたそれは、牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)のものだ。
    『最悪の事態』は、一先ず避けられた。
     それを誰よりも安堵したのは――他ならぬ愁自身なのかも知れないと、麻耶は、一瞬、力の抜けた鋸を受け止めながらそう思考した。
     ならば、まだ間に合うはずだ。
     徒労には終わらせない。
     行うのは、一度全部失くした先達からの御節介。
     麻耶は縛霊手による打撃と同時に霊力で出来た網を展開し、愁を縛り上げ、さらに壱岐・将和(中学生殺人鬼・d26445)のナノナノ・ユーノが麻耶への回復と同時に、愁の眼前を遮った。
     将和にとってユーノは大事な存在だ。
     普段は後衛に居させるが……今回だけは将和と同じくディフェンダーに位置していた。
    (「愁さんが守ろうとしたように……守ってみせる!」)
     仲間も、初実も、そして愁の魂も。
     いつもと違うユーノのポジションは、その決意の表れだ。
    「頼んだよ……ユーノ」
    「ナノ!」
     そしてその意気が奏功する。
    「訳は後で。君が傷ついたら、愁くんは悲しむから……必ず、連れて戻るから待っていてください」
     将和が怪力無双で、混乱しながらも愁の身を案じる初実を抱え、この場から安全に避難させるだけの間隙が生まれていた。
     それは愁にとっても歓迎すべきもののはずだ。
     だが、それでも執拗に初実を追いかけようとするのは、吸収した都市伝説がそう言う性質のものだったのか、彼の内なる闇がそうさせているのか。
     どちらにせよ、止めなくてはならない。
    「俺らが代わりに逃がしてやるから、あんたは戻ることだけ考えてろ」
     花澤・リアン(フィオレンツァ・d15736)が繰る鋼糸・Rubeusは、飴糸の様に舞い、薄暗闇にも関わらず赤い宝石の如く細かく煌いた。
    「彼女、最後までお前を心配していたぞ。『おもんぱかる』って日本語の意味は良く分からなかったが、成程。思いやったって事なんだろうな」
     糸を繰り、言葉を繰り、愁の気を逸らしながら、しかし確実にリアンは結界を形成する。
     その次にトンネル内を支配したのは、戦闘音では無く、機械鋸の騒音でも無く……。
    「『君がためと嘯いた。気づけば君は居なかつた。そうして僕は君と居る』――然て。包帯まみれの怪人が知人に居てな。良い奴なんだよ。これがまた」
     周囲の雑霊がざわめく。
     倫道・有無(振り向かずの門番・d03721)が口ずさむ、百の物語。
    「紹介が遅れたな。柊少年。我々は灼滅者。君の同類」
     有無が携える『夢迷無貌』の銘を持つ闇色の和鋏が、音も無く包帯に触れる。
     有無はただ、有無の役をこなすのみ。他の事など気にしている余裕はない。
    (「なに、気にせずとも勝手に演るだろう」)
     操り人形めいた動きで闇色の刃を扱い静かに包帯を断ち切ると、和鋏がそれを喰らい、蒐執する。
     だが、愁の纏う包帯は尽きない。
     ……否。
     まるで鋏に対抗するかのように、じわり、じわりと増殖しているのか。
     リアンへと伸びる包帯の一撃を庇い受け止める高峰・紫姫(辰砂の瞳・d09272)。そのエアシューズ・妖狐の白尾が炎を纏い、悪意と殺意に満ちたトンネル内に光を燈す。
    「……誰だって傷つくのは嫌だし怖い。それが自分の心でも大切な人でも……だからその恐怖を認めてしまえば、恐怖を攻略する方法だって考えることが出来ます」
     輝き尾を引く炎撃は愁の体に巻きつく包帯を焼き、燃え広がる。
     それでも……包帯は堅固だった。
    「お前達……あいつを助けたんだな……? 助かったんだな……なら、もういい。不幸の連鎖は、ようやく……終わる」
     まるで心を曝け出す事を拒むように、白の帯が愁の全身を覆い、隠す。
     暗に、自分を殺せと言ってるのか。
    「……諦めないで。貴方はきっと自分で答えを見つけられるはずだから」
    「そうだねー。こんなに互いに想い合ってるんだ。悪意なんかで終わらせないよ」
     紫姫の言葉を引き継ぎ、ガーゼ・ハーコート(自由気ままな気分屋・d26990)は怪談蝋燭の揺らめく炎を黒色に変える。
    「残される側の悲しみ……孤独か……」
     ガーゼがぽつりと呟いた。
     ふと思い出すのは昔日の……。
    「……いいや。手遅れじゃない。愁は、まだ後戻りがきっと効くよ」
     蝋燭から立ち上った黒煙が、前列の動きを助ける。
     ガーゼは将和が初実を伴って一旦退いた方向とは別……トンネルの、もう一方の入り口を背に立ち塞がった。
     現状の、闇堕ちしかけている愁の身体能力ならば、あえて迂回してでも初実に追いつく事も十分可能だ。
     ガーゼの布陣と同方向より、黒煙から現れた白影が跳ね、愁に迫る。
     愁が天枷・雪(あの懐かしき日々は・d28053)の姿を明確に認識したのは、恐らく、彼女の妖の槍・雪兎にその身を穿たれた瞬間だろう。
     槍撃の後、愁の眼前に立ったのは秦・明彦(白き雷・d33618)だ。
    「柊さん、貴方は繰り返される不幸に耐えて頑張ってきた。それは凄い事だ。俺は貴方のような体験は無いから、本当に理解する事は出来ない。だからこそ貴方を尊敬している」
     明彦の言葉を聞いた愁の全身を覆う包帯が解け、トンネルいっぱいに伸び、その端先が獲物を求め蠢き出す。
     それ以上言葉を掛けるなと威嚇している殺意の主は、恐らく愁ではない。
     威嚇に屈する理由は無い。
     明彦の拳に、雷が宿る。
    「……もう少しだけ、ほんの少しだけ、耐えてくれ!」
     彼が体の自由を取り戻すために一度倒れる必要があるのなら、二の足は踏まない。
     渾身のアッパーカットを、明彦は放った。

    ●宿命
     愁の語る怪談が、形を成す。
     今の彼の姿と同様、凶器を持つ包帯男の怪異だ。
     雪は形を得、灼滅者に襲い掛かろうとする怪異にマテリアルロッド・落涙を叩き付け魔力を流し込み、その一部を爆発霧散させる。
     ロッドから薬莢が排出されると即座に次撃、轟雷を引き起こし闇を撃つ。
     合流した将和が施した天魔光臨陣の効能が、ダメージと同時に愁のエンチャントを引き剥がした。
     ……トンネル内だからだろう。二つ目の薬莢が地に落ちた音が、一際大きく雪の耳を打った。
    「俺とお前達は同じ……と言ったな。同じだから耐えられる。打ち消せる。そう言う……理屈か」
     だとしたら何処まで同じなんだろうな、と愁は呟いた。
    「お前等も、過去『この力』で誰かを傷つけた事があったのか? ……そうじゃなかったとしても、近い未来に誰かを傷つけてしまう事があるかもしれないんじゃないか?」
     愁が語った言葉は、図らずも灼滅者と言う存在が背負う宿命だ。
     そうであった者も居る。
     そうなってしまう者も居るかもしない。
    「いびつで、不安定で、不確かなのに、どうして……立っていられるんだ?」
     怖くはないのか?
     恐ろしくはないのか?
     薄暗闇にぽつんと一人立つ、包帯姿の愁はそう吟じる。
    「誰かを、親しい人を傷つけたくないから、誰も自分に近づいて欲しくない……私もそうでした」
    「――だったら」
     彼は昔の自分とよく似ていると、ふと紫姫は思う。
    「でも、いつの間にか誰かと繋がってしまっているんです。その誰かとの絆が私たちを救ってくれるんですよ」
     状況が違えば少しばかり感慨にふける事もできたのだが、今は。
    「以前の私や今の貴方が良しとしている『孤独』。それは自分が傷つきたくないから、誰も自分に近寄ってほしくない……そんなエゴなんです」
     昔は同じ場所にいた。
     しかし今は、多くを経験できたお陰で少しだけ紫姫が先に居る。
     だから示すことが出来る。
     縛霊手・堕天使の黒翼を携えて、闇に飲まれない希望の光があることを。
    「闇に堕ちて誰かを助けるなんて、灼滅者の一部でやってる事だろ。今回は助ける側に力が無かった。それだけだ……だが」
     淡々とそう事実を語るのは、リアンだ。
     リアンのWOKシールドが展開したエネルギー障壁は、赤い花のように咲き開き、そこへ更に鮮血の如き緋色のオーラを宿し、更に赤く咲き誇る。
     灼滅者が八人揃えば、闇に堕ちかけた人間一人を救け出す事は出来る。
    「闇堕ちなんて、寝ざめが悪いだけだ」 
     ただ、当たり前のことを当たり前にやるだけだ。
     紫姫の縛霊撃で捕縛されたダークネス目掛け、リアンは紅蓮の一撃を見舞った。
     緋色の光に続くのは、破邪の白光。
     将和のクルセイドソードが愁を蝕む闇を照らす。
     闇に堕ちても彼はディフェンダーとして立ち回る。
     それはきっと、誰かを守りたいって人の心が残っているが故の行動だと、将和は確信する。
    「だから……君の居場所は、こっちだ! 愁くんは不幸を呼びこむタタリガミなんかじゃない! 僕らと同じ、不幸を掃う灼滅者になるんだ!」
     ユーノのシャボン玉と共に、白光を放つ斬撃が包帯で形作られた白い闇を斬るが、闇は応酬とばかりにけたたましく機械刃を回転させ、将和を刻もうと唸りを上げる。
     刃を受け止めた将和の掌はえぐれ、相当量の血液が流れ落ちる。
     ……あの日あの時、闇に堕ちかけた自身を救ってくれた仲間達と同じ立ち位置に、今の将和は在る。
     あの時出来た繋がりが、巡り巡って今の繋がりに続くのならば。
     いくらか細い一筋の光明でだったとしても、絶対にこの光を離す訳には行かない。

    ●誰そ彼
    「俺らは丈夫だから、簡単に死なないよ」
     傷ついた将和を、ガーゼのダイダロスベルトが癒す。
    「この力は、誰かを傷つけるばかりじゃないよー。こうやって誰かを護ることも出来るんだ。愁だって、使おうと思ったら、出来ると思うよ」
     ガーゼの言葉に、愁は自身の体から伸びうねる包帯を一瞥した。
    「失くしたく無いなら守るしかない……だから今、アナタがすべき事は悪意を撒き散らす事じゃない」
     マジ語りするなんて柄じゃないんスけどねぇ、と言いつつも、麻耶は明確に、強い意思を乗せて答えた。
    「善意を、好意を持って接してくれた御節介さんに向けなきゃいけないのは、向けるべきなのは、不本意な悪意なんかじゃない。それを一番分かってるのは、アナタでしょう」
     少なくとも、彼は一度初実を護るために覚悟を決めたはずだ。
    「貴方には、護れるだけの力があるはずです。今はそうと信じられないかもしれない。だけど信じるために足掻いてください……自分の心を、傷つきたくないって心を見失わないでください」
     それは一人の人間として正しい在り方だと思うから、と、紫姫は優しく諭した。
     機械鋸が出し続けていた騒音が、止む。
    「聞こえたか。見ず知らずの者らが必死に君を救おうとしている。だがそんなこたどうでもいい」
     有無が論じる。
    「何より大切なのは『君が』『どうしたいか』だ。真に世を厭うて居る訳でも無いのだろう? 彼女の声と姿、思い出せるかい……死なれると気分が悪いんだよ、さっさとお生き」
     ……聞き入っているのか、愁の体中から伸びた包帯は、殺気を失いゆらゆらとゆれるばかりだった。
    「あなた……生身で都市伝説に挑んだ時に、何を思ったの? その姿になってまで、何をしようとしていたの?」
     白きバトルオーラを両手に収束させ、雪は闇に白色の乱撃を降り注がせる。
     そうして、長い雪時雨の終わり際、たった、一言、
    「その力、欲した理由を思い出しなさい」
     雪はそっと、そう添えた。
    「……ああ……そうだ……俺は」
     陽も落ちた。
     トンネルの外の夕闇景色も、もう長くは続くまい。
     すぐにここから出なければ、『内』も『外』も一緒くたに真っ暗闇だ。
     愁は意思の有る足取りで外を目指すが、しかし内なるダークネスがそれを許しはしない。
     機械鋸が叫喚し、無数の包帯がトンネル内の壁面をのたうった。
     悪意を帯びた包帯の一端が明彦を捉え貫く。が、
    「ヒーローが倒れるシーンは要らんのだよ」
     有無のダイダロスベルト・倫道式操躯『無念無想』が明彦の傷口を膜のように覆い止血する。
     明彦がダークネスの至近まで距離を詰め、ぐいとその体を掴んだのは、自身の傷が癒えたのと同時だった。
    「貴方には大切なものが残っている。それは貴方自身と貴方を想う柏木さんだ。闇に呑みこまれている暇など無い。貴方には護らなければならない大切なものが二つ残っているのだから」
     明彦は思い切り闇をトンネル外へ投げ飛ばす。
     彼の、人としての誇りは、この場所に留まっている限り取り戻せない。そんな気がした。
     トンネルの外へ引きずり出されたダークネスは、愁が外に……日常に帰ろうとする強い心を取り戻した事に反発してか、残り少ない力を振り絞って、必死に、薄暗闇の中に戻ろうとする。
     そうはさせじと麻耶が闇の退路を塞ぐ。
    「アナタには手の届く範囲を守れる力があって、守りたい人が居る。なら後は覚悟を決めるだけ」
     応答するように、数枚の包帯が麻耶に巻きつく。
     不気味に蠢く他の包帯とは違い、これからは何の敵意も力も感じられない。
     これは……ガーゼの言を受け、愁が闇に冒されながらも麻耶を癒そうと放ったものなのか。
     ふ、と、麻耶は軽く笑む。
    「難しいなら、背中くらいは叩いてやりますよ」
     黒死の一撃が、はらりと愁の体を包む全ての包帯を裂いた。

    ●自分の足で
    「気分はどうだ?」
     戦闘より数十分後。
     リアンが目を覚ました愁に尋ねる。
     そこには愁の身案じ続けた初実の姿もあった。
     ちかちかとネオンが瞬く。辺りはもう、真っ暗だった。
    「最悪だ」
     だろうな、と、リアンはそっけなく返した。
    「俺は結局、こいつの善意に寄りかかっていたんだろう。自分の足で歩いていすら居なかったんだ」
     だから善意を返そうって時に足元がおぼつかず、あんな様で、あんた達にまでお節介を掛けちまった、と、愁は零した。
    「怖がるばっかりで、自分の足で歩くだけの覚悟が無かった」
    「……武蔵坂学園、ご存知っスか。幸か不幸か、其処は簡単には居なくならない連中が多い。その気があれば彼女を守れるくらい強くなれると思うッスよ」
     麻耶の勧誘に愁は頷いたが、その前にやっておかなければならない事がある、と言う。
     女の一人夜道は、危険だ。
    「そうか。なら、堕ちたい気分になればおいで。説教してやるから。それでは……」
     必要以外遭わない事を祈るよと有無は言い残し、その場を去る。
     他の灼滅者も、皆思い思いに帰路へつく。
     無論、愁と初実も。

    「帰ろう。一緒に」
    「……うん」

     そんな短いやり取りを、誰かが不意に耳にした。
     善意と善意は、漸く、報われたのだ。

    作者:長谷部兼光 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年12月25日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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