アガメムノンの初夢作戦~ゆめみ-さわが・し

    作者:西東西


     1月2日。
     清かな空気に包まれた、早朝。
     日の出を待つ武蔵野市のビルとビルの隙間の闇から、滲むように這いだす異形が在った。
     夜色のシーツのようなもので全身を覆ったそれは薄闇にまぎれ、どのような輪郭をしているのか判然としない。
     ふいに、異形が傍らのビルを見やった瞬間、
     ――ガゴッ!
     一瞬にしてビルの壁が陥没し、大きく抉られる。
     続けて、ひしゃげる扉。
     砕け散るガラス窓。
     やがて『非日常』の存在――『悪夢の尖兵』はゆるりと前進すると、視界に入った別の建物を、手あたりしだいに破壊しはじめた。
     

    「あけましておめでとう。新年早々すまないが、急ぎの依頼があり、連絡させてもらった」
     教室に集まった灼滅者たちを見渡し、一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が説明を開始する。
    「武蔵坂学園のある武蔵野市が、シャドウによる攻撃を受けている」
     『第2次新宿防衛戦』で撤退した四大シャドウの一角、歓喜のデスギガス。
     その配下であるアガメムノンが、灼滅者の初夢をタロットの力で悪夢化し、『悪夢の尖兵』を現実世界に出現させたというのだ。
    「アガメムノンは、灼滅者の本拠地が武蔵野であることを知らないはずだ。……つまりこの作戦は、『どこにあるかわからない、灼滅者の拠点を攻撃する』ためのものと考えられる」
     アガメムノンは武蔵坂学園の規模についても知らなかったらしく、襲撃自体は武蔵坂学園の危機というほどのものではない。
     しかしこのまま放置すれば、武蔵野周辺に大きな被害が出るのは確実だ。
    「よって君たちに、武蔵野周辺に出現した『悪夢の尖兵』の灼滅を願いたい」
     
     本来、『悪夢の尖兵』はソウルボードの外に出ることはできない。
     今回の事件は、「初夢」という特殊な夢に「タロットの力」を使うことで、無理やり発生させているらしい。
    「故に、この『悪夢の尖兵』は24時間ほどで消滅する。しかし消滅までの間、『悪夢の尖兵』はダークネス並の戦闘力をもって破壊活動を継続するとみられている」
     悠長に見守っていては、町への被害が広がる一方。
     よって、時間切れを待つことはできない。
    「尖兵の外見は、夜色のシーツをかぶった『おばけ』のような姿をしている。戦闘時に本気になると、シーツを捨て、本来の姿を見せるようだ」
     『悪夢の尖兵』の本来の姿は、灼滅者が視た初夢が元になっている。
     戦闘方法や性質なども、その初夢の内容に準じるという。
    「正体を現した時、その初夢の内容がなにかを判断できれば、有利に戦うことができるかもしれない。だが、ひとの夢のことだからな……」
     だれが見ても悪夢という夢もあれば、当人にとっては悪夢でも、他者にとっては他愛のないこと、という可能性もある。
     予測をもってしても詳細がわからない以上、初夢の内容を判断するのは、容易ではないだろう。
    「くりかえすが、『悪夢の尖兵』はダークネス並の戦闘力をもつ」
     通常通り、準備は怠らずに臨んでほしいと告げ、エクスブレインは説明を終えた。
     
    「――夢になれ夢になれ」
     ふと呟いた一夜になにごとかと尋ねれば、凶事を吉事に変えようとする古いまじないの言葉だという。
     現実ではなく、夢になれという意だと告げ、
    「正月早々やっかいな事件だが、この程度の攻撃で灼滅者を倒すことなどできないと、思い知らせてやってほしい」
     こんな調子でまた色々と頼むことになると思うが、今年もよしなに頼むと続け。
     一夜はいつものように、深く頭をさげた。


    参加者
    花籠・チロル(みつばちハニー・d00340)
    エルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)
    森田・供助(月桂杖・d03292)
    倫道・有無(闇を生む作禍宣誓・d03721)
    神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)
    烏丸・鈴音(カゼノネ・d14635)
    茂多・静穂(千荊万棘・d17863)
    莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)

    ■リプレイ


     現場へ駆けつけた時、『悪夢の尖兵』はビルの破壊を開始したところだった。
     まとった黒布は地に引きずるほど長く、輪郭は震えるように蠢いている。
    「見つけた、ダヨ。シーツおばけ……!」
     真っ先に間合いを詰めた花籠・チロル(みつばちハニー・d00340)が炎を叩きつけるも、尖兵は地を滑るように攻撃を回避。
     横あいへ飛びこんだのは、神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)だ。
    「新年早々、早朝から物理的に騒々しいですね」
     漆黒の長剣で斬りかかれば、硬い音と手応え。
     想定外の感触に一瞬の隙が生まれ、
    「神乃夜!」
     駆けつけたエルメンガルト・ガル(草冠の・d01742)が縛霊手を構え、柚羽へはなたれた衝撃派を受け止める。
     もしもこれが己の悪夢であるならば、黒布をあばいた下には、眼耳をふさぎ、遠ざけたいモノが存在しているはず。
     怖れを抱きつつ、莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)も尖兵を囲むように背面へと回り、踏みこむ。
    「大丈夫。今の私なら、こわくない……!」
     決意をこめてはなった帯は、想々の想いを受け尖兵を貫いたかに見えた。
     が、帯の束は黒布を引き裂きこそすれ、『本体』の貫通には至らない。
    「派手に暴れてんじゃねーか、シーツお化け」
     続く森田・供助(月桂杖・d03292)もダイダロスベルトをはなったが、結果は同じだ。
    「『All Pain My Pain』」
     唱えた茂多・静穂(千荊万棘・d17863)の身体を、顕現したダイダロスベルトが戒めて。
     半獣化させた腕と銀爪を力任せに閃かせるも、やはり黒布を裂くのみに留まった。
     しかし、尖兵に敵意を認識させるには、それで十分。
     次の瞬間、一瞬にして黒布が燃えあがり。
     灼滅者たちの眼前に現れたのは、
    「『二重らせんの光輪』、……カナ?」
     チロルの言葉を、だれひとり否定できなかった。
     そうとしか言いようのないモノが、灼滅者たちの眼前に浮かんでいたのだ。
    「どうやら、俺の初夢ではないみたいですねー」
     カラリと下駄を鳴らし、黄標識を掲げた烏丸・鈴音(カゼノネ・d14635)が間延びした声で告げる。
     灼滅者たちの多くは、相対するのは『イキモノ』か『ヒトガタ』であると考えていた。
     だが、眼前に浮かぶモノは、そのどれとも違う。
    「察するところ、君の夢ではないのかね」
     一連の有様を観察していた倫道・有無(闇を生む作禍宣誓・d03721)が、口をつぐんだままの柚羽へ投げかける。
     有無を含めた7人は、悪夢の正体を見るなりあっけにとられた。
     眼前の存在が一体なんであるかを、理解できなかったからだ。
     初夢の当事者である、ただひとりを除いて。
    「まさか、『ヒトデナシ』を相手にすることになろうとはねえ」
     苦呵々と嗤う顔見知りの声に、柚羽が微かに眉根を寄せる。
     その間にも、光輪は腰の高さほどの位置に浮かんだまま、波打つように回転をはじめて。
     ふいに、光輪から光がはなたれた。
     身構えたエルメンガルトが光の前に身を投げだすも、
    「あれっ」
     光はエルの身体をすり抜け、さらにまっすぐ飛んでいく。
     そこで灼滅者たちは、自分たちのさらに外側に、血のように紅い光の輪が存在していることに気づいた。
     柚羽はすぐさま地を蹴り、光が紅輪に触れた瞬間めがけ、聖剣を振りおろす。
     斬りつけた光は瞬時に結晶化し、
     ――ポーン。
     ピアノの音を響かせ、閃光とともに砕け散った。


    「タイミングを合わせて、叩き斬ってください」
     柚羽の声を受け、灼滅者たちは次々と飛来する光を追い、紅い輪に重なった瞬間を狙い武器を振るいはじめた。
    「ひとの大事な初夢、で悪さする、なんて……っ!」
     えいっとつららをはなったチロルの一撃に続き、
    「た、タイミングを合わせて」
     想々の構えた十字架が聖歌をうたい、光の砲弾が結晶を凍りつかせ、砕く。
     ひと呼吸さきに駆けだしていたエルメンガルトと供助は、次なる光の前に踏みこみ、縛霊手と日本刀『一颯』を一閃。
    「こうやって、叩けば良いんだよね!」
    「お安い御用だ」
     ――ポ、ポン
     ――ポロン。
     光は次々と結晶化し、音と閃光を弾かせ、消えていく。
    「きっちり、片づけさせてもらいましょうか」
     続く静穂も、磨きあげた鋏で難なく光を斬り砕いた。
     敵である『二重らせんの光輪』は、円の中心でイコライザーのごとく脈打っている。
     攻撃は360度、全方位へ向けランダムに放出される光だ。
     光は10メートルほど先の同心円状に浮かぶ紅輪めがけ、一直線に飛んでいく。
     紅輪に触れれば結晶となり実体化し、砕けば音と閃光をはなって消えた。
     光輪から紅輪まで一定の距離があるおかげで、その軌跡を追うのは容易い。
     おかげで、灼滅者たちはこれまでにはなたれた光をすべて砕くことに成功しており、ここまで無傷で済んでいる。
     回復手として立ちまわる必要がないため、鈴音も攻撃にまわっていた。
     ほとばしる炎で光を破壊すれば、ポロンと軽やかなピアノの音が響く。
    「でも、このままではらちがあかないですねー」
     有無も戦場の中心に浮遊する光輪を見やり、呟く。
    「おそらくは、あれが敵の『核』」
     実体化する光を叩く限り、灼滅者たちの立ち位置は紅輪の近くに固定せざるをえない。
     しかし、今であればはなたれる光の数はすくなく、灼滅者たちが手分けをして追うことで、取りこぼさずに済んでいる。
    「なれば――」
     有無は仲間たちとは逆に、円の中心、らせんの光輪へ向け地を蹴った。
     右腕の蒼い腕を振りかぶり、高速回転させた杭で敵の肉体をねじ切るべく押しつける。
     ――コォン!
     強烈な一撃を受け、光輪は一瞬、動きを止めた。
     だが、致命傷には至らなかったのだろう。
     ふたたび回転をはじめると、先ほどよりも速度をあげ、激しく脈打ちはじめた。
    「ちいっ。一撃で無理なら」
     さらに攻撃を加えようとした、その時だ。
    「わ、わわわわ!」
    「光の数が!」
     声に振りかえれば、仲間たちが慌ただしく駆けまわっている。
     見れば放出される光の数が増え。
     速度は、さきほどの倍以上になっていた。


     いまなお薄闇にしずむ無人のビル街。
     流星のごとく放出される光を追い、灼滅者たちは懸命に立ちまわり続けた。
     砕いた結晶はまばゆい閃光をはなち、弾けた音は他者の響かせた音とあいまって、不思議な旋律をうみだしていく。
     ――トッ、トッ、トッ、トッ。
     ――ポン、ポロロン、ポン、ポロン。
     ――タララン、タラン、タラララララン。
     まるで自分たちが奏者となって、音楽を奏でているようだ。
     しかし、そう感じられたのは一瞬のこと。
    「想々、静穂、次の左右のを頼む!」
    「はいっ!」
    「任せてください」
     影を走らせたエルメンガルトの指示にしたがい、想々が帯を、静穂が鋏を閃かせ、同時に結晶化した光を粉砕。
     最初は面白くて綺麗だと楽しんでいたチロルにも、先ほどまでの余裕はない。
    「ちょっと、速すぎるのよーう!」
     次々と迫る光を狙い懸命に雷を撃ちこめば、
    「花籠、そっちの光は俺が拾う」
     無理に動くなと、供助がエアシューズで戦場を駆け抜け、音を繋いだ。
     柚羽は8人のなかにあってだれよりも素早く反応し、攻撃を相殺し続けた。
     光の速さにも難なく追いつき、攻撃と同時に周囲へ的確な指示を飛ばす。
    「ロングノートきます。有無さん、鈴音さん、列攻撃を」
    「除霊結界ですねー」
    「言われるまでもない」
     迫る光の連弾を前に2人がならび立ち、縛霊手の祭壇を展開。
     紅輪線上で構築した結界がたて続けに結晶を砕き、隙間なく弾けた音が、高音から低音へ流れるように旋律を奏でる。
     響くそれらが『音楽』であることに、7人の灼滅者たちももはや気付いていた。
     そう腑に落ちれば、敵の動きもいくらか理解しやすくなった。
     敵は、オルゴールのようなもの。
     二重らせんの光輪は、ぜんまい、あるいはイコライザーそのものであり。
     はなたれる光は譜面で、紅い輪の上で弾けば音を奏でる。
     よくよく見れば、譜面にはいくつかのパターンがあることもわかってきた。
     そして、時間がたつにつれ、流れる譜面の速度があがっていくことも。
    「あっ」
     だれの声だったかは判然としない。
     気づいた時には、ひとつの光が紅輪を越えようとしていた。
     パターン化した譜面に仕込まれた、想定外の一音。
     それを、見落としたのだ。
     赤い結晶と化した光が紅輪を越え、加速しようとした、その瞬間。
    「夢に溺れちゃうワケには、いかないからね……!」
     エルメンガルトが駆け、勢いよく身を投げた。
     ――ポォン。
     結晶が身を裂き、音を奏でながら深く傷を抉る。
     乱れた旋律に気をとられ、さらに二音が仲間たちの目から逃れた。
     すり抜けた二連符のもとへ走ったのは、静穂だ。
     ――タン、タラン。
     受け止めた赤い結晶は軽やかな音を響かせながら、身体を覆うダイダロスベルトを引き裂いた。
     全身が結晶と同じ色に染まっていくのを見やりながら、なんとか踏み耐える。
     『音楽』はやや乱れこそすれ、途切れなかった。
     途切れさせなかった。
     二重らせんの光輪はさらに加速し、舞えよ奏でよと、光を撃ちはなつ。
    (「回復にまわるか、譜面叩きに集中するか」)
     鈴音の迷いを見抜いたのは、ほかならぬ壁役の2人だ。
    「大丈夫、このままいこう!」
    「私も、望むところです」
     なおも惑う鈴音の背を押したのは、供助だ。
     供助は戦闘開始以降、冷静に光のはなたれるタイミングを頭に叩きこんでいた。
     大体のパターンは覚えた。
     想定外の符が混ざるのも、そうと判断できるくらいには。
     あとは高速化したパターン符をいかに落とさず、不測の符を拾えるかどうかだ。
     符をすべて拾いさえすれば、壁役が身を投げることもない。
    「俺が走る」
     ――全て、拾ってみせる。
     言外にこめられた決意を信じ、鈴音がへらりと笑みを深める。
    「それでは、攻撃に徹しますねえ」
     ひとまず今回はと招いた清めの風がエルメンガルトと静穂を癒し、2人の動きがふたたび譜面に追いつきはじめる。
     もしも、仲間の手を抜ける符があれば。
     紅輪を越えた光は砲弾と化し、周辺のビルを容赦なく破壊し尽くすだろう。
     光輪はさらに激しく脈打ち、光は流星のごとく飛ぶ。
     声を発していては間にあわない。
     だから、仲間たちを信じた。
    「これが私の初夢なら。『音楽』には、終わりがあるはずです」
     永遠に奏でられる曲などありはしない。
     そもそも『これ』は、限られた時間のなかで演奏するモノなのだ。
     ――そこまで耐え抜けば、反撃の時は、必ず。
     柚羽はさらに集中力を高め、黒剣と影を駆使して己の手の届く範囲、見える範囲の符をことごとく撃ち落としていく。
     列攻撃をもつのは、有無と鈴音の2人のみ。
     中衛、後衛位置に立つ想々とチロルが後方から譜面を見渡し、連符と見れば声をあげた。
    「倫道さん!」
    「見えている」
     端的に告げ、有無は繰り人形めいた動きで蒼の右腕を振り払い、狙った位置に結界を構築。
     連結晶はたて続けにきらめき弾け、旋律に花を添える。
     響き重なる音がいくつもの和音をうみ、灼滅者たちの攻撃による音の強弱が、より情動的な曲を紡いだ。
     ふいに光の速度が落ち、序盤に繰りかえされたパターン符が流れはじめて。
    「そろそろ、終わりやろか!」
     光の前にまわり込み、結晶を砕いた想々が嬉しげに告げるのへ、
    「くるぞ!」
     供助は短く警告を発し、仲間たちの手の薄い場所めがけ、駆けた。
     次の瞬間、光輪からはなたれたのは大量の変速符。
    「これで『死舞い』とさせていただくよ」
    「ひとつも、落としはしませんよー」
     有無と鈴音の構築した結界が幾度めかのグリッサンドを奏で、弾ける閃光が火花のように光輪の周囲を舞い踊る。
    「ユメは、ゲンジツにはなんないんだよね!」
    「悪夢なんてやっつけちゃう、ダヨ……!」
     エルメンガルトの爪が、チロルのロッドが繰りだされ。
     次々と迫りくる符を帯の束で斬りさばきながら、供助、静穂、想々も叫んだ。
    「此処は現実、お呼びじゃねえんだよ」
    「さあ、とっととあるべき場所にお帰りください」
    「こわいものなんてない! きっと、すべて上手くいくから!」
     その言葉に応えるように、柚羽は顔をあげ、紅輪に至る結晶を撃ち続けた。
    「本人しか知りえない夢の姿を取るなんて、えげつない」
     静かに言いはなち、最後の一音を黒剣で叩き斬る。
     ――ポーン。
     夢のなかではついぞ聴くことのできなかったその音が、明けの空にとけていく。
     光は途切れ、光輪はそれきり、譜面を紡ぐことはなく。
    「さあ、二度寝を決めこみましょう」
     柚羽の声に応え。
     武器を手にした7人が、同時に地を蹴った。


     8人の一斉攻撃により、二重らせんの光輪は粉々に砕け散った。
     空を舞う残骸が日の光を受け、きらきらと輝く。
     少年少女たちはそこでようやく日の出に気づき、地面に座りこんだ。
     いかに灼滅者とて、長時間、集中に集中をかさね、全力で動きつづけていたのだ。
     そのうえ、有無は戦闘中、タロットの所在を探るべく観察も行っていた。
     成果はなく、それらしいものはなにひとつ見当たらなかった。
    「全く、とんだ重労働だよ」
     敵をかく乱するために用意していた台詞だったが、演じるべき相手が消えた今となっては、有無の本心そのものだ。
     大変だったけど、とチロルも頷いて。
    「みんなと演奏してたみたいで、楽しかったー、ダヨ!」
    「まあ、悪くはなかった」
     供助も頷き、昇る太陽に目を細める。
     苦しい場面もあったが、すぐに立てなおすことができた。
     それは間違いなく、8人の協力と信頼がなければできなかったことだ。
    「もとの初夢がどんなものだったのか、気になりますねー」
     まばゆい陽射しを避けるように鈴音が傘を開けば、ちりりと風鈴の音が響いて。
    「……嫌な夢は、早く忘れてしまえばいいけれど」
     でもあれって、どこが悪夢だったんかなと、想々が首をかしげる。
     夢の当事者である柚羽はかたくなに口を閉ざし、
    「わかる人だけ、わかる悪夢です」
     と、告げるのみ。
    「なんとなく、わかるような気がします」
     私の初夢も理解されにくいものでしたからと、共感を覚えた静穂が言い添えて。
    「でもさ。その悪夢も、こうしてオレたちと一緒に乗り越えられたって思えば、すこしは気が楽になるんじゃない?」
     明るく告げたエルメンガルトの言葉に、柚羽が、ぱちりと瞬きをする。
    「そう、ですね」
     夢視た事実は変わらない。
     だが、『あの譜面』をクリアできたのは、確かだ。
     学園へ向かうべく歩きはじめた仲間たちの背をみやりながら、柚羽は胸中で唱えた。
     二度と、あんな夢は視ませんよう。
     決して、正夢になどなりませんよう。
     ――悪夢は、獏にあげます。

     少女の視た初夢が、どんなものであったかは。
     地平の下でまどろむ、月だけが知っている。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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