アガメムノンの初夢作戦~夢を侵す尖兵

    作者:霧柄頼道

     年も明け、一日が過ぎた静かな早朝の事。
     武蔵野周辺の市街地に、夜の闇を思わせるシーツで全身を覆った不気味な何者かが現れていた。
     その何かは町並みをしばらく徘徊すると、おもむろに周りの建物を攻撃し始めたのだ。
     不規則にシーツを揺らめかせ、店や民家といった家屋を破壊しながら、無秩序でいるようでいて何かを探すかのような動き。
     止めるものはなく、新年に浮かれていた町は薄暗いうちから混乱に陥る。
     そいつは悪夢を体現する尖兵――ダークネス、シャドウに他ならなかった。
     
    「新年早々悪いが、急ぎの依頼だ。聞いてくれ!」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が、教室に集まる灼滅者達へ緊急の用件を告げる。
    「武蔵坂学園がある武蔵野市が、シャドウによる攻撃を受けている。第2次新宿防衛戦で撤退した四大シャドウの一角、歓喜のデスギガスの配下アガメムノンが、灼滅者の初夢をタロットの力で悪夢化し、悪夢の尖兵を現実世界に出現させたんだ。アガメムノンは灼滅者の本拠地が武蔵野である事を知らないはずだから、この作戦は『どこにあるか判らない、灼滅者の拠点を攻撃する』為のもんだと思うぜ」
     アガメムノンは武蔵坂学園の規模についても知らなかったようで、襲撃自体は武蔵坂学園の危機というほどではない。
     しかし、このまま放置すれば武蔵野周辺に大きな被害が出るのは間違いないだろう。
    「お前達には、武蔵野周辺に出現した悪夢の尖兵の灼滅を頼みたい! 引き受けてくれるか?」
     灼滅者達が頷くのを見て、ヤマトは状況の説明を始める。
    「悪夢の尖兵は本来、ソウルボードの外に出る事は出来ねぇ。だが今回の事件は、初夢という特殊な夢である事と、タロットの力で無理矢理発生させているようだ。だからこの悪夢の尖兵は24時間程度で消滅すると思われてる」
     が、消滅するまでの間は、ダークネス並の戦闘力をもって破壊活動を行うために時間切れを待つ事はできないだろう、とヤマトは言う。
    「悪夢の尖兵の外見は夜色のシーツをかぶった『おばけ』のような姿をしていて、シャドウハンター相当のサイキックを使用するが、本気になるとそのシーツを捨てて本来の姿を見せるようだぜ。奴の本来の姿は灼滅者が見た初夢が元になってて、戦闘方法や性質などもその初夢の内容に準じるようだ。だから正体を現した時に、その初夢の内容が何かを判断できれば有利に戦えるかもしれない……難しいだろうがな」
     時刻は早朝。悪夢の尖兵の出現場所はひと気のない路地裏と判明しているので、これといった人払いをする必要もないようだ。
    「とにかく、奴が町に被害を出す前に灼滅する事に注力してくれ。初夢を利用するダークネス、お前達なら勝てると信じてるぜ!」


    参加者
    ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)
    本山・葵(緑色の香辛料・d02310)
    マリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)
    西院・玉緒(鬼哭ノ淵・d04753)
    穂都伽・菫(煌蒼の灰被り・d12259)
    月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)
    七瀬・悠里(トゥマーンクルィーサ・d23155)
    透間・明人(負け犬が如く吠える・d28674)

    ■リプレイ

    ●迫り来る悪夢
     ひんやりとした空気。そして人の気配が感じられない静寂。かすかに青みがかりつつある空の下を、穂都伽・菫(煌蒼の灰被り・d12259)達は目的の路地を目指して進んでいた。
    「アガメムノンも詰めが甘いと言いますか……こちらの拠点が完全には把握されてなくてなによりです」
     うん、と小さく同意するのはマリア・スズキ(悪魔殺し・d03944)だ。
    「目的は、分かるけど……もっと他に、やり方あるんじゃ、ないかな?」
     とはいえ万が一の事態もあるため、霊犬ともども目立たないよう警戒しながら進んでもいる。
    「新年早々、灼滅者組織への攻撃とはご苦労なことですね。本当に人の迷惑を考えない、迷惑な存在ですね、ダークネスは」
    「まったくだ。しかし初夢の悪夢とはな……今年は波乱の幕開けなのか、それとも厄払いと考えるか」
     ビハインドを連れる透間・明人(負け犬が如く吠える・d28674)の言葉に応じるのはヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)。
     個人的には年初めの厄払いとして、何としてでも灼滅をしたいところだ、と意気は十分である。
    「初夢、初夢なぁ……もう夢なら何でもありだな、あいつら」
     対して、本山・葵(緑色の香辛料・d02310)も腕を組みながら呆れたように呟いている。
    「初夢の現実化はなかなかに愉快で非常に面白いけれど、悪夢化されてのそれとなると実に厄介だね」
     くすり、と仮面の下で笑う月居・巴(ムーンチャイルド・d17082)。何か一つ探索するのにも夢を介すのは、ソウルボード内で暴れる事がお得意のシャドウ勢らしい。
    「悪質極まりなくて、伝播してしまってからでは遅い伝染病のようだ……彼らが暴れ切る前に、無用な芽は摘み取ってしまうとしよう」
    「そう……ですね……。気をつけて……行きましょう……」
     仲間達に続く西院・玉緒(鬼哭ノ淵・d04753)だが、やる気の表れなのか服装は胸元が大きく開いて丈も短く、ちょっと大きく動けばもう色々と見えまくりなタートルネックを着ている。葵やヴァイスの視線がちらちら注がれるも気にした風はない。
    「ぶっ潰してゆっくり休ませてもらうぜ!」
    「打ち砕いてやりましょう。良き一年にするために」
     七瀬・悠里(トゥマーンクルィーサ・d23155)が気合いを入れ、菫達も頷いた。
     さらにいくつかの路地を抜けると、明らかに空気感の違う場所へ踏み入っていた。肌を撫でるような冷気と、そこはかなとない威圧感。
    「これは……いるな」
     察知した悠里が呟き、身構える灼滅者達。
     すると次の瞬間、薄闇に包まれた目の前の空間からにじみ出るように、全身を黒のシーツで覆った異様なダークネス、悪夢の尖兵が姿を現していた。
     獲物を前にシーツを不気味に揺らめかし、中空を滑るように近づいて来る。
    「さぁ始めようじゃないか、愉快な愉快な闘争の宴を!」
     巴の高らかな言葉とともに、灼滅者達は戦闘態勢に入った。

    ●悪夢を打ち破れ
    「被害……を……出す前に……倒すのが……最優先……。問答は……不要……ですよね……?」
     不要、と言いながらも問いかける玉緒に、悪夢の尖兵は何も答えず間合いを詰めてくる。
    「……祓って……差し上げます……ぶっこんで……いきますよ……」
     拳に雷光を纏わせ、ふよんふよんと胸をたゆませながら走り出す玉緒。
     そのまま真っ向から抗雷撃を叩き込む。強烈な打撃に対し、薄柔らかい布地を殴ったような奇妙な手応え。
    「おかしな真似をされる前に倒してしまいたいところだね」
     ゆらゆらと吹き飛ぶ敵へ軽々と跳躍した巴が追いつき、肥大化させた腕で叩き落とす。
    「……」
     地面にへばりつく敵をマリアが無表情に見下ろし、その上から渾身の力で鬼神変を叩きつけ、霊犬が斬魔刀を突き立てる。
    「いい調子だが……みんな、油断はしないでくれ」
    「分かってる!」
     ブラックフォームで攻撃力を引き上げるヴァイスへ葵は頷き、幽霊のようにたゆたう敵を容赦なくレーヴァテインの炎で灼き焦がした。
    「逃がしませんよ」
     不規則な動きで離れようとする敵へ、明人がエアシューズを点火させながら迫り側面からの回し蹴りでぶっ飛ばす。
    「そこだ、捉えたぜ!」
     空中を舞う敵を悠里の射出した帯が正確に刺し貫く。相変わらず手応えはないが、相手のシーツにはいくつかの穴が開きつつあった。
     だが、胴体を貫かれながらも敵は眼前に濃黒の弾丸を生成、こちらへと凄まじい勢いで撃ち込んでくる。
     けれどそれは明人のビハインドが前へ出て受け止めていた。そうして菫のビハインド、リーアとともに霊撃を浴びせてのける。
    「隙あり、ですね」
     よろめく敵に、菫の放った影が死角から忍び寄り、顎のように頭から食らいつく。
     悪夢の尖兵への対策をしていたからか、戦況は灼滅者達への優位に傾いている。
     単発の威力こそ侮れないもののリーア達サーヴァントがそれを引き受け、受けたダメージやバッドステータスは菫と明人が即座に回復していく。
     その上で悠里が敵を石化させ、ヴァイスやマリア達前衛後衛が連携して攻撃を蓄積させていった。
     このままいけば勝てる、そう灼滅者達が思った矢先、それは起きた。
     攻勢に動きの鈍っていた悪夢の尖兵。しかしおもむろに距離を取ると、なにやらもぞもぞと全身をうごめかせた。
    『……いったーい! もう、やんなっちゃう!』
    「……は?」
    「こ、これは……」
     突如として聞こえた若い女の声に、悠里や菫がぽかんとする。その間にもシーツの奥では質量が増すかの如く動きが激しくなっていったかと思うと、これまたいきなり取り去られた。
    『じゃーん! ファンのみんな、お待たせしちゃったかなー?』
     現れたのはやたらと露出度の高い、ふりふりの衣装に身を包んだ長髪の少女。
     申し訳程度のシャドウ要素なのか闇色の布を目元に巻き付けているものの、そいつの姿はどこか、いやどこからどう見ても仲間の一人に酷似していて。
    「……ヴァイス?」
     葵の目線が隣のヴァイスへ向けられる。身体をくねらせてハートマークをまき散らしそうなポーズを決めている悪夢の尖兵を前に、当の本人は目を見開き、開いた口もふさがらないとばかりに。
    「な……な……なんなんだ、これは……!!」

    ●ナイトメア・アイドル!
     悪夢の尖兵。他者の初夢を利用し、強力な攻撃を仕掛けてくる凶悪なシャドウだ。
     今まさにその全貌が明らかにされ、対象に選ばれてしまったヴァイスは、自分の原型すらとどめていないようなきゃぴんきゃぴんやっている恐るべきアイドルを前に絶句してしまっている。
     ただ何というか他の仲間達は、ヴァイスのクールな性格からは考えられない初夢相手に気まずいというか、そっと目を逸らしてやったりと「うわぁ……」な空気が漂いつつあった。
    「倒しましょう」
    「そうだね……これはこれでとても愉快だけれど、ね」
     毅然と言う明人に、巴もくすくすと笑いをこぼしながら同調する事で、何とか場が引き締まる。
    「くっ……や、奴への対策は、拒絶ではなく愛されている、アイドルとして受け入れられていると応援する事……それでいい気になって隙だらけになるはず……!」
     ヴァイスもどうにか我に返り、でも微妙に直視できないまま対処法を皆に伝えた。
    『それじゃぁさっそく歌いまーす! 聞いて私の、ラ・ブ・ソ・ン・グ♪』
    「ぐは……!」
     やっぱり無理だ。白目をむきかけている。
     とはいえあのアイドルヴァイス(仮)の歌はこちらをしびれさせる効果があるようで、あんなあざとい姿でも全力でかからないといけない相手なのは間違いなかった。
    「そ、そうですね……その衣装、とってもお似合いですよ!」
    『ええーっ、本当? 嬉しい~!』
     防護符を張り巡らし、仲間を回復しながら菫が声を引きつらせながらも言ってみると、アイドルヴァイスは歌による攻撃をやめて照れているようだ。なるほどたしかに効果はある。
    「いえ~い、笑顔がキュートだぜ~! あたしと握手してくれ~!」
    『ありがとー!』
    「えい……」
     葵の声援に隙を見せたアイドルヴァイスのどてっ腹に、胸を弾ませながら駆け寄った玉緒のボディブローが打ち込まれた。
    『おぶおっ!?』
    「んん……とっても……いい声……」
     相手が仲間の顔をしていようがお構いなしの攻撃である。ついでにアイドルが出してはいけない声を発した。
    「綺麗な歌声だ。いつまでも耳を傾けていたくなるよ。けれど、次はどうかな」
    『そう? じゃあ続いて第二番、いきまーす!』
     歌声とともに引き起こされる衝撃波をかいくぐり、巴が至近距離から風の刃を飛ばして反撃していく。
    「いいぞー! アイドルなんて俺、あこがれちゃうな!」
     悠里もとにかく褒めちぎる傍ら、赤き逆十字を見舞い可能な限り味方が攻め込むチャンスを作り出していた。
    「……演技とかは、苦手だけど……一応やるだけ、やってみる、ね」
     と、レイザースラストで狙撃しながらセリフを考えていたマリアが口を開く。
    「……夢を、かなえられたみたいで……すごく、楽しそう」
    「ぐふっ……」
     大したリアクションでもないし、感情もまるでこもっていない大根役者ぶりだが、何か本質を見たかのような客観さが逆にヴァイス自身へぐさりといっているようだ。
    「確かに素晴らしい。夢というのは、本人の隠れた願望を反映しているとも聞いた事はありますね」
    「ち、違う……断じて、違う!」
     チェーンソー剣で斬りつけ、ずれた眼鏡を上げ直す明人にヴァイスは思い切り首を振って否定する。
    「おいっ、大丈夫か? お前までダメージ受けてるじゃねえか!」
    「わ、私はもう……駄目かもしれない……」
     影喰らいで牽制する葵がヴァイスを支えると、本人はぜぇはぁと息も絶え絶えだ。果たしてこんな姿をクラブの仲間が見たらどう思うだろうか。
    『見て見てー! 今度は私、グッズ展開までしちゃうんだよー?』
     だしぬけにアイドルヴァイスが取り出したのは自身を模したきわどい格好のフィギュア。
     それも一つや二つではない、水着やナース服、玉緒の着ているようなタートルネックといったマニアックなものまで揃っていた。悪夢である。
    「や……やめろぉぉ!!」
     ヴァイスが血を吐くように叫び、しゃにむに斬りかかっていく。
     手強い敵を倒すためにも、そして本人の名誉のためにも、これはもう早く倒してしまった方がいいと仲間達も後に続いた。

    ●初夢には悲劇と喜劇がたっぷりで
    『素直に~なれない~♪ この胸の高鳴り~♪』
    「……つん、でれ?」
    「ツンデレですね」
     アイドルヴァイスの破壊を巻き起こす歌をリーアと霊犬がしのぎきり、小首を傾げたマリアが的確に神薙刃を着弾させ、したり顔の菫が防護符で味方の傷を癒す。
    「色々な意味でこれ以上見てられねぇ!」
     葵も必死の形相で肉薄しながら拳を何発もぶち込み、敵の体勢を崩した。
    「なんか、ええと、なんかいいぞー!」
     ボキャブラリーが尽きてきたのか、割と褒め言葉が適当になっている悠里もペトロカースを重ねがけし、完全に相手の動きを封殺する。
    「もう少しだね……夢は眠りの中へお帰り」
     敵が弱った瞬間を見逃さず、巴は相手の脇をすり抜けざまに斬撃を食らわせ、ついに膝を突かせた。
     そこに身を低めて接近した明人がすかさず蹴り上げ、さらにビハインドの霊障波で追い打ちしながら玉緒の方へ吹っ飛ばす。
    「とどめをお願いします」
    「わかり……ました……」
     飛来するアイドルヴァイスめがけ、玉緒は深く腰を落として腕を引く。胸もそれにつれてたゆんと上下に振動する。
    「抗雷……撃……」
     そうしてぶち込まれる圧倒的たゆん、ではなくアッパーカットが、アイドルヴァイスの顎を捉えてはじき飛ばしていた。
    『ううっ……負けちゃった……。……でも、アイドルの夢は、あなたに託すよ……』
     倒れたアイドルヴァイスがヴァイスへ向けてサムズアップ。やがて霧のように溶けて消えていった。
    「なんか……えらいもん見た気がするぜ……」
    「すごい……インパクト……でしたね……」
     葵が疲れたように天を仰ぎ、玉緒ものんびりと頷いている。
    「正直、俺の初夢じゃなくて良かったなーと……」
    「分かります……」
     苦笑する悠里と菫がちらりとヴァイスの方を見やる。
    「ふふ……ふふふ……はははは……」
     路地裏にぼんやりと突っ立っているヴァイスは燃え尽きたように白く、瞳からは光が消え、なにやら乾いた笑い声を上げていた。どう見ても精神面が重傷である。
     悪夢の尖兵によって選ばれた者、そして選ばれなかった者。いずれにせよ、この場にて過ぎ去った夢と対峙する事はもうない。
     だから明人は自分自身が見た初夢に何か思うところがあったのか、無言で側に佇むビハインドへ目をやっていた。
    「所詮、夢は夢……分かってたけど、ね」
     誰にともなく、マリアが呟く。気づけばゆっくりと、空が明るくなって来ていた。
    「―――おやすみ」
     巴もまた、背を向ける。悪夢は終わり、朝が来ようとしている。

    作者:霧柄頼道 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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