初天神・三辰のめぐる宮へ 元つ月

    作者:西東西


     2016年がはじまり、1週間以上が過ぎた。
     正月があければ、仕事始めに始業式。
     松飾りを片づけはじめる松の内を過ぎるころには、新年を迎えた独特の雰囲気はすっかり薄らいでしまった。
     ――街も人も、いつもの時間の流れに戻っていく。
     そんな感想を抱きながら町を眺めていたおかっぱ頭の少年は、ふと気づいた。
     そういえば。
     今年は、初詣に行きそびれていた。
     

    「京都の『北野天満宮』に行こうと思うのだが、興味があれば君たちも行ってみないか」
     一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)がそう告げ、教室に居合わせた学生たちが話を聞きに集まってくる。
     行き先である『北野天満宮』は、学業の神さまをまつっている神社だ。
     「牛」と「梅」に縁が深いとされ、境内には『撫で牛』と呼ばれる牛の像があちこちに置かれ、多くの梅が植えられている。
     今冬の陽気なら、早咲きの梅を見ることもできるかもしれない。
     おもなご利益は『学業成就』。
     この時期は絵馬所に筆と硯が用意されているので、墨文字で成就祈願も良さそうだ。

    「参拝日は『初天神(はつてんじん)』が催され、1000軒ちかい露店が立ちならぶそうだ」
     店をひやかす人々と合格祈願に訪れた受験生とが入り交じり、境内は盛大な賑わいに包まれる。
     レトロなおもちゃや時代もののアンティーク着物、刀剣の鍔や古銭といったマニアックなものから、手作り雑貨やアクセサリー。
     参道から周囲の沿道に至るまで、屋台や骨董、古道具、植木、陶器、古着などを商う小さな露店がひしめきあう。
     どの店も一点ものが多いため、掘り出し物を探すなら朝が良い。
     夕方には店じまいで、品薄の店も多くなる。
     日没以降は境内がライトアップされ、350の石燈籠と250の釣燈籠にあかりが灯る。
    「同行予定の七湖都は、着物を着ていくと言っていたよ」
     着付けを希望する者がいるならまとめて面倒をみるぞと、一夜は学生たちへ向け、笑った。

     初詣に行きそびれた者は、すこし遅めの初詣として。
     すでに初詣を済ませた者は、新春一番の縁日として。
     京都へ、遊びに行きませんか?


    ■リプレイ


     朝。
     名の知れた神社の縁日とあって、北野天満宮には早くも参拝列が続いていた。
    「人一杯ですね…です」
     陽が昇ったとはいえ空気はいまだ暖まらず、吐く息が白く染まる。
     呟く噤の背は小さく、暖を求めてくっつく双子を挟むように、保と乙彦が列に並んだ。
     はぐれたら長身の乙彦を探すよう言い含め、改めて互いの和装に目を向ける。
    「乙彦さんは、きりりと頼もしいね。詠さんは夜空を纏うよう」
    「八千草と噤の装いも似合っている」
     褒められた詠が楽し気に尻尾を揺らせば、すぐに参拝の順番がやってきて。
     四人横に並び、まずは八千草が鈴を鳴らして二拝二拍手。
     参拝の仕方を失念していた乙彦は一歩後ろに立ち、ひそかにその背に倣った。
    「わっ、お参りにも順番があるんだ!」
     眼を輝かせた詠が噤を誘い一緒に鈴緒を引っ張れば、がらんがらんと賑やかな音。
    「今年もみんなと遊びにいけますよーに! テストが簡単になりますよーに!」
     噤もぎゅっと眼を閉じ、願う。
     ――詠ちゃんや、クラブのみんなと楽しい1年になりますように。
     思い思いに唱えて、最後は深く一礼。
    「皆の願い事、叶うと良いな」
     乙彦の言葉に、顔を見合わせ笑い交わす。
    「ねえねえ、屋台もみにいこー! お腹すいちゃった!」
    「ええね。美味しいもん、食べて帰ろう」
     駆けだす詠を追い、三人もゆっくり、後を追う。
     同じく参拝を終え、並び歩くのは樹と拓馬。
     樹は錆青磁の色無地に松竹梅柄の帯。
     羊の帯留めと椿の簪を添え、可愛らしくも艶やかな装い。
     青の着物をまとった拓馬が「とても綺麗だよ」とお嫁さんに手を伸べて、
    「屋台もあるみたいだね。樹は、何か欲しいものあるかい?」
    「できれば破魔矢がほしいわね。家内安全、無病息災のお守りになるの」
     「いいね、そうしよう」と頷き、すぐに社務所で目当ての品を購入。
    「平穏で素敵な一年が過ごせますように」
     微笑み手渡せば、樹の頬がふわりほころぶ。
    「屋台の前に、おみくじも引いてみない?」
     目についたくじ箱を示し、樹はそっと、青の袖を引いた。
     あの辺りの梅はもう咲いてるなと梅が枝を仰ぎながら、修太郎と郁は境内をぐるり歩く。
    「撫で牛って一頭じゃないんだな」
     いい点とれますようにと修太郎が牛の頭を撫でれば、
    「牛をなでた手で頭を触ると賢くなるのまじで!」
     郁が真剣な顔で、牛と自分の頭を撫で始める。
     思わず笑みを浮かべた修太郎が、参拝後にお守りも買おうと提案。
    「僕は勧学のお守り」
    「学業成就とはまた違うの?」
     終わったらのんびり露店を巡ろうと郁が告げ、ふと、修太郎を見あげて。
     今日は、年明け初デート。
    「今年もよろしくお願いします」
    「うん、今年も宜しく」
     どちらともなく手をとって、本殿へ向かい歩き始める。
    「寒くネェか? 何だったら、その…もうちょい寄るか?」
     袴姿の空と、花を散らした振袖姿の美智も腕組み歩く。
     こちらも、二人が結ばれてから初めてのデートの日。
     露店を巡り見つけたのは、革紐で編んだ天然石のブレスレット。
    「俺は、青色のだな」
    「私はやっぱりピンクかな!」
     揃いの品を身に着け見せあえば、思わず笑顔が零れて。
    「素敵な思い出が、ひとつ増えましたね♪」
    「やっぱ良いな、こうして二人で一緒ってのは」
     包みこむように抱擁する空を見あげ、美智も頷く。
    「来年もまた、二人一緒に、初詣に行きましょうね」
     ――もっともっと、あなたと幸せな日々を送れますように。

     本殿前で背筋を伸ばし、高らかに手を打つのは供助。
     眼を閉じよぎるのは、近しい者たちのこと。
     自分のことは自分でなんとかすると胸中で呟き、社を後にする。
     社務所では後輩4人の学業成就守り、白の星守りと破魔矢を購入し、露店へ。
     古着もいいが、刀剣の鍔なども見てみたい。
     歩けば、見慣れたおかっぱ頭。
    「一夜」
     今年も宜しく頼むと告げれば、「こちらこそ」と笑顔が返る。
     道の先には、赤の牡丹、紫の桔梗、黒の銘仙を着た和装三人娘の姿。
    「この桜の簪なんか、咲夜殿に似合いそう」
     簪を見つけたサーニャが、咲耶とさかなを手招いて。
    「さかな殿へのオススメは、睡蓮のお花の簪でござる」
     初めて手にするモチーフに、眼を瞬く。
     透ける花弁が気に入り、さかなはこれにすると即決。
     しばし迷った後、サーニャ自身は月と猫を飾った簪を買い求めた。
    「お土産探しも、良いですか?」
     今日こられなかった友達にと告げれば、
    「拙者も一緒に探すでござるよ。喜ぶ顔が見たいでござるからね!」
     「わたしも」と、さかなも一緒になって露店を巡る。
     二人に秘密で買った、花の髪飾り。
     帰り際に渡そうと決め、咲耶は小さく、微笑んだ。
     ――どうぞ、喜んでもらえますように。
     通りすがりに駆けていくのは、赤の着物に袴姿の陽桜。
     一夜はあっちとさかなに聞けば、元気よく駆けだして。
     名を呼び、振り返った一夜の前に、勢いよく包みをさしだす。
     中身は、カエルモチーフの陶器マグ。
     問えば誕生日の贈物だという。
    「『かえる(帰る)の祈願』に、たくさん助けてもらってます」
     これからもよろしくお願いしますとお辞儀する少女の前に膝をつき、一夜は静かに首を振った。
    「羽柴、礼を言うのは私の方だ。いつも私の言葉を信じ、力を尽くしてくれて本当にありがとう」
     マグは帰って使うと微笑めば、
    「一夜崎も歳とるんだな」
     隣で見ていた着物姿のキィンが呟き、「おまえは私を妖怪とでも思っているのか」と冷たい声。
     露店を抜け、境内を並び歩けば、目に映るのは参拝列に牛の像。
    「前に、着付けを仕事にしてはどうかと言ったろう。それを、考えている」
     今朝問うた答えと分かれば、
    「オレは迷っている」
     と、キィン。
     ほころぶ梅を仰ぎ見て、雪の足跡を想い出す。
    「姫さんは」
    「まだ露店じゃないか」
     そう告げ、二人でぶらり、露店を見に戻った。


     昼には寒さが和らぎ、ごったがえす境内に賑やかな呼び声が飛び交う。
    「すごい賑わいじゃなあ」
     感心したように人ごみを眺める心桜の隣で、
    「お、古書!」
     あっちは骨董、そっちは刀剣と、明莉が露店を巡り歩く。
     我に返り気になる店はあるかと問えば、心桜は一緒の店を見ると微笑む。
     小腹が空いたらたい焼きやたこ焼きを頬張り、冷えた指先を温めて。
    「心桜も今年は高2かぁ」
     学業祈願のお参りしなきゃなと、明莉は続けて耳打ちする。
     ――今年は覚悟しといてね。
    「え? え! 覚悟って何、覚悟って!?」
    「なんだろうねぇ~♪」
     にんまり笑顔ではぐらかし、神様にお願いするべく本殿へ。
    「着物姿似合ってるぜ、可愛いよ」
     月人の言葉に、返事代わりに飛んできたのは春陽の拳。
     大和撫子が台無しだと告げれば、大和撫子流の照れ隠しよと参拝列へ。
     本殿前にならび立ち願うのは、やはり己の成績のこと。
     教えてもらっても成果が出ず。
     勉強を見ても成果が出ず。
     ――これでは申し訳ないので、どうかもうすこし、頭を良くしてください。
     互いの願い事など知る由もなく、露店へ足を向ける。
    「なにか掘り出し物があるかもよ?」
    「時間が許す限り見て回ろうぜ」
     華奢な手を取り、月人が春陽の歩幅にあわせ、歩く。
     優しさが嬉しく、春陽はつないだ手をぎゅっと、握り締めた。
     はぐれないようスヴェンニーナの手を引くのは、流。
     初詣の簡単な作法を教えた後、参拝列へ。
     手を合わせる流の横顔を見やり、ニーナが願うのは流の歌とピアノのこと。
     ついでに私の志望学部も決まればと呟けば、
    「俺のお嫁さんって進路もあるからな」
     うれしい、けど、逃げるようにしてなりたくないから。
     がんばる、と想いを胸に刻む。
     境内を歩けば、ほころんだ梅花も見えて。
    「いい香り」
     つられ仰いだ流と梅の2ショットを、パシャリ。
    「新しい年も、一緒に色んな初めてをみつけていきてぇな」
    「ん。一緒に、いろいろ見に行こう」
     ――これからも、二人寄り添い過ごしていけますように。
     参拝を済ませ、揃いの着物で手繋ぎ歩くのは悟と想希。
     花咲く梅が枝を見やり、眼を細める。
    「春が来れば、悟は高3で俺は――」
    「お互いほっこほこな春や! 寒さなんか知らへん常春の未来や!」
     目を伏せた想希の傍で、悟は力強い声で、続ける。
    「冬は終わりや。蓄えた力で巣立ちの年に羽ばたこや! 二人で、あったかいえぇ春を迎えようやないか!」
    「そうですね。二人でなら、…きっと」
     きっと全部の夢を掴みますからと手を伸べれば、
     ――グウゥ。
     腹を鳴らした悟が、美味そうやないかと撫で牛像に寄り掛かる。
    「今夜は、すき焼きにしましょうか」
     吹きだした想希は、一緒に牛の頭を撫でた。
    「ゲイルがいよいよ学問に目覚めたと思うと、嬉しいねぇ」
    「え、学問の神? そんなものにどうこうしなくても問題ないですよー」
     否定されるのは折込済み。
     せめて撫で牛にはあやかっておこうと、ゲイルと千尋も揃って像の頭を撫でる。
     千尋が本当に見たかったのは、別の物。
     長い年月を重ね小石が繋がった『さざれ石』だ。
    「この石みたいに、いくつも時間を重ねて繋がりあって…決して離れない硬い『絆』になれば良いねぇ」
     告げる千尋に、石まで見に来なくてもそのつもりだと返して。
    「なんなら、今から強固にしちゃいます?」
     強引に抱き寄せ、その意思を示す。
    「今年も一年中、そんな絆を作っていこうね♪」
     カラリ下駄を鳴らし牛の像を撫でるのは、鈴音。
    「たしか御伽殿は受験生でしたよねぇ」
    「せっかく来たしな。大学での学業成就くらい神頼みしとくか」
     けらり笑い、御伽も手先が器用になるようにと牛の手足を撫でておく。
     その足で露店通りに踏みこめば、見渡す限りの店店人人。
     鈴音は着物を購入したいと言い。
     御伽は掘り出し物を探しに、古いものを探すべく店巡り。
    「折角ですからクラブの皆々様に、お土産を買って帰るのも良いですよねぇ」
    「お、ナイスアイデア」
     進学する者たちのためにお守りをと決め、いざ露店の大海原へ。
     穏やかな青空の下。
     ぶらり旅はまだまだ続く――。
    「ウェーイあけおめことよろ!」
     参道前で賑やかに挨拶を交わすのは【武蔵坂軽音部】の6人。
     錠は祖父譲りの羽織袴。
     葉月は三つ鱗紋の紋付き袴で、ばちんと手を鳴らし。
     イチも紺の着物と羽織姿で、無表情ながら嬉しげに掌を交わす。
    「皆よく似合ってるわよ!」
     着付けを担当した時生も黒地に桃牡丹咲く着物をまとい、袂を押さえてハイタッチ!
     青に白花散る着物姿の夜奈も頬をほころばせ、
    「歩きづらいけど、とってもしんせん」
    「お着物きてこういう場所に来ると、気がひきしまる思いなのです…!」
     薄紫の着物を着た朋恵も、しゃんと背筋を伸ばしている。
    「うん、みんな綺麗だ」
    「花って、こういうのを言うんだ、きっと」
     葉月、イチに続き、錠も「時生グッジョブ!」とサムズアップ。
    「男のひとの着物は、ヤナたちとふんいき、ちがうの、ね」
    「錠も葉月もタッパあるから、羽織袴すごい似合うわねえ」
     アオも普段と違う装いが見れて得した気分と、時生が笑う。
     お披露目が終われば、さっそく露店巡りへ。
    「これどーよ?」
     錠が西陣織雑貨の店の中折ハットを試着して見せれば、
    「使い勝手良さそう」
     頷くイチの手には、早くも食べ物や湯呑みが満載だ。
     夜奈は淡い青星のピアスを前に、お財布と相談。
    「きれー、だけど。ピアスはつけないし…」
     そっと、元の場所へ。
     朋恵が見るのは玩具の露店。
    「あたしは、昔ながらのかわいいおもちゃがあったら買ってみたいのですっ」
     高いものは買えないからと、予算内での出会いに期待する。
    「俺、最近は焼き物も興味あるんだ」
     良い物を見つけたら買おうかなと、刀剣や鎧を横目に葉月も良店探し。
    「天神さまのお膝元は雑貨好きの聖地よね」
     時生は和小物の露店を見定め、「この簪、つまみ細工が可愛いわ」と、早くも財布を開いている。
     個々の買い物を済ませた後、錠は購入した蓄音機を見せ、笑った。
     奮発したそれは、軽音部へのお土産だ。
    「部室で響かせるのが愉しみだぜ…!」
     ――今年も、賑やかな一年になりますように。
     道行くさかなを呼びとめたのは、アリス。
     薄紅に金糸刺繍を散らした着物に、結い上げた髪が大人びて見えて。
     聞けば、後輩が着付けをしてくれたという。
    「一緒に、露店巡りしましょうか」
    「ん。手作りの店、とか。骨董も、いっぱい」
     すでに一部の露店を見たさかなだが、店は回りきれないほど多く出ている。
     アリスは刀の鍔を文鎮代わりにしようと思いたち、骨董品店へ。
    「この由来は何かあるの、おじさん?」

     参拝を終え境内を巡るのは【Une】の4人。
    「律花さんと灯倭ちゃんは着物かー、私も着てくれば良かったかしら」
     白地に青花咲く灯倭の着物に、紅黒に牡丹を散らした律花の着物。
     「二人とも綺麗よ」と告げれば、
    「えへへー、ありがとう」
     次は月子ちゃんの着物姿も楽しみにしてるねと、灯倭が照れ笑い。
    「私も次は、灯倭ちゃんみたいな着物もいいかも」
     でも灯倭が着るから似合うのかなと勢いを落せば、
    「律花は髪色が明るい、から…そう言うはっきりした色のいいな、って思うし、灯倭は青が似合うよねー」
     月子も着ればよかったのにと告げる隆也に、
    「キミはいつも通りね」
     「私服同士でお揃いだねぇ」と、こちらもマイペースに返す。
     ひととおり境内を巡り、この後はカフェにでも行こうかと話しあい。
     ふと三人娘が見やれば、隆也の手には大量の食べ物が。
     問えば、三人が話している間に露店で買ってきたという。
    「そんなに食べていたら後が入らないわよ?」
    「大丈夫ー、これぐらいならおなか一杯にはならないから」
     頼もしい声に律花も笑って、
    「この辺の出店で小腹を満たしておいてもらった方がいい、かも?」
    「買ったもので美味しかったものがあれば、教えて欲しいなぁ」
     問いかける灯倭に、「これ食べてもいいよ?」と、隆也はりんご飴を指しだした。


     夜になれば、底冷えする空気が肌を刺す。
     ライトアップを待っていたカティアは、人が動き出すと同時に着物姿の詩音の手を取った。
    「あ、あの、人が多いから、迷子にならないように…」
     詩音はきょとんと見つめるも、すぐ笑顔に変わって。
    「嬉しいです」
     そう告げ、重ねた手指を握り返す。
    「離しちゃ嫌ですよ?」
    「はい、離しません。ちゃんと傍にいますから」
     腕を抱いて、早打つ鼓動を感じるほどに寄り添って。
     握った手から、互いの体温を感じる。
     闇を淡く照らす光は美しく、いつまでも見ていたいと思える。
    「でも楽しいのは…きっと、詩音さんのおかげですね」
     夢現の光景のなか、着物姿の詩音はそっと、微笑んだ。
     ライトアップでいつもより人出があるとはいえ、満ちる時間は静謐で。
    「燈、…手、繋いでいい?」
    「うんうん、手つなぐー!」
     応えた燈が理央の手をきゅっと握り、指を絡める。
    「梅の花が綺麗なんだって。一緒に見に行こう。きっと素敵だよ」
     誘う言葉が、緊張で震える。
     燈はにっこりと微笑み、「あっちかな?」と梅苑の方へ。
     早咲きの梅は、辺りにほのかな香りを漂わせ。
     燈籠に照らされた花が、幻想的に浮かびあがる。
    「きれいだね」
     ぽつり零した燈の言葉に、理央が強く、指を絡めて。
    「だいすきな人と…燈と一緒に見に来れて、本当に良かったな、って思うんだ」
     響く声が心地よく、燈はそっと理央に身をゆだねる。
     寄り添う互いの身体があたたかく、愛おしい。
     夢見心地の中、傍にいられる『いま』に幸せを感じ、燈はそっと、瞼を閉ざした。
    「灯籠が沢山とは聞いてたけど…凄いなぁ…」
    「俺、灯篭って初めて見るんだよね」
     夜景を前に、揃って感嘆の声をあげるのは藍凛と杳。
    「ちょっと待ってて」
     ふいに藍凛が闇のなかへ姿を消したと思えば、持ってきたのは温かい飲み物だ。
    「…どうも、ありがとう」
     缶をあければ、ふわり、湯気とコーンポタージュの匂いが広がる。
     手指をじわり融かす熱に、身体の緊張が解けていくのを実感する。
    「温かいものは、持っているだけでも落ち着くものなんだな…」
     幸せな時間を、共に在るこの景色を、少しでも長く心に刻んでおきたくて。
    「もうしばらく、眺めていようか」
     答える声はなくとも、心は同じ。
     ――来年も再来年も、一緒に初詣に行けますように。

     燈籠の道を速足気味に歩くのは、紫月。
     本殿の前に立ち、
    「えーっと、去年はお世話になりました。今年も恙無く、毎日が続きますように」
     突然終わるのは嫌だからと、きちんと二拝二拍手一礼。
     戻り際に梅が咲いているのと、梅苑にひとり佇む一夜に気づき声を掛ける。
    「一夜先輩、誕生日おめでとさん」
     一夜は見知った顔と判じ、「ありがとう」と短く返して。
    「薄着だな」
     ストールを貸そうかと告げるも、大丈夫ですと、紫月は再び歩きはじめる。
     そうして。
     少年は夜と炎の境界線に立ったまま、闇に佇む少女を見ていた。
     一年前。
     闇と言葉交わす以前から。
     透明な人形のまま、何色にも染まらなければ良いと。
     同時に、あの梅の夜と夏の日の変化を、喜びもして。
     ――だから私は、『同類』なのだ。
     出会った日からずっと、少女は境界に立っている。
     対極の狭間に在る。
     それでも。
     喪うためではない。
     生かすために、手を伸べたのだから。
    「帰るぞ」
     声に振り返った少女が、駆け寄って。
     二人、梅苑を後にした。
     
     

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年1月25日
    難度:簡単
    参加:45人
    結果:成功!
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