プレスター・ジョンの国防衛戦~殺人ソムリエ『S』

    ●ソムリエナイフを持つ男
     その男は、長い間恨みと微睡みの中を漂っていた。

     ……チヲ……ミセロ……コロス……シャクメツ……シャ……。
     ……ツメタイ、イタイ、クルシイ……チガミタイ……。

     たまさか現実世界からの来訪者たちに向けて、殺気を放出し、ナイフを振り回すこともあるが、所詮残留思念だけの存在である彼の攻撃は、ただの残像。
     ひたすら怨念を空回りさせるばかりの時間が過ぎていく。

     ――はずだったのに。

    「Sさん、Sさんやろ? 元六六六人衆六五六番の」
     軽薄な呼び声が、彼を微睡みから急速に引きずり起こした。
    「ソムリエナイフ使いなんやてな、聞いてまっせ」
     彼を目覚めさせたのは、ストリート風のファッションに身を包んだ、関西弁の若い男だった。
    「オレ、新米六六六人衆のタツ言いまんねん。さっき、この世界の王様を暗殺せいゆうて、大勢でシャドウさんに放り込まれましたんやけどな」
     まだ序列もない新米ばかりでの行動はおぼつかないので、この世界に棲む『S』に、力を貸してもらいたいという。
    「そういうわけなんで、よろしゅうお願いしますわ」 
     タツは調子よくまくしたて、大きなハンマーを出現させた。
    「これオレの武器。Sさんのナイフと相性良さそうやろ?」
     一気にまくしたてられたSは、相性もなにも……と思った。だいたい私は、思念だけの存在で……。
     そこでSは気づいた。
     自分に、力が満ちつつあることを。
     黒スーツの内ポケットから、愛用のソムリエナイフを抜いてみる。
     ナイフは、光を取り戻していた。他者に影響を与えられる程に。
     血を、流させることができるほどに。
     その光を見て、Sは思った。
     おそらくこの世界の住人には、王による安寧を守ろうとする者も多いだろうが……でも、私は違う。
     Sは、濡れ濡れと赤い唇をニヤリと歪めた。
     せっかく他者を傷つけられる力を得たならば、私は、王を討つ方を選ぼう。
     何故なら――。
    「……面白い、手伝おう」
    「おおきに! 助かりますわー」
     何故なら、その方が多くの血を見ることができそうだから。

    ●武蔵坂学園
     集った灼滅者たちに向かい、春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)は難しい顔で語り始めた。
    「プレスター・ジョンの国へのゲートを持つ優貴先生が、突然高熱を出して倒れてしまいました。原因は、歓喜のデスギガスが、プレスター・ジョンの国に攻め込んだことにあります」
     デスギガス勢力の目的は『プレスター・ジョンを暗殺し、プレスター・ジョンの国の残留思念を奪い、その残留思念をベヘリタスの秘宝で実体化させる』事と想定される。
     典はひきつった顔で灼滅者たちを見回して、
    「多数の残留思念が復活し、デスギガスの勢力に加われば、大変なことになるでしょう」
     プレスター・ジョンの国には、灼滅者が大変な苦労をして倒した強力なダークネスたちが大勢囚われている。
     今回、プレスター・ジョンの国に攻め込んでいるのは、シャドウによってソウルボードに招かれた六六六人衆だ。彼らは、最近闇堕ちした序列外の新米のようで、戦闘力が低い分、複数で行動する。
    「彼ら六六六人衆の目的はプレスター・ジョンの暗殺で、プレスター・ジョンを守ろうとする残留思念と戦闘になっているようです。ただ、残留思念の中には、攻め込んできた六六六人衆に呼応する者もいまして……」
     典の予知した『S』もそれだ。
    「皆さんには、プレスター・ジョンの国に向かい、王の暗殺に向かおうとする六六六人衆『S』と『タツ』を撃退してほしいのです」
     Sは元六五六番のナイフ使い、タツは新米なので序列外、ハンマー使いだ。
    「しかし、デスギガスもややこしい作戦を……六六六人衆もあんな奴に協力するなんて、何を考えてるんだか」
     灼滅者のひとりが思わず呟くと、典も頷いて。
    「六六六人衆らがデスギガスに協力した理由は、ベヘリタスの秘宝ありき……でしょうが、一体何を企んでいるのですかね」
     六六六人衆との結託だけではない。このところの大シャドウたちの作戦の裏には、何か大きな企みが潜んでいるような気がしてならなのだが……。


    参加者
    仲村渠・弥勒(マイトレイヤー・d00917)
    今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)
    風雷・十夜(或いはアヤカシの血脈・d04471)
    小谷・リン(小さな凶星・d04621)
    一宮・閃(鮮血の戦姫・d16015)
    アレックス・ダークチェリー(ヒットマン紳士・d19526)
    押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)

    ■リプレイ

    ●プレスター・ジョンの国で
     灼滅者たちが降り立ったのは、プラスチックの吊橋の上だった。周囲を濃い霧が包み込み、オモチャのような吊り橋はゆらゆらと揺れ、遥か下方から轟々と渓流の音が聞こえてくる。
     霧のせいで橋の両端も、ターゲットの姿も見えなかったが、メンバーの中にはこの場を何度か訪れている者もいるので、方向はわかる。彼らは迷うことなく奥へ――王のおわす玉座の方へと走り出す。
     彼らが請け負ったターゲットも、確実に玉座目指して進んでいるはずだから。
     走りながら、まったくもう、とボヤいているのは一宮・閃(鮮血の戦姫・d16015)。
    「次から次へとやっかいなことを考える連中じゃのう」
     年明けから事件が頻発していることで、若干お疲れの様子だ。
    「とはいえ、優貴先生も心配だし、即刻倒すぞ!」
    「ふむ、ミス・大津もつくづく気の毒なことだな」
     紳士らしく気遣いを見せたのはアレックス・ダークチェリー(ヒットマン紳士・d19526)。
    「早いところ仕事を片づけて、彼女を救わねば」
     オレ、プレスター・ジョンにはあんま思い入れとかないけどさー、と仲村渠・弥勒(マイトレイヤー・d00917)は快活に。
    「優貴先生が苦しむのは嫌だねー」
    「プレスター・ジョンさんは、変な人だけどいいおじいちゃんだと思うのよ」
     生真面目に言ったのは今井・紅葉(蜜色金糸雀・d01605)。
    「下から数えた方が早い六六六人衆と、番号すらないやつらなんかに暗殺させたくないんだよ」
    「プレスター・ジョンの暗殺とか、考えることが過激っすよね」
     押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)は眉を顰めた。
    「裏になにが動いてるかは分かんないっすけど、デスギガスの戦力増加は避けたいし、絶対ここで止めるっす!」
    「いつもの再生怪人ならさっさと散るのがお約束だが」
     風雷・十夜(或いはアヤカシの血脈・d04471)は不敵な笑みを見せ、
    「今回は、どうやらそう簡単じゃあなさそうだけどな」
     不謹慎は重々承知、2体の六六六人衆を相手にするのが、ちょっとばかり楽しみでもある。
    「……Sの、その後については、聞いていた」
     小谷・リン(小さな凶星・d04621)は思い詰めた目をしている。
    「横浜の船の上以来、だ」
     彼女は、Sと浅からぬ因縁がある。
     小声で話しながら足を運んでいくと、じきに橋の終わりが見えてきた。この先には大きな屋敷があるはずだが、予知によると手前の平原でターゲットに遭遇できるはず。
     ターゲットが近いかもしれない、と灼滅者たちは口を閉じ、気配を忍ばせて、揺れる橋から地面へと降りた。
     長いこと揺れる橋を駆けてきたので、固い地面に降りてもまだ足下が揺れているような気がする……と。
    『……ギガスとかゆう、お偉いシャドウさん……』
     前方からかすかに話し声が聞こえてきた。
     薄らいできた霧の彼方に男の背中が2つ見えてきた。派手なパーカーと、黒スーツらしい。
    「……発見」
     ガイスト・インビジビリティ(亡霊・d02915)が低くつぶやいた。
     ここまで来たらと、灼滅者たちは視線を交わし、一斉に乾いた地面を蹴った。スレイヤーカードを解除しながら全速力で敵を追う。
     霧が薄れて見えて来た戦場は、荒涼とした平原だ。
     2人の六六六人衆は、状況説明をしながら進んでいるためか、早足ではあるが駆けてはいないので、みるみる距離が詰まっていく――と。
     気配に気づいたか、2人がバッと振り向いた。
     タツであろう大柄な方は驚いたように口を開けたが、Sと見られる黒スーツは、口が耳まで裂けそうなほどにニンマリと笑い。
     灼滅者!
     妙なアクセントで、嬉しそうに叫んだ。

    ●2人の六六六人衆
    「シャクメツーシャ!」
     Sは、嬉々としてソムリエナイフを取り出したが、灼滅者たちは、
    「まずはこっち、仕留めよー!」
     弥勒がかけ声を合図にして、タツに殺到する。
    「新米の序列外だろうと侮る気は一切ねェ、端から全開でお相手するぜ!」
     紅葉が聖剣で、十夜は日本刀で、利き腕とおぼしき右腕に斬りつけ、ガイストは縛霊手で殴り抑えつけた。弥勒は断罪輪を掲げ、
    「臨兵闘者皆陣列在前!」
     Sもろともにトラウマをぶち込み、素早く呪文を唱えなおして断罪輪を転じ、前衛に妨害能力を高める光を浴びせる。
    「やあ、殺しにきたよ。何故ここに? という顔だな。だが、それはこちらもだ」
     アレックスも続いて鏖殺領域を放ち、閃は駆け込んできた勢いのまま、跳び蹴りを見舞った。
    「……ウッ」
     いきなりの集中攻撃によろめいたタツに、
    「ピリオド、一任、宜しく」
     ガイストの命にビハインドが霊撃を放ったのを皮切りに、サーヴァントたち、ハリマの円、十夜のゼファー、リンの氷山・凪継、閃の麗子が次々と仕掛けていく。
    「Sさん、こいつら灼滅者か!?」
     新米とはいえ六六六人衆、タツは大きくよろけたがかろうじて転ぶことなく体勢を立て直した。
    「この半端者共は、どこにでも沸いて出てくるのだよ。まるでボウフラだな」
     貼り付いたような笑みで答えたSには、ディフェンダーのハリマとリンが対峙している。仲間達がタツを退治している間、Sを抑えておく役目だ。
    「始末してもうてええね?」
    「もちろん。腕を磨くのに丁度いいんじゃないか、新米くん」
    「ハッ、半端者なんて、修行にもならへんわ!」
     タツの手に虎柄の巨大なハンマーが現れ、大きく振りかぶられた。
     ドォン!
    「!!」
     ハンマーは乾いた大地に思いっきり打ち下ろされ、その振動に前衛は足を取られてしまう。
     鍛えた足腰で堪えたハリマがSに飛びかかったが、喉輪は頸を逸らすようにして避けられ、リンの刃もソムリエナイフに弾かれる。
     同時にSの全身から噴き上がる、黒々とした殺気。
     しかし。
    「回復するのよ!」
     紅葉が掲げた聖剣から清らかな風が流れ、苦しむ前衛と、大地と大気を吹き祓う。
    「ありがとうっす!」
     素早い回復を受け、ハリマは今度こそと鋼鉄の拳を黒服にめりこませる。
    「六六六人衆相手に綺麗な戦いなんて出来ない。泥臭くいくっすよ!」
     リンの影も、今度は確実にSを喰らいこんだ。
     リンは影に包まれた敵を、濁った瞳で見据えて。
    「お前は、一灼滅者の顔など、覚えていないだろうが、わたしは、あの時、胸をないふで、刺された感覚は、今でも、忘れてない」
     一方、タツの方にも、中後衛たちが間断なく襲いかかっている。
     弥勒の炎を乗せたダイダロスベルトは惜しくもかわされたが、避けたその場所には閃の巨斧が待っていた。同時にアレックスが死角に潜り込んで、趣味の悪い色合わせのパーカーを切り裂く。
     サーヴァントたちも次々と霊障波や猫パンチを繰り出し、その頃には前衛の回復も成り、
    「影刃、割断」
     ガイストがパーカーの破れ目を広げ、十夜がガツンと跳び蹴りを見舞った。
    「……くそっ!」
     タツは力任せに縛霊手を振り払いハンマーを振り上げたが、灼滅者たちの攻撃はとぎれることはない。
     六六六人衆2人を相手にするのは、下位と序列外とはいえ楽ではない。灼滅者たちも多かれ少なかれダメージを受けてはいたが、敵の弱点を突いた根気良い攻撃で、数分の後にはタツはボロボロになっていた。
     しかし、更なるプレッシャーを与えようと、アレックスの結界糸が2人まとめて襲いかかると、Sは躊躇わずタツの後ろに逃げ込んだ。
    「……因業やなあ」
     息を切らしたタツは、2人分の絡まる糸を振り払いながら、自分の背後に隠れる先輩に。
    「オレの方がどう見てもボロボロやのに、まだ盾にしますか?」
     くくく、とこちらはまだ軽傷と見えるSが笑い、
    「チームワークというものさ」
    「よう言うわ」
    「君こそよく言うよ。どうせ王の暗殺の成功不成功に関わらず、いずれ私も殺して名をあげるつもりだったんだろう?」
     タツは血塗れの顔に苦笑を浮かべ、
    「まあそうやけどね」
     それでいいんだ、とSは楽しそうに。
    「それが六六六人衆の性というもの……だが今は、灼滅者の真似事でもしてみようか」
     Sは嫌みな口調でそう言うと、ナイフを掲げた。その刃から灰色の霧が沸き出してくる。
    「あっ回復……させないっす!」
     ハリマが体当たりのように喉輪を喰らわせ、Sをのけぞらせた。その背には、弥勒が放った天魔の光が宿っている。
    「仲間を気遣わずにはいられないのが灼滅者の性。それがあるからこそ強敵も沢山打ち破ってきた。それに負けたのがアンタでしょ? 負けるもんか!」
    「六六六人衆も協力ということを習得した? 笑わせないでよ、殺し合って上位番号を奪うくせに? 流石に下っ端と番外ね」
     紅葉が吐き捨てるように言い、決然と剣から清らかな風を吹かせる。風はダメージが蓄積しだしている前衛を優しく包み込む。特にSと対峙している2人はかなり痛めつけられているので、こまめな回復が欠かせない。
     リンも無表情ながらも怒りを瞳に宿らせて鋭い糸を放ち、
    「お前は過去に、ちーむだから弱点、言った。だけど、私たち灼滅者は、それが強み。体感、しただろ?」
     ガイストは2人が何とかSを抑えている様子を見ると、ひとつ頷いて。
    「問題皆無。勝利一念。渇望」
     縛霊手で、回復成らなかったタツを抑え込んだ。
    「がっ」
     タツは苦しげに血を吐き、閃は炎を宿した足で、後ろ回し蹴りを頭にぶちこみ、弥勒も影に載せた炎で畳みかける。アレックスはガンナイフを構え、
    「ふっ、苦しそうだね、最期に教えてもらおうか。ベヘリタスの秘宝について、アガメムノンから何か教わっていないのかね?」
    「し、知らんわ……何やそれ……」
     下っ端には詳細は知らされていないのだろう。
    「そうか、ならば心おきなく」
     無造作に撃ち込まれた追尾弾が、額にめり込んだ。
    「ぐわあ!」
     口からまた血が大量に吐き出され、
    「よし、捻じこむぞ、ゼファー!」
     十夜は、愛猫に捕縛魔法を命じると、日本刀を朝焼け雲のように煌めかせて飛びかかった。
     ぎゃあああぁあぁぁ……!
     最後のあがきに振り上げられたハンマーは空を切り、タツは、灼滅者ではなく、薄情な先輩を恨みがましく見つめながら消滅した。

    ●S
     ひとり残ったSは、傷を負ってはいるが、まだまだ動けるようだった。余裕ありげな笑みさえ浮かべている。けれど灼滅者たちは強い決意を持って包囲する。
     悪辣な六六六人衆を8分ほども押さえていた2人のディフェンダーを労い、紅葉と円がしっかりと回復を施す。さらに円は主に駆け寄ると、緩みそうだった廻しを口で引っ張って締め直してやった。
     ズアッ。
    「!!」
     またSの全身から強い殺気が巻き上がった。回復役を狙おうというのか、後衛に向かって殺気が広がっていく。庇うには間に合わないと見て、ハリマは、
    「負けない!」
     傷だらけの体にむち打って拳を握って飛びかかり、
    「中々厄介。が、私達、諦観皆無」
     ガイストが縛霊手を繰り出す。十夜は刀に月の光を宿らせて斬りつけ、
    「殺人ソムリエさんよ。美学を通すにゃ力が要るよな。王を殺りたきゃ、まずは俺らを倒してみせな!」
     Sは斬りつけられているのに、ニヤアと笑った。
    「王の暗殺などどうでもよいのだ。多くの血が見られれば……特に灼滅者のな!」
     ナイフが十夜の胸を一閃した。血がバラの花束のように広がった。
    「ウッ!」
    「見ろ、灼滅者の血はこれほど美しい!」
    「かーっ、変態め! 麗子、カバーじゃ!」
     閃はビハインドに十夜のカバーを命じつつ、
    「全くSよ、そなたは何度倒されたら気が済むのじゃ!?」
     高く跳ぶと背中から蹴りつけた。前のめりになったところに、忍び寄っていたリンの刃が黒服を切りつけ、アレックスの鋼の帯が、ザクザクと突き刺さる。
     十夜は深手を負ってしまったようだが、回復には弥勒が当たる。
    「大丈夫さー、もうちょっとだよ、がんばー!」
     サーヴァントたちが攻撃をつなぐ中、ハリマが炎の蹴りを見舞い、紅葉がここは狙い目と見て、指輪から毒弾を撃ち込んだ。
    「心的苦悶影、晩餐」
     ガイストとリンの影が食らいつき、回復なった十夜は、左手の縛霊手でむんずとSの胸ぐらをつかむと、思いっきり蹴りを入れた。弥勒も九眼天呪法でトラウマを畳みかけ、閃は光と化した聖剣で穢れた魂を突き刺す。アレックスがガンナイフを構えて踏み込もうとした時。
     ゴウッ。
     ソムリエナイフから、呪いの竜巻が巻き起こった。毒を含んだ風はまた後衛へ……と。
    「護る、よ」
     ディフェンダーたちが竜巻の行く手に立ちはだかった。
    「……無益」
     風を堪えつつ、ガイストが低く呟く。
    「ふふ、助かったよ」
     護られたアレックスはそのまま敵に肉薄してガンナイフを振るい、紅葉と弥勒は素早く後衛とディフェンダーの回復に当たった。
    「くそっ」
     Sが今日初めて苛ついた表情を見せた。
     その後もSは執拗に攻撃を繰り出してきたが、灼滅者たちの粘り強さはそれを凌駕する。バッドステータスも利いてきたか、時間がたつにつれ動きが鈍り、立ちすくむことも増えてきた。
    「苦しそうね」
     紅葉が厳しい目で間合いを計り。
    「コルネリウスさんとプレスター・ジョンさんの慈悲により残された仮初めの命。もう要らないよね」
     聖剣でナイフを持つ手に切りつけた。
     くっ……と、傷だらけのSは歯噛みして、しびれた手でナイフを振り上げた。
    「回復はさせないって言ってるっす!」
     ハリマが無我夢中、力任せに殴りかかった。
    「この……ガキっ」
     Sが取り落としそうになったナイフを持ち替えた。
    「(あっ、危ない……!)」
     ハリマは長くSを抑え続け、その後も何度も盾になっている。ここでもし深手を負ってしまったら……。
    「麗子、頼む!」
     閃の命に、ビハインドはハリマに覆い被さった。ナイフは深々と突き刺さり、麗子自身もディフェンダーとして相当ダメージを受けていたので、その姿は消え去りそうに揺らいだ。
    「申し訳ないっす!」
     ハリマは一旦敵から飛び退って離れ、麗子には円が光る瞳を向ける。
     次の瞬間、十夜の刀がひらめいた。サーヴァントたちも一斉に最後の攻撃を仕掛けていく。ここまで補助に徹してきた弥勒も断罪輪に載せた炎を思いっきりぶちこみ、閃は巨斧を麗子の恨みとばかりに振り回す。アレックスの追尾弾が引き寄せられるように黒服の胸に吸い込まれ、
    「……覚悟」
     ドン!
     ガイストの縛霊手が、血の染み込んだ地面に六六六人衆を抑え込んだ。
     ビハインドを引き連れたリンが、Sを見下ろす。
    「時がたてば、強くなる。わたしは、あの時、お前にやられた、わたしじゃない」
     傍らのビハインドに。
    「兄様、顔を」
     凪継が顔を晒した途端、Sの血走った目が大きく見開かれ。
     鋭い刃が、青白い首を容赦なく切り裂いて――。
    「……。閉幕」
     ガイストの呟きは、敵の気配と共に、乾いた大地に吸い込まれ、消えた。

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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