寒いから、ご当地鍋で誕生日

    「うーっ、寒いわねえ」
      黒鳥・湖太郎(黒鳥の魔法使い・dn0097)はやってくるなり、ぶるるっとたくましい肩を震わせた。
     今冬は暖冬という予報だったが、ここのところ立て続けに強烈な寒波が関東地方までおりてきている。
    「こう寒いと、お鍋でも食べたくなっちゃうわ」
     ですよね、春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)も頷いて。
    「いいですよね、鍋。美味しいし温まるし……ああ、そっか、鍋……」
     典は突然遠い目になった。
    「アラどーしたの典ちゃん? おーいおーい、帰ってらっしゃいよー」
     湖太郎は典の顔の前で手を振って。
    「お鍋がどうしたっていうの?」
     呼ばれて我に返った典は、心なし恥ずかしそうに。
    「えっと、もうすぐ僕……誕生日じゃないですか」
    「あ、そうよ、その話をしにきたのよ、アタシ。で、今年は何しよっかー?」
    「この学園ならではで、前々からやってみたいと思ってたことがありまして」
    「何なに? 言ってみてー」
     湖太郎はぐっと身を乗り出し、典はその分微妙に引いて。
    「全国の……いえ、世界中のご当地鍋料理を集めてパーティーしたら、楽しいんじゃないかなーって」
    「アラ、ステキ!」
    「全国ばかりでなく、世界中から学生が集まっている武蔵坂学園ですから、百花繚乱、バラエティに富んだ鍋が集まりそうでしょう?」
    「うんうんっ、きっと凄まじ……いえ、素晴らしいパーティーになるわよっ」
     ガタッ、と湖太郎は勢いよく立ち上がって。
    「早速準備しなくちゃね。場所は調理実習室でいいかしら」
    「え、湖太郎さん、もう決まりですか?」
     典は口を開けて巨大オネエを見上げた。
    「いいじゃないの鍋パーティー。毎日こんなに寒いんですもの、みんなだってお鍋であったまりたいはずよッ」
    「そ、そうだべか?」
    「もちろんアタシも作るわよ。江戸っ子としては、風邪予防にどじょうの柳川なんて作っちゃおうかしらね。典ちゃんも作るわよね?」
    「え、えと、やっぱきりたんぽだべか?」
    「ホラこれでもう2鍋! アタシ、速攻調理実習室の使用申請出してくるから、典ちゃんはみんなに声かけはじめてねー!」
     オネエは風のように去り、誕生日を迎える当人は、呆然とそれを見送ったのであった。


    ■リプレイ

    ●鍋つくろ!
    「お誕生日おめでとーございます!」
     元気に調理実習室に飛び込んできたのは饗庭・樹斉(沈黙の黄雪晃・d28385)と押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)の仲良しSDコンビ。大量の野菜等、食材をたっくさん抱えている。
    「ありがとう。2人ともよく来てくれました」
     照れくさそうに答えた春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)は、すりこぎですり鉢に入れた物体をがしがしと潰している。
    「春祭センパイ、なにしてるんですかー?」
     2人が興味津々で典の手元をのぞき込むと、炊き立てのご飯が潰されていた。
    「たんぽにするために、ご飯を半殺しにしているんですよ」
    「半殺し!?」
     ご飯を粒が残る程度に潰すことを表現した東北方言で、ぼたもちの時なども、
    『ご飯半殺しにしてー』
     と、至ってナチュラルに使われる。
     ところできりたんぽだが、つぶしたご飯を棒に巻き付けて作るアレ自体は『たんぽ』と言い、鍋に入れる場合は切って使うので『きりたんぽ』となり、味噌をつけて焼くと『みそたんぽ』となる。
    「なるほどっすー」
    「よしっ、僕たちも作ろ!」
     典の解説に納得すると、SDたちも自分の鍋の調理に取りかかった。
    「僕のふるさと、富士山の方からはちょっと離れたとこの名物なんだけど、静岡の中でもインパクトのあるお鍋で攻めたくて!」
     樹斉が取り出したのは、新鮮そうな赤身肉。
    「このお肉の入手が最大の難関だったんだけど……いっそ狩ってこようかと思ったり」
     さすが狐!? と周囲にいた者たちは驚いたが、最終的にはネット通販で入手することができた。便利な時代だ。
     ハリマも作業を開始した。
    「ボクはちゃんこ鍋は詳しいんすけど、ご当地鍋と言われてもよく知らなくて。んで、何かいいものないかなって考えた末、野菜たっぷりのこれを……」
     彼にとって、稽古とちゃんこはセット。小学生力士のハリマは慣れた手つきでざくざくと野菜を切る。日頃、ちゃんこ鍋の手伝いをしているのだろう。
     しかし自分だけでちゃんこ以外の鍋を作るのは初めてらしく、要領は些かよくないようで。
    「ハリマセンパイ、お出汁とりながら具を用意した方がいいよ」
    「あっ、そっか」
     後輩の樹斉にこそっと指示だしされ、あわてて大きな鍋に水を入れはじめた。
     その頃には他の参加者たちも調理室に集まってきて、それぞれ調理をはじめていた。
     崇田・來鯉(ニシキゴイキッド・d16213)は土鍋に、昆布にトビウオの煮干し、イリコを並べた。これで出汁をとるようだが、ずいぶん豪華だ。
    「これだけじゃないんだよ」
     ドンッ。
     來鯉は長くてにゅるにゅるした怖い顔の魚をまな板に目打ちした。固定されてもなおジタバタ暴れる、精の強い魚を、出刃包丁でザザザッと豪快に捌く。
    「この魚の骨も出汁に入れるんだ。広島の鍋物は牡蠣の土手鍋だけじゃないところを、広島のヒーローとして見せてあげよう!」
     有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)の前にも、大変豪華な食材がずらりと並べられつつある。
     しいたけ、焼き豆腐、しらたき、ねぎ、白菜、牛脂、しょうゆ、砂糖、料理酒、生卵……そして彼の出身地、三重県産の牛肉! 美しい赤身に、白いサシのコントラストが実に美しい。
     それを見て、周囲にいる者たちの目がキラーンと光る。
    「(三重県産の牛肉って……もしかしてアレ? あそこのお肉なの!?)」
    「(そしてこの材料ってことは、アレだよね? あの鍋だよね!?)」
     針ヶ丘・ヒロ(ブルービート・d17658)もずらりと豪華な材料を並べている。
     野菜は、白菜、長ネギ、にんじん、椎茸、つるむらさき、なめこ。
     魚介は、たら、ホタテ、フグ、あんこう、カキ。
     その他にも、餅巾着、焼き豆腐、コラーゲンが用意されている。
    「フグは山口のフグちりをイメージして、こちらは茨城のあんこう鍋にヒントを得て……」
     どうやら各地のご当地鍋を合体させた寄せ鍋を作ってくれるようだが、さてどんな料理なのだろう?
     皆それなりに料理には慣れているようで、着々と下拵えは進んでいく……と。
    「ハアイ、いっちばんのり、どじょうの柳川できたわよー。熱いうちに食べちゃってー」
     ハイテンションな裏声が響いた。

    ●鍋食べよ!
     黒鳥・湖太郎(黒鳥の魔法使い・dn0097)がふりふりのレースの割烹着姿で皆を呼んだ。卓上コンロの上では、平たい土鍋がぐつぐつ言っている。
    「湖太郎さん、早いですね。わあ、卵とじなんですねぇー」
     羽柴・陽桜(こころつなぎ・d01490)がサッとやってきて、嬉しそうに鍋をのぞき込んだ。
    「どじょうはお魚屋さんで用意してもらったし、アタシはお出汁とって、ゴボウと三つ葉切るだけだから、簡単だったのよ。火の通りも早いしね……ところで、陽桜ちゃんは、ぜんぜん用意してないみたいだけど、今日は食べるだけの人?」
    「違いますよう」
     そういえば先ほどから陽桜は、人の準備を覗いたり、手伝ったりしてばかり。
    「あたしのはササッとできますから……それに、ラストに食べてほしいので」
     うふふふっ、と陽桜はいたずらっぽく笑った。
     皆も鍋作りの手を止めて、柳川鍋を食べに集まってきた。丸のままのどじょうに怯える者もいたが、湖太郎いわく。
    「ミニウナギと思いなさいな! 滋養があるんだからお食べなさいっ」
     おそるおそる食べてみれば、ほのかな苦みと濃い旨味、微かな骨の触感が実に美味。確かに元気になりそうな味である。
     次に、ではそろそろ僕のも食べていただきましょうか、とシュッと板前っぽい前掛けをかけたのは雄哉。料理の勉強もかねているので、気合いが漲っている。
    「春祭先輩、お誕生日おめでとうございます」
     おもむろに頭を下げてから、
    「ご当地鍋とは言えないかもしれませんが、僕の田舎では正月にすき焼きを食べる風習がありまして、縁起物ですので」
     やった、やっぱりすき焼きだ!
     小躍りする学友たちの前で、雄哉は熱した鉄鍋に牛脂をなじませ、うっとりするような牛肉を広げて軽く焼いた。おおよそ火が通ったところで、調味料を振り入れて肉になじませる。
     じゅわ~、とたまらない匂いが調理室に広がっていく。
    「実は調味料のバランスが難しいんです」
     昔家族で食べた味になっているといいのだけれど、と雄哉は思い出をかみしめる。
     野菜や豆腐など、他の具材も足して……。
    「さ、ひと煮立ちしたらどうぞ。味は濃いめですので、とき卵つけてくださいね」
     いっただきまーす、はふはふ、むぐむぐ、としばし無言で幸せを頬張る参加者たち。
    「うーん、すき焼きはやっぱりおいしいね! ごちそうさま」
     來鯉は器を勢いよくおくと、
    「次は魚をどうぞ!」
     と、自分の鍋を用意している卓に皆を誘った。豪華魚介出汁が土鍋の中で上品にぐつぐつしている。そこに來鯉はたらっと少量の牡蠣醤油をたらして味を調え。
    「僕が用意したのは、アナゴしゃぶしゃぶ+αです!」
     濃厚な出汁に、先ほど捌いたアナゴやタコ、鮫肉(これも広島の名物)を、水菜などの野菜と共にくぐらせ食べる、豪華魚介しゃぶしゃぶである。魚介は当然広島直送の超新鮮なものばかり。
     早速鍋に群がった参加者たちは、シンプルなのに豪華な魚介の味わいに陶然となる。
     ハリマが目を閉じて唸った。
    「ううーん、出汁が濃厚だから、タレつけなくてもすごいおいしいっす」
    「でしょ?」
     來鯉はしてやったりとばかりにニヤリとし。
    「シメもおいしいの用意してるから、お楽しみにね」
    「ごっつぁんです! そろそろボクの鍋もイイカンジなので、食べてください!」
     ハリマの鍋からは、味噌のいい匂いが立ち上っている。
    「山梨のほうとうっす。鶏肉と野菜をたっぷり入れました」
     ハリマは具と太い小麦麺を山盛りにした器をどんどん配る。
    「いいですね、麺にコシが残ってるのに、味もしみてる」
     雄哉が真面目に感想を述べると、ハリマは嬉しそうに。
    「コシのある麺を選んだっす!」
     答えてから、ハリマは傍らで、山梨のほうとうには欠かせないカボチャをはふはふしている樹斉にコソっと。
    「味どう? まとまった?」
    「うん、おいしいおいしい。最初は味噌ちゃんこみたいだったけど、いいカンジになったよ」
    「よかったー」
     ハリマは胸をなで下ろす。樹斉に味見してもらいながら、慎重に味を調整したのだ。
     ハリマは今日の主役(一応)の方を振り向いて、
    「春祭先輩、どうっすか? 気合い入れて作りました!」
    「おいしいですよ!」
     気合いを返すように勢いよく答えた典の器はもう空っぽ。
    「とっても温まりますね、野菜がいっぱいとれるし……じゃ、もうひとつ、あつあつの鍋を食べていただきましょうか」
     典のきりたんぽもいい具合に煮えている。
     醤油ベースの地鶏の出汁にささがきゴボウ、糸こんにゃく、細かく切った鶏肉を入れて煮る。オーブンで焼き上げたきりたんぽは、煮くずれないように後入れだ。仕上げにどっさりのセリを入れてひと煮立ち。
    「たんぽは、本当は囲炉裏で焼くと煮崩れにくくなるのですが、学校ではそうもいきませんので」
     典は謙遜したが、それでもきりたんぽは煮崩れることなく、しっかりと出汁が染み込んでいる。
     陽桜がニコニコして、
    「きりたんぽって、棒についてるのは見たことあったんですが、鍋にするとまた味わいが違いますね」
    「うん、おいしい! 出汁がしみてる。ボクの鍋にももらっていい?」
     と、ヒロが残っていたきりたんぽをもらって入れた自らの鍋は……。
    「……こ、これ、どういうスープなのかしら?」
     湖太郎が、年長者として参加者を代表するように聞いた。
    「これはね、キムチと豆乳、イカ墨を混ぜた変わり種だよ」
    「それでこんな個性的な色なのね……」
    「色はちょっと変わってるかもしれないけど、この寄せ鍋、コラーゲンたっぷりで女性に優しいよ?」
    「コラーゲン!」
     オネエが色めき立った。
    「陽桜ちゃんっ、コラーゲンですってよ、コラーゲンっ。女子としては食べるしかないわよッ」
     陽桜を巻き込み、湖太郎はヒロによそってもらった鍋を一口。
    「まあ……おいしい。体にいい味がするワ」
    「おいしいですっ。そこはかとない粘りも利いてますっ」
     女子2人(?)がパクパクと食べはじめてたので、少々腰の引けていた男子たちも寄せ鍋に挑む。
    「あ、ホント、いけるねこれは」
    「うん、絶妙なバランスっすね」
     そもそも美味しいものしか入ってないわけだし。
    「うん、おいしい! やっぱ魚介は最高だよね」
     魚介大好きヒーローの來鯉が喜んでいる……と。
    「あっ、僕の鍋も煮えたから食べて食べてー!」
     樹斉が皆を手招きした。
    「味噌味でじっくり煮た、ぼたん鍋だよー!」
     猪肉が、大量の野菜やキノコと共にぐっつぐつ煮えている。
    「このワイルドさ、いかにも郷土鍋って感じがするね」
     雄哉が関心して鍋をのぞき込む。
    「でしょー? ワールドワイドな鍋は、僕じゃ無理だったからさ、インパクトとほっこりできる方面で攻めてみたんだよ」
     猪肉は良い出汁がでるばかりでなく、高蛋白低カロリーでヘルシーでもある。
     おいしいおいしいと皆にほめられた樹斉はニッコリして。
    「寒い季節には、やっぱり鍋が一番だね!」
     ……さて。
    「あたしがラストですね!」
     と、陽桜が用意した鍋からは、なんかとても甘い匂いが……。
    「じゃーん!」
     ふたをあければ、今回は和風で、おしるこの素をベースにした汁の中に、白玉、どら焼き、鈴カステラにバームクーヘン、抹茶ケーキがかわいく並んでいる。
    「和風スイーツ鍋です! お鍋食べた後って甘いものも食べたくなりませんか?」
     おそれをなしつつも、甘いものを食べたいという欲求も確かにあるわけで……。
     男子(+オネエ)たちはおそるおそる箸をつける。
    「……あ、おいしい」
    「うん、意外」
    「デザートと思えば、ぜんぜんいける」
    「目先が変わっていいですね」
     ちなみにスイーツ系の鍋は、世の中の女子の間で密かに流行っているとかいないとか。
     よかったあ、と陽桜は嬉しそうに。
    「よければ、ホイップクリームもトッピングしてくださいね。あと、やっぱり誕生日のお祝いですから……」
     どーん!
     真っ白なデコレーションケーキが登場! もちろんでっかいホールで!
    「ありがとうございます、ケーキまで用意して頂いて」
     と、礼を言った典であったが、少し心配そうに。
    「デザートに手をつけちゃいましたが、皆さん、シメも食べたかったんじゃないですか?」
     來鯉がサッと手を挙げた。
    「僕の鍋、クワイベースの団子を入れたおじやを作るからね!」
     ヒロも鈴カステラをつつきながら、
    「ボクの鍋も雑炊にするつもり」
     他の鍋でもシメが作れそうだ。うどんや中華麺を入れても美味しいだろう。ちなみに、きりたんぽの出汁はお蕎麦も合います。
    「食べきれますかね?」
    「ボクはまだまだイケるっす」
    「僕も、もっと食べたいよ! だってどれも美味しいもん!」
     SDコンビが元気に答えた。
     他のメンバーも鍋2巡目へと箸を伸ばす。
     大勢で食べる鍋、しかも個性的な鍋はとても美味しい。
     たちこめる美味しい湯気の中、陽桜が楽しそうに典を見上げて。
    「ケーキをカットする時には、みんなでお誕生祝いの歌を歌いましょうね!」

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年2月10日
    難度:簡単
    参加:6人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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