富士の迷宮突入戦~その奥に待つもの

     
     これは、予兆!?
     まさか、私の中にまだ、灼滅者の熾火が残っているとでもいうのか?
     ……だがこれで、私が尾行したあの軍勢の正体が判明した。
     あれは、軍艦島の大勢力。そして軍勢の向かった先は、白の王セイメイの迷宮!

     予兆を見たのも何かの縁だ、武蔵坂学園には連絡を入れておこう。
     その連絡で、灼滅者としての私は本当に最後。
     これより私は、混じり無きひとつの『黒牙』となる……!
     
    「琵琶湖大橋と、田子の浦の戦い、本当にお疲れ様でした」
     春祭・典(高校生エクスブレイン・dn0058)は集った灼滅者たちに深々と頭を下げた。
    「おかげさまで、琵琶湖大橋の戦いは、武蔵坂学園と天海大僧正側の大勝利と終わりました」
     安土城怪人勢力の残党達は、本拠地であった琵琶湖北側の竹生島に立てこもっているが、カリスマである安土城怪人を失った事で離散した者も多い。
     加えて、安土城怪人に次ぐ実力者であった『グレイズモンキー』が拠点に戻ってこなかったこと、中立的な立場ながら、その献身的な活動で支持されていた『もっともいけないナース』が灼滅された事もあり、組織としての結束力は大きく揺らぎ、遠からず自壊すると予想される。
     一方……と、典はわずかに眉を顰めて。
    「軍艦島勢力が合流したことで、白の王勢力は大幅に強化されました」
     独自の予知能力を持つ『うずめ様』、現世に磐石の拠点を生み出す事ができる『ザ・グレート定礎』、ソロモンの大悪魔の一柱『海将フォルネウス』、そしてセイメイと同じ『王』の格を持つ『緑の王アフリカンパンサー』。
     軍艦島の幹部だった彼らは、白の王セイメイのこれまでの失策を補って余りある力を持っている。
    「……が、多くのダークネスを富士の迷宮へと招き入れた事は、白の王に致命的な隙を与えることになりました」
     典は身を乗り出して。
    「富士の樹海で探索を続けていたクロキバに、その迷宮の入り口を発見されてしまったのです!」
     闇堕ちしてクロキバとなった、白鐘・睡蓮(荒炎炎狼・d01628)は、先代達の意志を継ぐべく、白の王の迷宮に挑もうとしている。
     同時に、武蔵坂にこの突入口の情報を連絡してくれた。
    「今こそ、白の王セイメイだけでなく、田子の浦の戦いでは倒せなかった、軍艦島のダークネス達を討ち取る千載一遇の好機です!」
     応っ、と興奮した表情で灼滅者は気勢を上げる。
     しかし……。
    「残念ながら、白の王の迷宮の入り口を通過できる人数には限りがあり、全軍で攻め入る事はできません」
     限られた戦力で迷宮を突破し、有力なダークネスを灼滅する事は難しいだろう。けれど、この機を逃せば再び迷宮に侵入する事はできなくなるであろうし、挑戦する意義はある。
    「限られた戦力で、少しでも多くの戦果をあげるために、作戦に参加する皆さんで、どういった結果を求めるかを相談し、方針をまとめて突入すべきでしょう」
     なお、白の王の迷宮は、内部から迷宮を破壊しようとすると、外に弾き出されるという防衛機構があるようだ。そのため、危機に陥った場合は、迷宮自体を攻撃する事で緊急脱出が可能である。ただ、この防衛機構により、迷宮の破壊工作もほぼ不可能となっているので、注意してほしい。
     次に典は、迷宮探索の目的を明確化するために、幾つかの例を挙げた。

     クロキバは、セイメイを討ち取る為に、潜伏しながら探索しています。セイメイを討ち取る事に成功すれば、クロキバは後継者としての役割を終えるので、彼女を闇堕ちから救出する事もできるかもさしれない。
     或いは、クロキバと共に白の王の灼滅を狙うのは、非常に有効な作戦となるでしょう。
     うずめ様、グレート定礎、海将フォルネウス、アフリカンパンサーなど、軍艦島勢力も狙うことができます。
     ただ、うずめ様を狙う場合、予知能力があるため、作戦全体に不利な状況が発生する可能性があります。うずめ様は、自分が狙われない限りは予知能力を発揮する事はありませんが、彼女への対応は慎重を要します。
     もちろん、楢山御前など、元々の白の王配下を灼滅を目指す事もできます。
     それ以外でも、有力敵の灼滅を目的とするだけでなく、白の王が長い年月をかけて準備してきた作戦の正体を探り当てることも大事です。
     更に、その作戦を破壊できれば、その功績は計り知れないでしょう。

    「もちろん他にも探索目的が考えられるとは思いますが、これまで様々な暗躍をしてきた白の王の喉下に牙をつきつける今回の作戦は、どういう目的を掲げるにしろ、非常に重要です」
     有力ダークネスを攻めるのはもちろんのこと、白の王セイメイを灼滅できれば、クロキバとなった白鐘を闇堕ちから救出することも可能かもしれない。そうなれば……。
    「この戦いは、田子の浦の戦いの雪辱戦でもあります」
     典はもう一度頭を下げた。
    「心から、皆さんの健闘を祈ります」


    参加者
    椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)
    東雲・凪月(赤より緋い月光蝶・d00566)
    古海・真琴(占術魔少女・d00740)
    守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)
    北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)
    日輪・瑠璃(汝は人狼なりや・d27489)
    押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)
    御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)

    ■リプレイ

    ●迷宮にて
     8人は足早に、しかし足音を極力殺して、迷宮を進んでいく。
    「富士の樹海に来るのも2年振り位か? 前回は森で今回は迷宮だけれど、もう相当奥まできてるはずだぜ?」
     スーパーGPSを使い、方眼紙に几帳面に現在位置を記し続けている北条・葉月(独鮫将を屠りし者・d19495)が、仲間たちに囁いた。
    「他班と連絡がとれないのが残念です」
     セイメイの仕業なのか、携帯も無線も全く通じず、連絡係のはずだった日輪・瑠璃(汝は人狼なりや・d27489)はじれったそうだ。だが、他のセイメイ班も皆奥へと進めてはいるようで、時々壁面の印を見ることができる。このチームのマーキング係・古海・真琴(占術魔少女・d00740)も、後続のため、折々壁に印をつけている。
     迷宮探索を開始してから既に数十分経っている。富士の樹海の奥、未探究とおぼしき風穴が、迷宮のエントランスだった。風穴内をしばし進むと見事な氷柱があり、その脇に迷宮への仕掛けがあった。侵入した迷宮は天然の洞窟とは明らかに異なり、壁自体、灯りが不要な程度にぼうと淡く光っていた。
     この8名はじめ、セイメイを狙う9チームは、つかず離れずの距離を保ちながら、迷宮上層部の奥へ奥へと向かってきた。囮班の活躍もあり、アンデッドとの遭遇は今のところ少なく済んでいる……と。
    「……ん、何か聞こえない?」
     先頭で五感を研ぎ澄ませ斥候を務める守安・結衣奈(叡智を求導せし紅巫・d01289)が、沈黙を促した。
     耳を澄ますと、通路の先から戦闘音が響いてくる。後方ならば囮班の行動であろうが、聞こえてくるのはかなり前方である……つまり。
    「クロキバか?」
    「もしくは、先行班がすでに?」
     8人は足を早めた。戦闘音が近づく……すると、迷宮の様子も変わった。現れたのは、神社の鳥居のようなものが連なる通路。
     明らかに、彼らは白の王の神域に踏み込んでいる。厳粛な空気に気圧されそうになりながら、鳥居を足を早め潜っていく。
    「いかにもボス部屋が近づいてきたってカンジだね~」
     結衣奈が笑顔をひきつらせ囁くと、御伽・百々(人造百鬼夜行・d33264)が頷いて、
    「洞窟に棲むアンデッドに鳥居とは、怪談にお誂え向きだな」
     鳥居下を進んでいくと、先行チームの背中が見えてきた。後続のチームも近づいてきている気配がする。強敵と遭遇する前に、目的を同じくする仲間たちと合流できたのは心強い……と。
     思わず足を止めた。急に広い空間に飛び出したのだ。そこは神社のような場所であった。しかも……。
    「……あれは!」
     集まってきた灼滅者たちは、咄嗟に身を隠す。

    ●セイメイとクロキバ
     そこには、クロキバがセイメイと戦っていたとおぼしき状況が見てとれた。
     境内にはクロキバが倒したらしき陰陽師風のノーライフキングの死体が横たわっているが、今現在は圧倒的にセイメイが有利なようだ。苦しげにもがくクロキバと対峙しているのはセイメイだけではなく、数体のノーライフキングと、2名の闇堕ち灼滅者、カリルと千鳥。
    「……睡蓮」
     流血を黒く燃やすクロキバの姿に、東雲・凪月(赤より緋い月光蝶・d00566)は呻いた。
    「今回の彼女を救うチャンスに、俺は賭けたい」
     押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)は、苦しげに呟く彼を励ますように、ええ頑張りましょう、と囁き返し。
    「セイメイ最大の隙でもありますから、確実に取っときたいっす。長らく続いた学園との因縁も最後にしたいですし」
     灼滅者たちの秘かな、けれど鋭い視線の中、セイメイは、傷ついたクロキバの頭部を両手で掴み、顔を近づけた。
    「まさか、あのクロキバが灼滅され、新たなクロキバが生まれるとは思いもしませんでした。おかげで、私の計画が根底から崩されてしまいました」
     白の王の声は冷ややかに境内に響きわたる。
    「しかし、この帳尻はここで合わせさせてもらいましょう。あなたというクロキバを再び、私の傀儡とする事ができれば……やり直しは何度でも出来るのです」
     ――何ということを!
     灼滅者たちの怒りが一気に滾る。
     先代クロキバの悲惨な運命が脳裏を過ぎる。あんな目に今代クロキバを……大事な仲間を遭わせるわけにはいかない!
     灼滅者たちは、集った友軍と素早くサインを交わすと、神社の境内に駆け込んだ。
    「……灼滅者ですと!」
     セイメイは、いきなり出現した大勢の若者たちの姿に目を剥いた。
    「まさか、うずめの手引きだとでも言うのですか。なんという、なんという……」
     セイメイは朦朧としているクロキバを打ち捨て、配下の背後に回り込んだ。
    「あの者達の目的は、おそらくクロキバの救出です。クロキバの奪還を許してはなりませぬ。クロキバの身柄を押さえ、灼滅者達を追い払うのです!」
     怒りを露にした主の命に、配下と闇堕ち灼滅者が動き出し、灼滅者たちはチーム毎に臨戦体勢を取った。

    ●陰陽師ノーライフキング・紫翁
    「――半端者共よ、ここは紫翁が断じて通さぬぞ」
     8人の前に立ちふさがったのは、大仰な紫の衣冠束帯姿の陰陽師風ノーライフキングであった。水晶化した顔面に、翁面のような笑みを凍り付かせている。
     多くのチームは彼らと同じように、配下にセイメイへの接近を阻止されている。しかし椎木・なつみ(ディフェンスに定評のある・d00285)は、友軍の幾つかが闇堕ち灼滅者や、クロキバの元へと向かっているのを確認すると、
    「あなた方の野望は、私たちがここで打ち砕きます……!」
     紫翁をしっかりと引きつけておくべく、シールドで思いっきり正拳を叩き込んだ。
     なつみの意図をチームメイトたちも瞬時に悟り、続けて仕掛けていく。
     まずは目の前の敵を倒し、友軍がクロキバや闇堕ち者を救い、セイメイに迫るのを助けよう!
     凪月はクロキバへの思いをいったん封印し光と化した聖剣を振るい、結衣奈の鋼の帯が紫の束帯にザクザクと刺さった。葉月は前衛の破壊力を高めるべく夜霧をたちこめさせ、廻し姿のハリマはその霧の中から飛び出し、雷を宿した掌で喉輪を見舞う。百々は注射器を取り出し、瑠璃は瞳を光らせて、自らの能力を高め、真琴は愛猫に援護させながら、掌から魔法弾を撃ち込んだ。ハリマの愛犬・円は、灼滅者の間を機敏に駆け回り、アンデッド戦で受けたダメージを回復してまわる。
    「ぬう……」
     紫翁は集中攻撃にも、藤色に太極印の扇で顔を覆っただけで、大きなダメージは受けていないようだ。あくまでセイメイの盾として全うするつもりらしく、防御が堅い。
    「小うるさい蠅共よ」
     翁は扇をバシッと閉じ、素早く印を結んだ。
    「……うあっ」
     対極の形に紫の呪が広がり、前衛に襲いかかる……と。
    「華月!」
     ビハインド・華月が主をカバーしていた。すかさずその陰から凪月が飛び出し、竜巻のように全身を回転させて蹴りを見舞った。
     その勢いに紫翁はわずかに怯み、その隙を逃がすことなく、
    「田子の浦が無駄じゃなかったって、胸を張って闇堕ち者に言うために!」
     結衣奈が交通標識の黄色い光を、トラウマに苛まれそうになっている前衛へと浴びせかける。
    「武蔵坂の絆の力で、セイメイの灼滅、成してみせるよ!」
    「おうよ!」
     怨霊武者姿の百々が凛々しく応じ、ぐいと敵の懐に飛び込んで、
    「田子の浦では苦戦を強いられたが、此度は負けぬ。必ず親玉を灼滅してみせようぞ!」
     ロッドに込めた魔力を叩き込むと、
    「封じます!」
     間髪入れず瑠璃が影をのばし、真琴がシールドで体当たりして引きつける。
    「最低でも、セイメイに精一杯の嫌がらせをしてやりましょうね!」
     続けて、回復成った前衛も二撃を放つ。
     なつみの雷を宿した拳がアッパーカットを決め、葉月が、
    「狙うは大将たるセイメイの首だ。雑魚に用はねえ、とっとと道を空けな!」
     背中に回し蹴り、ハリマは低い位置に炎の蹴りを入れた。
    「ぐ……っ」
     能力の底上げを行った灼滅者たちの全員攻撃に、防御に優れた紫翁もじりと退がり、顔を背けた。
    「隙ありだぜ!」
     葉月が素早く鋼の帯を放出する……が、それを紫翁は身じろぎもせずに受け。
     カッ!
     細められていた目をカッと不気味に見開いた。その光は先ほど果敢に引きつけにいった真琴に向けられている……が。
    「キャウン!」
     その光の射線に黒い犬が飛び込み、体を張って遮った。
    「あっ、ありがとう!」
     真琴は護られ、
    「チッ」
     紫翁が舌打ちを漏らした。翁面のせいで表情には現れないが、始めて敵が苛立ちを露わにした。
    「偉いぞ、円!」 
     ハリマが傷ついた愛犬のカバーに入り、結衣奈が回復を施す。
     ふと全体の戦況を見回せば、1チームが闇堕ちしたままのカリルと共にセイメイに迫っており、クロキバにも1チームがつききりで回復と防御を行っている。
     灼滅者たちは視線を交わすと、隙なく紫翁を囲みなおした。
     ……いける。多くのチームがセイメイ灼滅に目標を定めたのが、功を奏している。
     彼らのターゲットは防御に徹している分、攻撃力はさほど強くなさそうだ。時間はかかるかもしれないが、必ずこのノーライフキングの屍を踏み越え、セイメイへ刃を、クロキバに言葉を届かせるのだ!
     8人は根気よく攻撃を積み重ねていく。
     戦闘開始し、5分ほど経った頃。
    「二体逃げました!! 誰か止めて!!」
     叫び……というよりは、悲鳴が耳を突いた。クロキバを介抱していたチームの方からだ。
     思わず振り向いてしまう……が、その隙を紫翁に突かれそうになり、慌てて気持ちを戦闘に戻す。クロキバはもちろん気になるが、今はこのしぶとい敵を倒すことに集中しなければ……!
     しかし今度はセイメイの声が境内に轟き、
    「――あなたの裏切りは悪縁であり、業そのもの。つまり、私はその業を喰らえばよいだけでございます」
     少し離れた処にいる彼らも目を細めずにいられない程の閃光が炸裂した。
     ――何が起こった!? 裏切りというからには、配下……いや、闇堕者の身に何かが!?
     しかし強敵を前にして確認する暇はない。
     ハリマはセイメイに応じるように叫び、腰を落として紫翁の懐に素早く踏み込んでいく。
    「縁は奪うものじゃない、繋いで繋がっていくものっす!」
     突き上げた掌には雷がバチバチと火花を散らしている。なつみが気合いのこもったシールドバッシュで続き、凪月は縛霊手を掲げて結界を張る。
     結衣奈は回復の黄光を浴びせながら、ちらりと対セイメイの戦況を見やった。1チームは先ほどの閃光を浴びて撤退したようだが……カリルはどうなったのだ?……配下を首尾良く倒し終えたチームが、セイメイの方に向かい始めている。
     今作戦の最大目標はセイメイであるから、自分たちも早く駆けつけたいという焦りは正直沸いてくる。だが、紫翁はしたたかで、倒すまでにはもう少しかかりそう……。
    「……焦っちゃいけないね。支えてみせるよ。私が今できる最善を尽くして」
     彼女のその呟きが聞こえたように、葉月が落ち着いて間合いを計り緋色のオーラを宿した刃で斬りつけ、百々は小さな身体を生かして敵の死角に回り込むと、脚の腱に鋭い刃を突き立てた。ぐらり、と紫翁の身体が傾き、
    「氷雪よ、吹雪け!」
     すかさず瑠璃は槍から氷弾を撃ち込み、真琴はペンタクルスに捕縛魔法を命じつつ、自らは影を放って喰らいこむ。
    「む……っ」
     影を力尽くで振り払った紫翁は、先ほどとは違う印を組み、小さく呪文を唱え始めた。すると紫光を帯びた鬼の幻が現れて……。
    「あっ、回復呪文じゃないでしょうか? 封じます!」
     瑠璃がいち早く気づき、影を放った。
    「ナイスです!」
     続けてなつみが手刀にオーラを纏わせて合気道の型で素早く踏み込み、頬に叩きつけ、
    「じいさんよ、回復しようとしたってことは、随分バテてるってことだよなァ?」
     間髪入れず葉月も回し蹴りを見舞い、紫翁の回復は中断された。
    「おのれ……」
     回復を妨げられた紫翁は怒り狂って攻撃を繰り出してくる。
     しかし敵の体力が残り少ないことを悟った灼滅者たちは意気軒昂だ。攻め、護り、癒やし、それぞれの役割をきっちり果たしていく。
     そして、ついに。
    「うぐ……」
     紫翁が膝をついた。だが、まだしぶとく扇を構え、印を組んだ。
    「来るっすよ、椎木先輩っ!」
    「ハリマさん、止めましょう!」
     ディフェンダーの2人はサーヴァントと共に呪を受けとめ、クラッシャーの盾となった。
    「ありがとよっ!」
     力強い盾から飛びだした、凪月の聖剣と、葉月の『Cassiopeia』が目映い光を放って――。
     カシャン。
     水晶の翁面が砕け散り。
     サラサラ……サラサラと。
     したたかなノーライフキングは、戦いの風に吹き散らされて消滅した。

    ●我らが使命は
     8人は喜びの声を上げた。しぶとい敵だったが、1人も欠けることなく倒すことができた。
     さあ、いよいよセイメイ攻撃に……と思ったそのとき。
    「あっ」
     近づいてくる黒い炎。
     真琴が声を上げる。
    「クロキバ……さんがっ!」
     クロキバが彼らの方にやってくる。
     そして彼女を、黄色の狩衣姿の陰陽師風ノーライフキングが追っている。セイメイにクロキバ奪取を命じられた配下であろう。先刻の『2体逃げた』という悲鳴のうちの1体に違いない。
     クロキバはセイメイに接近したいようだが、配下に邪魔されてなかなか近づけないでいるようで。
    「睡蓮……っ」
     凪月が唇を噛んだ。
     ――クロキバに直接言葉をかけたい。セイメイに一太刀浴びせたい。
     睡蓮を恩人と慕う彼だからこそ、その気持ちは人一倍強い。
     見れば、もう1チームも気づいたか、こちらに駆けてくる。彼らに黄陰陽師を任せて、セイメイ攻撃に加わるという選択もある。
    「(……だが、俺たちの方が近い)」
     8人は素早く視線を交わすと、クロキバと、彼女を今にも捕まえようとしている黄陰陽師との間に割り込み、足止め攻撃を放った。
    「む……邪魔だて致すつもりか!」
     黄陰陽師は蹈鞴を踏み、クロキバはちらりとこちらに視線を投げて去っていく。
     仲間と共に武器を構え、凪月は、やってきてくれた友軍に、そしてクロキバに。
    「……こいつは俺たちに任せて!」
     堂々と告げた。
    「(……これが今俺ができる、睡蓮への一番の恩返しだろう。こいつは絶対通さないよ)」
     友軍からも声が返ってきた。
    「分かった、それじゃ……いや」
     しかしグラジュの返答は幾分躊躇いがち……その瞬間。
     視界の隅を青い影が過ぎった。
    「……もう1体!」
     黄からは逃げおおせたかと思えたクロキバに、青狩衣の配下が接近している。
     先に気づたのだろう、友軍は青狩衣へと向かっていく。
    「青い方は、彼らに任せた方がいいでしょうね?」
     真琴が凪月を気遣う。
     凪月も、皆も頷く。2体足止めできればそれにこしたことはないが、紫翁に与えられたダメージは少なくない。
    「よっしゃ、そうと決まったらもう一戦、威勢良くいくぜ!」
     葉月が通る声で叫び、夜霧をステージのスモークよろしくたちこめさせ、2戦目の火蓋を切った。
     黄陰陽師は紫翁とは違い、足止めを突破すべくがむしゃらに攻撃を繰り出してきた。
     攻撃重視な分、防御は甘いし、先に当たったチームやクロキバによるダメージも蓄積したままのようだったが、その一撃は強烈である。
    「……ぐっ」
     振り下ろされた二刀流を、盾となりまともに受けてしまったなつみが、呻き声を漏らしてうずくまる。
    「すまぬ、なつみ、大丈夫か?」
     庇われた百々が慌ててなつみを支える。
    「無理しないで下さいっす。もう庇いはボクに任せて」
     ハリマと結衣奈も急いでやってくる。
     なつみは痛そうに笑って。
    「ハリマさんだって疲れてるでしょう?」
     心霊治療の暇のない連戦に、ディフェンダー陣の体力はサーヴァントも含め、もうギリギリである。
     しかしなつみは、回復しようとした結衣奈を押しとどめ。
    「大丈夫です。もうじき決着するでしょう。3人共、攻撃を」
     言われて敵へと視線を戻せば、ジャマー2人は絶対逃がすまいと、
    「諦めなさい、セイメイはもう終わりです! あれだけの灼滅者に囲まれているのですから! あなたも覚悟なさい!!」
     瑠璃はハッタリ気味の挑発をかましながら影を絡みつけ、真琴は、
    「ペンタクルス、絶対逃がしませんよ!」
     愛猫に捕縛魔法をかけさせながら、力一杯シールドで体当たりし、左右から黄陰陽師を封じ込める。
    「グッドアタックだね!」
     その機会を逃すことなく、凪月が輝く聖剣を肩口に深々と突き刺し……。
     すると。
     ……カシャン。
     右腕が根元から落ちて、砕けた。
    「くらえ!」
     続いて葉月が渾身の魔力を込めたロッドを腰へフルスイングで叩きつけると、ガラスが砕けるような音がして、黄陰陽師はよろめき倒れ込む。
    「ぬぬ……お、おのれ」
     それでも残された片腕で立ち上がろうとするが、
    「行こう!」
    「はいッ、円、頼むっすよ!」
     円をなつみのカバーと回復に残すと、結衣奈は大きく跳躍して飛び込み、身を起こしかけていた敵を鬼の拳で殴り倒し、ハリマは鋼鉄の拳で砕けた腰に追い打ちをかける。
     そして。
    「……これで終わりぞ!」
     百々はぐっと足腰に力を入れて踏ん張り、至近距離から杭を頭に向けて撃ち込んだ。
     荒々しい杭が突き刺さる直前、骸骨の眼窩に悲嘆の色が見えた気がしたが……。
     ノーライフキングは、水晶の欠片となり、滅した。
    「……やった」
     8人は、洞窟の地面にへたりこんだ……まさにその時。
    「あなた達、灼滅者と因縁を持ってしまったことが、この私の最大の失策であったというのですか……!」
     セイメイの血を吐くような叫びと、ひらめく白と黒の炎が。
     振り向いた8人の目に飛び込んできたのは、白の王に振り下ろされる、クロキバの刃。
     ――洞窟を白い光が満たして。
     それが消えた時には、白の王の姿はなく、ただ静かにクロキバが立っていた。
     クロキバがセイメイを倒した!
     どよめく灼滅者たち。
     しかしクロキバは、よろめく足取りでその場を去ろうとする。
    「あ……睡蓮っ」
     凪月はそれを見て立ち上がろうとしたが、疲れきった身体が言うことをきかない。
     だが、クロキバの近くにいた他チームの仲間たちが何人も、真摯に語りかけはじめた。
     背中に温かなものを感じて振り向くと、傷だらけの笑顔の真琴がいた。癒やしのタロットを貼ってくれたのだ。
    「戻ってきてくれますかね?」
    「うん……ありがとう。きっと戻ってきてくれるって、俺は信じてる」
     凪月の言う通り、優しい言葉と、友人たちの記憶を呼び起こされたか、クロキバから黒の残滓が徐々に剥がれ落ちていき――ついに、睡蓮はイコの腕の中に崩れ落ちた。
     その光景を見守っていた灼滅者たちは、安堵と喜びの声を上げる……と。
     ゴゴゴゴゴ……。
     突然迷宮が鳴動しはじめた。パラパラと細かい岩の破片が落ちてくる。
    「セイメイが灼滅されたので、この迷宮も終わりってことでしょうか……?」
     瑠璃がきょとんと天井を見上げたが、ハッと気づいて、ポケットを探った。
    「携帯も通じるようになってるかも!」
     しかし携帯は相変わらず圏外で、瑠璃は残念そうに唇を尖らせる。
    「無線は通じたみたいだぞ」
     重い兜を脱いだ百々が、無線機に話しかける他チームの仲間を指した。
    「あら、それなら良かったです」
     これで下層部班も状況を知ることができるだろう。
    「さ、我らも帰ろうぞ」
     よいしょと百々が立ち上がり、すっかりバテた様子のディフェンダーたちに手を差し出した。
     他チームもそれぞれ帰途についたようで、灼滅者たちの姿が次々と迷宮から消えていく。
     疲れた顔で、それでも笑顔で手を差し伸べ合い、支え合って立ち上がり、彼らも激戦の地を後にした。

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年3月2日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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