●つづく、セカイ
窓から見える空が、冗談のように真っ赤に染まっている。
「血の色みたい」
ひとりの女子生徒がつぶやき、眼前に築いたバリケードに椅子を放り投げる。
胸元の名札には、『香坂・樹理(こうさか・じゅり)』の文字。
机に椅子、教卓、掃除用具入れに至るまで、教室にあるものはすべて廊下側の2つの扉前に積みあげられている。
扉は外側から絶え間なく叩かれ、勢いはしだいに強くなっていく。
教室の後方には、さきほどまで樹理を取り囲んでいた少年少女数名が身を寄せあっていた。
口を押さえ、うめくように泣きながら震えている。
バリケードの反対側にならぶ窓のひとつは大きく開かれ、カーテンをよじって作った、ロープ状のものが垂れ下がっている。
冷たい風が吹きこんでくる。
しかし、だれも閉じようとしない。
窓に近づこうともしない。
「香坂」
ひとりの男子生徒が逆T字型のホウキを手に、「受け取れ」とさし出した。
樹理は剣呑な目を向け、受けとる。
「おまえ、そうやってだれかれ構わず睨みつけてばっかでよ。気に入らなかったんだ」
ド、ドンッ。
前と後ろ、二つの扉を叩く音がいっそう強まり、樹理と少年が、ホウキを手にそれぞれの扉の前に立った。
「悪かった。死ぬ前に謝っとかないとさ。後悔すると思ったんだ」
返そうとした言葉をのみこみ、樹理は唇を噛む。
ドゴッ。
扉が枠を外れ、隙間から動く死体の姿が見える。
ゴッ。
隙間に腕を差しこんだ『ヒトデナシ』が、無理やり身体をねじ込もうとしている。
ガガンッ。
バリケードが揺れる。
手が震える。
恐怖で視界がにじんでいく。
かつて、どれだけ叫んでも、どれだけ祈っても。
世界はなにひとつ変わらなかった。
(「私は、トクベツになれなかった。セカイを、変えられなかった」)
けれど、生きている。
――セカイはまだ、ここにある。
樹理は崩れそうになるバリケードを押さえ、己に言い聞かせるよう、叫んだ。
今度こそ。
「自分の手で、セカイを変えるんだ!!」
●
「まずは、富士の迷宮突入戦での戦果を報告する」
ダークネス『白の王セイメイ』『海将フォルネウス』の灼滅。
セイメイが準備していた『数千体のゾンビ』の壊滅。
そして、『白の王の迷宮』の崩壊。
大勝利と言っても良い戦果を前に、一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)は眉根を寄せたまま、続ける。
「ただ、この件はまだ終わっていない。セイメイの命令を実行すべく日本各地の高校に転移した生き残りのゾンビが、生徒などを噛み殺し、ゾンビ化させながら学校を征圧しようとしている」
噛み殺した人間を同じゾンビとしていく性質から、このゾンビを『生殖型ゾンビ』と仮称して話を進める。
調査の結果、この生殖型ゾンビはエクスブレインの予知を妨害する力があることがわかった。
おかげで、今回の事件については現場の状況が一切わかっていない。
「しかし、事件が起こる学校だけは確認することができた。ついては、急ぎ現場に急行願いたい」
敵となる生殖型ゾンビは、富士の迷宮下層にいたものと同種であるとみられている。
経験を積んだ灼滅者たちからすれば、それほど強い敵ではない。
だが、噛み殺した人間を同じゾンビとする能力は、これまでのダークネスや眷属の性質を思えば脅威といえよう。
見過ごせば次々と数を殖やしていくため、このままでは生徒だけでなく、周辺住民をもゾンビ化していくのは時間の問題だ。
「幸い、数千体いた生殖型ゾンビの大多数は、迷宮戦で灼滅している」
生き残りは100体以下であり、その全てが地上に出てきているものと思われる。
ここで全ての生殖型ゾンビを撃破できれば、その脅威を完全に払拭することができるはずだ。
「なお、生殖型ゾンビは『バベルの鎖を持たない』ため、一般人にもその存在が認識できてしまう。よってできうる限り、ゾンビがいたという物証を持ち帰るか破棄して欲しい」
ひごろ、痛ましいヴィジョンを視続けている一夜だ。
『非日常』のほころびが、いつ『日常』を脅かすとも限らない。
無用な不安を広げたくないのだと告げ、エクスブレインは灼滅者たちを見やり、言葉を置いた。
「教室の、場所は」
「わからない」
「一般人の、数は」
「わからない」
「校舎にいる、ゾンビの数は」
概要を聞き、同行を名乗りでていた七湖都・さかな(終の境界・dn0116)の問いに、一夜は口をつぐんだまま、首を横に振る。
「先ほども言ったように、生殖型ゾンビには予知を妨害する力がある」
事件現場の詳細状況については、エクスブレインの演算では情報を得られなかった。
「もしも、このゾンビがセイメイの予定通り日本中にばらまかれていたら、予測もできないまま、取り返しのつかない事態となっていただろう」
もっとも、今回の任務で確実にゾンビの残党を殲滅しきるまでは、安心できない。
一夜は事件の発生する学校の見取り図を人数分手渡すと、
「学生たちを。頼む」
灼滅者たちに向かって、深く、頭をさげた。
参加者 | |
---|---|
丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879) |
雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204) |
静闇・炉亞(咲き散る世界の傍観者・d13842) |
柿崎・法子(それはよくあること・d17465) |
織部・霧夜(ロスト・d21820) |
莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600) |
片桐・巽(ルーグ・d26379) |
比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049) |
●
――黄昏が、世界を血の色に染めている。
事件現場となる高校へ駆けつけた灼滅者たちは、まずはじめに校門を閉ざした。
校内の被害がどれほど広がっているのかは、わからない。
しかしこうしておけば、一般人の流入や、敵の流出を、最低限防ぐことはできるだろう。
「準備OKだよ」
手伝いのために集まった7人の灼滅者を含め、全員のインカム付きトランシーバーの動作を確認し、柿崎・法子(それはよくあること・d17465)が声をかける。
「ご武運を、霧夜様」
「そちらは頼んだ」
片桐・巽(ルーグ・d26379)の言葉に頷き、織部・霧夜(ロスト・d21820)が短く告げ、
「いってらっしゃい」
雪椿・鵺白(テレイドスコープ・d10204)が、ばしん!と丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)の背を叩く。
「いってきます」
背に残る痛みに不敵な笑みを返し、蓮二も気合を入れ直す。
富士迷宮突入戦で見た、あの光景。
それを、『日常』の現実とするわけには、いかない。
「バベルの鎖があろうとなかろうと、やるべきことは変わらない」
「今度こそ、これで終わりにします」
「セイメイの置き土産、全て、狩り尽くしてやるのです」
比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)、莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)、そして静闇・炉亞(咲き散る世界の傍観者・d13842)の言葉に、一同が頷く。
――ここから先は、時間との勝負だ。
16人の灼滅者たちは急ぎ、担当の場所へと向かい駆けだした。
●
仲間たちを見送り、『空飛ぶ箒』による上空からの探索に移ったのは霧夜と法子。
2人乗りのため能力は半減するが、3階建ての校舎は12mほどの高さだ。
今回の探索であれば十分と判断し、まずは一般人のいる教室を探すべく『窓』のある位置を調べる。
コの字型の校舎の外側は、すべて廊下に面していた。
となれば、
「教室の窓は、中庭側か」
脳内に叩きこんだ見取り図をたどりながら、霧夜はコの字の入口へ急行する。
校舎のつきあたりへ向かうように飛び、2人で左右の窓を見渡す。
――黄昏を反射する窓のひかりが、眩しい。
目を凝らし見ても、彷徨うゾンビの姿は見えども、一般人の姿は確認できない。
すでに殺されてしまったのか。
それとも、どこかに隠れているのか――。
「見て!」
ふいに法子が声をあげ、身を乗りだすようにして腕を伸ばした。
さし示した指の先。
3階の教室の窓から、ロープ状のものが垂れ下がっている。
次いで、複数の悲鳴と激しい物音。
窓が近づくにつれ、状況が見えてきた。
――片方の扉のバリケードが、破られている。
「このまま突入する」
返事を待たずにスピードを上げ、霧夜は勢いに任せ教室の窓へ飛びこんだ。
ひらり箒から飛び降りた法子が、着地と同時に視線を走らせる。
半壊のバリケード。
生殖型ゾンビに腕を捕まれた少年。
そして、逆T字型のホウキを手に戦う少女。
「助けに来たよ!」
体内から噴出させた炎を無骨な手袋に宿らせ、少年の手を掴んでいたゾンビを殴り飛ばす。
追い撃ちをかけるように霧夜が炎の奔流をはなてば、攻め入る敵の群れが次々と消滅していった。
さらに廊下側に群がっていたゾンビを一掃したところで、2人を見やる一般人の目線に気づく。
「怪我は」
腕を掴まれていた少年には軽傷こそあれ、噛まれた形跡はない。
少年のほかには、教室の端に身を寄せあう学生が7人。
「これで全員かな?」
問えば、それまで口を閉ざしていた学生たちが泣きながら答えた。
「窓から逃げようとしたんだ」
「でも口論になって」
「2人、落ちたの」
窓から身を乗りだし確認すれば、重なりあうように倒れる遺体が見える。
そんな中、教室を出ようとする香坂樹理の腕を霧夜が掴み、止めた。
「教室の外は危険だ」
「廊下へ逃げたやつがいる」
睨みつける目線は、敵意を含むかのように、鋭い。
法子は自分たち以外にも仲間が校内を回っていることを説明し、
「必ず助けるよ。可能な限りだけどね」
だから協力して欲しいと、樹理と一般人たちを見やった。
●
法子からの連絡を受け、校舎外の調査を行っていた鵺白、柩、炉亞の3人は中庭を訪れていた。
窓から落ちた生徒2人の遺体の損傷は激しく、『走馬灯使い』は使えそうにない。
ゾンビに噛まれた痕跡がないことを確認したうえで、炉亞が『擬死化粧』を施し、焼死体へと偽装する。
「心が痛むけれど、仕方ないわよね……」
鵺白がぽつりとこぼし、冥福を祈る。
ここへたどり着くまでにも何体かの生殖型ゾンビを灼滅し、幾人かの犠牲者を弔ってきた。
そのたびに、噛み傷のある者は柩がサイキックで遺体を破壊し、ゾンビ化の防止と証拠隠滅を図っている。
『バベルの鎖』を持たない存在の引き起こした事件は、なにが要因となって情報が伝播するかわからない。
だからこそ、どの遺体も証拠隠滅のために、処置をしないわけにはいかなかった。
「思っていた通り、数が多いね」
柩は事前に、死体運搬用の車や運転手を用意できるか学園へ確認していたが、運転手の安全が確保できないとの理由で叶わなかった。
遺体をまとめて回収する手段がない以上、灼滅者たちは見つけた遺体をその場で焼却するか破壊するかで対応していた。
『――運動場、裏門、焼却炉の調査は済ませたぞ』
トランシーバーから聞こえてきたのは、シグマ(d18226)の声だ。
3人とは別行動をとり、目の届きにくい離れた建物などを中心に調査を行っている。
生殖型ゾンビを数体と、噛み傷のある遺体をいくつか処理したと告げ。
ゾンビ化し灼滅した遺体を除き、ゾンビ化していなかった遺体にESP『断末魔の瞳』を試したところ、校舎内で襲われた者が多いようだと所感を述べる。
「たしか校舎内班は、校舎に入った後、入口を封鎖していますよね」
炉亞が立ちあがり、生殖型ゾンビの移動経路について思い巡らせる。
外にいるゾンビが校舎内から出てきたものだとするなら、出入り口を封鎖したことで、少なからず被害の拡大は抑えられているはずだ。
「見かけたゾンビを確実に灼滅していけば、外のゾンビは殲滅できるかしら」
「残っている一般人の確認と保護を、急ごう」
引き続き外回りの警戒を行うと告げるシグマとの通信を終えると、3人は残る中庭の調査を行うべく、ふたたび駆けだした。
●
すこし時間はさかのぼり。
灼滅者一同が校門で散開した後。
蓮二、想々、巽、七湖都・さかな(終の境界・dn0116)の4人は、助力に訪れていた6人の灼滅者とともに、一階の端から校舎内へ侵入。
内部の探索を行うと同時に、出入り口となりうる場所をことごとく封鎖していく。
だがその最中にも、生殖型ゾンビが次々と現れ、灼滅者たちに噛みつこうと迫りくる。
「全員学生服、ってことは」
「みんな、ゾンビ化したんか……!」
蓮二が十字架を招き無数の光線をはなったのに続き、想々が魂を削り生みだした冷たい炎を、敵群めがけ解きはなつ。
巽は極力ゾンビに損傷を与えないようにと指輪の呪いを向けたが、サイキックを受けたゾンビはそのまま灰と化し、消滅してしまった。
「遺体が残るかどうかは、その時々で違うようですね」
ダークネスや眷属でも同じような例があるので、おそらく個体によるのだろう。
巽が立ちあがると、さかながすぐ先の教室の前に立っている。
「ひと」
それだけを告げ、教室内に倒れていた遺体のそばにひざをついた。
学生服を着た3つの遺体には、どれも噛み傷がある。
「阿佐ヶ谷地獄を彷彿とさせるぢゃないの……。ね、さかな君」
同行していた白装束の有無(d03721)が『断末魔の瞳』を使用し、犠牲者の最期の視界を覗き視る。
「ああ、逃げた顔には見覚えがある」
先ほど灼滅した者たちだと告げ、ほかにも逃げ延びた者が数名いるという。
「まだ、生存者が残ってるかもしんないね」
「こちらの遺体は、どういたしましょう」
蓮二、巽の言葉に、聖剣を手にした想々が歩み寄る。
意を察したさかなが3人の瞳を閉ざしてやり、その場から退いた。
――遺体を傷つけるのは心苦しいけれど。人ならぬ者になるよりは、マシだろうから。
「……ごめんなさい」
想々が非物質化させた剣を振りかぶり、霊魂と霊的防護だけを破壊する。
外傷は残らない。
けれど眼の前で、確かにいのちが終わったのだと。
その事実が、灼滅者たちの心に重く、のしかかった。
遺体の証拠隠滅をおこなった後、先へ進みゾンビを灼滅するうちに、いくつかの場所で生存者を見つけた。
どの一般人も生殖型ゾンビを目撃し、他者が襲われているうちに命からがら逃げだし、難を逃れたという。
皆一様に混乱し、憔悴していたが、
「大丈夫です、私たちが助けに来たから」
「電子機器の使用は彼奴らを刺激するから、絶対に使わないように」
想々と蓮二が言葉を尽くせば、多くは従い、大人しく灼滅者たちと行動をともにした。
なかにはひとり校舎から脱出すると言って聞かない教師もいたので、こちらは巽が気絶させ、ESP『怪力無双』を使い担ぎ運んでいる。
「では、一般人の皆様をお願いいたします」
「ん。待ってる」
救出した一般人は1階の出入り口近くにある大教室に集め、さかなが護衛に就く手はずだ。
「はい! 見取り図を握りしめて参りますよ!」
続けて2階、3階の調査を行うという巽、想々、蓮二に同行し、マギ(d16793)はこの教室へ一般人を連れてくる役回りを買ってでていた。
調査中に見つけた一般人をマギが教室へ連れていけば、3人が一般人を連れ歩かずに済み、効率よく調査を継続できる。
4人が去った後の教室付近は、黎(d17334)と時兎(d13995)の2人が警戒にあたった。
生者の気配を感じやってきたゾンビたちを捕捉しては、連携攻撃で次々と駆逐していく。
ハンドサインで状況を伝える時兎に頷きかえし、仲間たちに報告するのは黎の役目だ。
『――こちら西園寺。高城さんと一緒に、1階教室前の生殖型ゾンビを4体灼滅したよ』
極力、生存者の視界にゾンビや死体が入らないよう心がけはしたものの、戦闘音が聞こえるたびに、一般人たちは身を震わせて怯えた。
陽桜(d01490)はそんな一般人たちの気を紛らわそうと、応急手当キットを使い、怪我人の手当てをはじめる。
回復サイキックは便利だが、理解を超えた力を前に、混乱する者が出るかもしれないという気遣いからだ。
「一緒に生き残ろう。大丈夫、あの空の色に勝利を誓うよ」
エイティーンを使用していた音色(d30770)も、少しでも不安を取りのぞこうと怯える者たちに声をかけてまわる。
さかなは教室内で警戒を行いながら、インカムに飛び込んでくる仲間たちの声に耳を傾けた。
『――倫道だ。校舎2階、複数名の生存者を確認した』
『――莫原、了解しました。今から4人で向かいます』
『――柿崎だよ。だれか、3階の応援に来れないかな? 教室の外にまだ結構ゾンビが居て、身動きが取れないんだ』
『――校舎外の雪椿よ。外の調査が完了したから、すぐに3階へ向かうわ』
各地点からの報告が続いた、その時だ。
『――こちらシグマ・コード。校門付近の警戒にあたっていたんだが、まずいぞ』
焦りを含む声音。
雑音に混じり聞こえはじめた『音』に気づき、さかなも校門のある方角を見やる。
その頃には。
校内にいる者たちの耳にも、パトカーのサイレンがはっきりと聞こえはじめていた。
●
灼滅者たちが救出した一般人たちには、電子機器を使用しないよう説明し、状況によっては機器の破壊も行っていた。
それでも警察がやって来たということは、おそらくどこかに潜伏中の一般人か、すでに犠牲となった一般人が死ぬ前に通報したのだろう。
校舎外の生殖型ゾンビの殲滅や、証拠隠滅を終えられていたのは幸いだった。
警察が校内に突入したとしても、すくなくとも、すぐに彼らに危険が迫ることはないはずだ。
校門前にはパトカーが次々に到着し、警察官は全員銃を携行しているという。
彼らの動きは引き続きシグマが観察することとし、灼滅者たちは校舎上層の探索を急ぐ。
校舎2階の調査を仲間たちに任せ、3階へ急行するのは校舎外から駆けつけた3人だ。
「ここは、通していただきます……!」
炉亞が大鎌を振りあげ、黒き波動をはなち5体のゾンビを薙ぎ払い、
「待っている人が居るんだもの。わたしたちがしっかり、頑張らなきゃね」
灼滅しきれなかった3体の攻撃を、鵺白がWOKシールドで受け流す。
すぐに、ビハインド『奈城』が顔をさらし牽制。
マテリアルロッドを掲げた柩が、いまにも弾けんとする魔力を練りあげる。
「いつも通り、さっさと終わらせるとしようか」
構成した魔術を一気に解きはなてば、逆巻く暴風がゾンビ2体を襲い、その身を引き裂き絶命させる。
「静闇、雪椿」
「比良坂さんも、助かったよ!」
霧夜と法子が3人を出迎えれば、すぐそばの教室から9人の学生が顔を覗かせる。
損傷したゾンビの遺体を見てほとんどが怯えるなか、ひとりの少年が灼滅者たちを突き飛ばし、遺体の傍に駆け寄った。
頭部を吹き飛ばされた遺体は、はた目には誰のものか判別できなかったが。
身に着けていた名札に書かれていた名は、教室から出ていった仲間の名に間違いなかった。
「クソ! なんでこんな……なんでッ!!」
遺体にすがり、うめき泣く少年の襟首を掴み引きはがしたのは、『香坂樹理』の名札を付けた少女だった。
遺体の処置をする灼滅者たちを睨みつけ、尋ねる。
「ほかに、生きてるやつは」
「2階はいま、僕たちの仲間が探索中です。でも、3階にはもう、だれも居ませんでした」
炉亞の言葉を聞き、学生たちが嗚咽を漏らしはじめる。
そのなかにあって、今なお眼に強い光をたたえたままの少女を見やり、柩は言った。
「キミなら少しは事情がわかるだろう? 香坂樹理」
パトカーのサイレンが聞こえる。
窓から見える空が、冗談のように真っ赤に染まっている。
『あの日』、屋上で見た空も。
こんなふうに赤かった。
――かわいそうなジュリ。あんたのセカイは、永遠に変わらないよ。
忘れるはずがない。
あの、声。
それから、温かい味噌汁の味。
「行け! 死にたくなければ。こいつらについて走れ!!」
●
樹理の声を受け、一般人たちは弾けたように動きだした。
5人の灼滅者とビハインドが一般人の前後に立ち、周囲を警戒しながら1階へと走る。
2階の階段を過ぎる直前に、調査にまわっていた仲間たちも駆けこんできた。
数名の教師と、学生を連れている。
「あ、そっちもみんな無事?」
蓮二が明るい声で手を振り、
「止まらないで、こっちへ」
想々が学生の手を引き、1階へと駆けおりていく。
一般人を先に行かせたのち、巽は仲間たちを促す。
「急ぎませんと」
トランシーバーからは、警察がすでに学校の敷地内に入ったこと。
校舎外の捜索に向かう班と、校舎に向かう班とに分かれたとの情報が入っている。
1階の廊下へと駆けこめば、大教室を守っていた黎と時兎の姿が目に入った。
「敵、灼滅した」
「1階はもう安全だ」
ほかの一般人を連れ先に戻っていたマギも、新たにやってきた一般人を労わり「パン食べます?」と声をかけて回る。
一方、トランシーバーからはシグマと有無が撤収する旨を告げていた。
「警察。きた」
窓の外に複数の人影を見つけ、さかなも仲間たちへ脱出をうながす。
灼滅者が居たという事実は、『バベルの鎖』によって従来通り伝播することはない。
しかし、学校で何らかの事件がおこったという事実は、複数の救出者たちが記憶することになるため、警察との接触は得策ではない。
校内の遺品などは、蓮二が極力アイテムポケットに回収していた。
警察が駆けつけてからの遺体の処理は不十分なものも出てしまったが、敵の灼滅はおそらく、すべて完了したはずだ。
万が一、ゾンビの討ち漏らしがあったとしても。
拳銃をもった警察官が8人もいれば、ゾンビの1体くらいは倒せるかもしれない。
教室に一般人たちを残し、マギ、黎、時兎が撤収に移るも、
「待って」
樹理が行く手をさえぎり、残る灼滅者たちを睨みつけた。
「『ギヨちゃん』は、どこ」
想定外の言葉に、法子が口を閉ざす。
「わかりません。僕たちも知りたいくらいです」
「うそ!」
炉亞の言葉に激昂する樹理の横を、想々、音色、そして陽桜がもの言いたげな表情で駆けていく。
霧夜も巽へ目くばせし、先だってその場から離脱。
その後に、蓮二と鵺白が続く。
封鎖した出入り口の扉をこじ開けたらしい。
樹理の向こうに、駆けてくる警官の姿が見えはじめて。
「このセカイを想うのなら。うまく、口裏を合わせておいてくれないか」
柩の言葉に、樹理が唇を噛みしめる。
悔し気に睨みつける少女を、さかなが見つめ返した。
「セカイは、大丈夫。だから――」
言葉を言い終える前に法子に腕を引かれ、やむなく走りだす。
炉亞と柩が肩越しに振り返れば、立ち尽くす少女と、大教室に駆けこむ警官たちの姿が見えた。
そうしてまた、『非日常』の少年少女たちの存在は、人々の記憶の狭間に消えていく。
彼らは、どこからきて、どこへいくのか。
――そのセカイは、どこにある?
作者:西東西 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年3月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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