●黒翼卿の第二次サイキックアブソーバー強奪作戦
学園に残り『ハンドレッド・コルドロン』の報告を待っていたエクスブレインたちの目に、その軍勢は『突然現れた白い炎の柱』から出現したように感じられた。
その正体は、スサノオの姫・ナミダの協力によってエクスブレインの予知を掻い潜り、忽然と武蔵野の地に出現した、吸血鬼の軍勢であった。灼滅者の主力が名古屋に出払っているうちに武蔵坂学園に攻め込み、サイキックアブソーバーを破壊しようというのである。
その軍勢は、黒翼卿の眷属であるタトゥーバット、絞首卿の配下であった奴隷級ヴァンパイア団、バーバ・ヤーガの眷属である鶏の足の小屋と、ヴァンパイア魔女団、殺竜卿の配下である鉄竜騎兵団の混成であり、更に、竜種イフリート、ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールの眷属、スサノオ、動物型の眷属などで構成されている。
指揮官として名を連ねるダークネスも、黒翼卿メイヨール、朱雀門・瑠架、義の犬士・ラゴウ、竜種ファフニール、ソロモンの大悪魔・ヴァレフォール、スサノオの姫『ナミダ』と揃っており、灼滅者の主力が出払っている武蔵坂を落とすには充分すぎる勢力である。
「灼滅者の戦力は出払ってるし、今回の作戦には、黒の王の完全バックアップが付いているんだ。だから勝利は確実だよ、瑠架ちゃん」
「えぇ、そうですね、メイヨール子爵」
本陣では、ご機嫌なメイヨールの乗る車椅子を、朱雀門・瑠架が押している……が、彼女は、実は逡巡していた。
(「武蔵坂学園を滅ぼすわけにはいかない。どこか良いタイミングでこの軍を撤退させるしかない……。でも、どうすれば?」)
……と、そこに。
「武蔵坂学園の灼滅者が、こちらに向かっています!」
伝令役の手下が緊急報告を持ってきた。
「何だってっ、こんなに早くっ!?」
ハンドレッド・コルドロンの戦いを最速で勝利に導いた灼滅者達が、急報を受け武蔵坂学園へと戻ってきたのだ。
それは、彼らが予測していたよりも数時間早い、まさに神速の大返しであった。
●武蔵坂学園内
「皆さん、よくぞ戻ってきてくれました!」
春祭・典(大学生エクスブレイン・dn0058)は、名古屋から帰還したばかりの灼滅者たちに深々と頭を下げた。
灼滅者たちが迅速に戻ってきてくれたおかげで、武蔵坂学園が占領されるという最悪の事態は逃れる事が出来た。しかし、まだ、危機は去っていない。
「強大な吸血鬼軍が、武蔵坂学園のすぐそこまで迫ってきているのです。神速の大返しを知り、吸血鬼軍の一部は戦意を失っているようですが、主将である黒翼卿メイヨールは、学園への攻撃を諦めておらず、決戦は避けて通れません。メイヨールさえ灼滅、あるいは撤退させれば、吸血鬼軍は撤退するでしょうから、なんとか迎撃して追い返してください!」
灼滅者の帰還は予想外だったのであろう、黒翼軍はかなり混乱している様子である。この混乱の隙をつけば、黒翼卿を撃退するだけでなく、他の有力なダークネスを討ち取ることも可能かもしれない。
典は黒板に敵の布陣を記しながら説明を続ける。
前線中央に黒翼卿メイヨール。
その後ろに、朱雀門・瑠架。
前線左翼に竜種ファフニール。
前線右翼に義の犬士・ラゴウ。
そして後方に、スサノオの姫・ナミダ。
ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールは、前線と後方の間で、去就に迷っている状況である。
「黒翼卿たちを撃退さえすれば、軍勢を退かせることができるでしょう。学園を守るため、よろしくお願いします」
典はもう一度頭を下げてから。
「それと……この戦いの直前、校長先生が学園に戻ってきました。迎撃戦終了後に重大な話があると言っていましたが、なんでしょうね……?」
●黒翼軍の不協和音
その頃、黒翼軍では、各指揮官もそれぞれ動き始めていた。
だが、その動きは統一されたものではなかった。
「僕と瑠架ちゃんの共同作業を邪魔するなんて、許せないね。灼滅者なんて、踏み潰してグチャグチャにしてしまえっ! 突撃ー!」
気炎を吐くばかりのメイヨールの傍らで、瑠架はこっそり溜息を吐き。
(「灼滅者の大返し……会長が失敗したのか、それとも、これも彼の予定通りなのか。とにかく最大の懸案は消えたわ。あとは子爵を無事に撤退させれば。メイヨール子爵は、ボスコウなどとは違う、本物の爵位級ヴァンパイア。彼が灼滅されれば、爵位級ヴァンパイアと武蔵坂学園の敵対を止める事はできない」)
とにかく子爵を灼滅させないことばかりを考えていた。
ソロモンの大悪魔ヴァレフォールは。
「灼滅者達がこんなに早く帰ってくるなんてねぇ……爵位級ヴァンパイアに協力して、楽して力を取り戻す予定だったのに、どうも話が違うねぇ。これは、適当に戦って、折を見て撤退するしかないね」
すでに戦意を削がれている様子。
朱雀門・瑠架と共に行動してきた義の犬士・ラゴウは、
「卑劣な罠を破って現れる正義の味方。それでこそ、灼滅者だ。だが、これは瑠架の望み。簡単に黒翼卿を討たせるわけにはいかないな」
瑠架の望みに従ってメイヨールを撤退させることに注力するつもりらしい。
朱雀門勢力に加わっている竜種ファフニールは。
「殺された多くの我が同胞の恨み、今こそ晴らそう。ゆくぞ、竜種の誇りにかけて!」
種としての因縁もあり、灼滅者と戦う気は満々なようだ。
そして、スサノオの姫ナミダは、最後方から軍勢を見渡して、
「黒の王には義理があった。故に軍団の隠蔽は引き受けたが、さしたる意味は無かったようじゃのう。さて、儂らは退く者どもを助けるとしよう。黒翼卿は戦う気のようじゃが……まぁ、死なぬことはともかく、勝つことはあたわぬじゃろうて」
と呟いて、もう既に撤退の支援を始めている。
それぞれの思惑で動き始めた指揮官たちを、灼滅者たちは、果たしてどう迎え撃つのだろうか。
参加者 | |
---|---|
仙道・司(オウルバロン・d00813) |
万事・錠(ハートロッカー・d01615) |
犬塚・沙雪(黒炎の道化師・d02462) |
レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162) |
青和・イチ(藍色夜灯・d08927) |
三蔵・渚緒(天つ凪風・d17115) |
北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917) |
押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336) |
●武蔵坂防衛戦
「こいつが弱ってますですよ!」
チームメイトに声をかけながら北南・朋恵(ヴィオレスイート・d19917)が、目を付けていた熊型の眷属を殴り倒すと、
「よっしゃ、ともちゃん、任せろ!」
すかさず応じた万事・錠(ハートロッカー・d01615)が同じ熊の足に刃を突き立てた。続いて仙道・司(オウルバロン・d00813)が。
「名古屋の人を守りきれなかった無念、ぶつけます!」
ぐしゃり。
力一杯振り下ろした十字架が、頭を叩き潰した。
司は顔に飛び散った血と体液を手の甲で無造作に拭った。名古屋の恨み……弱い一般人たちを弄んだダークネスへの怒りが抑えきれない。
気魄に怯んだように、倒した熊の背後にいた2体が、微妙に退いた。
彼らは『義の剣士・ラゴウ』包囲網のうち、黒翼卿メイヨールへのルートを塞ぐ位置に陣取っていた。
ラゴウ包囲網に参加しているチームは5つ、そのうちメイヨール側を護っているのは2チームだ。
ラゴウ自身は戦況を窺っているのか、まだ行動を起こしておらず、5チームの灼滅者たちは散発的に出撃してくる動物眷属と戦っている。
ラゴウはどう動くか……状況に神経質にならないわけにはいかないが、まずは目の前の敵だ。
「次はどちらを倒しましょうね」
押出・ハリマ(気は優しくて力持ち・d31336)が『宿儺』を掲げて結界を張った。
「しっかし、このタイミングで攻めてくるとは考えてるっすね……」
そうだね、と傍らで白い戦士の仮面を着けた犬塚・沙雪(黒炎の道化師・d02462)が頷いて。
「戦力が出払ってるところに襲撃を仕掛ける……理に適ってはいるけど、そう簡単にやらせるものかってね」
熊眷属2匹の背後に回り込んだ青和・イチ(藍色夜灯・d08927)は、
「学園は、僕たちの居場所……手出しは、させない」
悲壮な様子で決意を呟き、
「うん、絶対に負けられないね。今回は各種族勢ぞろいだけども」
三蔵・渚緒(天つ凪風・d17115)が厳しい表情で応じた。
学園を防衛するのは2度目だが、今回も厳しい状況であることは間違いない。
レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)が2人を元気づけるようにちらりと笑みを見せ。
「敵の殆どが撤退を考えているという、ある意味凄い状況だし、とにかく……」
ぐっと足下に影を凝らせて、
「招かれざる客にはお引き取り願おう」
黒い刃を勢い良く蹴り出した。影は左側の熊を切り裂き、
「こっちからだ!」
仲間たちは一斉に次のターゲットに飛びかかった。
●ラゴウ参戦
数頭の動物眷属を退けた頃、
「ラゴウが動いた!」
誰かが叫んだ。包囲網の向こう側、瑠架ルートの一角を守っていたチームをラゴウが強襲していた。
「やばい!」
見る間に灼滅者の1人が吹っ飛ばされて、包囲網に穴が空いた。
ラゴウを瑠架の元に行かせてはならない――!
瑠架側に移動すべきか、と考えたその瞬間、ラゴウの進路に新たな2チームが立ちはだかった。共に瑠架ルートを守っていたチームだ。彼らは、蹂躙されたチームの穴を塞ぎ、ラゴウに立ち向かっていく。
「何とかなりそうなのです」
朋恵がホッと息をついた……が。
『グアオォ!』
彼らの一瞬の迷いをつくように、新たに3頭の犬眷属が現れていた。
「ここは絶対に守りぬくよ」
沙雪が『紅蜂』に炎を載せて。
「炎一閃! 我が槍に貫けぬものなし!」
獣の腹を貫く。続いてイチが霊犬・くろ丸に援護の射撃をさせながら跳び蹴りを見舞い、レイが鎌を振りかぶって踏み込む――。
「危ない!」
ターゲットの脇からもう1頭が飛び出してきて、鋭い牙をレイに向けた。
「カルラ!」
渚緒の声にビハインドがするりと間に入り、牙を受けた。
「すまない」
レイはスッと一歩サイドに移動し、目的の敵に鎌の刃をザクリと食い込ませた。
カルラには朋恵のナノナノ・クリスロッテが素早くハートをとばしている。
集中力が戻ってきた。連携も取れている。
自分たちの役目は、あくまでメイヨールへのルートを塞ぐこと。瑠架ルートも心配ではあるが、ここは仲間を信じて――!
気合いを入れ直してまた幾匹かの眷属を倒した後、一瞬、至近に敵のいない空白が訪れた。ふっと息をついて、この隙にきちんと回復をしておこうとした――その時。
また、誰かが叫んだ。
「ラゴウが、こちらに向かってくる!」
●ラゴウ邂逅
どうやらラゴウは、瑠架ルートの突破を諦め、直接メイヨールを援護しに行くことに方針転換したようだ。
迫りくる、ハンマーを担いだ大きな男――。
2チームの灼滅者たちは素早く視線を交わすと、その進路に立ちはだかり、立ち向かう。
鬼の拳を掲げた司の声が、朗々と響く。
「ラゴウ、この梟男爵がお相手仕る。いざ尋常に勝負を!」
堂々とした口上に男の足は止まり、その男……ラゴウは彼らを見回した。
瑠架ルートでの戦闘でそこかしこに傷は負っているようだが、それでもその岩のような力強さは、少しも衰えているように見えない。
「皆、良い顔をしている。その意気や良し……しかし、ここはどうしても突破させてもらうよ」
鋭い風切音を伴って振り上げられた巨大なハンマーは、威勢良く啖呵を切った司めがけて――しかし。
バグッ。
ふっとばされたのは、ハリマだった。真っ先に司が狙われるだろうことを予測し、素早く体を入れたのだ。
ハリマは手ひどく地面に叩きつけられたが、2チームの灼滅者たちは一斉に強敵に飛びかかっていく。
メイヨールには、多くのチームが当たっている。ここでラゴウの合流を阻止すれば、勝利はぐっと近づいてくるはず――!
司の鬼の拳と沙雪のシールドは、ハンマーの一振りにまとめて弾き返されたが、イチの弾丸は分厚い肩を、錠の刃は逞しい太腿をかすめた。
「(……届く!)」
ここまでのラゴウとの邂逅では、刃を届かせることさえ難しかったが、今回は2チームの連携で手数が多い分、さしものラゴウといえど捌ききることは難しいであろうし、こちらの力量も確実に上がっている。8人は作戦通り、着実に行動を阻害するサイキックを浴びせまくる。
倒れたハリマの元へは渚緒が駆け寄っていた。霊犬の円も主を心配そうに振り返りながらガードに入る。
「大丈夫かい?」
「いてて……何とか大丈夫っすけど、やっぱ強いっすね、ラゴウは」
癒しの護符を貼ってもらいながら、ハリマは強敵にぶつかった感触を反芻する。
「ラゴウは足柄山で熊と相撲とってたあの人なんでしょうから、力士として、胸を借りる気でいたんすけど……」
まだまだっす、とハリマは吹っ切ったように立ち上がると、
「とにかく全力で行くっす!」
元気に前線へと駆け込んでいく。
●ラゴウという男
数分後、2チームがそれぞれ攻撃を数回ずつに渡って仕掛けた頃――。
ドゴォン!
「!!」
ラゴウの大震撃は相変わらず強烈で、前衛は一斉に倒れてしまった。しかし、
「……行って、錠先輩!」
「サンキュ、アオ!」
2人分の衝撃を引き受けてくれたイチを飛び越え、錠は刃片手に巨体の死角に飛び込み、学生服を裂いた。もちろん遊軍の攻撃陣も機を逃すことなく攻め込んできている。その攻撃の幾つかは避けられ弾かれたが、幾つかはラゴウに届いたようだった。
列攻撃を受けても、この人数ならば攻撃を絶やさずに、しかもしっかりと回復を行うこともできるので、防衛ライン全体が行動不能に陥ることなく、食い下がり続けることができる。
気のせいかもしれないが、終始冷静なはずの義の剣士の目に、わずかに焦りの色が……?
ラゴウは、ハンマーを振った勢いで体勢を立て直すと、そのまま身構えた。
灼滅者たちも、遠巻きに武器を構え。
「撤退するなら、追わないよ」
友軍のメンバーの言葉に、ラゴウが視線を向ける。
「――それは、出来ない」
気魄にねじ伏せられそうになりながら、朋恵は小さな拳を握って。
「わ、私たちだって、絶対あなたを通すわけにはいきませんです……っ!」
仲間たちもラゴウへ訴えかける。
「そうです、ボクたちも絶対退きませんからっ!」
「不退転の決意で君に挑んでるからね」
「学園は……仲間は、僕の心の拠り所。全力で守るよ。君にどんな義があろうとも」
「君の義理立てもわかんないでもないけど、学園を破壊するなら、何をおいても止めにいくよ。それにしても、よっぽど瑠架が大事なんだねぇ。どんな人なのかなぁ」
友軍のメンバーも口々に撤退を勧めたが、ラゴウはキッパリ拒絶し続ける。
ハハッ、と錠が乾いた笑いをもらした。
「俺たちゃ正義の味方なんてご大層なものじゃなく、所詮、大切なものを失いたくない、臆病なガキの集まりなんだよな。アンタもそう変わんねェよ」
ラゴウはぎゅっと眉を顰めた。
「僕は、誇りを捨ててまで生き延びたくないだけだ」
「なら……仕方ねェな」
「義の犬士、ラゴウ――推して参る!」
彼が退かないというのなら、最後までやるだけだ!
灼滅者たちは再び武器を構え、気合いを入れ直して強敵へと挑戦し続ける。
ドゴォン!
ラゴウは群がってくる灼滅者を振り払うように、また地面を大きく震わせ、その衝撃は後衛へと伝わっていく……が。
「き、北南さん……大丈夫?」
「大丈夫です、ありがとうございますです!」
朋恵はイチが、レイは紗雪が、渚緒はカルラが庇っていた。
サーヴァントたちに手伝ってもらいながら、渚緒は早速回復を図るが。
レイが端正な眉をふと顰め。
「庇ってもらってありがたいが、大分つらいのじゃないか?」
ディフェンダー陣を気遣う。戦線を維持するべく防御に徹してきた彼らは傷だらけだ。
「そりゃあキツいけどね、まだいけるよ」
紗雪が痛そうに笑って立ち上がり、イチと共に前線に戻っていく。
「……私たちも、頑張ろう」
「はい!」
レイは影を足下に引き寄せ、朋恵はエアシューズに炎を宿した。ラゴウの行動を阻害するのが、今戦でのスナイパーとしての役割。仲間が少しでも戦い易くなるように――!
シュッ。
レイの影が低く伸び、ラゴウの足首に絡みついた。影はすぐに踏みにじられたが、その一瞬の隙に。
「ナイスです!」
朋恵が炎を巻き起こしながら蹴りを入れた。機を窺っていたメンバーも、
「今なら、届くかも……っ!」
ハリマが渾身の力を籠めて、鋼鉄の掌で分厚い胸に張り手を一撃し、司は勢い良くギターをかき鳴らした。前線に駆け戻ったイチが、その勢いのまま放った跳び蹴りも背中に入った。
優勢とはいえ、防御に長け、動きの速いラゴウには、クリティカルなダメージを与えることは難しい。しかしコツコツと積み上げてきたダメージとバッドステータスは、徐々に効いてきているはず……!
紗雪は槍に炎を載せた……が。
「あっ、錠、危ない!」
光の剣を構え飛び込んでいく錠の頭上に、ハンマーが振り上げられている。
紗雪は咄嗟に槍をシールドに持ち替え、
「……こっちを向け!」
巨躯の背中を思いっきり殴りつけた。
「む……っ」
その衝撃にラゴウの動きは一瞬ずれ、
「サンキュ!」
「ぐ……」
錠の刃が深く脇腹を抉った。
「こっち……か」
深手であろうに、ラゴウはスピードを鈍らせることなく振り向き、
ブン!
ハンマーが紗雪を吹っ飛ばした。
「犬塚さん!」
倒れ伏した紗雪に渚緒が青ざめて駆け寄る。いくら体力には自信のある紗雪でも、この期に及んでのハンマー直撃は拙いだろう。
しかし。
「ああ……うん、何とか大丈夫」
紗雪は目を開けた。来ると分かっていた一撃だったので、シールドと槍である程度受け流せたし、予めサイキックで防御も高めていた。
「無理しないでくださいよ」
渚緒はできる限りの手当を施したが、それでも体力は残り少ない。
「そうだね、でも、皆ギリギリで頑張ってるわけだし……」
眷属との散発的な戦いから、ずっと戦いっぱなしである。ディフェンダーだけでなく、皆多かれ少なかれダメージは負っている。
しかし、戦いっぱなしなのは敵も同じで……。
「……あ」
朋恵が声を上げた。
「今、ラゴウが倒れかけたのです」
「よっしゃ……キテるっすね」
いよいよ積み重ねてきたダメージとバッドステータスが効いてきたのだろう。
「最後のひとがんばり、いくっすよ!」
大きな身体で身軽く跳んだハリマが流星のような跳び蹴りを放ち、
「えーーーいっ!」
朋恵は縛霊手で掴みかかった。
友軍もラゴウが弱ってきていることに気づいたのだろう、やはり猛攻を繰り出してきた。
イチは役目を全うするために、少しでも体力を得るべく剣に緋色のオーラを載せて斬りかかり、紗雪は最後の力を振り絞って炎の奔流を放つ。渚緒も、
「ここは勝負処だよね……っ」
回復と援護をサーヴァントたちに任せ、護符を投げ上げて結界を張り、
「武人として尊敬しているからこそ!」
司は正々堂々と真っ向から十字架で殴りかかった。その正面からの攻撃は鬼の拳で遮られたが、大きく開いた脇から。
「本気のラゴウを見せてもらっていると思っていいのかな?」
レイがチェンソーで斬り込み、
「さすがに足にキテんだろ?」
巨体の死角に滑り込んだ錠が、鋭い刃を足に突き立てた。
友軍の攻撃陣も激しく斬り込んでくる。ひらめく刃。燃えさかる炎。弾ける魔力。流れる血潮。
ラゴウの巨体が地面に叩き付けられ、ハンマーがその手からこぼれて地面に転がった。
戦友が問いかける。
「逃げれば追わないと言ったのに何故、最後まで戦ったのですか……?」
「……仲間を捨ててまで生き延びたいとは思わないからな」
ハンマーを求める手は、もう何も握れない。
「……義の犬士、か。結局何も守れなかった愚か者だな僕は。スキュラ、パラジウム……。瑠架……君は生き延びてくれ」
誰かが大きな溜息を吐いた。男の死を悼む溜息だった。
ラゴウはダークネスであった。敵であった。
しかし、彼には、尊敬せずにはいられない男気があった……。
好敵手に勝った。それは嬉しいことに違いないのに、喪失感も同時に感じてしまう。
その時、
「おっ?」
錠の携帯が振動した。慌ててポケットから引っ張り出す。
「メイヨールの方に行ってるさとからだ……おう、そっちはどうなった?」
話しているうち、沈鬱だった錠の顔がパッと明るくなった。
「灼滅か! すっげえ、やったな!!」
錠は一旦携帯から顔を離して、戦友たちに。
「メイヨール、灼滅だってよ!」
おおっ、と灼滅者たちは歓声を上げた。弔い場に、明るさが戻る。
「学園を、守れましたね」
「はい!」
イチと朋恵はがっちり握手をした。
ラゴウという好敵手を、そして黒翼卿を倒したことで、状況は大きく変わるのだろう。
でも、今は……。
今は、学園を守れたことを、仲間たちと誇ろう。
作者:小鳥遊ちどり |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年4月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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