黒翼卿迎撃戦~続く死線

    作者:長谷部兼光

    ●出現・第二次サイキックアブソーバー強奪作戦
     白い炎はエクスブレインの予知を妨げる。
     故に。もう、『こう』なってしまえば、彼らはただ……その有様を眺めることしかできない。

     タトゥーバット。
     奴隷級ヴァンパイア団。
     鶏の足の小屋。
     ヴァンパイア魔女団。
     鉄竜騎兵団。
     竜種イフリート。
     スサノオ。
     動物型眷属。
     ソロモンの大悪魔・ヴァレフォールとその眷属。
     義の犬士・ラゴウ。
     朱雀門・瑠架。
     竜種ファフニール。
     スサノオの姫・ナミダ。
     そして黒翼卿メイヨール。
     ――白炎より現れ出でる、大軍勢を。

     ぐふ、ぐふ、と手足の無い黒翼卿は醜く嗤う。
    「灼滅者の戦力は出払ってるし、今回の作戦には、黒の王の完全バックアップが付いているんだ。だから勝利は確実だよ! 瑠架ちゃん!」
     どうだ見たかいと、瑠架の押す車椅子の上で子供の様にはしゃぐメイヨール。
     えぇ、そうですねと瑠架は彼に相槌を打って見せるが、その心中は穏やかではない。
     武蔵坂学園を滅ぼすわけにはいかない。
     何処か良いタイミングでこの軍を撤退させるしかない。
     だが、どうすれば……?

     ――武蔵坂学園の灼滅者達がハンドレッド・コルドロンを打ち破り、こちらに向かってきている。
     そんな急報が瑠架の耳に届いたのは、彼女が思考の迷宮に沈もうとする、まさにその直前の事だった。

    ●大返し
    「ハンドレッド・コルドロンの攻略、お疲れ様でした。本来ならゆっくりと体を休めたい所でしょうが……どうやら敵、ヴァンパイア達はこちらの事情などお構いなしのようで」
     灼滅者達を労いながら、見嘉神・鏡司朗(高校生エクスブレイン・dn0239)は教室の窓より外に目を向けた。
     ……もし、あと少しこちらの到着が遅れていれば、学園が占領されると言う、最悪の事態もあり得たかもしれない。
     そんな最悪に比べれば遥かにマシな状況とは言え、強大な吸血鬼軍が武蔵坂学園のすぐそこまで迫ってきている事実に変わりはない。
     灼滅者達が名古屋からの大返しを果たした事で、敵軍勢の一部は戦意を失ったようだが、主将である黒翼卿メイヨールは武蔵坂学園への攻撃を諦めておらず、決戦は避けて通れない。
     つまり、この襲撃戦の幕を引くためにはメイヨールを灼滅か撤退に追い込む必要がある。
     頭を取れば、敵全軍も撤退していくだろう。
    「皆さんの参戦は予想外だったのでしょう、黒翼軍はかなり混乱している模様です」
     この混乱の隙をつけば、黒翼卿メイヨールを撃退するだけでなく、他の有力なダークネスを討ち取ることも出来るかもしれない。
     ただし、メイヨールを灼滅すれば、以前よりの瑠架の懸念通り、他の爵位級ヴァンパイアとの対立は避けられないものになる点には注意が必要だろう。
    「今回は黒翼卿たちを撃退さえすれば、私達の勝利ですが……どうか……無事に帰ってきてくださいね。ただ……私の望みはそれだけです」

    ●竜の復讐者
     灼滅者帰還の報を聞き、軍勢は俄かに浮足立つ。
     だが知らぬ。
     女の前で格好をつけたいだけのメイヨールも、
     瑠架の心中も、
     ラゴウの義も、
     ヴァレフォールの日和見も、
     ナミダの去就も――。
     全てファフニールには関係あらぬ。
     灼滅者共は同胞を殺しすぎた。
     許せぬ。許せるものか。
     憎悪を糧に燃え盛る炎は、彼らの血によってのみ鎮められよう。
     だからそう……これは血戦だ。
     竜種達の咆哮が地を揺るがす。
     ファフニールは猛り叫ぶ。

    「……殺された多くの我が同胞の恨み、今こそ晴らそう。ゆくぞ! 竜種の誇りにかけて!」


    参加者
    リュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)
    居木・久良(ロケットハート・d18214)
    風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    霞・闇子(小さき闇の竹の子・d33089)
    シャオ・フィルナート(傷だらけの蒼人形・d36107)

    ■リプレイ

    ●落陽
     夕陽が燃える。
     世界は全て赤く染まり、地を震わせる竜種達の咆哮は否が応にも灼滅者の耳をつんざいた。
     前線左翼に突入した班は合わせて六。温存策を取ったチームを含めるならば七。
     その内の三班が数多く居る竜種達の陽動を引き受けてくれたから、自班を含むもう三班が、混戦を潜り抜け労せず敵陣奥に切り込むことが出来た。
     そのまま一気に最奥のファフニールまで駆け抜けようと先行するチームの背を追いかけるが、不意に大きな影がリュシール・オーギュスト(お姉ちゃんだから・d04213)達の視界を塞ぐ。
     影の主は一体の竜種だった。
     これ以上の進軍は許さぬと怪気炎を上げる竜種を無視することは叶わず、已む無く交戦状態に至ったのが数分前。
     そして竜種は今も自班の進路を阻んでいるが……これ以上、足止めを食らう訳にはいかない。
    「まさか、戦争が囮だったとはな」
     戦闘の渦中にあって、霞・闇子(小さき闇の竹の子・d33089)は普段のボーイッシュな態度は鳴りを潜め、好戦的な一面を覗かせる。
     だが、白く輝くロングソードの光を受けた闇子の表情は苦々しい。
    「全くだ。最悪のタイミングで攻めてきやがって……!」
     闇子を狙う竜種の炎撃を受け止めた淳・周(赤き暴風・d05550)も同じ思いだった。
     朱雀門と六六六人衆。その二勢力間にどのような約定があるのかまでは定かではないが、武蔵坂を陥れるために結託する可能性は十分にあるだろう。
    「吸血鬼共は随分と、サイキックアブソーバーにご執心のようだね」
     比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)は柔らかな風で前列を癒す。
     彼らの思惑がどうであれ、柩のやる事は変わらない。
     ダークネスなんかの好きには、させない。
    「向こうもそれだけ必死なんだろう。もちろん、オレ達も必死だ……!」
     潰し合ってもしょうがない。そう思いながらも、居木・久良(ロケットハート・d18214)が、ガトリングガン・454ウィスラーに爆炎弾を装填する。
     今は……戦うしかない。
    「ああ。私達は負けない!」
     白光を放つ闇子のロングソードが竜の鱗を裂き、怯んだ竜に久良がブレイジングバーストを零距離で全弾叩き込むと、空に轟く叫喚一つを遺し、竜種は絶命した。
     竜の体から豪雨の如く噴き出た血液は久良の全身をしとどに濡らしたが、それを拭う間はない。
    「状況は……?」
     進路が開けたと同時、風間・紅詩(氷銀鎖・d26231)が周囲を確認する。
     共に敵陣奥へと進軍を果たしたもう一班も竜種に足止めを受けていたが、一瞥した限りでは余裕がある。加勢せずともじき道を阻む竜種を倒すだろう。
     とすれば、先行したチームが気掛かりだ。
     紅詩達は、火炎と影法師が乱舞する戦場の最深部へと疾駆する。

    ●人と闇
     前方で光が爆ぜる。
     先行したチームは既にファフニールとの戦闘を開始していたようだ。
    「これは……!」
     ……此方の進路を塞ぎ絶命した龍種の成果と言えるだろう。
     シャオ・フィルナート(傷だらけの蒼人形・d36107)が先行班の姿を認めた時には、激闘の末、彼らの半数が倒れていた。
     ファフニールに付き従う側近格と思しき龍種は三体。
     その内の一体が先行班を撃滅せしめんと霧島・絶奈(胞霧城塞のアヴァロン・d03009)に一撃を加えると、絶奈は耐え切れず地に片膝をついた。
     辛うじて倒れていないが、次の攻撃を受ければそれも判らない。
     ――などと、悠長に分析している暇など無い。
     故に!
    「我が前に爆炎を!」
     高く跳躍した月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)の脚は紅蓮の炎を纏う。
     夕陽を背負った玲の一撃は絶奈に迫るファフニールの顎部を蹴り抜いて、同時に彼女のライドキャリバー・メカサシミが側近へ機銃をばら撒くと、奇襲を受けた龍種達は僅かに後退る。
     ほんの一瞬の間隙だ。
     だが、絶奈達を救援するにはそれだけあれば十分だった。
    「こんなになるまでよく堪えてくれたね。大丈夫。後はボク達に任せて」
     柩が先行班・月森・ゆず(キメラティックガール・d31645)と協働し絶奈を癒すと、絶奈はもう一度力を振り絞って立ち上がり、側近の一体にぶつかって、敵陣最奥から押し出した。
    「後は任せたで! ファフニールをいてこましてくれや!」
     ゆずがそう言い残し、先行班は側近一体を伴ってファフニールから離脱する。
     託されたのだ。彼女達から。
     だからこそ……かの竜に質さなければならない。
    「……ふざけるんじゃないわよ」
     己の中にあるダークネスへの憎しみを押し退けて、リュシールは凛とファフニールを見据える。 
     今日一日だけで、余りにも……余りにも多くの人が死に過ぎた。
    「殺されたくないのは私達も一緒よ。怒るのもね。そんな泥沼のぶつけ合いはもう沢山! せめて戦士同士でもう少しましに戦いましょうよ、ファフニール!」
     少女の啖呵にファフニールが震える。先行班が与えたものだろう。彼の体中に出来た傷口から止めどなく炎が溢れ……竜は、哭き叫ぶ。
    「……同じだと? お前達は仲間の何割をダークネスに殺されたのだ? 名古屋の戦いで死んだ人間は、人間の何割なのだ?」
     ――ああ。
    「お前達の、たったその程度の犠牲が、我ら竜種イフリートの半数を灼滅する理由になるというのならば、我が怒りもまた、人間の半数を殺すに値する怒りであろう!」
     彼らには、仲間の死を嘆く絆があった。
     彼らには、仲間を殺めた敵に対する憎悪があった。
    「……恨む気持ちは、わかる。そっちの主張を否定することは……俺には、できない」
     シャオは静かにそう呟く。
     どこまでも近しくて、だからこそどこまでも相容れない。
    「でも、それは俺たちも同じ。大切な人達を……これ以上、奪わせない。だから……」
     闇が人を脅かすならば、灼滅者はそれを屠らねばならぬ。
     シャオから伸びる長い影が、ゆらりと形を変える。
    「標的、捕捉……灼滅する」
     人と闇の宿命が、そこには在った。

    ●逆鱗
     敵は三体。先行班が側近を一体引き受けてくれたとは言え、楽な状況とは言い難い。
     このまま継戦しても凌げるものではない。だが……凌がなければならない。
    「吼えるなよ爬虫類。恨むと言うのなら、己が同胞の脆弱さを恨むといい」
     柩の巻き起こした風の刃がファフニールの肉を抉り、
    「あんただってそうだ。オレのハンマーに潰されるだけだ。それが嫌ならさっさとここから消えるといいよ」
     挑発すれど、誠意は欠かない。毅然とそう発した久良が、間髪入れずにロケットハンマー・モーニング・グロウをそこ目がけて振り下ろす。
     ジェットにより十二分に加速した一撃はファフニールの体にみしりとめり込むが、刹那、竜の傷から噴き出た炎が久良を弾く。
    「おのれ、許せん! 同胞を、竜種を愚弄するか!」
     唸るファフニールの、金色に輝く爪撃が無防備になった久良に襲い掛かるも、寸前、シャオが顔色一つ変えず受け止めた。
    「援護する……前衛は……任せろ」
     だが、重い。
     一瞬でも気を抜けば意識ごと持っていかれる強さだ。
     爪撃を受け止めたまま、シャオの足下から伸びた影はファフニールを絡めとり、動きの鈍った竜めがけて闇子がロングソードを振りかぶる。
    「覚悟っ!」
     闇子のロングソードがファフニールの鱗と躰をすり抜け、霊魂への直接斬撃に成功するものの、攻撃を受けたファフニールは苦しむどころかなお猛る。
    「この程度! 同胞が受けた痛みと無念に比べれば如何程のものか!」
     赤に染まる世界において、怨嗟を糧に燃えるファフニ―ルの炎はなお紅く、血に濁った朱の双眸で灼滅者を睨め付ける。
    「狂気に濁った眼ってそれ?伝説に残る竜にしちゃ知性が消えて見苦しいわね」
     リュシールが流星の煌きを宿す蹴撃でファフニールの背を強襲する。
     攻撃を受けたファフニールは大きく身動ぎするとリュシールを振り払い、吼える。
    「同胞達の敵を目の前にして、正気でいるなどありえぬ!」
     散々に挑発され、元々の恨み骨髄も相まって、ファフニールは突出する。
     灼滅者の思惑を超え、配下の龍種達の想像すら絶するほどに怒り狂った――まさしく、逆鱗に触れた状態のファフニールは脇目も振らず自班を追い回す。
     ふと紅詩が気付くと、ファフニールに付き従っていた側近龍種達の姿が見当たらない。
    (「きっと、作戦通り……先程のチームがうまく分断してくれたのでしょう」)
     苛烈を極めるファフニールの前ではそう推察するのが精一杯だったが、ならば後はこの竜の視界へ他班の姿を映さないよう立ち回るのみ。
     紅詩は竜が吐き出す劫火の息を掻い潜り、バイオレンスギターでファフニールの腹部を思い切り殴りつけた。
    「いいぜ。来な! 竜種の誇りがあるならアタシらをさっさと叩きに来い!」
     そう叫び、周がギターをかき鳴らす。
     創り出された音撃は相対する龍種の咆哮に勝る勢いで、ファフニールの巨体そのものを揺さぶった。
    「へえ、へー……ふぅん。一応同胞に対する仲間意識的なの、持ってたんだ」
     玲が赤銅色の鱗を蹴り上げると、エアシューズにはその摩擦で炎が燈る。
    「けれども、頭に血が上ってちょっと前に出すぎじゃない? あんまり前に出ちゃうと、引けなくなっちゃうよ? こっち的には良いけどさ」
     そうして繰り出した二撃目は炎獣たるファフニールの体表に刻印の如き傷をつけた。
    「元より引く気は無い。『引かせる』気もな。貴様達だけは何があろうと決して逃がさん。ここで……皆殺しにしてくれる!」
     ファフニールの体中、全ての傷口から紅蓮が迸る。
     憎悪と激怒に燃える太陽が……そこには在った。

    ●宿敵
     ファフニールの瞳に憎悪はある。怒りはある。
     ……だが、侮りの色だけはまるで無かった。
     嗚呼。血と、炎と、夕焼けと……。
     ――世界が、紅い。
     壊滅寸前まで追い詰められた灼滅者達はそれでも尚、立ち向かう。
     防御と回復に厚い陣形が悪かった訳では無い。むしろ、攻撃に編重していたならば、もっと早くに全滅していただろう。
     ただ……八人では彼の怒りを抑え込むに足りなかったか。
     しかし、それが何だというのだ。
     このまま黙って倒れる理由にはならぬ。
     久良達はゆっくり、立ち上がる。
     その様子を見たファフニールはひどく満足そうに……笑った。
    「良い。良いぞ。我が同胞を倒した者達が路傍の石であってはならん。名も無き匹夫であってはならん。竜を打倒したものは総て……勇者でなければならん!」
     ……灼滅者がダークネス相手に『そう』臨む様に。
    「灼滅者よ……せめて息絶えるその瞬間まで誇り高くあれ。さもなくば、散っていた同胞達も浮かばれまい」
     ファフニールは純粋に、全身全霊を賭して戦うべき『宿敵』として灼滅者達を見据えていた。
     ――久良の全身を浸す血液は、自分の物なのか、先ほどの龍種の物なのか、最早、判別がつかない。
     それでも平気な風を装って、久良はモーニング・グローリーを真っ赤に燃やす。
     命を懸けて。帰る場所を守るために。
    「絶対に、みんな無事に生きて帰るんだ!!」
     万感の思いを込めた久良の一撃はファフニールの頭部を歪めたが、それでも致命打には至らず、返しの爪撃を赤く染め……久良は倒れる。
    「ぐっ……何もして来ない相手なら! 私だって! 誰も、殺したり……したくないわよっ!」
     リュシールが残った力を振り絞り竜の巨体を持ち上げて、一息に投げ飛ばす。
     巨体が大地にぶち当たり周囲が大きく陥没するが、ファフニールは業火を吐き出しリュシールの身を焼いた。
    「貴様らには、凱歌に捧ぐ勝旗も、降伏を乞う白旗も掲げさせん」
     がしゃん、と、メカサシミがへしゃげ、消滅する。
     めげている暇はない。玲はファフニールが大穴から這い出てくるその瞬間を狙いすまし、高高度からのスターゲイザーで巨躯ごとさらに地面を抉るが、竜は先ほどの礼とばかりに、至近距離で玲に業火を浴びせた。
     このままファフニールの憎悪のはけ口として終わるつもりはない。
     白光の長剣と罪咎の剣。
     闇子とシャオの二人がファフニールの全身を切り刻むと、新たに開かれた竜の傷からは新たな炎が迸る。
     ……ダメージは、与えているはずだ。
     が、今ある戦力だけでは……押し切れないか。
     後は……。
    「いくら防御を固めようと無駄だ。それに、貴様らにこびり付いた死の香りは、貴様らを決して離さぬ……断罪の時だ」
     破砕の尾が前列に徹底的な損壊をもたらし、吹き飛ばされた闇子とシャオは瓦礫に埋もれ、意識を手放す。
     どれほど苦境に立たされようと、一歩も引くわけにはいかない。
     紅詩の背後には、武蔵坂学園には……愛しい人がいる。
    「……そうか。貴様……背にした学び舎には、護るべき者が居るのだな……案ずることは無い。すぐにその者も貴様と同じ所に送ってやろう!」
     紅詩の糸は竜の巨体を絡みつき、肉を、鱗を、何条にも裂く。
     だが、糸に囚われたまま竜が繰り出した大咆哮は、紅詩の意識を奪うに十分すぎる怨嗟が込められた呪歌だった。
    「同胞の復讐、か。キミのような奴は嫌いじゃないけれど、ボクにだって少しくらい、守りたいものはある……この命を座してくれてやるわけにはいかないよ」
     柩は指先に今あるだけの霊力を集める。
     誰一人として戦闘不能にさせない。それは叶わなかったが、まだ……己の意識を持って、やるべきことがある。
    「否。何一つとして守らせん。足掻かせぬ」
     ファフニールの業火を受けとめるだけの体力は既に、無い。
     だから最後の祭霊光を最後の一人に撃ち出し……。
     
     僅か数分で、七名の灼滅者は地に伏した。

    ●暁
    「陽もいずれ落ちよう。貴様らの死線も、ここで終わりだ」
    「……どうかな? まだ諦めちゃいないぜ……アタシらに手を出した悪竜はぶっ倒す……! 何せ、竜殺しはヒーローの役割だから……な……!」
     周が未だに立っていられるのは、柩のお陰だ。
     それでも……このまま倒れるのは必定か。
     剣ならぬ拳に炎を纏わせファフニールにぶつけたが、『チーム』としてはそれまでだった。
     金色の爪が周を貫き、もう、戦えない。

    「あの女も無駄な事をしたものだ。たった一分。たった一手の延命。それが一体何になる?」
    「なんにでもなるさ……ファフニール。あたしたちは敗けた……けど」
     竜の咆哮一つ無い『静寂』の中、ファフニールは今なお燃え盛る。
     しかし――憎悪で歪む陽炎の奥。
     その先に周が見たものは――。
    「『灼滅者(あたしたち)』の……勝ちだ!」
     十六人の、仲間達。
     僅か数分。
     だが。
     周達の稼いだこの時間、その価値は、値千金の財宝をも凌駕する。
     ヒーローは、一人じゃない。
     周は悪竜の背に迫る晦日乃・朔夜(死点撃ち・d01821)と一瞬視線を交わすと……小さく頷いた。
     陽は昇る。
     後はただ、絶奈達から託された『勝機』を彼女らに渡せばいい。
     そうして、周は微かに笑み……眠るように目を閉じた。

    作者:長谷部兼光 重傷:霞・闇子(小さき闇の竹の子・d33089) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年4月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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