――プラネタリウムで、惨劇を繰りひろげる六六六人衆がいる。
情報を得た莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)は、仲間とともに各地のプラネタリウムへ赴き、日々調査を重ねていた。
そして、今日。
宵闇が、茜色の空を覆うころ。
張りこんでいたプラネタリウムの最終上映へ向かう、ひとりの壮年男性に気づいた。
歳のころは三十代後半。
三つ揃えのスーツに中折れ帽をかぶり、使いこまれた手帳を手にしている。
そして、不健康そうにも見える、どこか憂いを帯びた顔つき。
(「あれは――!」)
入手済みの六六六人衆の情報と合致したことを確認した想々は、急ぎ、仲間たちを呼びに走る。
「追っていた六六六人衆が姿を現しました。今日最後の上映会で、事件を起こすつもりのようです」
プラネタリウムホールの座席は、300席。
ホールの真ん中には、大きく丸い機械――天体投影機が置かれている。
出入り口は後方にあり、東・西・南の全3か所。
今日は休日のため、18時からの上映はほぼ満席となる見込みだが、今すぐチケットを買い求めに行けば、8人くらいなら入場できそうだ。
しかし、現在時刻は17時50分。
上映開始まで、もう時間がない。
敵は、六六六人衆。
序列不明。
『天・遊星(あまね・ゆうせい)』という名の、壮齢男性である。
事件の際は必ず『手帳のようなもの』を携行していることがわかっているが、どういった戦い方をしてくるのか等、詳細はわからない。
「六六六人衆を相手にするにはあまりに情報不足で、状況は芳しくないかもしれません。ですが、ここで見過ごせばホール内の多数の一般人が犠牲になる可能性があります。どうか、ご協力をお願いします……!」
想々は深々と頭をさげ、仲間たちに協力を募った。
参加者 | |
---|---|
堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561) |
木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461) |
シルキー・ゲーンズボロ(白銀のエトワール・d09804) |
神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017) |
マナ・ルールー(ステラの謡巫女・d20938) |
莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600) |
赤城・扶桑(扶桑樹に見る胡蝶の夢は・d23635) |
クリミア・エリクシール(過去無き魔人・d23640) |
●
18時。
闇に沈んだプラネタリウムホール内に、『業』の気配が満ち満ちている。
数多の命を手にかけた者がはなつ、おぞましい罪の匂い。
「……ん」
(「六六六人衆……。しかも、上位ランクの感じ」)
灼滅できれば最高だけどねと胸中でつぶやくも、クリミア・エリクシール(過去無き魔人・d23640)の『DSKノーズ』で掴めたのはおおまかな方向だけ。
居場所の特定には至らず、ともに駆けこんだ仲間たちは、その情報だけを頼りにホール内に散っている。
入場直前に『プラチナチケット』で職員を装ったシルキー・ゲーンズボロ(白銀のエトワール・d09804)は、真っ先に非常警報器の位置を確認し、後方中央に位置する出口――南出口の前に陣取っていた。
(「出入り口のそばに、警報器がひとつ」)
すぐ横には解説員のスペースがあり、老男性が慣れた手つきで投影機を操作している。
穏やかな声音で語りはじめるのは、本日18時以降の空の様子について。
およそ300人の一般人たちは、なにも知らずただ天球を見あげ、憩いの時間を過ごしている。
そう遠くないうちに、この『日常』は終わる。
――彼らに、ふたたび『日常』がやってくるかどうか。
息を詰め、警報機のボタンを確認する。
シルキーの指先に、じわり、汗がにじむ。
(「どこや、どこや、どこや……!」)
堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)は星を映す会場内を、座席を探すフリをしながら歩きまわっていた。
投影が始まっているおかげで、場内はうすぼんやりとした光に満ちている。
とはいえ、通常よりも視界は悪い。
クリミアが目星をつけた範囲を中心に目を凝らすも、目視での確認はどうにも効率が悪かった。
年恰好の似ている一般人も皆無ではなく、そうこうしているうちに席を譲ろうかと一般人に話かけられ、「いえ、大丈夫です」とその場を後にする。
神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)も天の確認にまわっていたが、未だそれらしい人物を見つけることができない。
(「敵がどう出るか、不明瞭」)
予想外の事態を警戒しつつ、一般人に声を掛けられた朱那が、その場から離れていくのを視界の端にとらえた。
18時から数分過ぎ、いつまでも席に着かない客の姿は、一般人の眼にも違和をもって映りはじめている。
(「このままでは、六六六人衆の前にマナ達が悪目立ちしてしまいますの」)
これ以上の探索は逆に危険と感じ、別の位置からその様子を見ていたマナ・ルールー(ステラの謡巫女・d20938)が、ポケットに忍ばせていた携帯電話からシルキー宛てに合図を送った。
間をおかずに、
――ジリリリリリリリリリリリ!
けたたましい非常ベルが鳴り響き、場が騒然となる。
すぐさま、莫原・想々(幽遠おにごっこ・d23600)と『割り込みヴォイス』を使った朱那が、叫んだ。
「緊急事態です!」
「出口は後方、三か所にあります! すぐに避難を!」
呼びかける声を耳にするなり、一般人たちは率先して手近にあった出口へ向かいはじめた。
人の波に押し流されぬよう、赤城・扶桑(扶桑樹に見る胡蝶の夢は・d23635)は銀の髪を振り乱しながら、周囲を注視する。
(「敵……、ど、どこ……!」)
ふいに、場内が明るさをとり戻す。
係員か、仲間たちのだれかが電源を灯したのだろう。
思わず額に手をかざし、眼を細めて振り向いた瞬間。
西出口に押し寄せる一般人たちが、業火に呑まれ、爆ぜた。
●
――どちらが先に、『敵』の位置を特定したか。
その結果が、この場の明暗をわけた。
ホール内は悲鳴と混乱に満ち、足元にはひとの形を成していたものがいくつも炭化し、転がっている。
鼻をつく、むごたらしい匂い。
(「完璧というのは、難しいこと」)
犠牲者の死を思考の端に留め、柚羽は己の役目を全うすべく『殺界形成』を展開。
一般人たちを残る二方向の出口へ向かうよう殺気で遠ざけながらも、その足で六六六人衆を探しに走る。
「緊急事態です! こちらへ!」
『プラチナチケット』を使ったマナが、爆発を怖れホールの奥へ向かおうとする人々を必死に呼びとめ、
「出口へ急いで!」
「焦らないで! 必ず助かります!」
シルキーは敵の位置を気にしながらも、出口から遠ざかろうとする一般人たちを押しとどめ、『怪力無双』を使う想々と協力して強制的に外へ連れだしていった。
一方、逃げ惑う人々のなか。
手持ちの手帳に、何事かを書き留め立つ男がいる。
――こいつか。
「その手帳、オレ達だけに見せてくれないか」
木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461)は声をかけると同時に顕現させた妖の槍を手繰り、冷気を撃ちはなつ。
「これは、創作手帳です」
男は手帳にペンを走らせたまま、大縄でも飛ぶかのようにひょいと飛びあがり、回避。
間合いにいた一般人数名の首筋を、もののついでとでもいうように、一瞬でかき切っていく。
その横合いから迫ったのは、扶桑だ。
「天……発見、しました……!」
仲間たちに居場所をしらせるべく声を張りあげ、己の魂を削りうみだした冷炎を、解きはなつ。
「やあ、今日はずいぶんと賑やかですね」
ダークネスは椅子の背を足場に蹴りあがり、回避と同時に出口方向へと跳躍する。
「悪いねオジサン、あたしらに付き合ってもらうで!!」
駆けつけた朱那が同じく椅子の背を踏みしめ飛びあがると、炎を纏った脚で男を捉え、渾身の力で床へと叩きつける。
「こッチだ666……」
待ち構えていたクリミアが、即座にジェット噴射で落下地点へ。
長いコートをひるがえし、両腕を男の身体に押し付ける。
――ドン! ッドン!
超重量のバベルブレイカー『阿』は男の上着を引き裂くにとどまるも、『吽』はかわそうとする六六六人衆の胴を穿ち、ホールの北側――出口の反対側へとその身を吹き飛ばした。
「おっと」
流れ出る血をものともせず、六六六人衆は中空で体勢をたて直し、投影機の上に着地する。
だが、男は弾かれたように飛び退いた。
次の瞬間、柚羽のマテリアルロッドが投影機を打ち据える。
ぼん!と砕け散る機械越しに、漆黒の瞳が、逃げた天を睨めつける。
「遊星というより、『凶星』ですね。――不吉な星。長く輝いて欲しくない」
「詩人ですねえ、お嬢さん」
すれ違う間際にロッドを閃かせ追い撃ちをかけようとするも、男は繰りだされた攻撃全てを驚異的な判断力でさばき、逆に柚羽の身を打ち据えた。
走る男の先には、恐怖に動けなくなった一般人が数名。
「ケレーヴ!」
遠く主の声に応え、ウイングキャット『ケレーヴ』が男の攻撃の前に身を投げ出し、引き裂かれた。
出口付近で避難誘導にまわっていたマナが、スレイヤーカードを手に、走る。
天のもとまでは距離がある、けれど。
(「みんなみんな、マナが助けてみせますの!」)
「いっきますよう! ――マジかる・ショータイム!!」
ふわり揺れる戦闘装束に身を包むと同時に、顕現した空飛ぶ箒で、一直線にダークネスめがけ突進する。
ひとりめの首が裂ける。
ふたりめの首に手がかかるかどうかという瞬間、
「ッ!?」
マナが箒ごと体当たりを仕掛け、天を弾き飛ばした。
一般人から十分に距離をおいたことを確認すると、
「マナと一緒に、遊びましょ」
親指とひとさし指で銃を真似てみせるや、詠唱し終えた『魔法』を解きはなつ。
至近距離から撃ちこまれた矢が、男の胸を幾重にも貫いて。
その身がホール奥の壁へ叩き付けられたのを確認し、想々とシルキーは避難誘導を切りあげ、ともに駆けた。
「星見には素敵な宵」
「ええ。けれど星観は、静かな心で穏やかにするもの。其れを殺人の場にする不届き者は、成敗しましょう」
頷く想々の瞳が、瞬く間に、血紅に染まる。
「――星(いのち)は、これ以上ひとつも奪わせない」
●
いくつかの傷を負わせ、出入り口から遠ざけたとて、天・遊星(あまね・ゆうせい)の動きはさして鈍りもしなかった。
とはいえ、8人が揃って対峙している今、男にも余裕があるわけではない。
「紅い星は、アンタレスとベテルギウスだけでいい」
皆と一緒に、貴方の星だけ墜としてみせると、想々の聖剣が的確に急所を突けば、
「貴方は痛みを知るべきです」
鮮やかに咲くブーケを手に、間合いを詰めたシルキーが隠し持ったガンナイフを閃かせる。
男は手帳を持った手でぱん!とブーケ――もといナイフを払うと、続けて繰りだされた連撃をかわし、シルキーの腱を斬り裂いた。
「シルキー、さん……!」
駆けつけた扶桑が聖剣に刻まれた『祝福の言葉』を風に換えれば、散った花弁がともに舞いながら、傷を負った仲間たちを浄化していく。
――男に、隙を与えるわけにはいかない。
キィンは柄まで剥き出しの赤い西洋剣を繰りだしながら、こちらへ注意をひくべく、問いを重ねる。
「なぜプラネタリウムだ。何を視ている」
開場後しばらく、ことを起こすでなくホール内に潜んでいた男。
灼滅者たちに気づきながら、一般人の大量殺戮を行った男。
回避行動のついでとばかりに、手近にあるいのちを摘みとっていく男。
かといって、灼滅者たちの妨害を、さして嫌がるふうでもない。
「きみは好奇心旺盛で、なかなかよろしい。――愚問ばかりですがね」
眼を細め笑う様子は、はた目にはひとの良さそうな中年男性にしか見えない。
だが、8人の攻撃をさばきながら油断なく攻撃を仕掛けるさまは、明らかに『普通』ではなかった。
「私は、星を視ていました。なぜなら、此処はプラネタリウムで、私は天体が好きだからです」
剣を捨て、掴みかかろうとしたキィンの腕を捻りあげ、全体重を乗せ床に打ちつける。
天が身を起こそうとしたところへ、
「あたしも、空が大好きなんよ。だからここを汚す言うなら、容赦せぇへん!」
赤色標識を振りかぶった朱那が、叫びとともに豪快にダークネスを殴り倒す。
「あいたたた。これはいけません」
殴り飛ばされた際に落ちた帽子を拾いあげ、わざとらしい口ぶりで天が朱那の傍から飛び退く。
逃走するべく出入り口へ向かおうとするも、時計の針を模した漆黒の長剣を非物質化させ、柚羽が立ちはだかる。
「『いのちは星に還す』とか、そんな動機だったらご遠慮願いたいですね」
トッと床を蹴り迫る柚羽の間合いへ、天は臆することなく飛びこんだ。
霊魂と霊的防護だけを直接破壊する剣だ。
敵の肉体に、外傷は残らない。
なのに、
――ガシャン。
聞こえるはずのない音を聞きながら、柚羽は己の視界に飛散する『赤』を見ていた。
やさしげな天の瞳が、柚羽に迫る。
「ひとをころすのに、理由が要りますか?」
――六六六人衆は、息をするように命を狩る。
この男はまさしくその典型であり、その行為に理由など見出していないのだろう。
首を裂かれ、おびただしい量の血を流し倒れゆく仲間を前に、クリミアは吠えた。
「イかせナイよ……!」
高速回転させた杭を撃ちだし、渾身の力で突き刺した天の右腕をねじ切り、落とす。
「ああ、あのペンは気に入っていたんですが、ね!」
利き手が落ちようと、攻撃後の隙を見逃すダークネスではない。
返り血に濡れた革靴でクリミアを蹴り飛ばし、その胸に手帳を突きつける。
「どうぞ、倒れてくださ――」
次の瞬間、マナのウイングキャット『ケレーヴ』が横合いから飛びかかり、魔力の光線が天井へ逸れた。
もはや勝利は望めまい。
けれど出入り口の先には、避難した一般人たちがいるのだ。
少しでも痛手を負わせ、撤退するよう仕向けなければ、この六六六人衆は去り際にひとを狩りかねない。
「悪い子は、お仕置きですの!!」
両手に集中させたオーラを、マナは気合いとともに撃ちはなつ。
追尾する攻撃を避けきれず、天の身は無様に、投影機のそばに落ちた。
「マだ……ダ!」
なおも追いすがろうとするクリミアを、扶桑が引き留める。
「クリミアさん、だめ……です!」
もしも天の灼滅を狙うなら、一般人の命を天秤にかけてでも、天に先制を加える確実な手段を探らねばならなかったろう。
機を逃し、深手を負った者が多い今、これ以上の追撃は得策ではない。
「やれやれ、とんだプラネタリウム日和です。しかし――」
身を起こした天が、8人を見据え、嗤う。
「実に面白いものを見ることができました」
言い捨てるや、手近にあった東出口に身を躍らせ、あっという間に姿を消した。
●
戦闘後。
「痛いの飛んでいけ、……なんてね」
いたずらっぽく微笑むシルキーに続き、満身創痍の灼滅者たちはホール内に留まり、互いの傷を癒し、身を休めた。
「一緒に、プラネタリウムを楽しめたら良かったのに」
ぽつり呟く想々の肩を抱き、「そうね」とシルキーがやさしく頷き、
「でも……。みなさんがご無事で……良かった、です……」
扶桑が想々とクリミアの顔を覗きこみ、ほのかに微笑む。
頷き、しかし重い息を吐きだしたクリミアは、あらためて周囲を見渡した。
「ヒどイモのダ……」
整然と並んでいた椅子の多くはえぐれたようになぎ倒され、さきほどまで繰りひろげられていた戦闘の激しさを物語る。
「あのオジサン、星空観賞だけしててくれたらええンやけどなぁ」
迷惑そうに告げる朱那に、
「『理解できない』。お互いそう思ってるから、ぶつかるんです」
首に残る痛みを忌々しく感じながらも、柚羽が淡々と告げる。
「結構手ごわいお方でしたけど、マナたちだって負けていられませんの!」
幾度打ちひしがれ、打ちのめされようとも。
ここで立ち止まるわけには、いかないのだ。
灼滅者たちは痛む身体をおして、遺体をホールの端に並べていった。
初撃の西出口爆破によって損壊したものがもっとも多く、正確な数はわからない。
非常ベルが、敵に自分たちの存在を知らしめた。
それでも非常ベルを鳴らしたおかげで、一般人の避難が想定以上に早く進んだのもまた、事実だ。
眼前の光景を胸に刻み、一同は口を閉ざし、ただ祈った。
避難した一般人のだれかが呼んだのだろう。
遠く、パトカーや救急車のサイレンが聞こえはじめる。
やがてこの場にも、一般人が戻ってくるはずだ。
――いかなければ。
だれかの呟きを受け、少年少女たちがひとり、またひとりと歩きはじめる。
建物の裏口から出ると、頭上に正円の月が見えた。
天をあおぎ、キィンは黒の瞳に宙を映す。
まだ終わらない。
終わっては、いない。
(「オレは、捨てられないんだ。自分が触れたものの行く末を、全部」)
――道のない道でも、可能性を見出せるなら。
捻られた腕を押さえ、確かめるように拳を固めて。
涙のように流れおちる星を、見おくる。
星は喪われた。
ひとのいのちも、また。
そうして、闇はまだ彼らのそばに、身を潜めている。
作者:西東西 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年6月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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