あの素晴らしい日々をもう一度

    ●海岸で
     爽やかな初夏の海。とはいえ、海開きはもう少し先で、まだ人気は少ない。
     そこに4人の中高年男女がふらふらとやってきた。
     彼らは濡れるのも構わずに、足を濡らしながら海に入り、憑かれたような眼差しで一心不乱に祈り始める。
     女性のひとりは白髪を乱した、着物姿の老女。
    「サイレーン様、どうか私の美貌を取り戻してください!」
     今ひとりは、ケバケバしいブランドスーツを着ているが、所帯やつれが露わな中年女性。
    「私を捨てた夫を見返すために、どうかもう一度若さと美しさを!」
     男の方はというと、ステッキを突き、薄い白髪を無理矢理オールバックにした老人と、
    「また若い時のように、女を手玉にとりたいのです!」
     キザなソフトスーツとアクセサリーが痛々しい中年男性。
    「サイレーン様、どうかナンバーワンに返り咲かせてください!」
     4人は身勝手な願いを必死に祈り続けた。
     すると……。
     突然海がピンク色に光りだした。
    「……おお、サイレーン様!」
    「サイレーン様が、私の願いをお聞き届けくださった!」
     ピンク色の光を浴び、4人はみるみる若々しい美貌の淫魔に変貌していく……。

    ●武蔵坂学園
    「サイキック・リベレイターを使用した事で、大淫魔サイレーンの力が活性化しているのが確認されています。その影響の一つとして、一般人が海に呼び集められ、一斉に闇堕ちするという事件が発生します」
     春祭・典(大学生エクスブレイン・dn0058)は地図を開き、予知の現場を指し示した。
     今回集団闇堕ちするのは、若い頃に美貌により良い思いをしてきたが、年を経て容色が衰えるに従って没落した者たちである。
     容姿を利用して悪徳を重ねてきたので、没落は自業自得のはずなのだが、淫魔になることで全盛期を超える美貌を手に入れて、過去の栄光を取り戻そうとしているのだ。
    「すぐに出発してもらえれば、彼らが淫魔に堕ちる直前に到着できますが、攻撃を仕掛けようとすれば、防衛本能なのでしょう、すぐさま闇堕ちしてしまいます」
     つまり、闇堕ちする前に攻撃することはできないということだ。
     典は闇堕ち予定者の情報を説明した。

     着物の老女は黒多あけ美(くろだ・あけみ)という。
     和風の美貌を生かし、若い頃から東京に出て、水商売で多くの男を骨抜きにしてきた。金に汚く、金のためなら同僚や客も平気で裏切ってきた。
     そうして溜め込んだ金で彼女が持った店はいわゆる『ぼったくり』で、一時は大もうけしたが、容色の衰えと、当局の取り締まりの強化で倒産。
     今は田舎のスナックの雇われママでしかない。
     闇堕ちした時の武器は、着物の帯。

     ブランドスーツの中年女は、伊集院怜華(いじゅういん・れいか)。
     バブル景気の頃の、いわゆるディスコクイーン。ダンスとダイナマイトボティで大勢の男をたぶらかし、貢がせまくっていた。彼女への貢ぎとバブル崩壊が相まって、破産した男もいるとかいないとか。
     その後何とか結婚したが、贅沢癖が治まらず、浪費を理由に10年後離婚。子供も夫に取られ、容色が衰えた中年となっては再婚もままならず、現在一人暮らし。パートを掛け持ちして食いつないでいるが、贅沢癖は抜けきらず、借金まみれ。
     武器は羽根扇子。

     オールバックの老人は、佐藤馬次郎(さとう・まじろう)。
     元結婚詐欺師。映画俳優のような精悍な美貌で、長年真面目な女性たちをだまし、金を巻き上げてきた。その手口は、まずは貧乏だが真面目な青年を装って女性に近づき、信用を得て結婚話に持ち込む。それからおもむろに『前の女と手を切るために』『実家の親が病気で』『仕事のトラブルで』等々「結婚を妨げる深刻な障害を取り除くため」と謀りお金を出させるのだ。当然お金を出させたら、そのままドロン。
     現在は、昔の悪行がたたり、こそこそと隠遁生活を送っている。
     武器はステッキ。

     ソフトスーツの中年男は、大竹虎夫(おおたけ・とらお)。
     元ナンバーワン・ホスト。源氏名はTiger。若い頃はワイルドな美貌でナンバーワンを長く張っていた。常連の女性客たちにバンバン貢がせ、ドンペリラッパ飲みの夜もあったという。彼に貢ぎすぎて、風俗で働く羽目になった女性も多数。
     しかし美貌に驕り、話術や社交術を磨かぬまま中年となってしまったので、今となっては指名する客もおらず、主な仕事は店の掃除と、若手ホストのパシリという惨めさだ。
     武器はシャンパンの瓶。

     うあ~~、と灼滅者たちは4名のプロフィールを聞いて嫌そうな声を上げた。事件でなければ、できるだけ関わり合いになりたくない人々だ。
    「こういう人たちなんですが……時間は限られてますが、説得を行う事は一応可能です」
     攻撃したり、ESPをかけたりすると、即闇堕ちしてしまうが、海がピンクに光り出すまでに説得する事ができれば、闇堕ちを防ぐことができるかもしれない。
    「ですが、元々悪徳を積んだ人間ですし、衰えた美貌を全盛期以上にしてくれるという、サイレーンの呼び声に対抗する事は……まあ難しいでしょうね」
     説得の難易度は高いと思っておいた方がいいだろう。
    「しかし、こういう事件に出会うと」
     典は自分の頬に手を当てて、
    「美しさは、それだけで罪なのですから、天から美貌を賜ったものは、自らを律して生きていかねばならないと、改めて思いますよね……」
     しみじみと呟いて、灼滅者たちを呆れさせたのであった。


    参加者
    ヴィンツェンツ・アルファー(機能不全・d21004)
    アガーテ・ゼット(光合成・d26080)
    軽田・命(ノーカルタノーライフ・d33085)
    国永・喜久乃(とっても長い・d35814)

    ■リプレイ

    ●ベンチ
    『サイレーン様、どうか美貌を取り戻してください!』
     4人の中高年男女の一心不乱な祈りを、敢えて妨げるものがいる。
    「あのう、おじさまたち、お疲れのようですが……」
     おずおずと声をかけたのは、可愛らしい女子中学生……国永・喜久乃(とっても長い・d35814)であった。
     しかし中高年たちは見向きもせず、
    『サイレーン様、お願いします!』
     海に祈りを捧げ続ける。
     だが喜久乃も諦めない。
    「悩んでいるのでしたら、私に聞かせてもらえませんか? あちらで座ってお話でも」
    「うっさいわね小娘!」
     4人のうちの中年女性……伊集院であろう……が、彼女を振り向いてヒステリックに。
    「どこに座れっていうのよ!」
    「え? 浜にベンチがない? なら……私に座って! 私をベンチにしてぇっ!! ガボガボガボッ」
     突然喜久乃は波打ち際に四つん這いになった。波に濡れるのも構わず……ってか、おぼれそうである。
    「なんなのこの娘!?」
     彼女のヘンタ……もとい、献身的なベンチっぷりに、さすがに4人は唖然として、祈りを途切れさせた。
     そこにすかさず、
    「申し訳ありません、こんなところで!」
     チームメイトのヴィンツェンツ・アルファー(機能不全・d21004)アガーテ・ゼット(光合成・d26080)軽田・命(ノーカルタノーライフ・d33085)が現れて、
    「喜久乃君、ここじゃあ君ばかりでなく、座る方が濡れてしまうじゃないか」
    「そうよ、岸に上がりなさいな」
     3人はベンチになりきっている喜久乃を抱え上げ、砂浜の濡れないところに設置しなおした。
    「失礼しました!」
     濡れネズミの喜久乃は、いい笑顔を4人に向け、
    「さあお座りください! これでも一応4人がけなんですよ。あ、セーラー服の下は水着ですので、濡れても平気ですし!」
     勢いに押されたというか……あまりのベンチっぷりに呑まれたというか。4人の中高年男女は、つい喜久乃の背中にぎゅう詰めで並んで座ってしまった。

    ●説得
     まず命は4人の海への視線を遮る位置に立ち、語りはじめた。
    「あなた方の聞いたサイレーンの声……ぶっちゃけあれは、悪魔が使い捨ての家来を作るために仕掛けている罠なのです!」
     きっぱり断言した。
    「誘惑に身を任せていたら、皆さんは『自分自身』でなくなるところだったのですよ!」
    「なんでお前にそんなことがわかる!」
     かすれた声で言い返したのは佐藤であろうか。
    「それは、私たちもそういう体験をしているからなのです!」
     喜久乃が尻の下から言い返したが、
    「ほっといて、私はこんな醜い自分自身なんて、いらないのよ!」
     黒多も元は美しかったであろう顔をしわくちゃに歪め……そこに。
    「何をおっしゃいます」
     大竹顔負けのホスト風ファッションに身を包んだヴィンツェンツが、女性ふたりの足下に跪いた。若い分マシっちゃマシだが、光沢のある紫のスーツとか、海に合わないムスク系のコロンとかはやはりイタい。
    「貴女達が自分を失ってしまうなんて、とんでもない」
     ヴィンツェンツは真に迫った色目を2人の女性に注ぎ、
    「美しさって若さが全てじゃないでしょう。この世の華やかさも陰惨さもその身で味わい知り尽くした、貴女達のような女性こそが僕にとっては美しい」
     生活に疲れた、けれどネイルはケバい2つの手を取って。
    「元々、競争の激しい世界で栄華を極めた程の知略と天然の美貌の持ち主なのです。『貴女は貴女のまま』で、これからまだまだ何だって出来ますよ」
     2人の女性はうっとり……というよりはポカーンとしているし、男性2人も説得というよりは口説いているとしか見えない若造を呆れたように見ている……と、そこにおもむろに。
    「ふん、いくら綺麗でも若い男ってどうしても薄っぺらいわね」
     ヴィンツェンツに冷たい視線を投げながら登場したのはアガーテ。こちらはキャバ嬢風のセクシードレスと盛り髪だ。
     しかしヴィンツェンツもだが、2人とも少々イタい扮装が似合ってなくもないところが困ったモンで。
     ケバいアガーテは、おっさんたちにぐいぐい行く。
    「苦労や挫折を知らない男なんてつまらない。今の貴方達って、海千山千の酸いも甘いも噛み分けたちょっと危険で素敵な男に見えるわ」
     妖艶な笑みを2人に向け、
    「貴方達、これからが人生本番じゃないの? 捨てちゃうなんて勿体ない」
    「こ、小娘が生意気な……」
     大竹が吐き捨てたが、若者たちの色んな意味で体を張った説得に、4人とも多少なりともほだされているようだ。目が祈っていた時よりも、憑かれた色が薄れている。
     だが……。
    「……あ」
    「サイレーン様がお呼びだ……」
     4人はふらりと喜久乃の背中から立ち上がった。
     灼滅者には大淫魔の呼び声は聞こえないが、海が怪しくざわめきはじめたことは解る。その時が近いのかもしれない。
     中高年男女は、また憑かれたような目つきになって、せっかく上がった海へと近づいていってしまう……。

    ●かるた
    「ところで……っ!」
     4人の前に、大きく両手を広げて立ちふさがったのは命だった。
     そしてその手には。
    「かるたしたくありませんか!?」
     マジシャンよろしく扇のように広げたかるた札が!
    「かるたです『上州かるた』! これであなたも今日から群馬フリーク。老若男女、いつでもどこでも話題の中心間違い無しィィィ!!」
     一瞬引いた中高年男女であったが、何言ってんだこの田舎娘と冷たくかわして命を突破しようとした……のだが。
     ひとりだけ、かるたをじっと見つめ、立ち尽くす者がいた。
    「……このままサイレーン様に身を任せると『自分自身』じゃなくなるって言ってたわね。本当?」
     伊集院怜華が真剣な声で。
    「本当です」
     命も真剣な顔で頷き、
    「実は私もそのベン……国永さんも『自分』を失いかけたことがあるんです」
     まだベンチでいる喜久乃もぶんぶん首を縦に振った。
    「……子供のことも忘れちゃうのかしら」
     子供というのは、別れた夫に引き取られた実子のことだろう。
     伊集院は懐かしそうにかるたに触れた。
    「あの子はかるたが大好きだった……お正月過ぎてもやってたわ。もう成人してるのだけど、こんな母親失格の私にも時々メールをくれるいい子なのよ」
    「ステキなお子さんですね!」
    「そうなのよ! だから私はあの子の思い出だけは失いたくない……!」
    「お子さんへの愛情があるのでしたら」
     ヴィンツェンツがサッと伊集院の手を取った。
    「今すぐ逃げてください。貴女のために、そしてお子さんのために!」
     また迷いが生じないうちにと強引に手を引き、海から遠ざかる方向へと駆けだした。
     やった、少なくとも1人は大淫魔の罠から解き放つことができた……!
     ふう、と息を吐く灼滅者たちであったが、残る3人はふらふらと海に戻ろうとしている……と思いきや。
     大竹がぎりぎり波に洗われない位置で逡巡していた。
    「『自分自身』でなくなったら、俺が今、思い詰めてることも、忘れてしまうのか?」
    「忘れてしまうでしょうね」
     ベンチが答えた。
    「欲望のままに、またはサイレーンの命令のままに動くだけの存在になってしまうでしょう」
    「俺は、若返ってまたお客がつくようになったら、接客術を磨き直して、今度こそナンバーワンを保ってみせると考えていたんだ」
     大竹は充血した目で灼滅者たちの方を振り返った。
    「その思いも、忘れてしまうのか?」
     アガーテが大竹にしなだれかかった。
    「そんな思いがあるのなら、今からでも精進すればいい話よ。私みたいに、年齢を重ねた男の方が好みっていう女性は大勢いるわよ。貴方は導き支えてくれる人に出会えなかった、不運で孤独な大人にしかすぎないわ」
     動揺している大竹だが、腐ってもホスト、彼女の腰をきゅっと引き寄せて、大きく開いたドレスの胸元に、名刺を差し入れた。
    「それならあんた、俺の太客になって支えてくれるか?」
     そーゆーことじゃないんだけどー。と思いつつも、
    「考えておくわ」
     こんな扮装をしている以上、おっさんに絡まれるのは覚悟の上、スキンシップを利用してアガーテは大竹をさりげなく波打ち際から引きはがした。
     しかし、その時。

    ●桃色の海
     バベルの鎖がザワリとそそけ立った。
     4人のうち、年長の2人はまた腰まで海に浸かって祈りを捧げており、それに答え、海がほのかに桃色に輝き始めたのだ。
    「エスツェット!」
     伊集院を海から遠ざけたヴィンツェンツが、自分が戻るより早くビハインドを出現させ、大竹に光が当たらないよう遮らせた。
    「さあ、早く逃げて、今なら間に合うわ!」
     アガーテは大竹を押しやった。
    「店に来てくれよ!」
    「わかったから、早く行って!」
     大竹は彼女の方を振り返り、振り返りつつ、海を離れた。
     2人救えた! ……だが。
     海を照らすピンクの光は時と共に強くなる。
    「黒多さん、佐藤さん!」
    「戻ってきてくださーい!」
     灼滅者たちは光に包まれつつある老人たちの名を呼んだ……しかし。
    「……ウッ」
     カアッと光が炸裂するように輝き……視界が戻ったその時には。
    「おお、やったぞ、サイレーン様、感謝します!!」
    「これでまたがっぽり儲けてみせるわ!」
     年配者たちは、美しくも怪しい淫魔と化してしまっていた。
     2人とも確かに若い時の美貌を取り戻してはいた。しかし笑顔から覗く黒多の舌は蛇のように長く先が割れており、佐藤のオールバックからはアホ毛がぴんと跳ね上がり、ハート型を形作っている。
    「こうなったら……仕方ないわね」
     アガーテが気持ちを切り替え、スレイヤーカードを解除した。
     2人しか救えなかったのは残念だ。しかし元々難しい説得であったし、年輩者は年齢の分、業も深いのだろうし。ここは、2人も救えたと気分を切り替えて戦闘に専念しよう――!
     一方、生まれ変わったばかりの淫魔たちは元気いっぱいで、
    「ちょうどいい、このあふれる若さのエネルギーを、まずはお前らに思い知らせてくれる!」
     灼滅者たちが配置につく暇も与えず、最も彼らに近いところにいた命に向けて、佐藤はステッキを振り上げ、黒多は渋い格子柄の帯を放出した。
    「エスツェット、止めるよ!」
     しかしそこに、ヴィンツェンツ主従が割り込んで、2撃とも引き受けた。初撃を止めたタイミングを逃さず、アガーテは黒多に強酸性の液体を浴びせかけ、庇われた命も、
    「ありがとうございます!」
     盾役の陰から彗星のように矢を撃ち込み、その間に喜久乃が、盾となり踏ん張っている主従に風を吹かせる。
    「きゃあ、何すんのよ、お着物がッ!」
     酸性の液体を浴び矢を撃ち込まれた黒多がぎゃあぎゃあ騒ぎ立て、ステッキをアガーテに向けて振り上げていた佐藤の気合いが乱れた……そう見切ったヴィンツェンツは、癒しの風を感じながら踏み込んで、
    「こっちを向け!」
     佐藤をシールドで思いっきり殴りつけた。
     ヴィンツェンツを杖がかすめたが、ビハインドの追撃もあり、佐藤は海の中に尻餅をついた。
    「……お二人共、あんまり強くないですね」
     喜久乃がボソリと仲間うちにだけ聞こえる小声で囁き、皆も小さく頷いた。堕ち立てということもありイマイチ武器や能力を使いこなせていないようだし、元々が自己中な年寄り同士だからチームワークもへったくれもない。4人揃って堕ちていたら苦戦したかもしれないが、この2人ならば、予定通り後衛からの各個撃破で容易く倒せるだろう。
     ヴィンツェンツが佐藤を引きつけている間にと、アガーテは黒多に毒弾を、命は魔法弾を撃ち込んだ。
     元年寄り2名は、
    「きゃあまた破かれたっ、この紬、高かったのよ!」
    「着物くらいで騒ぐんじゃねえよ!」
     攻撃を受けつつも年甲斐もない様子で言い争ってる……マジ相性悪そう。
     だが。
    「歌は合わせろよ!」
    「あたしを誰だと思ってンの、昔はあたしとデュエットしたい客が列をなしたも……」
    「うるせえ、いくぞ!」
     2人が声を合わせて、スナックとかでよく歌われている類のデュエット曲を歌い出した。さすがに元人気ホステスと結婚詐欺師、上手い……と、その歌は、アガーテに向けられていて。
    「しっかりしてください!」
     ぽわんとし始めたアガーテに、喜久乃が素早くラビリンスアーマーを伸ばした。
    「ハッ、つい聞きほれてしまったわ」
     アガーテはぶるんと頭を振り、
    「オバサンの方から、とっととやってしまいましょう!」
     だめ押しのように酸性の液体を高級着物に大量にぶっかけた。
    「ぎゃあ何すんのよ、それにオバサンって何よ、こんなに若返ったのに!」
     喜久乃が肩をすくめ、
    「だって中身が年増のままですものね」
     命もこれ見よがしに頷くと、影を伸ばして喰らいこみながら。
    「それに、その程度では、私たちから見れば全然オバサンです」
     女子たちが散々黒多を挑発している隙に、ヴィンツェンツも佐藤をエスツェットに任せると、青空に緋色の十字架を出現させた。
     集中攻撃を受けた黒多はたまらず、ザブンと海に倒れ込んだ。すかさずアガーテの毒弾と、命の矢が撃ち込まれて……。
    「お……覚えておきなさい、世の中やっぱり金……よ」
     守銭奴らしい台詞を残し、黒多は海に溶けて消えた。ボロボロの高級紬の着物だけが、波間に浮いている。
    「く……くっそう!」
     残された佐藤はステッキをやみくもに振り回してつっこんできた。
     ガキン!
    「やたら振り回しても、当たりはしないよ」
     ヴィンツェンツがシールドでステッキを止めた。そこにアガーテがするりと足下に潜り込んで刃を立て、命がスーツの襟をがっちり取って、
    「たあーっ!」
     ざんぶりと海に投げ落とした。
    「ぐぐ……」
     悔しそうに立ち上がりかけたところに、勝負処と見た喜久乃が、すかさずご当地キックを見舞ってまた海に蹴倒す。
     体勢を立て直す暇を与えず、ヴィンツェンツが炎のキックで蹴り上げれば、アガーテが毒弾を、命が魔法弾を撃ち込む。
    「……お、俺のダンスを見せてやる……」
     それでもしぶとく立ち上がった佐藤は、波間でステップを踏もうとするが、
     バシャン。
     波に足を取られ倒れてしまう。
    「てえーいっ!」
     本当は4人共救いたかった……そんな思いをかみ殺して、喜久乃が飛びかかって背負い投げを決め、ヴィンツェンツはビハインドに援護させながらシールドで力一杯殴りつけた。
    「ゼット先輩、決めちゃってください!」
     命の影がずっぽりと食らいつき、
    「……ぎゃあああああ!」
     影の中、トラウマに襲われてもがく佐藤に、
    「私に裁く権利はないのだけれど」
     アガーテが悲しみを湛えた目で、利き腕の蒼い刃を勢いよく振り下ろした。
    「……ろ、老後資金まで巻き上げられるくらい、大金持ちの女をひっかけるべきだ……った」
     まだそんなことを言いながら、佐藤も海に還っていく。

     ふと顔をあげれば、先刻まで怪しいピンクの光は去り、爽快な初夏の海が広がっていた――。

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年5月24日
    難度:普通
    参加:4人
    結果:成功!
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