火狐

     京都のとある旧家……

    「ノウマクサマンダ バサラ ダン センダ マカロシャダ……」
     紫色の袈裟を着けた徳の高そうな僧侶が、祭壇の炎に護摩木を投げ込みながら、脇に控える2人の若い僧侶と声を合わせ、一心に真言を唱えている。その背後には、やつれた風情の中年の男女が手を合わせている。ふたりとも堅い表情で、女性の方は涙ぐんでいる。
     僧たちと護摩を挟んで対峙するように、1人の少女が座っている。彼女は白い着物を着け、神妙に手を合わせ目を閉じていた。
     護摩の炎と彼女の間には、太い木組みの格子がある―――時代錯誤なことに座敷牢だ。少女は座敷牢に閉じこめられているのだ。
    「臨兵闘者皆陣列在前!」
     僧侶が気合い一閃、九字を少女に向けて放った。
     少女はびくりと体を震わせた。その様子を、中年男女は腰を浮かせ期待をこめた目で見つめる。
     ……が。
     少女の体に、ざわりと金色の毛が生えた。人間の体毛ではない。獣の毛だ。
    「……うっ、あかんかっ」
     僧侶が呻く。
     続いて艶やかな黒髪の間から、大きな耳がピンと立ち上がる。
    「……そないなもの、効かへんわ!」
     少女が嘲笑うかのように叫ぶ。ばさり、と大きいふさふさとした尾が座敷牢の畳を打った時には、少女の鼻と口は細く尖り前に突き出ていた。
    「葉奈子ぉ!」
     中年男女は悲壮な声で少女の名前を呼び、僧侶たちは悲鳴を上げる。
     それを打ち消すかのように、炎のような毛並みの獣に変化した少女は、一声高く鳴いた。
    「彼女……葉奈子さんのお宅は、京都の旧家で」
     五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は灼熱者たちを前に、悲しそうに語る。
    「代々、狐憑きの血筋と言われてきたのです」
     でも憑き物って今時、心の病気で説明できるって言われてるじゃん?  と灼熱者のひとりが疑問を挟む。
    「そうですね、大方精神の病で説明できるようですが、葉奈子さんのお宅は代々憑き物症状が出てしまう女性が多かったのだそうです」
     遺伝なの? と他の灼滅者が問う。
    「遺伝は基本的にそれほどの影響は無いはずなのです。しかし、古くからの憑き物筋ということで、村八分にされたり、反面崇められたりと、環境面でのストレスが大きな要因だったのではないでしょうか」
     そういうことはあるかもしれない、と、灼滅者たちは痛ましそうに頷く。
    「葉奈子さんも、自分の血筋に狐憑きが多いということで、自分もそうなってしまうのではないかと、幼い頃から不安を抱えていました。その不安が高まり、闇落ちに傾いてしまったようです。そしてイフリートになりつつある……」
     祈祷とかお祓いとかは結局効かなかったの? とまた他の灼滅者が訊く。
    「心が原因の狐憑きならば、多少は精神安定剤的な効果があるのかもしれませんが、ダークネスが原因ではそういうものは効きません。全く別物ですから。ご両親はお坊さんだけでなく、神主さんや、カトリックの神父さんまで呼んだようですが、もちろん一向に効果はありませんでした。怪しげな新興宗教に依頼することも考えているようです」
     姫子は気を取り直すように前を向き。
    「葉奈子さんはまだ完全にダークネスに支配されているわけではありません。変化するのは夜だけに限られています。また、ご先祖がやはり狐憑きになってしまった娘のために造った、広大なお屋敷の奥深くの、頑丈な蔵の座敷牢に閉じこめられているために、事件らしい事件も起こしていません。とはいえ」
     そして灼熱者たちを見回し。
    「サイキックは、ファイアブラッドとほぼ同じ力を持っていると思われます。説得で力を弱めることができればいいのですが。また、閉じこめられている蔵の座敷牢までたどり着くには、忍び込むか、ご両親を説得する、もしくは騙して入り込むなどの作戦が必要でしょう」
     悲しい……とても悲しい闇落ちだ。
     姫子は涙目で訴える。
    「葉奈子さんは闇落ちのせいで、せっかく入った高校にも通えず、春から自宅に軟禁されたままなのです。どうか、彼女が完全なダークネスになってしまう前に、彼女に言葉が届くうちに、皆さんの力で救ってあげてください!」


    参加者
    茅薙・優衣(宵闇の鬼姫・d01930)
    那賀・津比呂(キャラ崩壊がデフォ・d02278)
    日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)
    武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)
    黒崎・秀一(蒼空の守護者・d05397)
    鎮杜・玖耀(高校生神薙使い・d06759)
    明石・大輝(熱き血潮の自由人・d08809)
    如月・春香(クラッキングレッドムーン・d09535)

    ■リプレイ

    ●母屋にて
    「葉奈子さんの狐憑きが、ご先祖から受け継がれてきたものとは違うことは、お父様とお母様も、もうお判りになられていると思います」
     鎮杜・玖耀(高校生神薙使い・d06759)は、広い座敷の正面に座る葉奈子の両親に、静かに語りかける。制服を着ていても“若旦那”と呼ばれる落ち着いたたたずまいは変わらず、娘を心配する親たちに信頼感を与えている。
    「様々な宗派のお祓いをお受けになられても、駄目だったのでしょう?」
    「なっ、なぜそれを?」
     家族と祈祷師本人しか知らないことを指摘され、驚いた父親が腰を浮かす。
    「先程から申し上げておりますように、私たちの学校……武蔵坂学園には、我々のような闇を祓う特殊能力を持った者だけでなく、闇の存在を予見する能力を持った者もおります。その者が葉奈子さんが苦しんでいられることも察知したのです」
     父親は当惑した表情で。
    「そうどすか。せやけど、闇を祓わはる能力言わらはりましても、ピンときまへんで……」
    「少しだけ、お見せするっす!」
     明石・大輝(熱き血潮の自由人・d08809)が、ずいと前に出、人差し指に巻いていた絆創膏を剥がした。
    「治りがけなんで、ちっとしか出ねっスけど」
     指先には、2,3日前の訓練中に作った小さな切り傷。そこに精神を集中する……と、ポッ、と青い火が灯った。
    「マジックじゃ無いッスよ! オレはこう見えても火を操れるんっす。葉奈子さんも狐になってる時、火を使いませんか?」
    「え、ええ……部屋があちこち焦げておりまして……」
    「同じ種類の能力なんスよ」
     驚いて火に見入る両親の前に、今度は如月・春香(クラッキングレッドムーン・d09535)が進み出る。
    「憑依の例としては、こちらが判りやすいかもしれません……千秋」
     春香が虚空を見上げて呼ぶと、どこからともなく青白く光るビハインドが現れた。
    「おお……」
     その幽霊然とした姿に、両親は驚き身を寄せ合う。
    「ご心配なく。この千秋は霊的な存在ではありますが、いわば飼い慣らした憑き物で、私の大事なパートナーです。葉奈子さんも我が学園で訓練を受ければ、このように憑き物を制御できるようになります」
     下がっていいわ、憑き物よばわりしてごめんなさいね、と春香が囁くと千秋はわずかに頷いて消えた。
     ほう……と両親は息を吐く。
    「そないどすか、皆さんは、そういう……」
    「信じていただけましたでしょうか」
     玖耀が穏やかに微笑む。
     父親はこっくりと頷く。
    「皆さんを信じるしかないようです。私らは、どうにかあの娘を学校に行けるようにしてやりたい、それだけですよって……」
     父親は立ち上がった。
    「どうぞ、葉奈子に会ってやっておくれやす。もうじき、変化の時間ですよって」

    ●座敷牢
     蔵そのものにも大きな鍵がかけてあったが、座敷牢の木格子にも、頑丈な錠前が下りていた。その中は10畳ほどの簡素な和室になっており、白い着物を着た長い黒髪の、日本人形のような少女が座っていた。手を合わせ瞑想していたらしい少女は、どやどやと蔵に入り込んできた灼滅者たちを見て、首を傾げた。
     茅薙・優衣(宵闇の鬼姫・d01930)が牢の錠前に触れて。
    「外してくださいます?」
    「よろしいんどすか? もうじき変化の時間になりますが」
     父親は怯む。
    「葉奈子さんの近くでお話したいですわ」
     他のメンバーも頷き、父親は不安そうにしながらも錠前を外した。
    「はじめまして、葉奈子さん、出てきてお話しない?」
     日野森・沙希(劫火の巫女・d03306)が座敷牢の中を覗き込む。
     しかし葉奈子は首を振り。
    「もうじき変化の時間ですよって、うちに近寄らんといてください。錠前も戻しておくれやす」
     細い声で言った。
    「じゃあ、オレたちが入っちゃおーかなー! ちーす! ひとりっきりで牢に居んのも飽きたろ?」
     那賀・津比呂(キャラ崩壊がデフォ・d02278)が小さな戸をくぐり、座敷牢の中に入った。他の灼滅者たちも続き、葉奈子を囲むように腰を下ろした。
     牢を見回すと、確かに畳や木格子や家具、天井までも、あちらこちら黒く焦げ跡がついている。火狐が暴れた……もしくは、葉奈子と火狐が内なる戦いを繰り広げた跡だ。
    「こんばんは、葉奈子君。私たちは武蔵坂学園から来た灼滅者。君の狐を落としにきたのさ」
     黒崎・秀一(蒼空の守護者・d05397)がいきなり切り出した。
    「実の所、君のソレは狐憑きとは少々違う」
     秀一の物言いに少しめんくらっていた葉奈子だったが、こっくりと頷いた。
    「それは薄々感じてました。家に残る古文書や、言い伝えとは大分違いますよって……」
    「そう、君に憑いているのは、ダークネスという闇の力なんだ。だから祓うためには特別の努力がいるし、苦しみも味わってもらわなきゃならない。しかし、上手く祓って訓練を積めば闇と戦っていく力ともなる……さて、まずダークネスについて説明しようか」
     秀一はダークネスと武蔵坂学園について丁寧に説明した。話をきいているうちに、青白かった葉奈子の頬に、赤みが差してくる。
    「……ちゃんとお祓いしたら、皆さんの学校に、うちも行けるんどすか?」
    「行けますよ」
     武神・勇也(ストームヴァンガード・d04222)が頷いて言う。
    「実は俺も、あなたと同じように一時獣に憑かれて、山を荒らしたり人を襲ったりしてました。それを救われて、学園に拾われ、こうして闇祓いの仕事までできるようになったんですよ」
    「ほんまですか……?」
     春香が薄く微笑む。
    「確かにあなたの持った力は珍しいもの……だけど、武蔵坂学園に通えば分かるわ。自分が珍しい特技を持っただけの普通の学生だってことが」
     諦めたように曇っていた葉奈子の瞳に光が宿る。
    「皆さんの学園に行きたいです! うち、どうしたらええんですか? 何をしたら……あっ……ううっ……」
     葉奈子が突然畳に突っ伏した。
    「葉奈子さん!」
    「葉奈子!」
     灼熱者たちも、牢の外で心配そうに見守っていた両親も、彼女の名を呼んだ。が、葉奈子はうずくまったまま苦しげに呻く。
    「……いや、いやや、もう狐にはなりとうない……!」
     ピンと黒髪から大きな耳が立ち上がった。体が大きくなり、全身から金色の毛がもやもやと生えてくる。変化が始まったのだ。

    ●戦闘
    「ご両親を避難させます」
     玖耀がさっと立ち上がり、両親を避難させた。両親は親心から当然渋ったが、お祓いには危険が伴うと言い聞かせ、なんとか出ていかせた。
     灼滅者たちはスレイヤーカードを解除し、変化する葉奈子を見守りながら、打合せ通りの位置に着いた。
     金色の毛並みを燃え立たせ立ち上がった葉奈子――火狐は、嘲笑うように、
    「……オバエラゴドギニハラアレルガァ!」
     と、獣じみた声で、それでも人語で吠えた。
     勇也が最前衛で無敵斬艦刀を構えつつ、火狐を見上げて。
    「人語……まだ獣になりきってはいない。説得を続けるんだ、葉奈子さんには聞こえているはずだ!」
     津比呂が優衣にソーサルガーターをかけながら。
    「ったりめーだっ、オレは葉奈子ちゃんと一緒に学校行けるようになるまで、諦める気なんてねーよっ」
    「おうよっ、辛そうな女の子は笑顔にしてあげなくっちゃね! これだけは譲れないっす! 灼滅者以前に男として! オレはヒーロー! どんな不条理もぶっ飛ばして、ハッピーエンドにしてやるっす!」
     大輝も、口調はチャラいが真剣な表情でそう言い、戦神降臨を発動した。
     しかし狐はカッと口を開け、激しい炎を吐き出した。炎は前衛の4人をなぎ払う。
    「わあっ」
    「きゃあっ」
     優衣が服や髪を焦がしながらも立ち上がり。
    「ち、葉奈子さんの意識が残ってる分、少しは抑えられてるはずだけど、大した力だよ……でも、簡単に闇堕ちなんてさせないよ、縛れっ縛霊撃!!」
     縛霊手を叩き込んだ。殴られた狐は軽くのけぞっただけだったが、もがくように頭を振り立てる。捕縛がかかったらしい。
    「葉奈子さん、もう貴方はひとりではありません。私達と一緒に闇に打ち勝ちましょう!」
     玖耀が語りかけながら、バスターライフルを撃ち込む。
     その隙に春香と秀一が、ダメージを大きく受けたと思われる沙希と大輝にジャッジメントレイをかける。
    「鬼神降臨!」
     回復した沙希が右腕を変化させ、
    「見て、これがわたしの醜い本当の姿……でもね皆の助けがあればこんなわたしだって平和に暮らせるんだ。あなただって!」
     その腕を火狐に見せつけつつ、鬼神変をくらわせる。狐がよろめいたところに、大輝が斬艦刀を振り回して斬り込んでいく。斬りつけた後ろ足から血がしぶき、狐はその足をがくりと折った。
     怒りにかられた狐は巨大な尾を振り回した。尾は炎と化し、前に出ていた沙希と大輝を襲う。
    「させるかあっ!」
     勇也がふたりと狐の間に入り、無敵斬艦刀で尾を受け止める。勇也は炎に歯を食いしばりながら、
    「あなたは狐なんかじゃない、葉奈子という名の1人の人間だろ! 名前というのは強力な言魂だ、自分の名を思い出すんだ!」
     尾をザックリと斬りつけた。
     グワァァアアアア、と狐の苦しみと怒りの声が、蔵に響き渡る。狐は大きく口を開け、灼滅者たちに向け怒りの炎を吐き出そうとした……その時。

    「――もうやめて、うちは学校に行きたいんや!」

     少女の声が……聞き間違いでなければ、狐の口から。
    「葉奈子さん……?」
     灼滅者たちは狐を見上げた。狐は口を開けたまま、凍り付いたように動きを止めている。
    「今のうちだ! 葉奈子君が止めてくれてるうちに、カタをつけるんだ!!」
     秀一が叫び、灼滅者たちは一気に攻勢に出た。
     葉奈子が狐の動きを止められたのはほんの数秒のことだったが、
    「みんな大丈夫か、ワイドガードだぜ!」
    「勇也さんにはレーヴァテインを」
     その間に津比呂と春香が前衛に回復を行い、攻撃の体勢を整えた。
     まずは優衣が除霊結界、玖耀が雲耀剣で、更なる攻撃封じを狙う。沙希が振り上げた前足をかいくぐり、サイキック斬りを見舞う。
    「葉奈子さん、苦しいだろうけど、もう少しの我慢よ!」
     狐は血をしたたらせながら、ふたたび尾を振り上げたが、春香のビハインド千秋が受け止めた。
     攻撃封じと葉奈子の強い意思のおかげで、狐の攻撃力は明らかに落ちている。
    「力は心で抑えるんだ! ご両親のことを思い出せ!!」
     優衣が叫ぶ。
     秀一がジャッジメントレイを今度は攻撃として撃ち込んだ。光は狐の左目を貫いた。
     「オレらで、とどめっッスかね!」
     大輝と勇也が目を見交わし、もがき暴れる狐に接近し、同時にレーヴァテインをたたき込んだ。
     ギャァァァアアア……
     断末魔の雄叫びと共に、狐は白く燃え上がった。
     炎のすさまじい勢いに、灼滅者たちは後ずさりし、牢の木格子に背中をつける。
    「葉奈子さん……」
     葉奈子の帰還を信じ、息を呑み、炎を見つめる……

    ●戦闘後
     不思議なことに、狐を燃やし尽くした炎は、牢座敷に燃え移ることはなかった。
     そしてもちろん葉奈子も。
     葉奈子は着物や髪を焦がし、軽い傷をあちこちに負っており、顔色も悪かったが、すぐに目を覚まし、涙ぐみながら、
    「おおきに……」
     と頭を下げた。
    「なんや、子供の頃から胸の内に抱えてた、黒くて重たいモンが、消えて無くなった気がします」
    「良かったなあ、元気になったら、絶対一緒に学校行こうぜ!」
     津比呂がちゃっかり葉奈子の手を握って言った。
    「葉奈子ちゃん、よく頑張ったね。学校に来れるようになったら、お友達になってね?」
     もう片方の手は沙希が握りしめている。
    「ご両親が待ってるんじゃないか? 早く行ってやったらどうだ」
     秀一がクールに、けれどどことなく感慨深そうに言った。クールな彼でも今回の依頼には感じるものがあったらしい。
    「そうね、早く元気な顔を見せてあげましょう」
     春香が葉奈子を助け起こす。
     灼滅者たちも葉奈子を囲みながら蔵を出る。蔵の外では、両親がじりじりして娘の帰還を待っていることだろう。
     ふらつきながらも、自分の足でしっかりと歩く葉奈子に、大輝が。
    「葉奈子ちゃん、ウチの学園に旅立つ時には、ご両親に、いってきます、って元気に言うんっすよ?」
     葉奈子は微笑みながら灼滅者たちを見回し、深く頷いた。

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 8/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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