青と、薔薇と、きみと。

    作者:西東西


     青空を背負って、先輩はいつもたたずんでいた。
     授業のある時も、ない時も。
     窓枠に身を預けて、よれよれの白衣に両手を突っこんで。
     持ちこんだシガレットチョコをくわえて。
    「渡部クン。きみもボイコットかね?」
     と、曇った眼鏡の奥から問いかける。
     理系の高校だったせいか、美術部員は先輩と僕の2人だけだった。
     僕は静物画のスケッチをするフリをして、良く絵筆をにぎる先輩の横顔を盗み見ていた。
     先輩は決して美人ではなかった。
     いつでも顔のどこかに絵の具をつけていた。
     しかもおっちょこちょいで、たびたび筆洗い用のバケツをひっくり返しては、美術室の雑巾がけをしていた。
     でも僕は、そんな先輩が、気に入っていた。
     いつだったか、一緒に先輩の絵を見ていたときに、話したことがある。
     印象的な、青い絵。
    「誰でしたっけ。有名な、画家にいますよね。こういう絵を描くひと」
    「『青の時代』だろ? コレ、あたしの一番好きな色なんだ」
     ――いつも、先輩が背負っている色ですね。
     その言葉をのみこんだことを、僕はのちのち、後悔することになる。

    「渡部。もっと連れておいで」
     「こんなんじゃ全然足りない」そう言い放つ先輩の白衣は、紅黒く染まっている。
     足元には、僕が連れてきた知らない誰かが、首から血を流して倒れている。
    「ほら、はやく」
     先輩に追いたてられ、僕は美術室を出る。
     夕景に染まる校舎。
     『ばら色の時代』というには、あまりにも鮮烈な赤。
     ――僕は、『青』の方が好きだった。
     だけど、行かなければ。
     美術室はいつだって、僕と彼女のものだった。
     これからも、ずっと。
     この先も、ずっと。
     『そう』であるために。
     

    「ひとりの少年が闇に堕ち、ダークネスになろうとしている」
     一夜崎・一夜(高校生エクスブレイン・dn0023)の言葉に、集まった灼滅者たちが表情を引きしめる。
     一夜は一枚の写真を取りだし、皆に掲げ見せる。
     写っているのはどこにでもいそうな、そしてどこかやる気のなさそうな少年の姿だ。
    「名を渡部・アトリ(わたべ・あとり)という。理系の高校に通う2年生で、主となる上級生の闇堕ちと同時に、『ヴァンパイア』として覚醒した」
     上級生とアトリは、美術部員同士という繋がりしかなかった。
     だがおそらく、上級生はアトリになんらかの絆を見出し、彼を道連れにしたのだ。
    「彼は変貌した上級生に違和感を抱きつつも、彼女の命令を受け、ダークネスとしての力をふるいはじめている」
     すでに学校の生徒が何人か犠牲となり、主の贄となってしまった。
     このまま見過ごせば、アトリも遠からずダークネスと成り果ててしまうだろう。
    「渡部アトリは主の命令を受け、獲物を求めて放課後の学校をさまよっている。きみたちは彼が一般人の生徒を見定める前に声をかけ、別の場所へ連れて行く必要がある」
     連れ出す場所は説得や戦闘を見越して、体育館の裏や、ゴミ捨て場の側など、ひと目につかない場所が良いだろう。
     なお、闇堕ちしかけている一般人を救うためには、必ず一度KOする必要がある。
     『なりかけ』とはいえ、ヴァンパイアの端くれだ。
     すでに高い戦闘力を有しているので、全員が全力でかかる心積もりでいることが望ましい。
     また、うまく説得できれば、アトリの戦闘力を下げられる可能性もある。
    「変貌前の上級生の面影を求めている今なら、まだ止めることができるかもしれない。できる限り彼を説得し、我々の同胞として迎えたい。……しかしそれが無理ならば、彼を灼滅し、闇の支配から解き放って欲しい」
     一夜は去り行く灼滅者たちを見つめ、告げる。
    「皆がそろって帰還するのを、待っている」
     エクスブレインの少年はそうして、静かに頭をさげた。


    参加者
    山科・深尋(落日の虚像・d00033)
    葛葉・螢(NobleBlood・d00422)
    神宮寺・琴音(金の閃姫・d02084)
    クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)
    アルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)
    雨柳・水緒(ムーンレスリッパー・d06633)
    蓬莱・烏衣(スワロウテイル・d07027)
    回道・暦(中学生ダンピール・d08038)

    ■リプレイ

    ●ばら色世界
     世界が赤く染まる時分。
     灼滅者たちはエクスブレインの指示に従い、事件の起こる学校へ向かって歩いていた。
    「たしか、親友の自殺にショックを受けた画家が、『青』を下地とした暗青色で描いた作品群。それらを総称して、『青の時代』と呼ぶんでしたっけね」
     回道・暦(中学生ダンピール・d08038)が、有名なある画家のエピソードについてつぶやく。
     やがてその画家が恋人を得、明るい色調で描くようになった作品群につけられた名が、『ばら色の時代』だ。
    「よほど『青』のイメージが鮮烈だったのだろうな。闇堕ちした上級生に対して、違和感を抱いているというのが、幸いといえば、幸いか」
     葛葉・螢(NobleBlood・d00422)が、皮肉なものだと小さく笑う。
    (「――『青』。みどもの背負う色でもあるか」)
     クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)は胸中でつぶやき、己の手を握りしめる。
    「ひさかたぶりのヴァンパイア戦、妾がどれだけ強くなったか試させてもらうのじゃ!」
     よほど戦闘が楽しみであるらしい。
     アルカンシェル・デッドエンド(ドレッドレッド・d05957)は、アトリとの接触を前に輝かんばかりの笑顔を浮かべ、その足どりも弾むようだ。
    「ま、肝心の主は相手にできそうもねぇけどな」
     蓬莱・烏衣(スワロウテイル・d07027)の言葉に、「わかっておる」とアルカンシェルが口をとがらせる。
     エクスブレインの予測ではアトリとの戦闘で主に気づかれてしまうため、どうあっても逃走されるということだった。
    「せめて、アトリは助けてやりてぇよな」
    「先輩を慕っていたにせよ、このままダークネスにさせるわけにはいきません」
     雨柳・水緒(ムーンレスリッパー・d06633)も静かにつぶやき、眼前に見えてきた高校を見据え、眼鏡の位置を整えた。
    「まったく……。最近、こういう事件多すぎだろ」
     山科・深尋(落日の虚像・d00033)がこれまでに読んだ報告書を思いかえし、嘆息する。
     いくら上級生が気に入っていたとはいえ、言われるまま行動するなど情けないと嘆き、「しっかり教育してやらないと」と、つけ加える。
    「同意見です」
     そばを歩いていた神宮寺・琴音(金の閃姫・d02084)も、深々と頷く。
    「渡部さんは意をもった日本男児らしく、精神的に強くあるべきです」
     少女が願うアトリの姿は、信念を貫き、果敢に敵にたち向かう孤高の侍として脳裏に描かれていた。
     琴音は時代劇好きなのだ。
     その胸に抱く理由はどうあれ――、
    「渡部の手を、血で汚さぬように」
     クラリーベルの声に一同は改めて決意を固めると、人目を避け、裏口から高校内へと潜入した。

    ●青の想い
     誘導役のアルカンシェル、クラリーベル、水緒、琴音の4人が校舎内へ入り、アトリの姿を探す。
     他の者は先に体育館裏へ行き、待機する手はずだ。
     すぐに出会えなければ手分けして探すことも考えたが、当のアトリはあっけなく見つかった。
     彼は校庭を見渡せる一階の廊下に立ち、部活動に励む運動部員たちを値踏みするように見つめていたのだ。
     クラリーベルが進みでて、声をかける。
    「そなた、少し良いだろうか」
     アトリが振りかえり、見かけない制服の4人を見て、いぶかしげな表情を向ける。
    「みども達は、今度この学校に転校してくる者だ」
    「下見に来たのですが、案内をお願いしても良いですか?」
    「ちなみに、妾は姉上の付き添いじゃ!」
     クラリーベルの腕にしがみつくようにして、アルカンシェルは言い放った。
     身長が低いので学年を疑われる前にと、用心してのことだ。
     かたわらに立つ琴音も、彼女らの姉妹か友達ととったのだろう。
    「……今の時期に転校って、珍しいね。2人も」
     アトリは不思議そうに答えたものの、4人を疑ったわけではないようだ。
    「良いよ。どこ行くの」
     と、立ちあがる。
    「世話をかけてすまぬが、よろしく頼む」
    「お名前を聞いても良いですか?」
     クラリーベルが礼を述べ、琴音が念のため、名を問うた。
    「渡部。渡部、アトリ」
     微笑を浮かべ、アトリが答える。
     間違いない。
     4人が、頷きあう。
     そうとわかれば、美術室へ案内される前に先手を打たなければならない。
    「姉上、アトリ! こっちじゃ!」
     アルカンシェルが声をあげ、クラリーベルの手を引いて適当な方向へ歩いていく。
     一同はあたりをひと巡りし、それとなくアトリを体育館裏へ誘導していった。

     体育館裏に至った際、そこで見知らぬ4人の人間が待機しているのを見て、アトリは立ち止まった。
     好きなだけ歩かせて美術室へ連れて行こうと思っていたが、どうもそうは行きそうにないらしい。
    「人目につかないところで待ち伏せ、とか。漫画みたいだな」
     薄ら笑いを浮かべ「なにか、用?」と、灼滅者たちに視線を投げかける。
     クラリーベルが進み出て、告げた。
     まずは説得を試み、できる限り戦力を削いでおきたい。
    「みども達は、渡部の先輩が変わってしまった事をうけて、ここに来たのだ」
    「へえ。先輩の……」
     アトリが口ごもる。
     次の瞬間、その身を真っ赤なオーラが包みこんだ。
     手刀にオーラをまとわせ、クラリーベルへ一撃を繰りだす。
     同じルーツを持つ灼滅者たちは、すぐにそれが紅蓮斬と気づく。
     話を聞く意志はない、ということらしい。
    「渡部、おまえ――!」
     いちはやく深尋が踏みこみ、スレイヤーカードの封印を解放。
     鋼糸を放った。
    「――自分がやってる事の意味、分かってるんだろうな!」
     アトリの手と、深尋の糸が、交差するようにお互いの身を引き裂き、血が流れる。
    「ショーダウン!」
     続いてカードを解放したアルカンシェルの足元から影がはしり、ひと息でアトリの姿を飲みこんだ。
     囲まれこそすれ、相手は人間。
     まさか反撃を受けるとは考えていなかったアトリは、なすすべもなく影にのまれた。
     彼にしか見ることのできない『トラウマ』を睨みながら、驚愕と混乱を抱いた表情で、叫ぶ。
    「……おまえら、先輩を殺しにきたのか!」
     クラリーベルが今一度、進みでる。
    「そうではない。みども達は、渡部を闇から救いに来たのだ!」
     愛用する武器『青薔薇』にアトリと同じく赤いオーラをまとわせ、構えた。
     すばやく繰りだした青薔薇が閃き、正確にアトリの腕を裂く。
    「先輩がおかしいっていうのは、わかってんだろ」
     進みでた烏衣に身構えるも、アトリの姿勢からは全く戦い慣れしていない様子がうかがえた。
     無理もない。先日までは、ただの一般人の少年だったのだ。
    「言われるがまま従ってんじゃねぇよ!」
     緋色のオーラをまとったチェーンソー剣を一閃し、説得の言葉とともに叩きつける。
    「あなたの求めているものは、この凶行で掴めるものなのですか!」
     続く琴音の無敵斬艦刀『無式』が、惜しくもアトリのそばをかすめ、空をきった。
    「今の彼女はあなたが慕っていた先輩ではないんです! 思い出してください! あなたと共にいた、本当の先輩を!」
     琴音の死角から飛びだした水緒の解体ナイフが、アトリの身体を深く切り刻む。
     暦は仲間たちにワイドガードを展開させながら、ライドキャリバーの機銃掃射を受け、傷だらけになったアトリを見た。
     その身にまとうオーラも赤ければ、流れる血もまた、赤い。
    「君も、貴方の大事なひとも。本当に、その色が好きなの……?」
    「このまま、君の好きだった『青』を、『先輩』を。二度と戻れない状況にはしたくないだろう」
     霊犬『ハク』が斬魔刀で牽制する影で、螢は手を掲げた。
     手にはめられた指輪が輝き、出現した魔法弾が一直線にアトリを貫く。
    「うるさい! うるさい! うるさい……!」
     傷と言葉をその身に刻みながら、アトリはなおも灼滅者たちを拒み続けた。
    「先輩には手出しさせない! 全員まとめて、餌食にしてやる!」
     闇に堕ちかけた少年は全身を赤く染め、その眼に怒りを宿していた。

    ●赤の終わり
     対峙していた灼滅者たち全員の前に、赤の逆さ十字が現れる。
    「死ね!」
     アトリの声に応えるように、十字が灼滅者たちを引き裂いた。
    「くそッ!」
     説得が功を奏していないとみて、深尋の表情に苦渋の色が浮かぶ。
     手加減攻撃をするだけの余裕はない。
     深尋は眼に焼きついた赤い十字を振り払うように頭をふると、背後に回りこみ、間合いに迫った。
     鋼糸を手繰り、容赦なく少年を引き裂く。
     一方、アルカンシェルはアトリの一挙手一投足を見極めながら心を躍らせていた。
     危うい敵を前にしている、という危機感はある。
     だが、そこに緊張感はない。
    「ヴァンパイア相手の戦いは血が滾るのぅ……。ほれ、お主の底力を見せてみぬか!」
     対抗するように赤の逆十字を見せつけ、アトリを前に挑発する。
     説得は戦闘力を削ぐことができれば、という狙いで行っていた。
     効果があれば重畳。
     なければ、総力をもって叩き伏せるまでだ。
    「オレ達が倒して済むなら、それで問題はねぇ。痛ぇだろうが我慢しろよ……!」
     手順はどうあれ、アトリが助かれば良いと願いながら、烏衣は雷を宿した拳で強烈なアッパーカットを繰りだした。
    (「みどもの戦いに、負けはない。あとは、渡部を闇から救いだせるかどうかだ」)
     灼滅に耐え、アトリの意識が戻るならば、闇から救い出すことができる。
     もし灼滅に耐えられず滅ぶなら、それは『滅ぼさなければならない者』だったということだ。
     クラリーベルは青薔薇を構え、再び赤い刀身を閃かせた。
    「神宮寺琴音、推して参る……!」
     真っ赤なオーラをまとった無式を手に、琴音が続く。
     今度こそ無慈悲な巨刀が叩きつけられ、アトリに強烈な一撃を放ち、その身を強く抉った。
     暦はライドキャリバーの援護を受けながらヴァンパイアミストを展開し、灼滅者たちの傷を癒し、攻撃力の増強を図る。
    「武器は、私の手元だけではありませんよ」
     水緒はあくまでも冷静さを保ち、影業を走らせ、アトリを穿つ。
     血を吐き、アトリがその場に倒れた。
     強い意志をたたえた瞳は、灼滅者たちを睨みつけたままだ。
     だが身体が言うことをきかず、なかなか立ちあがれない。
    「君が望むのならばまだ遅くはない。さぁ、僕たちとともに、その闇から抜け出そうじゃないか」
     ハクの援護を受けながら、螢がアトリへ向かって手を伸べる。
    「だれが、おまえらなんかと……!」
     吐きすてたアトリを見おろし、螢の眼が細められる。
     再び指輪が光り、石化の呪いが発動する。
    「うぉぉおおお!」
     硬直しようとする身体から力を振り絞り、アトリが叫びとともに多数の逆さ十字を発現させる。
    「そう何度も、同じ手を喰らうか!」
     攻撃を回避した深尋が鋼糸を操り、アトリの動きを封じる。
     もがく少年に向けて、アルカンシェルの赤い逆十字が、烏衣の赤いチェーンソー剣が繰りだされる。
    「このまま渡部すらも堕ちたら、もはや渡部の想った場所は無くなる。故に、引き返せ!」
     クラリーベルの赤い『青薔薇』、琴音の赤い『無式』が続き、容赦なくアトリを斬り裂いていく。
     赤い刃が舞い、赤い血が散る。
     いかに大きな力を手にしていようと、戦い方を知らないアトリは感情に突き動かされるまま、灼滅者たちを狙うばかりだった。
     己の回復をさしおいてでも邪魔者を排除しようとし続けたアトリは、やがて肉体の限界に襲われ、ついに倒れた。
    「行かせない……。死んでも、先輩のところには……」
     虫の息で、まだ灼滅者たちを阻もうとする。
     螢が進みでて、その手を掲げた。再び指輪が光る。
    「……アトリ君。君にとって、『美術室』はなんだったんだ?」
     アトリの眼前に赤い十字が浮かぶ。
     己を引き裂く十字を見やりながら、アトリは薄ら笑いを浮かべた。
     ――これが、『ばら色』なものか。
     スローモーションを見ているように、その身がゆっくりと、赤く、赤く、染まっていく。
     闇に堕ちていらい、同じものを呼びだし、何度も見知らぬ生徒を連れ去った。
     倫理的な善し悪しは関係なかった。
     口の中に広がる鉄の味をかみ締めながら、己の意識が手を離れていくのを感じる。
    (「そばに、居たかった」)
     灼滅者たちの呼びかけが、急速に遠ざかっていく。
     伝えられなかった言葉を思い出し、その眼に涙があふれた。
    (「ただ、そばに、居たかった」)
     『愛』だの『恋』だの、そんなものは陳腐な言葉だと思っていた。
     だが、気づいたのだ。
     己が内に抱えていた『それ』は。
     憧れにも似た、淡い、淡い、恋心だったのだ、と――。

    ●きみのはじまり
     アトリが再び眼を覚ますころには、あたりはすっかり暗くなっていた。
     少年は重傷を負ったが、灼滅者としてこの世に留まった。
     彼が望もうと、望むまいと、『渡部アトリ』としての意識は残ったのだ。
     全身の傷が痛み、ひとりでは動くこともままならない。
     アトリは灼滅者たちを拒もうとはせず、ただ夜空を見つめながら、今回の事件や、ヴァンパイアについての説明を聞いていた。
    「……先輩は?」
    「とっくに逃亡した後じゃ。王者としては、器量が足りぬ者だったようじゃな!」
     アルカンシェルの言葉に、逆にアトリは安堵したようだった。
     灼滅者として生き延びたといっても、先輩を想う気持ちを失ったわけではない。
     そう簡単に、想いは覆らない。
    「完全に闇に堕ちた渡部の先輩は、助からぬであろう。故に、彼女は討たねばならぬ」
    「今は逃げおおせたとしても、いずれ対峙する時がくるかもしれない」
     クラリーベルと螢の言葉に、「わかってる」と頷く。
     ――己と先輩は、相容れぬ存在として分かたれてしまった。
     ヴァンパイアとダンピール。
     ふたつの存在はもはやどうあがいても、元の関係に戻ることはできない。
    「この先、先輩と出会った時のために。彼女を止める術を、あなたに教えます」
     水緒の申し出に、アトリが口をつむぐ。
    「その力、今度こそ、先輩を止めるのに使ってやれよ」
     続く烏衣の言葉を受け、ややあって口を開いた。
    「……だけど、僕はまた、闇に堕ちてしまうかもしれない……」
     「なんだそんなこと」と、深尋と琴音が同時に口を開いた。
    「その時は、俺たちがまたブン殴ってやるよ」
    「何度でもその根性、叩き直させていただきます」
     逡巡するアトリの気持ちを察し、暦が優しく語りかける。
    「君が好きって思える色に、未来を塗りかえていこうよ。それは、君にしかできない事だよ」
     まぶたを閉じると、脳裏に浮かぶ青い空。
     描くなら、その色が良いと思った。
    「君には、それができるから」
     繰りかえす暦の言葉に、まだ痛みの残る手を握りしめる。
     この想いが叶わないとしても。
     いつか、彼女に再びまみえた時。
     今度こそ、伝えられなかった言葉を、伝えられるように。
    「ともに、行きましょう」
     水緒の言葉に、頷く。
     ――二度と、後悔しないように。
     アトリは固い決意を胸に、灼滅者たちの手を取った。

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年10月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 2/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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