●
午前零時。
陽が落ち、ようやくあたりの空気がひやりと感じられるようになったころ。
夜闇にまぎれ、靴音を鳴らし歩くひとつの人影があった。
幼さの残る横顔に、無機質な印象の容姿。
そして、特徴的な白黒ないまぜの髪。
手には『黒革の手帳』と『旧びた書物』を持ち、身にまとった――あるいは、身にこびりついた禍々しい闇の気配を隠そうともしない。
舞台幕を模した裾のロングコートをひるがえし、街に『人類を脅かす都市伝説』がいるとみれば、容赦なく殲滅し、喰らい取りこんでいく。
「私の行くところは死の鴉が鳴くよ。傷だらけの猫もね」
歌うように囁き歩くさまは、見目の通り少年じみていて。
しかし見る者が見れば、彼が人間ではなく、ダークネス・タタリガミであることに気づくだろう。
周囲に都市伝説の気配がなくなったと知れば、また別の街へと移動を開始する。
「『ラジオウェーブ』は、『作禍宣誓』の進化素材に良い噺だ」
先日行われたサイキック・リベレイターの照射投票で、タタリガミ勢力は学園からほとんど注目されていないことがわかった。
武蔵坂学園の灼滅者たちが別のダークネスの対応にあたっている今なら、首魁との接触もしやすいかもしれない。
とはいえ、相手の情報が少なく、易く取りこめるかは疑問だ。
「――進化しつつ決めよう」
通りすがりの路地裏に出現した孤独な少年――その姿で幾度も人間を殺してきた都市伝説を引き裂き、散りゆくさまを見送る。
彼にとって、『堕ちている』ことは問題ではない。
人類に貢献できれば好い。
そのために、今までいくつもの闇堕ちに関わり、研究を続けてきた。
これより進める研究も、きっと有用なものとなるだろう。
――しかしこのまま、あの学園が放ってはおくまい。
「さあ、成功を祝福してくれ」
スポットライトを浴びる舞台役者のように、月に向かい両手を広げる。
産み捨てる事こそ作家本髄。
だれにも、執筆の邪魔はさせぬ。
●
「――なぜ私は、『灼滅者』ではなかったんだろうな」
教室に集まった灼滅者たちを見やり、一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)がぽつりと呟く。
一同がその言葉の真意を問う前に、エクスブレインは説明を開始する。
「『サイレーン灼滅戦』で闇堕ちした倫道が見つかった。こう言ってはなんだが……。これまでと、そう変わらない印象だな」
倫道・有無(灼滅者に憧れた少年・d03721)は、灼滅者であった時から『闇堕ち』や『闇そのもの』についての研究を行っていた。
人間よりもダークネスに寄った見方をすることもあり、彼自身が闇堕ちしたところで大して印象が変わらないというのが、面識のある一夜の感想だった。
タタリガミは夜の街に現れる。
言動は『倫道有無そのもの』だが、それが彼自身の言葉なのか、タタリガミの言葉なのかは判じ難い。
「やつには、目的がふたつある。ひとつは、タタリガミの首魁『ラジオウェーブ』と接触すること。ふたつめは、人類から闇の素質を奪い『闇と光を統合する研究』を行うこと」
『ラジオウェーブ』については情報が皆無のため、いかにダークネスといえど簡単に接触することはできない。
よって、まずは研究の前準備のため、己の強化を行っているという状況だ。
扱うサイキックは、『七不思議使い』『魔導書』『ダイダロスベルト』に準ずるもの。
タタリガミは人類に敵意をもっておらず、今のところ人を襲った様子はない。
こちらから仕掛けない限り、戦闘になることはないだろう。
話ができるのなら、説得をしたうえでKOを狙えば良いのではないか。
そんな声が教室からあがりはじめたところで、
「やつは、『説得に強い拒絶を示す』」
眉根を寄せた一夜が、はっきりと告げる。
「しかし、それが『どちらの意思』なのかが、わからない。今回の予知すべて、『どこからどこまでが倫道有無の意思で行われているのか』が、私にはわからなかった」
有無が己の意識を残したうえで、説得を拒絶するのか。
それとも、有無を支配したタタリガミが説得を拒むのか。
彼、あるいは彼らが、現れた灼滅者たちに対して、なにを想うのか。
それを見極め、『どのように交渉を運ぶか』が、今回の作戦の最大のカギとなる。
有無の意識が戻らぬままタタリガミを灼滅・逃走することとなれば、『倫道・有無』を取りもどす機会は、永遠に喪われるだろう。
「有無は、いつもそう」
教室の端で説明を聞いていた七湖都・さかな(終の境界・dn0116)が、静かにこぼす。
機嫌よく話をしていることもあれば、語る口を持たぬこともあった。
そば近くいたこともあれば、ただ遠く立っていることもあった。
――一瞬にして早着替え。
――一人何役でもお任せあれ。
次々と表情を変える舞台役者のように、つかみどころのない存在。
感情をうまく言語化できぬ少女は、彼に対して伝える言葉を持たないけれど。
いま一度、『あの魂』にまみえることができるのなら。
「わたしも、いく」
端的に告げたさかなに向かって頷き、
「わたしにできる戦いは、ここまでだ。――あとは、よろしく頼む」
どんな幕引きとなろうとも。
ここで皆の帰りを待っていると、一夜は深く、頭をさげた。
参加者 | |
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花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240) |
叢雲・宗嗣(黒い狼・d01779) |
卜部・泰孝(大正浪漫・d03626) |
志賀野・友衛(大学生人狼・d03990) |
木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461) |
アリアーン・ジュナ(壊れ咲くは狂いたがりの紫水晶・d12111) |
シグマ・コード(デイドリーム・d18226) |
絡々・解(僕と彼女・d18761) |
●輝く闇
――ギャア、ギャア。
異様に鴉が啼くところには、自称不吉が訪れる。
夜空仰ぐ『彼』の姿を認め、最初に声を掛けたのは絡々・解(僕と彼女・d18761)。
「やっほーせんせー! 遊びにきたよ! チョコのお土産もあるの」
「缶ココアもある」
対象を注視しながら、木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461)がぶっきらぼうに言い添えて。
「話の合間にでも、口を付けてくれたら嬉しい」
倭も家庭科部でふるまった菓子や軽食の詰め合わせをさし出し、相手の出方をうかがう。
『彼』は灼滅者たちを振り返ったまま、佇む。
口元には、歪んだ笑み。
「お菓子を作っても全然食べに来ないので、心配してたんです。つまみ食いしていく人が居なくなったままなのは、とても寂しいですから」
「今は色々お忙しいようだけど、ここは甘いものでも食べて一休みするのはどう?」
恩を返すべく駆けつけた律希や、にこにこと笑顔を浮かべた花守・ましろ(ましゅまろぱんだ・d01240)がそう誘うも、
「そろそろ現れる頃合だと思っていたよ、灼滅者諸君」
現れた三十余名の灼滅者を見渡し、『彼』は興味深そうに観殺(カンサツ)を開始する。
用意された菓子や飲み物には、一切手を触れようとしない。
(「『彼』がどちらなのか、見分けはつかない。だがどちらであっても、『倫道有無』のままではないのか」)
志賀野・友衛(大学生人狼・d03990)はいつも通り、普段の有無と話す様に接しようと、一歩踏みだす。
「私は倫道先輩と話をして過ごした『日常』が好きだったし、また色々と話がしたい。倫道先輩は、『日常』に戻りたくはないのか?」
「生憎、私にとって今は『異常』でも『非日常』でもないのでね」
『彼』は黒革手帳を片手に、淡々と答えた。
「そも君にとっての『日常』が倫道有無と話をすることなら、今こそ正しく『日常』ではないのかね」
言葉を詰まらせた友衛の感情の動きなど、『彼』には筒抜けなのだろう。
「……僕、有無君が堕ちたって聞いた時愉快だと思ったし、見つかったって聞いた時は、どうしようもなく有無君の魂に会いたくて仕方なかったの……」
アリアーン・ジュナ(壊れ咲くは狂いたがりの紫水晶・d12111)も、素直な感情を伝えるべく意を決し口を開くも、
「噫おめでとう! それなら再会叶って一件落着だ」
芝居がかった口調で手を叩く『彼』を前に、アリアーンもまた、後の言葉を続けることができなかった。
――一方的に想いを告げたところで、『彼』は何とも思いやしない。
口をつぐんだ仲間に代わり、今度は卜部・泰孝(大正浪漫・d03626)が進み出る。
泰孝はかつて、三度闇に身を委ねた。
この闇の変容を見届けるつもりはないのかと前置き、問いかける。
「闇を知る事目的ならば、己が闇堕ち、その顛末を自身で記さねば目的は達せられぬのでは無いか?」
『彼』の研究について興味を持っていた灼滅者は、他にも多い。
「研究ってさ、一人で目指す道に到達するのって難しいって思うんだ。色々な『関わり』があって、初めて成果を得られるんじゃないかって思う」
最良の研究場所はここだと、さくらえも続けて。
「堕ちている事が問題でないのなら、灼滅者のままで目的を達成する事はできないの? もし、灼滅者のままでも叶えられる目的なら、学園に、あなたを待つ皆さんの元に、戻って来ては貰えない?」
「倫道先輩、その研究は人間が主軸にあったほうが良いのではないかと思うのです。人としての貴方が為して、可能性を広げることに意義があると、俺は思います」
結んだ絆を失いたくないと駆けつけた時生や、霊犬『篝枝』と並び立つ樹も、想いのたけを投げかける。
しかし『彼』は次々と向けられる言葉を聞きながら、眼を側め表情を歪めた。
二重つり目の右を閉じ、奥二重切れ長の左で夜空を見やる。
「結果が出れば過程なぞ構いやしない。過程に口出しされるのがたまらないから、独りでやってきた」
小さく小首を、傾げる。
「其れで。君たちの『説得』は終わりかね」
「……ふん、別にお前が闇に堕ちていようが俺には関係ないが。そんなところに居られると迷惑だからな」
漆黒の双眸をするどく相手に向けながら、叢雲・宗嗣(黒い狼・d01779)はどうにかして相手の『正体』を推察しようと試みていた。
しかし、ここまでの流れは傍目にも『交渉』と呼べるものですらなく、わずかに引き出せた言葉からは、有無ともダークネスとも判じ難い。
(「もし灼滅せざるを得ないのならば、俺の手で――」)
最悪の事態を覚悟する宗嗣の傍らでは、
「居たほうが嬉しいは山々ですがそれは置いときましょう感情で殴って話聞く人でもなし」
眼鏡の奥でぎらつく橙の瞳を向けたまま、進展しない会話を見かねた桃子が、口を開く。
手にするのは、一冊の手帳。
「見る限り『どちらでもありどちらでもないような曖昧な状態』を闇の状態で保持できているご様子ですし灼滅者に戻してそのままならそれなりの成果にはなりませんかね?」
ひと息にまくし立てる少女に肩をすくめ、
「闇は私を助けて呉れる。『地獄への道は善意で舗装されている』」
手帳に記された言葉をそらんじて、『彼』が背を向けようとした、その時だった。
「アンタ、ぜってーリンドーじゃねえよ」
赤に染めた反旗を手に、バスタンドが仁王立ちで行く手をさえぎる。
掲げる旗は、「行かせねえ」という意思表示。
「ほう。何故そう思うのかね」
問いかける『彼』の眼が、愉し気にすがめられて。
間をおかず、答えた。
「最後に遭ったリンドーはケイゴだったぜ。敬語」
演技をやめてちゃんと話しあおうぜとけしかけるバスタンドに、
「俺もずっと気になっていた。以前話をした覚えがあるが、随分感じが違うんじゃないか?」
最初から『タタリガミが倫道有無役を演じている可能性』を警戒していたシグマ・コード(デイドリーム・d18226)が、言葉を重ねる。
「一応聞くが。なんて呼べばいい?」
その言葉を聞いた瞬間、『彼』は急にひと好きのする笑顔を浮かべて。
『黒革の手帳』――学園の想い出が記録された有無の命綱を、パンと閉じ、
「おにいちゃんは、ハキって呼ぶわ」
少女じみた口調で、答えた。
●禍津日神
『彼』に名はない。
呼ばせるような名はない。
今宵舞台に立つのは、『ハキ』を自称する役者である。
そう知ったとて、
「あれっ。せんせーじゃなかったの? まあいっか! 僕待てる子だからみんなゆっくり喋っていいよ」
解はビハインド『天那・摘木』とともに、持参したチョコレートとコーヒーを頬張り続ける。
ほかの灼滅者と話をして心が決まったなら、『せんせー』の選択にあわせて、おかえりか、灼滅かをするだけだ。
「なぁ、『お前は』何をしたいんだ? ラジオウェーブを喰らい、その身に変えて、その先は?」
「都市伝説のオリジナルと邂逅する事で、進化の閃きを得ようとしたのかな?」
問いを重ねる香艶と蔵乃祐に、ハキは愛想よく告げる。
「皆は都市伝説からも癒されるわよね? だから、すれいやーの癒しはわたしが生むわ」
――いったい、何を言っているのか。
『闇』が告げたのは、集まった灼滅者のだれもが想像だにしなかった言葉だった。
「それから、じんるいから闇の素質を奪って、闇と光を統合する研究をしたいわ」
うっとりと告げるその言葉は、ただただ純粋で――。
「そっちに行っちゃダメだ! そうやって、一人でやろうってするよりも。戻って観察するほうが楽しいと思うぞ?」
実は本能的なおそろしさを感じ、とっさに声をあげていた。
踏み越えてはいけない、一線。
それを軽々と飛び越えていきそうな危うさに、ぞっとする。
「『人の人格と闇の人格を統合する研究』と、考えていいのかな」
勇弥も『彼ら』の思想に想い巡らせ、言葉を引き継ぐ。
「しかし、赤と青が混ざりあった後の紫は、もう以前の色じゃない。二色合わせ持つのが灼滅者という形だろう?」
「どうしてそうと決めつけるの。混ざりあうことを望むひとも居ると思わない?」
叶多はハキと灼滅者たちのやりとりを聞きながら、己の手が震えているのに気付いた。
(「僕はわかっていると思っていたんです。貴方のこと」)
――闇もまた、己。
それが、師である有無の教えだった。
だから叶多は闇を恐れない。
それなのに。
(「今、すごく怖い」)
並び立つ無常もまた、唇を噛みしめ、言い知れぬ恐怖――酷似性への畏怖に耐える。
もしも眼前に立つ『彼』が、まごうことなく『闇』であるならば。
(「彼に撃ったら、ダメージになる……のかな」)
ハキは灼滅者たちが戦く様子を愉しげに見やりながら、軽やかに歩を進める。
顔かたちは有無となにひとつ変わりはしない。
けれど――、
「安心して。おにいちゃんは皆が大好きよ。わたしも、すれいやー大好き!」
『彼』のまとう闇はあまりにも深く、強く溶け込んでいて。
眼前に立つそれが、純然たる『闇』であるとわかったから。
歩みを速めたハキを逃さぬようにと、回りこんだ柚羽が『闇』を睨めつける。
「貴方はタタリガミですから。喰らえば何にでもなれますね。だけど、何にでもなれるという事は、空っぽなのですよ。確たる貴方。核たる『魂』はあるので?」
「『魂さへ有るならば身など闇に呉れてやる』。おにいちゃんは、そう言ったわ」
瞬間、取り囲むように布陣した灼滅者たちを見やり、少女は嗤った。
「自衛に留めたかったけれど。――過激なひともいるなら、仕方ないわね」
灼滅者たちは覚悟を決めるより他に、なかった。
●揺籃の尸童
唐突突然、鴉が騒ぐ。
死を告ぐ。
警告スル。
――頭高き者よ、去ね。
「!」
それまで沈黙を貫いていた七湖都・さかな(終の境界・dn0116)が、とっさに『殺界形成』を展開し、
(「どうか、彼を想う皆の心が。彼の心の中にある光と闇をひとつにしてあげられますように」)
さらに広範囲をフォローできるようにと、千巻も人払いに加わる。
『闇』は『旧びた書物』――己の本体たる『旧びた未完の』倫道書を左手に、世にもおぞましき怪談を吐き零す。
――其に記されるは、全てを喪えど闘う少年の物語。
『彼』にこびりついた闇が、毒をもって灼滅者たちへと幾重にも襲い掛かる。
ビハインドと共に仲間たちの前へ身を投げ、イブは傷を受けながらも艶然と笑った。
「有無先輩。あの時わたくしの『殺人衝動』という名の愛情を受け止めてくださった様に。今回は、どうかわたくしに貴方を感じさせて下さいまし」
「悪ぃが、オレたちゃ相手の顔色伺って話すタイプじゃねーんだよ」
キィンへ向け光輪の癒しと護りを施しながら、ケレイがニッと白い歯を見せて。
「学園がオレの日常になる前から居たんだ」
「このままだといずれ有無の魂は消えてしまう。人に敵意がないのなら、お前の一番近い人を助けてはくれないか」
自身に馴染むよう改造したクロスボウを携えたキィンと、黒檀の錫杖を振りかぶったシグマの連撃が、舞台幕を模した裾のロングコートを引き裂く。
ハキは己が身から血がにじむのにも構わず、嗤った。
「でも、おにいちゃんはこうも言ったの。『ハキの方がよほど人類を大切にできる』」
「注目するのは倫道有無だからだ。タタリガミでは意味がない」
声をあげ、ハキの行く手をさえぎったのは、あくまで観客でいることを選んだ海だ。
『彼』は舞台監督で、作家で、役者だった。
なれば必要なのは『観客』だ。
「演じてくれ、語ってくれ、綴ってくれ! 『受け手』はここにいるぞ!」
「灼滅者に憧れ、君が産んだ『倫道有無』の物語はまだ終わっちゃいない!」
海の声に負けじと叫び、徹は黄の交通標識を掲げ仲間たちを鼓舞する。
「未完放置なんてさせません。続きを楽しみにしている『読者』は、此処にこんなにいるんですよ?」
「有無くんは、わたしに無いもの、たくさん持ってるから」
己の片腕を異形巨大化させ、ましろが拳を固める。
「一緒にいると、知らない世界が広がってとても楽しいの。だからもっといろんなこと、いろんな有無くんを知りたいのだよ……!」
声とともに渾身の一撃を叩きこめば、
「なんせ僕は殺人鬼だからね!」
『偏執鋏』の名を持つ鋏を手にした解が、楽し気にハキの腱を斬り裂いた。
反撃とばかりに向けられた呪いを、ビハインドの摘木が受け止めて。
『闇』は右手の手帳を適当に開き、目についた言葉を『有無』の声で読みあげる。
「『君たちは何をそんなに恐れ怯え悲しみ嘆いて居るのか? なにゆえ恐れ怯え悲しみ嘆くことを諦め認めず怒り狂い影闇に光を与えようと躍起になるのか? 底に影はない。底に闇はない。あるのはいつも己だけであり。――結局は皆、己ではない己に怯え恐れ嘆き苦しみ認めずに振り回されているだけなのだ』」
呪詛の如き怨念がアリアーンめがけ放たれるも、叶多と無常が身を投げ出し、その一撃を破棄する。
二人の背を前に、アリアーンは膝折り祈るように俯き、胸中の惑いに向き合った。
――たまに有無君のクラブへ遊び行く。
――有無君がたまに所属クラブへ遊び来る。
それだけの、関係で。
それだけが、すべてだから。
なれば伝えるべきは、ひとつしかない。
「……救出に来たよ……。有無君……」
『彼』が戻るまでは決して呼びかけを止めるまいと、アズライトを飾った杖に緋色のオーラを宿し、想いのたけをこめた一撃をはなつ。
「『闇を探しているんだ』『輝く闇を』『有ると信じているんだ』」
また別の頁を開き、ハキは闇がこびりついたままの『おにいちゃん』を演じる。
御霊禁厭。
籠絡した数多の闇また闇が、灼滅者たちに毒を盛らんと迫りくる。
「おいで、アニマ」
「俺も手伝うよ!」
さかなの招いた聖剣の癒しと、その傍で警戒を続けていたうずらの癒しが、すぐさま仲間たちの毒を浄化する。
「関わられた側が、黙っているだけのヒトばかりと思うな」
いつかの恩を返さねば寝覚めが悪いと、紫月が癒しの矢をはなち、さらに仲間たちを援護して。
「自分自身を研究材料にした、これがその成果という事か?」
退路を探すよう立ち位置を変えるハキの行く手を阻み、友衛は魔力を練りあげる。
「もし倫道先輩が、私達と過ごした『日常』を楽しんでくれていたのなら。また一緒に、皆で過ごさないか?」
告げると同時に、詠唱圧縮した魔法の矢をはなつ。
矢は『彼』の胸の真中を貫き、ハキの口の端から紅が零れた。
返り血のついた手帳を手に、なおも役者は演じ続ける。
「『私は人ぢやない。人ならば何故にと思わざるをえない。何も灼滅者諸君を化け物と呼ばわりたいわけではない。私が人でないのだ。さうでなくては成らぬ』」
その言葉を受けて、泰孝は呵々と笑った。
「我の闇、我自身ですら分からぬ。記録者としての『汝』がおらねば、我も次なる闇堕ちは出来ぬよ」
炎を纏った激しい蹴りに、抱く心情を乗せ叩きこむ。
「我は幾度も闇から戻った身。戻る気あるならば我がしたと同じく、差し伸べられし手を取ればよかろう!」
炎、炎、炎。
舞台幕が煌々と燃えあがるなか、黒い狼は薄らと蒼に染まった短刀を手に『彼』へ迫った。
「お前が闇に堕ちたのは、自身の研究の為にはそうする事しかできなかったからだろうよ」
だから宗嗣も、己に出来る事だけをやると決めていた。
「……一凶くれてやる、『闇騙り』」
回避を試みようとするハキの死角に回りこみ、一閃。
全身を引き裂かれた『彼』は地面を血紅に染めながら、膝をついた。
手帳と書物を手に立ちあがるだけの気力は、もうない。
多くの灼滅者に囲まれては、逃走することも叶わぬだろう。
いずれにせよ、多く傷を受けたハキに勝ち目などない。
ぐらり傾いだ身体を、さかなが受け止めた。
「ハキ」
呼ばれ見上げれば、血紅の瞳がまっすぐに見つめている。
『光』は、見つからなかった言葉の代わりに、そっと少女を抱きしめた。
――自分が、『あの子』に、そうしたいと思っているように。
有無なら、きっとそうするだろうと、思ったから。
つめたい手指。
けれど、底にいる時とは、違う感覚。
「ああ、つまらない。つまらないわ。だぁれも闇堕ちしてくれないなんて」
ハキはだれかひとりでも深淵を覗こうものなら、丸ごと奪ってやるつもりだった。
それだのに、ただの一人もそれを選ばないなんて。
今回は運が良かっただけよと悔し気に零し、ゆっくりと眼を閉ざす少女へ、キィン、ましろ、シグマ、夜音は想いを込めて呼びかける。
「帰ろうぜ」
「今ここに皆がいるのは、有無くんが産んだ絆だとわたしは思うから」
「死にたいと思っていないと有無は言った。だから今回も、信じているんだ」
「僕は、もっと有無くんのお話を聞きたい。だから、僕は。――キミが、生きている事を 願うよ」
「やめてよね。おにいちゃん、そういうの――」
最後の言葉は声にならず。
ひゅうっと、宙にとけて、消えた。
●灼滅者に憧れた少年
集まった灼滅者たちは、夜明け前までその場で『彼』を見守って。
それから。
それから、『彼』がどうなったか。
顛末はいずれ、『黒革手帳』にでも綴られることになるだろう。
闇を恐れよ。
されど恐れるな、その力。
――噫、もっと灼滅者諸君の生様(ドラマ)を見世て呉れ給え。
作者:西東西 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2016年8月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 2/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 7
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