炎獄の楔～黒金の炎龍

■リプレイ

●龍穴
　協調するガイオウガの意志達によって導かれた先。深い山脈の奥地に、その洞穴は口を開けていた。
　立ち入る者を拒むかのような拒絶の波動が、はっきりとした熱気とともに内部から放たれている。
　さてと、と協調の化身達の後を追って穴へと歩を進める榎本・彗樹（自然派・d32627）が、普段通りの落ち着いた口調で呟く。
「地中にいる親玉が復活する前に力の根源を断ち切ってやらんとな。今までとは違う、強力な敵だが気を抜けない……倒して生きて帰って来れっかは知らんが、これ以上被害は出したくないからな」
　今は共にいない相棒の事を思い、胸の前でぐっと拳を握る。
「『あいつ』が戦闘前によく言う台詞だ――『目の前の脅威はこの手で滅する！』」
　次第に熱は増していた。深奥ではかの垓王牙大戦にも劣らぬ超高温の中での死闘となるだろう。
　それでも、と牧野・春（万里を震わす者・d22965）は決意を込める。
「私達の慢心と不手際で起きた戦い、これ以上被害が出ない内に止めきってみせます！」
　そんな風に思いを固める者達とはまた別に、一橋・聖（空っぽの仮面・d02156）が皆の戦意を鼓舞するように歌い始めた。
「さぁやるぞ、超やるぞ～♪　戦況は絶望的？　だからこそ歌っていかなきゃね♪　だって私はアイドルだもの。誰よりも笑顔でいなきゃなんだよ！」
　その歌に少し緊張がほぐれたのか、灼滅者だけでなく心なしか足取りの軽やかになる協調の化身達。
　と、彼らの動きが止まった。ついに最奥へとたどり着いたのだ。
　先刻よりの熱風は肌へとへばりつき、うっすらとした火の粉がそこかしこへ舞っている。
　いた。洞穴の中央部。
　見上げんばかりの巨躯。甲冑と見まがう黒金の鱗から漏れ出す抑えきれない高熱。龍にも似た顔貌からは鋭い視線がこちらへ向けられている。
　黒金の炎龍、アラハオウ。　黒金の炎龍、アラハオウ。その姿は、並のイフリートを大きく越えている。
　泣けるなぁ、と軽くため息をついたのは備傘・鎗輔（極楽本屋・d12663）だ。こんなどう見ても大怪我では済まないような怪物が腕組み立っているのだから嘆きもしよう。
　しかし誰よりも早く武器を構えたのもまた確かだった。
（この化身を見逃したら……きっと危ない……此処で倒さなきゃ……）
　戦闘態勢に入りながら夏目・サキ（ぴょん・d31712）は唇を引き締める。
　並の相手でないのは分かっていた。だが、引き返すわけにはいかない。
　ここで退けば、今までの戦いや避難のために動き、バトンを渡してくれた仲間達の行為が無駄になるから。
　荒谷・耀（一耀・d31795）もすでに全てを受け入れたように静かに刀を抜き、正眼にかざし悲壮な覚悟を口にする。
「この身命を賭して立ち向かいます。共に歩む、未来のために。……願わくば、その場に私たちの姿もありますように」
　かと思えば強敵と相対し、ぺろ、と小さく舌を出すフローレンツィア・アステローペ（紅月の魔・d07153）。
「竜種とやりあうのは初めてなのよね。ねえ、貴方の血はどんな味がするのかしら？　……レンに教えてちょうだいな」
　少女の視線からは、勝利した暁にきっとその血を手に入れてやろうという興味と好奇心が読み取れた。
　協調の化身達が駆け、アラハオウを護衛するイフリート達を誘うようにして戦場から離れさせる。
　残ったのは灼滅者と強きイフリートの二者のみ。
「……正直、生物としてのあんたの強さには敬意を表するよ。でも負けるわけにはいかない！」
　咬山・千尋（夜を征く者・d07814）の叫びに呼応するかのように、アラハオウが咆哮した。

●削り合い
　炎の奔流が吹き上がる。直後、アラハオウが猛突進を開始した。
　まっしぐらにこちらの陣形へと飛び込み、大顎を開き巨大な炎球を射出する。
「駄目、避け……ッ」
　油断なく観察していたのに、あまりのスピードのため千尋の警告が遅れた。
　炎球は灼滅者達の合間をくぐり抜け、中衛へ立つ彗樹へ直撃する。
「く……！」
　踏ん張りもかなわず吹っ飛ぶ彗樹。追撃しようとするアラハオウの前に、鎗輔が立ちふさがった。
「いきなりやられるわけにはいかないからね」
　重量の乗った蹴りと、霊犬のわんこすけの斬撃がともに放たれるが、後退した敵にいずれも回避され空を切る。
　続けざまに千尋がDESアシッドを飛ばすも、あっさりアラハオウに躱された。
「速い……！？」
　厳然たる戦力差。奴の動きを見極めるにはまだ時間がかかりそうだった。
「では、これならどうですか？」
　刹那、飛びかかった耀が顔面めがけ思い切りシールドで殴りつける。
　が、敵はちらりと視線を寄越しただけでまるで効いた気がしない。
「来なさい、黒き風のクロウクルワッハ！」
　解除コードを唱えたフローレンツィアの双手にそれぞれ、鉤爪を備えた手甲が出現する。「歯ごたえのありそうな相手ね」
　とん、と軽く地を蹴りアラハオウへ切迫。すり抜けざまに刃物のように束ねた糸で斬り裂き、黒金の装甲にわずかな傷を浮かせてのける。
「当たってください！」
　一対の黄金蛇を食らいつかせようとする春。なのに残像を残しアラハオウは回避。
　当てられるイメージが湧かないが、次の攻撃への精度は一気に上がったはず。
「ソウルペテルちゃん、どんどん攻撃しちゃって！」
　ビハインドのソウル・ペテルに攻め手を任せ、聖は先ほど負傷した彗樹へエンジェリックボイスを響かせる。
「大丈夫……立てる？」
　サキがラビリンスアーマーで防護すると、彗樹は頷いた。
「これくらいは、覚悟してるさ」
　ダイダロスベルトの帯をアラハオウへ差し向ける。死角からの奇襲を狙ったが、片手であえなく弾かれてしまう。
　まだだ。今は当たらずとも、通じずとも、バッドステータスが積み重なれば、きっと。そう願いを託し、攻め続ける灼滅者達。
　アラハオウの尾が動いた。中衛に向けて巨大な龍尾がひらめく。
　すでに幾度か、炎弾や爪による攻勢をしのいでいた矢先だった。春と彗樹をまとめて始末しようとでも言うように、不可避の尾撃が迫り――。
　同時に、わんこすけが立ちはだかる。コンマ数秒で間に合ったわんこすけはしかし、無情にも尾による強打を受け、声もなく消えてしまった。
　そしてダメージを肩代わりできたのは一人のみ。助かったのは彗樹。
「く……意識が……」
「しっかり！　すぐに元気づけてあげる！」
「頼りないかもしれないけど……回復は任せて」
　血みどろで地面に手をつく春へ、大急ぎで聖とサキが回復に回る。その間もアラハオウはとどめを刺そうというのか、のっしのっしと歩みを進めて来るのだ。
「行かせないよ」
　鎗輔が突っ込み、敵の関節部分へ狙い定めてカタールを突き刺す。
　防備の薄い部位のはずなのに奴は一顧だにしないどころか、鎗輔ごと引きずるように歩き続けている。上等だ、絶対に離すまい。
「ここは通せないわね」
　ならばとフローレンツィアも赤い十字を模った光剣の切っ先を向ける。
　間髪入れず縦横に回転する光刃が撃ち放たれ、装甲を削るようにアラハオウへと食い込んだ。
　二人の猛攻に、アラハオウの動きが鈍る。
　そこへ耀が肉薄し、今度は下方から敵の顎をかち上げた。金属質な音が乱反響し、龍の眼差しが敵意を持って耀を見据える。
　目標を変えたアラハオウの巨尾が薙ぎ払われた。後衛の耀達へ。
　――当然、この攻撃も予想通りだ。そのために装備も整えてきていた。
　それでもなお、敵の攻撃はこちらを捉えた。
　息を呑む。吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。砕け散る四肢。
　そんなイメージが耀、サキ、聖の脳裏をよぎった、寸前。
　そうなる事をさらに予測していた千尋が、ソウルペテルとともに身を投げ出していた。
「うぐ……！」
　ボロ雑巾みたいに高々と宙を舞う。半端ではなかった。守りに重きを置いたポジションでさえこの威力。
　続く一分一分の攻防。どれもが死と隣り合わせの炎獄。
「火力が高いなら、自分自身に浴びせさせればいいのです！」
　告げた春が、ディーヴァズメロディを歌い上げる。
　歌声に含まれた催眠の効果がアラハオウへもたらされ、今しもぶち込まれようとしていた炎弾が、その口腔内で誤って爆発した。
「突破してやる、お前の龍鱗……！」
　揺れる視界を必死に耐え、深手をおして立ち上がる彗樹。
　命中率が上昇している今なら、きっと当たる。満身の力を込めてロケットハンマーを叩きつけた。
　寸時、衝撃が彗樹を貫く。
　アラハオウの腕が身体を貫通し、背面まで赤く濡れた爪を突き出している。振り向きざまの、一撃だった。
　暗く遠ざかる意識。次に目覚める事があるのかも分からないまま、彗樹は戦場から脱落した。
「そんな……！」
　硬直する灼滅者達。ゆっくりと振り返るアラハオウ。
　黒金の装甲には、大きく伸びる一本の裂傷が走っている。それは確かに、彗樹が与えた傷だった。

●龍と闇
　サキは荒く息をつく。夜霧隠れ、ヴァンパイアミストを交互に使い続け、だというのに回復しきれないほどのダメージに、疲労が溜まっているのだ。
　聖も似たような有様だが、絶対に諦めないという意思表示のように明るく歌を披露している。
「辛いね、これは……」
　鎗輔が呟く。着実に攻撃を加えているにも関わらず、アラハオウの底が見えない事。
　中、後衛ばかりが狙われている事の二重の意味でだ。
「ですがそれだけ、状態異常を嫌っているという証拠……！」
　春の言葉通りアラハオウの動きは当初と比べて遅くなり、攻撃力も減退していた。
　あちこちに火柱が上がっている。その間隙を抜け、春は解体ナイフを掲げた。
　敵の傷口へジグザグの刃を突き入れ、穿ちながらミンチにする勢いでえぐり取ってやる。
「効いています……！」
　すかさず隙を突く耀の一閃が黒金の装甲の亀裂を広げた。
　敵も焦りを感じているのか、春へ足を振り上げる。
「させないよ！」
　背後から千尋が跳躍した。鉄板めいた鱗を鋏で強引にこそぎ取り、その反動を利用しながら正面へ回り込みクロスグレイブを構えてガードに入る。
　轟音が弾けた。激烈な蹴撃と黒十字がかみ合い――耐えきれず千尋は跳ね飛ばされ。
　振り抜かれた蹴りは春を踏み潰した。
「ぅあ――」
　春を中心にクレーターが放射状に広がり、噴水の如く鮮血が吹き上がる。
「待ってて、今治すから……！」
　聖が駆け寄って様子を見るが、分かったのは彼はもう復帰できる段階にない事。
　愕然とする猶予もなく、龍尾が山を崩すかのような暴圧をもって殺到する。
「それはもう、何度も見た……」
　あからさまで大振りな一撃。避けるまでもないとサキは逆にシールドを突き入れ、尾の軌道を逸らしていなす。肩が抜けるほどの衝撃。
「今のうちに……っと」
　奴の殺意は戦闘不能者にも向けられていた。だから鎗輔が春を抱え上げ、少しでも安全な場所へ運ぼうとする。
　その背へ向けて、二人ごと焼き払おうとでもいうようにアラハオウが大口を開け、大火球を生成――。
「誰も死なせるつもりはないから……流石にそれは止めさせるわ」
　瞬時、横合いから飛び込んだフローレンツィアがアラハオウの首へ剣を突き込み、光刃を注ぎ込んだ。
　やすやすと装甲を食い破った暴威は肉を食い荒し、たまらず体躯を揺るがす敵は激しく出血しながらフローレンツィアを振り落とす。
「ふふ……」
　明らかにこれまでと一線を画する威力だった。あえて余裕の笑みを浮かべるその姿に、皆は理解した。
　守るために、フローレンツィアは堕ちた。

●龍炎乱舞
　一人が闇堕ちした事で、灼滅者側の戦力は急激に増大した。ダメージソースが足され、大きな打撃が入るようになったのである。
「命がけの、大縄飛びですねっ……」
　津波にも似た尾を飛び越える耀とサキ。けれど回避し損ねた聖の眼前へ、ソウルペテルが割って入る。
「ペテっちゃん……！」
　見る間に消滅するソウルペテル。これでもうかばえる者は。
「だああああああッ！」
　最後の一人、千尋は歯を食いしばり、気力を振り絞って敵を斬りつけ、噴出する返り血を全身余さず浴びていた。
　背中が焦げるのも構わず炎弾を身を伏せてやりすごし、神速の斬撃を食らわせる耀。
　反対側からは鎗輔が懐に突撃し、がら空きの胴体へ神霊剣を叩き込む。
　急所を突かれて目をむき、頼りなくよろめく敵。
　すでにその足下は自身の血で溜まりができているが、いまだ倒れる気配を見せない。
　聖の歌は続く。どこまでも響く癒しの声が、膝の折れそうになる仲間を何度でも立ち上がらせる……！
　そしてそれ以上に振るわれる龍の尾。サキの足がもつれた。逃げられない。間に合わない。
　暖かい鮮血が総身に降りかかった。でも、それは自分のものではない。
　目前には、千尋が立っていた。背中からは丸太のように太い尻尾の先端が突き出ている。
「……、……」
　千尋は何か言いかけたようだったが、尾が引き抜かれると糸の切れたように倒れ込む。
「目を、開けて……」
　サキが支えた。願いを込めて声をかけるがまぶたは閉ざされ、返答はない。
　アラハオウもまた傷を治癒するべく、全身を爆炎の如く燃え上がらせ――。
　直前、フローレンツィアが躍り込む。
「回復しても追いつかないくらい、刻み込んであげるわ」
　そう、徹底的に。もはやほとんど形を成していない黒金を叩き割り、あらゆる方向から糸を絡めて蹂躙する。
　身体がアラハオウに掴まれた。締め上げられ、しかももう片方の腕が筋肉を浮き上がらせて迫ってくる。
　奴の爪がぎらりと光った。頭を粉みじんに破砕する気なのだ。
　まさに爪が届く刹那、彼女を掴む拳が霧状の血しぶきとなって爆砕した。無数の糸を操り、内側から逆に破壊してやったのである。
　解放されるフローレンツィア。ただ、先ほどの芸当が可能だったのは自らの体力が突如大きく回復したからで。
「頑張って、ねえ、もう少しだから……っ」
　聖だった。徐々に自らが闇に侵食されているにも関わらず、懸命に歌い続けている。
「……撤退しましょう」
　耀が言った。三人が倒れ、二人が闇堕ち。戦線は崩壊。
「命があるなら、それを守るべきです――たとえ、任務が失敗しようとも」
「そう……仕方ない……ね」
　サキも消え入りそうな声で同意する。奴の振り切ったパワーと堅固な耐久性に、後一歩届かなかったのだ……。

　幸い敵も大きなダメージを受けていたためか、逃走する灼滅者を追撃してまで戦闘を仕掛けては来なかった為、撤退は無事に成功した。
　だが、灼滅者が敗北し、ガイオウガの化身である『アラハオウ』が、ガイオウガに合流してしまったという事実は、ガイオウガとの決戦に暗い影を落とすのだった。

作者：霧柄頼道	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：一橋・聖（空っぽの仮面・d02156）
種類： 公開：2016年10月12日 難度：難しい 参加：8人 結果：失敗…
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