シャドウ大戦介入~圧倒する歓喜

    作者:長谷部兼光

    ●悔いよ贖罪、潰えよ慈愛
     終わるとなれば何とも呆気無い。
     古今数多あるいくさの結末など、概ねそのような物だろう。
    「全軍攻撃を開始しなさい。コルネリウスとオルフェウスの2人は、この戦場で必ず討ち取るのです!」
     シャドウ大戦・最終局面。このいくさの末も、また。
     歓喜のデスギガスの懐刀、大将軍アガメムノン率いる軍勢がこれから行うのは、慈悲無き殲滅戦。
     デスギガス本人が戦場に出るまでもない。大将軍の令の下、数だけ揃えた歓喜の雑兵達が、少数精鋭を誇る慈愛の兵(つわもの)達に攻め寄せる。
     押し潰し、飲み込まんとする歓喜の大波相手に、慈愛の精鋭達はどれだけ持ち堪える事が出来るだろうか。
     そして仮に雑兵達をやり過ごせたとしても、その後ろに控える強力な『タロット兵』を相手取るだけの余力は何処にも残されていないだろう。
     壊滅の刻は、間近に迫っていた。

    (「このままでは、この戦いは負ける。武蔵坂、来ないつもりですか?」)
     共にコルネリウスとの会談を行った灼滅達が帰還してから、既に一月。
     この時点で援軍が来ていないと言う事は、武蔵坂はシャドウ大戦に介入しないという決断をしたのかもしれない。
     ……焦燥。
     レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)は胸中をざわつかせるそれを抑えつけながら、それでも一縷の希望を持って歓喜の軍勢を相手取る。

     歓喜に飲み込まれようとしている慈愛の陣営の、その最奥。
    「すみませんが、あなたを逃がす余裕は、どうやら無いようです」
     コルネリウスの言葉に、優貴が頷く。
    「覚悟はできています。いざとなれば、私は死んで、武蔵坂を守りましょう」
     彼女が生きていれば、シャドウ大戦に勝利したデスギガス軍が、武蔵坂学園に直接攻め入る事が出来てしまう。
     ならば、生徒を守る教師として、優貴が取れる手段は一つ。
     ……優貴の決意を見て、コルネリウスは静かに……頷いた。

    ●ダイヤ
    「まさかこれほどまでに一方的だとは……」
     サイキック・リベレイターの照射によって、シャドウ大戦の戦況を察知した見嘉神・鏡司朗(高校生エクスブレイン・dn0239)は驚いた様子だった。
    「シャドウ大戦は九割九分、歓喜のデスギガス勢力の勝利で終わるでしょう。今回の戦いに武蔵坂が介入する主たる目的は、次の戦いに備えて、デスギガス勢力の戦力を可能な限り削ること、です」
     危険な任務ではあるが、もし今回シャドウにリベレイターを照射していなければ、ほぼ無傷状態の歓喜勢力と交戦せざるを得なかっただろう。
     付け入る隙があるだけ好機と見るべきか。

     戦場に介入し、取れうる方針は五つ。
     第一に、タロット兵への攻撃。
     戦場の後方で待機している、タロットで武装したシャドウを強襲する。
     決戦兵力であるタロット兵を撃破し、タロットごと灼滅できれば、歓喜勢力に大きな打撃を与えられるだろう。
    「非常に強力なシャドウですが、単騎で動いているので、付け入る隙はあるでしょう」
     ただし、戦闘が長引いた場合、周囲の敵軍勢が援軍にくる可能性がある。
     そうなれば多勢に無勢。勝機も無い。引き際の見極めも重要になるだろう。
     逆に素早くタロット兵を撃破する事が出来れば、他のタロット兵を襲撃するチャンスもあるだろう。
    「総じて、時間との戦いでもあるでしょうね」

     第二に、負傷兵襲撃。
     アガメムノンの軍勢は圧倒的な戦力を保持しているが、それでも無傷での勝利とはいかない。
     その為、戦闘で傷ついた戦力は後方にまわしつつ、無傷の部隊で攻め寄せるという戦術を使用するだろう。
     そこで、この戦闘で傷ついて撤退してくるシャドウに狙いを定めて灼滅する。いわば不意打ちだ。
     敵は負傷し撤退している状態なので、より多くのシャドウの灼滅が可能だろう。
    「ちなみに、この作戦で撃破するシャドウは、シャドウ大戦の戦場から撤退してくるものなので、いくら撃破しても、戦況に影響は与えることは出来ません。あくまでも後の戦いの為の布石、と割り切って臨むべきでしょう」

     第三に撤退支援。
     シャドウ大戦の勝敗が決した後、その撤退を支援する。
     支援対象は、
     戦場に取り残された灼滅者。
     優貴先生。
     レイ・アステネス。
     慈愛のコルネリウス。
     贖罪のオルフェウス。
     グレイズモンキーのいずれかになる。
     仮に撤退支援に失敗した場合、対象は死亡してしまうだろう。
     また、同じ部隊……この場に集まった灼滅者間で支援対象が食い違った場合は、有効な撤退支援を行う事ができなくなる。
     その対象に撤退支援を行う部隊が多ければ多いほど、各々が無事に撤退できる可能性が高まる。
     慈愛のコルネリウス、贖罪のオルフェウスの両名に対して、アガメムノン軍が執拗に追撃してくるので、彼女らの撤退を成功させるには、かなりの支援部隊が必要になるだろう。
    「そしてグレイズモンキーは、殿を務めるつもりです。贖罪のオルフェウスが撤退に成功しない限り戦場に留まり続けるでしょう。状況によっては彼……? に対する撤退支援が無駄になるかもしれません」

     第四に、コルネリウスの軍勢に合流する。
     対象は、慈愛のコルネリウス、贖罪のオルフェウス、グレイズモンキー、レイ・アステネス。
    「この作戦を選んだ場合、先の戦い同様『決死』の覚悟で臨む必要が有るでしょう」
    『決死戦』……闇堕ちしたとしても死亡する危険を孕んでいると言う事だ。
     撤退支援に回ったチームの助力がなければ、戦場から脱する事すらままならなくなる可能性がある。
     そうなれば、シャドウの軍勢に飲まれて、死ぬのみだ。
     そして誰に助力しても、この作戦のみでは勝利することはほぼ不可能と思っていい。

     最後に、アガメムノンの暗殺。
     非常に難しい作戦だが、それまでの戦闘の結果、デスギガス軍が大きく消耗していた場合は、成功の可能性が出て来る。
     大将軍アガメムノンの暗殺に成功した場合、デスギガスの軍勢は撤退するため、撤退支援なども行う必要はない。
     成功させるには、この作戦を選択した以外の部隊の大多数がタロット兵撃破と慈愛勢力との合流を選択、慈愛勢力と共闘した結果アガメムノン軍を苦戦させる事が大前提となる。
     その上で、相当数の部隊が現状実現しうる限り最高峰の連携と緻密な作戦を持ってアガメムノンを襲撃すれば、本来ありえないどんでん返しも起こるだろう。
     ただし、アガメムノンを暗殺したとしても、デスギガス軍はまだまだ余剰戦力があるので、シャドウ大戦の勝利とはならない。
     なにより首魁のデスギガスが健在なのだ。
    「コルネリウスの軍勢を支援する事ができれば、より多くの損害をデスギガス軍に与える事が出来るでしょう。選択肢は常にあなた方の掌にある……ですが、必ず、また学園に戻ってきてくださいね……」


    参加者
    米田・空子(ご当地メイド・d02362)
    桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)
    カルナヴァル・ジンガムル(俺の指揮を見ろや・d24170)
    厳流・要(溶岩の心・d35040)

    ■リプレイ

    ●機
     朝でもなく、夜でもなく。
     故に陽は昇らず、故に月も見えぬ。
     しかし真昼の如く明るい不可思議な精神世界。その戦場で二つの軍勢がぶつかり合う大戦(おおいくさ)は、終局に差し掛かろうとしていた。
    「うわー……デスギガスなしでこの展開? ちょっと差がつきすぎじゃない? てかヤバくない?」
     あまりにも一方的な戦況に、カルナヴァル・ジンガムル(俺の指揮を見ろや・d24170)は思わず嘆息した。
    「……ずれ込んだ結果がこの大ピンチか」
     もしガイオウガをあと一月早く撃破出来ていれば、そんな思いが淳・周(赤き暴風・d05550)の頭を過る。
     これ以上アガメムノン、そして、デスギガスの思い通りにさせる訳にはいかない。
     撤退を支援する為に集結した各班員の心情も、周のそれと同様だろう。
     今すぐにでも戦場へ駆け出したいと、そう願う灼滅者もいる筈だ。
     だが、まだ早い。
     今暫く『機』を伺う必要が有った。
     桜庭・理彩(闇の奥に・d03959)は時間の許す限り、他班との連絡・連携準備に注力するつもりでいた。
     だが、布陣を確認すると、連携は難しいと気付く。
     ミゼンの位置は凡その見当がついている。問題は、その位置がコルネリウス・オルフェウス・優貴達が立て籠る拠点からは遠い点と、敵大将アガメムノンの妨害か、通信機器が使えない点。
     理彩個人としては、ダークネス同士の縄張り争いとその結果など知った事ではない。が、コルネリウス、あるいはオルフェウスが撤退戦を開始した場合、それは恐らく苛烈を極める物になる。
     灼滅者の撤退支援を担うチームも、最終的にはそちらに回らざるを得なくなるだろう。
     もし、仮に、自班が何かしらのトラブルに遭った場合、独力で脱出する必要が出てくるかもしれない。
     ……そんな理彩の懸念をよそに、時は進み、『機』は熟す。
     慈愛の軍勢、その陣形が大きく崩れる。
     戦の趨勢が決しようとしている。
     撤退支援班が待ち望んでいたのは、今、この瞬間。
     灼滅者達は後詰めの二班を残し、戦場に身を投じる。
     各々の役割を、果たすために。

    ●接触
     ミゼンとの接触までに然したる障害が無かったのは、彼が慈愛陣営の兵士達を指揮する立場に収まっていた事が大きい。
     軍全体の陣形が乱れ始めたとは言え、未だ指揮官自身が刃を振るうような危機的状況には陥っていない。
     だが、それも時間の問題だろう。
    「助けにきましたですよ、アステネスさん。お待たせしちゃったみたいで申し訳ないのです」
    「ナノ!」
     米田・空子(ご当地メイド・d02362)とナノナノ・白玉ちゃんが忙しなくシャドウに命令を飛ばす『レイ』へと声をかけると、かつてレイだった者は一瞬無表情になった後、とぼける様に、
    「レイ? 私の名はミゼンですよ。お間違えの無きよう」
     薄く笑い、そう返した。
    「クラブのスート……私もそうだ。そのよしみ、でもないが、見据える敵は同じなんだ。此処は一つ共に力を合わせて窮地を脱する、と言うのはどうだろうか」
     敵の敵は味方。そういう理屈で神崎・摩耶(断崖の白百合・d05262)が共闘を持ちかけると、その一言が欲しかったのですとミゼンは同意して見せる。
     これならばスムーズに事が運ぶ。摩耶がそう思った矢先、ミゼンの口から出てきた言葉は灼滅者全員が耳を疑うものだった。
    「さて、それではアガメムノンの首を取りに行きましょうか」
    「……なに?」
    「ええ、少々来るのが遅かった感は否めませんが、なに、あなた達という戦力があればここから戦線を立て直す事は可能でしょう」
     言いながら、ミゼンが配下のシャドウに下すのは、戦力の再編成と徹底抗戦の号令だ。
    「……違うぞ。この状況では、一度引いて再決戦を挑むしかないだろう?」
     あらゆるシャドウが入り乱れるこの戦場で逸る気持ちも解らなくもないが、と、摩耶はそう諭すが、何を弱気なとミゼンは一蹴する。
    「いいや絶対無理だね。コルネリウスや優貴先生達にもこの戦場から生きて離脱させるための部隊が向かってる。残るのはグレイズモンキー位だ。それでどうやって勝つっていうのさ?」
     摩耶が続いてカルナヴァルが現状を伝えた。が、
    「だからこそ。我々がここで歓喜の軍勢に抗い押し返せば、彼女達の心も奮い立つでしょう」
     ……不味い。
     そうさせないために撤退支援班は『機』を見て勝敗が決する以前の介入を避けたのだ。
     敗北が決定的になるより前に介入した場合、慈愛軍が撤退を行なわず、灼滅者達は、撤退しない慈愛軍の退路を延々維持し続けなければならなくなる可能性があった。そうなれば共倒れに終わるのは火を見るより明らかだ。
     このまま戦線の立て直しを許せば、それが起こる。
    「ボク達はあくまで撤退支援に来たんだ。此処から戦局をどうこう、って意見には承服しかねるよ」
     百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)も、皆と同様に撤退を促すが、ミゼンは頑として応じない。
    「戦局は覆らねえだろうが、命さえありゃ幾らでも取り返せる。この場は俺達と退くんだ。そうすりゃ俺達武蔵坂がもっと面白いものを見せてやる」
     今はシャドウでも元灼滅者。見殺しにするのも気分悪い。
     厳流・要(溶岩の心・d35040)の言葉は仲間意識と純粋な善意から出たものであったが、しかし、『ミゼン』には届かず、
    「あなた方は見たくないのですか? 懐刀を失い、慌てふためくデスギガスの姿を。それに勝る面白いものなど果たしてあるのでしょうか」
     埒が明かない。
    「エト・ケテラにも救援は向かってる。だから――」
    「ああ。彼女なら死にましたよ」
     周の言を遮って、ミゼンは事も無げにそう言った。
    「こちらの陣形が大きく崩れたのは、彼女が倒れたからです……もしかして顔見知りでしたか? だったら猶更、弔い合戦の一つでもやってやらないと、報われないでしょうねぇ」
     さぁ、と灼滅者を負け戦に駆り立てようとするミゼンの相貌を、文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)は見透すようにじっと観察する。
     彼が兵を指揮する立場にあるのなら、此方に先んじてエト・ケテラの消息に関する情報を得ることは可能だろう。
     だが、彼は、息するように嘘を吐く。そういう性質を持つシャドウだ。
     彼の言葉を鵜呑みにするべきではないし、ここはエト・ケテラと行動を共にする仲間達の成功を信じるべきだろう。
     ……咲哉が思うに、ミゼンはコルネリウスやオルフェウス以上に、この戦場に固執しているのではないか。
     だからこそ嘘を吐き、救援に来た灼滅者を戦力として組み込んで、戦局を覆そうと腐心する。

     だとするならば、『詰み』だ。
     幾ら説得を重ねたとしても彼は聞き入れず、最終的に歓喜の雑兵達に飲み込まれ、レイと共に死亡するだろう。
     だが、彼を見捨てるという選択は、この場にいる灼滅者全員の望む結末ではない。
     ――ともすれば。

    ●間隙
    「……何の真似ですか」
     ミゼンが灼滅者達に問う。
    「冗談はおよしなさい。ここで私に刃を向ければ、あなた方は慈愛の軍勢すら敵に回すことになる」
     ともすれば。
    「正気の沙汰でありません。あなた方は、一体、誰の味方なのですか?」
    「そんなの決まってるだろう!」
     要が力の限り、『彼』へと叫ぶ。
    「『レイ・アステネス』! お前の味方だよ!」
    「……!」

    『ミゼンが歓喜の軍勢に殺される前に、此方で彼を討つ』
     それより他に、レイを救出する方法は無い。

    「そうね。敵はシャドウ。私たちの目的は『レイ・アステネス』の撤退支援。そしてあなたがそれを阻むなら、斬って進むしか無いでしょう?」
     暗殺の一手を選べない弱腰にがっかりするところだけは同意するけれど。
     そう付け加えて、理彩は日本刀の柄に手を掛ける。
     彼女の眼前に在るミゼンは、最早敵意を持って排除すべき障害に過ぎない。
    「ありえない。ダークネスが跋扈するこの世界で、たった一人の人間を救け出す為だけに、あなた方は全てを敵に回すと言うのですか?」
    「……ああ。実はな、そういうのはしょっちゅうやってる。ずっとずっとそう繰り返して、あたし達は今、ここにいる」
     周がギターの弦をぴんと弾き、内に宿る炎を滾らせる。
    「だから……覚悟しろよ。てめぇにゃ悪いが、今回も、ハッピーエンドで幕引きだ!」
    「愚かな。私がここで命令一つ下せば、あなた達は我が配下にその身を裂かれ、死に果てるだけなのですよ?」
     嘘だ。
     慈愛のシャドウ達は、迫る歓喜の軍勢を押し留めるのに精一杯で、此方に駆けつける余裕などない。構えば、それを切っ掛けとして歓喜の軍勢に蹂躙されつくすだろう。
    「……良いでしょう。私に楯突くつもりだと言うのなら、未だ我が心の内で醜く足掻くその男の存在ごと……この場で葬って差し上げましょう!」
     ゆっくりと、ミゼンのシルエットが揺らめき、蠢く。
     戦場に生じた、何時崩れるとも判らぬ小さな拮抗状態。
     その僅かな間隙を利用して、ミゼンを倒しレイの目を覚ます。
     綱渡りだが……やるしかない。

    「随分と馬鹿げた選択をしたものです。勝算があるとでも?」
     ミゼンが植物の意匠の施された杖で地面を叩く軽くと、煉火の視界に無数のトラウマが現れて、急速に意識を蝕んだ。
    「貴様……いや、レイくんとは面識は無いけどな。ただ死ぬと分かってて見過ごすのが納得行かなかっただけだ」
     助けると決めた以上、どうあっても成し遂げるまで。
     煉火は歯を食いしばり、トラウマを振り払う。
     深紅の碑文、その銃口をミゼンに押し当てて、零距離から彼の『業』を塗り潰す。
    「義を見てせざるは、だな」
     摩耶がダイダロスベルトを煉火に放ち、帯は傷ついた煉火の身体を包み、癒す。
     そして摩耶はミゼンを見据え、
    「自らの命の使い処を誤るな。今回は、全員無事で戻る。『全員』、の中には貴様も含んでいるのだ。兎も角、一緒に学園まで来てもらおう!」
     ミゼンが嘲笑う。
    「あそこにもう、用など有りませんよ。私にとってあの場所は、最早何の思い入れも無ければ価値も無い、ただの箱庭」
    「『嘘』ですね。仮に貴方がそうだったとしても、アステネスさんは違うでしょう」
     白玉ちゃんがミゼンをしゃぼん玉で牽制しているその隙に、空子は縛霊手・ハンドメイドの指先一点に霊力を収束する。
    「みんな、アステネスさんが帰ってきてくれるのを待ってます……だから!」
     空子は『レイ』へと呼び掛けながら、集めた霊力を周へと射出して、それを受け取った周は影業・睦月に火を燈す。
    「レイ! 今は生き延びてこそ、だ! エト達だって、きっと……!」
     紅蓮に燃え盛る影の茨が戦場を焼き、ミゼンに到達すると彼を焦がし、延焼させながら絡みつく。
     ……歓喜達の咆哮が、間近に迫る。
     防御を捨て、集中して一気に火力を叩き付ければそれだけ早く終わるだろうが、そこでこの戦場から撤退するための余力を出し切ってしまえば元も子もない。
     負傷を嫌い、慎重に、かつ、可能な限り迅速に。
     このスタンスから外れれば、後に待つのは見るも無残な潰走だ。
    「諦めないよ。レイを待ってる人がいる。命ある限り希望は消えない。誰かの明日に繋がるなら、なんだってやるさ」
     メディックであるカルナヴァルは、後列に巨大な法陣を敷き、天魔を呼ぶ。
     飄々とした態度は崩さないが、その言動は真剣だ。
    「助けるし、必要なら殴るよ」
     殴る拳は必ずしも自分の物では無い。
     八人で構成されたチームは、即ち八本の指を持つ拳だ。
    「レイくんにはどうしても生き残って貰わなきゃいけないからねぇ。お兄さん頑張っちゃうぞ! ……後方からね」
     メディックがチームを癒し強化すれば、敵を打ち抜く拳もまた、強く堅固に変じるだろう。
     天魔を宿した咲哉は鞘から十六夜を抜き放つ。
     鋭く光る刀身に写すのは、レイの似姿。
     彼は、仲間を死なせない為に闇に堕ちた筈だ。
     その想いの終着点が、こんな巷で塵芥の如く潰えるものであって良い筈がない。
     だから。
    「ここで死なせてなるものか!」
     雲耀の一太刀は正確に『レイ』を捉え影を斬り裂く。
     斬撃を受け、傷ついた影の頬を伝うのは、一筋の血涙。
    「面白く、ありません。面白くありません……! あなた方は嘘偽りの一つ無く、我が心を抉ろうというのですか……!」
     彼の光背が眩く輝く。
     それは、全ての真実を駆逐しようとする虚妄の光だ。
    「あなた方の存在そのものを嘘としましょう。消え去りなさい。灼滅者!」
     光が満ちる。
     虚妄の光は後列全てを飲み込んで――否。
    「――そんな」
     影が呻く。
    「嘘、でしょう……!?」
     そこにあるのは、真実だ。
     ディフェンダー陣が全てを受け止め、
     ……後列は、誰一人として欠けてはいない。
    「元灼滅者なら、まだ仲間に戻せるはずだ! 全員で戻るため、俺が為すべきことを全力で為せ!」
     赤く熱するその腕で、要が灼け溶かさんとするほどに強く握りしめるのは『武蔵坂学園応援旗』。
    「死者も出たガイオウガ決死戦の激しさに比べれば、この程度何てことねえだろ!」
     裂帛の気合と共にたなびく旗が黄色に変じると、前列を癒し、刹那。
    「さようなら。ミゼン」
     理彩はゆっくりと、日本刀を鞘に納める。
     即ちそれは、神速を誇る居合い斬りの、終の動作。
    「……あなた方は……私の希望ではなく……レイの希望……だったのですね……」
    「――心壊」
     鈴のように小さな金属音が響くと、刃は全て鞘に収まって、同時に影は綻び……溶けるように消え失せた。

    ●撤退
    「待たせたなレイ、助けに来たぜ。こうして顔を合わせるのは、生殖型ゾンビ以来か」
     空子が最初に掛けた言葉を、最後にもう一度。
     咲哉はくずおれかけたレイの手を確りと掴み、彼の身体を支える。
    「ああ……済まない。迷惑をかけたな」
     はにかむ様にそう答えたレイの顔色は芳しくなかったが、正気のようだ。
    「さあ、帰ろう。ミゼンは負けたが、キミはまだ負けてない。出来る事は山程あるはずだ!」
     また学園の仲間として共に戦おう。煉火はそう言って、疲弊しきった様子のレイを怪力無双で抱え、
    「生きていれば死んでないって誰かが言ってました。逃げるが勝ち! まずは安全なところまで避難しましょうですっ!」
    「ナノ!」
     空子が周辺を確認しながら、そう促した。
     慈愛の兵がこちらに敵対する意志は見られない。彼らもこの状況では撤退するしかないと理解したのだろう。或いは、撤退するに頭数は多い方がいいと言う事か。
     間隙は、あと数十秒と保つまい。
     だがもう、何の問題もない。
     初めから灼滅者達は『撤退する為』に策を練ってこの戦に介入したのだから。
     余力は十分。後は慈愛勢と協同し、それを為すだけだ。
    「皆、覚悟は良いな。誰も倒れずに、学園へ戻るぞ!」
      先陣を切る摩耶に皆が頷く。

     そうして九人の灼滅者達は、戦場を駆け抜ける。
     武蔵坂へと、帰還を果たす為に――。

    作者:長谷部兼光 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年11月16日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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