炎母の呪縛

    ●鬼子母神にて
     都下、鬼子母神を祀る古刹の夜。
    「ここにも、女性ダークネスの気配はないな……」
     20代半ばから後半と見える美しい女が、広い境内を見回していた。
     彼女は、グラマラスな肢体に古代ギリシャのキトン風の白い衣装を纏い、金色の髪に映える赤い石の額飾りを着けている。
     だが、その毛先や服の裾に炎がひらめいていることから、人間ではないことがわかる。
    「この寺を根城にするような女性ダークネスがおれば、きっと母同士、楽しく女子トークができただろうに……」
     女は悔しげに呟いてから、紫の瞳を伏せ、自分の内側に向けて優しげに語りかけた。
    「だが娘よ、汝はこういういわれのある文化財などを好むであろう? せっかくだから見物して参ろう」
     慈母の微笑み。
    「おお、汝の本当の名前を知る我こそが、汝のことを最も理解しておるのだ。そのくらいのこと解らいでか」
     女は豊満な自らの胸を愛おしそうに抱きしめた。
    「汝の求めることは、全て母が叶えてやろうぞ……まずは心ゆくまで、母娘2人旅を楽しむとしよう」

    ●武蔵坂学園
    「闇堕ちしていた、水瀬・瑞樹(マリクの娘・d02532)さんの動向が予知できました!」
      春祭・典(大学生エクスブレイン・dn0058)は慌てた様子で、集った灼滅者の待つ教室に駆け込んだ。
    『炎獄の楔』の戦いにおいて闇堕ちした瑞樹は、炎のライオンとなって大蛇と戦い、仲間を救った。しかし、仲間たちの前から姿を消し、消息を絶った後は、女性型の『炎母グラナティス』として行動していたようだ。
     消息不明の間、彼女がどこで何をしていたかというと……。
    「観光がてら全国を巡って、女性ダークネスを探していたようで」
    「はぁ? なんで?」
    「女子会とか女子トークとかやってみたいらしいです」
     ダークネス同士、トークより戦闘になるんじゃ……と、灼滅者たちは思わず心配になる。
    「ついでにグルメも楽しんでるようで」
    「どういう場所を巡ってるの?」
    「遺跡や遺構、文化財が中心で」
    「歴女か!」
     灼滅者たちのツッコミに、典は、当たらずとも遠からず、と頷くと、
    「トコトン女性的で、母性的なダークネスなことは確かです。母性愛が過剰というか……」
     観光&女性ダークネス探しの旅は、グラナティスが瑞樹をじっくり愛でるための時間でもあるのかもしれない。
    「そのグラナティスが、近々鬼子母神に現れます。きっと、鬼子母神から連想して、女性ダークネス……自分と同じような強烈な母親っぽいダークネスに会えるかもと考えたのでしょうね」
    「強烈な母親?」
     典は、困った表情で。
    「グラナティスは、己の中の瑞樹さんを『娘』であると認識しています。そして『娘』に排他的な独占愛を注ぎまくり、彼女の感情を最優先して叶えてやりたいと思っているのです」
    「え、めっちゃ過保護ってこと?」
    「そうですね……学校での人間関係を例に挙げてみましょうか」
     学校生活を送っていれば致し方のないことだが、ウマが合わない人というのはどうしてもある程度存在する。だが、なるべく相手の長所を見るようにするとか、それでも合わない人とは微妙に距離を取ってつきあうとか、どうしても生理的にダメな人とは極力関わらないようにするとか、好き嫌いを出来るだけ出さないよう、円滑な学校生活を送ろうと努力するのが良識ある学生というもの……瑞樹だってご多分にもれずそうしていたはずだ。
    「ですが、グラナティスは、瑞樹さんの『嫌だな』という感情を全て汲み上げ、対象となった人を全て敵とみなしてしまうのです。些細な嫌悪感まで全て含め」
    「些細なって?」
    「例えば、友達同士で意見が合わなくて少々口論やケンカしたり、トロい後輩に思わずイラっとしたり、偉ぶった先生をウザく感じたりとか、そんな些細な感情まで、ということです」
    「何ソレ、子供のちょっとしたケンカにいちいち口出して、学校乗り込んでくるウルセー親みたいじゃね!?」
    「まるでモンスターペアレントだよ!」
     その通りです、と典は深く頷いた。
    「『娘』を独占したいグラナティスが汲み取るのは、彼女の感情のみ。思考や理知の部分は全く無視! です」
    「大変、急いで瑞樹ちゃんを解放してやらないと!」
     ええ、と典は頷いて。
    「ここで取り逃がせば、またグラナティスは移動を繰り返して、発見しにくくなるでしょう。ですので、説得が無理だと判断したら、灼滅も考えてもらわねばなりません……ですが」
     厳しい表情になった灼滅者たちを、典は強い視線で見回した。
    「そもそも都内へとグラナティスを導いたこと自体、瑞樹さんが皆さんに救いを求めている現れだと思うのです。皆さんの真心からの言葉は必ず届くはず。どうか、彼女をモンペの呪縛から解放してあげてください!」


    参加者
    童子・祢々(影法師・d01673)
    時浦・零冶(紫刻黎明・d02210)
    波織・志歩乃(夢と微睡み小夜啼鳥・d05812)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    青和・イチ(藍色夜灯・d08927)
    エシュア・リヒテンシュタイン(カレー店長ブルマー・d13892)
    ステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)
    東海林・風蘭(機装庄女キガネ・d16178)

    ■リプレイ

    ●夜更けの鬼子母神にて
    『ここにも、女性ダークネスの気配はないな……』
     堂宇や木立の陰に潜んだ灼滅者たちにも、女の呟きは聞こえてきた。気配はもとより、影の向きにまで注意してはいるが、女が近づいてくるにつれて、痺れるような緊張感も高まってくる。
    「(水瀬の救出……さて、どんな時間になるか)」
     時浦・零冶(紫刻黎明・d02210)は、懐中時計をポケットにねじこんだ。
    『娘よ、汝はこういういわれのある文化財などを好むであろう? せっかくだから見物して参ろう』
     内なる娘に語りかけ笑む美女は、暗がりに隠れた彼らから見ると、まるでスポットライトを浴びているかのように目映い。
    『汝の求めることは、全て母が叶えてやろうぞ……まずは心ゆくまで、母娘2人旅を楽しむとしよう』
     ――今だ!
     ゆっくりと歩みを進めてきた女が、包囲の中央に達したところで、8名の灼滅者は一斉に物陰から飛び出した。
    「母娘水入らずのところ悪いが、子離れも必要だろう」
     ビシュル!
     突入と同時に放った零冶の影が女に絡みついたが、
    『……何者!』
     誰何と共に、女は力尽くで影を振り払い、跳び退った。
    「水瀬さんの、友達です。返して頂きに、来ました」
    「僕達の大切なクラスメイトを返して下さい。皆、水瀬さんが必要なんです。お願いします」
     続けて青和・イチ(藍色夜灯・d08927)が、素早くよじ登った枝から高々と跳び蹴りを放ち、ライドキャリバーのピークの援護を受けながら、童子・祢々(影法師・d01673)はバスターライフルから目映い光線を撃ち込む。
     先制攻撃をその身に受けながら、あるいは躱しながら、女……グラナティスは笑んだ。先ほどまで浮かべていた慈母の微笑みとは違う笑みだ。
    『ほう……武蔵坂の灼滅者か。会えて嬉しいぞ』
     キトンや金色の髪にちらちらと燃えていた炎が、掌にも点り、
    『いずれこちらから、母として学園を訪問するつもりであったのだ……娘の意に沿わぬ者を全て始末するために!』
     グラナティスはその掌を一閃した。
    「うあっ!」
     鞭のように弧を描いて放たれた炎が、前衛を激しく舐める。
    「魔女は炎を燃やすことも消すことも、お手の物でございます!」
     ステラ・バールフリット(氷と炎の魔女・d16005)がすぐに断罪輪からオーラの法陣を展開して消火したが、灼滅者たちの背筋にゾッと悪寒が走る。グラナティスの炎の威力に……そして、彼女がいずれ学園へと来ようとしていたということに。
     学園訪問を本当に実行しようとすれば、瑞樹も必死に抵抗しただろうし、武蔵坂周辺に住む灼滅者やエクスブレインに勘づかれることなく学園へ侵入することはまず不可能だろうが、それでも恐ろしいことには違いない……それに、母親としておぞましい行動であることも間違いない。
    「グラナティス!」
     神凪・燐(伊邪那美・d06868)がrosa misticaから氷弾を撃ち込みながら叫ぶ。
    「母親代わりを務めている身から申し上げますと、貴女のやっている事は瑞樹さんの為ではなく、最早自己満足のためにやっているに過ぎません。母親を名乗るなら、瑞樹さんが本当に願っていることは何か、考えるべきです!」
     弟妹の母親代わりで、伊邪那美を守護神とする彼女からすると、グラナティスの母としての在り方には我慢ならないし、同時に、自分が成りうる可能性にも見えてしまって、どうにもたまらないのだ。
     東海林・風蘭(機装庄女キガネ・d16178)はバスターライフルの照準を慎重に調整しながら、
    「母の愛は深し、結構なことです。が、子供の言うことを何でも叶え、事の善悪をわきまえさせないのは、『人』の親の理想たりえません。その辺り、しっかり者の瑞樹さんには同意頂けるはず!」
    「そうだよ、そんなの母の愛じゃなくてただのわがままだよー!」
     波織・志歩乃(夢と微睡み小夜啼鳥・d05812)は蝋燭から炎の花を飛ばしながら叫ぶ。
    「分かってくれようとしない親の愛だなんて、迷惑でしかないんだからー! それに振り回される瑞樹ちゃんが大変じゃんっ」
     エシュア・リヒテンシュタイン(カレー店長ブルマー・d13892)は、非常時に備え突入を控えているサポートメンバーと共に、人払いのESPを発動し終えると、
    「ムスメさん思いのつもりなんだろうけど、いいかげん、ははこみずいらず? とか気取ってないで、ミズキを解放してくれよ!」
     愛機・シュバルツカッツに射撃させながら、自らはシールドを掲げて前衛の防御を高める。
     人の子として、灼滅者たちはグラナティスに真摯な言葉を次々と投げかけた。しかし、
    『ほほほ、元気のいいことよ!』
    「わあっ!」
     鋭い風の刃がエシュアを襲った。
     攻撃はともかく、言葉はグラナティスに殆ど影響を与えていないようだ。瑞樹の理解……というよりも支配に、絶対の自信を持っているのだろう。
    「それならば……」
     ステラは炎を宿したエアシューズで滑り込みながら、
    「ごきげんよう、水瀬様!」
     瑞樹への直接の呼びかけに切り替える。
    「ファイアブラッドの集い場以来でございます。ここまでグラナティスを誘導なさるとは、聡明さは更に輝きを増しておられるようですね。しばしお待ちを、ただいまお助け致します!」
     イチの愛犬・くろ丸にカバーされながら、自己回復中のエシュアも、
    「ミズキー! やっとみつけたぜ、聞こえてるかー!? またいっしょに鉱石のハナシとかしたいよー!」
     同じく鉱石部のイチも、
    「最近、部室がさ、むさくるしいんだよね。男ばっか喋ってて。早いとこ戻って、また雪の話してよ」
     赤く光る交通標識を振り回し、
    「君はいつも勇敢でしっかり者。今だって、わかってるでしょ? 腹の中から母さんにツッコミ入れてあげて」
     むさくるしいのには、俺は含まれてないよな、とボソリと零冶がツッコミを入れてから、日本刀を一閃し。
    「水瀬、俺は鉱石部を離れたが、友好として交流は続けてきた。今までに築いてきた、数々の縁を手放すつもりはないんだろう?」
     風蘭は後方から、瑞樹に届けとばかりに子守歌を歌い上げ、
    「迎えに来たんだ、水瀬さん」
     祢々は指輪から弾丸を撃ち込み、
    「クラスの皆も君がいないと落ち着かなくて、ふとした時に空っぽの君の席を見ている。皆、君が心配なんだ」
    「さー、帰る時間だよー。みんな瑞樹ちゃんを待ってるものっ」
     志歩乃は黒き夢のステラ・マリスを、魂まで届けとばかりに深々と突き刺して。
    「瑞樹ちゃんは学園でやりたいことがあるんでないのー? 手芸したり、鉱石のアクセサリー作ったり、それに灼滅者としてがんばったり。甘やかされて閉じこめられたままじゃ、何にもできないっしょー! 帰っておいでよ、もっといろいろ楽しもうよー!」
     燐はオーラを宿した拳を握りしめ、
    「現場でお会いするのは芋煮怪人ぶりですが、私、貴女の作るアクセサリー、大好きです。東北人同士、名産の事ももっともっと語り合いたいし、何より貴女の新商品、楽しみにしてるんですよ!」
     思い切りよく踏み込んでいく。
    『うるさい! 汝らが我が娘の何を知っているというのだ!!』
     自分の知らぬ娘を語る友人たちの呼びかけが気に障ったのか、グラナティスは怒りの表情で手刀に炎を燃えたぎらせ、頭上に振り上げた。
    「神凪さん、危ない!」
     炎の手刀は、果敢に懐に入ろうとしている燐を狙っている。イチが庇おうと飛びだしたが、間に合いそうもない……!
     しかし。
    『なにっ!?』
    「……えっ?」
     今にも燐の頭に振り下ろされようとしていた手刀の、炎の勢いが急に弱まった。そして、そのせいでタイミングも狂い、手刀は空を切った。
    「な、何がおきたのですか?」
     イチも燐も、冷や汗をかいて見ていた仲間たちも驚いたが、一番驚いているのは当のグラナティスのようだった。驚愕の表情が隠せていない。
     ということは、急に炎を弱めたのはグラナティスの意思ではなく……。
     ――瑞樹だ! 瑞樹が応えている!

    ●炎母グラナティス
    『は……母に逆らうかあぁぁっ!』
     菫色の瞳が怒りに燃え上がった。
    『娘のことをもっとも理解し、愛しているのは、真の名前を知る我である!』
     グラナティスの叫びは灼滅者たちに向けられているのと同時に、瑞樹にも向けられているようだ。
    「真の名前ね……」
     だが、その怒りをスルーし、祢々は淡々と瑞樹へと語りかける。
    「水瀬さん。僕は君の本当の名前を知らない。瑞樹という名前が君の特別なんだと、それくらいしかわからない。だから、僕は君ともっと話がしたいんだ。君のことが知りたいから……全部終わったら、たくさん話そう。教室で、皆と一緒にいろんなことを」
    『やかましい!』
     金色の髪を逆立て燃え上がらせ、キリキリと目をつり上げたグラナティスは、まるで鬼女。
    『汝らが、我の娘の真実を知ることなど、未来永劫ないわ!』
     鬼女は鬼の拳を握りしめ、祢々へと殴りかかる……が。
    「今度こそ……防ぐ!」
     ガシッ!
     零冶が十字に組み合わせた腕で、鬼母の怒りを受け止めた。
    『ぬ……』
    「今だ!」
     一瞬動きを止めたグラナティスに、燐とイチが左右から炎のキックを見舞い、志歩乃が緋牡丹灯籠で炎をたたみかける。くろ丸がカバーに入った零冶には、ステラがラビリンスアーマーを伸ばして素早く手当を施す。風蘭はバスタービームで押し込み、更にエシュアが炎を載せた聖剣で切りつけ、2台のキャリバーが左右から突撃する。
     自らが発する怒りの炎と、灼滅者が与えた炎にまみれるグラナティスの姿は――正に炎母。
     その様子に、ここまで物陰に隠れ非常事態に備えていたサポートメンバーが、勝負処と見て飛び出してきた。グラナティスが弱りだした今こそ、瑞樹に言葉を届かせるチャンス……!
    「瑞樹さんっ!」
     まずは東海林・朱毘(機甲庄女ランキ・d07844)が、妹の風蘭に似たアーマー姿も勇ましく呼びかける。
    「いつぞやの山形の怪人退治にご一緒して以来ですね。同じ郷土を持つ者として、見過ごせません。ミネラルコレクションズでも待ってる人がいますし、とにかくさっさと戻ってきてください!」
     次に炎導・淼(ー・d04945)が少しためらいがちに。
    「……水瀬、俺だ。炎導だ……きちまったよ。本当は俺も拳骨かまして連れ帰りたかったけどよ……水瀬は俺のこと嫌いだろうからよ。でもな……うおっ?」
     突然、グラナティスの表情が変わった。鬼のような表情を更に険しくして淼を睨みつけ、全身の炎を今日一番の勢いで燃え上がらせている。
    「……汝かァ……っ!」
     そして野獣のような瞬発力で飛びかかっていく。
    「い、いったい、何なの!?」
    「何にしろヤバい!」
     突然の事態に、ディフェンダーたちは間に入ろうとしたが、いきなりすぎて対処できない……!
     しかし。
    『……うっ?』
     淼の目前で、正に腕をのばせば彼に届くような位置で、グラナティスの足がつんのめるようにして止まった。
     グラナティスは宝石のような目を見開き、愕然とした表情を凍り付かせている。
    『ど……うしてだ、娘よ……汝はこやつを……』
     ――瑞樹だ! 瑞樹がグラナティスを止めた!!
     常軌を逸したようなグラナティスの殺気や、淼の言葉から慮るに、瑞樹と彼の間には、過去になんらかの出来事があったのかもしれない。けれど、瑞樹はグラナティスが彼を攻撃することを望んではいない。
     この意志こそが、瑞樹の人としての理性であり、人として人の中で生きていきたいと望んでいることの証……!
     ボロボロのキトンが、乱れた金髪が、絶望的に揺れる。
     うちひしがれるグラナティスの姿に、決着は近いと見て、
    「回復は頼むぜ!」
    「任せてください!」
     メディックの2人もサポート隊とサーヴァントたちにフォローを任せ、全力で攻撃と声かけに邁進する。
    「これでわかったろ!」
     まずはエシュアが、娘の反抗に立ちすくむグラナティスを、流星のような跳び蹴りでよろけさせ、
    「ミズキをそろそろ解放してくれよ……! あいつのいばしょは武蔵坂学園なんだぜ。ミズキのいっぱいのともだちが、みんなまってるんだ。もちろんあたしも!」
    「ダークネスなら力さえあれば、ワガママも許されるのでしょうが、瑞樹さんは人の世で生きるべき人。さあ、引き渡してください……ッ」
     風蘭はライフルで地面を爆発させ、その勢いで宙に舞ったグラナティスの襟首を掴むと、瑞樹と共通しているはずの郷土愛を精一杯込めて。
    「むきそばダイナミーック! 隠れた蕎麦の名産地、山形の夏の味わい……思い出すのです、瑞樹さん!」
     ドゥウン!
     地響きがするほど投げ落とされた瞬間を逃さず、イチが鋭い跳び蹴りを見舞い、
    「グラナティス、貴女の娘さんは、とても良い子。皆に愛されてる。僕もまた会いたいし、話したい。貴女は彼女のこと、よくわかってると思う……でも、一番分かってるのは、本人だ。彼女の意志を、声を、ちゃんと聞いて!」
    「そうですとも。貴女は娘想いを謳いながら其の実、娘が戻りたいと思う場所、そして幸せへの道を阻んでいることを自覚なさい!」
     ステラも力強いキックで炎をたたき込んだ。
    「水瀬様の居場所は、武蔵坂学園です!」
     集中攻撃を受けたグラナティスだが、
    『娘は……我がもの……』
     美しい顔を苦しげに歪め、まだしぶとく起き上がろうとする。
     そこにすかさず伸びてきて、ギリリと縛り上げたのは零冶の影。
    「水瀬は、歴史民族だったか、大学で勉強したいことがあるって言ってたな。娘が希望する進路を阻むつもりなのか?」
     グラナティスはもう影を振り払う力も無いようで……瑞樹が内から抑えつけているせいもあろう……ただ炎だけを激しく燃えさからせ、言葉にならない呻きを漏らすのみ。
     バシッ!
     動けない敵に、光り輝くエネルギーの固まりが命中した。祢々のオーラキャノンだ。
    「水瀬さん! 皆が君の無事を祈っている。君が帰ってくることを信じている。彼とも水無瀬さんを連れ戻すと約束したんだ! だから戻ってきて!」
     ……怒りの炎が、わずかに弱まったように見えた。
    「今だよっ!」
    「ええ、決めましょう!」
     燐が十字架から氷弾を狙い違わず撃ち込むと同時に、志歩乃がオーラを宿した拳で渾身の連打をぶちこんで……。
     グラナティスが倒れ伏すと、あんなに燃えさかっていた炎が、スウッと消えた……そして。
    『娘よ……母がいなくとも平気なのか……?』
     小さな、小さな呟きが。
    『母は……いつも見ておるぞ……』
     紫色の炎を宿していた瞳が、輝きを失っていく。
     灼滅者たちが慌てて駆け寄ると、炎母は静かに目を閉じた。
     祢々はその姿に思わず頭を下げる。色々問題はあったにせよ、ここまで瑞樹を守ってきてくれたことに対し。
    「あ……」
     灼滅者たちは気づいた。炎母の外見がゆるゆると変化していっていることに。
     息を呑んで見守る彼らの輪の中で、姿を現したのは……。
     主の脚の間から顔を突っ込んで、わん、と、くろ丸が嬉しそうに一声鳴いた。
     そして灼滅者たちも安堵と喜びの笑みと共に。
    「――お帰りなさい」
    「お帰りなさい、瑞樹さん……」

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年12月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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