暗殺武闘大会決戦~紅のサーキット

    作者:長谷部兼光

    ●急報
     第三次新宿防衛戦の勝利に湧く灼滅者達に届いたのは、一つの急報だ。
     連絡を受け、教室に集った灼滅者達を迎える見嘉神・鏡司朗(高校生エクスブレイン・dn0239)の表情は険しい。
     労いの言葉も程々に、鏡司朗は本題に入る。
     曰く、暗殺武闘大会の予選を通過したダークネス達に動きがあると。
    「数十名の予選通過者達がそれぞれ全国計十五の地点に分かれ、何かを始めようとしています」
     問題は、アブソーバーの予知が行えない為、その何かが現状では解らない事なのですが、と鏡司朗は肩を落とす。
     ルールを設けたバトルか、問答無用のデスマッチか、それとも、あのミスター宍戸のプロデュースだ。こちらの想定が及ばない奇妙奇天烈な催しか。
     そもそもどのような意図を持って暗殺武闘大会決戦が開かれたのか自体、未だ知れないが、いずれにせよろくでもないものが行われようとしているのは確かだろう。

    ●渦中
     鏡司朗は続ける。
     判明した十五地点の内、この班の担当は、某県にある閉鎖されたサーキット場だという。
    「施設を解体するにも相応のお金は必要でしょう。ですが結局、その資金も集められず、幾分昔から放置されていた場所です」
     戦うにしろ隠れるにしろスペースには困らないだろうし、季節柄、こんなところに迷い込む一般人もいないだろう。
     時刻は真夜中。
     集うダークネスはおよそ五から八体程度。種族・正確な数は不明。
    「全員が予選を勝ち抜いた者であるため、相応の手練れである事は間違いありません。そんな彼らを一度に相手取ろうとするのは危険でしょうね」
     仮に暗殺武闘大会が続いているのなら、彼らは必ず戦い始める筈だ。
     その場合、状況を見て戦闘に介入するか、或いは、勝敗が決定した後に勝ち残ったダークネスを灼滅するといった対応が考えられる。
     が、あくまでも仮定の話だ。
     状況によっては、交戦する事無くその場から撤退する、と言う判断も十分に有り得るだろう。
     ……総合すると、予知による情報が期待できない以上、灼滅者が実際に現場へ赴いて、状況を確認し、その後『ろくでもないもの』に如何アクションを取るべきか考える必要が有る、と言う訳だ。
     現場での判断が最重要となる。
    「予知が利かないと言う事は、裏を返せば何が起こっても不思議ではないと言う事です……最大限の警戒と覚悟を……どうか、ご無事で……!」
     
    ●嵐の前の
     酷く、静かな夜だ。
     時折葉擦れのざわめきが幽かに耳をくすぐる位で、サーキット場外縁部には人どころか生物の気配すら感じられない。
     野生の勘は鋭いものだ。そして、その勘が正しいものであると証明するかのように、周辺警戒班が携行していた通信機器が正体不明のノイズを吐き出す。
     手練れのダークネスが集結している影響か、それともこの『場』に何かあるのか。
     事前の作戦では、警戒に回った四名がさらに二手に分かれて方々を見張る手筈であったが、連絡を取り合う手段が封じられているとなれば話は別だ。
     通信が途絶したまま各個撃破される可能性を考慮すると、警戒班全員で固まって動く方が得策だろう。
     幸いサーキット場外部に、某かの敵が伏せている兆しは無い。
     警戒班は退路を確保しつつ、施設奥へと進んだ偵察班の無事を祈った。

    ●桁
     種々の動物に変じた偵察班が二手に分かれ場内に進入し、慎重に四方を観察する。
     偵察で判明したダークネス――予選通過者の数は七。これは確定だ。
     種族・武器については一見で判別できないが、全員臨戦態勢には違いなく、しかし殺し合いに発展する様子はない。
     無論、お互い信頼しあっている風には見えず、どちらかと言えば互いに互いを利用しようとしている……そんなところだろうか。
     不可思議なのは、七名のダークネス全員が、広大なサーキット場内に散らばることなく、ある一所に集まって、何かの到来を待ち構えている事だ。
     故に、二手に分かれた偵察班も、最終的には合流せざるを得なかった。
     ……偵察班の見立てだが、少なくともその『何か』は灼滅者ではない。
     彼らは外部への警戒薄く、荒れ果てたロケーションと、見つかるまいと息を殺した動物変身も相まって、彼らの会話をぎりぎり拾える位置まで辿りつく事が出来たのが何よりの証拠だろう。 
     偵察班の面々は動物に変じて小さくなった体を更に丸め、ダークネス達の動向をつぶさに観る。
     ……数分か、それともそれ以上の時間が経ったろうか。
     突如としてサーキット場の一角に光が満ち、それが引いた後、その場に在ったものは、今までそこには存在しなかった筈の、女性の姿。
     否。恐らくはこの場に封印されていた八人目のダークネス、か。

     長いブロンドはゆるりと夜風に流れ、胸元が大きく開かれた白色のライダースーツは闇の中で良く映えた。
    「よく寝た。のかしら。時間の感覚があやふやだわ」
     女性は至極平然と、小さな欠伸を一つ。
    「初めまして。麗しき『ハンドレッドナンバー』。序列六十四位。ブラッディ・ライダー様。お会いできて光栄です」
     一人の男が気障な身振りで女性に礼をする。
    『ハンドレッドナンバー』と、男は確かにそう言った。
     直近の六六六人衆の行動は、全て『ハンドレッドナンバー』と言う単語を軸に回っている節があった。
     だからこそ、この暗殺武闘大会にもそれが深くかかわっているのでは無いか。
     そう予測を立てる者もいたが。
     しかし。まさか。正真正銘の『本物』、なのか。
    「あら。私の名前を知っているって事は、貴方達もご同業?」
    「ええ。大体は。そして同業同士顔を合わせれば、殺るべきことは一つでしょう――今宵、貴方の序列と命を頂きます」
     男がそう宣言すると同時、手練れの七人は殺気立つ。
     それでも女はけろりとしたもので、
    「んー? 序列を取ろうとする割には、貴方達の瞳は澄んでないっていうか、雑念が混じってるっていうか、寄って集ってって言うのもなんか違うし……良からぬ輩に、良からぬ事でも吹き込まれたのかしら?」
     殺るべきことが一つなら、先ずは貴方達で殺し合うべきでしょう。どうして『同業同士なのに、仲良くしているのかしら』。女はそう問う。しかし。
    「ふ。ふふ。問答は無用です」
     女は手練れ達の攻撃を紙一重で躱すと、宙に跳ぶ。
     夜に舞う女の全身からはオーラが迸り、迸った魂が無数の機械部品に変じると、集結し、組み上がって、一つの形を成す。
     即ちそれは純白の大型二輪であり――こちらで言う処のライドキャリバーに近しい存在か。
     バイクから放たれた機銃が、豪雨の如く手練れ達に降り注ぐ。
     空に現れた大型二輪が着地すると、騎乗する女は失望したように嘆息した。
    「別に、他所の人と仲良くするなとは言わないわ。でも、そういうノリを六六六人衆(じょれつ)の中にまで持ち込もうとするのは、お姉さん間違ってると思うの。だから、そうね。控えめに言って貴方達……死んだ方が良いわ」

     ……図らずも暗殺武闘大会決戦が開始される。
     このまま静観し、両者の消耗を見計らい、そして疲弊した勝者に奇襲を仕掛けるのが定石ではあるだろう。
     ……銃声。女の放った弾丸が、正確に手練れの眉間を貫いた。残り六人。
     だが、あのハンドレッドナンバーは、こちらの思うように消耗してくれるだろうか。
     傍目に見ても文字通り桁が違う。
     彼女が勝ち残った場合、灼滅者八名だけでは対処しきれない可能性がある。戦力の逐次投入と呼ぶに等しいかもしれない。
     ならば、手練れ……予選通過者と協働し、彼女の撃破を目指すか。
     この場合、彼女の撃破した後、生残した手練れたちがどういう行動に出るのかも想定して対策を練る必要もあるだろう。
     ……砲撃音。爆風が広範囲を薙ぎ払い、気が付けば手練れの数は五人に減っていた。
     彼女の危険性は、確実にミスター宍戸の企みよりも上だ。
     しかし、もしかすると、そう考えて灼滅者が手練れ達に助力しようとするのも、あの男の頭の中では想定通りなのかもしれない。
     全貌は知れないが、宍戸の企みとブラッディ・ライダー――ハンドレッドナンバーの思想は相反するものなのだろう。
     宍戸の目論見を潰すなら、むしろハンドレッドナンバーに手を貸すべきだろうか。
     ただしそれは、劇毒を以って毒を制するやり方だと言う事を留意しなければならない。
     ……駆動音。大きく持ち上がったバイクの前輪が手練れを引き潰し、骸は熟れた果実の如く飛び散る。
     月光に照らされた彼女と大型二輪には、もはや白の面影一つなく、朱一色に塗れ……残り四。
     どちらにせよ、下手に戦闘へ介入すれば、敵が一時協力してこちらを先に攻撃してくる可能性がある。加勢する場合は、そうならないような方法を考えなければなるまい。
     ……或いは、戦闘を仕掛けずに撤退する勇気も必要と、鏡司朗は言っていたか。

     騎乗している事から、ブラッディ・ライダーは主従共に同ポジション。火力の高さから恐らくはクラッシャー。大型バイクの攻撃はライドキャリバーに酷似しており、彼女自身は六六六人衆――殺人鬼としての高い技量と銃火器を巧みに操り、遠・近・範囲と隙が無い。
     残りの手練れの内訳は、前衛を務める六六六人衆が二、中衛のアンブレイカブルが一・後衛のデモノイドロードが一。
     それぞれ殺人鬼・ストリートファイター・デモノイドヒューマンと同性質のサイキックを使用しているか。
     ……可能な限りの情報は収集した。
     見つからぬようにと細心の注意を払っていたのが奏功し、此方の動きを気取られる事は無い。
     素早く、そして慎重に、偵察班は警戒班との合流を遂げる。
     さて、どう動いたものだろうか。


    参加者
    彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)
    詩夜・沙月(紅華護る蒼月花・d03124)
    レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    戒道・蔵乃祐(聖者の呪い・d06549)
    比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)

    ■リプレイ

    ●奇襲
     赤。
     紅。
     朱。
     月の光が照らすのは、最早その色しかない。
     ……まだ早い。
     女の撃った銃弾が、アンブレイカブルの左肩部を抉る。
     ……まだ早い。
     サーキット中に鳴り響くエンジン音は鬨の声だ。
     大型二輪の突撃を受けた六六六人衆の片割れは大量の赤をまき散らしながら吹き飛んで、
     ……線が走る。
     彩瑠・さくらえ(幾望桜・d02131)が操る白蛇――絆縁を先頭に、詩夜・沙月(紅華護る蒼月花・d03124)と白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)のダイダロスベルトが緋の戦場を裂き疾る。
    「あら」
     闇に紛れ、物陰を縫う様に接近して、完全に虚はついた。
     しかし……一瞬あればそれで十分だとでも言うのか。
     三者三種の帯は空を切る。
     一見で理解できる技量差。絶望的だ。だが折り込み済みでもある。
     桁が違うことなど百も承知で介入したのだから。
     攻撃の手は緩めない。比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)が携える墓碑――クロスグレイブは光弾を放つ。それは相手の業を凍結せしめるものだ。
     光弾が命中したバイクが氷を帯びると、外装塗料と化していた朱の色も欠片となって剥がれ落ち、真白のボディを覗かせた。
     冷気に軋むバイクを絡めとろうと、戒道・蔵乃祐(聖者の呪い・d06549)の足下から影が伸びるが、女の駆る二輪はまるで猫科の如きしなやかな挙動で影の縛をやり過ごす。
    「文月!」
     やはりハンドレッドナンバーの実力は折り紙付きなのだろう。しかし、当たらなければどうあれ始まらぬ。
     そう考えたレイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)が天星弓に矢を番え、文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)を射貫く。
     矢が呼び起こした超感覚は、より精妙な護符捌きを可能にし、そうして咲哉の放った導眠符は正確に獲物(バイク)を捉えた。
     符の射線と挟撃する形で、有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)が二輪に接近戦を仕掛ける。
     雄哉が拳を叩き付け、十字架を繰り、一撃一撃叩きこむ毎に、筋肉は膨張し、漆黒の瞳は蒼を宿す。乱撃の終了と同時に黒眼は完全な蒼眼へと変化した。
    「成程。灼滅者。あなた方も居ましたか。さて……」
     バイクに攻撃されなかった方の六六六人衆――気障な男がそう呟く。
     この場に乱入してきた灼滅者の真意を測りかねている。そんな様子だ。
    「お前達の目的はハンドレッドナンバーの暗殺なのか?」
     新しい構造の組織へと変化しつつある現代の六六六人衆に思う処はある。
     が、今は眼前に居るハンドレッドナンバーだ。
     咲哉が問うと、態々隠す必要もないと考えたのだろう。男はその通りですとあっさり肯定した。
    「予選の時既に、宍戸は大会に灼滅者の介入を望んでいたのでは? 僕達にも想定外の事態ですが。灼滅者として、ハンドレッドナンバーを野放しには出来ません」
     咲哉に続いて、蔵乃祐は灼滅者のスタンスを明確に告げる。
    「決戦まで勝ち進んだ貴殿方には、命を懸けて挑む理由が有るのでしょう。他人の夢を否定するつもりも無いです。そして、その結果互いの利害が一致しない場合は戦うだけ。ですがそれは今じゃない」
     蔵乃祐の言に咲哉も首肯する。
    「倒すなら目的は同じ。ここは共闘させてくれ。敵の敵は味方って事だ」
     灼滅者が手練れ達に持ち掛けたのは、一時の休戦と共闘要請。
     気障な男はにたりと邪に顔を歪ませ、一も二も無く承諾した。
     他の参加者たちが男に反目する様子は無い。
     察するに、この男が手練れ達の中で一番の実力者なのだろう。
    「良いでしょう。非常に合理的です。ふふふ。刹那、宿敵と共に戦うのも悪くない」
     ならばまずはあの厄介なバイクから、そう提案した咲哉の言を男は遮る。ただし、と。
    「お互い自由に殺りましょう。何、独立独歩の性分は、中々どうして消えなくて、ね」
     直後、女の銃口が此方に向けられる。誰を狙っているのかは判然としないが、これ以上会話を続けるのは危険か。
     共闘が成立しただけで良しとするべきだろう。
     手練れ達は、隙あらば出し抜かんと各々腹に一物抱えている。
     此方に対しても、自らの目的実現のために使いつぶしてやろうと、そういう魂胆なのだろう。
    「(いいさ……僕らも精々、利用してやる……!)」
     この場に存在するダークネス全てを見据える雄哉の蒼眼は殺意に満ち満ちて、彼の影業もまた、それに応えるように鋭利な刃へと姿を変えた。

    ●片割れ
     彼女は過日の淫魔達と同様に、眠りにつく直前の知識しか有していない。
     現状、それなりの違和感を覚えているだろうが、それでも灼滅者を『低く見ている』
     明確な弱点があるとすればそこだ。
     心地のいい認識ではないが、先に手練れ達を倒そうと躍起になってくれるのであれば有り難い。
     手数を殺ぐため、バイクに攻撃を集中する作戦も悪手では無いだろう。
     手練れ達と緊密な連携を取らない方針が奏功している。彼女の認識が変わらぬ内に大型二輪を撃破出来れば、勝機も見えてくる筈だ。

     名も知らぬ六六六人衆が爆ぜた。これで手練れは残り三人。
     それでも気障な男と残りの手練れ達は我関せずと女を攻める。
     男の死を悼んだのは、さくらえが持つ錫杖・寂静、その環が奏でる小さな音色のみ。
     しゃん、ともう一度環がなれば、錫杖は破邪の光を宿す。
    「ハンドレッドナンバーを潰せる機会が今というのなら、全力を尽くさなければね」
     眩く輝く錫杖の一撃が紅に染まったバイクを斬って、沙月の持つ妖槍の穂先はきらりとその白光を反射した。
    「私はあなたのように強くありませんが……」
     槍の妖気が冷気に転じ氷結し、無色透明の刃を創る。
     刃が映すのは緋色の大型二輪と、決意を抱く沙月の表情(かお)。
    「皆さんと力を合わせれば、倒せると信じています」
     撃ち出した氷の刃が大型二輪を貫く。
     するとバイクが吐き出し続けていたエンジン音は不調を訴えて、主たる女は小首を傾げる。
    「灼滅者、よねぇ。その割には妙に……」
     女は試すように銃撃を放る。
     凶弾の進路、その終着点は、最初に彼女へ攻撃を命中させた柩だ。
     だが命中する寸前、蔵乃祐が射線に割って入り、柩を庇う。
     瞬間、全身を駆け巡る痛撃は、覚悟の上で受け止めた。
    「良からぬ輩の良からぬ企み。その通りですね……狩人ジョンの死が、エンドレス・ノットに危機感を与えたのでしょうか」
     もしかすると、舌先三寸に屁理屈をこねて舌戦へ持ち込めば、彼女からそれらに関わる情報を引き出せたかもしれない。
     が、それは蔵乃祐の性に合わないし、何より余所見をして勝てる敵でも無い。
     だから蔵乃祐は一分の隙も逃すまいと女を凝視する。
     成程、手数で圧倒する超攻撃的なスタイルだ。自信の表れだろうか。
     脇目も降らずさらに凝視する。
     その結果恐ろしい事実が判明する。この女、インナーつけてな……。
    「鼻の下」
    「ハッ!? ち、違っ、金髪美女に見とれていたとかじゃないんですよ!?」
     おかしい。柩の位置から蔵乃祐の表情は見えない筈なのに。味方の視線も何故だか痛い。気がする。何故だ。
     ……だが、こんなやり取りができるのも、闇堕ちから戻ってきたからこそだろう。
    「お互い闇上がりだけど、柩さんが一緒だから、安心もしてるんだ。頼りにさせて貰うね」
     柩は小さく頷くと、蔵乃祐の肩を蹴って夜天へ跳躍し、一筋の流星となってバイクのタイヤを蹴り砕き、終にバイクは消滅した。
     刹那、機を見たりと武道家が女へ駆け出すが、その一撃が女に届く前に、武道家は徒手にて解体される。
     間髪入れず、蔵乃祐は武道家だった肉塊と血しぶきを掻き分け女に辿り着き、痛烈な盾撃を見舞った。
    「六六六人衆の本質が純然たる『個』の追求だとするのなら、キミは文字通り桁違いの相手なんだろうね……それでも、ダークネス如きに殺されてやる気は欠片もない」
     ボクたちがキミを殺してあげるよ、ブラッディ・ライダー。
     柩はそう宣言し、
    「ああ……良い殺気。漸く理解したわ。全身全霊、あらゆる手段を用いて私を殺そうとしているのね……半身を壊されたのは、何時以来だったかしら」
     女の、灼滅者に対する認識が変わる。
     柩の言を一つ漏らさず聴き入った女は笑う。
     澄んだ笑みだ。陰り一つないのが逆におぞましい。
     本番は、寧ろここからか。

    ●劇毒
     高位の宿敵と相対して、普段よりも好戦的になっている自分がいる。
     咲哉がそれに気づいたのは、赤色の標識で六十四位を殴りぬいた後だった。
     頭も冴えて、酷く調子がいい。
     しかし。だからこそ箍を緩めてはならぬと人としての直感が警告する。
     女はおもむろに、自身のこめかみに銃を当て、笑ったまま躊躇なく引き金をひいた。
     付与した催眠の効果だろう。だがそれでも、女の態度は常軌を逸している。何故笑っていられるのだ。
     女は言った。
    『命を懸けずに得られる序列(もの)なんてないわ』と。
    『だったらどんな状況も、楽しまないと損じゃない』と。
     ……彼女の自滅を誘うか、灼滅するか、いずれにせよダークネスに彼女の命を渡さないとする判断は正しい。
     確たる証拠は無い。だが全員の理性が告げるのだ。
    『闇堕ちした状態でその劇毒を呑んではいけない』と。
     雄哉は動じることなく、デモノイドロードを囮に背後から六十四位を執刀する。
     メスの代わりに用いた蒼穹のバトルオーラは静寂を湛え、揺るがない。
     ……そうだとしても、自分が堕ちて状況を好転できるなら一切躊躇わない。
     そういう決意を持って雄哉はこの戦場に臨んだ。
     だからもし、その時が来たならば……。
     そんな雄哉の覚悟を感じ取った明日香が、無茶はするなと短く発した。
    「闇堕ちはさせないぜ。なんだったら雄哉が堕ちる前にオレが堕ちてやる……いや、意地悪をして言ってるわけじゃないんだが……そうだな」
     嫌な匂いがする。そう零し、明日香が地を勢いよく蹴ると脚部に炎が燈った。
    「何か一つ間違えば、この戦場はあの『追走の果て』の光景に繋がっちまう。考えすぎかもしれないが、そんな気がするんだよ」
     あれを二度と見る訳にはいかない。言い残すと、炎は血を焦がし緋の元凶に飛び掛かって蹴撃する。
    「自分が、光の届かない暗闇の、そのさらに奥底に取り残されていたとしても、必ず誰かしら……見ていてくれる人間はいるものだ。そう捨てたものじゃないだろう」
     レイの掲げる交通標識が黄色に変じる。
     それは一般論か、それとも経験談か。
     雄哉がレイにそう問うたが、
    「さて……どちらだろうな」
     レイははぐらかす様に微笑すると、後衛に回復とエンチャントを施した。

    ●疾走
     全ては血の色に染まる。
     半身を欠いたブラッディ・ライダーは、それでも呆れるほどに強敵だ。
     全員健在だが、ダメージの蓄積は隠しきれぬ。
     あの大型二輪がサーヴァントと同性質ならば、恐らく後1~2分程度で復活する可能性がある。
     その前に、何としてでも決着をつけなければならない。
     ……これ見よがしに大きな音をたて、六十四位は重火器に弾薬を装填する。
    「さあ、ボクが『癒し』を得るための糧となってくれ!」
     柩は回復を捨てた。
     裁きの光条は自身を癒さず、女を滅ぼすために撃ち出した。
     ……ゆっくりと、しかし確実に、砲の照準は後衛を捉える。
    「あとは……!」
     レイは攻撃を捨てた。
     ダイダロスベルトは、決して倒れる事の無いようにと味方に巻き付き、
     ……女の細くしなやかな指が、引き金に伸びる。
    「ハンドレッドナンバー……ここで殺す!」
     雄哉は全てを捨てた。
     影の刃が女の守りを崩し、後事を託す。
     トリガー。爆風が後衛を焼き払う。デモノイドロードは消滅し、三人は意識を失った。
     轟音が他の全ての音を塗りつぶす。
     静寂も、喧騒も、自身を強襲しようと迫る足音までも。
     逆十字の首飾りが閃く。
     不死の者すら殺すといわれる絶死の槍を携えて、明日香は六十四位目掛け一直線に疾駆する。
    「死角、殺ったぞ!」
     轟音が解け、最初に響き渡ったのは明日香の叫声だ。
     絶死槍は女を抉り、しかし女は苦悶に歪まず、むしろ感動している様子ですらあり――正真の化物に相違あるまい。
     女に終の一撃を見舞おうと、沙月の華奢な体躯が歪に歪む。
     か細い片腕が異形巨大化し、鬼神に近しい膂力を得た影響だ。
     同時に懊悩も得る。この力、出来れば使いたくはないが、それでも、それでも……。
    「人々を守る為なら……!」
     鬼神の腕が女の命を貫いて、その生に幕を引く。
     しかし死の間際にあって、六十四位は感嘆する。
    「必死で、無心で、熱心で、なんて素敵。でも残念。せめて貴方達の誰かが私の序列を継いでくれたなら、もっと気持ちよく、死ねたのに、な……」

    ●黒死
     ブラッディ・ライダー亡き後、戦場に残されたのは、灼滅者と、気障な六六六人衆。
     此方の体力は限界寸前だが、男の消耗も此方と同様か、それ以上だろう。
    「……赤ばかり見すぎたので、そろそろ緑色とか見たいですね、緑色とか」
     五人の内で誰か一人、たった一撃浴びせることが出来ればそれで終わる。
     それにこちらには多少の『余力』がある。
     だから。沙月の口にしたその色は、連戦の合図だ。
     そんな灼滅者を男は嘲笑う。『敢闘賞では序列はあがらない。だから手土産が必要なのです』そう言うと、どす黒い殺気を前衛に当て……。

     咲哉が攻撃を受けなかったのは、一人だけ中衛に居た為後回しにされたという、それだけの偶然に過ぎない。
     月が陰り、黒死が迫る。
     仲間の命を守るため、闇に堕ちると咲哉は覚悟した。
     だが刹那。
     影が遮り黒死の刃は行き止まる。
    「さくらえ……!?」
     寸前刃を受け止めたさくらえは霞む視界で、傷だらけになって倒れ伏す蔵乃祐を見る。
     それは、名誉の負傷だ。
     彼が多くの攻撃を引き受けてくれたから、レイが間際にラビリンスアーマーを付与してくれたから……防御を固めていたさくらえには、灼滅者には、後一回、味方を庇うだけの『余力』があった。
    「全員で、帰ろう。必ず。きっとそれがここでは一番大切な事なんだ」
     帰ると約束したのだから、今度こそ守らないと色々まずいしねぇ、と呟いて、さくらえは息も絶え絶えそう笑んだ。
    「……ああ!」
     そして咲哉が手に携えるのは、灼滅者の勝因。
     互いを補い支え合うという、一つの戦術。その終着。
     これこそが灼滅者の力の源泉であり、手練れ達にはそれが欠けていた。
     故に。黒き死はダークネスに降り注いだのだ。

     一つボタンを掛け違えれば、この結果は得られなかったかもしれない。
     最良の成果だと胸を張っていいだろう。
     最早思考はおぼつかず、これ以上立ち続ける気力すらない。
     全員その場に倒れ伏す。お互いに肩を貸すという動作すら、今では全く至難の物に思えた。

     雲間から月が再び顔を覗かせる。
     灼滅者達は、帰路に就く前の僅かな一時、瞼を閉じて……。
     静寂に、身を委ねた。

    作者:長谷部兼光 重傷:戒道・蔵乃祐(ソロモンの影・d06549) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年2月13日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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