終雪にカミぞ宿りて 雪消月

    作者:西東西


     ある過疎の村にて。
     この日、村内にある大屋敷の改修が完了し、村人たちへのお披露目会が催されていた。
     屋敷はこれから、『観光客と村の交流施設』として運営することが決まっている。
     インターネットでひろく寄付を募り修繕された屋敷は、限界集落と外界とを結ぶ希望の象徴であり、訪れる村人たちの顔も明るい。
    「このような施設ができるとは、数年前には思ってもみませんでしたが……」
     感慨深げに屋敷を見あげるのは、この村にある神社の神主だ。
    「村の見どころはいっぱいあるけど、観光客がいつ来ても立ち寄れる場所って、なかったものねえ」
     抱いた幼児をあやしながら女性が微笑み、傍らに立つ夫へと視線を送る。
     村の祭を復活させようと決意した、あの日から。
     男性の想いは、すこしも色あせてはいない。
    「この土地、この村の全てが、オレの誇りだからな」
    「『オレの』、じゃなくて。『私たちみんなの』――でしょ?」
     はらり降りはじめた雪を仰ぎ、夫婦は声をあげて、笑いあった。
     

    「――ああ、七湖都。山村の冬景色を堪能しに行かないか」
     教室の前を通りかかった七湖都・さかな(終の境界・dn0116)を手招き、一夜崎・一夜(大学生エクスブレイン・dn0023)が印刷してきた風景写真をいくつか掲げ見せる。
     ある過疎地の村に『観光客と村の交流施設』が完成したため、訪問者を募っているというのだ。

     交流施設は、日本庭園を擁する広大な日本家屋。
     村の歴史や見どころを紹介する大部屋の資料室をはじめ、訪れた観光客がゆっくりと過ごすことができるよう、客室も多数用意されている。
     庭には清流から水を引きこんだ小川やため池があり、周辺の山を借景にした、雄大な景観もうつくしい。
     この施設のほかにも、村はほとんどの場所を観光客へ向け開放している。
     かつて村を訪れたことがある者なら、この機会に以前訪れた場所を再訪してみるのも良いかもしれない。
     
     宿泊施設がないためトンボ帰りすることになるが、学園から村までの送迎バスを手配する予定だ。
    「訪問予定日は、一日雪となりそうだ。皆、防寒対策を怠らぬように」
     興味があるのなら君たちもぜひにと、一夜は学生たちへ、案内を配って回った。


    ■リプレイ


     送迎バスに揺られ、まだ夜も明けきらないなか村へ到着。
     訪れた学生たちは完成したばかりの交流施設で、さっそく思い思いに過ごしはじめた。

    「お久し振り、さかなさん」
     縹の着物にインバネス姿のアリス(d00814)が、入り口でさかな(dn0116)に声をかける。
     連れだち部屋へ行けば、卓上にメニューが置かれていて。
    「有料だけど。地元の料理、食べられる」
     せっかくだからと、朝食がてらいくつか注文。
     ストーブにあたり料理を待つ間、ふたり、窓外の景色を見つめる。
    「降り続く雪。雪景色が綺麗なのは、純白の雪が醜いものを覆い隠してくれるから。……『ホワイトウィッシュ』たる私も、そんなふうに闇を灼滅したいわね」

     空の端が、明け色に変わる頃。
    「イコさん、この村に初めて来た時のこと覚えてるです?」
     紅葉を照らす焔。
     ほっくほくのお芋の甘さ。
    「素朴でいて、自然敬う姿に、いっぺんで好きになったの」
     昨日のことのように語るイコ(d05432)になこた(d02393)が頷き、霊犬たまも尻尾をフリフリ同意して。
    「蛍の天の川も泳いだですね?」
    「蛍さんたちと戯れて、ずぶ濡れになりました」
     太陽の後光が降りそそぎ、雪が煌めく。
     生まれたてのひかり。
     白い冬は、硝子のむこう。
    「日本庭園もすごく……綺麗です」
     夢心地のなこたに、イコからサプライズ!
    「はっぴーばーすでーには、遅れちゃいましたけれど」
     箱を開けば、猫を模した黒釉のおちょこが。
    「ありがとうです。これで、おいしいお酒のむのです」
     そして僕からも、イコさんへと、なこたも包みを捧げ渡す。
     贈り物は、花開けば、なかに星屑降り注ぐ傘。
     そうしてまたひとつ、想い出を結び、思う。
    「この施設は『結び目』って感じなのです」
     新しい施設、新しい朝に。
     新たな結びを、もうひとつ――。

    「これは……見事だな」
    「やっぱすげー綺麗だわ」
    「それに、空気が冴えて心地いい」
     【露草庵】の5人も、部屋を貸しきり白一色の日本庭園を眺める。
    「吸い込んだ空気の冷たさに、背筋が伸びるようだ」
     感嘆の声をあげた貢(d23454)に、鈴音(d14635)も頷き眼を細め。
    「外は寒そうですが、部屋の中からでしたら雪も綺麗なものに早変わりですー。風流ですねぇ」
    「朝の光で輝く雪と、新鮮な空気。……日本に居て良かったなって、気持ちになる」
     朝陽に照らされしだいに浮かびあがる情景に、葵(d05978)も釘付け。
    「このお庭も落ちつきますけど、露草のお庭も好きですよ! 想い出があるからかな、風情もあるし、どこか温かく感じるの」
    「俺も露草の庭すげー好き。音と同じく、あの場所にはたくさんの想い出もあるし、なにより居心地が良い」
     音雪(d19981)の言葉に、御伽(d15646)が嬉しげに笑う。
     時おり流れくる外気はひやりと冷たかったが、音雪が温かいお茶を配ってまわり。
    「こうしていると、自分がお爺さんにでもなった気分です」
     鈴音の言葉に、4人が笑いあう。
     揃ってこたつに埋まり談笑すれば、気分もほっこり。
     御伽は、昔は雪が降るだけで喜んでいた事を思い返し、
    「雪積もった時ってよ、なにして遊んでた?」
    「今と同じで炬燵に蜜柑。室内で雪が降るのをみておりましたよー」
     今も昔もまったりするのが好きという鈴音に、その情景が眼に浮かぶと、御伽が破顔する。
    「僕も雪まみれで駆けまわってたな。雪だるまを作ったり、それから雪合戦とかね」
     かまくらが作れるほどの雪は降らず、憧れだったと葵が告げれば、
    「大きなものを作れるほどの雪が降らなかった分、物珍しくて。妹の遊びに、よく付きあわされた」
     雪玉をばんばんぶつけられ、顔に当たらなくても鼻が真っ赤になったのを覚えていると、貢が笑う。
     それぞれの子ども時代を垣間見て、湯呑を手に音雪も微笑む。
    「私は、ソリ遊びやかまくらを作ってました。東北出身なので、雪がたくさんでしてっ」
     今度は露草で雪見ですね、それにほら、もうすぐ春ですよと投げかければ、
    「雪が溶けて季節が変わっても、またこうして過ごせると良いな」
    「――であれば、雪見の次に花見だな」
    「また、露草の庵でまったりしましょうねぇ」
     仲間たちの言葉に耳を傾けながら、御伽は窓の外を眺め、やがて訪れる未来へと想いを馳せる。


     早朝の景色が美しいのは、交流施設だけではない。
     はらはらと雪が降り続くなか、保(d26173)と悠(d28799)はかつて訪れた鎮守の森を歩く。
     保は羽織袴にコート。
     悠も着物をまとうも、吐く息は白く染まっては消えていく。
     互いを温めあうよう寄り添い、手を繋いでゆっくりと歩を進めて。
    「また此処に来たのじゃなぁ」
    「そうやねぇ……。前に来たのが、この間のことみたいに感じるよ」
     今年の梅は遅咲きらしい。
     けれど雪に埋もれながらも、強かに花ひらこうとしている。
     白雪さえ味方につけて映える姿、香りは、ほのかに甘く澄んでいて――。
    「小さな春に、なにやら元気をわけて貰ったような気分なのじゃ」
     ――まだ肌寒く、真白の冬が色濃く残るこの世界で。
     ――いのちは、慎ましくも息づいている。
    「こうして、次がまた始まるのじゃな」
    「次……かぁ。どんな景色が見られるんやろうね」
     きゅっと握りしめた手が、冷えた指先をじんと融かしていく。
     重なる温もりに微笑み交わし。
     ふたりの足跡は、その後、彼方まで続いた。

     陽が昇り、ようやく空気が暖まりはじめた頃。
     梅咲く森を歩くのは、着物姿に和傘をさしたシルキー(d09804)と想々(d23600)。
    「こうしていると、初めて此方に訪れた時のことを想い出します」
     幾度となく足を運んでいるこの地は、二人にとって馴染み深い場所。
     想々が傘を持ち直し、指折り数える。
    「んと、もうすぐ二年かな」
     とさり、積もった雪が地に落ちる。
    「想々さんは、年々お綺麗に」
    「綺麗に、なってますか?」
     うつむき、視線をつま先に落として。
     うれしいと、頬を染め微笑む。
    「来年も、この雪と梅を、シルキーさんと見たいです」
    「ええ、きっとまた」
     証に小指をさしだし、シルキーがつと、指を絡ませる。
    「蛍狩りの場も賑やかに成っているそうですし、行ってみましょうか」
    「お屋敷! 交流施設になったんですよね」
     吐く息の白さに瞬きながら、いつかの情景を思い返す。
     其処も、大切な想い出の場だから。
    「庭園の雪景色、あったかいとこで眺めましょ」
     今年も楽しいといいなと、ふたり足音軽やかに、歩んでいく。

     紅葉(d37366)は、鎮守の森ちかくで見つけた神社を見上げる。
     はじめてダークネスと戦った時、戦場となった場所もまた、神社だった。
    「ダークネスと戦って、わかったよ」
     自分は甘かった。
     都市伝説として顕現した金魚の怨念。
     闇は強靭で。
     だからこそ、経験を積んで強くなろうと誓ったのだ。
     ――穏やかな静寂に抱かれているあの町も、今ごろは、雪が降っているのだろうか。
     雪降る町であれば、あの金魚の姿も怨念も、白一色に塗りこめられたろうに。
    「人間は、知らないうちに罪をつくるものだ。……俺は忘れないぜ」
     決意を胸に社に背を向ければ、入れ替わるようにサーニャ(d14915)とすれ違う。
     コートにマフラー、耳当てもして、寒さ対策はばっちり!
     雪を集め、ぺたぺたと固め作っているのは雪像のようだ。
    「できたでござる!」
     少女の前にちょこんと鎮座するのは、小さな雪の狛犬さん。
     見上げれば、うす曇りの空から絶え間なく雪が降り注いで。
    「綺麗な雪の降る空には、次は綺麗な花びらが舞うのでござろうな」
     ほうと息を吐き梅を探し歩けば、クラスメイトの姿が見えた。
    「どこか、楽しい場所はあった?」
     手を振り駆け来るサーニャに、さかなは頷き、
    「トンネル。車、走ってた」
     遠くからしか見ることができなかったけれど。
     初めて任務に赴いた場所が、そこだったからと。
     真剣な表情で語るさかなを見やり、ふいに、サーニャがぷっと口元を隠す。
    「?」
    「よっぽど、さかな殿のお気に入りの場所なんでござるね」
     水色の髪にたっぷり積もった雪をはらい、サーニャはこらえきれず、吹きだした。


     昼の交流施設でも、穏やかな時間が流れている。
     客室のこたつで仲睦まじく暖をとるのは、百花(d14789)とエアン(d14788)。
    「えあんさん、はいv」
    「あーん」
     みかんの皮を剥いてさしだせば、エアンがぱくり。
    「お、結構甘いよ」
     ももも食ってみたらと指し出すのへ、ぱくり。
    「ん、甘~いv」
     まったりのんびり、二人だけのくつろぎの時間。
     窓の外では、今もしんしんと雪が降り積もる。
    「……お外綺麗ね」
    「うん。雪が降ると、静かだよね」
     ふわふわ、大きな牡丹雪。
     ふと思い付いて、パーカーのフードを被る。
     飾りのうさ耳をピン!と引っ張って、
    「雪うさぎっ」
     雪に合うでしょと笑う少女の頭をぽふぽふと撫で、似合うよと声掛ける。
    「雪うさぎは、こたつの中で溶けてしまったりはしないの?」
    「だいじょぶ! えあんさんが撫でてくれたから。雪兎は、うさぎのお姫様になりましたv」
    「じゃあキスをしたら、俺のプリンセスになるのかな」
     フードを脱がし、互いの青い瞳を見つめて。
     触れる鼻先。
     くすぐる吐息。
     そっと微かに、唇が触れて――。

     一方、陽桜(d01490)は施設内にある資料室で村の見どころを再確認。
     同じく資料室を訪れていた了(d37421)と鴻一郎(d37663)も、くまなく資料を見て回る。
    「なんだ。羽柴と十全、東江もここに居たのか」
     声を掛けたのは、通りすがりの一夜(dn0023)だった。
    「だって、こういう素敵な家屋内を散策するだけでも楽しいですし!」
    「なにか、町おこしのヒントがあるかと思いまして」
     元気よく告げる陽桜、わくわくした様子の鴻一郎に、了が続ける。
    「僕は、部屋から外の景色を楽しみつつ、こたつで暖まろうかと……」
     なら、一緒に客室から眺めようと一夜が提案。
     ところが、施設職員に連れられ訪れたのは、職員たちの休憩室。
     普通の客室は、すでに満室らしい。
     なにが違うのかとよくよく観察してみると――、
    「あっ。これ、囲炉裏跡ですよ!」
     陽桜が眼を輝かせ、こたつの掛け布団をめくり、中を見やる。
     囲炉裏があった場所を掘り炬燵にし、底に赤く熱した炭木を仕込むものだ。
    「寒い」
     声のした方を見やれば、先客が居たらしい。
     こたつの中に頭まで入っていた呼音(d37632)が、恨みがましい眼で一夜を見ている。
    「……旅行先まで来て、こたつに埋まってどうする」
    「景色はバスの中から見たからいい」
     めくられていた布団を引っ張り、再びこたつに籠もる。
    「こたつっていいよね」
     心から同意を示した了が布団内に足をさし入れ、窓外の庭園を眺めながら、早くも居眠る体勢に入っている。
     中で、呼音はうまく足を避けているのだろう。
    「雪、まだ止まないの? 夜もずっと?」
     外出たくない。帰りたくない。ずっとここにいると主張する呼音とは反対に、鴻一郎は窓の外に見える銀世界とこたつの魔力と戦っていた。
     なにしろ、人生初のこたつだ。
     抗いがたい誘惑に、思わず心が折れそうになる。
     しかし!
    「先輩方、雪合戦をしましょう!」
     誘惑より好奇心が勝った鴻一郎に袖を引かれ、一夜と了が顔を見合わせる。
     「きみが」「いや、先輩が」とぼやく2人とは対照的に、陽桜は乗り気で部屋の窓を開け、外へ出ていこうとしている。
    「……寒い」
     風を受けた呼音がひとことぼやき、しっかりと、布団をかぶりなおす。

     陽が落ち、夜のとばりがおりた庭には人影もなく。
     傘をさし、ふらり歩くのは紗夜(d36910)。
     荒れ放題だった屋敷が、今では見違えるようだ。
    「生まれ変わる事が出来て良かっ……?」
     言い掛けて、ピタリと足を止める。
     ――見る者の主観でそれは変わる。悲劇にも喜劇にも、なる。
     自身が観測したものが、己にとって愉快であればそれでいいけれど。
     他者は、そうもいかない場合もある。
    「って」
     気づけば思考はひとり歩きして、起点から逸れている。
     もの言わず、この地を見守ってきた大屋敷。
     はたして。
     ――屋敷は、どう思っているんだろう?

     庭園の片隅では。
     茉莉夜(d09523)が粉雪をすくい上げ、ふっと息を吹きかける。
     ――ここへ来たのは、忘れられない想いを雪のように散らし、溶かすため。
     雪と夜空を見上げ、かつての恋人の名を紡ぐ。
    「大好きです。今でも」
     時間は、想いを溶かしてはくれなかった。
     だから今日。
     この雪に想いをこめて、置いていく。
     それは、かつての恋人に対してというよりも。
     これまでの自分と、彼への想いに告げる別れで。
    「大好きです、大好きです。だから、……さようなら」
     はらり零れた涙が、雪を解かす。
     幸せな想い出を、ありがとう――。


     鎮守の森には、夜闇に想い零す有無(d03721)の姿。
    (「――何故ここにいるのだらう」)
     色んなものを棄ててきた。
     それが最善だと思ったから。
     悔いでも有れば人間らしかろうとは思う。
     他者評価を基準に抱く感情は、真の心に程遠い。
     どうするのが正解だらう。人間らしからう。
     惑い、彷徨い、中間往復右往左往。これこそ人間らしからう。
     ちいとも変わらない。
     この一点だけは、変わらない。
     欲しがり嫌がり、有ると無しの間を求める。
     半々均衡の難しさ。
     半死、半生。
     おおよそ植物状態の生物を、私は可愛がるのだらう。
     ――人形のやうで。害を成す心配がなくて。
     ――美しいと思うのだらう。
     けれど おおよそ生物らしくないから。
     『植物状態』と呼ばわられるのだ――。

    「やっぱり、川とか水辺好きなんだよねぇ」
     千巻(d00396)の言葉に、並び歩いていた一夜が「言われてみれば」と頷く。
     かつて、ともに川床を楽しんだ場所。
    「雪が積もった夜の川って、なおのこと幻想的だよね」
     楽しい事も、辛い事も、色々な想い出が脳裏をよぎる。
     けれど、
    「うん、どれも『嫌な想い出』じゃなかった」
     その言葉に、苦闘を見守ってきた一夜が微笑む。
     雪が雨になれば、命が謳う。
     花吹雪に蛍。
     秋の実りに、冬景色。
     これからも。
     皆と、色んな想い出作れますように――。

     振り返り、振り返り、実(d03786)を導くのは霊犬クロ助。
     たどり着いた先は、桜の下。
    「あ、ここ……」
     花見をした記憶はあれども、記憶は曖昧で。
     クロ助が足元にじゃれつき、ねだった通りに抱きあげる。
     腕に抱いた、温かい感覚。
     桜と雪とをじっと仰ぎ見ているうちに、
    「あっ」
     突然、すべてを想い出した。
     ――ぱらりぽたりと、続く雨音。
     ――意識を吸いこんでいくような、あの感覚。
    「俺。雨に濡れてる花も、好きだったんだ」
     ふいに繋がった感覚に、心が軽くなったような、気がした。

     柚羽(d13017)も紫月(d35017)もこの村には何度か足を運んでいたが、ともに立つのは初めてのこと。
    「此処ならば、自然の音だけかと思いまして」
     雪が降り続ける景色を見るのも一興でしょうと、番傘の下、肩が触れるか触れないかの距離を保ち、耳を澄ます。
     川の流れる音。
     雪の降り積む音。
     ――何てことない、恙ないことが、最も幸いなのだろう。
     しかし、そう思っているのは自分だけかもしれない。
     だから、確認を取りたくなったのだ。
    「しーくんは今、幸せですか」
     真剣な眼差しに、ひと呼吸間をおいて。
    「幸せか。そうだな――」
     離れていた距離を詰め、漆黒の瞳を見つめてから、抱き寄せる。
    「俺はゆーさんさえ居れば、其処が何処だろうと幸せだな」
    「そうですか」
     すこしだけ、驚いて。
     けれど、抱かれたまま、その身を委ねる。
    「私も今、同じです」
     あまりにもありきたりで。
     探しすぎて、逆に見えなくなってしまうもの。
     触れれば、こんなにも近くに在ったのだと。
     あまりにも簡単な答えに、柚羽はそっと、眼を閉ざす。

    「この社を視たのは、何年前だったか」
     彼方の闇をじっと見据えていたさかなが、呟いた一夜へ向き直る。
     彼が一番最初に視たのは『神社』で、その次が『トンネル』。
     ブログでイベントを見かけるたびに、足を運んで。
     かつての頃に比べれば、この村はずいぶんと賑やかになった。
    「おとこのひとと、おんなのひと。こども、抱いてた」
    「ああ」
    「神主さん。前より髪がまっしろ、だった」
    「そうだな」
     しかしこの少女は。
     今なお、『終の境界』に佇んだまま。
    「七湖都」
     血紅の瞳が、己を見る。
     名を与え、生まれ日を与え、学生という枠にはめこんで。
     その、『うつくしいモノ』を手近に置いたとて、蝶よ花よと慈しむことはできないと、わかってはいたけれど。
     ――負い目がある。
     もっとも少女自身は、そんなことどうでも良いのだろう。
    「誕生日おめでとう」
    「ん。一夜も」
     お祝い、しそびれてる。と呟くのへ、「その言葉で十分だ」と返す。
     いつまで、村を見守ることができるだろう。
     あと何度、きみと、きみたちと出かけることができるだろう。
     二律背反のアンビバレンス。
     願わくば、この先も。
     ――きみのなかの『彼女』にまみえることなく、居られますように。

     夜の雪に、ささやく。
     決して叶わない、叶えてはならない。
     祈りも願いも、明日の朝には、きっと――。

    作者:西東西 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年3月5日
    難度:簡単
    参加:27人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ