暗殺武闘大会最終戦~終わらぬ赤

    作者:長谷部兼光

    ●華を葬るしろがねの
     足の向くまま、気の向くままに散策して、ふと気が付けば市の郊外。
     人もまばらなこの場所で、独り思索を深めたくなる夜もある。
     だがそんな、詩夜・沙月(紅華護る蒼月花・d03124)のささやかな静寂は突如、耳を劈くエンジン音と、瞼の上から眼窩の底を刺激する強烈な光によって破られる。
     光が引いて、沙月が眼を開くと、彼女の前に在ったのは、再び、赤。
    「見ぃつっけたー♪」
    『六六六建設』『殺戮第一』と大きく書かれたロードローラー。
     そこに人の生首が生えた赤の異容。
     即ち。
    「……外法院・ウツロギ、さん?」
     その姿は以前伝え聞いたことがあった。
     故に沙月はそう問うたが、ロード―ローラーは『ううん。違うよ?』とけたけた笑いながら否定する。
    「三つくらい違うね。第一にウツロギは今やもうハンドレッドナンバーのロードローラー。第二にこの体は六三位本人じゃなくて分体。殺っても殺られても本体的には痛くも痒くもない素敵な仕様。そして第三に……」
     大きく、大きく溜めてロードローラーが吐き出そうとする言葉に、嫌な予感がした。
     聞きたくはない。だが、耳を塞いで目を瞑り、その言葉を拒絶したとしても、既に、きっと。
    「外法院・ウツロギなる灼滅者(にんげん)は最早何処にも存在しない」
     ――ああ、『やはり』
    「外法院・ウツロギはハンドレッドナンバー・アクトリアと交戦中、仲間の窮地を救うため闇に堕ち、そして彼女にとどめをさした。彼の観測(じんせい)はそこまでだ。それで終わりだ。続編も無ければ復刻も無い」
    『闇堕ちした状態でその劇毒を呑んではいけない』と、あの時理性が告げていた理由が今、沙月の眼前にある。
     もしもあの時……。
    「いいや。まだだ。君はあの日、あの場所で、ハンドレッドナンバーに止めをさした。無論、君一人の力で成し得た偉業じゃないけれど、結果として君は六四位の命と、そして序列を奪った。劇毒をその身に浴びてしまったんだ」
     暗殺武闘大会は、ハンドレッドナンバーを復活させ、灼滅し、序列と力を奪い取る大規模儀式だった。
     そしてその効果は未だ少しだけ続いているんだよ。赤のロードローラーはそう言った。
    「ミスター宍戸たっての頼みだ。迎えに来たよ六四位……ああ、でもまだ暫定か。面倒だな。もうわかってると思うけど、君にはハンドレッドナンバーになる資格がある」
     でも、暗殺武闘大会の効果が切れるまでに闇堕ちしないと、折角のチャンスがふいになってしまう。
     ……だから。
     ほら。
    「闇に堕ちてしまいなよ!」
    「……っ!」
     沙月は身を翻し、夜を駆ける。
    「あはは、待て待て~☆」
     分体とは言え、一人で戦って勝てる見込みは無いし、それに彼はもう、周囲の被害など意にも介さないだろう。
     せめて、人の居ない所への誘導は果たさなけば。

     郊外より更に離れた廃工場で、沙月は息を整え、身を潜める。
     彼の狙いは間違いなく自身の闇堕ちだ。
     自らの意思で闇堕ちしなかったとしても、彼に捕縛され拉致されれば、恐らく結果は同じだろう。
    『やはり』とロードローラーの言葉が即座に真実であると確信出来たのは、思い当たる節があったからだ。
     ……今、闇に堕ちてしまえば、詩夜・沙月としての人格は完全に消し飛んで、二度と灼滅者には戻れずに、ハンドレッドナンバーとなり果ててしまう。
     轟音を立てて、天井に大きな穴が開いた。
     でたらめに、赤色のロードローラーが雷の如く空から降ってきたのだ。
    「今のロードローラーはハンドレッドナンバー! その圧倒的整地力の前には、陸海空正しくボーダレス! さらに……赤は何より施設解体が大得意!」
     瞬きする間すらなく、古びた廃工場は徹底的に轢き潰されて更地と化す。
    「灼滅者はいいよね。ダークネスと違って戦闘不能にしても死ないんだから。これ程無理矢理連れて行くのに最適な存在はいない」
     説き伏せるべき相手の魂は既に亡く。
    「本当の本当に、もう、どうしようも無いんですね……」
    「そうだよ。そして君も、どうしようも亡く、成ってしまうんだ」
     沙月はスレイヤーカードを握りしめ、覚悟を決める。
     一人では如何にもなるまい。だが如何にかして……この窮地を切り抜けなければならない。
    「君を殺すのは、あくまで君の心の内に潜む闇の人格のお仕事。ロードローラーは、ほんの少しだけそのお手伝いのする程度のもの」
     ひどく楽しそうに、赤が嗤った。

    「さぁ! 更なる高みを目指し、混沌を駆け巡ろうか!」

    ●危急
    「なんという……!」
     見嘉神・鏡司朗(高校生エクスブレイン・dn0239)は慌てた様子で、しかし、要点のみを的確に灼滅者達へ伝える。
     暗殺武闘大会の決戦で、ハンドレッドナンバーに止めを与えた灼滅者が、ハンドレッドナンバー・ロードローラーに襲撃される事件が発生したと言う。
     事前に防ぐことは出来なかったが、しかし、この事態を予期していた比良坂・柩(がしゃどくろ・d27049)達が警戒に当っていた事もあり、今すぐ向かえばなんとか救援が間に合うだろうと。
    「詩夜・沙月さんが闇堕ちしてしまうか、或いは、連れ去られてしまえば、新たなハンドレッドナンバーが生まれることになってしまいます。ですが何よりも、彼女の窮地を傍観したまま終わるだなんて論外です!」
     だからこそ現場に急行し、彼女を救けだしてほしいと、鏡司朗は断言した。
     襲撃地点は市の郊外からさらに離れた廃工場跡地。ローラーで整地され今となっては完全な更地で、人通りもない。
     沙月を襲う赤色のロードローラーは分体で、ハンドレッドナンバーである本体程の戦闘力は持っていないが、それでも十分に強敵だ。
    「以前、ロードローラーと交戦した経験のある方もいるかと思いますが、今のロードローラーの戦闘力は、その時と比して大幅に上昇していると見て間違い無いでしょう」
     この分体を撃破しても、灼滅者に害は無い。得られる物は通常のダークネス同様、『癒し』のみだ。
     最後に。この事件を越えた先に、ウツロギを救出出来る未来は有るのか。
     灼滅者の一人が鏡司朗にそう尋ねたが、鏡司朗は押し黙ったまま、沈痛な面持ちでゆっくりと首を横に振った。
     それ以上、鏡司朗はウツロギに関して何も言わなかった。
     ……言えなかったのだろう。
    「せめて……これ以上、そんな悲劇を増やすわけには行きません。沙月さんを、どうか、必ず……!」


    参加者
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    詩夜・沙月(紅華護る蒼月花・d03124)
    詩夜・華月(蒼花護る紅血華・d03148)
    レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)
    白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)
    有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)

    ■リプレイ

    ●回り廻る
    「そろそろ叫び回るのにも、逃げ廻るのにも疲れて来たんじゃない? でも大丈夫! そんなお嬢さんの為に、今回は特等席を用意してます!」
     瓦礫に更地。
     ロードローラーのヘッドライトは、詩夜・沙月(紅華護る蒼月花・d03124)を捉え続けて逃がさない。
     攻撃を捨て、防御と回復に特化した沙月の立ち回りは、彼女に数分の猶予を齎す。
     けれどもそれが一体何になるのかと重機は嗤う。
     窮地は程なく死地と成る。
     もがき足掻いて得たそれは、砂粒一つの価値も無い。
     ……そう。
     たった独りならば。
    「狼藉はそこまでです!」
     不意に、光の外より声がした。
     何事かとロードローラーが回頭した刹那、彼の眼前にあったのは狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)の巨拳だ。
     拳が重機に接触する直前、翡翠の脳裏をかすめたのは、闇に堕ちた沙月が獣を倒し、そして姿を消した――炎獄の結末。
    「もう、二度と目の前で詩夜さんを闇堕ちさせません!」
     そんな確固たる誓いを拳に強く握りしめる。
     鬼神の如き異形腕はロードローラーの顔面にめり込んで、車体は大きく後退り、直後、音もなく死角に忍び込んだ御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)が重機の顎部を蹴りあげる。
    「酷い! 人を足蹴にするなんて!」
     蹴り上げられた反動か、車体が持ち上がって縦に直立し、灼滅者達に下部(はら)を晒す。
    「何を言う。最早人でもないだろう」
     重機は夜空を見遣ったままぐぬぬと呻く。首の可動域は存外狭いらしい。
    「彼女をどこに連れて行こうとしてるのですか!」
     何かの拍子で情報を漏らさないかと翡翠は問うが、
    「企業秘密さ! あ、しまった! こういう場合は嘘の情報とか流した方が効果的だった!」
     この調子では期待出来たものではないだろう。
     ならば躊躇する必要もあるまい。
     白石・明日香(教団広報室長補佐・d31470)が晒された重機の腹部目掛けて帯を放ち、帯は忠実に重機の車体を貫いた。
    「ハンドレッドナンバーはオレ達が倒した。それでハッピーエンドだ。終わった話を蒸し返そうってんなら、元仲間とはいえ容赦しないぜ? ……徹底的に、バラしてやる」
     直立姿勢を戻そうと車体が小刻みに震える。
     明日香は帯を車体に挟まれる前に引き戻す。前輪の接地と共に戦域は大きく揺れた。
    「灼滅者……警戒されていたか。全く、現実は平坦じゃないね。まぁいいさ。そのためのローラだも」
    「うるさい」
     尋常ならざる殺気が戦場を満たす。
     重機の軽口を黙らせた詩夜・華月(蒼花護る紅血華・d03148)が放つそれは人払いの為の威圧と、敵を屠っても余りあるほどの、純然たる殺意。
    「六六六人衆、お前は殺すわ」
     多くを語る必要も、語らせる必要も無い。
     姉を追い詰めその精神を殺そうとした。
     その事実のみで十分だ。
     葬滅花の銘を持つ断斬鋏が重機の装甲を斬り裂くと、鋏の錆は宿主を見つけたウィルスの如く、損傷個所に潜り込む。
     どのような経緯があろうとも、華月と相対するこの『敵』は、肉も、骨も、魂も、全てを狩り、断ち、葬り去るべき存在でしかない。
     有城・雄哉(高校生ストリートファイター・d31751)にとってもそれは同様だ。
     何より、この状況で逡巡すれば、それが命取りになりかねない。
    「これ以上、悲劇を招いてたまるか!」
     展開した障壁で思い切り殴打すると、これまで妨害された腹いせか、重機はエンジンをふかし、怒りのままに雄哉へと突撃を仕掛けてきた。
     分体といえどもその攻撃力は並のダークネスのものではない。
     だが、しめたものだ。
     重機の注意が此方に逸れたのならば、本来の標的である沙月には、若干の余裕が生まれるだろう。
    「沙月さん! 今の内に!」
     周囲への遮音と同時、羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)は沙月に回復とシールドの付与を施し、そして前衛がロードローラーの射線を阻む。
     皆の思いは一つだ。
     宍戸やロードローラーをのさばらせておく訳には行かないし、何より沙月の危機が見過すことなど出来はしない。
     だから、絶対に助けると。
    「此処まで良く……一人で耐えてくれた」
    「みなさん……!」
     レイ・アステネス(大学生シャドウハンター・d03162)のダイダロスベルトは後衛に下がろうとする沙月の傷をさらに癒し、護る。
     それでも癒せぬダメージは、皆でフォローすればいい。
     孤軍奮闘の時は終わったのだ。

    ●圧力
     沙月に迫るローラーを、寸前華月が受け止めた。
     庇った華月は理不尽な超重量に押し潰されてなるものかと食いしばり、護られた沙月は沈痛な面持ちで、しかし悲鳴だけは上げまいと堪える。
     守るはずの妹に、今は守られて……。
    「んん、美しい姉妹愛だ。或るいはもしかすると……依存の二乗かな。華を手折るのは心苦しいけれど、妹さんには死んでもらおう。そうすれば、お姉さんもきっと後戻りできなくなるんじゃない?」
    「そう思うんなら、やってみなよ」
     ローラーを抑える華月の片腕が、狼のものへ変じる。
    「沙月を守る為なら、あたしの命なんか惜しくない。けれど」
     狼腕の終点。銀の爪先に華月が流した血が伝い、紅く染まる。
    「誰がお前なんかに殺されてやるものか!」
     刃の如く鋭利な殺意を宿した紅血の爪撃は重機を斬り裂き、車体から吹き零れた油とも血液ともつかぬ飛沫が更地を濡らした。
    「外法院さん、貴方はこんなことがしたかったのですか?」
     再び重機に問う翡翠の横顔に夜風が巡り、一房の黒髪がそよぐ。
    「そうだよ、と言いたいところだけど、人間のウツロギ的にはまぁ、違うんじゃない? とは言え既に故人だからねぇ。真相は闇の中さ。もう誰にも分らない。逆に訊くけど、彼はこうしたかったと思う? 思わない?」
    「……思いません」
    「はは! ならどうする?」
    「……代わりに止めてみせます!」
     翡翠はクロスグレイブに炎を燈し、一息に距離を詰めると重機目掛けて炎撃を叩きこむ。
     直後、炎は重機を包み、火によって葬るが如く延焼するが、真実葬るにはまだ至らない。
     華月を癒すため、結衣菜が展開した障壁の淡い光がおぼろに映し出すのは、にたりと笑う不気味な生首。
    「あの宍戸が『組織にそぐわぬハンドレッドナンバーの排除』で終わらせる気が無いと思ってたけど。振り返れば予選から今に至るまで一貫して灼滅者狙い」
     悪辣過ぎて吐き気がする。結衣菜が忌々しげにそう呟くと、それはちょっとだけ違うよと生首は返した。
    「正確には灼滅者の奥底に眠るダークネス狙い。安全弁である表の人格に用は無いのさ。何処も人手は足りてないからね。都合の良い話、皆即戦力が降って湧いてこないかなって思ってる。どこぞの組織の客将になったり、指揮官になったり、盟主候補とか? 覚えのある人もいるでしょう?」
     重機は饒舌に語るが、雄哉が耳を傾ける理由はない。
     問答無用と帯雷した拳で重機の真正面を抉ると、ヘッドライトは瞬きするかのように暫く明滅を繰り返し、そしてそれが調子を取り戻すと、二つの光源は雄哉を睨めつけた。
    「世の中は苦難に満ち満ちてる。当然だ。そういう風に作られてんだもの。今までその瞳で見てきた不幸を思い出してごらん。そしてこれから先その瞳で見るであろう風景は、過去と同等か、それ以上の惨事しかないのさ。そんな世界で人間を続けるのも、馬鹿馬鹿しいとは思わないか」
     『あの時』――六四位と戦闘を経て戻らなくなった雄哉の蒼眼と、六三位との交戦を経て戻れなくなったロードローラーの嘲笑が交差する。
     ――ああ。これは間違いなく……討ち果たすべきダークネスだ。

    ●雪夜
     諦めろ。
     重機がささやく。君を助けるために傷ついた仲間たちを見てごらんと。
     諦めろ。
     重機が嘲る。君が闇に堕ちればそれで済む話なのだと。
     諦めろ。
     重機が跳ぶ。ならば覚悟を決めさせてやろうと。
     天高く飛んだ重機は前輪を猛烈に回転・赤熱化させ、沙月目掛けて降下する。
     高速で、しかし、主観ではひどくゆっくりと迫る赤。
     そこから先、重機に接触するまでの間、何を想いどう行動したのか、沙月自身にも記憶がない。それだけ無我夢中だったのかもしれない。
     ……気が付けば。
    「な……ん、ですと!?」
    「……私は私が嫌いで、それでも、私が私でなくなるのは怖くて……」
     気が付けば、日本刀・雪夜を引き抜いて、ロードローラーの熱を、重量を、全てを受け止め、相殺していた。
    「でも、私のせいで誰かが闇堕ちするのも、死ぬのも嫌」
     吹雪の如く火花が散る。重機に対してあまりに細い雪夜の刀身はしかし、刃毀れ一つ起こさない。
     沙月の身を、守るように。
    「だから、私は全力でその運命を拒絶します……!」
     沙月はローラーを斬り払い、そしてそのまま雲耀の域に到達した剣閃を以って重機の装甲を断ち斬る。
    「な……なんで!?」
     血か、油か。吹き出た鈍い赤色に塗れた重機はただ茫然とそう呟いた。
    「自分の事が嫌いなんだろ? ハンドレッドナンバーだよ? 千載一遇のチャンスなんだよ? なのになんで君は人間であることに固執するんだ!? なんで君は……『人のまま死ぬ覚悟』すら持ってそれを拒絶するんだ!?」
     理解が出来ない。重機はそう叫ぶ。
     序列の中で生きる六六六人衆になってしまった今の彼が、沙月の心中を察する術は無い。
    「解らないなら、無知のまま逝け――お前を倒せば、全ては丸く収まるだろう」
    「だったら君にはわかるのか! 彼女の胸中が!」
    「さあな。だが……信じていた」
     言いながら、白焔はだらりと伸ばした両腕にオーラを収束させ、そのまま光の届かぬ闇に紛れ込む。
     次の瞬間には、重機の最至近まで侵略し、浴びせる様に乱打乱撃を見舞った。
     車体が歪む。ロードローラーは躰のあちこちからスパークを噴き出して、据え付けられた生首は息を切らせている。
    「元六四位曰く、命を懸けずに得られる序列は無いそうだ」
     レイ自身、ロードローラーに対して思うところがないと言えば嘘になるが、そうだとしてもこれ以上、彼の勝手を許す理由にはならない。
    「自分自身の稀有な能力を過信しすぎたな。本気で堕とすつもりなら、標的を絞って、本体が直々に来るべきだったろう」
     レイは前衛の足下に巨大な法陣を敷く。
     それは味方に天魔を降ろす、断罪の秘術。
    「来れなかったんだろう? 本体が出張ったところで、堕としたてのハンドレッドナンバーに殺される可能性があるし、何よりこいつ自身がハンドレッドナンバーで、暗殺武闘大会の効果がまだ生きてるなら――その序列を未だ狙う不届きな輩がいないとも限らぬ故、な」
     誰が気付けただろう。天魔を降ろした影響か、それとも別の原因か、重機を見遣る明日香の相貌には、冷徹さと狂気が滲んでいた。
     不死すら殺す絶死の槍。
     明日香の放った槍撃は、重機のボディを螺旋に穿ち、彼の攻撃能力ごと串刺した。

    ●閉幕
    「こんな。こんな……この体から不要と切って捨てた尊厳(モノ)が、ロードローラーを追い詰めている……!?」
    「もう……暗殺武闘大会も、これで終わりにしましょう」
     沙月が重機にそう告げるが、ロードローラーはこれで終わってなるものかと奮起する。
     やはり最初から、撤退するつもりはなかったか。
    「あたしから沙月を奪う奴は、神でも悪魔でもダークネスでも許しはしない!」
     華月の纏うオーラはゆらりと揺れて刃に変じ、それに呼応するように、沙月の携える日本刀は渦巻く烈風を帯びる。
    「沙月!」
    「華月!」
     烈風は神薙ぐ嵐となって敵を裂き、刃は鋭く舞い踊る。
     そうして風が解けた雪夜の月下には、戦華が乱れ咲いた。
     そんな雪月花を塗りつぶさんと、重機はヘッドライトにエネルギーを蓄えて、一気に放出する。
     眼の底が痛みを訴えるほどの眩い光に、前衛全員が飲み込まれる。
     だが光が引いた後、その場にいた前衛の数は五。
    「あなたの目指す混沌とやらに……」
     戦闘は最終盤。此処まで来たらワイドガードを張るよりも、一気に攻め落した方が良いと判断した結衣菜が、満天の夜空に跳んで、流星の如き煌きを脚部に宿し天を滑る。
     未だ眼の眩みは取れないが、同様に夜天を駆けるレイのダイダロスベルトの軌跡をたどれば、地を這う重機に辿り着くのは容易だった。
    「沙月さんを巻き込むな!」
     帯が貫き、流星が蹴り抜く。
     装甲がひしゃげる金切り音。巻き上げられる土煙。
     雄哉は自身の掌を見る。多少の土砂をかぶろうが、蒼穹のバトルオーラの輝きが褪せる事は無い。
    『あの時』も、雄哉は堕ちる覚悟で臨んだ。
     だから『今回』も、たとえ誰が望まなくても、沙月がハンドレッドナンバー化するよりはましだろうと、そういう覚悟を持って臨んだ。
     けれど沙月は自分とは正反対に……。
    「堕ちない覚悟、か……」
    「ちなみにオレは、雄哉と沙月を堕とさない覚悟で臨んだ。まぁ、結果として誰も堕ちなかったわけだが……いや、まだ早いか」
     明日香が言葉を翻す。土煙が晴れると、辛うじて形を保っているロードローラーが姿を現した。
     お互い闇に堕ちておらず、そして体が動くなら、やるべきことは一つきり。
     明日香の日本刀による斬撃が重機の足取りを鈍らせて、ロードローラーは為す術なく蒼穹の気弾を受けるしかなかった。
    「貴方の魂に優しき眠りの旅を……」
     その言葉と共に翡翠がスレイヤーカードより顕現させたのは、彼女の身の丈を優に超える巨きな刀。
     見た目通りの重量だろう。だが、それを扱う翡翠の足取りは非常に軽やかで、兎の如く事も無げに跳躍すると、斬艦刀を重機に振り下ろす。
     翠の一撃は重機に徹底的な破断を齎し、外装が全て弾け飛んだ跳んだ重機はたまらず空へ退避する。
     が。
    「遅い」
    「!?」
     ダブルジャンプを駆使し宙へ『先回り』していた白焔が、ロードローラーに着地して、生首の背後を取る。
    「死を撒くモノは冥府にて閻魔が待つ。潔く逝って裁かれろ」
     音も無く。無拍子に。妖の槍がロードローラーと生首を分断した。
     重機部分はそのまま空中で消滅し、生首はべちゃりと地に落ちる。
    「ふん。まぁいいさ。所詮分体。大量生産品。いずれ第二第三のロードローラーが君たちの前に現れる。それまで精々、つかの間の平和を謳歌するといい」

     レイは黙考する。宍戸の目論見は退けた。しかし依然問題は山積みだ。
    (「さて……どうなるかな」)
     ロードローラーの本体、もう一人の闇堕ち灼滅者。蘇ったハンドレッドナンバー、ナンバーを得たダークネス。
     いずれも予断を許さない状況だが、それでも、今は……。

     ありがとうございます、と、沙月ははにかみながら改めて皆に礼をする。
     皆が全力を尽くした結果が此処にある。
     傷だらけではあったが、その意識も、身体も、確りと沙月本人のもので――。

     詩夜・沙月は、灼滅者(ひと)として、武蔵坂学園へと帰還を果たした。

    作者:長谷部兼光 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年3月14日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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