●増援
灼滅者達の元に一枚のディスクが届いたのは、陸からアンデッドを駆逐してすぐの事だった。
早速ディスクを再生すると、そこに映し出されたの見嘉神・鏡司朗(大学生エクスブレイン・dn0239)の姿。
画面越しの鏡司朗は灼滅者達を労う。あなた方の活躍がなければ沖縄は屍人の巣窟と化していたでしょう、と。
が、この為だけに記録媒体を寄こしたりはすまい。
「わかっています。今一番欲しいのはアッシュ・ランチャーに関する最新の情報、ですよね」
そうして、録画された鏡司朗は現在の状況を述べる。
『アッシュ・ランチャーの野望』達成を阻止した事で、この勢いのまま彼を灼滅に追い込む好機が訪れた。
「統合元老院クリスタル・ミラビリスの一員であるアッシュ・ランチャーを灼滅出来れば、謎に包まれていたノーライフキングの本拠地への侵攻も可能となるかもしれません」
しかし、敵軍の戦力は未だ強大であり、生半可な覚悟で反攻作戦を行う事はできない。
アッシュ・ランチャーが座乗する艦艇は擬似的に迷宮化され、彼を灼滅しない限り破壊する事は出来ず、内部にはノーライフキングをはじめとした強大な戦力がある為、攻略は非常に難しい。
更に、ノーライフキングと協力体制にあるご当地怪人の移動拠点、ご当地戦艦『スイミングコンドル2世』が、艦隊に合流したと言う。
●再編
アッシュ・ランチャーの艦隊は、艦隊を再編してゆっくりと撤退しようと動き出している。
しかし、これだけの大規模な艦隊が簡単に動き出せる筈もない。今すぐ追撃を仕掛ければ大打撃を与えることが出来るだろう。
こちらから攻撃をしなければ、敵も戦闘を行う事無く相手は撤退していくが、彼と彼の艦隊が健在である限り、似たような軍事行動が再び行われるのは明白だ。
みすみす逃がす道理は無い。
彼を灼滅する好機が巡ってきたというならば、それを最大限利用するまでだ。
「敵は洋上。ならばこちらも文明の利器を利用しましょう。ええ。より直球でいうなら、民間の漁船やボートを少しばかり拝借すると言う事です。大丈夫。既に話は通っています」
船舶のマニュアルは用意しているので、操縦に手間取る心配もない。
ただし、民間船で或る程度までは敵艦隊に接近出来ようが、最終的には灼滅者の肉体による強行突破となるだろう。
「軍艦の砲撃には、さすがに耐えきれませんから」
敵の艦載砲はサイキックに関係しない普通の兵装。仮に何発当たろうが、灼滅者にダメージは無い。
最初から泳いで近づく事もできるが、速度の問題上推奨は出来ないと鏡司朗は断じた。
「アッシュ・ランチャー本人は『撤退可能となった艦艇』に移乗して、戦域からの撤退を目論んでいます」
この撤退を阻止する為、艦隊の外側――撤退準備が整っている艦艇を優先して制圧していく必要がある。
艦艇には、人甲兵やアンデッド兵だけでなく、多くの一般兵が乗船しているので、人甲兵とアンデッドを殲滅した後、ESPなどを利用して一般兵に命令し、他の艦艇の退避を邪魔するように移動させれば、アッシュ・ランチャーの撤退を防ぐ事ができるだろう。
どのESPが有効なのかは、先の戦闘を参考にすると良い。
撤退が不可能と知ったなら、彼は艦隊の人甲兵やアンデッドを呼び集めて、自分を守らせようとする。
アンデッドや人甲兵は、救命ボートのようなもので移動したり、或いは、海中を泳いだり歩いたりして集結してくる。
集結する戦力は、アンデッド千弱に、人甲兵が三百程度だが、この戦力が集結すれば、打ち破るのは困難になるだろう。
故に、アッシュ・ランチャーを撃破する為には、この増援の阻止も重要だ。
ここまで順調に作戦が進めば、アッシュ・ランチャーが座乗する艦艇に乗り込み、決戦を挑む事ができる。
だが、彼がノーライフキングの首魁の一人である事を忘れてはならない。
彼の技量は非常に高く、強力な人甲兵を護衛につけているため、撃破するには相応の戦力が必要だ。
……撤退を阻止する、増援を阻止する、アッシュ・ランチャー及び護衛と戦うという3つの作戦を同時に成功させなければ、アッシュ・ランチャーの灼滅は叶わない。
「最後に、ご当地戦艦『スイミングコンドル2世』に関してですが……この艦の介入は、アッシュ・ランチャー……いえ、ノーライフキング側にとって都合が良すぎるとは思いませんか。まるで彼の敗北を、あらかじめ『予知』していたかのような」
……まさか。
「ええ、居るのです。あの艦には。この状況を予知した存在が」
『その者』の予知により、最初からスイミングコンドル2世にアッシュ・ランチャーを避難させた場合、灼滅者がスイミングコンドル号に押し寄せ制圧されてしまう結果になるとアメリカンコンドルは知った。
その為彼は『アッシュ・ランチャー艦隊と灼滅者が戦って混乱した状況』で介入する作戦を行おうとしている。
もし、スイミングコンドルに対して何の対策も講じなければ、決戦中、アメリカンコンドル率いるご当地怪人の軍勢によって横槍が入り、アッシュ・ランチャーを保護されてしまうだろう。そうなればこちらの逆転負けだ。
これを阻止する為には、スイミングコンドル2世への攻撃も同時に行わなければならない。
スイミングコンドル2世での戦闘は、非常シビアだが条件さえ整えば、アメリカンコンドルの灼滅の可能性もある。
ただし、ご当地怪人が今回のリベレイターの対象外である以上、スイミングコンドル2世内部に居るであろう怪人達の実力・人数は不明だ。
アメリカンコンドルが世界中津々浦々を巡ったと言うのなら、その際に幹部級の能力を備える怪人を乗船させていたとしても不思議ではない。
「……そして、予知者の名は『椎那・紗里亜』。炎獄の楔の折に闇に堕ちた灼滅者です」
ただし、紗里亜が敵軍に加担しているのは彼女の――ダークネス人格の意志でもないらしい。
どのような手段を用いたのかは判然としないが、元老院は『紗里亜』が居た超空間を突破し、その身柄を確保した。
その後、特殊な予知能力を持つ彼女はスイミングコンドル2世のスーパーコンピューターに接続され、予知を行う為の装置として利用されているのだと言う。
予知能力の有用性は灼滅者ならば誰もが知っている。
彼女の救出、あるいは……灼滅も目的の一つとなるだろう。
「対ノーライフキングにおいて、この戦いの結果が大きなターニングポイントになるでしょう……東京から、あなた方の無事の帰還を祈ってます。それでは……」
語り終えた記録媒体が停まる。
得た情報を元に、此方も一度チームを解散し、目的に応じて再編する必要が有るか。
……陽が昇り、空が白む。
血戦の刻は間近に迫っていた。
参加者 | |
---|---|
皇・銀静(陰月・d03673) |
文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076) |
淳・周(赤き暴風・d05550) |
百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468) |
西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504) |
赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006) |
牧瀬・麻耶(月下無為・d21627) |
白峰・歌音(嶺鳳のカノン・d34072) |
●接近
一隻の船が、美ら海を全速力で掻き分け進む。
波の飛沫と弾の幕。
全く性質が異なる二つの雨。しかしバベルの鎖を持つ灼滅者にとってはどちらもそう大差無い。
文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)は自身の頬を掠めた『それ』を軽く拭い、レーダーに眼を向ける。
「……壮観だな」
レーダーが捉える無数の船影の、九割九分と九厘は敵のもの。
これら全てを操るというなら、人を使う事に長じているのは確かだろう。
あるいはこれこそが、『対人類最強』を名乗る所以なのかもしれない。
「……何が人類管理者だ、ふざけるな……絶対に逃がすかよ!」
もしもこの規模で人間同士の戦いが起こったとしたら。
百舟・煉火(イミテーションパレット・d08468)は、もしもの未来を想像して総毛立つ。
「では……決戦と行きましょう」
降り注ぐ弾雨。その一粒を掌で受け止めて、西院鬼・織久(西院鬼一門・d08504)は泰然とそう言った。
何としてでも、ここを決戦の海としなくてはならない。
「……白峰さん。これは空飛ばない方が良いっスよ」
双眼鏡を覗き込み、敵艦隊を観察していた牧瀬・麻耶(月下無為・d21627)は大きな溜息を一つつく。
百聞は一見に如かず、麻耶から双眼鏡を借り受けた白峰・歌音(嶺鳳のカノン・d34072)は、程なくして、
「うひゃあ! 何処もかしこも敵だらけじゃん!」
歌音の言う『敵』とはつまりアンデッド達の事だ。
生身の人間、通常の兵器ならば物の数ではないが、双眼鏡のレンズに映る彼らは銃火器――遠距離攻撃用サイキックを携えて抜かりなく、それでも攻撃してこないのは単に射角の問題でしかない。
敵を引きつけ過ぎてしまう。飛行すればまず間違いなく四方の艦から撃たれ蜂の巣だろう。
現状、飛行するメリットは薄い。
そう認識した歌音が箒をカードに仕舞い込むと、箒に同乗する予定だった赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)は、
「それは残念ですわ……」
と大きく肩を落した。
その際、歌音は鶉から何やら邪な気配が発せられたように思えたが、恐らく気のせいだろう。
きっと。多分。様々な意思が交錯する戦場はよくある事だ。
そんな二人のやり取りを聞きながら、皇・銀静(陰月・d03673)は無線機を確認する。
無線機自体に故障は見られない、が、ノイズを流すばかりで到底使い物にはなりそうにない。
「例によって何時もの如く、ですね」
携帯も駄目だ。事前に用意した機器では班同士で連絡を取り合う事は難しいだろう。
各々の班が、独自に行動して最善を尽くすより他ないと見るべきか。
……自班が目指すは敵艦隊北西外周部。
そこに到達するまであと少し、と言う所で船のエンジンが異音を吐き出し始める。
「もうちょっとなんだ! あと少しだけ耐えてくれよ……!」
船を操縦していた淳・周(赤き暴風・d05550)がコンソールを数度叩く。
道中、船が異音や不調を訴えることはあった。
その度に周は絶妙な角度で方々を叩いてみたり、諸々操作して騙し騙し船を動かしていたが、どうにも限界が来たらしい。
灼滅者が盾となり、可能な限り船体を守りもしたが、そもそも弾幕の密度が民間船一隻に向けるそれではない。今まで持ち堪えていたのが奇跡だろう。
意を決し、灼滅者達は海に飛び込む。
足として使った船が大きな水柱を立てながら沈んでいったのは、それからすぐの事だった。
●交戦
海面から艦の舷側(ふなべり)を壁歩き、甲板に降り立った麻耶とウイングキャット・ヨタロウを歓待したのは、無数の銃口だった。
動くな、と兵を統率する士官らしき男が麻耶へ発したその言葉は、中国語ではなく日本語だ。
「おや、日本語を話せるとは話が早い。物は相談なんですが、タオルを一枚貸してくれませんか。ほら、全身ずぶ濡れで、口の中しょっぱくて。お陰でやる気が下がりに下がって、何というか、正直もう帰りたい……」
最悪猫の分はいらないので。麻耶が気怠げにそう言うと、いきなり主に裏切られたヨタロウは、瞳をこれ以上ない位にまん丸く見開いた。
麻耶の訴えとヨタロウのリアクションもむなしく、士官は彼女に狙いを定め、引き金に指を掛ける。
交渉は決裂だ。
強い海風が甲板の塵をさらい、麻耶が舷側に垂らした縄梯子は一際大きく揺れる。
直後。炎の如く輝く羽が空を舞った。
「いっけぇー!」
羽は歌音の意思に従って円環を描き、煌く羽環は甲板を翔け抜け、士官――アンデッドの身を裂く。麻耶が放ったダイダロスベルトも光輪の軌跡をなぞり、ヨタロウの肉球がさらに続いた。
二人と一匹の攻撃を受けたアンデッドは、ふらつき乍らも歌音へ狙いを定め、発砲する。
放たれた弾丸はしかし歌音に命中する事は無く、射線へ割り込んだ鶉が彼女の代わりに受け止めた。
「さぁ、今日は海上でのマッチですね……!」
専用のリングコスチュームが鶉の豊満なボディを魅力的に彩って、更に彼女が『王者の風』を纏うのならば、彼女の紡ぐ除霊結界はリングを造るロープとなろう。
「試合開始ですわ!」
無数の銃声が、ゴングの代わりとばかりにけたたましく鳴り響いた。
織久が赤の瞳を走らせて、戦況を確認する。
歌音のパニックテレパス、鶉の王者の風、そして織久が展開する殺界の効果は覿面で、一般兵達の戦意は最早ゼロに等しい。
ここまでの経過は多くの前哨戦と同様だ。
ここから先、唯一懸念があるとするならば……それは時間的な問題だろう。
艦隊制圧を目的とする班は自班を入れて五つ。
一班一艦ではとても包囲網は構築できない。連戦は必須だ。
チームメイト同士連携し、可能な限り短い時間で制圧を繰り返す必要が有る。
足止めを食らうわけには行かない。織久は死角からそっとアンデッドの首に大鎌を置き、微塵の躊躇なく刃を引いた。
屍の胴と首は泣き別れ、間を置かずに消滅する。
「艦艇の制圧となると、少し心が躍ります」
大鎌が纏う血色の炎が叫喚するように揺らめいて、陽炎を作る。
その陽炎の奥で燃え盛るのは、悪を灼き尽くす、明々とした真紅の炎。
「おう! いよいよ首魁の一角との決戦だ! ここはきっちり道を切り開いて、後続がやり易いようにしねえとな!」
その為にも盛大に暴れてやるか! と、周は全身を駆け巡る炎と気合を拳一つに収束し、不敵な笑みを浮かべてアンデッドを見据える。
「さあ! 正義のヒーローのお通りだ!」
割り込みヴォイスをさせた周の声は、透き通って良く響く。周が炎拳を屍人に思い切りぶつけると、アンデッドは炎に覆われ燃え尽きて、灰になる。
咲哉が拾った兵士達の声に目新しい情報は無い。
あるのは動揺と、混乱と、それに混じって幽かに聞こえる懐郷の言葉。
それは即ち、碌に目的も知らされず人手欲しさに動員された言う証だろう。
それ故無体に扱う事は出来ない……と言う認識は咲哉を含め自チーム全員にあった。
今更確認するまでも無く、人として当然の思考だろう。
恐らく他の艦艇制圧班も『そういう風に行動するはずだ』
「彼らはただ、怖い上官に従って、そしてその怖い上官は恐ろしいアンデッド、と言う訳だ」
あるいは……元々位の高い軍人を、必要に応じてアンデッドに仕立て上げたか。
自衛隊に潜ませていたアンデッドを例として考えるに、十分あり得る話だ。
いずれにせよ、報われない。
咲哉は十六夜の銘を持つ刃をすらりと鞘から抜き放つ。
刹那。鋭い光が音も無く人甲兵の背部装甲を断ち切った。
「成程。ならアンデッドを排除した上で一番位の高い人間を探し出せばいいと。そして……」
艦橋に至る最短経路を人甲兵が塞いでいるのなら、これを撃破しない理由は無い。
人甲兵は突破されまいと銀静に向けて機銃を乱射するが、銀静は物ともせずに巨大な剣を高く掲げ、一息に振り下ろした。
禍々しい覇気を放つ宝剣は、人甲兵を中身毎真二つに両断し、勢いのまま甲板に大きな刀傷を残す。
煉火はダメージを負った銀静を純白の帯でくるみ、治療しながら海域を見回す。
……可能な限り速度の出る船を借りた。アンデッドの殲滅にも特に手間取っては居ない。
ここまでミスらしいミスは犯していない筈だ。
……だが。得体の知れない焦燥が煉火を襲う。
(「間に合うだろうか?」)
不意に零しかけた弱音を飲み込む。
今は……全力を尽くすより他ないだろう。
●制圧
ラブフェロモンを使用した銀静が黒の軍服風ゴスロリ衣装を着こなして、艦のトップとなった人間を、温かみのある笑顔で蠱惑しようと試みたものの、男は寸での所で銀静の誘惑を打ち破る。軍人にとっては色気よりも軍紀か。
「あら、そのまま誘惑されていた方が良かったでしょうに」
鶉が王者の風を使い、中国語で軽く叱ると、男は罰を言い渡された子供の様に縮み上がって、為す術も無い。
咲哉の通訳を通して、灼滅者達が残った軍人達に求めたのは他艦に対する進路妨害と、それを為した後の総員退艦だ。
そして、軍人達が艦の移動を終了させると、歌音が艦の機関部を破壊して、周が念入りに舵を潰した。
その後灼滅者達は麻耶が調達してきたエンジン付きのボートに乗り込んで、次の艦を目指す。
接近、制圧、工作、破壊。
包囲網が構築できるまで、一連の行動をひたすら繰り返すしかないだろう。
●錯綜
そして三艦目。
じわりじわりと、癒しきれぬダメージが重りとなって灼滅者の動きを鈍らせ始める。
歌音の視界がぼやける。何処からか、闇へと誘う声が聞こえた。
……だが、まだだ。誰一人として仲間が倒れていないのなら、正気を明け渡すにはまだ早い。
「まだだ、まだ諦めない……!」
歌音は誘うような笑い声を振り切ると、紫紅八極の流法をもって屍人に乱打乱撃を見舞い、吹きとばす。
「鶉さん!」
吹き飛ばされた先で屍人を待ち受けるのは、脚部を炎に染めあげた鶉だ。
「この蹴り、受けられましてっ!」
鶉が燃えるドロップキックがアンデッドを更に弾く。
屍人は炎に塗れ乍ら船外へと放り出され、着水するより前に爆ぜた。
場外カウントは不要だろう。
後に残ったのは無力化された兵士達と、人甲兵一機のみ。
「攻めてきて、失敗したから帰ります……って、そんなの通用するわけないですよね。軍法会議もんですね。処罰されちゃいますね。気の毒なのでブチ殺されるお手伝いでもしてあげましょう」
人甲兵の内側から何やら言い訳するように喚く声が聞こえるが、取り合う必要は無いだろう。
麻耶は十字架を繰り、人甲兵を打ち据え、刺突し、叩き潰してその機動力を奪い、ヨタロウの回復を受けた織久は両掌に殺意の黒炎を滾らせて、足の止まった人甲兵をひたすらに殴りぬく。
装甲がへこみ、ひしゃげ、飛び散り、破断し、穴が開き、それでも尚止まらず、最後には露わになった『中身』の頸部を掴み、引きずり出した。
何がおかしいのか、織久の手で陽に晒された屍人は嗤う。
もう遅い。
そう遺し、消え去った。
(「負け惜しみ、ですか……いや――!」)
そして、刹那。
●灼滅者
解らない。何が起こったのか。状況を把握出来ない。
現在、艦橋内をしきりに飛び交う言葉はそういう類のものだろう。
船員達は他艦に連絡を取ろうとするが、それは無駄だと銀静は知っている。
一艦目と二艦目もそうだった。通信は遮断されている。敵も味方も例外は無い。
――戦域から、離脱し始めた艦が複数存在する。
どの艦にアッシュが乗っているのかすらわからない。
最早打つ手はない。彼が撤退する様を黙って見ているしかないだろう。
即ち、作戦は失敗だ。
……本来ならば。
砲音一つ鳴るたびに、逃げる艦も一つ沈む。
ああ。陸地で防いだはずの光景(ぎゃくさつ)が。
無数の命は砲火に散って、美ら海の底へ沈むだろう。
恐れていた以上の景色を目の当たりにして、煉火は一瞬、立ち眩む。
人命を考慮しないなら……アッシュ・ランチャーの乗艦に目星をつけるのは、実は酷く簡単なのだ。
彼が座乗する艦艇は『擬似的に迷宮化され、彼を灼滅しない限り破壊する事は出来ない』
故に本物が通常兵器で破壊される道理は、無い。
逃げる艦艇を攻撃していた艦が、『そう』やって炙り出したアッシュの船に特攻を仕掛ける。
特攻艦は沈み、アッシュ艦は健在で、しかし海域は大混乱に陥り、その間隙を縫うようにアッシュ・ランチャー狙いの班が船を走らせ……。
後は彼らの成功を祈るしかないだろう。
「……自分達の管理していた人間たちに弓を引かれるってどんな気分なんでしょうね? 一般人を巻き込まなければ、言う事を聞かせられずにこうして追い詰めれることも無かったでしょうに……」
ぼそりと、銀静がそう零す。
船は動かしても、大事故は起こさぬようにと織久はそう配慮した。
反対に、自身の手を血に染める選択肢を取った班が居る。
しかし、彼らを責める事は出来ない。
そして、艦艇制圧に参加した四班にも何ら瑕疵はない。
アッシュを抑えるためには、人命を軽視した作戦を取らざるを得なかった。
最少の人数で艦艇制圧に挑むと言う事は、『そう言う事』だったのだろう。
自班を含み、最善を尽くした。
だが。
……だが。
あともう数チームが艦艇制圧に参加していたなら、最良の結果を得られていた筈、だっただろう。
●それでも
「まだ! まだだ! この艦は動くんだろ! だったら――!」
周は――正義のヒーローは、あらん限りの力を振り絞って叫ぶ。
こんな結末のまま、終わって良い訳がない。
「ああ……助けるんだ! 一人でも多く!」
煉火が周に続く。
せめて、仲間の手をこれ以上穢させないためにも……。
正念場は、寧ろここからだろう。
「文字通り乗りかかった船、って奴っスね。此処まで来たら、最後まで付き合うっスよ」
麻耶はそう言って、ブリッジ内を気ままにうろつくヨタロウをむんずと捕まえた。
歌音は取り出した箒に魔力を通す。
戦域は混乱している。敵も救助に奔走する人間を攻撃する余裕は無い筈だ。
今ならば、或いは。
咲哉の心境も皆と同様だった。
ハイパーリンガルを通じて知った彼らの本質は、国を、家族を守ろうとする極々普通の人間に相違ない。
今動けば、救える命がある。
簡単に諦める訳にはいかない。
咲哉が混乱する船員たちを宥め、説得し、鶉もそれに加勢する。
「私達だけではこの艦を動かすことも出来ません。勝手なお願いなのは解っています。ですが、どうか……!」
……王者の風の影響か、それとも灼滅者の熱意が伝わったか、操舵士はゆっくりと舵を切る。
かくして一つでも多くの死を振りまく為に現れた艦は、一つでも多くの命を助けるために動き出す。
――灼滅者が兵士達を殺めなかったからこそ、誰かを救うための『手』は、十分に足りていた。
作者:長谷部兼光 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年5月18日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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