パティシエールカンナの和菓子展示会~前編会場戦

    ●金沢・某施設、大会議室にて
     北陸新幹線の開通で、ますます注目度アップの古都・金沢。
     武家文化に育まれてきたこの街では伝統的に茶道が盛んであり、それに付随し和菓子も発展し、老舗の菓子店がたくさんある。
     その日も、市内の公共施設において、熱心な和菓子職人や茶道家、百貨店の担当者など業界の人々が集まり、新作和菓子の展示と勉強会を兼ねた会合を開く予定となっているのだが……。

     展示会開催の朝、今回の会合の役員10名が、某公共施設の大会議室で会場の設営をしていた。
     開始時刻まで1時間余り。そろそろ雑用係の学生バイトの集合時間だし、新作を発表する職人たちも菓子を運び込んでくるだろう。作業を急がねば。
     そこへ。
     開け放っていたドアから、コック服の長身の女性がツカツカと大股に会場に入ってきた。手には、泡立て器とパティスリーナイフを持っている。
     和菓子展示会にパティシエ? いや、女性だからパティシエールか?
     どちらにしても和菓子職人とは似て非なる存在に、会場内の人々は一瞬ポカンとしたが。
    「えっと、どちらさんですか? 会場をお間違えでは」
     慌てて今日の会合の責任者を務める、大手和菓子店の社長が駆け寄っていくと……。
     ザシュッ。
     光のようにパティスリーナイフが一閃し。
     社長の首がぱっくりと裂け、次の瞬間、夥しい血が噴き上がった。
     凍り付く人々。
     鮮血に染まる白い床。
     首を切られた社長は棒のように倒れ、悲鳴を上げることもできず、断末魔の苦しみの中、痙攣するだけ。
     パティシエールは、無表情のままで白衣と白皙に血飛沫を浴び。
    「新作和菓子の展示会……? ふん、笑わせるんじゃないわよ。私が、誰も見たことのない斬新な菓子を創ってあげるわ……人間の肉と血でね!」
     言い放ち、次の犠牲者へと飛びかかった。

    ●武蔵坂学園
    「六六六人衆に対して、サイキック・リベレイターを使用した事で、五二〇位、パティシエール・カンナが起こす殺人事件を予知する事ができました。彼女が和菓子屋に現れるのではないかと、網を張ってくれていた式夜さんのおかげでもあります」
     春祭・典(大学生エクスブレイン・dn0058)は、2チームの灼滅者たちと共に座る、両角・式夜(絞首台上の当主様・d00319)の方に頭を下げた。
    「さて、六六六人衆が強敵なことは、皆さんご存じの通りですが、サイキック・リベレイターの使用により、更に強化されている為、通常の方法で灼滅するのは難しくなっています」
     しかし一方、サイキック・リベレイターの予知により『六六六人衆の撤退』の場所や様子を割り出す事ができたため、二段構えの作戦を行う事が可能となった。
     最初に戦うチームは、殺戮現場で被害者を救出しつつ六六六人衆と戦闘する。そして、敵を撃退するか、或いは、頃合を見て撤退し油断させる。
     その上で、次のチームは、戦闘後に逃げ出してきた六六六人衆を急襲し、止めを刺す。
    「カンナは逃げ足が速く、ここまで何度も惜しいところで取り逃がしています。しかし今回の場合、現場の和菓子展示会場は、窓が無い上、出入り口が2ヶ所しかありません」
     典は会場の図面を開いた。出入り口はカンナが入ってくるロビーに面した正面の広い扉と、部屋の一番奥、非常口を兼ねた廊下に出るもののみである。
    「最初のチームは、会場内でカンナに出来るだけダメージを与えた上で、ロビーに押し出してください。そして、2番目のチームはロビーに隠れ潜んでおき、逃げようとするカンナを急襲するという作戦です」

     典は1チーム目、会場でカンナと戦うチームの方へ向き直り。
    「このチームのメンバーはアルバイトとして会場に入ることができます。カンナが出没する直前に現場に到着するとよいでしょう。指定された集合時刻より少し早いのですが、早めに出勤するのは悪いことではないですからね」
     元々は地元の料理学校の学生を雇うことになっていたのだが、そこはそれ、学園のコネをフル活用して割り込んだ。
     これでカンナを会場で待ち受けることができる。
    「そしてカンナが現れ、社長さんがカンナに話しかけようとしたタイミングで、介入する」
     まずは社長を庇ってカンナから引き離そう。そして他の一般人たちと共に、奥の出入り口から脱出させる。
    「一般人を逃がしたら、奥の出入り口はバリケードなどで封鎖してしまった方がいいかもしれません」
     カンナを奥から逃がさないための工夫だ。会場には、会合に使う机や椅子などが既に運び込んであるので、それをバリケードに使うとよい。
    「カンナは、食材を……一般人のことですが……逃がしてしまった怒りで、最初はしゃにむにかかってくるでしょう」
     だが、これまでの戦いぶりからすると、頭が冷えてきて自分が不利だと悟ると逃げ出す傾向にある。
    「できるだけカンナを痛めつけ、2チーム目が待つロビーに逃げ出すよう仕向けてください。但し、カンナがロビーに行ってしまったら深追いは禁物です。皆さん自身もおそらくかなりのダメージを負っていると予想されますし、一般人も心配です」
     大きな施設なので、朝とはいえ会場以外にも一般人がいるだろう。カンナがロビーに逃げたら、あとは友軍に任せ、このチームは奥の出口から廊下に出、一般人たちの様子を見に行くのが良策であろう。

     典は改めて集った灼滅者たちを見回して。
    「単独では灼滅が難しい敵ですが、連携すればそれが可能になります。どうか、しっかりとそれぞれの役割を果たしてください!」


    参加者
    有栖川・真珠(人形少女の最高傑作・d09769)
    ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)
    クーガー・ヴォイテク(紅蓮の道化師・d21014)
    大鷹・メロ(メロウビート・d21564)
    愛宕・時雨(中学生神薙使い・d22505)
    レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)
    カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)
    坂崎・ミサ(食事大好きエクソシスト・d37217)

    ■リプレイ


    「使わなさそうな机と椅子は、このあたりに積んでおきますねっ」
     坂崎・ミサ(食事大好きエクソシスト・d37217)と、大鷹・メロ(メロウビート・d21564)はにこやかに展示会役員に告げ、奥の非常口近くに椅子や机をさりげなく積み上げた。
    「ありがとう。気が利くね」
     役員は、働き者の学生アルバイトに笑顔で応えたが、彼女らはただ気を利かせているわけではない。カンナが突入してきて、一般人を逃がした後、手早く非常口を封鎖するための工夫である。
     8人の灼滅者たちは、役員たちに不審がられないよう、そしてもちろん、もうじきやってくるだろう敵に感づかれないよう、それなりにバイトの仕事もしていた。しかし、作業をしつつもつい時間を確かめ、正面入り口の方に視線を向けてしまう。
     そろそろカンナが出現すると予知された時刻だ。
     ベリザリオ・カストロー(罪を犯した断罪者・d16065)と愛宕・時雨(中学生神薙使い・d22505)は、並べられた机や椅子を微調整して避難ルートを確保し、レオン・ヴァーミリオン(鉛の亡霊・d24267)はさりげなく入り口脇の受付机を直すふりをしている。
     ロビー班との連絡係の有栖川・真珠(人形少女の最高傑作・d09769)は、ヘッドセットに囁きかけ『姉』との通信を確認する。
     設営準備を続けながらも、灼滅者たちの視線と脳は、会場の構造や、そこにいる一般人たちの位置を把握しようとめまぐるしく働いている。
     緊張感と、集中力とが、限界まで高まろうとしていた――その時。
     何の前触れもなく、躊躇もなく、コック服の女が会場へと入ってきた。長身に、怜悧な美貌。手には、泡立て器とパティスリーナイフ。
     一般人たちは場違いな存在に居をつかれて一瞬ポカンとした。灼滅者たちもめんくらったふりをし作業を中断したが、手はそっとスレイヤーカードに触れており、足には踏み切る一瞬のためにぐっと力が入っている。
     我に返った風の、和菓子店の社長が慌てて女に駆け寄っていき――。
    「えっと、どちらさんですか? 会場を……」


     ザシュッ。
     光のようにパティスリーナイフが一閃し、血が飛沫いた。
     けれどそれは、社長の血ではない。
     社長に覆い被さるようにして庇った、ベリザリオの背中から流れたものであった。
     ベリザリオは流血しながらも背中越しに、驚いた顔の女を睨みつけ。
    「ただでさえ戦闘能力の高い六六六人衆……今は特に手強い敵ですわね。けれど、弟のためにも全力でいかせてもらいますわ!」
     同時に、女……六六六人衆五二〇位、パティシエール・カンナの背に、
    「出口封鎖!」
     威勢の良い声と共に、鋼の帯が勢いよく突き刺さった。

     パティスリーナイフの一閃は一般人用の攻撃だったため、ベリザリオの背中の傷はほんのかすり傷であった。だが、その流血は、非常事態であることを一般人たちに思い知ってもらうには充分で。
    「よーし、みんな逃げるよ。あ、学校でも習ったように落ち着いて行ってね。こっちこっち」
     カーリー・エルミール(元気歌姫・d34266)が奥の非常口を開けながら一般人たちを手招きすると、恐怖におののきながらも躊躇なく避難に向かってくれた。
     ベリザリオから素早く社長を引き継いだ真珠も、その手を引きながら、
    「皆様、落ち着いて逃げて下さいましね。この場は私たちにお任せを」
     割り込みヴォイスを使って、避難を呼びかける。
     机や椅子の配置まで気を配っておいたので、避難はスムーズに運んだが、恐ろしさのあまり足がもつれて転んでしまう人もおり、そういう人は、カーリーが怪力無双を発動して抱え上げ……。

     2人が一般人の避難を進める一方、あとの6人はカンナへと次々と先制攻撃を浴びせていた。
     いち早く背後から発射されたレイザースラストは、扉の脇に潜んでいたレオンのもの。ベリザリオは盾を振り上げて背中の傷を治すと共に防御力を上げ、時雨はレオンのかけ声を受けてカンナが入ってきた入り口を急いで閉め、扉を背にして指輪から石化の呪いを発射した。メロは愛犬・フラムに斬りこませながら、自らはギターを激しくかきならす。クーガー・ヴォイテク(紅蓮の道化師・d21014)が、機銃掃射する愛機を盾にしながら接近し、浄焔禍狐ばかりか四肢にめらめらと炎を纏って飛びかかったところで、
    『――灼滅者かッ!』
     カンナは炎をたたき消そうとするかのように両手を振り回し、
    『ここのところ出しゃばってこないと思っていたのに、またおめおめと!』
     忌々しそうに顔をゆがめると泡立て器を頭上に上げ、
    『私の素材をどこに持っていくつもり!?』
     カンナの視線が追っているのは、カーリーが背負い、今にも非常口から脱出しようとしている、最後の一般人……!
    「……させないよっ!」
     メロがロングコートの裾を華麗に翻し、両手を広げて立ちふさがった。
     ビシャーン!
     目を覆うほど目映い稲妻がメロを貫いたが、その瞬間、カーリーは背の上の一般人ごと廊下に転げ出ていた。
    「だ、大丈夫ですか!?」
     強烈な電撃によろめくメロを、ミサが慌てて駆け寄って支え、回復を施す。傍らではフラムと共に、ビハインドのリョウが霊撃を放ちながら……ミサには見えていないのだが、それでもけなげにガードしている。
    「うん、何とかねー。でも、強烈だよう……」
     ディフェンダーであるメロでも、かなりのダメージを受けてしまったようだ。
     やはりサイキック・アブソーバー照射でパワーアップしている六六六人衆の攻撃力は、上位でなくとも凄まじい。
     だが、怯んでいる場合ではない。
     それに今日の作戦は、敵を倒しきらなくともよいのだから。
     力の限り痛めつけたら、あとは友軍を信じて任せればよいのだから!
     回復の間にも、仲間たちは躊躇なくカンナに攻撃を繰り出していく。
     ベリザリオのソーサルガーターの光を背に受けながら、レオンはコック服を切り裂き、クーガーは今度は足に炎を乗せて滑り込んでいる。
     そして、身を低くして忍び寄った時雨が鋭い刃を足下に突き立てた時。
    「君のしていることは、ただの人殺しで料理なんかじゃないよ!」
     後方から魔力を宿した霧が漂ってきて……振り返ると。
     ヴァンパイアミストを発動しているカーリーと、予言者の瞳で攻撃の精度を上げようとしている真珠の姿が。
    「もったいないよ! 美味しい食べ物が作れる職人さん達や関係者を失わせちゃ、食べ物達が生まれなくなっちゃうよ。ボクは、許せない」
     カーリーの主張は食いしん坊丸出しだが、ともかく避難誘導をしていた2人が戻ってきた……ということは。
     視線を非常口の方に向けると、あらかじめ用意していた椅子と机で、がっちりとバリケード状に塞いである。
     もちろん会場内に一般人の姿はない。
     避難は成功だ!
    『……やってくれたわね』
     あっという間に素材……一般人が、避難させられてしまったことに、カンナも気づいたのか、ぎりりと歯噛みをした。
    『どこまで私の芸術を邪魔しようっていうの? 許さないわ!』
     ミサが勇ましく言い返す。
    「それはこっちの台詞ですよ、人の血肉で作った菓子など美味しいはずもありません。アートと菓子を同一視してませんか?」
     全員が揃い、心おきなく戦える状況となった灼滅者たちは、強敵に立ち向かっていく。
    『今日こそ必ず、灼滅者を素材にして菓子を作り上げて見せるからね!』
     カンナも怒りのままにそれを迎え撃つ。
     しかし、熱い戦いの中でも忘れてはいけないのは。
    「何とでも言ってろ。オレがまぁ言いたいことったら、一つだけだ。今回でお終い。此処がお前のデッドエンドだ!」
     レオンが氷弾を槍から撃ち込み、クーガーが縛霊手で捕縛を仕掛け。
    「俺の拳はちっとばかし熱いぜッ!」
     激しい攻撃と挑発で敵を戦いに集中させ、あるいはミスリードし、ロビーに潜む友軍の存在に気づかせないこと――。


     戦いが本格化して、数分が経った。
     六六六人衆の攻撃力は予想通り強力で、その一撃はごっそりと灼滅者たちの体力を奪っていく。補助陣の献身的な回復やガードのおかげで、今のところ全員まがりなりにも戦い続けられてはいるが……。
    「やべえ、ミサを守れ!」
     猛烈な毒風が後衛に襲いかかるのを見て、クーガーは自分のキャリバーをメディックを護るために突っ込ませた。
    「……くっ、申し訳ありませんっ」
     護られたミサは、キャリバーの陰にしゃがみ込み、邪悪な竜巻を堪え忍んだ。
     だが。
     ガガガッ……ガガ……プスン。
     ここまで何度も仲間たちの盾となり、また容赦なく主の囮にされてきたキャリバーのエンジンは弱々しげに止まってしまい……そしてとうとうその姿自体が消えてしまった。
    「ちっ」
     だがクーガーは小さく舌打ちしただけで、
    「ぶっ倒れるまで殴って殴って殴りまくろうぜ!」
     雄叫びまでも勢いにしたような、強烈な回し蹴りを敵の冷たい美貌に見舞った。
    「吠え面かきな、マヌケ野郎!」
     続けてレオンが槍を思いっきり捻り込む。
     今日の戦いでは、誰かが、あるいは自らが倒れることも折り込み済みだ。限界まで戦ったら、ロビーで待つ友軍に後を託せばいいだけのこと。
     だが、少なくともカンナの体力を半分は削って引き渡したいし、着実にそれに近づいていることは、カンナの様子からも見て取れる。
     もう少し……もう少しだけ、戦い続けたい!
     ミサがサーヴァントたちと必死に後衛の回復をしている間にも、メロがすでにボロボロの白衣の背中を更に大きくザクリと切り裂き、ベリザリオが、
    「うおおぉぉっ!」
     男気あふれる雄叫びを上げながらGaraa de bestiaで捕まえにいく。
     鋼鉄の巨大な手を馬鹿力で振り払おうとするカンナに、すかさずカーリーも縛霊手でとびかかり、
    「逃がさないよっ!」
     小さな体でのしかかるように抑え込んで。
    『ぐあっ!』
     横倒しに押し倒されたカンナに、
    「有栖川、いくよ」
    「ええ、時雨、よろしくてよ」
     回復成った時雨と真珠がお揃いの指輪を優雅に突き出して、石化の呪いを発射した。
    「みんな、グッジョブ!」
     続いてレオンが、勝つのは『俺たち』だ! と宣言するような不敵な笑いと共に、鋼と化した自律斬線“鏖殺悪鬼”をぶちこみ、メロも楽しげな笑顔を浮かべ敵の足下に回り込んで、刃を振り上げ……。
    『ちくしょうッ!』
     鬼気迫る表情でパティスリーナイフを振り回し、カンナは殺到する灼滅者たちを振り払った。
     立ち上がったカンナは傷だらけ、血塗れでだが、隙のない様子でナイフを構えている。
    「またくるか……?」
     列攻撃もやっかいだが、ナイフでの強力な単体攻撃は、大分体力を削がれている今、かなりつらい。
     どちらでくるか、と灼滅者たちが身構えた時。
    「!?」
     ナイフから黒い霧が沸きだしてカンナを包み込み始めた。
    「あっ、回復じゃないかしら」
     真珠が素早く影の刃を延ばしながら言った。真珠の声はヘッドセットにも拾われ、ロビーに潜む姉にも聞こえただろう。そして、カンナが回復しなければならないほど弱っていることも、伝わったであろう。
    「そうか……回復などさせるか!」
     真珠の指摘に、ベリザリオは壁を伝った三点跳びからの、豪快な跳び蹴りを見舞ってカンナを蹴り飛ばした。
    『ぐあっ』
     カンナはよろめき、ナイフを取り落としそうになって黒い霧が薄れる。勝負処とみて、ここまで回復に徹してきていたミサも、
    「あなたの行いはお菓子への冒涜です!」
     お菓子好きゆえの怒りを、紅く輝く交通標識にこめてぶんなぐった。
     そこにクーガーが四肢に炎をめらめらと燃やして体当たりし、カーリーが緋色の逆十字を出現させ。
    「ブッ潰す!」
     正面からレオンがIron-Bloodを振りかぶって引き付けると、机を踏み台にして身軽く跳んだ時雨は、
    「とおっ!」
     パティシエ帽を切りとばした。
    『あっ』
     飛んだ帽子の行方を、カンナが目で追ったその隙に、
    「倒れるまで殴りまくるぜ!」
     クーガーがエアシューズに炎を宿して滑り込んだ……が。
    『……このおおおっ!』
     血塗れの顔で、目を血走らせたカンナが、咄嗟に突き出した泡立て器が、クーガーの腹に入り。
     バチッ!
    「ぐああっ!」
     限界まで込められたエナジーが……あるいは憎しみが、激しい火花を散らした。
     クーガーは殴られた腹を押さえてのたうちまわる。
     ここまできて、これほど強烈な一撃が繰り出せるとは……!
    「クーガー、大丈夫かっ!?」
    「今手当しますっ」
     灼滅者たちが深手を負った仲間に注視し、敵から視線を外した、その一瞬。

    「お待ちなさい、カンナ!」

     真珠の叫びに振り返ると。
     バァン!
     内開きの扉をぶち破るようにして、カンナが会場から逃げだそうとしていた。
    「逃がすか、まだだ!」
     レオンが素早く槍を構えて氷弾を放ち、仲間たちも続けざまにボロボロの白衣の背中に遠距離攻撃を放った。
     諦めない攻撃の幾つかは命中したようで、後ろ姿がよろめき、足取りも乱れたが、カンナは、凄まじい目つきの一瞥を残して会場を飛び出していく。
    「くそ……っ」
     腹を押さえながらクーガーがよろりと起きあがる。
    「許せねえ、逃がすか、あの女……っ」
     ひょうひょうとはしていたが、愛車を壊されたのはやはり悔しかったのだろう。堕ちることも辞さず、というその目つきに、時雨とミサが慌てて扉を閉めにいく。
    「落ち着いてくれよ、作戦通り上手くいったじゃないか」
     時雨が壊れかけた扉を何とか枠に収めようとしながら仲間をなだめる。
    「僕らは充分あいつを痛めつけたと思うよ。あとはロビー班に任せよう」
     ミサも一生懸命頷き、
    「そうしましょう。皆さんの体力も限界ですよ」
     確かに、カンナの体力を回復せざるを得ないところまで削ったのだし、逃げ出した様子からして、ロビー班の存在にも気づいていないと思われる。
     充分にこのチームとしての役目は果たしたといえよう。
    「……始まったようですわ」
     真珠がロビーとつながったヘッドセットに耳をこらして告げた。
     どうやら無事に、ロビー班に引き継げたようだ。
     8人の目に冷静さが戻ってくる。
     戦闘が終わっても、やらなければならないことがある。動ける者は、壊されてしまったロビーとの間の扉を、非常口からバリケードを引っ張ってきて塞いだ。避難した一般人たちの様子も見にいかなければ。
     そして……仲間を信じて、祈る。

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年6月30日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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