ロードローラーの選別殺人～灰色分岐点

■リプレイ

●車両横断禁止
　どうしようも無い男の最期は、どうしようもないものこそが相応しい。
　ヘッドライトに曝された男は、誇り一つ無い哀れな醜態を晒す。
　泣き叫び、喚き散らし、何も出来ないままこれから惨殺される。

　……筈だった。
「呆けているなっ！！！！」
　突如として、ライトが届かぬ闇の中から飛び出した影――佐津・仁貴（厨二病殺刃鬼・d06044）は、無遠慮に男を蹴飛ばして、強引にロードローラーの進路から弾き出し、仁貴本人もその反動を利用して素早くその場から退いた。
「その人を殺させる訳にはいきません」
　二人が左右の闇に消えたその直後、重機が進路上に見出したのは黒乃・璃羽（ただそこに在る影・d03447）の姿。
「飽くまで『人は人の法で』裁かれるべきです。私達やあなた達は人の社会から外れた存在。そんな私達に人間の生殺与奪や生贄選別の権利は……ないでしょう？」
　璃羽は重機に一切怯まず、真正面から灰の装甲を蹴飛ばして、星一つない闇夜を背に制約の弾丸を叩き込む。
　獲物を見失ったロードローラーはくるりと反転し自身の整地跡を覗く。
　仁貴が嫌味で設置したミニチュアのロードローラーが、潰れた姿でそこにあった。
「罪も無い方を四人も殺した男……それでも、どんな罪人でも……一般人を護る」
　ミニチュアの先より聞こえたその声を頼りに重機は高速で突撃する。
　その途上、ライトが捉えた神凪・陽和（天照・d02848）の腕は狼のものに変じており、灰の突進と銀の爪撃がぶつかると、両者は互いの攻撃を回避しきれず、痛み分けた。
「そう。それが僕ら神凪家の信条だ。だからウツロギさん。悪いけど、あなたの凶行は黙認できない」
　神凪・朔夜（月読・d02935）はそう言葉を継いで、指先に溜めた霊力を姉の陽和へ渡す。
「……確かに我々の価値観からしても、この男は『悪人』かもしれない。だが、彼は『人間』だ。更生の道が残されているかどうかは、『人間』が判断することで、『ダークネス』が決めることではない……『人間』界のルールは、『人間』が決める」
　神崎・摩耶（断崖の白百合・d05262）は何に囚われる事も無く堂々とそう宣言し、前衛を護るシールドを構築する。
「まぁ、人間界の一員としての私の判断は、この男には少々怖い目に遭ってもらう必要がある、と言ったところだが……」
「みんな優しいね。ボクにはこの男とダークネスの違いがよくわからないけど……」
　比良坂・柩（がしゃどくろ・d27049）は男を無感動に一瞥し、そして灰のロードローラーへ視線を移す。
　悪党だが、男を殺めたところで、『癒し』を得る事も無い。
　助け出す価値も無ければ殺すだけの価値も無い、と言うのが柩のこの男に対する評価だった。
「ボクの目的はロードローラーだ。あれに伝言を持たせた上で灼滅出来ればそれでいい。悪いけど、その男の対処はキミ達に全て任せるよ」
　柩の携える水晶片が音も無く非物質化し、おぼろになって闇へ紛れる。
　彩瑠・さくらえ（幾望桜・d02131）はそれで問題ないよと柩の言に頷き、彼女が見放した男を診る。
　仁貴が蹴飛ばしてくれたお陰で運搬する手間は省けた。男は腹を抱え丸まって、周囲の様子を観察している。まるで嵐に怯える小動物だ。
　さくらえが巡らせた王者の風が、男から逃げ出すだけの『気力』を奪って居るのだろう。縄で拘束せずとも、逃走の心配はない。
　男はさくらえが大きく展開した『想鏡』から目を逸らし、
「あんたら！　良く知らないが俺を助けに来たんだろう？　だ、だったら早く、あの化け物をぶっ潰してくれぇ……！」
　顔面をくしゃくしゃにしながらそう叫んだ。
「……勘違いするな。あんたの命を救いにきたんじゃない。『あんたの家族や知人を』救うためだ」
　有城・雄哉（大学生ストリートファイター・d31751）は助けを乞う男へそう返し、
　自身の影を武器へと変える。
　影が敵へ到達する一瞬の間、雄哉の脳裏を掠めたのは過去の惨劇。
　ダークネスに家族を殺され、しかし自身が殺したと周囲の人間に疑われ、そして殺した存在の行方は今でも杳として知れぬ。
　だから、この男は許せない。
　過去を視た青の瞳が殺意と憎悪に沈む。
　……けれども。
「ここであんたが殺されたら、彼らがいらぬ風評被害に晒される。あんたを待っている人を、あんたの死で余計に苦しめることになるのは、僕の本意じゃない」
　影の刃が重機を刻む。
　それが、灰の戦場に臨む雄哉のスタンスだった。

●伝言
　仁貴がクルセイドドラゴンソードを振るい、刃をロードローラーの左装甲に突き立てると、装甲はあっけなく刃を通し脱落する。
　それでも重機は痛がりもせず笑うばかりだ。分体越しこの状況を見聞きしている本体は何を思うのだろうか。
「俺も『法で裁けぬ外道は殺しても良い』とはこの間言ったんだが……まぁ、本心や本気も交じっていたろうが……基本的には当てつけだったんだがな……いや、まさか本気で受け取るとは思わなかった……」
『本気』でそう思っている人間も存在していることを知っているが故に、仁貴は皮肉交じりの口調でそう言った。
　法で裁けぬ悪人を、殺すこと無く罰してきた『生まれ』を持つ灼滅者は仁貴を含め数多くいるだろう。
　それを考えれば、どうあれ『死』ありきの六六六人衆の提案は頷きがたいモノがある。
　仁貴の言を聞き終えたらしいロードローラーは無反応のまま、十か、二十か、さらに分裂して一斉に地鳴りを上げ、前衛めがけて侵攻する。
　それに対応して仁貴が取り出したウロボロスブレイドは、王者を死へと導く毒蛇。
　毒蛇は嵐となって孫分体ローラーの一部を寸断し散滅させる。
　輪渦を切り抜けた仁貴は毒蛇の切っ先を重機に向け、宣告した。
「次はお前だ……最終的にはウツロギ部長……いや、ミスター・ロードローラー……お前もこうしてやる……」
　前衛を標的にした分裂ローラーはさくらえにも迫る。
　丁度さくらえの背後でその光景を見ていた男は次こそ終わりだと青ざめ震えた。
「キミは死にたくないんだよね？　いい心構えだ」
　ロードローラーが狙っているのはあくまでさくらえだが、それを男に説明する理由は無い。
　男が命の重みを知る為には、命を失う恐怖を体験させるしかないと灼滅灼者達は考えた。
「物理的な死なんて、ただ一瞬痛いだけの、永遠の安楽だ」
　錫杖・寂静、その遊環がしゃんと踊ると、杖は破邪の光を帯びる。
　破邪の光は夜闇を撫でて数機のロードローラーを斬り伏せた。
　その一部始終を見た男の顔は安堵と驚嘆で半々に引き攣って、泣き笑う。
　情けの無い顔だ。
「この男を助ける意味、か。単純だ。『私が助けたい』からだ。さて、何かおかしいところがあるだろうか？」
　摩耶が重機の死角より放った黒死の矢は音も無く急所へ着弾し、巨大な車輪は油が切れた様にぎぃ、と軋みを上げる。
「宍戸へ伝えてほしい。爵位級の望む世界は、貴様の望む世界とは決して重ならない。分の悪い賭けになると思うが、いいのか？」
　重機は肯定の声も否定の声も上げない。
　そして、悲鳴も。
　璃羽が繰る日本刀・八咫烏は重機の前面にするりと突き刺さり、そのまま刀身全てがマシンに埋もれる。
　先の暗殺武闘大会最終戦で、璃羽は同色の個体と戦った事がある。
　だが、それと比べると、この個体の実力は数段落ちると感じた。
「所で一つお聞きしたいのですが、犯罪者の情報、どうやって得ているのですか？　宍戸か誰かが情報を得られる立場にいるのか、それとも誰かの能力なのか……」
　仮にその情報が間違っていたとしても、他に誰も調べられないなら構わないのか。
「宍戸に伝言をお願いします。会えたら教えて下さいと」
　柄越しに、規則的な振動が璃羽の掌へ伝わった。
「そして以前も言いましたよね。いずれ本体も倒すと……覚悟しておいて下さい」
　この壊れる感覚が本体にきちんと伝わる様に、と刃を引き戻すと、八咫烏は重機に消えない爪痕を残していた。
「会えたら、ですか」
　陽和の放った虹色の帯が、夜を裂き灰の装甲を貫く。
「おかしな話だと思いませんか。ミスター宍戸。あなたは私達と交渉を望む癖に、自らがその現場に立とうとはしない。使者を寄こすと言っても、使い捨ての人材や替えの効く分体ばかり。それで信用しろと言うのは無理がある話です」
　これは主義主張以前に交渉のルールに関わる問題です、と陽和は断じる。
「他人に誠実な対応をせずに、姑息な手段で相手の出方を窺う真似をすれば、信頼は得られないものです。あなた自身が出てきて、その目で現状を確認するべきでしょう」
「……その通りだ」
　灰の重機の極至近まで距離を詰めた雄哉は、そのまま両掌を重機の装甲にぶち当てる。
「本体と一緒にミスター宍戸もいるな？　伝言しろ。『交渉したければ自ら出向いてこい』と」
　言いながら、彼の両掌から迸るのは、閃光すら掻き消す闇黒のオーラ。
「こちらを試すような行為をする輩と、同盟を結ぶ気は一切ない！　それにあんた、実は追い詰められているんじゃないか？」
　何かの拍子に用済みとなれば、ただの人間など簡単に切り捨てられそうなものだ。
　迸る闇黒は大きく膨れ上がって灰の体を破壊しつくす。
　璃羽同様、脆い、と雄哉は感じた。
　この機体では駄目だ。雄哉が抱く憎悪と殺意を一割だって受け止められはしない。
　それでも、と指の先で装甲を裂かんと力を籠める雄哉だが、ふと、彼を労うように柔らかな風が前衛を駆け抜ける。
　風の主・朔夜は雄哉にゆっくり頷いて、重機を見据えた。
「一部の灼滅者がサンプルを差し出したからって、全部の灼滅者がそう思ったと誤解されたら困る……宍戸、人って、色んな考えの人が居るって分かってるでしょ？　それが抜けてる時点でダメだね。話にならないし、隠れてばかりじゃ仁義も無い」
　仁義を重んじる朔夜にとって、現時点で宍戸を信用する理由は一つとして見当たらなかった。
　これだけ言われて、少し位はムキになって反応を返せば可愛い物の、ロードローラーは鼻歌交じりで周囲を整地するという、徹頭徹尾無意味なリアクションしかとらない。
「兎も角、分体っていうのは随分と便利なんだね。どういう原理なのか気になるところだけど、今はどうでもいいか」
　そう言って、柩はロードローラーに――六六六人衆全体ではなく、『殺人階位の観測者』であるロードローラー個人に交渉を持ちかける。
「先日、屍王の本拠地を探索したボクらはとある『石版』を手に入れてね。見る奴が見ればこれにはハンドレッドナンバー以上の六六六人衆の情報が記されているらしい。学園の皆が賛成してくれるなら、これをキミに譲渡しよう。その代り、見返りが欲しい――黄金闘技場で開催される、武闘大会についての情報をね」
　ボクらばかり『選択』しているのは不平等だろう、と、柩は死者の杖を重機の生首に思い切り叩き付け、魔力をありったけ流し込み、
「まぁ、今、話をする気がないのなら仕方ない。キミから本体に、よろしく伝えておいてくれ」
　そして生首は爆ぜた。
　一般人を殺害するだけの最低限の機能しか持たされてないのであろう、重機はすでに瀕死の状態で、灼滅者としても、彼に託す言葉はあと僅か。
　即ち。陽和の太陽牙は金色の光を放ち、朔夜の纏う月白はそれに呼応するかのように白銀の光を湛える。
「ウツロギさん、僕ら姉弟は貴方が帰ってくるのを諦めてないよ……最後にそれだけ伝えたかった」
「……ええ」
　陽光と月光が交差して、眩い光が全てを支配し闇を灼く。
「……また、会おう」
　そして摩耶の言葉が光に解け、
　灰の重機は、影も形も残さず消滅した。

●後始末
　リベレイターを照射されたと言えども、強力な個体ほど復活に時間を要するという。石板に記された六六六人衆達が現状復活しているかどうかは、五分五分だろうか。
　そんな柩の考察を、男の悲鳴が打ち切った。
「今後お前がどうしようと勝手……だが……一言だけ言っておく……日の下どころか、夜の闇でも歩けると思うな……次は『俺』が殺しに行くと思え……」
　見れば仁貴の殺気に当てられて、男は失神寸前だったが、柩にとっては興味の無い光景だ。
　故に、柩はその場を後にする。
　神凪姉弟も既にその場を去った後だった。きっと彼らならば男の命を奪うまではしないと、そう確信があるのだろう。

「知ってるよ。こういう手合いが死んでも悔い改めないということは、ね」
　柩は最後にぽつりとそう零す。
　この男にはきっと、真の意味で『会心の光』は届くまい。

「先ほど言いました。貴方の生死には興味ありません」
　突き放すようにそう言って、璃羽は録音機の電源を入れた。
「殺しに来た訳ではありませんが、凶悪犯を殺す事を躊躇う者もいません。死にたくなければ昔の罪の仔細を当事者しか知らない事を含め、今告白して下さい……大丈夫、この事で『法的に』裁かれる事はない、懺悔とでも思って下さい。そしてその懺悔の音声を週刊誌の会社に提供して頂きます」
　そして男の社会的な生死は、璃羽の掌の中に収まった。
　仁貴の殺気に縮こまった男は洗いざらい喋ったが、しかし、その後、卑屈に笑いだすとこう言った。
「ひ、ひ。勘弁してくれ。俺には妻と子供がいる。家庭があるんだ。あいつらは俺のした事なんて何も知らない。なあ、なぁ。あんたらがどれだけ偉いのか知らないが、『他人様の家庭を壊す権利があるのかい？』」
　思わず、さくらえは言い訳に終始する男を思い切り殴った。骨が数本折れただろうが、知った事か。
　男の言葉は正論だ。だが、正論に託けて自らの保身しか考えていないこともまた明らかだった。
「自分の都合だけで起こした罪の重さの自覚すらないまま、簡単に死ねると思うな」
「痛い！　嫌だ！　死にたくない！」
「いいさ。望み通りキミを生かしてあげる。ただし楽に生きれると思うな。法で裁かれなければ勝ちだと思うな。法が逃しても罪は罪だ。殺しは殺めた命を背負う事だ！　殺めた人数の人生を、その時間ごと背負って生きろ。死んだ方がマシだったと思いながら、死ねずに生きていけばいい！」
　堰を切ったように溢れ出したさくらえの言刃は、男の顔から色を失わせ、男はその場に崩れ落ちる。
　雄哉はそんな男の胸倉を掴んで木に押し付け、ナイフを顔の真横に突き立てて、さらにこう囁いた。
「殺しはしない。あの輩は間違いなくもう一度殺しに来るからな。『おせっかい』は二度はない。せいぜい、自らの所業を悔いて生きるんだな」

　男が助けを求める事は、二度と無かった。
　男を助けようとする者は、最早何処にも居なかったからだ。

（「悪人、か」）
　最後に摩耶はふと思う。
　自分達も他陣営から見れば、理想への道に立ちはだかる悪人なのだろうか、と。
　それを知る為には、きっと、嫌が上にも……歩を進めなければならないのだろう。

作者：長谷部兼光	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年7月26日 難度：やや易 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 5
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。