慈眼城のナミダ姫～喰らわれる力

■リプレイ

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　まるで複数の高層ビルが融合したかのような、異形の建築物――慈眼城。
　もちろん訪れるのは初めてではないが、６人の灼滅者はブレイズゲートの怪異な姿をしげしげと眺めている。
「慈眼城もよくわからないブレイズゲートだよねー。囚われてたはずの慈眼衆が外に出てきてたり遠く離れた日光にも同じ感じの城があったりするしさ」
　饗庭・樹斉（沈黙の黄雪晃・d28385）は可愛らしい丸顔を傾げて考えこんでいる。
「ナミダ姫が選んだのはそれが理由……なのかな？　まあ、あんまり強くなられても嫌な予感しかしないし、程々にがんばろー！」
　是、とニアラ・ラヴクラフト（宇宙的恐怖・d35780）はゆったりと同意し、
「力を貪り。蓄える存在。我個人は関係極薄だが、学園全体では『共闘関係』故に中間を掴むのが最善。弱体化。僅かでも留めるべき。最低限に抑えるべき」
　城をスケッチしていた土屋・筆一（つくしんぼう・d35020）は、チームメイトの難解な台詞を理解するのに一瞬間を空けたが、
「バランスを取る、というのは傲慢かもしれませんが、力を増してあまりに危険となれば、本当に対立せざるを得ない……それは現状避けたいところ、ですものね」
　生真面目に応えた。
「おうおう、状況把握も大切だけど、あんまりここでぐずぐずしてっと、作戦がバレちまうんじゃねーの」
　鏡・剣（喧嘩上等・d00006）が、戦意満タンの獰猛な笑みで、仲間たちをせかす。
　このチームは、トンネル内で行われているナミダ姫の儀式には直接介入せず、偶然探索に来たふりをして、ゲート内のスサノオ勢力を適度に削る役割を担うのだ。それには、ナミダ姫の元を訪れているチームとは無関係なふりを貫く必要がある。
「うっし、やれるとこまでぶん殴りツアー、とっとといくとしようぜ。どこまで楽しめるかワクワクしてくるぜ」
　剣の威勢の良い台詞に、月翅・朔耶（天狼の黒魔女・d00470）と、狼姿で彼女に寄り添うヴォルフ・ヴァルト（花守の狼・d01952）も頷き――６人は、異形の城へと足を踏み入れる。

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「……巨大化したスサノオを隠すには、此処は確かに最適な場所かもな」
　朔耶が、かつて出会ったスサノオを思いだしながら呟いた。
　近代的なビルの集合体とも言うべき外観を持つ慈眼城だが、内部は戦国時代の城のような複雑な構造になっており、確かに大いなる力を隠しておくには相応しい場所と言えるかもしれない。今こうして早足で、しかし用心深く足を進めていても、長い廊下の突き当たりの暗がりから、何者かが飛びだしてきそうな、そんな不気味さが漂っている。
　と、その時。
　タタタタッ。
　正にその暗がりから密やかな足音が近づいてきて。
「来たな！」
　現れたのは、白い炎と蒼い羽織を纏った３体の壬生狼士である。
　ジャキリ。
『くせ者め！』
　狼たちは、名乗りもないまま鯉口を切り、６人に斬りかかってくる。
「こっちもいくぜえ！」
　剣が嬉々として、先頭で突っ込んでくる１体に、拳に雷を宿して殴りかかった……が。
　ガシッ。
「……む」
　それを受け止めたのは、別の屈強な狼士だった。
「盾役か……っ」
　飛び退こうとしたその瞬間、
『でやあっ！』
　後方にいた１頭の刀が、剣の足を薙いだ。
「うわっ！」
　剣は足から血を流してひっくり返ったが、
「この中衛っぽいヤツからいくよ！」
　樹斉が軽やかにターンしながら護符を五芒星のカタチに撒いて、剣から敵を引き剥がした。続いて朔耶が、
「リキ、カバーを」
　愛犬に負傷した仲間のカバーを命じると、自らは中衛と思しき敵の足が留まっている一瞬に、氷魔法を放つ。氷に覆われたターゲットを、素早く人型に戻ったヴォルフが、銀の爪で切り裂いた。続いて、
「攻略戦だ。狼の群れと戯れ、鋭角以上の力を揮え」
　ニアラが虹色に輝く鋼の帯を放ち、ビハインドの隣人が霊撃を見舞う。
　筆一は、仲間が早速傷ついてしまったことと、南アルプスでの記憶が蘇ってきてしまったことで動揺し、一瞬立ちすくんでいたが、
「頑張れ……頑張れ、僕。仲間を支えるんだ……っ」
　勇気をふるって剣を助けおこし、ラビリンスアーマーで足の怪我に手当を施した。
「ありがとよッ！」
　当の剣は傷ついてアドレナリンが分泌されたのか、むしろ戦意が増したようで、怪我が治りきるのを待ちきれずに再び飛び出していく。
「うらぁ、炎をくらえ！」
　叩き込まれた炎に包まれつつも狼は腕を伸ばし、続いて迫ってきていた樹斉に刃を向けたが、
「リキ！」
　主の声に飛び込んだ霊犬が、盾となる。
「ありがとうっ！」
　護られた樹斉は華麗なステップでターゲットを蹴り飛ばし、そこに朔耶の影がシュルリと延びて縛り上げ。
「……もらったよ」
　慎重にタイミングを窺っていたヴォルフが、一転、大胆に懐に飛び込み、オーラを宿した拳の連打でトドメを刺した。
　まずは１体。
『おのれ！』
　早々に仲間を倒されてしまった狼士２体は、怒りに駆られた様子で同時に襲いかかってきた。
「かかってこいやあ！」
　だが、全く怪我を苦にしていない様子の剣と、隣人がビシリと２体を止めた。
　そこにするりとニアラが槍を突きだし、盾役とおぼしき方に捻り込み、筆一は今度は即座に交通標識を振り上げて、黄色い光を果敢に盾となったディフェンダーたちに浴びせかけた。
　儀式のせいで、分裂体である狼士たちの力がアップされているのは、体感できた。だが、灼滅者のチームワークの前では、さほどの強敵ではない。先鋒よろしく出現した３体の壬生狼士は、順調に倒すことができた。
　３体の骸がまだ消えきっていない間に、
「よっしゃ、次行こうぜ！」
　相変わらず前のめりの剣が皆を促し、６人はまた足早に、されど用心深く城の奥へと進み出す。
　しかし幾らも行かないうちに。
『者共、出あえ！』
　先ほどよりはよほど大人数の壬生狼士の１隊と出くわしてしまった。人数は8体、その中にはひときわ大きな隊長らしき個体も含まれている。
　それでももちろん、灼滅者たちは一瞬たりとも怯まない。
「そおれっ！」
　まずは樹斉が五芒星型に符を投げ上げた。ひらひらと桜吹雪のように舞い散る護符の中、灼滅者たちは新たな敵へと立ち向かっていく。

●
　数群の分裂体たちを倒しながら、６人は城の奥へ入り込んでいた。その間には、スサノオ以外の分裂体にも幾らか出会ったが、それらは強化はされておらぬようで、いつものようにたやすく退けることができた。
　戦いの過程で灼滅者たちもダメージを受けてはいたが、まだ体力は残っているし、気力も充分だ。もう少し奥まで探索できるだろう、と、また長い廊下を進んでいると。
　ワフッ。
　狼型で先行していたヴォルフが、小さく唸って立ち止まった。
「どうした？」
　朔耶が訊くと、ヴォルフはスッと人型に戻り。
「……何か来るよ。大きいのが」
　小声で報せ、先の部屋を見据えた。
　仲間たちはそれを聞き、戦闘態勢を整える。
　確かに何者かの気配が……圧倒的な気配が、近づいてくるのが感じられる。
　何が来る……ここまで出会ってきた敵のどれよりも、その気配は力強く、禍々しい……。
　グルルルルル……。
「――壬生狼魂！」
　底鳴りのするうなり声と共に奥の部屋からのっそりと現れたのは、巨大な白い炎の狼だった。全身から突き出している無数の刃が、炎を受けて凄絶に光っている。
　だが。
「先手必勝ぉ！」
　敵接近の気配を察知し、態勢を整えていた灼滅者は巨大な狼に一斉に飛びかかっていく。
　剣の雷を帯びた拳が顎を突き上げ、樹斉は足止めを狙って護符を撒く。朔耶は氷魔法で白い炎を凍り付かせようとし、ヴォルフの銀の爪がひらめく。ニアラはダイダロスベルトを射出し……と、それと同時に。
　グアオッ。
　壬生狼魂が低く吠え、白い炎で形作られた尾が、すさまじい勢いで延び。
「！！」
　隣人のカバーも間に合わず、尾の炎はニアラを包み込んでしまった。
「今助けます！」
　だが筆一は慌てることなく癒しの矢を撃ち込み、ニアラを素早く白炎から救出した。
　分裂体の壬生狼士が融合して生まれた壬生狼魂……さすがにここまでの敵よりは手強いようだ。
　だが、倒せない敵ではないはずだ！
「オメーも速攻、燃えつきさせてやんぜ！」
　剣が掌に赤い炎をメラメラと燃えあがらせながら突っ込んで引きつけると、ここから本気出すよとばかりに獣型となった樹斉は、軽やかに太い柱を駆け上り、高い位置からの跳び蹴りを見舞った。朔耶が影を延ばして縛り上げると、ヴォルフがすかさず飛び込んで、オーラで輝く拳をめり込ませる。回復なったニアラは、霊撃を放つ隣人をお供に踏み込んで、高らかにエンジン音を響かせるチェンソーで炎の毛皮を削いだ……その瞬間。
　グワアッ。
　狼は一声吠えると、いきなり大きく方向転換した。
　ニアラが振り飛ばされ、また、タイミングを窺って敵の背後に忍び寄っていたヴォルフに、狼の全身から生えた刃が、まるで大勢の侍が一斉に向き直ったかのように、切っ先を向けた。
「リキ、ヴォルフを」
　だが朔耶が霊犬に命じ、相棒の盾としたため、ヴォルフは無数の剣の攻撃から逃れることができた。
「ごめん……ありがとう」
　真剣に戦闘に向かい合っているからだろう、無表情のままヴォルフは一言礼を言うと指輪から狙い違わず弾丸を撃ち込む。
　献身的な霊犬には、筆一がいち早く駆け寄り、ニアラは動きの鈍った敵に、虹色に流動する拳でトラウマを叩き込んだ。
　すると。
　ぐらり。
　巨大な狼の足下が揺らいだ。
「おらおら、足にキテんぜ！」
　この機会を逃す灼滅者ではない。
　剣が鋼鉄の拳で敵の防御を打ち破り、更に動きを鈍らせようと、樹斉はソプラノヴォイスで子守歌を響かせ、朔耶は狙い澄まして指輪から弾丸を発射する。ニアラの槍が深々と脇腹を抉り、ここが勝負どころと見た筆一も、しっかと敵を見据えて奇譚を唱える。
　シュタッ。
　樹斉が小さな体で、大きな天雲を振り上げて廊下を蹴った。
　集中攻撃によろめきつつも、狼は炎の尾を振り立てて子狐を捕まえようとしたが、樹斉はそれを軽々とかわし。
　ガツッ。
　脳天に巨刀を振り下ろした。
　ドゥ……。
　妙に重たい音を立てて狼は倒れて。
　ヴォルフが、満を持して槍を激しく回転させて飛びかかる……！
　ボウッ！
　渾身の一撃で突かれた狼は、一瞬スパークしたかのように激しく燃え上がったが、それは所詮最期の輝き。
　巨大な白狼の分裂体は慈眼城の奥深く、燃えつき、消えた。

「ふう……さすがに少々手強かったね」
　ヴォルフが槍についた血を払いながら言うと、
「少しは手応えがねえと、面白くねえだろ？」
　剣がニヤリと血塗れの顔で笑いかけ……その瞬間。
　ゴゴゴゴ……。
「？」
　遠くで地鳴りが聞こえた。
「地震じゃないの！？　大きそうだよ！」
　獣型から半獣型に戻りつつ、樹斉が叫んだ。獣の鋭敏な感覚が、異常事態を知らせている。
　地鳴りは次第に近づいてきて、足下がぐらぐらと揺らぎだし、城全体が鳴動しだす。
「こ、これはさすがにまずいでしょう！？」
　きしむ天井と、波打つ床に筆一があたふたと仲間を見回し、
「同感で有る。此処は迅速な避難が良と解く」
　ニアラが落ち着いた様子で応じる。
「ちぇっ、もちっと遊びたかったけど仕方ねぇかぁ」
　剣はこの期に及んでも意気軒昂であったが、地震には勝てない。
　６人は揺れるブレイズゲートから、速やかに脱出した。

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「やれやれ、突然の大地震、驚いたな。でも避難してみれば、揺れてるのはブレイズゲートだけじゃないか、どういうことなんだろう」
　朔耶が、先ほどまで彼らがいた揺れ動く異形の城を外側から眺めながら、彼女にしては張りのある声で、聞こえよがしに、けれど棒読みで言った。
　この地震はおそらくナミダ姫の儀式由来もの。とは解っているが、スサノオ勢力が聞いていないとも限らないので、知らぬ存ぜぬのそぶりを念のため続けている。
　同じく慈眼城探索を行っていた他チームも次々と外に出てきた。彼らもゲート内の地震から避難してきたのだろう。
　皆でブレイズゲートの観察を続けていると、
「……ん？」
　灼滅者たちは、思わず瞬いたり、目をこすったりした。
　慈眼城が――燃えている？
　というよりも、白い炎に包まれ……いや、白い炎そのものに変化していこうとしているように見えるのだ。
「あれは、スサノオの炎……？」
　慈眼城が彼らの目の前で、みるみるその姿を変えていく。
「おお……？」
　城が揺らぎ薄れて行くにつれて、巨大な１体のスサノオと、その足元に群れる壬生狼の軍勢が見えてきた。狼士の数はとても多い……数えきれないほどに。
　ざわり。
　灼滅者たちの間に動揺が走る。
「（もしあれほど巨大な、そして多くのスサノオが実体化し、攻めてきたら、この人数では……）」
　しかし逃げ出すわけにもいかない。せっかくこの場に居合わせたのだ、現象を見届けなければ……！
　筆一は愛用のスケッチブックを取り出し、必死にその様子をスケッチしている。
　手に汗を握って慈眼城の変化を見守っていると、ついに異形の城は消え、そこには白い炎を静かに燃やす大軍勢が実体化した。
　だが。
　サラサラサラ……。
　見る間に壬生狼型スサノオの半分近くが崩れて消えた。
「消えた！」
「どういうこと？」
「これは多分……」
　おそらく、灼滅者たちがゲート内で倒したスサノオの分、慈眼城のエナジーを削ぐことができたので、その分の壬生狼は実体化できなかったのだろう。スサノオの勢力を半分削いだという、大戦果の表出でもある。
　だが、残った軍勢の半分はハッキリと実体化し、刀に手をかけ、驚く灼滅者たちの方を剣呑な眼差しで睨み付けた。
「……やるつもりか？」
　半分になったとはいえ、実体化したスサノオの軍勢をこの人数で撃退するのは無理というもの。
　ここは逃げの一手か？
　それとも……。
　冷や汗をにじませつつ、灼滅者たちがスレイヤーカードに再び触れた……その時。
　巨大なスサノオが鳴いた。
　胸が締め付けられるような、哀しげな遠吠えだ。
　鳴き終えた巨大スサノオはくるりと灼滅者たちに尾を向け、去って行く。壬生狼たちも、最後までギラギラとした敵意を灼滅者たちに向けていたが、それでも巨大スサノオに付き従い――いずこかへと去っていったのであった。

作者：小鳥遊ちどり	重傷：なし 死亡：なし 闇堕ち：なし
種類： 公開：2017年8月1日 難度：やや難 参加：6人 結果：成功！
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