●都心の某公園にて
「よく来てくれたわね、ありがとう」
夕刻の暗がりから現れ、集った灼滅者たちを出迎えたのは、アリス・フラグメント(カタパルトクィーン・d37020)。
いつもながらの無愛想な口調と態度ではあるが、仲間の姿を見てホッとした様子が見える。
「人の記憶を喰らい糧とする『狂作家』と呼ばれる都市伝説を知っている?」
仲間たちが首を振ると、こういう話よ、とアリスが語りはじめた……。
……夜の公園。
段ボールで造られた簡易的なハウスの中から、ボソボソと話し声が聞こえる。中にいるのは住所不定者……いわゆるホームレスの2人の男性だ。
「倒産した途端、女房子供に逃げられて……」
「俺は病気で全部失ったのさ……」
安酒と蝋燭を挟んで互いの転落人生についてしみじみ語り合っているようだ。
と、そこに。
「いやあ、お2人のお話は大変興味深い」
突然ハウスに黒ずくめの身なりのよい男が入ってきた。
誰だ、なんなんだお前は、と驚き怯えるホームレスたちに、黒ずくめの男は笑いかけた。おかしなことに、男の頭部はもやもやと影がかかったように暗く、顔立ちが見てとれない。
「突然失礼、僕は作家です。作品の参考にしようとお2人のような方々に、お話を伺って回っているのです」
だが2人は不審な男に気を許そうとはしない。
「お、お前のようなヤツに話すことなどない」
「そうだ、出てけ!」
「ええ、もう話は結構ですよ。あなた方が興味深い記憶を持っていることがわかりましたから」
影のようだった作家の顔の中で、口がグウッと耳まで裂けたように大きく広がって。
「では、2人まとめていただきます」
笑ったような表情のままで作家は、驚き凍り付いたホームレスたちに襲いかかり……。
「……作家は、記憶を喰らってしまうの。喰われた人は、命を落とすこともあるし、助かっても廃人のようになってしまうというわ」
七不思議使いの語り口に、ぶるりと身震いしながら、仲間の1人が尋ねた。
「作家は喰らった人の記憶を使って、小説を書こうとしているのかしら?」
アリスは頷き、
「そう言われている……そしてその狂作家が、最近この公園に現れたらしいの」
日暮れの公園を見回した。言われてみれば、隅の目立たないところに段ボールハウスや、ブルーシートのテントなどがちらほら見える。ホームレスのコロニーになっているのだろう。
「この公園のホームレスの支援に、夏休みのボランティアとして、近くの大学のサークルが活動しているの」
ホームレスの人たちに差し入れをし話し相手をすることが主な活動だが、支援団体や行政につなぎをつけてやれることもあるという。
「その活動は夜に行われているの。それに私たちも参加して、ホームレスに身の上話をしてもらい、作家を誘き出そうと思うのだけれど、どう?」
何人かの話を聞けば、作家の琴線に触れるような記憶を持った人に出会えるだろう。
仲間たちが頷くと、ありがとう、とアリスはまた礼を言い。
「何人ずつかで手分けしてやれば手っ取り早いかとも思ったのだけれど、それはちょっと危ないかもしれないわね。チームの皆で行動しましょう」
作家が出現したら、話をしてくれた人を護らなければならないし、公園内にいるボランティアサークル員や、他のホームレスの人払いもしなければならないからだ。全員一緒に行動し、2、3名ずつ交代で話を聞き、それ以外の人は周囲で警戒するのがよいだろう。
「とにかく、話をしてくれた人には、絶対に害を及ぼさないようにしなければならないわ」
都市伝説の被害を防ぐためとはいえ、誘き寄せる囮に使わせてもらうわけだから、責任持って守り切り、何としても無事に逃がしたい。
アリスは片眼鏡の奥の目をすっと伏せて。
「とにかく私は……どんな人でも、どんな悲しい記憶でも、喰われてしまうなんてことは、あってはならないと思うのよ……」
参加者 | |
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新堂・辰人(影刃の魔法つかい・d07100) |
アリス・フラグメント(カタパルトクィーン・d37020) |
四軒家・綴(二十四時間ヘルメット着用・d37571) |
如月・麗月(外道復讐鬼・d37915) |
●身の上話
「こ、こんばんわー……えっと、サークルの活動で来ました、最近変わったこととかないですかね…?」
四軒家・綴(二十四時間ヘルメット着用・d37571)は腰の引けた様子で、段ボール製ねぐらの入り口で涼んでいた初老の男性に声をかけた。これで彼らが今晩声をかけたホームレスはもう3人目なのだが、ヘルメットがないといたってヘタレな綴は、まだガチガチに緊張しているようである。
一方、
「弁当を作ってきたんだ。少し話を聞かせてくれないか?」
「飲み物やパンにタオルもあります。それに、何か僕らで手伝えることがあったら、やりますよ?」
如月・麗月(外道復讐鬼・d37915)と、新堂・辰人(影刃の魔法つかい・d07100)は、すでに慣れた様子で、差し入れを示しながら軽やかに誘う。
「毎週来てくれる顔ぶれとは違うな」
「ええ、僕らは飛び入りで今夜だけ手伝わせてもらってるんです」
初めて見る若者たちにホームレスは不審げな視線を向けたが、プラチナチケットの効き目もあってか、
「なるほど、夏休みの社会勉強ってとこか……わかった、ごちそうになろう。俺の話なんかでよければ後学のために聞かせてやるよ。君らがこうならないようにな」
痩せた腰を大儀そうに上げた。
ねぐらは臭いからと、男性は街灯の下のベンチに灼滅者たちを誘った。
辰人は、男性を気遣いながらも、素早く四方に目を配った。まだ件の作家らしき怪しい姿は見えない。
「(記憶を狙う都市伝説か。シャドウの手口に近いような気がするけど、ホームレスの人の何を創作にしようとしてるのかな。そういうところには興味もあるけど、一般人に危害が及ぶ前に灼滅はしなきゃね)」
4人はさりげなく男性を護れるように、且つ周囲を警戒できるように囲み、向かい合わせのベンチに座った。
男性は、灼滅者たちの心づくしの差し入れを良く食べた。麗月の弁当も、そもそも彼の料理の腕はダークマターを創造してしまうような凄まじいものなのだが、今夜の弁当は畑で作った自慢の野菜を茹でたり焼いたりしたものが主なので、何とかなっている……ようだ。多分。
心のこもった差し入れが口を軽くしたのか、世間話から始まり、話は男性の身の上へと移っていった。
「……俺の実家は、北陸の方の富裕な旧家でな。元は庄屋の家柄だったらしい」
とはいえ、語る男性の口調は重い。
「そう言っても、家はもう無いんだけどな。俺が死ねば、血統は途絶えるし……というか、俺が終わらせたようなものだ」
「何故そんなことに?」
思わず聞き返した学生たちに、男性は濁った……けれど、深い悲しみを湛えた視線を向けて。
「祟られていたからさ。富と家の繁栄と引き替えに、本家の直系は代々ひどく短命だったんだ」
50歳まで生きれば長生きだったという。
その家系の呪いから逃れるために、家長となったホームレス男性は、強引に家や財産を始末した。家から逃げることによって、富と繁栄を失うのではないかという恐れはあった。だが、一生懸命働けば普通に暮らしていくくらいのことはできるはず、つましい暮らしでもいいから、家族皆で長生きしたい……!
だが、呪いは成就された。
男性は、富も繁栄も、そして家族も……全てを失った。
大勢いたはずの親戚も、もう見向きもしてくれない。
「……それでこの体たらくさ」
男性は骨張った肩をすくめ。
「俺は還暦まで生き延びた。そしてまだ当分死にそうにもない。家から逃げることで、長命は手に入れたが、それ以外の全てを失ったというわけだ」
自嘲の笑みを漏らし。
「見事な因縁話だ。信じられないだろう?」
「いいえ」
アリス・フラグメント(カタパルトクィーン・d37020)が首を振った。
「信じます。事実は小説より奇なり、です。往々にして」
仲間たちも神妙に頷いた。灼滅者たる彼らは、信じがたい現実を、何度も通り抜けてきているから……と、その時。
「その通りです。現実はしばしば想像力の範疇を超えるもの。作家である私は、それを痛いほど思い知っています」
突然、くぐもった男の声が突然話の輪の外から割り込んできた。
一気に張り詰めて振り向くと、黒ずくめの男が忽然と立ち現れていた。
「(……出たな、狂作家!)」
8月にしては涼しい夜ではあったが、男は黒のスーツをきっちりと着こなしており、噂の通りに顔の辺りがもやもやと陰り、顔立ちが見てとれない。けれど、その声音と雰囲気から、ホームレスを見つめ、嬉しそうに笑んでいるのは伝わってくる。
「大変興味深いお話を聞かせて頂きました。私の傑作のエッセンスにピッタリです」
黒い男の影のような顔に、ぱっくりと、三日月のように真っ赤で大きな口が開いた。
「――その記憶、いただきます」
そして、魅入られたように男を見上げていたホームレスに飛びかかった。
●狂作家
「させるかッ……変ッ! 身ッ!!」
だが、ホームレスの前には、素早くヘルメットを被り、ヘタレシケンヤからヒーローシケンヤに変身した綴が立ちはだかった。愛機・マシンサンヨーも現れ、がっちりとホームレスを護っている。
「他人の『物語』に……勝手に『終止符』を……打つんじゃ……ないッ!」
綴はやたらにヒーローっぽいポーズを織り交ぜながら、不吉な黒ずくめの作家に啖呵を切った。
ハハッ、と作家は口だけで笑い、
「愚にも付かぬ失敗人生を、私の傑作のネタにしてあげようというのですよ。むしろ感謝されてしかるべきだと思いませんか?」
「ふざけんな! 他人の記憶を奪って書く本など、駄作に決まっているだろう!」
ジャンプ一発、麗月が抜刀した刀を月の光にひらめかせながら振り下ろす。
一方、2人の挑発めいた派手な初動の後ろで、辰人はサウンドシャッターを、アリスは百物語を発動していた。
「第1話、とある川柳作家が雨乞いの句を詠み、見事雨を降らせたはなし……」
作家の方は、肩に食い込んだ麗月の刀を無雑作に振り払い、
「邪魔をしないでください。私の傑作にはその人の記憶が必要なのです」
促され、キャリバーにびくつきながらまたがろうとしているホームレスにまた飛びかかろうとする……が、その時。
ブワッ。
黒い霧が舞台装置のスモークのように立ちこめ、そしてその内から、
ビシュルッ!
おとぎ話の動物のような影が伸びて、作家に絡みついた。
辰人の夜霧隠れとアリスの影縛りだ。
「む……」
動きを止めたその一瞬に。
「逃げろ!」
綴はホームレスをキャリバーに押し上げると、自らは護衛につき公園の出口に向けて駆けだした。
百物語の効果ですでに逃げだしかけているボランティアサークル員や、他のホームレスたちにも、すぐに公園から出るように声をかける。
「逃がしませんよ!」
作家はしつこく獲物を追いながら、腕をゴムのように長々と伸ばし、マシンサンヨーのタイヤに絡めようとする……が。
「でりゃあ!」
またしても、気合い一発綴が止めた。彼は影に絡みつかれてしまったが、仲間たちはすぐに作家に追いついて。
「そんなに、話を聞きたければ俺が『復讐鬼』と呼ばれる由縁を話してやろう!」
麗月が刀にめらめらと炎を宿して、黒い後ろ姿に叩きつけた。
「ぐっ……」
背後からの衝撃に作家はつんのめって膝を突く。
しかし口だけの不敵な笑みを浮かべて、麗月を振り向き。
「それはなかなか面白そうですね。君が記憶を喰わせてくれるのなら、それでもいいのですよ?」
思わず退きそうになる不気味さだが、まずはホームレスに向いている意識を逸らさなければならない。
影を振り払った綴が、タイミングよく罵倒を投げる。
「ハッ、人の記憶にばっかり頼って、見る目も聞く耳も、考える頭もない……噂通りの『脳無し作家』だなッ!」
一般人の避難状況を横目で気にしつつ……何とか無事に終わりそうである……綴は声を張った。同時に白蒸装布ユノゴーベールを使って回復を図っている。
作家がついそちらに視線を向けた隙に、
「あなた、実際に物語を書いてるのでしょうか?」
両目をカッと見開いたアリスが、鬼の拳で横っ面を思いっきり張って、作家を地べたに転がした。
「まぁ、書き上げていても、わたしの好む結末ではないのは確かですね」
機敏に起き上がる作家の影のような顔の中で、ギラリと何かが光った。目の色が変わったように、灼滅者たちには感じられた。
「何とでもいいなさい。解ろうとしないものには、解ってもらえなくて結構」
立ち上がりながら、作家は公園をぐるりと見回した。
丁度キャリバーがエンジン音高らかに、ターゲットのホームレスを公園外へと連れ出したところだ。
もう作家の手の届くところに、一般人はいない。
この場にいるのは、作家と、灼滅者たちだけとなった。
作家はフン、とつまらなそうに鼻を鳴らし。
「仕方ないですね……君たちの記憶もなかなか面白そうですから、こちらを頂くしかないようです……ッ!」
台詞と共に影が伸びてきて、辰人に絡みついた。だが、辰人は同時に光の刃を放っていた。無数の刃は、黒スーツを切り裂く。
「何にしろ、ロクなもんじゃないね……お前を、切り裂いてやる!」
光の刃の勢いで影の締め付けは緩み、辰人は引きちぎるように振り解く。その瞬間、アリスが放った7つの光輪が作家に突き刺さり、麗月は果敢に懐に潜り込み、オーラを纏った拳で連打を見舞う。一般人の避難を見届けた綴も、戦線に駆け戻ってきて、こちらを向けとばかりにご当地ビームを撃ち込んだ。
「ちぃっ」
4人の連続攻撃を受けた作家は思わずというように舌打ちし、今夜初めて焦りの色を見せ、
「君の記憶をネタにすると、子供向けになりそうだが……それでも喰らってやらないでもない!」
それでも高飛車な立ち位置を崩さず、大口を開けて綴に襲いかかる。
「!!」
ヌレヌレと凶悪に光る赤い口に、灼滅者たちは息を呑んだ……が。
キュルルルル!
急旋回で走り込んできたキャリバーが、主を庇った。
「偉いぞ、マシンサンヨー! キャリバーの記憶を喰えるもんなら喰ってみやがれ!」
綴は作家に食いつかれている愛機を愛でると、連刃裁断アイヴィークロスの刃をめいっぱい大きく開いて飛びかかった。
ジャキン!
右の脇腹が大きく切りとられ、作家の口がキャリバーから離れた。続いてアリスの鎌も襲いかかり、その傷口を深くする。更に影に潜むようにタイミングを窺っていた辰人が、ナイフを乱暴にねじこんで、傷口を容赦なく切り刻む。
だが、そこまで傷を抉っても、作家から血が流れる様子はない。ただ黒々と、深々と、傷口が開くだけ。
麗月が抜刀して躍り掛かると、作家は刃と化した腕を延ばした。月の光に黒い刃が不吉に光る。
だが、麗月はそれを避けようともせずに、
「復讐鬼の信条は、徹底的に容赦なく復讐する、三倍返しだぜ!」
ザシュッ!
麗月の太股から血が飛沫くのと同時に、彼の刀は細く延びきった黒い腕を切り落としていた。
切り落とされた腕は、地面に落ちると、一瞬、別の生き物のようにのたうち、伸び縮みしたが、すぐに消えた。
「グッジョブだよ」
辰人が自己回復中の麗月に囁いた。
「見て、随分弱ってきている」
言われて改めて作家の全身を見れば、現れた時は実存感のあった黒々とした姿が、薄らいで揺らぎ、まるで曇りの日の影法師のようである。
「もう少しだ、がんばっていこう」
言い残し、辰人はスッと気配を消して敵に近づいていく。それを視界の隅に捕らえた綴が、
「能なし作家、俺が相手だ!」
愛機を突撃させながら、大げさに左腕用強化奉神装甲『温羅之手』に炎を燃え上がらせて引きつける。
「わ……私の芸術を理解しない者に用はないッ」
相変わらず作家は上から目線だが、その声はすでに震えてか細い。
何とかマシンサンヨーの突撃は躱した作家であったが、脇からアリスが素早く影を放って捕らまえ、そこに忍び寄っていた辰人がナイフで今や服であるとも判別しがたい黒スーツをザクザクと裂いた。
切り取られた黒い布は、煤のように夜風に散り、消えていく。
もう一頑張り、と回復なった麗月は、今度は護符に炎を載せてたたきつけ、鬼の拳を握ったアリスが、
「都市伝説『狂作家』あなたの結末、変えてみせますよ」
顔の輪郭がゆがむほどに、作家の頭を殴りあげた。のけぞったその首を、綴がむんずと鋏で捕まえて。
「アイヴィー……ッ! ダァイナミックゥッ!!」
ズゥン。
すかすかに見えた作家であったが、地面にたたきつけられた音は思いの外重々しく。
もう起きあがれる様子はないが、それでも大きな口だけはどん欲に記憶を求めて今なお赤い。
「終わりにしよう」
ザクリ。
最後の一撃は、辰人による、その口へのナイフの一突き……。
作家は断末魔を上げることもなく、地面にとけ込むようにして薄らいでいく。
消えゆく都市伝説に、アリスが慈悲深い手を伸ばす。
「よければ、わたしと一緒にきませんか? あなたが書き上げていく物語にたくさんの人々が魅力され、感動を伝える小説家のお噺として語りましょう」
影は光の粒子と化し、アリスの左目に吸い込まれた。
都市伝説を吸収しおえたアリスは、うっすらと苦笑して呟いた。
「記憶を喰ったとしても……時を越えた少女……この話をあなたは信じたでしょうかね?」
さて、と辰人が、都市伝説が残した陰鬱な空気を振り払うように立ち上がり、
「ボランティアサークルの人や、ホームレスの人たちはどこにいるのかな? もう大丈夫だよって、呼びに行かなきゃ」
少々散らかってしまった公園の後片付けもしなければ。
辰人は快活に笑って。
「まだ差し入れは残ってるし、せっかくだから活動の続きをしていかない?」
作者:小鳥遊ちどり |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2017年9月3日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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