決戦、黄金闘技場~悪徳プロデューサーに肉薄せよ

    「海底の軍艦島に向かっていた灼滅者から、作戦成功の連絡がありました!」
     春祭・典(大学生エクスブレイン・dn0058)の高揚した声に、集った灼滅者たちはどよめいた。
     元灼滅者である銀夜目・右九兵衛を暗殺せざるを得なかったことには忸怩たるものはあるが、黒の王の目と耳を奪い、六六六人衆と爵位級ヴァンパイアの同盟に楔を打ち込むことができたのだ。
    「この同盟関係の間隙を利用すれば、爵位級ヴァンパイアに援軍を出させることなく、六六六人衆に決戦を挑めるでしょう。しかし時間を与えれば、ヤツらは当然、同盟関係の再構築を図るでしょうから、そうなる前に、決戦に向けて急いで体勢を整えなければなりませんが」
     典は自らを落ち着かせるように咳払いを挟み。
    「爵位級ヴァンパイアの援軍を阻止できたとしても、アンブレイカブルを吸収した六六六人衆の戦力は高く、苦戦は免れません。ミスター宍戸もまた色々仕掛けてくるでしょう」
     ミスター宍戸の予測できない動きは、またしても大きな障害となるだろう。
    「そこで先手を打ち、まずはやっかいな幹部連中を倒してしまうというのはどうでしょうか」
     六六六人衆に大決戦を挑む前に黄金武闘大会の会場に攻め込み、アンブレイカブルの首魁である『ジークフリート大老』及び、闘技大会を開催している『ミスター宍戸』、そして、この闘技大会を六六六人衆のランキング制度と連動しようとしている『ランキングマン』を相手取る大作戦を行おうというのだ。
     武蔵坂学園の総力を結集する、大事な前哨戦となる。

    「『黄金武闘大会強襲』の作戦詳細は別に説明がありますが、このチームには『ミスター宍戸』との決戦部隊となっていただきます。仲間達が道を切り開いてくれる事を信じて、ミスター宍戸を撃破すべく、最大の力を結集して挑んでください」
     ミスター宍戸は人間であるが、その類稀なプロデュース力で、ダークネスの組織力を強化している厄介な敵である。ある意味、人類のひとつの可能性とも言える存在ではあるが、武蔵坂は、彼との協力を拒否し対決する道を選んだ。
     この上は、これ以上の跳梁を許してはならない。
     ミスター宍戸をここで倒すことができれば、彼のプロデュースによる作戦が行われなくなって、現在進行中の様々な企画もストップする事になり、武蔵坂学園にとっては多くの不確定要素が取り除かれることとなろう。

    「このミスター宍戸との決戦は、大勢の灼滅者の援護を受けて行われます」
     援護作戦である『黄金闘技場強襲』の概要を確認し、その上で決戦部隊としての作戦を立てる必要がある。
     援護の方針や戦力により、こちらの決戦部隊の状況も変わってくるので、それも踏まえて、よりよい判断を行わなければならない。
    「ミスター宍戸は、防衛ラインのダークネスが時間を稼いでいるうちに、いち早く撤退しようとします。増援の可能性もありますし、いかに早く、そして確実に、彼を攻撃するかが、成否の分かれ目になるでしょう」
     撤退までの時間は『黄金闘技場強襲』で、退路遮断を行う灼滅者の戦力や戦いぶりによって、また、増援については『由井・京夜(闇堕ち灼滅者)』関連の作戦によって変化する。
    「ご存じのようにミスター宍戸は人間なので、攻撃サイキックを1回当てるだけで撃破可能です」
     それは、当然ミスター宍戸もわかっているので、自分は戦場に出ずに厚く防衛部隊を展開して待ち構えている。
    「しかし六六六人衆とアンブレイカブルの護衛で構成された、四重の防衛ラインを突破しなければ、ミスター宍戸に一発食らわせることはできません」
     護衛個々は強敵では無いようだが 何しろ数が多いので『全滅させて次に進む』という方針では、時間が掛かりすぎてミスター宍戸に逃げられてしまうかもしれないし、いずれ消耗戦となって撤退に追いこまれてしまうだろう。
    「『たった1人の灼滅者がミスター宍戸に1回でも攻撃できれば勝利できる』わけですから、それを踏まえた作戦が有効ということになります」
     例えば、チームのうちの半分ほどの者が盾となって防衛ラインの抑えに専念し、精鋭部隊を無傷でミスター宍戸の元へ突破させる……等という作戦である。
     他にも様々有効な作戦が考えられるだろう。

    「武蔵坂は……」
     典はひとつ大きく息を吐き、
    「ミスター宍戸の独創的で悪辣な企画力に、散々翻弄されてきました。しかし、それを終わりにするチャンスがとうとうやってきました」
     灼滅者たちの興奮と戦意に輝く瞳を見返した。
    「どうか今こそ、皆さんの知恵と力、そしてチームワークで、悪徳プロデューサーを討ち果たしてください!」


    参加者
    外道院・悲鳴(千紅万紫・d00007)
    比嘉・アレクセイ(貴馬大公の九つの呪文・d00365)
    風宮・壱(ブザービーター・d00909)
    鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)
    藤谷・徹也(大学生殺人機械・d01892)
    灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)
    黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)
    森田・依子(焔時雨・d02777)
    丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)
    神虎・華夜(天覇絶葬・d06026)
    佐津・仁貴(厨二病殺刃鬼・d06044)
    羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)
    キュール・ゼッピオ(道化・d08844)
    聖刀・忍魔(雨が滴る黒き正義・d11863)
    神乃夜・柚羽(睡氷煉・d13017)
    野乃・御伽(アクロファイア・d15646)
    三蔵・渚緒(天つ凪風・d17115)
    鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)
    葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)
    愛宕・時雨(中学生神薙使い・d22505)
    志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)
    白星・夜奈(星探すヂェーヴァチカ・d25044)
    空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)
    遠夜・葉織(儚む夜・d25856)
    雲・丹(きらきらこめっとそらをゆく・d27195)
    九条・九十九(クジョンツックモーン・d30536)
    エメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)
    シエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)
    貴夏・葉月(勝利と希望の闇中輝華イヴ・d34472)
    神無日・隅也(鉄仮面の技巧派・d37654)

    ■リプレイ

    ●ターゲットの行方
     ミスター宍戸撃破作戦に関しては、援護チームの行動段階から、かなり上手く運んでいた。
     宍戸は、幾つも用意していた脱出口を、援護チームに次々と絶たれて逃げ回り、とうとう非常事態に備えて用意していた秘密の部屋に逃げ込む羽目となった。
    「ここからだそうよ」
     援護チームからの連絡を受け、決戦チームがたどりついたのは、いかにも秘密めいた通路であった。
     この通路に、宍戸は残った護衛と共に逃げ込み、そしておそらく本人は最奥にある緊急籠城用の部屋に向かったと見られるという。
     宍戸の援護チームには、期待していた以上に多くの仲間たちが参戦してくれた。おかげでヤツに逃げられる可能性はほぼ無くなったし、護衛の数も減ったようだ。
     とはいえターゲットは、そんじょそこらのダークネスなど及びも付かないほど悪知恵が働き、ずる賢いミスター宍戸である。油断はできない。
     あくまでこの決戦はスピード勝負、援護チームの仲間たちの頑張りを無駄にしないためにも、作戦をスムーズに遂行しなければ。
     決戦チームの敷いた作戦は、4段階に渡る防衛ラインをそれぞれ抑える班と、宍戸に遭遇するまで体力を温存しながらひたすら前に進む突破班、そして不測の事態に備え各班のフォローを行う遊撃班の6グループに別れ、役割分担するというものだ。抑え班を先頭に各防衛ラインを一点突破し、通過後は担当の1班をそのラインの抑えに残して、後続の班は出来るだけ消耗を防ぎながらひたすら宍戸の元へ向かう。
     30人は今一度、装備と、互いの気魄と、そして覚悟を確認しあい――。
    「――いくぞ!」
     作戦通り、抑え第1班を先頭に、暗い通路へと駆け込んでいった。

    ●抑え第1班
    「いたぞ!」
    「こいつらが第一防衛ラインってことだな」
     通路に入ってすぐ、ひとつめのカーブをぐるりと曲がったところに、ダークネスの1隊が見えた。見たところ六六六人衆とアンブレイカブルの混成チームで10体ほどおり、援護チームとの戦いでダメージを負ったのか、傷を負ったものもいる。
     ダークネスたちも同時に灼滅者たちの出現に気づき、武器を構えて壁のように立ちはだかった。
    『ここは通さん!』
     援護チームがずいぶん削ってくれたとはいえ、まだ最低限の4段階の防衛ラインを敷けるほどの護衛は残っているようだ。しかし個体各々はそれほど強くないというし、傷を負っているものもいる。それに現段階では数も体力も、こっちが圧倒的に上回っている……!
     灼滅者たちは打ち合わせ通り、護衛の壁の薄そうなところへと一斉に遠距離攻撃を放った。
     そして次の瞬間、楔型の隊列の切っ先が先陣をつけた。
     抑え第1班である。
     護衛の群のうち、一斉遠距離攻撃のダメージが大きかった部分を見極めて、5名は果敢に突っ込んでいく。
    「さーていよいよこの時が来たわね」
     羽丘・結衣菜(歌い詠う蝶々の夜想曲・d06908)はアンブレイカブルと六六六人衆に囲まれながらも、情熱的なステップで敵にダメージを与えつつ、自らの術をも高めていく。
    「宍戸は、六六六人衆とアンブレイカブル連合の実質的なブレイン。殺人狂と戦闘狂に、戦略的な動きを与えたダークネスでもなく灼滅者でもない『人間』。アブゾーバーの稼働する今の時代を象徴している、ともいえるのかもしれないわね……とはいえ、暗躍もここまでよ!」
     その隣では遠夜・葉織(儚む夜・d25856)が、ウロボロスブレイド・喪失を竜巻のように振り回し、敵を激しく斬り裂き、そしてなぎ倒す……と、2人の攻撃によりダークネスの1体がバランスを崩して倒れかける。
     目ざとくそれを見つけた葉織は、そのダークネスを蹴り飛ばしてスペースを空け。
    「今だ、ここを通れ!」
     鋭く声を上げると、抑え第2班以降の仲間たちが次々とその隙間を通り抜けていく。
     しかし、
    『通すかァ!』
     屈強なアンブレイカブルが腕を延ばし、他班の仲間につかみかかろうとした。
    「させないよ!」
     そこにすかさず割り込んだのは、風宮・壱(ブザービーター・d00909)。仲間に代わって首根っこを捕まれて吊り上げられつつも、炎のキックを分厚い胸板に見舞い、更に愛猫のきなこも、肉球パンチを見舞う。
    「やられる気なんて、全っ然ないからな!」
     すると、そこに殺意を濃厚に含んだ霧が黒々と流れてきて、周囲の敵もろとも包み込んだ。
     愛宕・時雨(中学生神薙使い・d22505)とキュール・ゼッピオ(道化・d08844)の鏖殺領域だ。
    「ふん。精々僕を楽しませるように遊んでくれよ?」
    「戦場の空気は格別だね、心が躍るようだ。我が宿敵を葬り去れるのであれば是非も無い。君が死ぬのか、私が死ぬのか、そんなことはどうでもいい。お互いに楽しむとしようじゃないか」
     2人は不敵な笑みを見せ……ゼッピオの顔は包帯に包まれてはいるが……濃厚な2人分の霧に囲まれた敵は、体力を奪い取られると同時に、灼滅者を一瞬見失う。
    「さあ、早くいきたまえ! ここは私たちに任せて」
     ゼッピオが叫び、まだ護衛の壁の外側に残っていた他班の者たちは、敵に向けて遠距離攻撃を放ちながら、素早くそこを通り抜けていく。
     壱もアンブレイカブルの岩のような腕から逃れ、先を目指す仲間たちの背中をせき込みつつ見送った。
    「……初めて宍戸の事件に関わったのは3年前の今頃だったな。あのときは先輩も一緒だった……先輩は、宍戸に会ってみたかったのかな……」
     そして、失ってしまった先輩や、かつて戦った六六六人衆の姿を、思わず敵の群の中に探してしまう。
     しかしそこに、
    「大丈夫!?」
     活を入れるように、結衣奈のセイクリッドウインドが吹いてきたかと思うと、
    「考えこんでる暇はないよ? 追撃させないように引きつけ続けなきゃ」
     時雨がちょっと生意気に、けれど可愛らしく片頬で笑いかけると、鍵型の槍を振り上げて突っ込んでいき、その向こうでは、ゼッピオが仲間たちの力を高めるべく紅い霧を放出し、葉織がダイダロスベルト・怜悧なる聖帯を厳しい目で射出している。
    「うんっ、しっかりしなくちゃ」
     壱は頭をぶるぶると振って様々な思いを振り払い、バベルブレイカーを構えて立ち上がった。
    「俺らは、ここでなるべく長く持ちこたえなきゃだもんね!」
     おそらく1班は最も長い戦いを強いられることになろう。焦らずたゆまず、そしてしぶとく、戦い続けなければならない。

    ●抑え第2班
     護衛の壁の2枚目は、ゆるくカーブを描く昇り階段の踊り場で待ち受けていた。見下ろされる不利な戦場だが、ここでも一斉遠距離攻撃を躊躇なく放つ。
     そしてそれが巻き起こす粉塵や悲鳴、怒号と混乱の中、第2班び5名が斬りこんでいく。
    「私はあくまで、宍戸への恨み等を晴らすためにここにいる……他の何かではないんです」
     森田・依子(焔時雨・d02777)は鋼と化したダイダロスベルト・燦翠を、相対する胴着姿のアンブレイカブルにザクザクと突き刺しながら、自らの胸の内を確かめる。
    「人だから護るべきで、ダークネスだからころすべき……じゃ、なくて。これ以上彼を『楽しませては』いけないことだけは、確かで!」
    「この絶好の機会、止めさせはしないよ! 長い間翻弄させられてきた分のケリを今度こそつけるんだ」
     続いて三蔵・渚緒(天つ凪風・d17115)の叫びが戦場に響く。傍らではビハインドのカルラが顔をさらし、彼自身は、胴着姿の敵に輝く聖剣を振るう。
    「人間でありながらダークネスのような人間、宍戸に、もうこれ以上、悲劇を起こすプロデュースはさせやしない。仲間を信じて戦うよ!」
     その叫びに応えるように、藤谷・徹也(大学生殺人機械・d01892)がアンブレイカブルの背後にスッと現れ、
    「あれは最早、人ではない――敵と見なす」
     縛霊手を掲げて結界を張って、周囲の敵をも巻き込んで混乱させる。
     続いてホホホ……と高笑いが響き、外道院・悲鳴(千紅万紫・d00007)が、槍を振り回して突っ込んできて。
    「ミスター宍戸の才覚は惜しいが仕方あるまい。千載一遇の好機、逃すまいぞ!」
     槍の穂先がアンブレイカブルの首を切り裂いた。
      ……ドゥ。
     堅太りの敵が地響きを上げて倒れ、すかさずその隙間を後続班が、
    「後はよろしく!」
     風のように通り過ぎていく。しかし、
    『通すな! ミスター宍戸のところには行かせてはならん!』
     通り過ぎる仲間たちの動きに気づき、追いすがろうとする敵も、もちろんいて。
     依子は、
    「他の戦場で戦っている人たちのためにも……大丈夫」
     と、仲間と大事な人を想い、一瞬胸に手を当ててから、
    「行かせません!」
     力を込めて、追うダークネスたちの足下に杭を撃ち込んだ。ガラガラと階段が崩れ、ダークネスたちの足場を奪う。更に渚緒が鎌を大きく振るうと、無数の刃が虚空から出現して、敵の背中に突き刺さった。
     後方にいた六六六人衆が、必死に防衛する2班の前衛に向けて毒々しい殺気を放つが、それは、
    「全部……全部終われば、きっと、誰もが笑える世界になるって信じるから。だから……絶対に、負けないよ!」
    『誰もが笑える世界』の訪れを信じ、キッと歯を食いしばるメディックのエメラル・フェプラス(エクスペンダブルズ・d32136)の交通標識がすかさず祓う。
     間を空けることなく、徹也が、
    「灼滅対象と確認する」
     冷徹に言い切ると、十字架の砲門から四方に光線を放ち、
    「さあ、妾の舞を見るがよい! さて有象無象ども、妾に相手して貰えることに感謝しても構わぬぞ?」
     悲鳴はしなやかに舞いながら、敵の群に槍を捻りこんでいく。
    「此処こそが妾たちの最前線、しっかりと役目を果たすとしようか!」
     2班の果敢な防衛に、後続の仲間たちは無事に第二の護衛ラインを通過すぎることができた。
    「よし、あとはここを護ればいい……」
     長期戦に向けて態勢を立て直そうと、班員たちを振り向いた渚緒の目に、背後にいた徹也の全身が入る。そしてその姿にぎょっとする。
    「徹也くん、血が……」
     徹也はいつのまにか深手を負っていたようで、足を血で染めている。
     だが本人は全く気にしていないようで、無表情のまま縛霊手を揚げ、結界を張り直した。
    「戦闘に支障はない、任務を続行する」
    「そんなことないよ、長期戦になるかもなんだから、支障あるよ! 回復すはこまめにするから、遠慮なく声かけて、ねっ?」
     エメラルがひらひらと身軽く駆け寄ってきて、ラビリンスアーマーを施した。
     すまない、と徹也は短く、けれど丁寧に礼を言い。
    「うむ。今回は、より長く時間を稼ぐことを最優先任務として認識すべきであったな」
     そう、護るべき時間は長く、戦うべき敵の数は多いのだから――。

    ●抑え第3班
     何度か短い階段を昇り降りさせられた後に、灼滅者たちは広い廊下に出た。
     もうすぐ宍戸が隠れている秘密の部屋にたどり着けそうな気がする……と思った瞬間、脇の小部屋からまた10体程のダークネスが飛び出してきて、行く手を遮られた。
    「これが3枚目かッ!」
     護衛ラインも第三段階となると、人数が減った分、灼滅者たちの一点突破の先制一斉攻撃の威力も弱まってきて、一気に壁に穴を空けることは難しくなってきた。
    「お前らの相手は、俺たちだ!」
     だが、野乃・御伽(アクロファイア・d15646)は逆境にこそ燃えるとでばかりに、クルセイドソードを大きく振りかぶり、すでに手負いであった六六六人衆に狙いを定め、斬りかかっていった。
     背中には雲・丹(きらきらこめっとそらをゆく・d27195)が高々と掲げた交通標識から、黄光が浴びせかけられている。
     だが、敵も手負いとはいえ六六六人衆、
     ガキッ。
     振り上げたナイフで剣を受け止め、火花が散った。
     されどそこに。
    「引導渡す時が来ましたか……一切合切、遠慮は要らねぇな」
     いつの間にか忍び寄っていた黒鐘・蓮司(グリムリーパー・d02213)が、がらあきの脇に深々と輝く聖剣を突き刺して、更に、
    「怪我したくない子は退いてくれないとね?」
     神虎・華夜(天覇絶葬・d06026)の影業・バールのような者が黒々とからみつき、締め上げる。傍らでは霊犬・神命が六文銭射撃で、周囲の敵を牽制している。
    『ぐあぁあ!』
     六六六人衆は光と影にまみれて滅した。
     それを受けて、佐津・仁貴(厨二病殺刃鬼・d06044)はすかさず鏖殺領域を発動して、
    「個人的な私怨……という訳でもないが……俺の……俺達の邪魔をする奴は斬って捨てる……命の惜しい奴はさっさと逃げろ……」
     反撃してこようとする周囲の敵を妨害しつつ、
    「こっちだ……壁際を通り抜けろ」
     後方から遠距離攻撃を放ち続けている後続班に声をかける。通過さえしてくれれば、後は自分たちが何とかこのラインは止めて見せる。今は一刻も早く先へと……。
     だが、
    『どりゃあああ!』
     仁貴の殺気を振り払うようにして、1体のアンブレイカブルが、後続班の通り道に飛び出してきた。
    「あっ、こいつ……!」
     攻撃陣が慌てて遮ろうとしたが、アンブレイカブルが武器を構えるほうが早い。
    「拙い……!」
     後続班のメンバーには、できる限り無傷で進んでいってもらわなければならないのに……!
     血の気が引いた瞬間、
    「くらえ、トゲボール!」
     トゲトゲの球体が転がり出て、アンブレイカブルに体当たりした。
    「ウニの棘は返しが付いてて引き抜きにきゅ、にくいゆーんを教えるんよぉ!」
     人造灼滅者の姿に素早く変化した丹だ。体当たりと同時に赤く光る交通標識で殴るのも忘れない。
    『ぎゃあっ』
     アンブレイカブルはたまらず、丹に足を刺されたままひっくり返った。構えていた棍棒から炎が走り、黄金の天井を焼く。
    「今だ!」
     後続班の灼滅者たちは、倒れたアンブレイカブルを遠慮会釈なく踏みつけながら第3護衛ラインを突破していく。
     通り過ぎるべき仲間が、すべて行くのを見届けると、
    「よっしゃ、お楽しみはこれからだぜ!」
     御伽は拳に陽炎のようなオーラを揺らめかせて敵の群と相対し、
    「今まで嫌んなるくらい、散々引っ掻き回してくれましたもんねぇ、宍戸さんは……そろそろ仕舞いにしときましょーか。ふざけたプロデュースは」
     蓮司は静かな表情のまま瞳だけをぎらりと光らせ、がらりと口調を変えて。
    「……さぁ、来いよ。誰が相手してくれんだ? お互いに、ボロ雑巾みてぇになるまで殺り合おうじゃねぇかよ」
     華夜もクロスグレイブ【圖影戲】を嬉しそうに担ぎ上げ。
    「先に行った仲間を追いたいのなら、私達を倒すことね。さぁ、逝きたい子は並びなさい。丁寧に優しく解体(バラ)してあげるわ」
     足下では神命が勇ましく吠えている。
     丹もごろごろ転がりながら戻ってきて、ノビールトゲをウニウニいわせている。
     やる気満々の仲間たちと並びながら、仁貴はミスター宍戸の元を一途に目指す後続班メンバーの背中をそっと振り返り。
    「宍戸には……色々思うところがある……なるべく生け捕ってくれ……」
     心の中で呟きながら見送った。

    ●抑え第4班
     第4防衛ラインは、暗い廊下の突き当たり、頑丈そうな金属のドアの前で待ち受けていた。おそらくこのドアの向こうに、ミスター宍戸がいるのであろう。
    「くそ、もう1発だ!」
     最終ラインともなると到底、一斉攻撃1発で防衛ラインに穴を穿つことはできず、今や15名となった灼滅者たちは、迫り来るダークネスの群に、2発目の遠距離攻撃を放った。
     このドアの向こうに宍戸がいる……!
     この人数の遠距離攻撃ではなかなか埒が開かぬと見て……こちらの全体攻撃力が減っているだけでなく、ここまでの防衛線よりも強力なダークネスが配置されているようでもあり……抑え第4班の志穂崎・藍(蒼天の瞳・d22880)は思い切りよく、槍を構えて飛び出した。
    「私たちの底力見せてあげるんだから!」
     狙うは、最前線で門番のように立ちはだかっている、鬼のように大きなプロレスラー風のアンブレイカブルだ。戦意は漲っているように見えるが、仲間たちの攻撃によるものであろう、軽く片足をひきずっているのを目ざとく見いだしていたのだ。
     パートナーの意図を読み、葦原・統弥(黒曜の刃・d21438)も走り出し、雷を宿した拳を、同じアンブレイカブルにぶちこんだ。
    『がっ!』
     同時にぶち当たった槍と拳の勢いにアンブレイカブルはもんどりうって倒れ、ついでに背後にいた2、3のダークネスを巻き込んだ。
    「今なら通れそうですの!」
     シエナ・デヴィアトレ(治療魔で被虐嗜好な大食い娘・d33905)が、愛機・ヴァグノジャルムに機銃掃射で薄くなった護衛の壁を牽制させながら、自らは、攻撃を交えながら走り続ける突破班と遊撃班の仲間に、目印にもなるよう蝋燭を高く掲げて怪奇煙を浴びせる。
     献身的に働きつつも、彼女の内には強い葛藤がある。
     シエナとて、この2班に宍戸のところに到達して目的を達成してほしいし、ヤツのプロデュースに翻弄されるのはもう御免だとも思っている。というか、そうするためにこうして必死に戦っている。
     だが、
    「どうしても殺さなきゃ駄目ですの……?」
     死に対する強い忌避感から、一般人である宍戸を殺すことがどうしても耐えられないのだ。
    「どれ程の悪だろうと一般人なら助ける、一度決めたからには絶対に守るべきと思うですの……」
     後続の班のメンバーたちは、細く空いた護衛ラインの隙間をすりぬけるようにして4番目の壁を通り抜け、集中砲火で扉を破ろうとする。扉自体も頑丈なのだろうが、部屋の中からバリケード状に塞がれてでもいるのか、簡単には開かない。
     そして、
    『断じて通さないわ!』
     ここが最終ラインであることをダークネスたちも自覚しているのだろう、ドア破壊を阻止しようと1体の女六六六人衆が素早く移動してきた。
    「ここまでのラインとはひと味違うようだな……」
     聖刀・忍魔(雨が滴る黒き正義・d11863)は、虎杖に火花が散るほどエナジーを込め。
    「言っておいてやろう。『用は済ませたか? 神へのお祈りは? 俺に刃向かう事への恐怖はOK?』」
     その六六六人衆にいち早く殴りかかった。すかさず、
    「なんとかここを通り抜けさせなくちゃ……!」
     冷静に判断を下した丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)が、縛霊手・夜行の手を掲げて結界を張り、周囲の敵もろともさらに押し込む。
    「さあ、今だよ、頑張って!」
     蓮二の声に、後続班は細い隙間から扉へと攻撃を浴びせかける。
     だが、今にも扉が破れそう……と、思った瞬間。
    『通さないって言ってるでしょ!』
     女六六六人衆が結界を振り切り、後続班に向けて鋼の糸を延ばそうとした。
    「させません……2人揃った僕たちはそこそこ強いですよ!」
     動線に飛び込んだ統弥が、糸に全身を切り裂かれながらも無敵斬艦刀・フレイムクラウンを振るう。仲間の盾となった統弥の背後からは藍が飛び出し、
    「2人でいると、どこまでも戦えそうな気がします!」
     雷を宿した拳で、女六六六人衆の細い顎を思いっきり殴り上げた。
    『この……』
     まだしぶとく起きあがろうとする女だったが、
    「これでどうだッ!」
     その周囲のダークネスもろとも、蓮二の十字架から放たれた光線に貫かれ、とうとう動かなくなった。
     バキッ、メリメリメリ……。
     その瞬間、分厚い扉がとうとう破られた!
    「やった!」
    「行くからね!」
    「おう、ここは任せろ!」
     統弥には即座にシエナから回復が施され、破れた扉を次々とくぐっていく突破班と遊撃班を背に、忍魔は凄みのある表情で立ちはだかった。
    「地獄を見たい奴から来い。俺が相手なのを嬉しく思え!」

    ●遊撃班、そして突撃班
     最後の2班が飛び込んだのは、がらんとした広い部屋だった。籠城用部屋というだけあって、壁際には非常食や毛布が積み上げてあり、災害用倉庫のようでもある。
     そんな部屋の奥まったところ、いかにも精鋭らしい護衛ダークネス10体ほどに隠されて、宍戸の姿はまだ見えないが、ここがゴールであるのは間違いないようだ。
    「ここが、この戦場の本丸か……」
     遊撃班の九条・九十九(クジョンツックモーン・d30536)が、とうとう巨大なターゲットの元にたどり着いた、という感慨を込めて呟いたが、それは皆同感である。
     同チームの抑え班の皆の献身はもちろん、大勢の援護班の皆の働きがあってこそ、10人はここまでこれた。
    「それじゃ、始めましょうか……二度とプロデュースなんかできなくさせてやるわ」
     鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)が応じ、素早く状況と現場の構造を見てとった2チームは陣形の展開を始めた。
     護衛ダークネスたちは、最後の砦である以上宍戸から不用意に離れることもできないのだろう、こちらの出方を窺っている様子である。もちろん、いつでも攻撃できるように、武器はこちらに向けられているが。
     突破班は正面から護衛たちの目を引きつけるように堂々と接近していく。一方、遊撃班のメンバーは部屋の横手や後方にさりげなく散っていく。
     それをちらりと目で追いながら、神無日・隅也(鉄仮面の技巧派・d37654)が呟いた。
    「……作戦は、成功させる……」
     小さな声に突破班の5名はしっかりと頷いた。
     何としてもこの刃を宍戸に届かせる。一太刀でよい。それが、仲間たちの犠牲と努力に報いるただひとつの手段なのだから――!
     ――行くぞ!
     まずは護衛の壁を崩そうと、
    「さて、しっかり仕事を果たしましょうか」
     灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)が兵士らしい冷静さで戦場を見極めながら影を放つと、
    「邪魔よ、雑魚にいちいちつきあってられるか!」
     狭霧が果敢に護衛の死角を狙って踏み込んでいき、神乃夜・柚羽(睡氷煉・d13017)は凜々しく蝋燭を灯した。
    「絶対に辿り着いてやる。私は私のままで彼を殺すって決めたんだから」
     彼女は強い思いを抱いて、この作戦に参加した。
    「敵ならば、それが何であれ排除しなければ。世のヒトの為じゃない。私の為に私はやると決めたのです。曖昧にするのは嫌い。だからはっきりと殺る。なにかと理由をつけて曖昧にするのは人間だけ……だから、私は人間性を捨てざるを得なかった。そうしないと先に進めなかった……」
     これまでのダークネスとの長い戦い、犠牲にしてきたのは自らの人間性だけではない……。悲痛な思いは胸にしまい込み、彼女は青く光る蝋燭から無数の小鬼を解き放つ。
     比嘉・アレクセイ(貴馬大公の九つの呪文・d00365)は、聖職者としての葛藤を抱えたまま、氷魔法を発動する祈りを唱えていた。
    「宍戸を――殺すべきかどうか」
     彼だけではない、同じ葛藤を持つものは、このチームにも大勢いて。
    「聖職者として殺人を認めるわけにはいかない。かといって宍戸のしてきた事は到底許されることではない。生け捕りに出来ればいいがその確率は低い……一体、どうすれば……」
     だが、ここでこの巨悪を逃がしてはいけないという、灼滅者の本能は彼を突き動かし、戦わせるのだ。
     隅也は冷静に七不思議の怪談を唱えていたが、心の隅にはやはり宍戸を最終的にどうするべきかという疑念がひっかかっていた。この状況から見て、護衛をすべて排除しない限り、宍戸を生かして連れ帰ることは難しいだろう。
    「もちろん、宍戸となれ合う気はないが……だが、ヤツの腹の内を知らずに滅ぼすことは、少なくない生徒たちが危惧する『全ダークネスの駆逐』に近づく行為である可能性も……」
     すると、彼の心の声が聞こえたかのように、抗戦する護衛の壁の向こうから。
    『君たちは――』
     当の宍戸の声が聞こえてきた。

    『君たち武蔵坂は何をしたいのかね?』
     手下の後ろにすっぽりと隠れているくせに、その声だけは堂々と響く。さすが口先とプロデュース力だけでダークネスと渡り合ってきただけのことはある。
    『この世界の一般人の望みを叶えたいというのならば、いますぐ、戦いをやめてこの場を去りたまえ』
     この期に及んで灼滅者を懐柔しようとでもいうのか。
    『複数のダークネス組織による分割支配こそが、世界を平和にして繁栄させる唯一の道なのだ』
     それとも脱出するための時間稼ぎなのか。
     事ここに及んでも援軍が来る可能性を捨てていないというのか。
    『君たちはダークネスによる被害者を救うというが、これまでの支配体制が完全に破壊されたことによる混乱で死亡する人間の数は、比較にならないほど膨大になると、考えたことはあるのか?』
     宍戸は滔々と語り続けるが、灼滅者たちは全く聞く耳を持たない。
     ヤツの詭弁に揺らぐほど、今の灼滅者は弱くない。
    『武蔵坂学園とやらに、その混乱を収束させ、人類を統治するビジョンはあるのか? もしあったとしても、その支配が、ダークネスの分割支配よりも優れたものであると断言できないだろう?』
     ただひたすらに、ヤツへと刃を届かせるために、戦うのみ。
    『そして、遠からぬ未来、灼滅者の統治により不幸になったものは、灼滅者に対して反逆するだろう。ダークネス組織に反旗を翻した、君たち、灼滅者のようにね』
     それでも宍戸の言葉の欠片が時折心に刺さるのは、その主張に一抹の真実が含まれているからなのかもしれない。
    『現在の世界で平和と繁栄を享受している大多数の人間は、ダークネスの分割支配を消極的にでも支持しているのだよ。違うかね?』
     けれど、所詮詭弁である。根本が違っている。
     宍戸の言うような欺瞞だらけの未来を、誰が望むというのだ――!?

    「人間であるお前がそれを言うか?」
     呆れたような声が、宍戸の背後から響いた。
     防御の薄い宍戸たちの背後にじりじりと回り込んでいた遊撃班の、鈍・脇差(ある雨の日の暗殺者・d17382)の声だった。
    「……いや、実に人間らしい汚さというべきか。この状況も、人間同士自業自得ということだ……悪く思うなよ!」
     脇差は愛刀・月夜蛍火を抜くと壁を蹴って跳び、宍戸の真ん前で護っている侍風の六六六人衆に斬りかかり、
    「どこもかしこも通行止めらしいぞ! 諦めろ!!」
     同時に九十九が足止めの杭を、慌てて後方に回り込んできた数体の護衛の足下に力一杯撃ち込む。
    「やっとシシドの顔……おがめるね」
     白星・夜奈(星探すヂェーヴァチカ・d25044)は一発殴らせろとばかりに、手加減攻撃で、護衛の隙間にちらちらと見え隠れする宍戸を狙ったが、届きそうもないと咄嗟に判断して、槍に握り替えた……その時。
     バスッ。
     くぐもった銃声がして、夜奈に寄り添っていたビハインドに銃弾がめり込んだ。
    「ジェードゥシカ!」
     防御隊の隅の方に潜んでいた、狙撃手風の六六六人衆のライフルに撃たれたのだ。
    「菫さん、霊障波を」
     貴夏・葉月(勝利と希望の闇中輝華イヴ・d34472)は、ビハインドにその狙撃手六六六人衆への攻撃を命じながら、自らは交通整理を掲げて黄光を前衛に浴びせかける。
     葉月は、護衛に囲まれて隠れ伏しているターゲットの気配を冷徹に感じとっていた。彼女は最初から、宍戸を殺すつもりでここにきた。一般人に蔑まれ虐げられて育ってきた彼女には、一般人を庇護しようという気持ちは全く無いのだ。
    「……宍戸ならなおさらです」
     フードを脱ぎとばした空月・陽太(魔弾の悪魔の弟子・d25198)も、冷静な眼差しで、
    「……邪魔だよ」
     鏖殺領域を発動し、周囲のダークネスもろとも、狙撃手六六六人衆を黒々と殺気で包み込む。
     脇差からも鋭く影の刃が延びてきて、
    『がっ!』
     狙撃手は利き腕を切り裂かれてライフルを取り落とし倒れた。トドメは刺せていないようだが、護衛のダークネスをすべて倒している暇はない。
     突破班が背後に回ってくれたおかげで、前方の護衛が何人かそちらに引き付けっれ、分厚かった前方の防御が薄くなり、今にも宍戸に攻撃が届きそうなのだ。援護チームのおかげで宍戸に逃げられることはなさそうだが、時間をかけてしまうと、援軍がやってこない保証はない。
     必死に護衛ダークネスを抑えてくれているであろう抑えの4つの班のことを考えても、一刻も早く、ヤツを倒さねば……と、10人の焦りが高まってきた、その時。
    「……いける」
     灯屋は戦場を俯瞰するような兵士の目で、混戦の中、護衛の壁に隙を見いだした。
    「(……部長)」
     声に出さずに目配せでその隙を示すと、狭霧はすぐに理解し、灯屋の方へとダッシュしてきた。
    『あっ、前へ戻れ!』
     彼女らの動きに気づき、後方に引きつけられていたダークネスが3体ほど戻ってこようとしたが、それは、夜奈の十字架・Valfodrからの光線と、陽太の氷魔法、九十九の月光衝によって防がれた。
     それでも、
    「……つっ」
     灯屋の肩に敵の矢が突き刺さったが、彼女は痛みと衝撃を堪え、走り込んできた狭霧を、組んだ両手で受け――ハイジャンプ!
     狭霧は天井まで届きそうなほど高く跳んだ。
    「見えた!」
     護衛のダークネスたちの隙間に、頭を抱えてうずくまっている趣味の悪いスーツ姿の中年男の姿が。
     狭霧はナイフを思いっきり振りかぶり。
     サイキックでなくていい。アイツは人間だ。この刃を急所に一発、それで終わる……!
    「宍戸ぉぉぉぉぉーーーーーー!!」
     投げた!
    『ぐあっ!』
     宍戸は背中から刺され、つんのめるように倒れた。
     解体ナイフ・Chris Reeve “Shadow MKⅥ”はわずかに心臓を外れ、肋骨の間、即死はしないが内蔵に致命的なダメージを与えるであろう場所に深々と突き刺さっていた。
     狙いがわずかに外れたのは、そして咄嗟にサイキックではなく物理攻撃を選んだのは、戦場の混乱ゆえか、それとも宍戸を殺すことに躊躇する仲間たちの声が過ぎったのか……?
     宍戸は口から血泡を吐き、のたうち回って苦しんでいる。放置すれば死亡するのは間違いない。
     だが。
    「生きてるぞ!」
    「か、確保!」
    「ヒールだ、ヒール!」
     我に帰った灼滅者たちは宍戸を奪いとろうと、また手当てしようと、しゃにむに突っ込んでいく。だが、ダークネスたちも簡単に宍戸を……生き延びるにしろ、死ぬにしろ、渡すはずはない。
     断末魔の宍戸を巡って、また攻防が再開したその時。
     ダムッ。
     くぐもった銃声が聞こえて。
    『……ガッ』
     宍戸のこめかみから、パッと血が飛び散った。
     振り向けば、先ほど深手を負って倒れていた狙撃手ダークネスが、横たわったまま片手でライフルを構えていた。
     完全なる無表情で。
     今の今までボスとして護っていた人間を、武蔵坂に奪われてしまう可能性が生じた瞬間、何のためらいもなく殺してしまった……それがダークネスというものだとは、重々解っているが……。
     断末魔の痙攣すら止んでしまった宍戸のこめかみには、どくどくと血を流す穴が空き、サングラスが落ちて露わになった瞳には、もはや一切の光がなかった。

     ミスター宍戸の死を確かめると、ダークネスたちは、この戦場を維持する目的を失ったということなのだろう、風のように去っていった。
     残されたのは、灼滅者と、長らく敵であった人間の亡骸。
    「……持ち帰った方がいいんだろうね」
    「そうしようか」
     アイテムポケットを用意してきた仲間が何人かいるはずだ。
     宍戸の亡骸をダークネスに悪用されてはたまらないし、頭を撃たれてしまったので上手くいくかは解らないが、走馬燈使いを試してみる価値もあるかもしれない。
     通路の方の護衛ダークネスたちも、宍戸の死を知り撤退したのだろう、抑え班の仲間たちが続々と集まってくる。
    「……死んだのね」
     残念そうに呟く仲間もいたし、宍戸の死に様は、それを覚悟していた灼滅者たちの胸にも、多かれ少なかれ衝撃を残した。
     だがそれでも皆で力を合わせて各自の役目を全うし、しっかりと目的は果たしたのだから、胸を張って――。
    「……引き上げよう。長居するところじゃないよ」
    「うん、帰ろう」
    「帰りましょう、みんなで」
     ――武蔵坂へ。

    作者:小鳥遊ちどり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2017年9月15日
    難度:普通
    参加:30人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 16/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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